転スラ世界に転生して砂になった話   作:黒千

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103話 神の真実

 

 ヒナタの最大奥義に耐えられたら俺の勝ち、という約束で行われた最後の勝負。

 あらゆる魔を討ち払い、全ての物質を崩壊させる光の剣技、崩魔霊子斬(メルトスラッシュ)──それを、俺の『暴食之王(ベルゼビュート)』を犠牲にしながらも相殺に成功し、決着は付いた。

 

 だが、俺もヒナタも罠に嵌められていたらしい。

 戦闘後の隙を狙って放たれた熱線に貫かれ、ヒナタは倒れた。

 

『魔王リムルよ、お初にお目に掛かります。我等は"七曜の老師"と申す者。此度は命令違反を行ったヒナタ・サカグチを始末しに参りました──』

 

 "七曜の老師"と言えば、アダルマンが毛嫌いしていたルベリオスの裏の権力者達であり、レトラの話の中でも黒幕候補として挙げられていた連中だ。

 可能性は高いが確証がない、というタイミングで、ディアブロからの『思念伝達』が届く。

 報告によるとファルムスではレイヒム暗殺未遂事件が起こり、その犯人が"七曜の老師"であると明らかになったそうだ。しっかり証人も確保しているようで……まったく万能な執事だよ。

 

 "七曜"は、俺がヒナタに宛てたメッセージを改竄し、戦いが起こるよう仕向けた。俺を利用して邪魔なヒナタを排除するつもりだったんだろう。"七曜"を止めに入った隊長格らしき聖騎士を刺したのは、彼にとっては仲間であるはずの聖騎士の一人だが、それも"七曜"の化けた姿だったのだ。

 初めこそ、奴らは俺と敵対する気はないという態度を取っていたが、それは見せ掛け。企みを指摘してやると即座に本性を現し、全員を殺して証拠隠滅を図ろうとした。

 

 しかし、それも大事には至らない。

 "七曜"の三人が放った"聖三位霊崩陣(トリニティブレイク)"だの"三重霊子崩壊(トリニティディスインティグレーション)"だのは、『暴食之王(ベルゼビュート)』の『捕食』や『誓約之王(ウリエル)』の『絶対防御』によって完璧に防ぐことが出来たからだ。

 一言言って良いのなら、それは崩魔霊子斬(メルトスラッシュ)との相殺で犠牲にしたはずの『暴食之王(ベルゼビュート)』を、《能力の複製(バックアップ)してあるので問題ありません》とアッサリ再起動した『智慧之王(ラファエル)』さんに対してである。それならそうと最初から言っといてくれよ……もう使えなくなるのかと思ってたじゃねーか! 

 

 

 さて、俺の領内でここまで好き勝手にされて、生かして帰す理由はない。

 残るは"七曜"の始末だけとなったが、それも間もなく片付いた。

 

「──魔王リムルよ。迷惑を掛けたようじゃな」

 

 突如、その場に出現した巨大な門から現れた一人の少女。

 漆黒のドレスに、眩いばかりの長い銀髪、そして目を引く金銀妖瞳(ヘテロクロミア)。それはつい先日魔王達の宴(ワルプルギス)で会ったばかりの、魔王ルミナス・バレンタインその人だった。

 ルミナスの後に続いて出てきた男は、確かルミナスの影武者をやっていたとかいう……ロイ・ヴァレンタインだっけ? 聖職者風の姿をしたその男が、重々しい声で告げる。

 

「控えよ。余は法皇ルイである。こちらにおわす御方こそ我等が神、ルミナス様で在らせられるぞ!」

 

 つまりは、そういうことだったのだ。

 名前が同じとは思っていたが、魔王ルミナスと神ルミナスは同一人物。

 魔王が神でその影武者が法皇、それが人類の守護と魔物の殲滅を謳うルミナス教の真実だったとは……こんな酷いプロパガンダは見たことがない。

 

「"七曜"よ。此度の件、どのように言い訳するつもりじゃ?」

『わ、私共は、ルミナス様の御為に──』

『何卒、御慈悲を……!』

 

 死罪じゃ、とルミナスの宣告が下される。

 死せる者への祝福(デスブレッシング)──ルミナスが両腕を広げると、見えざる神の手が"七曜"を優しく包み込む。その慈愛に満ちた抱擁は瞬く間に三名の生者を死者へと変え、この世から葬り去ったのだった。

 

