ヒナタの剣撃を捌きながら考える。
本当に、レトラの言った通りになってしまった。
『
町が標的にされているという状況下でも、周囲で戦っている配下達に動揺は見られなかった。
当然、この件については事前に説明済みだからだ。
皆には俺から話しておくとレトラに伝え、俺は後日、ベニマル達を呼び集めた。
「──聞いてくれ。聖騎士達以外にも、別働隊が存在する可能性が出てきた」
「何か報告があったんですか?」
「いいや、何もない。念のための警戒ではあるが、もし想定外の事態となってもお前達は動かなくていい……くれぐれも持ち場を離れることのないよう、兵達全員に通達しておいてくれ」
「では敵襲があった場合、対処はどのように?」
「その時は、レトラが出る」
招集した幹部達から零れるざわめき。会議では、レトラは町で待機と決まったはずだったからな……レトラが危険に晒されることはない、と皆が安心していたというのにコレだ。
ベニマルも、苦虫を噛み潰したような顔で言う。
「今度こそ、レトラ様の手を煩わせずに済むと思ってたんですがね……」
「俺もそうなって欲しかったよ。だが、これはレトラの読みだ。ヒナタや聖騎士達の裏には魔国を滅ぼそうとしている連中がいて、町に対魔結界を張ろうとするはずだと……あいつは絶対に許さないと言っていた。実行犯は殲滅する覚悟だそうだ」
皆が押し黙り、重苦しい空気が場を支配する。
襲撃に抗い戦ったレトラは、元同族の人間達を手に掛けた。それでも大勢の住民達が命を落とす結果となり、レトラの中にはその後悔が燻り続けているのだろう。
だからレトラは決意したのだ。再び手を汚すことになっても、今度こそ、皆を守ると…………
「リムル様! レトラ様にそんなことをさせるわけには……それでしたら、私が代わりに!」
「シオン、お前には任務があるだろ。これはレトラにしか出来ないことだ」
本音を言えば俺だって、二度とレトラに手を汚して欲しくない……だが、あいつの覚悟を聞いてしまったからには、もう止められないと思った。あの日地獄を味わったレトラの心は、未だにズタズタに傷付いたままだ。このままではいつまで経っても、レトラが自分を許せる日は来ない。
俺はレトラに託すと決めた。
ならば、これが決定事項だと皆に伝えるのは俺の役目だろう。
レトラが心配でならないと表情を曇らせる者は多かったが、皆もレトラの思いを痛いほどに理解している。その覚悟を否定しようとする者は、誰一人いなかった。
「やっぱりレトラ様だな。国のためには、大人しく待ってるだけじゃ我慢ならねぇってか」
「レトラ様の御心に応えるためにも、わたくし達も全力で御力添え致しますわ」
今回の作戦では助っ人となってくれるスフィアとアルビスも、この場に呼んでいる。
民を守るために自ら動くレトラの姿勢は、彼女達には好ましく映るらしい。口調にはレトラへの敬意が感じられ、その表情は引き締まったものとなっていた。
「レトラ様は、御一人で警戒に当たられるのですか? 護衛に俺の分身体を……」
「それなら心配ない。レトラのことはヴェルドラに頼んでおいた」
そう告げたことで、ソウエイ他、皆の緊迫感が幾分か和らいだ。
レトラについていてやれるのは、もうヴェルドラしかいない。手加減なんて知らないだろうヴェルドラを出撃させるのは嫌な予感しかしないが……国を背負って重い覚悟を決めたレトラを一人で戦わせるくらいなら、考えるまでもない選択だった。
「いいか、レトラが守りに就く以上、町に結界が張られることはない。お前達は決められた通りに任務を全うしろ! 絶対に無理はするな、レトラを泣かせるなよ!」
「──ハハッ!」
◇
首都リムル周辺では、魔物達と聖騎士達の戦いが繰り広げられている。
ヴェルドラから究極能力『
ヒナタを追ってやって来た"光"のレナード達への対応に当たるのはシオン。
簡易型とは言え聖騎士達の使う"
そういえば町を出る前、シオンに泣きそうな顔で抱きしめられたっけ……きっと、リムルから俺の参戦を聞いたんだろう。出来れば俺も、シオン達を悲しませたくはないんだけどな。
百名ほどの聖騎士部隊には、"
この世界の"
リムルは聖騎士最強の
その付近では、ヒナタが連れてきた聖騎士達の足止めも行われている。なるべく聖騎士を殺さずにというリムルの決定を、皆は忠実に守っていた。
ベニマルは必殺の"
そして、どの戦闘からも遠ざかった場所にいるのが、俺とヴェルドラだ。
ヴェルドラにはウィズと一緒に周辺の『解析鑑定』を任せ、俺は不可視の砂を操って結界の術者を捜す。もし俺のよくやるような魔素隠蔽で『万能感知』から身を隠しているとしたら、砂による物理的な索敵が有効だからだ。だが、森の中には特筆すべき異変はなかった。
(ウィズ、霊子の動きはどうだ? 何か見付かった?)
