ヒナタがテンペストへ向けて出撃した。
ソーカ達からの報告を受け、俺は幹部達に招集を掛ける。
最初にイングラシアを出発したのは、馬に乗ったヒナタ一人。
ルベリオスとイングラシアの首都は"転移門"で結ばれているそうで、国の要人にのみ利用資格があるというその経路を使い、ヒナタはイングラシアまでショートカットして来たんだろう。
その後、それを追うように聖騎士四名が馬を飛ばしてヒナタに追い付き、それからは五名で魔国を目指しているようだ。現在の移動速度はゆったりとしたもので、二週間少々で魔国へ着く予想らしい。
トーカの話では聖騎士達はかなりマジっぽい完全武装、ヒナタも妙な大剣を背負っているとのことで……俺達と戦うつもりだろうか? 時間差で出発したのは、ヒナタが一人で来ると俺達を油断させておいて、増援を用意──いや、それにしては人数が少ないし、もう合流してるし。
「レトラ、どういうことだと思う?」
「ヒナタが一人で出て行ったから、聖騎士達が慌てて追い掛けただけじゃないかな?」
「俺も一瞬思ったけど……そんなことってあるか?」
「いや、考えてみてよ。もし俺が、ヒナタに会ってくるーとか言い出して、危ないからって反対されてるのに、護衛も付けずに一人で出掛けたら……皆は武装して全力で追い掛けて来るだろ?」
「本当だ」
凄まじい説得力に、幹部達も揃って唸っている。
ウチではそうだからって余所の家でも同じとは限らないが……確かに、いくらヒナタが強くても一人で行くというのは部下達が反対するだろうし、魔王の領地へ丸腰で出向くなんて考えにくいか。じゃあ今の段階ではまだ、ヒナタ達に敵意があるかどうかはわからないな。
次にディアブロが発言する。
ちょうど連絡があったため、ファルムス王国から呼び戻したのだ。
「レイヒムがファルムス王国へ出発したことを確認致しました。こちらもルベリオスの"転移門"を用いて、イングラシアからファルムスを目指すルートですので、掛かる日数は二週間ほどと思われます」
状況が一気に変わって来ている。
この分だと、ヒナタが魔国に着く頃には、レイヒムもファルムスに到着する計算だ。
「聖教会の方針はわかったか?」
「はい、レイヒムは既に結界外におりますので、『
ヒナタはファルムス攻略を阻止する道を選んだようだ。
魔物の存在を認めない、ルミナス教の教義が絶対ということなのだろうか?
「ただ、ファルムス王国への返答をレイヒムに伝えたのは聖人ヒナタではなく、"七曜の老師"と呼ばれる者達だったとか。古くからルベリオスに仕える重鎮達で、事実上その立場はヒナタよりも上のようです」
「アダルマンの話にあった、偉大なる英雄達(笑)か……」
西方聖教会については、会議の前にアダルマンから情報収集しておいた。
生前のアダルマンは聖教会の枢機卿だったそうで、それは新鮮な驚きだったが……封印の洞窟から転移魔法ですっ飛んできて俺とレトラの目の前に平伏し、俺が止めに入るまで感謝と称賛の言葉を述べ続ける姿を見てしまえば、なんかもう強烈なヤツだなという印象しか残らない。
レトラがキラキラしながら手を振ってアダルマンに話し掛けており、どうやらレトラはよく洞窟に遊びに行ってアダルマンやその部下達とも仲良くしているようだ。いや骸骨とかゾンビとか、レトラが平気だって言うならいいんだけど……
さて、聖教会の話だが。元々西方聖教会とはルベリオス法皇庁の下部組織で、ルミナス教の布教を目的に作られた、武力を持たない組織だったそうだ。
法皇庁は信者を魔物の脅威から守るために
その後、聖教会も
"七曜"が監督していた頃の
ヒナタと言えども組織の一員である以上、上からの命令には逆らえないだろう。
聖教会の動きが全てヒナタの意思で決定されているわけではないとしたら……やはりヒナタと話してみるべきだ。メッセージを受け取ったなら、俺が話し合いを望んでいることは伝わっているだろうからな。
