リムルの招待を受け、ルミナスやヒナタ一行は俺達の町へとやって来た。
先にソウエイに伝令を頼んであったため、リグルドがバッチリ手筈を整えていてくれて、出迎えの者が聖騎士達の馬や武具を預かったり、回復薬を渡したり。
ヒナタが率先して従ってみせたことで、その部下達も迷うことなく武装を解いていた。魔物の町でそれは少し無警戒すぎるのではと思ったが、本当にヒナタを信頼してるんだな。
「では、食事の用意が整うまでもうしばらく掛かるかと思われますので……先に風呂に入り、身の汚れを落とされてはどうでしょう?」
魔国自慢の温泉風呂の出番がやって来た。聖騎士の人数は百名以上だが、数ヶ所ある温泉に分かれて入ればまるで問題ないくらい、我が国の設備は充実しているのだ。
で、ちゃっかりリムルが女湯について行こうとしたが、あえなく失敗していた。
砂スライム姿でリムルに抱っこされていた俺も共犯にされたのが解せない……俺を巻き込むなよ! 女湯まで行けたところで、ヒナタに殺されて終わることくらいわかるだろ!
「だからさ、ヴェルドラ。お前は一度しっかりルミナスに謝った方がいいって」
「俺もそれがいいと思うよ」
目の前の風呂椅子に座るのはリムル。
その青銀色の長髪は、落ちて来ないように大きなヘアクリップで留めてあった。
俺は石鹸の泡を乗せた砂スポンジを滑らせ、リムルの背中をスルスルと洗ってゆく。
「ウーム……しかしな、あれはもう昔のことで……」
温泉に浸かるヴェルドラが、ゴニョゴニョ言いながら縁の岩に背中を預けて天を仰いだ。
ここは俺達三人の専用露天風呂、"竜の湯"。ヴェルドラが作った竜の石像がお湯を吐き出し、メインモチーフみたいになっているので、そう呼ばれている。
「遊び半分でルミナスの国を滅ぼしたんだろ……俺なら許さないぞ」
「どれだけ経っても、絶対に忘れないよね」
「ムムム……」
片手に持った砂スポンジ──スポンジ大の砂の塊に泡を追加し、もぎゅもぎゅと馴染ませる。
俺の砂は水を吸わないんだけど、触り心地は他の追随を許さないほどしっとりと滑らかなので、ボディスポンジとしての評判が高い。もうちょっと性質をうまく調整すれば、泡立ちの良い砂スポンジが完成するような気がしているが、別に商品化するわけでもないしな。
そしてアワアワになったリムルの背中を洗い流せば、仕事は完了。
「はいリムル、終わったよ」
「ありがとなレトラ。じゃあ交代だ」
今度は座った俺の後ろにリムルが回り、頭にシャワーのお湯が掛けられる。
俺がわしゃわしゃと髪を洗われている間も、湯船のヴェルドラは唸り続けていた。
「あやつは我を散々痛め付けたであろうが……もう気が済んだのではないか?」
「だから、それじゃいつまでも解決しないんだって。ほら、ルミナスは俺に謝ってただろ……あんな風にやればいいから、お前もちゃんと謝れよ」
俺が寝ていた時の「迷惑を掛けたようじゃな」ってやつだろう。
話を聞くとヴェルドラは、まだルミナスに謝っていないようなのだが……原作にあった、あのふざけた謝罪をしていないならラッキーと言った方がいい。謝るなら今がチャンスだ。
頭の次は背中もリムルに洗ってもらって、俺達も温泉に浸かる。
チャプンとお湯の中を進み、俺はヴェルドラの傍へと寄った。
「ヴェルドラには何度か町の守りを頼んできたけど、ヴェルドラも町を襲撃されたくないと思ったから引き受けてくれたんだよな? だったら、自分の国をメチャクチャにされたルミナスの気持ちはわかるんじゃないかな……」
