転スラ世界に転生して砂になった話   作:黒千

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105話 和解の宴②

 

 宴会場にて始まった裁判は、つつがなく閉廷した。

 ヴェルドラには無罪判決が下り(?)、リムルやルミナスのピリピリとした雰囲気も消え、広間には賑やかな空気が戻っている。魔物達も聖騎士達も、宴の当初に比べれば緊張が解れてきたんだろう、今では皆が思い思いに席を立ち、種族関係なく集まっては談笑する声が聞こえていた。

 

 俺はたまたま隣に来たヒナタと、世間話をしながら飲んだ。

 ヒナタは、俺のことも元日本人の転生者だと看破していたそうで、食べ物トークが盛り上がる。夕飯に出てきた天麩羅や刺身の話に、ブルムンドで食べたというラーメンの話。

 

「あ、ヒナタ、ラーメン美味しかった? 何味食べた?」

 

 俺はすっかりヒナタと仲良くなり、とっくにタメ口を許されている。ヒナタは確か、高校の入学式の日にこっちに来てしまって……それから十年くらい経ってるんだっけ? 俺は前世で十九年、今世で二年くらい生きているので、計算上ではヒナタの方が年上に当たるが、ヒナタが良いと言えば良いのだ。

 俺の問い掛けに、フッとヒナタが微笑んだ。

 

「街道を旅する途中で、全種類制覇したわ。どれも美味しかったわよ」

「毎度ありがとうございます……!」

 

 テンペストとブルムンドを結ぶ美食の道(グルメロード)の、理想的なお客さんの姿がここに……! 

 というか、気持ちはめっちゃわかる。俺は味噌が好きだけど、二年ぶりのラーメンに感激して、とりあえず三日掛けて醤油とトンコツも食べたもんな。十年ぶりのヒナタなんて、俺の五倍は喜んだはずだ。

 しかし、新商品のラーメンはまだまだ値段が高いってのに……街道沿いの宿や飲食店の経営はリムルの担当だけど、俺としてもお礼を言いたい心境である。でも健康には気を付けて! 

 

「さっきは白米まで出てきたし……貴方達は本当に、好き放題やってるわね」

「いやー、リムルは食べたいものに妥協しないから……」

 

 嫉妬が混ざったヒナタの口調に、さりげなくリムルに責任を押し付けた俺は、ヒナタのグラスのビールが少なくなっていることに気付いてお代わりは? と尋ねる。

 ヒナタはやんわりと、もう結構よ、と首を振った。

 

「今まで飲んだビールの中ではこれが一番だけど、苦くて好みじゃないのよね……」

「カクテルにすれば飲みやすくなると思うよ。やってみる?」

 

 酒類や氷などと一緒に用意してあった、冷えた瓶をヒナタに差し出す。

 それを目にしたヒナタの表情が、意味がわからないと言いたげなものに変わった。

 瓶の中でいくつも細かな泡の立つ、その液体は──

 

「もしかして、それ……炭酸なの?」

 

 その通り、これはサイダー。砂糖を溶かした水に炭酸ガスを加えたものだ。

 この世界には元々ビールがあるように、アルコール発酵によって生じる炭酸は知られているが……酒じゃなくて、前世で飲んでいたようなスカッとする炭酸が欲しいな、と考えた俺は、炭酸飲料を作ることにした。

 

 とは言え、俺にそこまで専門的な知識があるはずもない。せいぜい「二酸化炭素が溶けてるはず!」「圧力が関係あったと思う!」「飲み物に炭酸を入れる道具があった!」などの雑な情報を提供しただけで……活躍したのは、ウィズ大先生である。

 現物のビールを解析し、俺の記憶領域を浚って情報を集め、化学や物理の法則と照らし合わせて──液化炭酸ガスとかいうヤツの精製方法や必要な設備を突き止めてくれたのだ。

 