「ソウエイ、各国の動きはどうなっている?」
「周辺諸国に滞在する神殿騎士達がファルムス王国を目指して動き出しております。少人数で人目を避けた行動を取っているため総数は不明ですが、二万から三万ほどの軍勢となる見込みです」
「クフフフ、"悪魔討伐計画"を気取られぬための努力でしょう。我々が初めからそれを想定して警戒網を敷いているとも知らずに、御苦労なことです」
ソウエイの分身体の諜報活動の他、ディアブロも召喚した悪魔を使っての情報収集には余念がない。
新王エドワルドの動きは、ディアブロの予想通りだ。エドワルドは先日、貴族達の援助を受けて集めた兵一万名を率いて、エドマリスを匿ったヨウム達五千名が滞在するニドル領の近郊に陣取ったそうだ。
そこへ更に神殿騎士達が二、三万……ちょっと多い気もするが、ディアブロの余裕っぷりを見るに問題はないのだろう。ヨウムへの援軍はベニマルが選定しており、俺達は次の議題に移る。
ここで、更なる凶報がもたらされた。
ホクソウからソウエイへ入った報告によると、イングラシアから聖騎士団の部隊百騎が出陣したと言う。森の旧道を進む目立たないルートを目指しているようで、ヒナタ達に合流する気配はなし。
今度こそ陽動作戦か? 先行するヒナタ達を囮にして、後続の部隊が強襲を……?
とにかく、これで聖騎士百名への対処も考えなければならなくなった。
俺とヒナタの対話を邪魔されないためにも、足止め役が必要だ。だが聖騎士は一人一人がAランクオーバーの実力を持つそうで、百名ともなるとかなりの戦力であることは間違いない。
ゲルド達がいてくれれば心強いのだが──今回は、俺の判断でゲルドを呼んでいなかった。
ゲルドはユーラザニア跡地に戻り、ミリムの住む城と都を建設する一大事業に向けて取り組んでいる。捕虜の魔人達と上手く意思疎通が図れず指導に悩んでいる様子だったが……焦らず着実に、自分の言葉で彼らを従えて欲しい、という俺の言葉に力強く返事をしてくれたゲルドの邪魔はしたくない。今回は俺達だけで何とかするとしよう。
「よーし、閃いたぞ! そこに人がいることに気付かず、我がたまたまドラゴンブレスを試してみるというのはどうだ?」
ヴェルドラが何か言っているが、当然却下だ。
西方聖教会はヴェルドラを敵視しているそうだし、出番はない方がいいな……最終防衛ラインを任せるという格好良い響きの任務でヴェルドラをその気にさせ、黙らせておく。
自信満々に発言したのは、シオン。
「ではリムル様、私の"
「アホか! そいつらはCランク程度の実力しかないだろうが!」
「それにシオン、"
「いいえレトラ様、ご安心ください! 一人で二人を相手取ればいいのです!」
条件悪くなってんじゃねーか。八十名で百名を相手にするなら、四名で五名を……って、そんな単純な計算で済む話ではないな。俺とレトラにダメ出しを喰らってもへこたれないシオンのメンタルは褒めてやってもいいが、根性論だけでは乗り切れないこともある。
意外にも、シオンを擁護したのはベニマルだった。"
「大丈夫ですよレトラ様、"
「私達だけで充分です! 私の部隊には、レトラ様を悲しませるような不届き者は誰一人おりません!」
"
"
次は、ヒナタ以外の聖騎士四名について。
恐らく彼らは"十大聖人"に当たる隊長クラスの面々だろう。少なくとも"仙人"という存在に到達しており、"魔王種"に匹敵すると言う。こちらからは幹部が出るしかないが……そのメンバーに悩む俺に、意外な者達が声を上げた。
会議室にアルビスとスフィアが現れ、これまでの恩を返すためにも"十大聖人"の足止めに協力させて欲しいと言うのだ。二人に何かあったらカリオンに申し訳が立たないので悩んだが、彼女達の意志は固く、皆から反対意見も出なかったため、俺はその申し出を受け入れることにした。
