転スラ世界に転生して砂になった話   作:黒千

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100話 聖魔対立~魔都リムル①

 

 もう何度も何度も、思い返してきた。

 襲撃の日、町の上空に対魔結界が現れた瞬間の絶望を。

 

《告。魔国連邦(テンペスト):首都リムル上空に、未確認物質の出現を感知しました。"聖浄化結界(ホーリーフィールド)"発動のための"霊子"の集束現象と思われます》

 

 やっぱり来たか。

 でも、二度と魔国に結界なんて張らせない。

 聖なる結界が構築されるより早く、全てを破壊するために──俺は待っていたのだ。

 

「滅ぼせ、『旱魃之王(ヴリトラ)』」

 

 

 

 

 

 この世界には、魔国連邦(テンペスト)の滅亡を望む連中がいる。

 その殺意に気付いた日からおよそ一月半──とうとう今日まで町の周辺に怪しい動きは見られなかったが、()()は必ず結界を仕掛けてくる、と俺は確信していた。魔物の国を攻撃するなら、対魔物用の絶対的な切り札となる"聖浄化結界(ホーリーフィールド)"を使わない方がどうかしているのだから。

 

 "聖浄化結界(ホーリーフィールド)"は、その効果や規模から見ても<神聖魔法>の系統だろう。

 魔を浄化する力の源となる"霊子"を壊せば、結界は阻止出来る。だが霊子とは魔素を構成する特殊な粒子であり、そのデタラメな乱数位相を解析するまでは、動きを捉えるのも困難という代物だ。霊子の"捕捉"が行えないなら、砂で"接触"しなければ『万象衰滅』が使えない……とすると、俺に取れる手段は一つ。

 砂センサーの出番である。

 

(俺の砂、第一質料は万物の最小単位……なんだよな? だったら、砂で空間内を満たしておけば、霊子との接触を感知することも出来るんじゃないか?)

《是。接触状態からの『万象衰滅』が発動可能となるでしょう》

 

 俺は以前、リムルの究極能力『誓約之王(ウリエル)』の『絶対防御』を溶かしたことがある。それは『誓約之王(ウリエル)』によって断絶されていたはずの空間を超え、砂が結界まで届いたということ。

 霊子は時間と空間を無視した運動を行うため、『絶対防御』の空間断絶をすり抜ける恐れがある……という話があったはずなので、俺の砂と霊子は似たようなもんなのでは? じゃあ接触出来るのでは? と考えたのだが、無事にウィズのお墨付きが貰えた。

 

 ちなみに、結界を溶かして吸収したからって『誓約之王(ウリエル)』そのものをコピー出来るなんてうまい話は存在しない。でも結界の構成情報を得たことで、俺の固有スキル『多重結界』は『万能結界』にレベルアップした。リムルの許可は取りました。

 他にもウィズが、『魔力操作』と『黒炎雷』を読み解いて"法則理論"を完成させ、固有スキル『法則操作』へと作り変えてくれている。あとは"操魔王支配(デモンマリオネット)"から構築した"操心理論"をユニークスキル『夢現者(マドロムモノ)』に組み込み、『精神介入』を『精神感応』に変えたとか……重複効果をまとめて効率化を図りたいって言うからOKしたけど、内容は今度チェックしよう。

 

 作戦の決行日、俺は森の中で準備を整える。

『質料操作』で一粒残らず透明に変質させ、首都リムルの真上へと広げた砂の量は──ウィズに確認したところ、四百万キロリットル超という気の狂った量になっていた。

 

 これには操作系スキルの性能や熟練度、ウィズの演算補助も関わってくるので一概には言えないが、俺も成長したもんだと思う。生まれて間もない頃は一度に操れる砂なんてせいぜい一、ニキロリットルだったそうで……まあ、二百リットルのドラム缶十個分とすると案外多い。

 じゃあ四百万キロリットルってどのくらいの量なんだ? と首を捻っていた俺に、こんな返答があった。

 

《解。主様(マスター)の記憶領域から参照可能な範囲内を検索……完了しました。現在操作中の第一質料の総量は、"東京ドーム"およそ三・三杯分に相当します》

(わかるようでわからない単位の代表格だソレ……!)

