転スラ世界に転生して砂になった話   作:黒千

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98話 会議~神聖法皇国

 

「良いか、ヒナタよ。魔王リムルに手出しすることは罷りならぬ」

 

 それは、神託。

 魔王達の宴(ワルプルギス)から帰還したルミナスによって告げられた言葉である。

 

 神聖法皇国ルベリオスの国教であり、人類の守護と魔物の殲滅を教義として国外にも多くの信徒を持つルミナス教の実態は──"夜魔の女王(クイーン・オブ・ナイトメア)"ルミナス・バレンタインの率いる吸血鬼族(ヴァンパイア)達が作り上げた、人類の管理機構だった。

 ルベリオスに暮らす人間達は、唯一神ルミナスの下に平等と幸福を与えられ、知らずのうちに吸血鬼族(ヴァンパイア)の糧となる血液をほんの少し提供する。ルミナスの厳命によって人間の命を奪うことは禁じられており、そこには吸血鬼族(ヴァンパイア)の食糧を絶えず供給する仕組みが完成していた。

 

 聖騎士団長となりその秘密に気付いたヒナタは激怒し、魔王ルミナスに挑み、敗れた。

 そして、ヒナタは考えを改める。

 

 吸血鬼族(ヴァンパイア)にとって人間の価値に差はなく、人類の保護は家畜を管理するように行われる。だからこそ不平等の存在しない、上位者に支配を委ねた完全な管理社会が実現するのだ。

 ルミナスの管理する世界こそが、己の求めてきた"争いのない平等な社会"の姿だと信じ──それ以来ヒナタは"神の右手"と称される、ルミナスの信奉者となったのだった。

 

 

 

 故にヒナタは、ルミナスの言葉に従う。

 魔王達の宴(ワルプルギス)からおよそ一月後、ルベリオスの聖教会本部で行われた法皇両翼合同会議。

 議長として上座に座るヒナタの右手側には、西方聖教会所属の聖騎士団(クルセイダーズ)から六名──副団長である"光"の貴公子レナードと五大隊長が。左手側にはルベリオスの法皇庁所属、法皇直属近衛師団(ルークジーニアス)から三名の実力者──"三武仙"が並び、二つの組織を代表する者達が向かい合わせに着座する。

 そして、聖騎士団長及び法皇直属近衛師団筆頭騎士を兼任するヒナタ・サカグチを加えた十名が、十大聖人と呼ばれる人類の守護者達だった。

 

 その最中、ヒナタが魔王リムルへの不介入を宣言したことで、合議の間は騒然となる。

 十大聖人ならば魔王にも後れは取らないという反論や、"暴風竜"の存在を考えると迂闊に魔王に手を出すことは躊躇われるという意見など、反応は様々だ。

 

「神ルミナスは、"暴風竜"を御せるのが魔王リムルである、との神託を下したわ。貴方達からの報告にもあったように、復活したはずの"暴風竜"が大人しいのはそのためだとね」

「ファルムス王国では魔王リムルの暗躍が疑われると言うのに、それを放置せよと!?」

「いいえ、あの国で起きるのはあくまでも内乱よ。それに口を出すことは内政干渉……ただし、ファルムスの国民や他の国に飛び火しないよう、細心の注意を払いなさい」

 

 戸惑いを浮かべる聖騎士達に答え、ヒナタは毅然と続けた。

 魔王リムルが人類との敵対を望まぬと宣言した以上、これ以上の敵対行動に意味はないと。

 

「待ちなよ筆頭(ヒナタ)。神託に従って魔王と"暴風竜"を放置するのはいいとして……魔物の国には他にもまだ、対処を考えた方が良い脅威があるだろ?」

 

 法皇直属近衛師団(ルークジーニアス)"蒼穹"のサーレが発言する。

 見掛けは少年の姿をしているが、彼はこの場のどの騎士よりも長命で、ヒナタが就任するまでは師団の筆頭騎士を務めていた実力者である。

 

