転スラ世界に転生して砂になった話   作:黒千

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117話 賽は投げられた

 

 急ぎ足で廊下を抜け、警備兵に声を掛けて会議室に入る。

 リムルや幹部達はほぼ揃っていたが、会議までは少し時間があるため、着席している者は疎らだ。迷宮にいるヴェルドラ達、ファルムスに遠征中のディアブロ達、まだ幹部ではないミョルマイル(皆には紹介済み)などは、今回不参加。

 間に合った、と安心した俺は一番奥の席へと歩く。

 

「お、来たかレトラ…………あれ? お前、」

 

 俺に気付いたリムルが、金色の目を丸くした。

 あ、リムルでもわかるんだな、と感心していると──

 

 カラァン……! と、木製の何かが床に転がる音がした。

 皆の席にお茶を置いて回っていたシュナが突然、空のお盆を取り落として──目眩を起こしたかのように、その場に崩れ落ちたのだ。

 

 シュナの異変に、会議室は騒然となる。

 お茶の配膳を手伝って近くにいたシオンが慌ててシュナを抱き起こす。急いで席を立ったリムルやベニマルが、シュナの元へと駆け寄った。もちろん俺もだ。

 か、風邪か? まさか過労? シュナは働き者すぎるから、日頃の無理が祟って……? そう考えながらシュナの傍に蹲ると、潤んだ瞳が俺を捉えた。

 

「っ……レトラ様…………」

「うん、シュナ。ゆっくりでいいよ、どうしたんだ?」

「レトラ様、の……」

「俺の?」

「御髪が……」

 

 俺に目を向けたシュナは、声を震わせながら──

 

「レトラ様の……御髪が、短く……!」

「俺の髪が短く!?!?」

 

 それは、ほんの十五分くらい前の出来事だった。

 執務室で仕事をしていて、そろそろ会議室へ向かおうと立ち上がった俺の肩から、はらりと落ちてきた砂色の髪筋。そこで、ふと思ったのだ。

 俺の髪、長くない? と。

 

 今更ながら、こんなに長くなくてもいいかと考えた俺は、リムルのように長かった髪をその場でバッサリ切った。九歳児の姿だった時より短いと思う。しかしまあ、俺の顔は美少女を極めた造形をしているため、あまり短すぎるのも似合わなそうなので、ヒナタくらいのショートヘアにしたんだけど…………

 

 それでシュナが倒れたの!? 何で!? 

 説明を求めたいのは山々だけど、それが原因だって言うなら──

 

「じゃ、じゃあ髪伸ばせばいいんだな!? いいよ、ホラ!」

 

 サラァァッ……と流れる砂色。

 ショートにしたばかりの俺の髪が、元通りのロングになった。俺は全身砂だし、ウィズが付いてるし……依代の髪の長さも、こうしてスキルで自由自在なのである。

 

 

 

「大変申し訳ありません……少々取り乱してしまいました」

 

 元に戻った俺を見て、ぱちりぱちりと大きな瞳を瞬かせていたシュナは、やがて恥ずかしそうに立ち上がり頭を下げた。体調が悪いわけじゃなかったみたいだ。良かった。

 

「それじゃ聞くけど……何で、俺の髪が短くなったらシュナが倒れるの?」

「え、えぇと──」

 

 何故か動揺したシュナの目が、そっとリムルへ向けられる。

 ん? 何? どういうことだ……? 

 

「あーレトラ……順を追って説明するよ。皆も一旦座ってくれ」

「順を……?」

 

 そんなに込み入った話なのか……とは思ったけど、とりあえず従う。

 シュナを心配して人だかりを作っていた皆が各々の席に着き、いつもの幹部会議のような空気が戻ってきた室内で、リムルは静かに話し始めた。

 

「ちょうど、今日の会議で話題にしようと思ってたことなんだが……知っての通り、もうすぐ謁見式と開国祭があるだろ。これまで付き合いのあった範囲外からやって来る魔物と、そして人間に向けてのお披露目の機会ってことになる」

「うん」

「そこでだ。レトラ、お前の立ち位置をちょっと考え直した方がいいと思ってな」

「俺はリグルド達と一緒に儀仗兵やるよ?」

 

 儀式用の礼服でビシッと身嗜みを整え、謁見の間で玉座の周りを固める兵だ。国相の役職に就く俺は、宰相のリグルドとセットになっておけば間違いない。

 だが、話の流れからすると、リムルはそうは思っていないようだった。

 

