転スラ世界に転生して砂になった話   作:黒千

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116話 祭りまでもう少し

 

「リムル様、レトラ様! 遅くなりました、今日よりお世話になりますぞ」

「いやあ、ミョルマイル君。よく来てくれたね」

 

 開国祭の運営に関わってもらうことになっているミョルマイルが、町に到着した。

 スライム姿のリムルと、リムルを抱えたリグルド、それから俺、案内役のゴブリナとで出迎えて、まずはミョルマイルのために用意した新居へと案内する。

 

 リムルにヘッドハンティングされたミョルマイルは──今回の仕事が上手く行ったら魔国の幹部として迎え入れるという話ではあるけど、既にブルムンドの商館を信頼出来る部下に任せ、拠点をテンペストに移すつもりで家人達を連れてやって来ている。

 こっちももうミョルマイルを魔国に引き入れるつもりで話を進めているので、進呈したのは幹部用住居の一軒だった。屋敷に足を踏み入れたミョルマイルや家人達は、その豪邸ぶりに目を丸くして驚いていた。

 

「イングラシアの王都の高級宿よりも豪華ではないですか……このような贅沢、よろしいのですか……?」

「この家なら部屋数も多いし、部下や護衛の人達も一緒に住めるだろ? 水道に魔力コンロ、風呂にトイレ……必要な設備はちゃんと揃ってるぞ」

「ミョルマイルさん、これ見て下さい! ウチでも新製品の──魔力レンジです!」

 

 キッチンには、またも俺がカイジン達に製作を依頼した"電子レンジ"が置かれていた。やはり"魔晶石"をバッテリーにしていて、魔素で分子を操ることで加熱する仕組みだ。電気も電磁波も関係ないので、魔力レンジと呼んでいる。

 

「これは……どういった道具なのですかな?」

「簡単に食べ物を温められる調理器具です!」

「ほう……? ワシは料理をせんので何ともわかりかねますが、家の者が喜びますな」

 

 電子レンジもどきが完成した時には、前世でその恩恵を思い知っているリムルと盛り上がったものだが、馴染みのないミョルマイルはピンと来ないようだった。寂しい。まあ使用上の注意事項がいくつかあるので、案内役のゴブリナが家人達に説明をしてくれることになっている。

 不意にミョルマイルが、そうだ、と声を上げた。

 

「リムル様、護衛と言えば……ビッド!」

「へい」

 

 ミョルマイルの専属護衛の一人、ビッド──ブルムンドで冒険者をしていたという、ガイル風(髪型)の男だ。以前は泥棒や詐欺師に近く、ブルムンドの農村ではリムルに絡んできたと聞いている。だがビッドはカバル達三人を慕っており、今ではカバル達が旦那と呼ぶリムルのことも尊敬しているらしい。ミョルマイルに雇われてからはしっかり働いていて、この町にも来たことがあった。一度紹介されたので、俺とも顔見知りってところだな。

 

 ビッドが連れて来たのは、ゴブエモンだった。

 ゴブエモンの腕はどうなった? 腕は…………ある! 

 その姿にホッとするが、無事なまま任務を終えたのか、俺が渡したポーションを使った結果なのかは、まだわからない。

 

「彼は、リムル様がワシの護衛として寄越して下さったのでしょう?」

「ああ、そうだけど……」

「リムル様、レトラ様……申し訳御座いやせん! ドジっちまいやした……!」

 

 苦い顔をしていたゴブエモンが、その場で勢い良く頭を下げる。

 ゴブエモンが言うには、ミョルマイルに気付かれないよう守ってやってくれというリムルの命令に反して、自分の存在を知られてしまったと──いやそれ、失敗って言う? 