布陣は決まった。ファルムス王国の担当は引き続きディアブロ、そしてヨウムへの援軍としてゴブタ、ハクロウ、ガビル、ランガが四千名余りの戦力を連れて参戦する。
四名の聖騎士には、ベニマル、ソウエイ、アルビス、スフィア。
シオンには"
ヒナタの相手は俺。ヴェルドラは留守番……いや、最終防衛ラインの担当。
そして──
「レトラ。お前は……」
「俺は残るよ」
レトラは事もなげに言った。
どうしてもレトラを危険な目に遭わせることを躊躇ってしまう俺達は、レトラが前線に出たいと言い出さなかったことにホッと息を吐く。レトラもとっくに"魔王種"であるとか、コイツに勝てる奴は実はほぼいないとかそういうことは一切関係なく、これは保護者としての義務だった。
いつものように、皆へ激励の言葉を掛けているレトラにおかしな様子はない。
しかし、俺もいい加減に学習しているのだ。こうしてレトラが妙な静けさを保って、妙に大人しくしている時は……何故か大抵の場合、俺の思惑とは大きく外れた事態となることに。
俺の予感は的中する。
話がある、とレトラが俺の庵を訪れたのは、その夜のことだった。
***
ルベリオスから魔国連邦を目指したヒナタの旅路は、二週間少々の時を要した。
イングラシアまでは"転移門"で一瞬だったが、そこからは馬を使い、荒れた冬の街道を野宿を交えながら進み、ブルムンド王国へ着くまでに十日ほど。
小国ブルムンドの都は以前と比べて活気に溢れ、住民達の衣服や装飾品、店舗に並ぶ生活道具や冒険者向けの武具までもが高品質なものばかり。軽食を提供する屋台の種類も豊富で、宿の食堂ではラーメンも堪能することが出来た。人々の暮らしぶりは目に見えて豊かになっており、それはテンペストで生み出された商品や文化がブルムンドへ流入してきた結果であると認めざるを得ない。
そしていよいよブルムンドから魔国へ向かう途上で、ヒナタは更に困惑した。
街道には美しく石畳が敷き詰められ、見慣れぬ魔法装置により対魔結界が張られているようで魔物が出没する気配もない。街道沿いには水飲み場、交番、宿屋などの施設がそれぞれ数十キロ毎の間隔で設置され、旅人に配慮した環境が整えられていた。
旅の途中でヒナタ達が耳にした限り、人々のために様々な施策を打ち出してきた魔王リムルと、実際にそれらを推し進め人々との交流に励んできた王弟レトラの評判は高い。
初めは魔王リムルを敵と見てヒナタを追ってきた聖騎士達──"空"のアルノー、"地"のバッカス、"水"のリティス、"風"のフリッツの四名も、魔王リムルは優れた王であるとの見解を示した。神敵に認定しなかったのは正解だった、とさえ。
「やはり、魔王リムルに誠心誠意謝ってみるしかないわね。それでも彼が一騎打ちを望むと言うなら、受けて立つしかないけど……」
願わくば、戦いではなく話し合いを。
それがヒナタの本音だったが──その願いは叶わない。
「やってくれたな、ヒナタ。ここは俺の領土だ、無断で軍事行動を取った時点でお前達に害意ありと判断出来る。先制攻撃を許すほど、俺は甘くないんだよ」
ブルムンドを出て八日目の夕方。
魔都リムルの近郊にある開けた草地で、ヒナタはリムルと二度目の邂逅を果たす。
事態はヒナタの想定を超え、悪化の一途を辿っていた。
「それが当然でしょうね。私だって、何故レナードが命令違反をしたのかわからないのよ」
ヒナタとリムルが向かい合う場所から更に奥の森の中──スーツ姿の女魔人が率いる魔物達と交戦しているのは、ヒナタ不在の間ルベリオスの守護を務めるはずの聖騎士団副団長"光"のレナードと、五大隊長の一人"火"のギャルド、そしてヒナタの自慢の部下である百名余りの聖騎士達だった。
西方聖教会が有する
「俺の伝言は受け取ってくれたんだろ? その答えがこれか?」
「ええ、そうね……少し違うけど、それを言っても信じてはくれないでしょう?」
