転スラ世界に転生して砂になった話   作:黒千

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108話 和解の宴③

 

 テンペストとルベリオスの会談を終えた後、リムルはヒナタ達に町の見学を提案した。

 魔物達の生活を知ってもらうこともそうだが、ルベリオスとの和解成立を住人達に広める目的もあり、二国間交流の第一歩として有意義な時間になったと思う。

 そして夕刻。ヒナタは「用事も済んだし、これでお暇するわ」──とは言わなかった。

 

「ちなみに、今夜の献立は何かしら?」

 

 もう一泊して行く気満々でした。

 

 

 

 

「今夜の宴はすき焼きです!」

 

 おおおお、と宴会場に歓声が木霊する。

 リムルの手に掲げられた、牛鹿(ウジカ)の霜降り肉セットが眩しい。

 ヒナタ以外の聖騎士はすき焼きが何なのかを知らないだろうに興味津々で、今日も浴衣姿で魔国の皆と一緒に盛り上がっていた。異国文化に馴染むのが早い。

 

「では我が、すき焼きのうまい喰らい方を伝授しよう!」

 

 すっかり箸使いが完璧になったヴェルドラのお料理指南によって、それぞれの卓ではすき焼きの調理が進められる。

 聖騎士達は、生卵に肉を絡めて、という食べ方に抵抗があるようだった。鶏鴨(ケガモ)の卵には元々毒が含まれているし、普段から生食をしていなければそうなるだろう。魔国では毒抜きと衛生管理を徹底して行っているが……前世ですら、安全な生卵を食べられる日本は珍しい国だったからな。

 

 無理しなくていいぞとリムルは笑ったが、聖騎士達は格が違った。この国では散々美味い食事が出て来ているんだから、これも絶対美味いに違いない……! と思ったかどうかはわからないけど、とろりと濃い黄色の生卵に、程よく火の通った霜降り肉を潜らせて──全員、口の中で肉が溶け消えるまろやかな食感に陥落していた。

 

「まったく……これはやり過ぎじゃないの? あちらの世界とほとんど遜色ないじゃない」

 

 文句らしきものを呟きながら肉を頬張るヒナタも、魔国の料理に胃袋を掴まれている。白米の盛られた茶碗を決して離そうとしないのも、ヒナタにとっては実に十数年来の故郷の味であるからだ。

 

「白いご飯、まだあるよ。お代わりいる?」

「頂くわ」

 

 酒の時と違って即答だもんな。たんとお食べ。

 元日本人のリムルや俺が魂レベルで白いお米を求めているので、リリナ達が白米の開発を続けてくれているが、まだ研究段階……今のところはシオンが『料理人(サバクモノ)』の『確定結果』で、俺達専用の美味しい白米をムリヤリ作り出してくれているに過ぎない。

 

 魔国では魔素水をたっぷり吸って育った黒い米、魔黒米が主食になっていた。魔物や、聖騎士のように魔素への耐性を持つ者には、魔力を回復させる効果があるみたいだけど……普通の人間には毒となる魔素量を含むため、今後の一般観光客向けに安全な米の開発も欠かせないのだ。

 

「食事の再現度にも驚いたけど、昼間見た町もとても賑わっていたわね……そういえばリムル、町では部下達の武具の補修を請け負ってくれて助かったわ。ありがとう」

「ああ、あれね! 装備が壊れたままじゃ、聖騎士団も困るだろ? 助け合いだよ、助け合い。技術交流ってヤツかな?」

 

 昼に立ち寄ったクロベエの工房では、今回の戦闘で傷んだ聖騎士達の武器を修復したり、精霊に霊気を与えて物質化させたという"精霊武装"を、魔国製の新品の防具と交換したり……リムルは技術交流と言ったが、我が国の技術力の高さを見せ付けると共に、彼らの武具の性能チェックの意味合いもある。策士である。

 ヒナタが纏っていたものだけは"聖霊武装"と言って、"精霊武装"の原典の衣(オリジナル)だそうだ。国家機密に相当する兵装のため見せられないと断られていたが……実はラファエル先生が、戦闘中に既に『解析鑑定』してしまっているという裏話があるのは秘密だ。

 

 俺は別行動してたから、リムルとヒナタの戦いをほとんど見てないんだよな。

 話だけはリムルから聞いたけど、やはりヒナタの技量(レベル)は高い。その戦い方や必殺技をじっくり観察出来ていたら、今後の参考になりそうだったのに……

 

《告。データベース上に、究極能力『智慧之王(ラファエル)』による、個体名:リムル=テンペストと個体名:坂口日向(ヒナタ・サカグチ)との戦闘情報の更新を確認済みです。現在、『解析鑑定』を実行中です》

(仕事が早いな!?)