「お前……最近この周辺諸国の間で、自分が何て呼ばれてるか知ってるよな?」

「ん、んー…………」

 

 上がってくる報告はリムルと共有しているため、もちろん俺も知っている。

 "魔国の守護聖"、と囁かれている砂の魔物の存在を。

 

「あのさ……あれホント誰が呼んでるの? 俺は聖属性じゃないんだけど?」

 

 聖属性の魔物と言えば、代表格は天使族(エンジェル)……その他にも、トレイニーさんの持つ"聖魔核"が、トレイニーさんの霊気とリムルの妖気を同量ずつ合わせて作られていることから考えると、ドライアドは元々聖属性の魔物っぽいよな。

 

「リムル様、レトラ様。それに関して御報告が」

「何だ? ソウエイ」

聖騎士団(クルセイダーズ)との交戦の折、町の上空に留まるレトラ様の砂が、町中や街道上から目撃されていました。人間の目撃者も多かったことから、人間達の間では『聖なる力が魔国を守護している』と噂される事態になったようです」

「あーあれ神々しかったね……俺も見た……」

 

 他人事のように言っているが、あれは俺が意図したものじゃないので仕方ない。たまたま夕方というジャストタイミングで、空を覆う俺の砂が薄明に照らされて浮かび上がり、首都リムルを包み込む光のカーテン、という神秘的な光景が作り上げられたのだ。あれは聖なる力に見えるわ……違うけど……砂だけど……

 

「ていうか、何で俺の砂だってバレたんだ?」

「あれは何かと人間に尋ねられた町の住民達が、レトラ様の"砂の加護"と答えたそうです」

「おおう……」

 

 ドヤ顔で語る皆の姿が目に浮かぶようだった。あの時、俺が町の守りに就くことは、混乱を防ぐ意味で住民達にも伝えられていたそうだし、別に隠すことじゃないんだけどさ。

 

「それで"魔国の守護聖"か。ウチではそんな指示は出してないが、もしかしたらガゼル達がそういう方針で動いてるのかもな……情報操作を頼んでる手前、こっちから口出しするのは気が引けるし、今後会ったらそれとなく聞いてみるよ」

 

 リムルがそう約束してくれたので、任せることにする。

 っていうか俺が軽い気持ちで言い始めた"砂の加護"、いつの間にか他国にも広まってたのかよ! 俺のやったことが本当に全部跳ね返って来てて笑えない……! 

 

「それでなレトラ、国外でこれだけ評判になってるお前は、どうしても魔国にとって大きな存在なんだよ……イメージアップが上手く行ってる今が、更なるチャンスだと俺は睨んでる」

「具体的にどうしろって?」

「お前には、俺の隣に座ってて貰いたいんだ」

「隣? でも、リムルは玉座に座るから──……」

 

 俺の脳内に、謁見の間の見取り図が表示される。

 リムルの隣って言っても、玉座の隣には……玉座しか…………ん!? 

 

「あれ!? 玉座が二つある!?」

 

 い、いつからこうなってた!? 謁見の間とか、普段全く使わないから忘れてたけど……執務館が建てられた時ってこうじゃなかった気がするよ!? 

 

「言っとくが、俺の我侭ってわけじゃないからな? お前が国の発展と外交と防衛の面でやってきたことは、対外的に見てデカすぎるんだよ……これだけの功績を残してるお前は英雄扱いで然るべきなのに、国相ってだけじゃ明らかに足りないんだ」

 

 良くも悪くも、俺は目立ち過ぎている。特に、人間達の襲撃から国を守るために戦った王弟の英雄譚……あれが美談として広まっているのは魔国にとってプラスだが、俺の評判が高まりすぎて、実際の俺をショボイと思われたらマイナスに転じる可能性もあるのだ。

 そこで噂話に負けないよう、俺を玉座に置いて箔を付けようってことか。

 

「お前は嫌がるかなって思ったんだが……政治にはこういうハッタリも大事だ。仕事だと割り切ってやってくれると助かるんだが、どうだ?」

 

 うーん……やったことの責任を取ると決めたのは俺だし、俺の密かな都合からしても決して悪い話じゃない。むしろメリットの方が…………って、待てよ? 

 

「リムル、ここまではわかったけど……髪の話は?」

 

 ちょっと忘れかけていたが、今の話と、俺の髪がどう繋がる? 

 今まで理路整然と話していたリムルの視線が、急にウロウロし始めた。何故。

 

「それはだな、その……玉座に座るんだったら、衣装もそれなりに豪華なものじゃないと不自然だろ? それで、お前の衣装をシュナ達に頼んでおいたんだ…………」

 

 だから何で、目が明後日の方向を向いてるんだ……? 