 

「いいって、大事なのは護衛の方だ。上手くやってくれたんだろ?」

「ゴブエモン殿の働きぶりは見事でしたぞ。あれから何度か、恐らくカザック子爵の差し金と思われる襲撃があり……ゴブエモン殿にはその度に助けられ、皆も無事です」

「しかし、街道に差しかかろうって所での襲撃には参りましたぜ。ゴブエモンの兄貴がいなかったらどうなってたか……奴ら、バジリスクまでけしかけて来やがって!」

 

 語気荒くビッドが語ることには、警備が手薄となる街道の端で黒塗りの馬車に追い付かれ、出てきた魔物達が襲い掛かってきたそうだ。中にはB+ランクのバジリスクまでいて、元Cランクのビッドや仲間達ではとても太刀打ち出来なかったと。そこへ駆け付けたのがゴブエモンだ。

 ゴブエモンが、俺に向けて会釈する。

 

「レトラ様。頂いた回復薬のお陰でこの通り……五体満足でさあ」

「うん……良かったよ」

 

 その言葉からすると、ポーションは使ったんだな……ゴブエモンは、原作通りに腕を落とすことになったのだ。ただ、自分への戒めにと欠損をそのままにしていた原作と違い、怪我を治してくれたんだから、ゴブエモンには多少意識の違いがあるということで──

 

「現れたバジリスクがミョルマイルさんの護衛達に向かって行くのを見て、肝が冷えました。これは下手を打ちゃ手遅れになると……ですが、思い出したんでさあ。俺には、レトラ様に頂いた回復薬があると」

「え?」

「ゴブエモンの兄貴は、俺達を庇ってバジリスクのブレスを受けて……すげぇのはそこからです。石化しちまった右腕を迷わず切断したと思うと、即座に回復薬で腕を戻して、バジリスクを討ち取ったんです! とんでもねえ胆力でした……いくらこの国のポーションがスゲェとわかってても、そうそう出来るモンじゃねえ……!」

「え……ええ?」

「レトラ様がお守り下さると思えば、何の躊躇いもなく戦うことが出来やした。馬車を取り逃がし、護衛対象に気付かれちまったことは俺のヘマですが……あの場の全員を守り切り、俺自身もこうして無事に戻って来られたことは、レトラ様のお陰で御座いやす」

 

 ち、違う違う違う……俺の意図と違う! 

 これ、肉を切らせて骨を断ちましたって話だよな!? 俺、気を付けてって言わなかった? 完全回復薬(フルポーション)があるんだから捨て身やれ、なんて言ってないよな!? 

 

 ウチにはフルポーションや不死身の"紫克衆(ヨミガエリ)"が存在するためか、死ななければオールオッケーという考えが一部で罷り通っている節がある。最終的に全快すれば何もなかったのと同じ、みたいな……俺も身に覚えがあるので、あまりうるさく言えないやつだ。

 いや、でも、俺は砂だし『痛覚無効』もあるからまだいいとして……ゴブエモンには肉体も痛覚もあるのに、何で頭テンペストなんだよ!? 

 

 大声でツッコミを入れたくなるのを我慢する。

 っていうか、ゴブエモンが一人でバジリスクを倒せてる……改善したかったのはゴブエモンの一匹狼ぶりなのに、余計なことしたぁぁ……俺の所為で予想外に道を間違えつつあるゴブエモンを、軌道修正してやらないと……! 

 

「あのさ、ゴブエモンは、俺に貰ったポーションがあったから……えーっとつまり、俺がついてると思ったから、何も怖いものはないって感じで戦えた……で、合ってる?」

「はい。レトラ様がいて下さるから俺はお役目を果たせるのだと、そう痛感しやした」

「よし! それじゃ……今度は、ゴブエモンがそういう存在を目指すんだ」

「……?」

 

 訝しげな顔をしたゴブエモンに、俺は続ける。

 

「いつか部隊を持ちたいって言ってたよな? その時にはゴブエモンが、後ろには自分がついてるから大丈夫だって示せる存在になればいい。ゴブエモンがいることで皆が安心して戦えるような……いつでも仲間の力になってやれるような隊長にさ」

「レトラ様……それを、俺に気付かせるために……?」

 