「魔物の町に現れて騎士達を殺し回ったっていう、砂の化物についてだよ」

「魔王リムルの弟……レトラ=テンペストね?」

「先遣隊からの最後の報告では、ファルムスの王立騎士団と神殿騎士の多くがこの魔物に殺害されたそうじゃないか。しかも当時の状況、被害の規模を聞くに……まあ、僕も実際に見たことがあるわけじゃないけど──その砂妖魔(サンドマン)は、ユニークスキル『渇望者(カワクモノ)』の持ち主なんじゃないのかい?」

 

 サーレの指摘に、室内がざわめいた。

 エルフの血を引く長命なサーレですら実物と遭遇したことがないのだから、他の者達にとっては尚更、『渇望者(カワクモノ)』とは歴史の中にのみ存在する災厄の名であったのだ。

 

「聖教会の古い討伐記録にも残る、あの……!?」

「たかだか砂妖魔(サンドマン)が、ユニークスキル『渇望者(カワクモノ)』を獲得していると言うのか?」

「確証はないけど、僕はその疑いが濃厚だと思うね。"四方印封魔結界(プリズンフィールド)"と"封魔浄結界(ディヴァインケージ)"を魔物が破るなんて悪い冗談だ。野放しにしておいたら、伝承にあるような破壊が繰り返されるかもしれないぜ?」

 

 ヒナタは表情を崩さず、内心のみで舌を打つ。

 先遣隊がもたらした情報からその結論に辿り着くサーレの洞察力は、人類を守護する師団の一員としては称賛に値する。しかし今は、それを歓迎出来る状況ではない。

 

「神ルミナスはその点も含めて見通しているわ。確かに砂妖魔(サンドマン)レトラは『渇望者(カワクモノ)』を所有しているようだけど、魔物の町は未だに壊滅していないのだから……レトラは『渇望者(カワクモノ)』を制御可能と考えられるわね」

 

 砂妖魔(サンドマン)レトラが『渇望者(カワクモノ)』の力を解放したと思われる出来事に関して、ファルムス王国騎士団の生存者から神殿騎士団(テンプルナイツ)を通じて寄せられた報告は──荒れ狂う砂は聖なる結界にすら縛られることなく全てを溶かし、砂に呑まれた多くの騎士が跡形も残さず消えた、という恐るべきものだった。

 その報告を重視するなら、それはまさしく『渇望者(カワクモノ)』の顕現と呼ばれるに相応しい化物である。対処不能になる前にと、本来ならヒナタもレトラの討伐を検討していただろう。

 だがヒナタは、ルミナスの命により、砂妖魔(サンドマン)レトラに手を出すわけにはいかないのだ──

 

 

 ***

 

「ヒナタよ、そなたには告げておこう。"暴風竜"には子がおるそうじゃ」

「まさか? そんなことが……」

「案ずるな、"竜種"ではない。そなたも知っていよう、魔王リムルには弟が……本人は砂夢魔(サンド・メア)と名乗っておったが、その砂妖魔(サンドマン)レトラこそが"暴風竜"の愛し子なのだそうだ」

 

 ルベリオスの中央部に聳える霊峰の頂に建てられた"奥の院"。麓の聖教会本部や聖神殿よりも更に奥地、ルベリオスにおいて最も神聖不可侵とされる神の住処である。

 "奥の院"の一室で寝椅子に横たわりながら、ルミナスは魔王達の宴(ワルプルギス)での出来事を語る。

 そこで明かされたという、魔王リムルと"暴風竜"ヴェルドラ、そして砂妖魔(サンドマン)レトラの三体の関係性。どうやらヴェルドラとレトラは、育ての親とその子という間柄に当たるようだった。

 

「どのような親であっても、我が子を害されれば怒り狂うであろうからな……此度の侵攻では危うい目に遭ったようだが、レトラに何事もなく幸いであったわ」

 

