リアルダンジョンツクールは楽しいが、迷宮の奥深くに籠ってばかりもいられない。俺とレトラは迷宮作りをラミリス達に任せ、クロベエの工房へとやって来た。
迷宮に設置する宝箱には、工房の倉庫に試作品や失敗作として眠っている武具を入れるつもりだ。その大半が冒険者憧れの
「へえ、そういうことでしたら、好きなだけお持ちくださって構わねえだよ」
事情を話すと、クロベエは快諾してくれた。
倉庫に案内して貰い、目当ての武具を一通り『胃袋』へ収納する。
そしてクロベエの元を訪れたもう一つの用件が、以前から預けてあった俺の刀について。レトラを連れて来たのは、完成した刀を見たいと言っていたからだ。
クロベエから渡された、刀身まで漆黒の直刀を眺める。長過ぎず、短過ぎず、俺のために誂えられた理想の刀。言うまでもなく素晴らしい出来だった。
「だどもリムル様、この刀はリムル様の魔力と馴染むことで、より成長──進化するだよ」
「そうか……見事だ、見事だよクロベエちゃん」
その日を楽しみに思いつつ、俺は直刀を『胃袋』へと仕舞う。
黒一色の美しい刀を格好良いと喜んでいたレトラに、クロベエが明るく声を掛けた。
「そうだべ、レトラ様。久しぶりにレトラ様の剣を見せてもらってもいいだか?」
「いいよ。そういえば俺、あんまり帯剣しないから機会がないよな」
サラサラと零れた砂が、レトラの
クロベエは丁寧な手付きでそれを受け取り、鞘に施された職人技の装飾を眺めてから剣を抜き出した。細めた目で、煌めく剣身を眩しそうに見つめる。
「ああ……しばらく見ねえうちに、すっかり大きくなって」
「それ、剣に対しても言うやつなんだ……?」
俺もレトラと同じ気分だが、鍛冶師の世界には、常人にはわからない何かがあるんだろう……そう思って自分を納得させようとしていると、俺達の様子に気付いたクロベエが困り顔で笑う。
「いやいや、本当だべ。この剣、オラが打った時よりも一回り大きくなってるだよ」
「え?」
「この剣はレトラ様が取り込んで、レトラ様の一部になったんだべ? そんで、レトラ様が進化して御成長されたから、剣も一緒に成長したんじゃねぇべか?」
なるほど、武具は持ち主と共に成長するとは聞くが……レトラの場合は、剣を自分そのもので形作るため、本当に剣と一体化しているような状態だ。それならクロベエの言うように、レトラの進化に応じて剣も、という話は何ら不思議ではない。
「知らなかった……」
「いやレトラ、お前まで……剣の変化に気付いてなかったのか?」
「進化した後すぐ
「そんだけ、レトラ様と剣とが馴染んでるってことだべなあ」
特殊な点はまだあった。レトラの麗剣は、ランク自体は
ユニークスキルを超えた
同時に、これは恐るべき話でもあった。例えばヒナタとの対決時、俺は
何だってレトラはこうも俺用に特化してるんだろうな?
万一、レトラと本気で剣を交えるようなことがあったら、もしかして俺は負けるんじゃ……いや、ないない。そんなことは起こらない。俺達ほど仲の良い兄弟は存在しないのだから、レトラが敵に回る理由なんてものも一ミクロンだって在りはしないのだ。
工房を後にして、祭りの準備が進む町中をレトラと歩いて行くと、向こうからベニマルとアルビスがやって来た。戻ったかと声を掛けると、二人が一礼する。
ベニマルは俺の名代として、
魔導王朝サリオンまで建設することになっている街道が、南西のクシャ山脈付近を通るので、その山に住んでいる
交渉は上手く行ったと報告があったものの、ベニマルの顔に滲むのは疲労感。
副官として同行していたアルビスもどことなく調子が悪そう……いや、機嫌が悪そうで? ゆっくり休んでくれと告げると、アルビスは礼儀正しく俺に謝辞を述べてその場を下がったが、二人の様子がおかしいのは明白だった。
「どうしたベニマル? 何か問題でもあったのか?」
「いえ……、リムル様、後で少し話が…………」
それは構わないが……そんなに言いにくいことなのだろうか?
ベニマルが言葉を濁すだけでも相当珍しいのだが、異変はそれだけに止まらなかった。気まずそうなその目がチラッと──……え? レトラを見た?