 そういうことでお願いします。

 リムルも良い機会だと思ったのか、俺の話に乗っかってくれる。

 

「ゴブエモン、お前は優秀だけど、結局一人じゃ限界があるんだよ。俺達がお前を信じて任務に送り出したみたいに、お前も仲間を頼ることから始めたらどうだ? ビッド達もお前がついてれば心強いだろうし、一緒に強くなれるんじゃないか?」

「おお、それは良い考えですな。ゴブエモン殿、しばらくの間はここに食客として留まり、ウチの護衛達を鍛えてやってくれんかね?」

 

 ゴブエモンは戸惑っていたが、ビッドや仲間達はその提案に大いに沸いた。

 決まりだな、と頷いたリムルは人型へ変化すると、『胃袋』から取り出した一振りの刀をゴブエモンに差し出す。

 

「受け取れゴブエモン、任務は成功だ。それにお前は、この任務を通して今の自分に足りないものに気付いてくれた。俺もレトラも、お前がより一層成長することを期待してるよ」

「ッ……このゴブエモン、必ず、必ずリムル陛下とレトラ殿下の御期待に応えて見せましょう……!」

 

 約束の打刀がゴブエモンへと渡される。

 ゴブエモンは刀を握り締め、感極まったように返事をしてくれたのだった。

 ふー、良かった! 

 

 

 

 

 

 今日もリムルの執務室にミョルマイルを呼び、三人でテーブルを囲む。

 ミョルマイルには早速、その手腕を発揮して開国祭の準備を進めてもらっていた。客人を持て成す人員の割り振りや、企画ごとのスケジュール調整、仕入れの見積もりなどなど……ここまで大きな祭りとなると、やっぱり俺達のような素人だけで開催するのは無理があったな。ミョルマイルが来てくれて本当に助かった。

 

 そして、今は地下の奥深くで迷宮の改造に勤しんでいるヴェルドラも、鉄板焼き屋台をやりたいそうなので……近々ヴェルドラにミョルマイルを紹介し、店の運営方法や店員の手配について話をする予定になっていた。

 

「いや、しかしですな……ワシが"暴風竜"様の相談に乗るなど……」

「悪い奴じゃないから大丈夫だって。まあ、ちょっと我侭言い出すかもしれないけど……もし困ったら、俺やレトラの名前を出していいからな?」

「ヴェルドラには、ミョルマイルさんの話はちゃんと聞くようにって言ってありますから」

 

 屋台を成功させたいなら、多くの客を相手に商売してきたミョルマイルから学ぶのが近道──という理屈にはヴェルドラも納得してくれていたし、大丈夫だと思う。

 大事なのは"暴風竜"の肩書きにビビらず、普通に会話しようとすることだろうな。そうすれば、ヴェルドラはちゃんと応じてくれるのだ。あとはヴェルドラの勢いに流されずにいられるかどうか……俺でもたまに押されるけど、そこは頑張って! 

 

「じゃあ次は俺から……とうとうコーラが完成したんです! これもファーストフード店の商品に入れようと思ってるので、まずは味見してみてください!」

 

 三つのコップを氷と共に満たす、黒っぽい炭酸飲料。

 初見だとなかなか衝撃的な見た目かもしれないが、ウィズの解析を元にこの世界にある材料で作られたその味は、俺が満足するレベルで前世のコーラそのものだった。既にお墨付きを出してくれているリムルも、嬉しそうにコップに口を付けている。

 

「ついにコーラまで飲めるようになったか……よく再現出来たよな、これ」

「コーラって、物によっては材料も色々違うみたいなんだよ。じゃあ味が完璧で安全に飲めれば、もう勝ちだよなって」

 

 リムルと俺が雑談する向かい側で、コーラを一口飲んだきりのミョルマイルが……動揺? 驚愕? 未知との遭遇? みたいな顔で、持ち上げたコップを見つめている。

 何だ? もしかして美味しくなかったかな……? 