 災厄の砂が辺りを蹂躙した後には砂妖魔(サンドマン)レトラの姿は消え、生死は確認出来ず、と報告にはあった。

 もしそのままレトラが力尽き、命を落としていたら……復活した"暴風竜"の怒りは人類へと向かい、世界を揺るがす規模の大破壊を引き起こしていたことは想像に難くなかった。

 

「過ぎたことはまあ良い。だがもし再びレトラが危機に晒され、あの邪竜が暴れ出す事態となれば、易々と止められるものではない……ヒナタよ、"暴風竜"は言うまでもなく、魔王リムルとその弟レトラには決して手を出すでないぞ」

 

 ルミナスは重々しく、ヒナタに告げる。

 かつてルミナスは、統治していた吸血鬼族(ヴァンパイア)の都をヴェルドラによって破壊されている。そしてこの地にルベリオスを建国し、地下に新たな都"夜想宮庭(ナイトガーデン)"を作り上げた。"奥の院"が霊峰の頂上にあるのも、ヴェルドラの襲来に備えてのものなのだろう。

 

「しかし、ルミナス様。砂妖魔(サンドマン)レトラはユニークスキル『渇望者(カワクモノ)』の所有者の可能性があります。あの者自身が世界の脅威となるなら、捨て置くことは……」

「ほう? ヒナタよ、あの厄介者の存在に気付いていたか」

 

 ルミナスはあっさりとユニークスキル『渇望者(カワクモノ)』の存在を認める。

 魔王達の宴に魔王リムルの従者として現れたレトラが、『風化』の力を行使したのを見たと言うのだ。そして、レトラは理性的に『渇望者(カワクモノ)』を制御していた、とも。

 

「あの様子なら危険視するほどのことはあるまい。懸念があるとすれば、『渇望者(カワクモノ)』には昔からギィが目を付けておったことじゃな……ギィめ、レトラに手を出さなければ良いのだが……まったく、『渇望者(カワクモノ)』にしか興味が無いのなら黙って見ていれば良いのじゃ。ふむ、先に我がルベリオスで保護──」

「ルミナス様?」

「気にするな。独り言じゃ」

 

 "暗黒皇帝(ロード・オブ・ダークネス)"ギィ・クリムゾン。

 ルミナスをして、全く太刀打ち出来ない別格の存在とまで言わしめる最古の魔王だ。しかしその魔王ギィと災厄のスキルにどのような因縁があるかなど、ヒナタの気にする所ではない。

 

 重要なのは、砂妖魔(サンドマン)レトラについてもルミナスからの裁定が下されたことだ。

 当然、ヒナタはその決定に沿って行動するのみ。

 だが一つ、思うのは──

 

「それよりもヒナタ。そなたには打ち明けたが、あの邪竜とレトラの間柄を口外することは許さぬ。どうやらレトラは人間達を過剰に怯えさせぬため、それを内密にしているようなのでな」

「確かにそれは、明るみになれば混乱を招きかねない事実ですが…………」

「何じゃ、言いたいことがあれば申せ」

 

 意味深な沈黙を纏うヒナタに視線を送りつつ、ルミナスが顎を振る。

 

砂妖魔(サンドマン)レトラに、そこまで配慮される意図を伺っても……?」

「なに、今後を考えてのことよ。魔王リムルは弟を溺愛しておる……いずれ魔国とは交渉を行う機会もあろう。ルベリオスに有利に事が運ぶよう、備えておくのも悪くはない」

 

 何かを想起しながら不敵に笑い、ルミナスはグラスに注がれたワインを呷る。

 ヒナタは黙して一礼し、それ以上の詮索を控えるのだった。

 

 

 

 ***

 

 ヒナタはルミナスの言葉に従い、レトラを擁護せねばならない立場にあった。

 調査のために魔国近郊まで出向いて、街道を行き交う旅人達から話を聞いて回ったと言う"水"の聖騎士リティスが、レトラに関する報告を行う。

 

「テンペスト国主リムルの留守中、国を治めていたのは弟のレトラ=テンペストだったようです。魔国と交流していたブルムンド王国やドワーフ王国の者達からも、人と魔物との架け橋となるような優れた統治者であるとの証言が……」