 瀕死だったヒナタは、ルミナスの神の奇跡:死者蘇生(リザレクション)によって息を吹き返した。

 ヒナタは魔法を無効化する体質をしているそうで、俺の回復薬も全く効かず一時はどうなることかと思ったが、魔素を介在しない<神聖魔法>ならば効果があるのだと言う。

 魔王が神の奇跡を使うのかよ、という疑問についてはラファエル先生が答えてくれた。

 

《解。神の奇跡とは、"霊子"を効率的に運用する魔法を指すようです。通常の手段では"霊子"に干渉出来ませんが、それを行う手段は判明しました。また、データベース上に、究極能力『先見之王(プロメテウス)』による"霊子"の解析情報の更新を確認しました。それを元に──》

 

 おっと、ウチの先生もだが、あちらの先生も大変やる気のようだ。

 レトラは"聖浄化結界(ホーリーフィールド)"が張られる前に霊子を感知して消す、とかわけのわからないことを言っていたが、本当にやってしまったみたいだし……『先見之王(プロメテウス)』の霊子解析もかなり進んでいるのだろう。先生達ならば、間違いなく有効的に活用してくれるはずだ。

 

 …………ところで、レトラはどうなったんだ? 

 何度か空が光り輝き、あいつの『万象衰滅』が発動していることには気付いていたが、いつしかそれはパッタリと止んだ。終わったのならそろそろ戻って来ても良いはずだ、ヴェルドラは──

 

「リムルよ、終わったようだな! こちらも上手く行ったぞ」

 

 噂をすれば、ちょうどその時だった。

 俺達の集まる場所へひょっこり姿を見せたのは、金髪に浅黒い肌をした裸マントの男、ヴェルドラ。その腕には、もったりとした砂の塊が抱えられていて……って、レトラ! スリープモードになってる! 

 

 よく通るヴェルドラの声に、聖騎士達が何事かと振り返る。

 傷を負っていたレナードという副団長もヒナタの神聖魔法により回復しており、それはいいんだが……皆の注目を集めた最高の、いや最悪のタイミングで、ヴェルドラは気付いてしまった。

 ヴェルドラからすれば何故かこの場にいる、ルミナスの存在に。

 

「ん? 覚えのある魔王の妖気を感じると思えば、お前か。魔王達の宴(ワルプルギス)以来だな、以前城を吹き飛ばしてやった女吸血鬼(ヴァンパイア)、"夜魔の女王(クイーン・オブ・ナイトメア)"魔王ルミナス・バレンタインよ!」

 

 ヴェルドラはルミナスの名前を忘れてしまっていた前科があるので、汚名返上のつもりだったのだろう。今度はしっかり覚えたと言いたげに、ルミナスの二つ名から本名から、全てを堂々と暴露した。

 聖騎士達の見ている前で、だ。

 

「この、クソトカゲが……ッ!」

 

 ルミナスは当然キレた。

 ただでさえ神ルミナスが実在することに戸惑っていた聖騎士達が、神の正体まで知ってしまったんだからな……しかも魔王と聞いて、ヒナタ以外の聖騎士は全員キッチリ固まっている。もう誤魔化すのも無理だろうし、どう収拾付けるんだコレ。

 

「貴様は毎回毎回……! よくも妾の邪魔ばかり──……!」

 

 激昂しながらヴェルドラに詰め寄ったルミナスだが──突然、勢いがピタリと止まる。

 その視線は、ヴェルドラに抱えられた砂の塊へと注がれていた。

 

「これは……レトラ、か……?」

 

 まあ、ウチに砂はレトラしかいないからな。

 しかし、何でレトラはスリープモードに……単に魔素切れで眠っているだけのようだが、テンペストでは俺に次いで魔素量の多い(ヴェルドラは除く)レトラの魔素が空になっただと? それほど激しい戦いがあったようには感じなかったが……ヴェルドラがついてたってのに、一体何が……? 

 

「可哀想に…………」

 

 痛ましげな声が聞こえた。

 どういうわけかルミナスは表情を曇らせて呟くと、たおやかな動作で身を屈める。

 ヴェルドラの腕の中の砂に顔を近付け、そっと、唇を寄せて──……

 

 えぇと…………

 つまり、今のは…………

 

 …………レトラに、キスした? 

 

「──な!?」

 

 しまった! 油断した……! 