何故、と思う間もなく、俺の隣で上がる声。
「あ、俺は工事現場の視察があるからもう行くよ。じゃあまた後で!」
そう告げるや否や、レトラは素早く駆け出した。
間違いなく場の空気を読んだ上での行動に、残された俺達は成す術なくその背を見送り──俺は信じられない気持ちでベニマルを見上げる。
「……お前、今、レトラのこと追い払った?」
「追い払ってませんよ……」
「ここにいられるとマズイ、みたいな目で見たじゃねーか」
「……それは」
すっかり覇気を無くしていたベニマルの表情が、更に落ち込む。まだ下があったとは。
どれだけヤバイことが起これば、こいつがここまで消沈するんだ……とにかく今夜はどこかの飲み屋で、ベニマルの話を聞いてやらないとな。
◇
原作知識を持つ俺は、
昼間見たベニマルとアルビスの様子は、まさにそれを裏付けるものであり……ベニマルがあまり話を聞かれたくなさそうにしていたので、ここは気を遣うべきだろうと、俺はスタコラその場を去った。
リムルとベニマルは主従関係だが、親友同士でもある。人生を左右するほどの相談事だったら、まあリムルに話したいだろうな。ベニマルにとって俺はどうしても"リムルの弟"って立場だし……大丈夫大丈夫、俺は出しゃばったりしないから!
って、思ってたんだけど…………
その夜、俺はリムルから『思念伝達』を受け取って、町の飲み屋の一軒へとやって来た。店に入ると店員に出迎えられ、奥の個室へ案内される。
座敷席では、深刻そうな顔をしたリムルとベニマルが差し向かいで座っていて、俺はリムルの隣の座布団に腰を下ろす。とりあえず一杯、と勧められたので酒を呷り、テーブルに並ぶおつまみをモグモグ……あ、豆の和え物おいしい。
妙に静まり返った室内でリムルが語り始めたのは、やはりと言うか、それしかないと言うか、ベニマルが訪れたテングの里での出来事だった。
じゃあおさらいしておこう、まず
(ウィズ、もっかい教えて)
《了。
そうだったな、ありがとう。
テングの長老は病床の身とのことで、交渉の場に現れたのは娘のモミジだった。
街道建設と通行の許可は貰えたが、いずれ必要があれば山にトンネルを掘りたいというリムルの考えを伝えると、これが相手を怒らせてしまったらしい。
しかもモミジとアルビスが一触即発となり、危うくアルビスがやられるところだったとか……だが、そこはベニマルがしっかりと守ったそうだ。
どうやら、俺の知識と違いはないみたいだな。
しばらく話が進んだ後、リムルは何故か気遣うような目で俺を見る。
「それでな、レトラ……その、
うんうん、それで、ベニマルと──
「長老のカエデさんと、ハクロウとの間に生まれた子なんだそうだ…………」
「…………うん?」
それも知ってる……けど……?
だから俺には驚きはないけど……さ、さっきから空気が重すぎるのは何で?
リムル達の意図がわからず、黙ってしまったリムルとベニマルを交互に見比べて……そして降ってきた閃きに、俺はハッと目を見開いた。
「あ……えっ!? ええええ!?」
「落ち着けレトラ、いや、無理もないか……お前はハクロウのことを実の爺さんみたいに慕ってたからな……そのハクロウに子供がいたなんて知ったら、そりゃショックだよなあ…………」
そ、そうじゃなくて……!
まさかリムルとベニマルが、俺の心配して暗い顔してるとは思わないじゃん!?
でも、そうか、俺はその秘密を前世で知ってしまっていたからいいけど、何も知らずにハクロウに懐いていたらショックを受けたに違いない……それを見越した二人の気配りが細かすぎて何なんだよって感じだが、気持ちは伝わった。ありがとう。
ちなみに俺の叫びは図らずも、ハクロウの隠し子発覚に対するものだと二人に認識されてしまったようだ。修正のしようがないのでこのまま行くしかない。
ずっと口を引き結んでいたベニマルが、辛そうに目を伏せる。
「こんな話、レトラ様に一体どうお伝えすればと……ハクロウが申し訳ありません……!」
それでベニマルは、俺に話す前にリムルに相談したのか……いや深刻すぎる。ベニマルが謝る必要はないどころか、ハクロウにすらないと思うよ……
それより俺は、ものすごくベニマルに言いたいことがあった。念には念を入れて話の続きを聞き、記憶と照らし合わせる。相違なし。じゃあ言わせてもらおう──
「ベニマルは俺より自分の心配しようか!?」
「何がですか?」
「うわーキョトンとされた!」
ベニマルが素でこういう奴なのは知ってるけど!