「しかし、魔物との取引に手を染めた者達の言葉だ。真に受けていいのか?」

 

 彼らは魔物に惑わされている──聖騎士の中には、そう考える者も少なくはない。

 だが先の二国は既に魔国連邦と正式な国交を結んでおり、交易地としての有用性や文化交流のもたらす利益は評議会でも宣伝されている。そして魔導王朝サリオンが魔国との国交樹立を宣言したのはつい最近の出来事であり、魔国連邦の存在が世間で徐々に認められつつあるのが現状であった。

 

「それは各国の判断によるもので、ルミナス教の信徒ではない者にまで我々の教義を押し付けることは出来ないわ。リティス、他には砂妖魔(サンドマン)レトラについての話は聞けた?」

砂妖魔(サンドマン)レトラは"魔物達の守護者"と呼ばれる存在だったそうです。そしてこれは、ただの噂話なのですが……」

 

 躊躇いを見せるリティスに、ヒナタは話を続けるよう促す。

 

「今回の件で、砂妖魔(サンドマン)レトラがジュラの森の守り神である"暴風竜"ヴェルドラに()()()()()──魔国は"暴風竜"からの庇護を約束されたのだ、と話す者もいました」

「……何だそりゃあ? 番ってことか?」

「いや、もしかすると"暴風竜"を鎮めるための貢ぎ物ということも……」

 

 おかしな話になってきた、とヒナタは思案する。

 "暴風竜"ヴェルドラと砂妖魔(サンドマン)レトラは親子であるため、噂されるような番としての関係や、魔物達が崇める竜への生贄などでは有り得ない──が、彼らの親子関係を秘匿しながらレトラに危害が及ばない対策が取れるのならば、噂話にも価値はある。

 

「そういった可能性も、ないとは言い切れないわね」

 

 少なくとも"暴風竜"が魔国に与しているのは事実なのだから、砂妖魔(サンドマン)レトラを討つことは"暴風竜"の逆鱗に触れる恐れがある、と告げると、室内は静まり返る。

 "竜種"とはそれほどまでに、人の身で触れてはならぬ"天災級(カタストロフ)"の脅威なのだ。

 

「それに、彼が人々を害したとされる行動についてだけど……民間人から多くの証言が得られているわ。その内容は、正当防衛の域を出るものではないと見るのが妥当ね」

 

 ヒナタは巧妙に、レトラの正当性を補強する証言を並べる。

 騎士団へ対話を申し入れたが聞き入れられず、襲撃が始まってしまったために反撃に及んだこと、魔物も人間も含めて非戦闘員の避難を最優先させていたこと、撤退する騎士団を追撃しなかったこと──町が結界で覆われていたために追撃が出来なかったとも考えられるが、それは結果的に、過剰な反撃行為はなかったという事実に落ち着く。

 

「一方的に戦闘を仕掛けた我々とファルムス軍が反撃を受けたことを、彼の罪として糾弾しても、各国からの賛同は得られないでしょうね。魔王リムルも、既に我々を敵と見做しているかもしれないわ」

「その責任は、作戦を断行した聖教会側にある! 我がルベリオスには無関係の話だ!」

「ええ、そうね。だから貴方達は決して手を出さないように。最悪の場合、西方聖教会の、つまり私の独断だったと言い張るつもりなのだから」

 

 法皇直属近衛師団(ルークジーニアス)の三名に対して、ヒナタは微笑みながらそう告げた。

 一度魔王リムルと話をするために出向くつもりだ、というヒナタの発言に、ヒナタ個人を信奉する聖騎士団(クルセイダーズ)の面々は動揺し、危険だとして反対を述べる。

 

「落ち着きなさい、まずは魔王リムルの考えを正しく理解するのが先よ。恐らくは彼も戦いより話し合いを望んでいるはずだけど──ああ、来たわね」

 