 無防備に眠っているレトラに魔王の接近を許すなど、やってはならないミスだった。

 一番近くにいるヴェルドラがルミナスを止めてくれれば良かったのに、ヴェルドラはパチクリと瞬きしながらその様子を見守っているだけで全く頼りにならない。たまらず駆け出した俺は、ルミナスを押し退けるようにヴェルドラの腕からレトラを取り上げ、距離を取る。

 

「おい! レトラに何を……!?」

「慌てるでない。"愛の接吻(ラブエナジー)"じゃ」

 

 その発言の一体どこに、慌てずにいられる要素があると言うのか。

 小一時間ほど問い詰めたい気分になったが、ルミナスは神妙な雰囲気を崩さず続ける。

 

「レトラが弱っておるようだったのでな……せめてもの詫びに妾の生気を分けてやったまで。魔王リムルよ、そなたの弟をこのような目に遭わせたこと、相済まなかった」

 

 そうやってメチャクチャ真面目な顔で謝罪されてしまえば、俺も強くは出られない。うーん……そうか、ルミナスはただレトラを心配して、力を分けてくれただけなのか…………

 いや、でも今キスしたよな…………

 キスしたよな…………

 間違いなく…………

 

 チラッと配下達を窺うと、全員もれなくキレていた。

 そりゃそうだ、レトラの寝込みを襲ったようなもんだからな……特に青筋を浮かべたシオンが今にも大太刀を抜いて飛び出しそうになっているのを、ベニマルとソウエイが何とか引き止めているが、二人もルミナスへの殺気を隠せておらず、命令さえあればと目が俺に訴えている。自重しろ。

 そしてスフィアとアルビスまでもが、冷ややかにルミナスを睨んでいるのは何なんだろう。レトラのために怒ってくれているのはわかるが、何故君達まで……? 

 

 よし、こういう時は周りを確認するに限る。

 自分より振り切れてしまっている他者を見ると、却って冷静になれるものなのだ。

 

「気遣いは有り難いが、そういうのは俺がやるんで……大体、そっちだって消耗するだろ?」

「問題無い。その分は、このトカゲから補填させて貰うのでな!」

 

 ギロリ、とルミナスの瞳が剣呑にぎらついた。

 ほっそりとした両腕を広げ、ルミナスは正面からヴェルドラに抱き付く。

 そこには甘い雰囲気など欠片もなく──

 

生と死の抱擁(エンブレイスドレイン)……!」

「ウギャワワワァァ──ッ!?」

 

 ルミナスに妖気(オーラ)を吸い取られ、ヴェルドラの絶叫が響き渡った。

 痛いのかアレ……魔素量が無尽蔵のヴェルドラなら、命の危険とまでは行かないだろう。元はと言えば悪いのはヴェルドラだし、たまには良い薬だ。ルミナスの怒りを鎮めるためにも、ヴェルドラにはしばらくお仕置きタイムを味わってもらうとしよう。

 

 

 

 

   ◇

 

 

『…………体名:ル…………タイン……、魔素充…………した。体内魔……定値まで……ました。低位活動状態(スリープモード)……除します』

 

 靄が掛かったような意識の中。

 ぼんやりと聞こえるいつもの声と、それから。

 

 さらり、さらりと、優しく触れる感触があった。

 砂の上をゆっくりと行き来する、俺を撫でる手。

 

 この手は、知ってる…………

 これは…………

 

「……リムル……?」

「あ、レトラ。起きたか」

 

 気が付くと、俺は砂の姿でリムルに抱えられていた。

 ここは……町の外だ。リムルとヒナタが戦っていた場所みたいだな。戦闘によって辺りの魔素は一度綺麗に浄化されてしまったが、また少しずつ魔素が満ちてきて『万能感知』が働くようになっている。

 

「お前、スリープモードになってたんだぞ。大丈夫か?」

「うん。もう平気だよ」

 

 目が覚めたってことは、俺は回復したのだ。ウィズが言ってた予定時間よりかなり早い気がするけど……隔離魔素からの変換がスムーズに行ったんだろうな、気にするほどのことじゃない。

 リムルの手に撫でられながら、俺は周囲を確認してみる。

 

 良かった、事は上手く運んだようだ。

 戦闘に出ていた皆は無事で、ヒナタもいるし、聖騎士達も……それに………………

 

「ギャババババ──ッ!」

「!?」

 

 聞こえてきたのは、壮絶な悲鳴。

 リムルが発動させた『絶対防御』の向こう側で、ヴェルドラが可哀想なことになっていた。

 ヴェルドラをハグしたルミナスの──おお、ルミナスも来てた! のはいいとして──"生と死の抱擁(エンブレイスドレイン)"がヴェルドラから強制的に魔素を絞り取り、ついでに『激痛』と『不快感』を逆流させるというオマケ付きの制裁である。