 そこまでわかれば、後はカイジンやベスターの研究所にバトンタッチ。精霊工学や魔法との組み合わせで、それを実現してもらったというわけである。

 材料は前世と同様、町の工房で発生するような二酸化炭素を含んだ排ガス、または酒を作る過程で出てくる炭酸ガスそのものでいいらしい。この世界では恐るべきクリーンエネルギー"魔素"が多く使われているため、前世ほど二酸化炭素の排出量は多くないが……文明の発展と共に無視出来ない量になるのは予想が付くし、大気中の二酸化炭素を取り込む仕組みも開発しておけたらいいと思う。

 

「炭酸飲料は最近出来たばっかりだから、まだソーダとサイダーだけなんだけど、もっとバリエーションを増やす予定だよ。コーラとジンジャーエールは絶対に作る」

「貴方も充分、好き放題やってるじゃない……」

 

 ヒナタの呆れ返ったジト目が、俺にも注がれる羽目になった。

 いやいや、俺はそうでもないんだよ、ホントに。俺が自重しなかった場合、『創造再現』で炭酸を作ることになるからね……裏技中の裏技すぎる。そんなことを続けていたら大気成分の割合が変わってしまうし、やるならせめて『万象衰滅』でそこらへんの二酸化炭素を溶かしてバランスを取るべきだよな。

 

「まあまあそんなことより、ビールでもワインでもウィスキーでも、サイダーで割れば甘くなるからオススメだよ。果実酒とか蜂蜜酒(ミード)だったら、甘くないソーダが合うと思う!」

「そうね……じゃあ、試してみようかしら?」

 

 

 

 

 グラスと酒をたくさん用意し、様々なカクテルを作る。

 ちょっとしたバーを開いている俺達を見付けて、そっちで飲んでいたリムル達が寄って来た。

 

「お、レトラ、炭酸水も出してるのか。じゃあハイボールくれ」

「了解ー。リムルはウィスキー多めだよな」

「よし、我はロックで貰うとしよう!」

「炭酸関係ない! いいけど!」

 

 俺はビールやワインならそのまま飲めるが、ウィスキーは割らないと無理だ……リムルは割ったり割らなかったりで、ソーダが出来てからはハイボールも懐かしそうに飲んでいる。ヴェルドラは常温のままストレートか、氷を入れてロックで、というパターンが多いかな。

 

「ヒナタよ、そなたも随分と楽しんでおるようじゃな」

「ルミナス様。ええ、レトラが珍しい飲み物を用意してくれて……」

「ほう、この水で酒を割るのか。ではレトラ、妾にもそれで何か作ってくれぬか?」

「いいですよ。ワインはどうですか?」

 

 吸血鬼族(ヴァンパイア)のルミナスには赤い飲み物が似合うかな、と赤ワインをソーダで割ったカクテルを出す。

 グラスを呷るルミナスの仕草は上品で、浴衣にワイングラスという組み合わせも妙にマッチしているように見えるから不思議だ。まあ浴衣姿のルミナスなんてレアショット、得した気分にしかならないよな……湯上がりで銀髪を上げているのも可愛いし。

 

「ふむ……ややワインが薄まるが、この刺激はなかなか良いものじゃな」

「サイダーの甘味があると飲みやすいのね……気に入ったわ」

 

 ルミナスには物足りないかと思ったが、炭酸に好感触を頂いた。あ、今度は炭酸水で割るんじゃなくて、ワインに直接炭酸ガスを入れるのもいいかもしれないな。

 色々と飲み比べをしていたヒナタは、甘めのカクテルであればどれもヒットしているようだ。好みは人それぞれなので、美味しいと思ったものを楽しめばいい。

 

「……ふう、少し暑いわね」

 

 そのうち、ヒナタの顔にほんのりと赤みが差してきた。ショートカットの黒髪の毛先が汗ばんだ首筋に張り付いていて、寛げた浴衣の首元には、片手がゆるゆると風を送る。

 