返事は唸り声だけだったが、俺はヴェルドラが良い奴だということを知っている。
今日俺を助けるためにやって来たヴェルドラは、とても真剣に俺に謝ってくれていた。あれが出来るんだったら、ルミナスにも、きっと誠意が伝わると思うんだよな。
風呂から上がり、それぞれが浴衣や甚平姿で宴会場に集まる。
そこは円形ドーム状の新築の建物で、内部は体育館のような広さの空間となっており、畳の上には食事の膳がコの字型に並べられていた。上座にはリムル、その隣に俺とヴェルドラ、反対隣にルミナスの席。あとは、魔国の幹部達と聖騎士達が向かい合わせに座る配置だ。
皆が席に着いたところで、まずはヒナタからの謝罪があった。
テンペストへの侵攻は全て自分の独断であり、ルミナスや部下達には責任はないとのことだが……リムルには、誰かに責任を取らせようという考えはない。
今後は魔物が悪だと決め付けずに接してくれればいいというリムルの言葉に、ヒナタはルミナスの許可を得た上で、それをルミナス教の在り方として受け入れた。
「──そして貴方が、魔国王弟レトラ=テンペストね?」
続いて、ヒナタの視線が俺を向く。
俺にはヒナタとの面識はないし、ヒナタ達の前で人型を取るのもこれが初めてなのだが、ヒナタは俺が誰なのか確信を持った目で話し掛けてきた。
まあ、リムルの弟が
「前回の侵攻時、この町を任されていたのは貴方だと聞いています。貴方自身も危険な目に遭ったと言うし、多大な迷惑を掛けてしまったこと……ここに謝罪させて頂くわ」
「お受け致します。リムルと同様に、互いの間に遺恨を残すことは俺の望みではありません。魔物という存在が、人間達にとって手放しで受け入れるわけにはいかない脅威であるにも関わらず、偏見を排すると約束して頂けたことには深く感謝を申し上げます」
堅いなあ……と、自分でも思わずにはいられない。
いや、俺はヒナタと初対面なんだよ! 今は特に真面目な話をしてるんだし……かと言って、どこまで業務用の態度で通すべきか……と思い悩む俺を、隣からついついと突つく肘。
「レトラ、これ懇親会みたいなもんだから。そこまで畏まらなくていいぞ」
あ、そう? 本当に? 気にしなくていい?
ということで外面を保つための『精神感応』を解除し、ではあと一言だけ、と咳払い。
「魔物と人間の相互理解はそう簡単な話ではないかもしれませんが、まずはこうしてこの場に集まった俺達が、その先駆けとして仲良くなれたらと思っています! どうぞよろしく!」
俺の変わり身に意表を突かれたか、ヒナタは少し目を丸くして驚いていた。
クールだった雰囲気が若干和らいだ感じになって可愛い。
そしてすぐに、その口元が柔らかく微笑んだ。
「ええ、こちらこそ。私もそう願っているわ」
その後、ヒナタ達は、町の幹部達にも丁寧に頭を下げた。
リグルドやベニマルはすんなり受け入れていたが、人間の手で命を落としたシオンは流石に少し躊躇う様子を見せて……しかし、人間にも良い者と悪い者がいる、それをしっかり見極めて向き合って行くと、最後には晴れやかな顔で笑ってくれたのだった。
和解が成立した後は、お楽しみの食事の時間。
今日のメニューは山菜の天麩羅と、海魚の新鮮な刺身。そして魔国で作られた数々の酒。
天麩羅はともかく、魚は海に面した友好国ユーラザニアから転送スキルを駆使して調達してくるという大掛かりなものだ。俺が思うに、今回みたいに大きな戦いがあってリムル達が出陣する時、町ではもう早速勝利を祝う宴の準備が始まってるんだろう。