 

「ああ、放っとけレトラ。あれはヴェルドラの自業自得だ……」

 

 やってしまったか、ヴェルドラ……

 人の秘密を守れないことに定評のあるヴェルドラが、神ルミナスの真の姿を聖騎士達にバラしてしまったらしい。やっぱり。激怒したルミナスは剣を振り回してヴェルドラを猛追し、捕まえては生気吸収(エナジードレイン)を繰り返すという報復を行っているわけだ。

 ヴェルドラの叫び声が哀れみを誘うけど、これで暴発寸前まで溜め込まれていたヴェルドラの魔素も安定値まで下がることだし……と二人を眺めていた俺は、ピーン、とすごいことを閃いた。

 

(──ウィズ、ウィズ! 『先見之王(プロメテウス)』!)

《はい》

(なあ、ルミナスのあれって……『精気吸引』の上位版じゃないか!? 『解析』して!)

《了。『解析鑑定』を実行します》

 

 相手の魔素を流出させて吸い取るのが『精気吸引』だったよな……見たところ、ヴェルドラから周囲へ拡散するような魔素はない。ルミナスほどの技術があれば、ハグだけでも相手のエネルギーロスをゼロに抑えながら魔素を吸収することが可能なんだろう。

 キスとハグなら、どう考えてもハグの方がマシだ。ウィズにコツでも覚えてもらって、ルミナスみたいに上手く『精気吸引』が出来るようになれば……この困った能力にも、使い道が生まれるかもしれないしな! 

 

 

 

 俺がしょうもない努力を続けているうちに、ヒナタ陣営でも話がまとまった。

 聖騎士達はルミナス教の実態を知って流石に大きなショックを受けていたが、ヒナタがルミナスの考えに共感し、人々の平和のためにそのマッチポンプを受け入れていると知ると、ヒナタを信頼する彼らもそれに従うと決断したようだった。これはヒナタの人望だな。

 

 ここからは魔国連邦(テンペスト)とルベリオスの付き合い方を模索する場となるが、ここで話し込むのも何だからと、リムルはヒナタ達を町へと招待した。

 ルミナスも、リムルの言う宴を楽しみにしている様子。存分にヴェルドラを痛め付けたことで気が済んだらしく、制裁はまた後日と口走りながら……いや、まだ全然済んでなかった。頑張れヴェルドラ。

 

 ああ、やっとヒナタ達と和解が出来る。

 今まで敵対していたとは言え、前世の知識を持つ俺としては、どうしてもヒナタのことは好きなのだ。ルミナスや聖騎士達とも話が出来るし、仲良くなってしまえば、俺は何も気にせずキラキラ出来る! 

 皆で町へと移動することになり、俺はリムルの腕の中でもそりと砂を動かす。

 

「あ、リムルありがとう。俺はもう動けるから、そろそろ下ろし……」

「いや、ちょっと待て。もう少しだな……」

「リムル? 何?」

 

 俺を抱え直したリムルが、砂のてっぺん近くを撫でる。撫でる。また撫でる。

 そういえば、リムルはさっきからずーっと手を休めずに俺を撫で続けてるけど……人間で言うと頭か額かスレスレの辺りを、何をそんなに執拗にナデナデ……いや、ゴシゴシ……? 

 

「……確か、えーと、この辺だったと思うんだよな……」

「だから何してんの……?」

 

 結局、生返事のリムルからは何もわからないままだった。

 砂じゃなかったら危うくハゲるところだが、リムルはまだ俺を抱っこしていてくれるつもりのようだ。じゃあもう少し砂のままでいようかな、と俺はくるんと砂を丸め、砂スライム形態を作るのだった。

 

 

 

 

 

 *****

 

 

「では、我々の計画は失敗したというわけか」

 

 暖炉にくべられた薪が爆ぜる。

 揺らめく炎に照らされながら、グランベル・ロッゾは肘掛椅子の上で呟いた。

 その膝の上には、まだ十歳前後という愛らしい金髪の少女、マリアベルの姿もある。

 

 ロッゾ一族による密談が、シルトロッゾ王城内の豪奢な一室にて行われていた。

 上等な衣服と魔法装具で着飾った老人達は、五大老と呼ばれる西側諸国の影の支配者達。その中でも最も高い地位にいるのが、ロッゾ一族の創始者であり最長老であるグランベル・ロッゾだ。