そこまで俺を最優先にして生きてなくていいから……!
「だから、その子と結婚するかどうかの話になってるんだろ!?」
「…………そうでした、俺も窮地に立たされてるんでした」
ベニマルはようやく立場を思い出したようで、目元を手で覆って項垂れる。
カエデさんは昔、武者修行の旅の途中でオーガの里に滞在したことがあり、ハクロウと同じ朧流の妹弟子だったそうだ。その時何やかんやあって身籠り、ハクロウと離れた後も胎内でモミジを長く──三百年ほど──育て続け、産んだのは割と最近なんだとか。半精神生命体である
カエデさんは、交渉の使者としてやって来たベニマルの剣技を一目見て、ハクロウの弟子だと見抜いた。そして魔国側の条件を全て呑む代わりに、ベニマルには娘のモミジの伴侶になって欲しいと言い出した……とのことだった。
リムルが酒の入ったグラスを片手に、話を整理する。
「本題だった街道の建設許可は得られて、結婚については保留にして貰えたんだろ?」
「そうなんですが……」
「あちらの娘さんも、政略結婚より自分の力で振り向かせたいと言っていたと」
「ええまあ……」
「本音を言えばリア爆だが」
「何ですそれ」
僻むな僻むな。ベニマルを口撃するのはやめなさい。
カエデさんには無理強いする気はなかったはずだが、ベニマル的には自分が断ればテングとの交渉が白紙に戻るかもしれない状況であり……今のところ窮地だな。
「謁見式にはそのモミジって娘が来るんだな? 相手が何を言ってくるかはわからないが、長老のカエデさんがハクロウの奥さん? なら何とかなるかもしれないし……っていうか、ハクロウにも問題あるんじゃないのかこれ」
「男として無責任だと思いますね」
うーん、子供がいるのに母子を放ったらかしにしてたって、ちょっとなあ……でも、ハクロウは本当に知らなかったみたいなんだよ。ハクロウに確かめたわけじゃないのでまだ確定ではないが、俺はひとまずフォローに回ることにする。
「ハクロウなら、知ってたら責任取ったんじゃないかなー……」
「もし知ってたら……レトラ、お前どうする?」
「…………ガッカリする」
「うわあ……」
「ハクロウの寿命が削れますね……」
「とにかく! ヨウムの戴冠式が終わってハクロウが戻ってきたら」
「問い詰めるか」
「そうしましょう」
よっしゃ、と俺達はグラスを打ち合わせながら頷くのだった。
後日、リムルの部屋で本日の業務報告の最終チェックをする。
お馴染みのカウチソファに腰掛け、謁見式に向けての準備項目を確認していたところ、リムルが思い出したようにしみじみと言い出した。
「それにしてもベニマルはモテるよな……」
「俺は、ベニマルが魔国一のモテ男だと思ってるよ」
「そういやあいつ、前にもアルビスとの噂がなかったか?」
あったあった。ベニマルとアルビスがよく一緒にいるから、いつだったかの幹部会議でシュナやシオンに疑いの目を向けられていたな。そこは原作通りだったけど、まあ、アルビスに頼まれて二人が同じ任務に就けるよう原作以上に画策してるのは俺だっていうね!
