13話 味覚を探せ
ぽよよん、とスライムが人間へと『擬態』する。
シズさんを捕食して、リムルは人化が出来るようになった。俺と同じ、五、六歳の子供姿だ。
……というよりも俺が、リムルの最初の人間形態がこんな年頃だと知っていたので、自分の身体も同じくらいに『造形』しておいたというだけの話だ。小さい身体の方が作りやすかったし。
「なあレトラ。俺ってやっぱりシズさんに似てるか?」
「まあ、似てるね」
「リグルドやランガは俺がこの姿でも違和感ないみたいだが、お前はどうだ?」
「俺もだよ。リムルだなー、としか思えない」
「カイジン達は戸惑ってたし、名付けだとか同格だってことが認識に影響するのか……?」
シズさんの面影があっても、長く伸びた髪は青みがかった銀色で、目は綺麗な金色だ。
うん、間違いなくリムルだな! 俺の場合は、このリムルをよくよく知っているから違和感がない、という可能性もあるんだよな……言えないけど。
リムルはテントの中を歩き回ったり、人間形態の外見を変えてみたりと、『擬態』の具合を確かめる。狭いテントではそれほど詳しい実験は出来ないが、わかったことは『魔力感知』に比べると人間の視野は狭いとか、残念ながら無性だったとか(俺もそうだ)。
気が済んだのか、リムルは毛皮の上着を着込んで検証を終えた。
町ではガルムの指導の下、森で仕留めた獣の素材から立派な衣類が作られるようになっていた。人型を取れる俺がいたため、ゴブリナ達は優先的に子供服を作ることに熱意を注いでいて、そのためリムルにもちょうどいいサイズの服がすぐに用意されたのだ。
もちろんゴブリン達も、ボロ布を巻き付けただけの薄着からは脱却し、ドルドに教わりながら首飾り等の装飾品も作るようになっていて、以前よりも文化的な格好へと変貌している。
「これで俺も人間になれるし、ますます兄弟っぽくなったな」
リムルが嬉しそうに笑う。
俺が人の姿を作れる分、リムルもずっと人型になりたいと思ってたんだろうな。
でもなあ、リムルが俺を羨ましがる必要なんて全くないのだ。
「そうだ! 喜べレトラ、今夜は宴会だぞ。せっかく人間の姿を手に入れたんだから、美味い飯を喰わなきゃ損ってもんだろ。あー久しぶりの焼肉、楽しみだな」
いや、わかる。気持ちはわかるよ、ご飯は大事。
珍しいほどの浮かれっぷりでウキウキしているリムルが可愛い……が、やっぱりリムルは忘れているようだ。このテンションを前にすると、ちょっと言い出しにくいんだけど……
「そのうち白米も欲しいよな。どこかで稲を見付けて……」
「リムル、あの……」
「ん?」
「俺はその……砂で身体を形作ってるだけだから、味覚はないんだよ」
「…………あっ」
そう、俺の人間形態は、単なる砂人形でしかない。
質感はそれらしく似せて人体のようなものを作っているが、ただそれだけのハリボテだ。
蝙蝠を吸収しなければ声も出せず、視力がないため常に『魔力感知』が必要で、舌には当然のように味覚もない。『擬態』とは比べ物にならない、低性能な砂の塊。
「わ、悪い。俺だけはしゃいで……」
「いいって」
リムルは完全に失敗したと、顔を引き攣らせるくらいの勢いで動揺していた。
こんなの、どう考えてもリムルの所為じゃないのにな。
「俺も諦め切れないし、味覚を手に入れられるように色々探してみるよ」
「ああ、俺にも出来ることがあれば協力するからな。あ、そういえばこれから新しいスキルを試しに行こうと思ってるんだが、良ければお前も……」
「ごめんリムル。今日はちょっと」
「そうか……じゃあ、後でな」
「うん。また後で」
リムルは影の中からランガを呼ぶと、封印の洞窟へ出掛けて行った。
はあ……リムルと気まずい感じになってしまった。味覚については、元人間である俺達にとってはどうしようもない重要課題だ。俺は明確にリムルが羨ましい。妬ましくすらある。せっかく同じ人間の姿を取れるようになったのに、却って溝が深まっただなんて笑えない……
俺に味覚がないままだとリムルも気にするだろうし、解決策を考えないと……!