 おお? ヒナタが色っぽくなってきたぞ……これが酒の魔力か。可愛いな。

 それを分かち合おうとリムルに目配せすると、真面目な顔で頷かれた。グッジョブという意味だろう。ついでにルミナスにも目を向ける。頷かれた。どういたしまして。

 ちなみに、こういうのがよくわかっていないヴェルドラはヒナタの様子には気付かず、ウィスキーや日本酒をご機嫌に飲み続けているのみだった。

 

「レトラよ、お前ももっと飲んではどうじゃ? そう白い顔をしていては詰まらぬであろう?」

「飲んでますよ。でも、俺は酒には酔わないので……」

「俺もだ。状態異常が無効化されるからなあ……」

「何じゃお主達。『毒無効』を弱めて、酒に酔う方法も知らぬのか?」

「え? そんなこと出来るのか……!?」

 

 これにはリムルが喰い付いた。

 ルミナスにやり方を教わって、即実践したらしく──

 

「くーっ……来た来た! これだこれ、この感覚……!」

「クァハハハ! リムルよ、その程度のこと、我はとっくにマスターしておったぞ!」

 

 俺の周りは酔っ払いだらけになっていた。ヒナタの他にも、いつもは酔わないリムルの頬が色付いて、ヴェルドラは普段の何割増しかで陽気だし、ルミナスもブランデーのグラスを傾けて楽しそうにしている。

 しまった、出遅れた……あのすいません、俺を置いてかないで……! 

 

 リムルや、リムルの分身体を依代にしているヴェルドラが酔えるんだったら、リムルから人間の構成情報を貰って人間形態を作っている俺も、酔える身体を持っているはずなのだ。理屈の上では。

 ただし俺が酔わないのは、体内に入るものを全て『風化』させているからであり……『毒無効』がどうこうという段階ではない。俺に必要なのは、何よりもまず交渉だった。

 

(ウィズ! 俺も酔ってみたい……酒を砂にするのやめてくれる!?)

《否。アルコール摂取による副作用の発生が高確率で予測されます。主様(マスター)の体調に悪影響を及ぼす行為は認められません》

(そっか……)

 

 食べ物や飲み物の『風化』は、全てウィズに任せている。その制御権を俺に移すことは出来るけど、ウィズは俺を心配してくれているんだし、無視するわけにはいかない──が。

 

(でも俺は! お前なら何とかしてくれると思ってる……!)

《是。代替案として、ユニークスキル『夢現者(マドロムモノ)』の『精神感応』を主様(マスター)自身に使用し、状態:酩酊を擬似的に再現することが可能です。実行しますか? YES/NO?》

 

 ほらやっぱり、ウィズは俺の味方だったー! 

 まあ、酒に酔えない仲間のリムルが酒酔いを解禁したその時には、俺もチャレンジしてみようと前から考えてはいたのだ。それを察知して、ウィズは対策を練っておいてくれたのかもしれないな。

 

 ウィズにYESと返して間もなく、世界がクラリと回って揺れた。

 魔素切れのフラフラ感に似てるけど少し違う……そんな感覚に続き、身体がカッと熱くなる。アルコール摂取量に応じた依代の体温調節まで行って酩酊状態を再現してくれるという、ウィズの完璧主義者っぷりの賜物である。

 

 ううー……頭がボーッとしてきた……暑くて、何だかフワフワして……夢見心地ってこういうことを言うのかな。あーなるほど、ここに冷たいビールを飲めば、もっと気持ちよくなれそうだ…………

 これが、酒に酔うってやつなのか……! 

 

 

 

   ◇

 

 

 ルミナスに教わった『毒無効』の調整法は、秘技と呼ぶべきものだった。

 スライムの癖に『耐性』が高く、酒を飲む度に対毒抵抗に成功してしまう俺は、一度も酔っ払ったことがなかったのに……それを弱めてみた途端、グラリと来るこの酩酊感! 前世と変わらぬこの感覚……! 