《解。新たな霊子の集束現象は確認されていません。また、町の周辺に霊子の残存が認められましたが、その密度は低く、大規模結界の構築及び術者の存在を示すものではありません》
もう二回も霊子破壊してやったからな……相手は"
少しふらつく俺を背後で支えてくれているヴェルドラが、首を捻りながら言う。
「フム……我らの解析を誤魔化せるとは思えん。これだけ捜しても見付からんということは、どうやら奴らはここには来ておらんようだぞ」
「結界を遠隔発動するにしても、発動地点が見えてなきゃ無理だよな? じゃあ向こうは、遠視魔法かスキルか知らないけど、俺達の届かない距離からそれをやってることになる……ヴェルドラがいるのに、感知性能で負けるわけないと思うんだけどな……」
究極能力持ちが二人掛かりで探してて、奴らの方がそれを上回るなんて有り得るのか? いくら何でも考えにくい、きっと何かカラクリが…………うん?
突然、俺を引き寄せるように腕に力を込めたヴェルドラが、後ろから身を乗り出してくる。
「レトラよ、今、何と言った?」
「え? ……『ヴェルドラがいるのに負けるわけない』?」
「それはその通りだが! その前だ、遠隔発動と言ったな? 術者が居らぬのであれば……これはもしや、術式転送というヤツではないか?」
ヴェルドラが口にしたのは、俺の知識にはない言葉。
何それ? と聞き返すと、ヴェルドラは眉間に皺を寄せて考え込む。
「昔どこぞの魔法使いが、魔法術式を遠方へ転送し、離れた場所から発動させる技術を編み出したとか何とか……聞いたことがあったような…………」
ま、魔法術式を転送……?
俺が想像していたのは、いずれリムルが監視魔法"
「術式を転送ってどういう仕組みで? 転送魔法ってこと? どのくらいの距離まで届く? まさかそれを使えば、好きな場所に魔法を発動させられるとか……!?」
「ま、待て待て、我は実際に見たことはないのだ。だが聞いた話から察するには……あらかじめ用意した目印へ向けて転送するという原理のようだぞ」
どこへでも転送可能というわけではなさそうだ。ちょっと安心した。
考えてみれば、そんなトンデモ魔法技術が罷り通っているのなら、この世界の戦争や防衛の概念はそれを想定したものへと置き換わっていなければおかしい。リムルがイングラシアから持ってきた魔法書のデータにもそんなものはなかったし……例えばそれは<神聖魔法>の秘術で、人間達の戦争に用いられる魔法ではなかった、ということなのだろう。
《告。"
(霊子が目印? ますます俺の砂に似てるな、『砂移動』みたいだ……でもそれだと、最初から町の周りに霊子が準備されてたってことになるけど、その霊子はどこから来たんだ?)
《観測された霊子は、上空に集められた同物質が放射状に拡散したものと判断しておりました。ですがその範囲内には、過去に町を包囲した四つの陣の設置位置が含まれます。だとすれば──》
(……え?)
ウィズの言おうとしていることが、頭の中で繋がっていく。
首都リムルを囲んだ四つの陣。そこにあった魔法装置や魔法陣は俺が壊したし、ベニマル達が出向いた際には全てが綺麗に片付けられて、もう何も残っていない。
あの場所に、霊子を含むもの、なんて…………
(…………まさか)
《是。観測された残存霊子は、
ベニマル達に殺された神殿騎士の魂は全て、系譜の最上位者であるリムルに捧げられたものだとばかり思っていた。だが、聖騎士ほどではなくとも、鍛え上げられ霊気に満ちた特別な人間達……"霊子"で構成された魔素を多く蓄えた神殿騎士が百人規模で殺されたことで、その場には"霊子"が残存した? そして、術式転送はそれを目掛けて行われている……?