 そう尋ねるとミョルマイルは首を振り、これもまた刺激の中の甘味と微かな苦味の調和が素晴らしい、必ず大反響を呼ぶと──いやそれよりも、と言葉を続けた。

 

「レトラ様……この、コップのようなこれは……何ですかな……?」

「何って……紙コップですよ」

 

 コップ? コーラが入ってるそれのことだよな……? 

 ミョルマイルの様子がおかしいので何故か俺も自信がなくなり、リムルと顔を見合わせながら答えると、今度こそミョルマイルの目が見開かれる。

 

「か、紙……!? 紙でコップを作ったのですか!?」

 

 あ、そうか……この世界では紙が貴重だから、その発想はなかったのか。

 リムルとブルムンドへ行った時、屋台の飲み物は主に陶器のコップに入れて売られていた。店に返すので飲み歩きは出来ないし、衛生面でも気になるし、大量にジュースを売るならやっぱり紙コップが欲しいよな……と思ったので作ることにした。

 

 本来、紙は水に弱い。では紙コップとは何かと言うと……俺の記憶をウィズに調べてもらって判明したのは、プラスチックの一種である"ポリエチレン"でコーティングされた紙で作られたものだということだった。解説によると、ポリエチレンは炭素と水素のみで構成され、原油の熱分解過程で発生する物質から作ることが出来るため──

 

 どう考えてもオーバーテクノロジーである。

 

 この世界で石油精製工場とか聞いたことない……未来の機関車にも石炭じゃなくて魔素を使うし……将来的にはわからないが今は無理、と俺は前世の紙コップの再現を諦めた。

 で、目を付けたのは、魔法という便利な技術。紙で作られたコップに耐水性がないなら、付与してやればいいのだ。〈刻印魔法〉で! 

 

 紙コップの素材には、魔黒米の稲わらを使うことにした。魔素をたっぷり吸い上げて蓄え、魔植物と化した稲の繊維。魔鋼ほどじゃないが〈刻印魔法〉との相性も良く、数日は効果が続く。使い捨てだけど、〈刻印魔法〉が途切れればポリエチレンとは違って土に還るエコ商品でもあり……なかなか良いものが出来たんじゃないかな? 

 リムルが片手に持った紙コップをしげしげと眺めている。コーラとの親和性が高すぎてスルーしていたようで、今初めて気付いたらしい。

 

「本当だ、紙コップだ……なあレトラ、こういうのって特許取らなくていいのか?」

「そんな制度あったっけ?」

 

 リムルが言いたいのは、他国に真似されてしまわないかという話だろう。この世界では特許の概念がないようだし、国を跨いでとなると防止は難しいと思う。

 まあ、この紙コップに限って言えば、そこまで心配する必要はない。〈刻印魔法〉なので、知識のある者にはすぐ術式がバレるけど……素材に最適な魔植物を用意出来るのは、魔黒米を大規模生産しているという魔国ならではの事情があるからだ。他国で作るには条件が厳しいしコストも掛かるし、手を出す意味がないんじゃないかな? 

 

「レトラ、権利の保護は大事だぞ? いずれよく似た商品を作った奴が、自分の考えたオリジナルだって言い張るかもしれないだろ」

「特にこの国には、これまでの概念を覆すような品が数多くありますからな。そういえばレトラ様、ワシの住居にご用意下さったレンジという魔法道具(マジックアイテム)も、レトラ様が御考案されたものだとか……とても扱いやすく給仕が捗ると、メイド達が御礼を申しておりましたぞ」

「そうですか、良かったです! 便利なんですよアレ」

 

 本当は冷蔵庫も提供してあげたかったが、あれはバッテリーとなる"魔晶石"を常に消費し続けるため、今のところ執務館や町の大型食堂、高級宿泊施設の厨房にしか設置されていない。俺なら"魔晶石"をいくらでも『創造再現』出来るが……それはズル過ぎるのでナシにしている。そういう欠点を何とか出来れば、もっと世間に普及させられそうなんだけどな。

 