 

 何やら『智慧之王(ラファエル)』さんは文句ありげだったが、いやいや、酒は毒じゃないからね。むしろ薬と言っても過言ではない。また酒に酔える日が来るなんて、ルミナスには感謝しないとな……と俺はしみじみ思ったが、一つだけ誤算があった。

 

 何と、レトラまでもが酔っ払いになってしまったのだ。

 あの隙のないヒナタを酔わせたレトラは褒められて然るべきだが、お前まで酔わなくていいんだよ……まあ、前世で未成年だったレトラは酒を飲んだことがなかったようだし、砂になってからも酔えないと言っていたので、チャンスがあればやってみようとするのは自然な流れか。

 

 あつい……と呟いた浴衣姿のレトラが、砂色の髪を背中へ追いやる。

 子供らしさの残る幼い顔はとろんと緩み、いつもサラリとして涼しげな白い肌は、酒が入ったことでポワンと火照っている。グラスをちまちま口に運んでは、ふうと息を吐いて一休みし……眠たげにちょこんと座っている姿はやたらと可愛くて、俺としては心配にもなる。

 

「レトラ、眠いなら、もう部屋に戻って寝たらどうだ?」

「ん……大丈夫…………」

「ふふ……酒には慣れておらぬようじゃな? 可愛らしいのう」

 

 いつの間にかルミナスがヒナタに場所を譲られて、レトラの隣に収まっていた。俺の気の所為でなければ、ルミナスはやけにレトラに構いたがってるように見えるんだよな……? 

 ウトウトしていたレトラが目を開け、隣に座るルミナスに気が付いた。あのールミナス様……と少し舌足らずな声が上がり、どうした? とルミナスが優しげに応える。

 

吸血鬼族(ヴァンパイア)は……夜魔(ナイトメア)なんですよね? 夜魔(ナイトメア)って何ですか?」

「夜に棲むとされる魔物の総称じゃ。妾のように、太陽を克服した者も存在するがな」

「じゃあ夢魔って、夜魔(ナイトメア)の仲間ですか?」

「その通りじゃ。吸血鬼族(ヴァンパイア)は肉体から生気を、夢魔は精神から精気を吸うが、どちらも生命エネルギーの操作に長けているという点で似通った特徴を持つであろう?」

 

 生命エネルギーの操作ね……死者蘇生(リザレクション)なんて、正に神の奇跡だったからな。

 ルミナスの返答を聞いたレトラは、嬉しげにほわりと笑みを見せた。

 

「俺、つい最近砂夢魔(サンド・メア)になったばかりで……もう少し自分のことが知りたいし、鍛えたいと思ってるんです。もしよかったら、もっと詳しく聞かせてもらえませんか?」

「勉強熱心なことじゃな」

 

 ルミナスはかなりの酒豪なのだろう。

 もう何杯目になるのやら、グラスに残る強い酒を美味そうに飲み干しながら言う。

 

「だが、せっかくの宴の場でそのような堅苦しい話は……少々無粋とは思わぬか?」

「……あ、そうですね……すみません。また今度にします……」

 

 シュンと気落ちしたレトラに、ルミナスが手を伸ばす。

 添えられた手が、薄っすらと熱に染まるレトラの頬を優しく撫でた。

 

「そうじゃな……ではレトラよ、お前を我がルベリオスへ招待しよう」

「ルベリオスに……?」

「うむ。"奥の院"にて、妾がゆっくりと手解きをしてやろうぞ……?」

 

 レトラにそっと身を寄せて、ルミナスは香り立つほどの色気で囁き掛ける。

 当のレトラは大人しく、酒で蕩けた無防備な表情でルミナスを見上げて……お姉様と何とかみたいな危ない光景に見惚れている場合ではない。まずいぞ、レトラはどうせ──

 

「遊びにいっていいんですか? じゃあお願いし」

「ストップ! レトラ、ストーップ!」

 

 わかってたよ、この展開は! 今日も警戒心ゼロだなお前! 