《告。各地点を"術式転送"の終点と仮定し、『未来予見』にて霊子の運動予測を実行……同時に、取得済みの運動データとの照合を開始します》
偶然だったのか、元からそういう作戦だったのかは定かじゃない。神殿騎士達が殺された後、奴らがすぐに"術式転送"を行わなかったことから考えると、奴らにとっても神殿騎士の全滅は予想外の出来事だったんじゃないだろうか。状況が判明してから、残存霊子を目印とした結界の遠隔発動を決定したという可能性も大いにある。
だけど、死んだ味方の魂まで利用しようって、それが人間のやることか…………?
《……適合率九十三%……情報修正を行います。『未来予見』を再度実行……照合開始……適合率九十七%……『未来予見』を再度実行……照合開始…………適合率百%──合致しました。ユニークスキル『
不快感で胸が軋むが、目的を見失っている場合じゃない。
残存霊子を破壊すれば結界の遠隔発動は防げる、でもどうやって術者を見付ける? このまま奴らを逃がしていいのか? 奴らの魔法技術は、俺の知っているものとはかけ離れ過ぎている……これが本当にロッゾ一族の仕業なのかも怪しくなってきた。
……駄目だ、危険過ぎる。取り逃がしたくない、今ここで犯人の正体を暴き、片を付けたい……!
《了。お任せ下さい、実行のための全ての条件が整いました》
天のお告げか何かのような、凛とした声。
そういえば今、思考の裏でウィズがめっちゃ作業してたような…………何が整ったって?
《解。究極能力『
ウィズが…………
ウィズが何言ってるかわからない…………
いや、わかることはわかるけど! 因果ってことはつまり、物事には原因と結果があるので……"術式転送"という事象にも同じように、言い換えるなら始点と終点が存在するってことだから……その因果関係を捕捉して、二点間を結び付けるってことだよな!? 何言ってんだ!?
(しかも『
《個体名:ヴェルドラ=テンペストは、全てを許すと》
(言ってた!)
だからってお前、遠慮無さすぎでは? 俺もヴェルドラも、先生に対して何でもOKするのを思い止まった方が良いようだ。ああ、そういえばリムルもそんな感じだよな、ずっと。
しかし『
《究極能力『
(空間を超えてでも絶対破壊するマン『
そうこうしているうちに起こった、三度目の霊子の集束現象。
それを合図として、俺達は動き出した。まずは術者を見付け出して解析をと命令し、俺が大量の霊子破壊を、ウィズが因果捕捉と空間連結を行って──
《告。"術式転送"の因果捕捉及び『境界侵食』による空間連結に成功しました。該当地点の位置座標を確認……"
やはり相手はロッゾだった。それが証明出来たのは大きい。
そしてこれで、ウィズがシルトロッゾの関与を認識した……ちなみに各国の基本情報は、リムルと俺で管理しているデータベースに着々と集約されているので、どこにどんな国があるかくらいは把握済みだ。
俺の脳内に、石造りの薄暗い広間が映し出される。
《シルトロッゾ王国:王都シアの郊外、地下内部に位置する空間です。大型魔法陣と、数十名の術者の存在を確認……いずれも聖騎士には該当しません》
床に描かれた複雑な魔法陣が淡く光を放ち、儀式魔法の最中のようだった。それを囲むのは大勢の……剣や短剣で武装した、原作通りの怪しい風体の連中。"
とうとう、奴らの首に手が届く。
(……行くぞ、ウィズ。『万象衰滅』……)
《了。究極能力『
ところで、俺とウィズのやり取りは『思考加速』で行われている。
現実の時間にすると、ここまでせいぜい数秒程度。
その間、ちょっと静かだったからって、忘れていたなんてことはないのだ。
ただ、ウィズとのとんでもない会話に気を取られて……後ろで俺を支えてくれている、俺からすれば超頼りになるその人物が少しだけ、問題児でもあることを失念していて…………
「見付けたようだな! ではレトラよ、共にやるぞ!」
「えっ」
何を、と尋ねる暇もなかった。
ヴェルドラが叫んだ途端、何かに引っ張られるような感覚に襲われる。
俺との演算領域が繋がったまま……互いの演算処理に協力、というか、簡単に干渉が可能なままの状態で、ヴェルドラが特大出力の"破滅の嵐"を発動させたのだ。
すると、何が起こるか?