案1:人間を吸収する
取り込んだ人間の情報を元に、感覚器官を模倣して……っていうのが一番の近道だろうけど、普通に無理だな。リムルとシズさんは特殊な例の最たるものであって、俺がそんなことしたら、それどんな害悪な魔物だよ……却下却下。
案2:俺の先生に協力してもらう
未だに俺と会話してくれない系スキル『
というか、これは味覚が関係なくても結構でかい問題だ。リムルにおける『大賢者』先生の活躍度からしても、脳内相棒との意思疎通は、実力と生存率に大きく関わってくる。
今後のためにも『
やってみるか……? 名付け……!
スキルに名前を付けて可愛がるのは変態だっていつかのリムルが言っていたけど(つまりリムルはいや何でもない)、それでコイツが進化して話せるようになるなら、俺だって大歓迎だ。
呟く、囁く、ウィスパー……ウィス、とかはどうだ? 違うな、もっと先生っぽく頭良さそうな感じで……賢い……ワイズ? うーん、確かウィザードの語源だったか。
じゃあ…………ウィズ! これだ!
(えっと、じゃあ『
声に出して呼び掛けるほどの勇気はなく、『
さあ、どうなるだろう。進化するのか? 名付け相手は一人だし魔素は足りると踏んでるけど、もしもスリープ状態になっても、町の中なら危険はない。慎重に反応を窺っていると……
《名付けに失敗しました。名付け可能対象が存在しません》
聞こえてきた"世界の言葉"に愕然とする。
えっ、失敗? そんなことあるのか? 俺の声が聞こえないから……いや、『
それなら仕方……ないのかな…………うぐぐ。
「失敗かー……いい案だと思ったのに」
俺は町を出て、森の中を歩いていた。
先生が進化したら良い知恵を貸してくれて、きっと味覚獲得まで漕ぎ付けられると期待してたのに……世の中そう甘くはなかった。まあ時期尚早だったんだろうな。ウィズ(勝手にそう呼ぶことにした)の進化については長期計画でやっていこう。
それよりも今は味覚! 味覚が先だ! 次の案!
案3:習うより慣れろ方式
早くもヤケクソ感が漂っているが、これ以上思い付かないんだから仕方ない。
キョロキョロと辺りを見回し、お目当てのそれを見付ける。俺の胸くらいまでの高さの茂みで、チクチクした葉っぱの間に硬い茶色の実が生る木だ。
茂みの前に屈んだ俺は、エグ味が強すぎるというその実を一つ取って口に入れた。
『造形』された人間の身体には一応歯もあり、実を噛み潰す感覚はある。もぐもぐと、動作自体は慣れ親しんだそれを繰り返し、飲み込むと、『
うーん……やっぱり何の味も感じない。
もう一つ実をむしって食べる。結果は同じ。食べ物を直に口に入れて取り込むことで、何か感覚が掴めるかもしれないと思ったんだけど……いや、もうちょっと試してみようか。
町周辺の貴重な食べ物を浪費することは出来ないので、食用ではなく他の用途もない実だということはちゃんと確認している。毒だとしても、何かに使える可能性はあるから勿体無いもんな。
モグモグ、さらり。モグモグ、さらり。
食えない実をむしっては口に入れて砂にする、自分の姿が可哀想なものに思えてきた。
俺には必要ないはずの食物を取り込み続けていたら、あわよくば『
「はあ……」
《呟──》
おっ!?
ウィズが喋った! 助言をくれるのか!?
先生、どうすれば俺は美味しいご飯が食べられますか!?
《前例のない魔力を感知しました》
「…………」
違った……ご飯の話じゃなかった。
それにしても、このお知らせ……実はこの前、イフリートが出現した時もウィズはこんな感じで呟いてたんだけど、つまりそのくらい異質なヤツが近くにいるってことだよな?
『魔力感知』を手動で広げる。さっと探った範囲にすぐ引っ掛かってきたのは、魔物の集団。これはリグル達の警備隊かな。ランガもいるのか、狩りでもしてるんだろうけど…………ん?
リグルやゴブタの他にも、やけに強い反応が、一、二、えーと…………六?
ああああ、六人! オーガだ! ベニマル達か!
勢い良く茂みの前から立ち上がる。
うわあ、味覚の問題で深刻になりすぎた! そうだリムルが人間形態になったら、次はオーガがやって来るんじゃないか、忘れてた!
そうとわかれば、じっとしていられるわけがなかった。
詳しい場所を探るべく、方向を狙い定めて『魔力感知』の精度を上げる。本当ならウィズに場所を聞きたいのに話が通じないので、自分でやるしかないのだ。
というか俺に『思念伝達』のSOSがあるかどうかも怪しいから、このままだったらイベントスルーで宴会から合流ってことも普通に有り得た……ウィズが呟いてくれて本当に助かった!
※味覚問題は一旦置いといて、戦闘イベント