 

 まさかの単語に噴き出してしまった。

 作戦開始前にちょうど良く緊張が解れたことは、ウィズに感謝すべきだろう。

 

 そして始まった砂の物量作戦は、単純ながらも確実な方法だった。

 町を覆う見えない砂が、霊子との"接触"によりその出現を感知し、破壊する。操る砂が多すぎて一瞬だけ透明化が途切れ、夕日に照らされて輝いたのが綺麗だったな。

 

《告。究極能力『旱魃之王(ヴリトラ)』を使用……『万象衰滅』に成功しました》

 

 まずはここまで、想定通り。だが、霊子の破壊だけでは片手落ちだ。こんな対魔結界を構築可能な術者を野放しにしておく限り、魔国は何度でも狙われ続けることになる……

 

「『先見之王(プロメテウス)』……術者を捜せ。全員だ」

《了。ユニークスキル『砂創作家(サンドアーティスト)』の『質料操作』を継続……範囲内における対魔結界の構築阻止及びその術者の捜索──実行開始します》

 

 

 

 

 

 ヒナタや聖騎士達への対応を決めた日の夜、俺はリムルの庵を訪れた。

 やっとリムルに話せる。ここまでに出揃った情報と、俺の意思を。

 

「……じゃあお前が壊した魔法装置には、実は"聖浄化結界(ホーリーフィールド)"が入ってたって言うのか?」

「『先見之王(プロメテウス)』の解析結果だから間違いないよ。エドマリスやラーゼンやレイヒムが知ってたかどうかも確認して来たけど……全員、中身を"四方印封魔結界(プリズンフィールド)"だと思い込んでた」

「待て、レトラ……それって」

 

 机に乗ったスライム形態のリムルが、ピクリと反応を見せる。

 そうだよな、今になってこんな情報を明らかにされると、流石のリムルも動揺…………

 

「ファルムス王国に行って来たってことか!? 一人で!? どうせお前は大袈裟だって言うんだろうけどな、どっかのバカがお前を誘拐しようと狙ってるかもしれないだろ!?」

「あのさ、もっと他に喰い付いて欲しいとこあるんだけど!」

 

 それと、誘拐はもうどっかのギィにされました! すいません! 

 リムルの言い分が大袈裟じゃないのが酷いな……まあ言えないことは置いといて、ファルムスまでは空間転移で安全だったし、面会にはディアブロに立ち会ってもらったし! と俺は開き直った。

 リムルは、ああディアブロか……と納得した様子。俺が護衛を付けずに出掛けるのは未だに罪であるらしいが、誰かが付いてれば許される程度の話のようだ。

 

「しかし、お前が町を抜け出しても誰も気付かないってのは問題だな……」

「それで! つまり! あの襲撃には、別の思惑があったってことになると思うんだ」

 

 話題をムリヤリ軌道修正する。

 ようやくリムルもブラコンモードを引っ込めて、真面目に考えてくれた。

 

「うーん、襲撃事件の主犯はファルムス王国で、目的は町を手に入れることだったよな? 全滅させちまったら意味がない……レイヒムまで知らなかったなら、それは聖教会本部の企みってことになるが……やっぱりヒナタの差し金なのか?」

「そこがハッキリしないから、ヒナタがどう動くのかを待ってたんだ。リムルのメッセージを受け取って、話し合いに応じてくれたら良いと思って」

「だが、ヒナタは聖騎士団(クルセイダーズ)を連れて出撃してきた──ってわけか」

 

 ヒナタにとってはマズイ流れだ。

 原作でもそうだったように、リムルのメッセージは改竄されて伝わっているんだろう。

 俺は一応、あんまり挑発的にしない方がいいよ! とリムルを誘導したんだけど、リムルの気遣いにより「話し合いには応じられないって言うなら仕方ない。その時は周りに被害が出ないように、俺とお前の一騎打ちで勝負を付けよう」というフレーズが入ってしまったので、その辺が都合良く切り取られているはずだ。

 

「ヒナタはシズさんの弟子だって言うし、リムルをシズさんの仇だと勘違いしてるなら、和解の余地は残ってるはずだろ……こうなった以上は、リムルに託すよ」

「ああ、任せろ。せっかく向こうから来てくれるんだ、ヒナタの真意は直接会って確かめる」

 