 レトラを挟んでルミナスとは反対側に座っていた俺は、笑顔のレトラを両腕でガッとホールドした。細い身体を抱き込み、ズリズリと引き摺って自分の方へと寄せる。

 

「悪いなルミナス、レトラは酔ってるんだ。今のはなかったことにしてくれ」

「何故、貴様が決めるのじゃ? レトラは行くと言ったぞ」

「いや、まだギリギリ言ってなかった」

「屁理屈を言うでないわ」

 

 俺にもいくらか酒が入っているので、このくらいの暴論は許されてもいいだろう。

 それに対して余裕の笑みを浮かべたルミナスが、広間の魔物達を見回しながら告げる。

 

「しかしな……この国には、夜魔(ナイトメア)がおらぬようではないか?」

 

 確かにレトラはこの国唯一の砂妖魔(サンドマン)で、今は砂夢魔(サンド・メア)とかいう聞いたこともない種族だ。吸血鬼族(ヴァンパイア)が同系統の魔物ならば、ルミナスに教わるのが一番の近道だとして、レトラはルミナスに師事することを思い付いたのだろう。それはわかる。

 だから皆も悔しそうな顔をしてはいるが、表立って文句を言えないのだ。

 だが──

 

「レトラは学びたがっているのじゃぞ? 教えてやれるのは、妾をおいて他にはおるまい?」

「それは俺が何とかするから……とにかく、この話はこれで終わりだ」

 

 強引に話を切ろうとすると、んーと唸りながら俺の胸に寄り掛かっていたレトラが、腕の中で身じろぎを始めた。酔っているからだと思うがその動きは緩慢で頼りなく、なんか可愛いという感想しか出て来ないが……ムスッと口を曲げたレトラが、抗議の声を上げる。

 

「何だよ、リムル……何でダメなの……」

「頼むから」

 

 レトラを抱き竦めて押さえ付け、後ろから肩口に額を伏せた。

 ああ、俺も相当酔ってるな。普段の俺ならこんなことはしないのに……酒の所為だということにして、レトラにだけ聞こえればいいくらいの声量を絞り出す。

 

「…………行かないでくれ」

 

 他にはもう言いようがない。何しろ、これは俺の我侭だ。

 レトラがここにいてくれれば俺が安心していられるという、それだけの話でしかないのだから。

 言葉を詰まらせたレトラは、困ったような間を少し取った後。

 

「もー……わかったわかった! 行かないよ!」

 

 それでいいんだろ! と言い放ち、レトラは俺の頭を手で押し戻す。

 放せという仕草に従って腕の拘束を解くと、身体を起こしたレトラが、ルミナスに向き直った。

 

「すみませんルミナス様。ルベリオスへ遊びに行くのは、またの機会にさせてください」

「それは残念じゃ。次は良い返事を期待しておるぞ」

 

 レトラから断りが入り、ルミナスはあっさりと引き下がった。

 後腐れもなく話が片付いたことで、そこからはまた無礼講の酒盛りが再開され、宴は大いに盛り上がった。俺もめでたく酔えるようになったのだからと、シュナの酌でいつになく酒を飲む。

 久しぶりの酩酊感は心地良く、気分が良いのだが……舌に残るのは、微かな苦み。

 

 また、レトラが我を抑えた。

 レトラは俺の言うことを聞いてくれる……それがただの、理不尽な我侭だったとしてもだ。

 俺はレトラの我侭なんて、ほぼ聞いてやったことがないのに。

 

 違う、これはレトラのためでもあるんだ。あいつは危なっかしくて放っておけない。

 世の中には善意しかないと信じているような……いや、あいつも身を以て現実を思い知った一人だが、それでもレトラは変わらずにキラキラとして、周りに好意と信頼を振り撒いている。

 俺は、あの笑顔が曇ることのないようにと──

 

『…………"魔王リムルの籠の鳥"』

 