 持って来てくれ、と呼び掛けられたシュナが一礼して会議室を出て行く。

 少し経ち、数名のゴブリナを連れたシュナが戻って来た。ゴブリナ達が運んできたのは、マネキンのような人の形をした土台に着せられた、数着の衣装。

 

 上品に開いた胸元に、リボンを結んだような肩紐や、揺れる花弁のような袖。締まったウエストの切り替えから、華やかなレースがふんわりと重なって広がるスカート…………

 鮮やかな色取りの、煌びやかな、これは…………

 ドレ……ス…………? 

 

「……リムル……?」

「お、おう?」

 

 想定よりも低い声が出て、リムルがビクリと肩を揺らす。

 俺の衣装って言ったよな……リムルの隣の玉座に座る……ドレス姿で……? 

 それは……つまり…………? 

 

「……もしかして、リムルは……俺に"姫"をやれって言ってる……?」

「い、いや! そうじゃなくてだな」

 

 リムルが勢い良く首を振る。

 態度だけは殊勝に見えるが、全くちっとも信用ならない。

 

「俺は本当に、お前に隣にいて欲しいだけで……衣装はシュナ達に任せてたから、まさかこんなことになってるとは最近まで知らなくて……!」

「でも、知っても止めなかった?」

「う……」

 

 気まずそうに俺から目を逸らしたリムルが、小声で。

 

「……お前なら、似合うかなーとは……少しだけ」

 

 砂の身体である以上、錯覚だとは思うけど。

 俺の中で、ぷちん、と何かが切れた。

 

 

 

 

   ◇

 

 

 本当に、本当に、俺にそこまでの他意はなかった。

 俺の狙いは、レトラに説明したものの他にもう一つ……俺とレトラとヴェルドラを、三体同格として強く世間に印象付けること。

 魔王達の宴(ワルプルギス)でも感じたが、レトラの身を守るためには、手を出したらヤバイと相手に思わせることが鍵となる。魔王の俺と"暴風竜"ヴェルドラと同格だなんて奴を狙おうと考える馬鹿はいない……煩わしさが減るだけでも恩の字だし、レトラの平穏のためにも必要だと思ったから決めたのだ。

 

 レトラは国主である俺を立てるため、常に注意を払いながら仕事に徹してきた。絶対に配下に名付けをしないのも、俺派とレトラ派で国が分裂する可能性を徹底的に排除するためだろう。真面目すぎるぞ。

 今回も体面を気にしてレトラが渋るかもしれないという危惧があったので、先に準備を進めておき、レトラを説得しようという形を取ったわけだが──

 

 まさかシュナ達が、レトラにドレスを用意しているなんて想像していなかった。知った時には仰天したが、着飾ったレトラは可愛いだろうなとも思った。

 以前から、レトラが姫扱いを嫌がっていることは知っていたのだ……でも、レトラは俺の我侭を結構聞いてくれるし……あわよくばと、思ってしまったのが甘かった。

 

 

「絶ッ、対、に────嫌だッッ!」

 

 全力の拒絶と共に、バキンッ! とレトラの背後に亀裂が走った。

 分厚いガラスを叩き割ろうと言うかのように、不吉な音を立てて空間が軋む。こ、これは、例の『境界侵食』か? 空間を繋げた先に『風化』の砂を運ぶという…………

 

「そんなことしろって言うなら、俺もう、こっちに出て来ないから!」

「あ……!?」

 

 止める間もなく、サラリと崩れたレトラが空間の裂け目の向こう側──『天外空間』に吸い込まれ、亀裂と共に綺麗に消えた。残ったのは、しんとした静寂のみ。

 幹部達は全員が硬直していて、誰にも動く余裕などなかったようだ。

 唯一、腰を浮かせかけていた俺だけが、無言で椅子に座り直した。そして机に両肘を突き、組んだ両手の上に額を置いて項垂れる。

 

「どうしようレトラが引き籠った」

 

 っていうか怒らせた。どうしよう。

 俺の呟きに、まず我に返ったのはベニマルやリグルド。

 

「リムル様……! レトラ様、怒ってましたよ!? 早く謝った方が……!」

「レトラ様と連絡は……!?」

「『思念伝達』してるけど無視されてる……」

 

 恐らく、レトラの先生に妨害されている。取り次いで貰えない感じだ。

 シュナは拒否されたのが意外だったようで、オロオロとした困惑顔だった。

 