 

「"七曜の老師"のうち、悪魔討伐に出向いた三名と、ヒナタの抹殺に向かった三名は既にこの世に居らぬ……そして、我が仮初めの肉体であった"日曜師(グラン)"も滅びた」

 

 グランベルは己の精神体(スピリチュアル・ボディー)を憑依させた肉体を操る術を持っている。本体をシルトロッゾに置きながら、ルベリオスではもう一つの顔である"日曜師"グランとして活動することが可能だったのだ。

 神ルミナスから大きな権力を与えられた"七曜の老師"の立場は、ルベリオスや聖教会を通してロッゾの利となるよう事を運ぶために有用だったが──最早それを利用することは叶わない。

 

 ニコラウスめ、とグランベルは内心で吐き捨てる。

 魔王リムルからの伝言に手を加えたのが"七曜"であると勘付いたのが、法皇庁の最高位に就くニコラウス枢機卿だ。ヒナタ・サカグチの熱狂的な信奉者でもある彼は、ヒナタを害する者達を消し去らんと、"霊子崩壊(ディスインティグレーション)"を用いて"日曜師"グランを不意打ちしたのだ。

 

「"七曜"は全滅し、ヒナタは生き残った……ファルムスのエドワルドは失脚したそうだな」

「グレンダからはそのように報告が」

 

 法皇直属近衛師団(ルークジーニアス)"三武仙"、"荒海"のグレンダは、ロッゾ一族に召喚された"異世界人"だ。元の世界ではとある国の傭兵として生きてきた彼女は、召喚時にグランベルへの忠誠心を魂に刻まれ、今ではロッゾの忠実な部下である。

 悪魔討伐を成功させるためエドワルドの下へ出向いていたグレンダは、現れた規格外の悪魔──ディアブロに死の危険を感じ、潔く逃げ帰って来た。彼女が持ち帰った情報では、エドワルドは兄エドマリスに横領の罪を着せたことを認めて王位を退き、後継者に英雄ヨウムを推挙すると約束したとのことだ。

 

「これでは、全てが魔王リムルの思惑通りではないか」

「その上、例の魔物の町は未だ無事であると言うしのう……」

 

 "七曜"の計画と並行する形で密かに進められてきた、ロッゾ一族の計略。

 それは、魔国連邦(テンペスト)をこれ以上発展させずに滅ぼすというものだった。魔物の国でありながら、恐るべき生産力で魅力的な文化と特産品を生み出し、日に日に人間社会の中で存在感を増し続けるテンペストは、経済による世界の支配を目論むロッゾにとっては邪魔者でしかない。

 

 そこでグランベルは"七曜"の立場を利用し、魔国侵攻に用いられる魔法装置に"封殺結界"として桁違いの威力を誇る"聖浄化結界(ホーリーフィールド)"を込めて送り出した。

 狙いは産業の担い手である町の魔物達に大量の死者を出し、魔国の国力を低下させること。魔物達の生み出す富を狙って兵を動かしたエドマリス王に先んじて、グランベルは無情な一手を打ったのだ。

 

 しかし魔法装置は作動せず、魔物退治における従来の作戦通り、神殿騎士達による"四方印封魔結界(プリズンフィールド)"が魔物の町を封鎖した。だがそれでは大勢の魔物が生き残ってしまう。ファルムス王国が魔物達を奴隷化してしまう前に次の策を──と考えを巡らせたグランベルにとって、計算外の事態が起きた。

 

 進軍中の二万の連合軍と、町の周囲で結界を維持する神殿騎士達からの、定時連絡の断絶。軍事行動中の部隊から一切の連絡が途絶えるという異常事態に、ファルムスや聖教会では勿論のこと、ロッゾ側でも状況の把握が遅れた。

 そして魔国へ侵攻した者達が文字通り()()したようだとの情報を掴む頃には、教会は更なる異変を察知していた。"暴風竜"ヴェルドラの復活である。

 

 これでは迂闊に手が出せぬ、とグランベルは慎重に調査を進めさせた。

 結果、町周辺に展開された四つの陣とそう変わらぬ位置に観測された霊子の痕跡は──神殿騎士達が魔物達の奇襲を受け一方的に全滅させられたことを意味していたが、ロッゾにとっては僥倖だった。ほぼ完璧な形で町を囲う残存霊子を利用し、"術式転送(スペルトランス)"が行えることに気付いたからだ。