「今後も新しい発明品は増えていくだろうし……よし決めた。俺はお前のために、必ずこの世界に特許制度を浸透させるぞ」

「わーい」

 

 リムルがやる気になった。世界にってことは……たとえば評議会で特許庁みたいなものを作ることになるのかな? 俺はそういうのは面倒なので、利益を受け取るだけでいいや。リムルなら俺が損しないようにやってくれるはずだから、任せておこうっと。

 

 

 

 

 

 *****

 

 

「エラルド、魔国連邦(テンペスト)へ招待状の返事は出してくれた?」

「ええ、陛下。仰せの通りに」

 

 魔導王朝サリオンの首都、"神樹に抱かれた都市(エルミン・サリオン)"。

 美しい花々が咲き誇る皇城の庭園で、皇帝エルメシア・エル・リュ・サリオンは優雅にティータイムを楽しんでいた。美しい翡翠の瞳、長い銀髪、その間から覗く尖った耳……傍らに立つ大公爵エラルドに向け、風精人(ハイエルフ)と呼ばれる至高の存在は、天上の美貌で微笑む。

 

「早く春にならないかしら? ジュラの森の盟主であり、魔王でもあるスライムだなんて……弟が砂妖魔(サンドマン)っていうのも珍しいし、これは会ってみたいわねぇ。森には似つかわしくない魔物だけど」

「陛下。伝説の"暴風竜"の子であるというレトラ殿に、くれぐれも軽率な言動はお控え下さいますよう……我が子が謂れ無き中傷を受けようものなら、この私であっても怒りに我を忘れる気持ちは理解出来るのですから」

「貴方それ、エリューンちゃんの前では言わないのよ? ますます敬遠されちゃうわ」

「ますますとは何ですか!」

 

 エラルドとエルメシアは、血縁上は叔父と姪の関係である。

 だが、エルメシアの父親に当たるエラルドの兄は、エラルドが生まれる遥か昔──二千年以上の歴史を持つ魔導王朝サリオン開国前に帰らぬ人となっている。

 そしてそのサリオンを興したのが、初代にして現皇帝エルメシア。エルメシアにとっては叔父のエラルドですら、年端も行かぬ子供のようなものなのだ。

 

「大丈夫よ。エリューンちゃんのお友達だって言うし、嫌われるようなことはしないから。ちょっと面白い噂話を聞いたことだし、実際に会って確かめたいと思っただけよ」

 

 ちなみにエラルドの娘エレンとは従姉妹同士であり、たまに国に帰ってくる彼女とはお茶会を開く間柄だ。その事実を羨ましがって渋い顔を見せるエラルドの親バカ具合に肩を竦め、エルメシアはその表情を支配者のそれへと変える。

 

魔国連邦(テンペスト)とは友好的な関係を築くべきだわ。エラルド、魔王リムルは油断ならない相手よ。貴方が街道の権利を巡る交渉で出し抜かれてしまったように、魔王リムルは利権の重要性を理解している……元"異世界人"としての知識と、それを最大限に活用出来る絶大な権力で、あの国が世界に及ぼす影響は今後ますます大きくなっていくでしょうね」

 

 その言葉に、エラルドも緊張の面持ちで身を引き締めた。

 今回の魔国訪問は、皇帝自らの外遊という国を挙げての行事となる。エルメシアの身辺警護は言うまでもなく、国内の十三王家の中にもこれを好機と良からぬことを企む者がいないとも限らず、全てに目を光らせねばならないエラルドの負担は相当なものだ。

 だがこれは、そうしたリスクを背負ってでも為さねばならない重要な問題だった。決して、日頃から暇を持て余している皇帝が退屈を紛らわせるための行事ではない、のだから。

 

「フフ、魔王リムルとは長いお付き合いになりそうだし……いっそのこと、一緒に悪巧みでも出来たら素敵なのにねぇ?」

「……い、胃が…………」

 

 エラルドの眠れぬ夜は、まだまだ終わりそうにない。

 

 

 

 

 