 吹っ切れたように答えるリムルが頼もしくて、少し笑った。

 俺が今までこの件を黙っていた理由は、ヒナタの印象をなるべく悪くしないためだが……もう一つある。俺がずっと考えてきたそれは、今この時でなければ、とても口に出せないものだったからだ。

 

「リムル。ここから先は俺の考えなんだけど、聞いてくれる?」

「ん? 何だ?」

「俺としては、ヒナタを首謀者とするのは不自然だと思ってるんだ。魔法装置を使った"聖浄化結界(ホーリーフィールド)"なんて強力な結界を用意してたなら、その目的は町の殲滅としか考えられない……町の支配が目的だったファルムス王国との摩擦が起きるのは明らかなのに、ヒナタはファルムスと手を組んだりするかな?」

 

 ファルムス王国と連合を組んだからには、ヒナタには町を滅ぼす気がなかったのだと説明が付けられる。あくまでもあの時点では、だけど。原作からするとヒナタはリムルを討伐した後、改めて聖騎士団(クルセイダーズ)を率いて町を滅ぼすつもりだったみたいだからな……

 

「ってことは……レトラ、お前は首謀者について心当たりでもあるのか?」

「俺は、ロッゾ一族が怪しいと睨んでるよ」

 

 言ってみたけど、リムルには伝わらなかった。

 まだ俺の知識にしか根拠が存在しない、隠蔽されるだけの情報。

 やっぱり駄目か……と諦めて、俺の言葉を待つリムルへ向けて言い直す。

 

「……アダルマンの話を聞いて思ったんだ。聖教会が属するルベリオスは古い国で、その全てをヒナタが取り仕切ってるわけじゃないなら、ヒナタも知らない企みが動いていてもおかしくないんじゃないかって」

「"七曜の老師"、とかいう連中だな?」

 

 ある意味では間違いじゃない。リムルを利用してヒナタを葬ろうとしている"七曜の老師"……そのリーダーである"日曜師"グランこそ、ロッゾ一族の主グランベル・ロッゾの仮の姿なのだから。恐らくは他の七曜達にも知られていない事実だろう。

 シルトロッゾ王国のロッゾ一族は、西方諸国評議会(カウンシル・オブ・ウェスト)にも息の掛かった者達を送り込んで根を張り、「全てはロッゾのために」を合言葉に世界を手中に収めようとしている勢力だ。だから彼らは、いずれこの世の経済の中心地となるだろう魔国を邪魔に思い、潰しに掛かってくる。

 

 それはもう少し後で起こる出来事だったはずなのに、俺が魔国の発展を目立たせ過ぎてしまったため、ロッゾに目を付けられる時期が早まった……というのが俺の考えだ。

 その代償が、原作では存在しなかった魔法装置の"聖浄化結界(ホーリーフィールド)"。まだ魔国が発展途上の時期にそんなものが使われていたら、町は本当に全滅していたかもしれない──

 ぐ、と膝の上で拳を握り、俺は続ける。

 

「ソーカ達の報告では、ルベリオスの守りを除いた聖騎士団(クルセイダーズ)の全てが魔国へ向かって来てるって話だったよな。法皇直属近衛師団(ルークジーニアス)はファルムス王国への援軍に回った。もしヒナタ達の裏で動く連中がいたら、そいつらは聖騎士じゃない可能性が高い……」

 

 俺の読みでは、動いて来るのはロッゾ一族の汚れ仕事を請け負う影の集団、"血影狂乱(ブラッドシャドウ)"。

 奴らは聖騎士団(クルセイダーズ)が正式採用している封殺結界"聖浄化結界(ホーリーフィールド)"を使える……今度こそ町に対魔結界を張り、それをヒナタ達の仕業に見せ掛けるにはうってつけの連中だ。

 

「人類の守り手である聖騎士を殺すのは良くないってリムルの考えはわかるから、俺もそうするつもりだよ。だけど、聖騎士じゃないなら手加減しない。もしまた町を狙ってくる連中がいたら、その時は……俺が全員片付ける」

「な……?」

 

 リムルが驚愕するのは当然だった。

 まだ何の確証も得られていない想像上の敵をこうも警戒し、殲滅するとまで宣言しているのだ。リムルには、突拍子もない妄想にしか聞こえないだろう。

 