聖騎士達はキンキンに冷えたビールの爽快感と、この世界ではまだまだ珍しい和食の美味さにカルチャーショックを受けていた。接客係が膳の間を行き来して酒を注いで回る他は、多くの者が料理と酒に夢中になっていて、立ち歩く者はほぼいない。
そんな中──
俺の隣の席から立ち上がった者がいた。ヴェルドラだ。普段の騒がしさを感じさせない所作で動いたヴェルドラが、ルミナスの膳の前にドカリと腰を下ろしたのだ。
傍に控えたルイが少し警戒するように身構えたが、ルミナスがそれを目で制する。
「妾に何用じゃ?」
その声は冷たかったが、ヴェルドラは動じない。
「我が以前、
ほう、とルミナスが反応を見せる。覚えておったか、と。
浴衣姿のヴェルドラは胡坐を掻いた膝に拳を置き、静かに続ける。
「あの頃の我は……国や町がどうやって出来ているかを知らなかったのだ。リムルやレトラ、皆が苦労して魔国を作って来たように、お前の国も多くの者達が力を合わせて作ったものだったのだろう。それを壊されては、その怒りも当然であろうな……済まぬ、我が軽率であった。お前や
ルミナスに謝罪するに当たっての注意点。
とにかく誠心誠意謝ること。絶対に茶化さないこと。許す許さないはルミナスが決めるので、催促しないこと。許して貰えてもそれが当然とは思わず、許して貰えなくても文句を言わないこと。自分の考えをしっかり伝えれば必ず相手には響いているし、それが出来る大人は凄く格好良いこと……と、一部甘言を弄した部分もあるが、リムルと俺で色々なアドバイスをしておいた。
「……ふん。口だけは達者なようじゃな」
その甲斐あってか、ヴェルドラの態度はとても誠実だった。
ヴェルドラはあまりシリアスな空気が得意じゃないようだから、すぐに我慢出来なくなって笑い話に持って行こうとするんだけど……ルミナスが挑発するようなことを言っても、じっとルミナスを見つめたままだ。
そのうち、ふっと目を逸らしたのはルミナスだった。
遠い昔の記憶を辿るように、視線を空中へと流しながら呟く。
「かつての我が都、
あ、そうか……ヴェルドラの襲来は、ある人物から事前に知らされていたんだったな。
それに人間と比べれば、
そして、やっぱりルミナスは大物だな。
ずっとヴェルドラを憎らしく思ってきただろうに、誠意には誠意で返そうとするところが。
「だからと言って図に乗るでないぞ。妾はまだ貴様を信用したわけではない……今後の態度によっては、やはりこれまでの恨みを晴らさせて貰う必要があるかもしれぬからな」
「う、うむ……」
ルミナスはそう言ってヴェルドラを睨むが、俺には照れ隠しのようにも見えた。
実質的には、二人の間のわだかまりは解けたと思っていいだろう。良かったなあ……と、思わず拍手しそうになったが、何となく違うのでやめておく。
聖騎士達も食事の手を止めて二人の様子を窺っていたようで、向こうでヒソヒソ囁き合っているのが聞こえた。
「あれが"暴風竜"ヴェルドラ……」
「"天災"だと教えられてきた"竜種"が、ここまで理性的で話の通じる相手だったとは……」
「やっぱり、魔物達の神と呼ばれるだけあるんだな……」
ヴェルドラ格好良いですよねー! 優しくて大らかで、性格良いし! 強くて頼りになるし! 頭良いし! ちゃんとした指導さえあれば謝罪も出来るし、社会性も協調性もあるんですよー!