「うん、大変だったよな。ベニマルは国を出るつもりなんだとかシオンが言い出して」
「侍大将だぞ? そんなことあるわけないのにな」
「な。他国から狙われて連れて行かれるかもなんて、考え過ぎだよ」
「本当にな。そんなバカげた話、…………」
アハハと笑い合った後、リムルの声が途切れた。
黙り込んでしまったリムルをアレ? と見守っていると、その目が俺を向く。
「……なあレトラ、話は変わるが」
「何?」
「……お前、ルミナスとの交換日記はどんな感じだ?」
「どんなって?」
「いや、どういうやり取りしてんのかなーと思って……」
「開国祭の話が多いかな……各地の商人を通じて催しの宣伝をしてくれるようミョルマイルさんに頼んだだろ? それで知ったみたいで、演奏会が楽しみだって言ってたよ」
魔物達が日々オーケストラの練習に励んでいるし、この世界の人々にとっては新境地の演奏会となるだろう。音楽好きらしいルミナスにも、きっと満足してもらえるはずだ。
「ふーん……他には?」
「お互いに国の情報は漏らせないから、自分達の話しかしてないよ。ルミナスも、俺が答えられることしか聞いてこないし。好きな食べ物とか……」
「おいそれ個人情報じゃないのか?」
「そんなまさか」
心配性のリムルを安心させてあげるため、話題くらい教えてもいいかと思ったんだけど……ちょっとセキュリティの厳しさが予想以上だった。
これじゃ、風呂では身体のどこから洗うのかって聞かれた話はしない方がいいな……ルミナスには原作からしてヒナタやクロエに対するセクハラ前科があるので、俺は「やっぱりな」って感想だが、リムルはドン引きだろうから言わないでおこう。ちなみに首から派。
「それで……お前の好きな食べ物は?」
「最近だと、シュナの作ったアップルパイかな! 吉田さんが来てくれてから、シュナもお菓子作りの腕がますます上がったよな……俺の好きな、林檎のコンポートがゴロゴロしてて噛むとジュワッとして、カスタードありシナモンなしのアップルパイ! あれマジ美味いよ大好き」
テンションを上げてそう語ると、リムルはちょっと変な顔をしていた。
「……日記にもそう書いたのか? シュナのアップルパイって?」
「え、うん……あ! ウチがイングラシアから吉田さんを引き抜いたことは隠しといたから!」
「お前が案外ポンコツで安心した」
「ちゃんと隠したって言ってるのに!?」
「ああいや……お前が情報漏洩なんてする奴じゃないのはわかってるよ。ルミナスとも友好的な関係を築けてるなら、まあ良いことなんだろうしな」
打って変わって雰囲気を和らげたリムルが、気にすんなと笑って俺の肩を叩く。リムルって、わけわかんないとこで機嫌が悪くなったり良くなったりするから謎だ。
でも、そうだな……
最近ルミナスとやり取りした日記の内容を思い出す。
ラミリスが魔国入りしたことや地下迷宮の件はまだ口外禁止のため、ルミナスには、宣伝している他にも催しを企画しており、その準備で色々と動いていることのみ伝えてあった。するとルミナスは、大変そうじゃなと俺を気遣ってくれたのだ。
【開国祭は楽しみだが、くれぐれも無理をせぬようにな。どうもお前は根が真面目すぎる、たまには休息を取るが良い。祭りの前にお前が疲弊してしまうぞ】
交換日記用のノートに綴られたルミナスの文章は、そう締め括られていた。時々セクハラ発言があっても、基本的にルミナスは優しい人だと思う。
そして数日後、俺の返事を書いたノートを、宝石箱のような転送装置を使って送る。
【お気遣いありがとうございます。でも大丈夫ですよ、祭りの準備は仕事より楽しいかもしれないって思ってるし、この前はリムルとデートして息抜きしましたから。今は町の各地で会場の準備が進んでるんですけど、歌劇場も順調に──】
ノートは、たった数分後に戻って来た。
【デートとやらの詳細を記せ】
「…………」
うっかり"デート"と書いてしまったことに気付いた。リムルがあれをデートと言っていたのを聞いてから、一言で物事を表せるのが便利でついつい使ってしまうのだ。
それにしてもルミナスの反応が早かった……俺もすぐ返さなきゃダメか? と思いながらペンを取る。
【すみません間違えました。デートじゃなくて、リムルとブルムンドに遊びに行っただけなので……もう書くことないんですけど】
【発端から出発そして帰宅までを記せば良い】
【つまんない作文になりますよ】
【構わぬ。全て記せ】
【あの、魔法通話に変えてもらってもいいですか?】
俺はこの世界の文字を書くのがそれほど速くないため、このまま筆談を続けてもルミナスを待たせ過ぎてしまう。ルミナスに許可を取って通信水晶を『創造再現』した俺は、微笑みを浮かべたルミナスにご対面することになった。心がやられそう。
ルミナスにもそれとなく『
あの日の出来事を語る際、ミョルマイルやフューズとの話は伏せた。テンペストとブルムンドは国交を結んでいるし、有名な大商人やギルドの支部長との繋がりはある程度知られているだろうけど……軽々しく他国に晒していい情報じゃないからな。
というわけで、リムルと約束していて久しぶりに二人で出掛けたこと、俺があんまり服を持っていなくてリムルにコートを借りたこと、屋台でリムルに色々買ってもらって食べ歩きしたこと──話せるのはそのくらいしかなく、ただのんびり遊んだ仲良し兄弟のお話になってしまった。
機密保持には気を付けてるから、大丈夫だよな?
※レトラの機密情報カテゴリにデートは入っていません