「待て、レトラ……それは、お前の推測だろ?」

「リムル、何事もなければそれが一番良いんだ。でも、ヒナタやファルムスを出し抜いて俺達を滅ぼそうとした勢力があったなら、そいつらは次に何をしてくる? また皆を殺そうと仕掛けてくるなら、俺は絶対に許さない……向けられた殺意には、同じだけの殺意で返すよ」

 

 相手に対して鏡のように接する。

 それは、この国の在り方として決定された方針のはずだった。

 返す言葉も失ったような沈黙の後、リムルがぽつりと零す。

 

「……本当なら、その決断は俺がするべきだったんだよな」

「リムルだけが背負うものじゃないだろ」

「だからって、何でお前が」

 

 もう決めたことだった。

 俺がここへ来たのは、リムルにも知っておいて欲しかったから。

 

「やれることをやらないでいて、その結果が俺達に牙を剥いたら? それが俺だけに返って来るならまだいいんだ、でも、俺の間違った判断の責任を取らされるのは俺じゃない……誰かが犠牲になった後で、『ごめん、また死なせた』って? 俺は、どんな顔して言えばいいんだ?」

 

 俺達は、国を形作る民の生命と尊厳を保障しなければならない。

 それが義務、いや、もっと素直に言うなら──俺はもう見たくないのだ。血を流し、俺の名を呼びながら、目の前で冷たくなってゆく誰かを、もう二度と。

 

「……わかった。別働隊への警戒は『智慧之王(ラファエル)』も指摘してたことだからな……だが俺もベニマル達も手一杯だ。本当にそんな奴らがいるとしたら、お前にしか任せられない……頼んだぞ」

 

 情報が欲しいから一人くらいは生け捕りにしろよと付け加えられ、頷く。それもそうだ。そいつの口を割らせれば、ロッゾ一族の暗躍をリムルと共有することが出来るだろう。

 会話が途切れ、夜の空気が室内を包み込んだ後、なあ、とリムルが俺を呼んだ。

 

「レトラ……お前はまだ、町が襲われたのは自分の所為だと思ってるのか?」

「それは皆の責任だって話し合っただろ。二度とあんなことが起こらないように、皆で乗り越えて行けると思ってるよ……だから、俺は俺に出来ることを全部やりたい」

「そうか。じゃあ聞き方を変える……お前は、自分の何がそんなに許せないんだ?」

 

 何を思って、リムルがそんなことを聞いて来たかはわからない。

 だけど、許せないことなら確かにあった。

 机の下で握り締めていた拳に、更に強く力を込める。

 

「…………"聖浄化結界(ホーリーフィールド)"に気付けなかったことが」

 

 許せない。

 いくら後悔してもし足りない。

 何で俺は、魔法装置の中身を確かめるくらいのことも思い付かなかったのかって。

 

「"聖浄化結界(ホーリーフィールド)"が入ってたなんて知らなかった……俺はそんなこと、考えもしなくて……それじゃダメなんだ。もし俺が装置を壊さなかったら、町は全滅しててもおかしくなかったのに」

「待て待て、何言ってんだ……? その"聖浄化結界(ホーリーフィールド)"を阻止したのはお前じゃないか」

「俺は、魔法装置を壊さなかったかもしれないんだよ」

 

 あの時、俺には本当に、その可能性があったのだ。

 起こるべき出来事が起こらなければ、正しい未来には辿り着けないかもしれないと考えて。

 知っているからこそ、俺には出来ることがある……だけど、そのために、その所為で、俺が取り返しの付かない間違いを犯すとしたら。俺は本当に、この世界には必要の無いものだった。

 

「いや……そんなことあるわけないだろ?」

「……あったかもしれないんだ」

 

 リムルにはわからない、これ以上伝えることの出来ない話だった。

 仕方がない、我慢する。大丈夫、大丈夫だ。俺が──『転スラ』を理解出来るのが──この世に一人なのだと思い知った時から、喉元を塞ぐ微かな息苦しさが続いているだけ。

 

「レトラ……おい、レトラ?」

 

 いつの間にか俯かせてしまっていた顔を上げる。

 ぽよん、とリムルのスライムボディが揺れた。

 