聖騎士達のヴェルドラトークに交ざりてえ……と思ったけど、身内自慢は鬱陶しいからな……
「とても、先程の姿と同一人物とは思えんな……」
「泣いてましたもんね……」
そうですね。ルミナスに追い掛けられて半泣きだったね。
俺でもフォロー不可能なので、トークに交ざりに行かなくて良かった。
「こうなると、あの噂も何かの間違いだったんじゃ……? 生贄を求める代わりにっていう……」
「いや、リティスの話はそんな内容じゃなかっただろ。確か……」
フリッツとアルノーのヒソヒソ話は続いている。
まあ俺達の前で内緒話とか無理なので、全部聞こえているリムルが声を掛けた。
「何だ? 俺達の話か?」
「あ、いえ、そのですね……魔国を出入りする旅人達が話してたんですよ」
「復活した"暴風竜"が魔国を庇護しているのは、そちらの……レトラ殿と、番になったからだとか……?」
「…………」
ああ! 何かと思えば、その話……!
俺達は魔国の無害性を主張するため、フューズ達の協力を得ていくつかの嘘を周辺諸国に流している。
その一つ、危険極まりない"暴風竜"を鎮めたのはリムルだという筋書きを通すためには、ヴェルドラが最初から味方だったことが知られては都合が悪い。なので、俺とヴェルドラの親子関係はしばらく隠しておくということで決定している。
そして、俺が人間達に行った反撃を正当化するため、俺の行為が美談にされて世間に出回っているわけだが……どうもそれが"暴風竜"の話と結び付けられてしまったらしい。
魔国国主リムルが伝説の邪竜ヴェルドラと友達になり、民を守るため先頭に立って戦った俺は、ヴェルドラに気に入られて番になったとか許嫁になったとか……そして魔国は"暴風竜"の庇護を授かることになった……って感じで。どうしてこうなった。
それが大衆の好む筋書きであるらしく、俺達は国益のためにその噂を黙認するしかなくなった。
方針としては、まことしやかに囁かれる噂については放っておく。番云々は事実ではないので肯定しないが、このまま勘違いしておいてもらおうというものだ。
好き勝手に噂されることに不満がないと言えば嘘だけど……でもリムルが「レトラ、お前が我慢することないんだぞ? 嫌なら嫌って言って良いんだからな、無理するなよ? 本当に嫌じゃないのか? 本当に?」と、何度も俺を気遣ってくれたので、少しは気分も落ち着いた。
所詮、噂は噂だ。わかってくれている人がいるならいいかと割り切って、「俺は別にいいよ」と答えてから……リムルの機嫌がちょっと悪い。何でだろう。
今もまたこの話題を蒸し返されて、無表情になったリムルにヒヤヒヤしたが──助け船はヒナタから出た。
「やめなさい。当人達の前で、噂話を口にするのは失礼だわ」
迂闊な部下達を、ピシリと窘める姿が頼もしい。
アルノー達が慌ててリムルや俺に謝り、ヒナタも続いた。
「悪いわね。情報収集の過程でそうした話を耳にしたものだから……噂好きな人々の無責任な想像でしょうに、不快にさせてしまったわね」
「はっはっは、いやいやヒナタ、わかってくれてるならいいんだよ! そんな根も葉もない噂、ウチでは誰も気にしてないからな!」
よし、リムルの機嫌が良くなった! ありがとうヒナタ!
その間に俺は──
「いや、我はだな……」
『ヴェルドラ!』
ビシッと思念を送っておく。
今度こそ、ヴェルドラを口止めしておいたのだ! 親子関係についてもそうだし、俺と結婚するとか番疑惑とか全部ひっくるめて、周りが混乱するだけだから言うなって!
早速ヴェルドラが口を滑らせかけたが、そのくらいは想定内。俺が必死に頼んだのでヴェルドラも口止めを了承してくれていて、今の『思念伝達』でそれを思い出したようだ。
ヒナタは最初から噂を信じていなかったみたいだし、聖騎士達も何だデマかと頷いている。
うん、ヴェルドラとの親子関係を隠すためにも噂は放っておく必要があるけど、身近な人達にはこうやってわかってもらえばいいし──
だが、しかし。
せっかく噂を噂だと否定したのに、聞いていなかった人物が一人いた。
「……何、じゃと…………?」
呆然と呟いたのは、ルミナスだった。
華奢な身体がふらりとよろめいたかと思うと、その顔がサッと怒りで赤く染まり……そしてまだ膳の前に座っているヴェルドラを、大声で怒鳴り付けたのだ。
「貴様ッ……レトラと番うとは、一体どういう了見じゃ!? 貴様とレトラは、親子ではなかったのか!?」
あっれえええ──!?