ヴェルドラ側から押し寄せた制御不可能なほどの莫大なエネルギーが、俺の魔素まで根こそぎ奪って『万象衰滅』に便乗し、『境界侵食』によって繋がれた空間へと流れ込む──
まるで時が止まったかのような一瞬の中、思い出すのはギィとの会話。
『風化』と組み合わせちゃいけないのは、土魔法や『砂操作』……『風化』の効果範囲を広げてしまうという意味では、風魔法でも同じことだ。じゃあそれが、最上級クラスの"暴風系魔法"だったら?
「…………!」
その日。
シルトロッゾ王国に、誰も予想し得なかった災厄が襲い掛かった。
遥か遠く、異国の地から因果の鎖を遡り……"殲滅の砂嵐"が吹き荒れたのだ。
「空間接続は途切れたか……ム? どうしたレトラ? 大丈夫か?」
「う…………」
い、意識が、飛んでた……
魔素が尽き果てた脱力感と疲労感に、呻き声しか出せない。
俺は元の通り、森の中でヴェルドラに支えられながら立っていた。
ほんの数瞬前の出来事となるが──
"破滅の嵐"の発動を感じた直後、俺は全開の『思考加速』の中で叫んだ。
(──ウィズ! 被害がデカすぎる、喰い止めろ……!)
このままじゃシルトロッゾ王国が……少なくとも、王都は消えて無くなるだろう。ロッゾの戦力を削ぐ意味でも"
ウィズは答えた。ヴェルドラの大魔法に呑み込まれ合体してしまった『万象衰滅』には干渉不可能だと。
しかし、俺のウィズはここからだった。
《代替案として、究極能力『
ウィズがサラッと言うので気にせず承諾したが、よく考えると頭おかしい。
仮にも究極能力である『
頭が吹っ飛んだかと思うくらいに目の前が明滅を繰り返し、俺には状況が全くわからなかったし何も覚えていない。ヴェルドラから演算領域を借りていなければ、心核にダメージを負っていたかもしれない……これがヴェルドラのお陰なのかヴェルドラの所為なのかは、まあどうでもいいことだ。
意識を取り戻した俺が結果を尋ねると、成功しました、とウィズは言った。
俺の望みを叶える者と豪語し、本当に何でもやってのける俺の相棒すごい……
《告。『境界侵食』の解除時に、町周辺の残存霊子を全て破壊しました。『質料操作』に使用していた第一質料と合わせて『天外空間』へ吸収済みです》
(全部やってくれたんだな、ありがとな……)
《尚、"
(……そうか、わかった)
初めからそれが目的だったのだから、それでいい。
だけど、俺はせめて以前のように、それをこの手で行うべきだったかもしれないと思った。
遠くから砂で溶かすだけでは手に実感が残らない。今はまだ感じる痛みや苦みもそのうち麻痺して、いつかこの行為を何とも思わなくなってしまう日が、俺にも来るんだろうか。
魔都リムル近郊の空に、破邪の光が迸る。
これは……ヒナタの
「う、……リムル…………ヒナタは…………」
フラフラする。
魔素が足りず、頭も身体もうまく動かない。
よろけながら歩き出そうとすると、ヴェルドラに止められた。
「待て、レトラ。そう無理をするな」
軽く腕を引かれただけなのに抵抗出来ず、地面に腰を下ろしたヴェルドラの懐にぽすんと抱き込まれた俺は、クラクラと回る頭でヴェルドラを見上げる。
「リムルは任せろと言ったのだろう?」
「でも……もし、まだ……」
「お前は何もかも背負い込み過ぎだ。あの聖騎士のことも、リムルが何とかしてくれるであろうよ」
俺も……そう思ってるけど…………
だけど、俺の知らない何かが……他にも、あったら…………
「大丈夫だ。リムルを信じよ!」
「──……」
まるで自分のことのように自信満々なヴェルドラの表情に、そうだよなぁ、と漠然と思った。
リムルだもんな。リムルなら大丈夫だよな……と考えながら、かろうじて頷いて返す。もう力が入らなくて、俺はくたりとヴェルドラに凭れ掛かった。
「少し休め。お前はよく頑張った」
大きな手が頭を撫でる。
身体が崩れ、俺はサラリサラリ……と砂に変わり始める。
《告。体内魔素量が一定値を下回りました。簡易的な
ウィズの声が遠くなる。
意識がゆるく溶けていく。
眠りに落ちる寸前に、御疲れ様でした、と聞こえた気がした。
※ヴェルドラがいるメリットとデメリットはこんな感じ
※レトラは前世で"