 

 何の問題もなかった。後で俺も映像を見せてもらおう。

 ウィズとラファエルって案外仲良い……って言うのかは不明だが、情報共有はかなり惜しみなく行われている気がする。先生同士、仲間意識とかあるんだろうか。

 

(解析中ってことは、構成情報も作るんだろ? 俺にも崩魔霊子斬(メルトスラッシュ)が再現出来たり?)

《可能です。ただし、聖剣技:崩魔霊子斬(メルトスラッシュ)に用いられる、神聖魔法:霊子崩壊(ディスインティグレーション)の『創造再現』には第一質料の大量消費が見込まれる上、攻撃対象を消滅させてしまうため情報取得が行えません。第一質料と構成情報の取得が同時に可能な『万象衰滅』の使用を推奨します》

 

 そうか、効果としては『万象衰滅』の方がお得なのか……でも、聖なる剣技とか絶対にカッコイイしなあ……少年の心をくすぐる必殺技として、出来るようになっておきたい。

 了、とウィズはアッサリOKしてくれたので、解析を進めてもらうことにしよう。

 

 

 

 

「どうぞ、レトラ様」

「ありがとうシュナ」

 

 小さな陶器の杯に注がれた酒を、くいっと呷る。

 すき焼きは甘めの料理なので、日本酒も甘めが合う……とリムルが言ったため、取り揃えられている酒も甘口のものが多い。なるほど、合うような気がする。

 そのリムルはヒナタと話し込んでいるので、シュナが俺のお酌をしてくれていた。

 

「昨夜はレトラ様もリムル様も、ようやくお酒に酔えるようになったとお喜びでしたものね……ですが、あまり飲み過ぎてはお身体に毒ですわ。お気を付けくださいませ」

「うん、大丈夫だよ」

 

 実際にリムルが二日酔いになってしまっていたので、注意せざるを得ないんだろう。だがシュナは口ではそう言いながらも、器が空になればそっと酒を注いでくれる。

 俺はすき焼きと日本酒が本当に合うのかどうか検証したくて、珍しいハイペースで飲んでいたんだけど……それを何度か繰り返すうちに、気付いたことがあった。

 

「俺、昔は酒を飲む機会なんて全然なかったからさ。お酌って何の意味があるのかよくわからなかったんだけど……少しわかってきたかも」

「あら、何でしょう?」

 

 シュナがまた丁寧に、杯に酒を注いでくれる。

 これこれ。俺が思うにお酌とは、恐らくこのためにあるのだ。

 

「シュナが隣に座っててくれるって意味」

「まあ……レトラ様ったら」

 

 目を丸くした後、シュナは恥ずかしそうに俯いた。

 幸せです、と呟いた顔がほんのり赤くなっていて可愛い。

 

「あっシュナ様、自分だけ……! レトラ様、次は私がお注ぎしますので!」

「シオン。それじゃ、お願い」

 

 反対隣にシオンがシュバッと飛んで来たので、空にした杯を差し出す。

 勇んで徳利を手に取ったシオンが、勢い良くそれを傾けて──うおーい、零れる零れる! 溢れた酒が腕を伝って落ちる前に、『万象衰滅』でサラリと消した。

 今の俺とシュナには絶対に大人っぽい雰囲気があったのに、一瞬でどっか行ったな……だが、どうですか! と胸を張るシオンの笑顔は清々しく、これはこれで気分が良い。

 

「うん、美味しいよ。ありがとうシオン」

「光栄ですレトラ様! では、もう一杯注いで……」

「いいえシオン、次はわたくしが」

 

 二人が徳利を奪い合うバトルを始めるかという刹那、シオン殿、と向こうから声が掛かった。昨日シオン達との飲み比べに興じていたアルノーやフリッツが、もうそれなりに酔っぱらった笑顔で再戦を申し込んできたのだ。