 合議の間にノックの音が響く。

 周辺諸国では、復活したヴェルドラがファルムス軍を全滅させたという噂が囁かれているが、聖教会が認識している限り、ヴェルドラの復活はファルムス軍全滅の数日後である。では、戦場で一体何が起きたのか。それを聞き出すため、ヒナタはニコラウスに命じてレイヒムを呼び寄せていたのだ。

 しかしそこからの事態は、ヒナタにとって想定外のものとなる…………

 

 

 大司教レイヒムによって語られた真実は、凄惨の一言だった。

 二万もの軍勢を滅ぼしたのは"暴風竜"ではなく、たった一体の魔物リムルによるもの──常軌を逸したその内容に、騎士達も動揺を隠せない。

 

 魔王リムルは"暗黒皇帝(ロード・オブ・ダークネス)"ギィ・クリムゾンや"破壊の暴君(デストロイ)"ミリム・ナーヴァと同様に覚醒していると見るべきであり、果たして信用して良いものかという議論が聖騎士達の間で交わされる。しかしヒナタは動じることなく、魔王リムルへの手出しは厳禁と告げるのみだ。

 そこへ発言を求めたのは、レイヒム。

 

「あ、あの……ヒナタ様。もう一つ、御耳に入れておきたい件が御座います」

「何かしら?」

「ファルムス王国の新王となられたエドワルド王より、救済を求める旨の言伝を預かって参りました。現在ファルムスでは、魔国から訪れた邪悪な悪魔が裏で手を回し、争いを引き起こそうと画策しているのです。このままでは国が分裂する恐れがあるも、戦力の大部分は先の戦で失われ、悪魔討伐もままならぬ状態。何卒、聖教会の助力を願うと……」

 

 助けを求める手を振り払うのはヒナタとて心苦しい。

 だが、ルミナスの意思より優先すべきものは他には無いのだ。ヒナタは淡々と返答する。

 その悪魔は二国間の和睦協定が結ばれた上でファルムス王国に滞在する正式な使者。これを武力で排することは魔王リムルへの明確な敵対行為であり、こちらから和睦を破るのみならず、西側諸国まで巻き込んだ大戦を引き起こしかねない。よって西方聖教会は新王エドワルドに協力しない、と。

 

『ヒナタよ。ファルムス王国はルミナス教を信仰する大国故、信者の数も多い。その声を無下に扱うことは、神ルミナスの名を貶める行為であるぞ』

 

 それは声ではなく、その場の者達の頭へと直接響いた思念だった。

 先程、ニコラウス枢機卿、レイヒム大司教と共に合議の間に現れたのは、"七曜の老師"と呼ばれる大賢人達だった。西方聖教会の最高顧問であり、上層部の一部のみがその存在を知る、伝説の偉人達。

 

 以前ヒナタはこの者達から"七曜の試練"を授けられ、師事したこともあったが──ヒナタは彼らの本質を見抜いていた。"七曜"はルミナスから部下の育成を任じられながら、自分達の力量を超える者が現れぬようその任務を放棄していたのだ。今ではヒナタは"七曜"を聖教会に不要な老害と考えているが、ルミナスに長年仕えてきた彼らに表立って逆らうわけにもいかない。

 一方、"七曜"はヒナタを疎み、事あるごとに邪魔をしてくる。この場に姿を見せたのは"火曜師"アーズ、"月曜師"ディナ、"金曜師"ヴィナの三名で、特に腐敗の進んでいると思われる者達だった。

 

「お言葉ですが、神託は既に下されております。"七曜の老師"ともあろう御方々が神ルミナスの意に背くなど……我らが神への反逆行為と捉えられかねない暴挙ではありませんか?」

『フフ……神ルミナスへのお前の信仰心、嬉しく思うぞ。ルミナス神の御意思が絶対であるのは当然のこと……ただ、お前が自惚れによってその身を滅ぼさぬようにと、我らは案じておるのだよ』

 