 *****

 

 

 ドワーフ王国、武装国家ドワルゴンにて。

 英雄王ガゼル・ドワルゴは己の執務室に籠り、思案に耽る。

 

 先日、魔国連邦(テンペスト)首都リムルの近郊で、魔王リムルの勢力と聖人ヒナタ率いる聖騎士団(クルセイダーズ)が激突するという大事件が起こった。各国の諜報部がこの騒動に気付かぬはずもなく、ドワルゴンの暗部も当然その情報を掴んでいる。

 ただし、戦場に巻き起こったという非常識な魔素嵐の影響で、監視魔法や魔法道具による映像記録はほぼ役に立たず、決着を見届けることは叶わなかったとの暗部からの報告。

 

 後日正式に発表された──聖人ヒナタと魔王リムルが引き分けたという情報を、ガゼルは鵜呑みにはしていない。魔王リムルと配下達は、人類最強とされる聖騎士団(クルセイダーズ)を圧倒し、一人の犠牲者も出さぬまま勝利した可能性が濃厚だとガゼルは見ていた。

 

(リムルめ、聖人ヒナタに勝利しようとはな……)

 

 弟弟子の恐るべき成長に、ガゼルは内心にて笑う。

 他にもリムルの思惑通り、ファルムス王国では新王エドワルドが失脚し、英雄ヨウムを王とした新しい国家が誕生しようとしている。クーデターが起こったばかりの国の様子も慎重に探らせてはいるが、民衆は思いの外安定しているとの報告を受けていた。

 

 ファルムス及びその周辺諸国における、魔国連邦(テンペスト)の評判も悪くはない。

 それはドワルゴンを含めた各国による世論誘導の賜物でもあり、上々の成果と言えるのだが……その中で寄せられた情報の一つに、ガゼルはとある違和感を覚えた。

 

 魔王が治める魔物の国は、聖なる砂の魔物によって守られている──という噂話。

 

(それは……レトラのことであろうな?)

 

 あの国にいる砂の魔物は、ガゼルの弟弟子の一人でもある砂妖魔(サンドマン)のみ。

 それが何故か、人々の間では聖なる魔物と形容されているらしいのだ。現実にも、聖属性の魔物は確かに存在するのだが……

 

(一体何があった? 人々が魔物を聖なる存在として讃えるなど、何者かの先導無しでは有り得ぬことだぞ……我が暗部でも、そこまでの誘導はしていないはず)

 

 ドワルゴンの暗部には、レトラが人類の敵対者ではないと世間に認識させるよう情報操作に当たらせている。それはブルムンド、サリオンでも同様のはずだった。だがここへ来て、更にどこかの勢力がレトラの擁護のために手を回している……その印象が拭えないのだ。

 

(まさか、ルベリオスが関わっているとでも言うのか……?)

 

 信じ難いことだが、有り得ぬ話ではなかった。

 ルミナス教の総本山である神聖法皇国ルベリオスが、ドワーフ王国を友に成り得る人類として認めるとの声明を発表したのは、つい最近の話だ。亜人であるドワーフの国ドワルゴンは人類にも魔物にも平等な立場であったため、ルミナス教の教義に反するとしてルベリオスとは互いに干渉を避ける関係であったと言うのに、突如としてのこの反応。

 それだけでなく、ジュラ・テンペスト連邦国との国交樹立と、期限を定めての不可侵条約の締結発表……ここまでの変わり様に、疑いを持つなと言う方が無理な話だろう。

 

(では魔国は……聖教会と、神聖法皇国ルベリオスと手を組んで動いていると……?)

 

 周囲に誰の目もないことを幸いとして、存分に笑みを零す。

 相変わらず思いも寄らぬことをするものだが、これは直接リムルを問い詰める他はない──と決意して、ガゼルはテンペスト開国祭の日を心待ちにするのだった。

 

 

 

 

 




※リムルもレトラも犯人を知りません
※今回の更新期間では準備編を終わらせますが、あと一話あります



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