「ど、どうして……レトラ様もリムル様も、いつもわたくし達の作った衣服を喜んでお召しになってくださいますのに」

「シュナ、あのな……一部の服に関しては、俺達は喜んで着てるわけじゃないんだ……」

 

 シュナ達が恐ろしいほどの意欲で製作している、ワンピースとかフリルとか、巫女服とかナースとかボンデージとか……ああいう類の衣装を着せられる際、俺もレトラも基本的に目が死んでいる。断り切れないのは、シュナ達が「御二方のために心を込めてお作りしました」と完成した衣装を嬉しそうに持って来るからだった。

 

「そんな……申し訳ありません、わたくし共は全く気付かず……!」

「いや、ちゃんと断らなかった俺達も悪いんだ。良い機会だから言っとくよ、確か今……スク水の開発に取り組んでるよな? あれが完成しても絶対着ないからヨロシク」

 

 レトラも嫌がると思う、と付け加えておく。シュナはしゅんと肩を落としたが、今後は俺達を着せ替え人形にするのを少し控えてくれれば有り難い。

 ゲルドやガビル、ベニマルといった武人達は、レトラに対して同情的だった。

 

「リムル様……今回の件も、レトラ様にそのような格好をして頂く必要はないのでは……?」

「その通りですぞ。男子たるもの、譲れぬ領分があるでしょうからな」

「レトラ様はいつも御自分を男だって言ってますし……無理に女の着物を着せるのは酷ですよ」

 

 ド正論である。ぐうの音も出ない。

 うん、無理強いは良くないよな……わかってるよ……

 

「シュナ様の作る衣装は素敵ですし、レトラ様にも絶対にお似合いになると思いますが……レトラ様が嫌と言うなら、私は我慢出来ます!」

「ええ、とてもお似合いでしょうけれど……大切なのはレトラ様の御意思ですもの」

 

 シオンやリリナの女性陣は、残念そうにはしていたがレトラの味方だ。

 まあ、ドレスはあわよくばと思っていただけだし……俺の目的が達成されるのであれば、嫌がるレトラに姫役までやってもらう必要はない。

 

 会議室にはガヤガヤと意見が飛び交い、レトラに謝るしかないという結論になった。まずは『先見之王(プロメテウス)』に平謝りでも何でもして、どうにかレトラに繋いでもらう覚悟だ。誠心誠意謝れば、レトラも聞く耳を持ってくれるはず……あれだけ頭に来てても怒りに任せて暴れなかったレトラは、やっぱり優しい奴なのだ。

 

「よし……! 何とかレトラに謝ろう! ドレスは着なくていいって──」

「ちょっと待ったああ──!」

 

 突然ドアが開き、会議室に乱入者が現れた。

 警備は何をして……って、入って来たのはレトラだった。そりゃ顔パスである。

 

「レトラ……!? 何でドアから」

「カッとなって帰り道用の砂のこと忘れてて……髪切った時の砂が執務室に零れてなかったら、すぐに戻って来られないところだった……」

 

 目印の砂がないと自分の亜空間から出て来られない、とかいうあれか? 

 何を気軽に死の綱渡りしてんだ……と言ってやりたかったが、さっきまでブチギレていたレトラが平然と歩いて来て俺の隣に座り直したその様子は、異様と言えば異様だった。

 静まり返って成り行きを見守る幹部達の前で、レトラが口を開く。

 

「ごめん、俺やっぱり姫様やる」

「は?」

 

 あまりの急展開に二の句が継げない。

 たっぷり間を空けてから、俺はようやく反応した。

 

「……あれから三十分も経ってないんだが、何があったんだ?」

「考え直したんだよ! 『思考加速』使って、実質一週間くらい悩んだ!」

「そこまで真剣に悩まなくても……」

「……仕事ってことならいいよ。"姫様業務"なら、やってもいい」

 

 そう言いながらも、レトラの顔はめちゃくちゃ不本意そうに顰められていた。

 

「リムルが言ってたことはわかるよ……俺の撒いた種だし、上手く利用出来るなら俺もそうしたいと思ってた。イメージ戦略なら、王弟より姫様の方がウケが良いだろうし……俺は開国祭の間、"姫様業務"でリムルの横にいることにする。噂と同じだ、こっちから姫とは言わないけど、勘違いするのは勝手だよ」

 

 でも、と呟いたレトラが、キッと顔を上げる。

 