もしレナードに何らかの事情があるのだとしても、リムルには関係のないことだ。既にヒナタ達は、魔王リムルへの完全な敵対行動を取ってしまっている。
先刻、ニコラウスから受けた魔法通話では、"三武仙"がファルムスの内乱を鎮圧すべく動き出していると言う。合議では内政干渉を避けると方針を決定したはずなのだが……恐らくは、ヒナタよりも上位の者が彼らに命令を下したのだろう。
『"七曜"に気を付けて──』
ニコラウスの言葉を思い返しながら、戦いは避けられそうにない、とヒナタは覚悟を決めた。
ヒナタ直属の聖騎士四名に対して、リムルが連れていた魔人も四名。
その中で一際強大な力を秘めた、紅い髪に黒い二本角の美丈夫は特A級の危険度を誇る"
二名の獣人族は、恐らく元魔王カリオンの部下"三獣士"だろう。獰猛な戦士と評される"
四組が全てその場から消えると、後にはヒナタとリムルが残された。
まだ手遅れではない。ヒナタに選べる道は一つ。
全力を以てリムルと戦い、圧倒的に勝利した上で謝罪するのだ。
そのためにはこんなものでは勝負にならないと、ヒナタは"七曜の老師"から預けられた
刀を構えたリムルに向かって駆け出そうとしたヒナタは──刹那、その異変を察知した。
首都リムルの上空に発生したのは、大規模な霊子の集束現象。高度な神聖魔法を使いこなすヒナタだからこそいち早く感じ取ることの出来たそれは、間違いなく、"
(何故ここで……! 一体誰が?)
"
だがこの場には
「待ちなさい、リムル!」
臨戦態勢のリムルへと、ヒナタは声を上げる。
これ以上、人間の行いによって魔国の民に犠牲が出るようなら、いくらヒナタがリムルに勝利しようとも謝罪が受け入れられることはないだろう。この場の諍いは一時的に収まるかもしれないが、和解の道は閉ざされる。それだけは避けなくてはならない事態だった。
「町に"
リムルは微動だにしなかった。
霊子の集束運動に気付いているのだろうか、その顔に動揺は見られない。
「何だ? 対魔結界はそっちのお家芸だろうに、心配してくれるのか?」
「言い訳にもならないけれど、これは私達の仕業ではないわ。犠牲が出る前に結界を──……!」
「いいんだよ。結界は張らせない」
町へ身体を向けたヒナタを視線で制し、リムルは言い切った。
今まさに構築されようとしている、魔を滅ぼす聖なる檻には見向きもせずに。
「何たって、備えてるのは俺の弟だからな」
世界が光り輝いた。
引き延ばされた知覚速度で捉えたのは──膨大な量の霊子が音もなく消える光景。
集められた霊子の制御が失われたのでも、ましてや奪われたのでもなく、ただ溶けて無くなるように霊子の存在が消失したことを、ヒナタは信じ難い思いで理解した。
(発動前の"
神への信仰によって初めて行使可能となる神聖魔法。聖なる力を生み出す魔法の源、祈り無くしては制御することもままならぬはずの、霊子そのものを対象とした干渉。
神の御業にも等しいそれが、今ヒナタの目の前で起こったのだ。
これが魔王リムルの弟、レトラ=テンペストの力なのだとしたら──
「……あいつには、二度とこんなことさせたくなかったんだけどな」
僅かに視線を落とし、苦味を混ぜた表情でリムルが呟く。
そして何かを吹っ切るように緩く頭を振り、リムルは手にした刀をヒナタへ向けた。
「さあヒナタ、始めるとするか。俺がすべきは、ここでお前との決着を付けることだ」
《告。究極能力『
天から降る砂粒が、夕方の陽光を反射して煌めく。
現実には一瞬だけの幻想的な輝きを残して消えたそれは、ユニークスキル『
静寂に包まれた森の片隅にひっそりと佇む、一体の魔物。
木々の間を通り抜けた風に、砂色の髪が靡く。
閉ざされていた瞼が持ち上がり、琥珀の瞳が空を見上げて──
「『
《了。ユニークスキル『
※漫画版20巻の範囲が終わりました
※来週は小ネタ集の予定です
追記:今後の更新について活動報告(4/3)を上げましたので、よろしければご確認ください