 

 だが、事態は更にグランベルの想定を裏切るものとなる。

 

「…………まさか、"血影狂乱(ブラッドシャドウ)"が壊滅しようとはな」

 

 王都シアの外れにある地下祭殿にて、"血影狂乱(ブラッドシャドウ)"達が今まさに"術式転送"を行っているというその最中、事件は起きた。そこはロッゾ一族により秘匿された土地であったため、目撃者はほぼいない。唯一、遠方の建物からそれを見たという者の話では、それはどす黒い嵐のようだったと表現された。

 地面を砕く衝撃と共に地下から湧き起こったのは、禍々しい瘴気を孕んだ激しい風。

 その風は大空に拡散することもなく、その場で幾重にも幾重にも渦を巻き、内部を跡形もなく蹂躙せんとする苛烈さで吹き荒んだと言う。

 

 後に残されたのは、大地に開けられた大穴のみ。

 地の底から何かが這い出し、地下祭殿も、そこにいた人間達も、全てを空間ごと削り取って消し去ったかのような──底すら見えない巨大な穴が残る薄ら寒い光景は、それが人智を超えた存在の仕業であることを明確に示すものだった。

 

 荒れ狂う黒い嵐。

 考えられる可能性など、そう多くはない。

 

「"暴風竜"の仕業、か…………」

 

 グランベルの呟きに、その場の老人達は皆一様に押し黙る。

 "暴風竜"の庇護を受けた地に手を出せば、只では済まない。それを警戒したからこそ、グランベルは"血影狂乱(ブラッドシャドウ)"を魔国へ向かわせなかった。安全な場所から魔物の町に結界を張ることが最善の策と判断したと言うのに、相手は易々とこちらの策を超えてくる。

 

「危険だわ、危険すぎる。信じられないことだけど、"暴風竜"は"術式転送(スペルトランス)"を利用してエネルギーを逆流させたに違いないのよ。古の人間達の叡智さえ、伝説と謳われるその力には及ばない……やはり"暴風竜"とやり合うのは愚かなの」

 

 地下祭殿に集められていた"血影狂乱(ブラッドシャドウ)"は全員が行方不明。誰一人生き残ってはいないだろう。グレンダのように別任務で行動していた者達を除き、ロッゾが有する戦力は激減してしまった。

 だがマリアベルの桜色の唇は、不敵な笑みを形作る。

 

「そんな危険を冒すくらいなら、魔王リムルを懐柔する方が賢明なのよ」

「そうだね、マリアベル」

 

 マリアベルの頭を撫でながら、グランベルが同意する。

 

「魔王リムルには最愛の弟がいると言う。しかもそれは、かの"暴風竜"の寵児であるそうだ」

「魔国連邦王弟レトラ=テンペスト……魔物達に貨幣経済の理念を浸透させた手際は見事だったのよ。前回の侵攻では運良く生き残ったようだけど、今となっては良かったの」

砂妖魔(サンドマン)レトラが、ユニークスキル『渇望者(カワクモノ)』の持ち主だったのは喜ばしい誤算だ」

 

 ルミナスがその目で『風化』の発現を確かめたと言うからには、間違いはない。

 聖教会の歴史に残る討伐記録が示す通り、その脅威に対しては古くから研究が行われてきた。そして、長い時を"七曜"として生きてきたグランベルもまた、『渇望者(カワクモノ)』を知る一人だったのだ。

 

「あれは所有者の精神に渇きを与え、破壊者へと駆り立てる程度の下等なスキル。『風化』だけは強力な威力を発揮するものの……他者の欲望さえ操るお前の敵ではないよ、マリアベル」

「ええ、御爺様。私は"強欲"のマリアベル。同じ"欲望"に根差した能力同士なら、私の『強欲者(グリード)』が勝るのよ。王弟レトラの欲望を読み解いて、必ず支配してみせる──そうすれば魔王どころか、"竜種"までもがロッゾの思うままになるのよ」

 

 勝利を確信して笑む彼らは、まだ知らない。

 "渇望"の果てに破壊を求める渇きの化物が、今代の所有者となった砂妖魔(サンドマン)の魂の中で──既にユニークスキルを超えた究極の領域へと踏み込んでいることを。

 

 

 

 




※あっ(察し)

※漫画版がまだ宴まで行ってませんね……先見の明が無さすぎてすみません。活動報告で宴までやるって書いてしまったので、次回は書籍版だけで宴をやります。



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