ルミナスがバラしに行った──!?
流石にそんな展開は予想していなくて、俺もリムルも反応出来ない。
「えっ……親子……? 誰と誰が?」
「"暴風竜"と……王弟レトラが…………?」
うわ駄目だ、聖騎士達にバレた……!
いや、これはもう知っといてもらった方がいいのかな……? "暴風竜"に子供がいるなんて話が広まったら人類の不安を煽るだけだって、聖騎士達は秘密を守ってくれそうだしな。
「さては貴様! 幼いレトラが親に逆らえんのを良いことに、無理矢理に約束を交わしおったな!?」
「何を言う? 我はレトラに無理強いなどしておらんぞ」
「それで番だの何だのと吹聴して回っておるのだろう、恥を知れ!」
しかし、ルミナスは何であんなにムキになってるんだろう……
…………親? 親関連? ルミナスも、自分の親には良い思い出がないから……?
そんなことを考えていると、ス、と俺の傍に気配がやって来た。ヒナタだった。その般若のような目力にギョッと身を竦ませた俺に、低い声でヒナタが囁く。
「まさかとは思うけれど、貴方…………」
「……な、何?」
「もし"暴風竜"に関係を強要されているのなら話しなさい。力になるわよ」
「めっちゃくちゃ親身……!」
どうしたヒナタ……!?
ああーそっか、ヒナタもか……親関連……それにヒナタは子供好きだし、聖騎士としての正義感も人一倍だ。立場の弱い子供が理不尽に虐げられているという現実は、ヒナタには許せないんだろう……って、俺は虐げられてないよ! これは流石にヴェルドラへの風評被害が酷すぎる……!
「いや、俺とヴェルドラはすごく仲良い…………」
「レトラは貴様の玩具ではないぞ、この邪竜が! 貴様のような奴、親の風上にも置けぬわ……!」
「…………何だと?」
それは、大体いつも温厚なヴェルドラにとって、数少ない地雷の一つだったらしい。暴発すれば辺り一面を死の大地に変えるほどの危険な
よっぽど気分を害したのだろう、ヴェルドラの声も大きかった。
「聞き捨てならんな、ルミナスよ! レトラはこの"暴風竜"ヴェルドラの愛しき我が子であるぞ! なればこそ、レトラがその気になるまで待つと約束を──」
「あ──っ! わ──っ! ヴェルドラあああああ!」
絶叫大会のようだった。
一際響いた俺の声に、ハッと我に返ったヴェルドラの目がこちらを向く。
「ウ、ウム……そうだ、秘密であったな? だ、大丈夫だ、皆までは言っておらぬし……」
「もう全部言ったようなもんだよ……!」
バシーン、とおしぼりを床に叩き付ける。
そして既に泣きそうになっている俺に、更なる追い討ち。
ポン、と肩に優しく手が置かれて振り向くと──そこには、にっこりと微笑むリムルが。
「レトラ……もしかしてその話、何か進展があったのか? 俺にも秘密にしておくなんて、それはちょっと水臭いんじゃないのか?」
わあ、リムル美人だなあ……いや駄目だ、自分を誤魔化せない。超怖い。
この世のものとは思えない綺麗な笑顔に、恐怖しか感じなかった。
誰か助けて…………
宴会場の真ん中には、広々と空いたスペースがある。
そこに正座させられた俺は、上座の方を向いて声を上げた。
「えー……わ、私、レトラ=テンペストは、
何の法廷だよ……宴やろうよ……
この場合、正面のリムルとルミナスが裁判官で……少し離れて脇に座るヴェルドラは被告人なんだろうか。俺は証人か? 検察官と弁護人がいないな……ホントに何してんだ俺達は。
「えーと、それで、ヴェルドラは"竜種"という特殊な生態を持つ存在であるためか、俺達とはちょっと感性が違うみたいで……俺と結婚したいそうです…………」
傍聴席がざわついた。主に聖騎士側の席が。
ヒナタなどは「やっぱり言い寄られているのね……」と、対ヴェルドラ殺る気メーターがグングン上がっているのが感じ取れる。ヒナタが正義の人なのはわかるけど、やめて欲しい。
「こ、このままじゃ良くないと思って、この前ヴェルドラと話し合ったんだけど……その時に……」
チラリとヴェルドラを見る。
ウムウム、と頷いて聞いているヴェルドラのメンタルはどうなってるんだ?