 不意に聞こえた冷涼な響きに、ギクリと身が竦む。

 それはルミナスの声だったが、俺の他には気付いた様子の者はいない。俺にだけ向けられた思念には、揶揄のような警告のような、そんな含みがちらついていた。

 

『愛しき弟を思う余りに──その手でレトラの翼を手折ることのないよう、くれぐれも願っておるぞ』

 

 ルミナスはこちらに目もくれず、新作のバーボンを試している。

 口内に増した苦みを誤魔化すように、俺は手にしたグラスをぐっと呷った。

 

 

 レトラをこの国に閉じ込めて、俺達以外とは関わらせないようにして。

 そうすれば、レトラはずっと俺の傍にいてくれる……だが、それでレトラは幸せなのか? 

 わけもわからず俺の我侭に付き合って、やりたいことを我慢させられて──いくらレトラが素直な奴でも、それを不満に思うことくらい、少しはあるんじゃないのか? 

 

 

 

 

   ◇

 

 

 という訳で、翌日。

 とても気分爽快です! 

 

 昨夜の深酒もなんのその──俺の場合、やっぱり酒は全て砂になっていて、初めから何も飲んでいないのと同じなのだ。自分に精神操作を施して酩酊状態を再現していただけなので、それを解除すれば気分はスッキリと元に戻る。

 ぶっちゃけ水でも、何なら何も飲まなくても、『精神感応』を使用するだけで酔えるという意味だけど……流石にそれは味気ない。俺は今後も、アルコール摂取をトリガーにして酔えばいいと思う。

 

 さて今日は、魔国とルベリオスの今後を決める重要な会談がある。

 昨日は執務館の寝室で寝た俺は、朝食を食べに行こうと廊下へ出て、リムルに会った。リムルは朝からどんよりとして、頭を押さえながらヨロヨロと歩いていた。

 

「おはようリムル……二日酔い?」

「ああ、レトラ……お前も結構飲んでたけど、大丈夫なのか?」

「俺は諸事情あって完全に平気」

 

 ピースを作って宣言すると、恨みがましい目で見られた。

 俺を睨んでないで、ラファエル先生に解毒してもらえばいいじゃん……持っている魔法知識の中に、解毒魔法がないとは言わせないぞ。あ、無理なの? 取り合ってくれない? じゃあ仕方ないね。

 

「……レトラ、昨日の話なんだが」

「何?」

「ルベリオスに遊びに行くとかいう……」

「ああ、アレは今度でいいよ。よく考えたら、ルベリオスとはまだそんなに仲良くなかったなって思って」

 

 昨日まで敵対していた国に、いきなり遊びに行こうとしている俺がおかしいのだ。

 それにリムルはルミナスと知り合ったばかりで、まだ信用も何もない状態……いや、それは俺もそうなんだけど、俺は前からルミナスを知ってるし……勝手に…………

 

 とにかく、俺がこうやって早まってしまうから、それがリムル達を過保護にさせているってこともあるだろう。リムルは俺を心配して行くなって言ってくれたんだろうし……まずはルベリオスと国交を結んで、お互いの信頼関係を作ってからだな。そうすれば、俺が友好国へお邪魔するのも夢じゃなくなる。

 リムルは眉間を寄せつつ、隣を歩く俺にチラリと視線をくれた。

 

「お前は……いつか俺が許可するはずだって、そう思ってるんだな?」

「思ってるけど?」

「…………」

「リムル? 頭痛い? 大丈夫?」

「いや、眩しいだけだ……」

 

 ああ、今日は天気が良いから、頭痛の人には辛いかもしれないな。

 リムルは目の前に手を翳して日除けを作りながら、小さな声でぼそりと呟く。

 

「まあ……そうだな。信用出来る相手だと判断出来たら、その時は許すかもな……」

 

 ほら、大丈夫、大丈夫! 

 今は無理でも、そのうちきっと、リムル達は許してくれる! 

 

 

 

 




※弟が光属性

※書きたい範囲が終わったので、次回は小ネタ集です




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