 "七曜"はルミナスが認めた元人間達であり、彼らの忠誠はルミナスに捧げられている。彼らは恐れているのだ。自分達よりも優れた後進に、ルミナスの寵愛が奪われることを……

 

『レイヒム、ファルムス王家からの信頼も厚いお前には、エドワルド王への返答を携えファルムスへ戻って貰わねばならぬ。決定は追って知らせよう、下がって支度を整えるが良い』

「ははっ……! そ、それでその、先立って提出致しました、魔王リムルからの伝言は……」

『案ずるな、これよりヒナタらと共に内容を確認し、魔王リムルへの対応を協議する。お前はファルムス王国のへの対応に専念せよ』

 

 "七曜"の横暴な振る舞いに、ヒナタの眉間に皺が寄るが、それよりも気になったのはレイヒムの言葉だ。彼は魔王リムルからの伝言を預かって来たということになる。

 レイヒムが退室した後、"七曜"の一人が取り出したのは、映像記録装置である水晶球。

 

 そこに映し出された可憐な少女は──魔王リムルその人だった。

 ヒナタと対峙した頃とはまるで別人のような、静謐でいて強烈な覇気。

 水晶の中のリムルは、冷たい声で言い放つ。

 

『話し合いには応じられない。俺とお前の一騎打ちで勝負を付けよう』

 

 

 

 

 

 魔王リムルに名指しされては仕方ない。

 単身ルベリオスを出発したヒナタは、魔国への旅の途中にいた。

 ヒナタとしてはリムルと話し合いをするだけのつもりだが、猛反対していた部下の聖騎士達が数名追い掛けて来てしまい、折れたヒナタは彼らに魔国への随行を許可した。

 

 リムルの言葉には静かな怒りが込められていたようにも思えたが、あの短いメッセージだけで害意ありと判断するのは早計だろう、とヒナタは考える。あの伝言を記録した水晶球が、一度"七曜の老師"の手に渡っていたことも気掛かりだ。もしそこに何らかの悪意が介在していたなら……

 ともかく、リムルに会って直に言葉を交わさなければ、答えは出ない。

 

 途中で立ち寄ったブルムンド王国では、懐かしい食べ物に遭遇した。

 朗らかな笑顔の看板娘が、ヒナタの注文したメニューについて説明する。

 

「お客さん、実はそれ、魔王様が熱望したっていう新商品でね。まだ先週から売り出したばかりなんだけど、一度食べたら病みつきになるって評判なのよ!」

 

 空腹を刺激する、熱く濃厚なダシの香り。白濁したスープをレンゲで少量掬い、そっと口に含めば、コッテリとしたとんこつの旨味が舌の上に広がっていく。

 ヒナタは用意された割り箸で麺を掴み、何度か息を吹き掛けてから口へと運んだ。記憶に残る通りの、コシのある歯応え。麺にはスープがよく絡み、食べ進める度に冬の旅路で冷えた身体がじわじわと温まる。もう一口、更にもう一口、とヒナタは黙々と箸を動かした。

 

(リムルが"異世界人"というのは、本当のようね……)

 

 もう二度と味わえないと思っていた味だった。

 ふう、と麺に息を吹き掛ける作業の合間に、ヒナタは看板娘の声に耳を傾ける。

 

「魔王様の弟君も大絶賛されたそうでして! 弟様は特に味噌ラーメンがお好みで、炒めた挽肉ととうもろこしとバターを乗せるんだとか……あ、具材の追加も近々可能になる予定ですよ!」

 

 ラーメンの味わい方が、まさしく現代日本を生きた者のそれだった。

 どうやらリムルだけでなく、その弟レトラまでもが元人間の転生者であるらしい。

 噂に聞くばかりで未だ会ったことのない、ルミナスが妙に固執している砂妖魔(サンドマン)レトラ──もし無事にリムルとの和解が成立したら、彼とも一度話してみたい。

 

 そう考えながら、ヒナタはドンブリに残るスープを全て飲み干したのだった。

 

 

 




※色々な噂が飛び交ってますが仕様です



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