俺はちょっとヴェルドラに気を遣っている部分もあるのだ。こんなことを皆の前で言うのはヴェルドラに悪いと思ったから……でも平気そうだし、じゃあもう言うよ? いいんだな!?
「──俺は、お断りしました!」
オオッ……と傍聴人達(魔物側)から上がる歓声。歓声て。
しかしリムルは騙されてくれない。冷静に、的確に、俺を追及してくる。
「断ったのは当然として、問題はその後だろ? レトラ、ヴェルドラは何て答えたんだ?」
「…………、ヴェルドラは、じゃあ待つって…………」
「そうだとも。我はレトラの気が変わるまで待つことにしたのだ!」
「いつまで待っても同じだって言ったんだけど……!」
時間はたっぷりあるからな、とヴェルドラはケロリとしたものだった。
寿命のない"竜種"ならではの長期戦略……砂であって精神生命体である俺も、寿命は相当長いだろう。でも待つのは駄目なんて、俺に言えることじゃないし……!
はあー……、と溜息を吐いたリムルは呆れ顔だった。
「あのなヴェルドラ、お前がそうやって待ち構えてるとプレッシャーになるだろ……レトラは優しいから、お前のことを気にして誰とも結婚出来なくなるぞ?」
「ならばそれまでのことだ、他に誰も居らぬなら我を選べば良い。だが、我以外にレトラを幸せにすることが出来る者が居るのなら、レトラがその者を番に選ぶなら、その意思は尊重されるべきであろう? 我は、レトラの幸福以外は望んでおらぬからな!」
これなんだよなあ……ヴェルドラの親心は本当に純粋で、俺のことだけを考えてくれていて……じゃあ俺を娶るとか言い出すなよって思うんだけど、ヴェルドラの中では矛盾しないらしい。
「ふーん、じゃあ条件は同じってことだな。それならまあいいか」
「ふむ……先の発言は取り消そう。妾も少し熱くなりすぎたようだ」
リムルやルミナスも、ヴェルドラの親心に感心したとか、そういうことでいいやもう。
すごく疲れたけど、どうやらこれで俺とヴェルドラとの何やかんやには、皆が納得したようだ。面倒臭すぎて後回しに後回しにしてたけど、片付いて良かったー……
でもなあ、俺には結婚する気ないんだよな……
この世界に生まれ直して、もう手に入らないと思っていた家族が出来た。親がいて、兄弟がいて、皆がいてくれて……俺はもうとっくに幸せなのに、これ以上を望むなんてあるわけないのだ。
???(要するに、レトラに選ばれればいいってことだな)
???(つまり、レトラを籠絡した者勝ちということじゃな)
???(カリオン様もまだ狙えるんじゃねぇのか……?)
※時々騒いできた番の話は、これにて沈静化しました。
※やはり漫画版がないと書きにくかったので、更新を一旦中断します。今月末に漫画版の最新話が出るらしいので、9月になったら宴の続きをやろうと思います。それまで夏休みください。