「お前はあの時、人間達に不穏な動きがあったから、トレイニーさん達にも呼び掛けて周辺を警戒してたんだよな? だから装置を見付けられたし、"聖浄化結界(ホーリーフィールド)"も張らせずに済んだ……もしあの日を何百回繰り返そうが、お前は絶対に魔法装置を壊しに行ったよ」

「……何でそんなこと言えるんだよ」

「何でって……お前だぞ?」

 

 それが理由の全てだと。

 当然のように、リムルはそう言い切った。

 

「町に危険が迫ってるかもしれない状況で、お前が動かないわけないんだよ。自分で気付いてなさそうだから言っといてやるけど、お前ってそういう奴だからな?」

「…………」

 

 本当に? 

 本当に、そうなのか? 

 

 俺がずっと、悩みに悩んで、魔法装置を壊そうと決めた理由は何だった? 

 歴史に逆らってでも、町への襲撃を防ぎたいと思ったのは…………

 

 皆に、死んで欲しくなかったからだ。

 あの時も、今も、俺は──同じ思いで動いてるのか。

 

 

 

 

 

 

《──究極能力『旱魃之王(ヴリトラ)』を使用、『万象衰滅』に成功しました》

 

 二度目の霊子破壊を告げられ、回想から意識を戻す。

 あの後、うっかり泣いてリムルを困らせてしまったが、黒歴史として忘れよう……それよりも、問題が発生しました、と続いたウィズの声に慌てて反応する。

 

(問題って? どうした?)

《告。取得した構成情報及び解析情報より、"霊子"の運動法則を解析完了しましたが──》

(…………が?)

魔国連邦(テンペスト):首都リムルの周辺に、術者の存在を感知出来ません。"聖浄化結界(ホーリーフィールド)"は遠隔操作にて発動されている可能性があります》

 

 とてもアッサリと、霊子の乱数位相を解析し終えているウィズには感心するよね……

 だがここでもまた、俺の知らない事態が起こっていた。今度は結界の遠隔発動だって? そんな恐ろしい技術があるなら、ますます放ってはおけなくなった。

 

(何が何でも解明しないと……ウィズ、『質料操作』と『万象衰滅』は俺がやる。俺は砂で物理的に術者を捜すから、お前は霊子の動きを追って術者を捜せ)

《了。『解析鑑定』及び『未来予見』を実行します》

(お前の方は? 他に良い作戦ある?)

《現時点では、有効性が明確な手立てはありません》

 

 微妙な返答だった。

 うん、お前が俺に嘘吐けないっぽい奴なのは知ってるけどさ。

 有効性は明確じゃなくていいから策を聞かせてくれ、と容赦なく突っ込んだ俺に、やはりウィズは言葉を濁したが……俺は、お前が俺の言うことを大体聞いてくれる奴なのも知っている。

 

(お願い、『先見之王(プロメテウス)』?)

《…………解。究極能力『旱魃之王(ヴリトラ)』は、狙いを付けた対象を必ず破壊する意思に満ちています。この性質を利用し、対象を"捕捉"することが叶えば──》

 

 言わせといて何だけど、思ったよりも最終手段だった。

 え、何? もしかして、俺達が日頃から抑え込もうとしてる『旱魃之王(ヴリトラ)』を、自律行動モードで解放するとかそういう……? 

 

(いやいや! それは俺でも尻込みするやつ……!)

《不確定要素が多すぎるため、実行する予定はありません。対象の"捕捉"を可能とする条件さえ揃えば、私が適切に『旱魃之王(ヴリトラ)』を運用します》

(ビックリした、頼むぞホント……それじゃ、俺も頑張らないとな)

主様(マスター)?》

 

 今、『旱魃之王(ヴリトラ)』と『砂創作家(サンドアーティスト)』の制御権は優先的に俺にある。戸惑いの声を上げたウィズに構わず、『天外空間』へ取り込んでいた砂を放出し、『質料操作』の効果範囲を広げた。

 更に百万キロリットルほどの砂を上乗せしたことで、俺の身体にはズシリと重力のような負荷が圧し掛かる。くあ、これは重い……! 