 シオンは返事をしたものの、あっちもこっちもどうしたらいいのかという困り顔で俺を見る。

 うふふ、とシュナが微笑んだ。

 

「シオン、今日はルベリオスの方々との親睦を深めるための宴なのですよ?」

「そうだな、せっかくだから楽しんで来るといいよ。また今度お酌して?」

「わかりました……レトラ様がそう仰るのであれば、必ず勝利して参ります!」

 

 頑張ってね、とシオンを送り出す。

 皆は聖騎士達と順調に打ち解けていて、ベニマルもシオンと一緒に酒盛りや腕相撲大会に参加していて楽しそうだ。しずしずとソウエイにお酌しているリティスさんは何故そうなった……あの縛りは痛そうだったって……いやでもソウエイは優しいからな、本当に紳士的に守ってあげていたに違いない。それ以上は俺の知らない世界なので割愛する。

 

「さあレトラ様、もう一献……」

「ふむ、その通りじゃな。内輪の者とばかり飲んでおっても詮無きことよ」

 

 今度の声はルミナスだった。

 少し離れた卓でルイを侍らせ、今日も酒をメインに楽しんでいたようだが……もう良いとルイに一声掛けてその場を下がらせると、俺にチラリと妖艶な視線を送ってくる。

 

「せっかくの宴じゃ……我らはもっと親睦を深めねばなるまいな?」

「……そうですね?」

「ではレトラよ、共に飲もうぞ。妾の近くへ来るが良い」

 

 うーむ、確かにこれは親睦会……名指しされては断れない。俺がルミナスを接待しなければならないのか……大丈夫かな……という焦りを感じると共に、隣から漂ってくる圧も怖い。

 シュナはシオンとは張り合うことはよくあるが、そこには気心の知れた者同士のじゃれ合いみたいな微笑ましさもあるのだ。だがシュナは他の人には結構容赦がない……今も魔王相手に、パッと見だけはにこやかな、しかしシュナ史上とても攻撃的な笑顔を向けて……

 

「ルミナス様。僭越ながら、わたくしがお酌を──」

「気遣いは無用じゃ。レトラよ、来い。妾が酌をしてやろう」

 

 …………な、何だって!? ルミナスがお酌を!? 

 態度がどこまでも偉そうだけど、それってかなりのレアケースじゃないか? 

 そこまで言われてしまっては、行かないわけにはいかないだろう。隣へ移動した俺の杯に、ルミナスは洗練された仕草で酒を注いでくれた。お酌なんて生涯一度もしたことなさそうなのに、動作にまるで違和感がない。

 

「美味いか?」

「はい……あ、ルミナス様もどうぞ」

「貰うとしよう」

 

 俺ばかりでは悪いので、お返しにと徳利を持ち上げる。

 前世で未成年だった俺は、お酌の作法なんてこれっぽっちも知らないが……ルミナスは細かいことを気にしないはず! シオンのように、真心さえあれば何とかなる! 

 そーっと、そーっと……よし、零さなかった。

 

「うむ、美味いな。極上の味じゃ」

 

 お酌をし合えるほど近くで見るルミナスの笑みには、邪気がない。

 ルミナスと言えば年上女性の貫禄みたいな……尊大な態度で余裕の色気を振り撒いてるイメージが強かったけど、そうやって笑うと普通に可愛らしいところがあるな。

 互いの杯に酒を注ぎ合い、他愛もない話をしながら過ごしていた俺達だったが──ある時、ルミナスが真剣な顔で言う。

 

「ところでレトラ、先程から全く様子が変わらぬが……まさか、今日は酔わぬつもりか?」

「ハイ。リムルが酔うのやめたみたいなので」

 

 ついさっきまではリムルも良い感じの酩酊状態だったのだが、魔鋼線を影空間に通しての"電話"の開発計画……本来なら国家機密のそれをついヒナタ達に語って聞かせてしまったため、しばらくは酒酔い禁止とラファエル先生に言い渡されたようだ。

 俺だけ酒を楽しむのも悪いので、ウィズに『精神感応』を切ってもらっていた。

 