 

《警告。『質料操作』による演算領域の圧迫のため、依代の動作性能が低下しています。操作中の第一質料を『天外空間』へ吸収することを推奨します》

 

 ウィズはそう言うが、今回は浄化結界の中にいるわけじゃないので気にするほどのことでもない。身体が崩れようが『砂憑依』が解除されようが、『質料操作』を続行するだけだしな。

 操る砂の総量が、六百万キロリットルを超えた頃。その過負荷でもう一歩も動けなくなっていた俺の膝が、かくりと折れて…………あ、倒れる、と他人事のように思った時だった。

 

 ガシッ、と俺を抱き留める腕があった。

 そのまま軽々と抱き上げられて、身体が浮く。

 

「クァーッハッハッハ! 我、参上!」

 

 特徴的な高笑いが聞こえる前から、それが誰の腕かはわかっていた。

 何でここに、という驚きだけは隠せなかったけど。

 

「ヴェルドラ……!?」

「水臭いぞレトラ、我も協力しようではないか!」

 

 慣れたノリで俺を抱っこしながら、ヴェルドラはニカッと笑う。

 さ、最終防衛ラインはどうなったんだ……勝手に動いたらマズイんじゃないの? 

 

「心配するな、我はリムルにお前のことを頼まれたのだ。何も起こらねばそれで良し、だがレトラの懸念が的中したならば、力になってやってくれとな」

「リムルが……?」

《請。究極能力『先見之王(プロメテウス)』より、個体名:ヴェルドラ=テンペストへ。我が主様(マスター)、個体名:レトラ=テンペストの望みのため、演算能力の貸与を申請します》

「レトラの先生とやらだな? いいだろう、全てを許す! レトラを助けよ!」

《了。御協力に感謝致します》

 

 立ってる者は親でも使えってか……! 

 というか、ウィズとヴェルドラが普通に会話してる……ああ、俺とリムルで先生の話をしたことは何度もあったからな、それでヴェルドラも先生の存在を知ってるんだろう。

 

「レトラよ。相手は、先程から町に対魔結界を張ろうとしている者共だな?」

「……うん。リムルは聖騎士を殺さないつもりだから、術者を確認してからだけど、どこにいるかがわからないんだ。ヴェルドラが協力してくれるなら──」

「任せておけ。我はそのために来たのだからな!」

 

 立てるか? と尋ねられて頷くと、地面に下ろされる。

 ヴェルドラは俺の背後に片膝を突き、ふらつく俺に腕を回して支えてくれた。

 耳元に近付いた声が囁く。

 

「……先の戦いでは、傍にいてやれずに済まなかった」

 

 ヴェルドラらしくないほど大人びた、厳かで落ち着いた声。

 驚いて背後へ首を捻ると、そこにはもういつものように力強く笑うヴェルドラがいた。

 

「だが今は違う! 我はリムルの業もお前の業も、共に背負うぞ!」

 

 襲撃の日、町に何があったのか、俺が何をしたのか……事情を後から知ることしか出来なくて、ヴェルドラもリムルと同じようにもどかしい思いをしたに違いない。今までヴェルドラがそれを口にすることはなかったけど、ずっと、気にしていたんだろう。

 

「ありがとう、ヴェルドラ」

 

 俺達は三体同格──リムルも、ヴェルドラも、俺の味方でいてくれる。

 二人がついていてくれるなら、俺は大丈夫。

 

 こんなに心強いことはないと、心からそう思った。

 

 

 




※目次100話です
※今後もよろしくお願いします


名前:レトラ=テンペスト
種族:砂夢魔(サンド・メア)
加護:暴風の紋章
称号:"魔物達の守護者"
魔法:なし
アルティメットスキル:
先見之王(プロメテウス)』……思考加速、解析鑑定、並列演算、森羅万象、未来予見
旱魃之王(ヴリトラ)』……万象衰滅、天外空間、境界侵食
ユニークスキル:
砂創作家(サンドアーティスト)』……質料操作、創造再現、自然構想
夢現者(マドロムモノ)』……精神感応、精気吸引
固有スキル:
『砂憑依』『法則操作』『万能結界』
『万能感知』『魔王覇気』
『強化分身』『万能糸』
耐性:
痛覚無効、物理攻撃無効、捕食無効、自然影響無効、状態異常無効
精神攻撃耐性、聖魔攻撃耐性
必殺技:砂呪縛(サンドカース)(スキル)



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