「くっ惜しい……いや、後の楽しみに取っておくか……」

「何がですか?」

「おおそうじゃ、リムルが話しておった通信網とやらで思い出したのだが。遠くに居ながらにして連絡を取り合えるならば、それは親睦を深めるために大いに役立つであろう……しかし妾は、魔法通話では少々情緒に欠けると思っていてな」

「はあ」

「そこでレトラよ。互いを知るため、妾と文通をしようではないか?」

「文通……!?」

 

 近年なかなか聞かない言葉だった。

 て、手紙ってこと? この世界には携帯電話がないから、連絡には魔法を使うかアナログ手段になってしまうんだろうけど……手紙なんて、年賀状を除けばほぼ書いたことがない。

 

 しかしこういう世界であれば尚更、人脈を保つには努力が必要になってくるだろう。ルミナスと敵対することはないと思うが、仲良くなっておけばいつか何かの協力を得やすくなるかもしれないし。魔国のためにも、この申し出は受けることにしよう。

 

「はい、是非お願いします」

「決まりじゃな。宜しく頼むぞ」

 

 ザワザワ……と周りが騒がしい。

 俺も少しは学習したのだが、皆は俺が他国の人と二人きりで話すのを嫌がる傾向がある。でもこうやって宴会場とか、大勢集まる場所で話す分にはまあ邪魔をして来ない……何を当たり前のことをと思われるかもしれないが、ウチの場合はそうなのだ。

 

『レトラ……あんまり口うるさくするつもりはないんだけどな』

『あ、リムル』

 

 小言を言ってくるのは、リムルくらいのものである。

 うっかり機密情報を漏洩、とかを心配してるのかな? 大丈夫だろ、ルミナスも馴れ合う気はないって言って……言ったっけ? それは原作の話だっけ? 

 やけにルミナスが魔国との交流に前のめりだなーとは思わないこともなかったけど……いや、リムルに言われなくても、俺はちゃんと気を付けるつもりだし! 

 

『念のため言っとくが、文通と交際はイコールじゃないからな?』

『念のため言わなくても知ってるよ』

 

 いつの時代の価値観だ。リムルは大正時代の人だった……? 

 浮かれてると恥を掻くぞって言いたいんだろうけど、ここまで無駄な小言は聞いたことない……ウィズ、リムルからの『思念伝達』はしばらくシャットアウトで。

 

 

 

 

 

 翌日、白髪の執事ギュンターが転移門でルミナス達を迎えに来た。

 今後は魔国にもルミナス教の教会を建設し、ルベリオスから聖騎士や文官が派遣される、ということで話がまとまっている。ヒナタからは、あまり町を発展させ過ぎると天使の襲撃を受けると忠告されたが、天魔大戦はまだ先の話だしな。

 

「ギュンターよ。例の物は持って来たか?」

「はっ、ここに……どうぞ、レトラ殿」

 

 俺へと差し出されたのは真鍮製の宝石箱のようなものだった。前世で言うヴィクトリアン調に近い、シックで華やかな装飾が施されている。

 どうやらルミナスが一報を入れ、持って来させた品物らしい。

 

「これは連絡用の魔法道具(マジックアイテム)じゃ。箱の中に手紙を入れて蓋を閉めると、対になったもう片方の箱へ転送する仕組みになっておる。過去に貴族達が秘匿通信のために利用していたものでな、盗み見を防ぐ術式も万全じゃ。安心して使うが良い」

「へー、面白いですね。ありがとうございます」

 

 この世界の郵便事情がどうなってるのか気になってたけど、魔法があるからこういう方面では技術が発達してるんだな。お礼を言って箱を受け取る。

 そしてルミナス達は、ルベリオスへと帰って行った。

 

 

 でもやっぱり文通は面倒だったので、手紙を何通か送り合った後は、ルミナスに相談してやり方を変えてもらった。箱に入るくらいのノートを一冊用意し、数行書いたら相手に送る。後日戻って来たノートには返事が書かれているので、また少し書いて送る。これなら手紙と違って封筒と便箋がどんどん溜まることはないし、時候の挨拶も要らないという優れものだ。

 それをリムルに話したら「交換日記じゃねーか!」って言われたけど、何が悪いのかわからないので、楽な方法で続けようと思います。

 

 

 

 




※2022年最後の更新です。良いお年を。
※漫画版22巻の範囲も終了しました



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