「一つだけ覚えといて欲しい……"姫様業務"はやるけど、俺は姫じゃない! もし冗談でも俺を姫って呼んだら、二度と名前呼ばないし話し掛けないし返事しないし挨拶もしない! そのつもりで!」

「…………!?」

 

 レトラの眼光には壮絶な凄みがあった。これはマジだぞ……

 幹部達にもそれが伝わったようで、"もし"の話だと言うのにかなりの人数が青褪めている。本当にそんな罰を受けるとなったら、死んだ方がマシと思う者もいるだろう。俺もだ。

 

 レトラの要求はその場で受け入れられた。魔国の兵や住民達にも周知し、間違っても国外の者にレトラを姫だと吹聴しないよう指導することも決まった。今ここにいない幹部やそれに準ずる者達には、レトラが自ら伝えるそうだが……そんなわけで、レトラは開国祭で"姫様業務"に就くことになったのだ。

 

 

 

 

「いいか皆。もう一度確認するぞ」

 

 会議室から場所を移し、家具や調度品の少ない広々とした多目的ホールに集まった幹部達の顔を見回しながら、俺はゆっくりと告げる。

 

「もうすぐレトラが姫の格好してやって来るが……テンションが下がり切ってるのは目に見えてる! レトラのためにも、今回あいつには姫役として頑張って貰いたいんだ。レトラのやる気を削ぐようなことは絶対に言うなよ!」

 

 会議室に運び込まれたドレス群を見て、こういうのは着たくない……と苦々しげに零したレトラに、シュナは他にも用意した衣装があると告げ、一緒に部屋を出て行った。レトラがシュナ達と身支度を整えている間、俺達はこちらの部屋で待機している。

 

「レトラが可愛いのは当然だ、言わなくていい。どんな衣装だろうが似合うに決まってるし、美しいとか綺麗とかそういうのも全部駄目だぞ。思ってもいいから口にはするな。やっぱり姫やめるってレトラが言い出したら、また振り出しだからな……」

「じゃあ何を言えばいいんっすか……リムル様が手本を見せてくださいっす!」

「うっ……」

 

 ゴブタの指摘は尤もだが、俺にも何を言えば良いかなどわかっていない。

 幹部達は、またレトラが国のために自分を抑えたことを心配する様子だった。リグルやソウエイもレトラを思ってだろう、生真面目な表情の中には憂慮が感じ取れる。

 

「本当なら、レトラ様にあまり御心労をお掛けしたくはないんですが……」

「それには賛同するが、レトラ様御自身がお決めになったことだからな」

 

 嫌ならやらなくていいぞ、だなんて最早言えない空気になっているので、せめてレトラがこれ以上疲弊しないようフォローしてやらなくては……と思うのだが。

 そうこうしているうちに扉が開き、シュナやゴブリナ達が現れる。その静かな達成感に満ちた顔から、ああ姫様仕立てのレトラが渾身の出来なんだな、ということはすぐに察せられた。

 

 そして部屋に入って来たのは──紛うことなき一人の姫君だった。

 

 それはドレスではなく、和装。真珠のような淡い光沢のある薄い着物が何枚も重ねられ、レトラの華奢な身体を包んでいた。帯も含めて全体的に柔らかい布地が使われているようで、堅苦しい感じではなくふわふわとした印象を受ける。大事なものを幾重にも包むと言われる和の文化は、着物にも通じるところがあるのかもしれない。

 

 先程ショートカット騒動のあったレトラの髪だが、きっとシュナはいつもの長さに合わせてレトラのドレスを作ったのに、突然髪を短くされたもんだから倒れたんだろう。

 サラサラと流れる砂色の髪の一部が細く髪紐で括られ、翡翠の玉で留められている。そして頭の髪飾りは、交易で手に入った貴重な白蘭貝を削り出したものに、繊細な金銀糸の曲線が花開く優麗な一品で、ドルドの本気が垣間見えた。

 

 何だ天使か。知ってたけどな。

 そうは思うも、過ちを犯すわけにはいかないので黙る。

 

 俺以外の面々も、恐らくは俺とほぼ同じ思考を辿ったか、レトラの姫様姿の衝撃に頭が飛んでしまったかのどちらかで、誰も声を発しない。

 その間に、レトラは俺達の目の前を横切って、部屋の真ん中に用意された椅子に腰掛けていた。唯一惜しいのは、レトラの表情が物凄い勢いで死んでいることだが……まあそれも、憂いを帯びた儚げな姫君の演出に一役買っているだけである。

 

「あ、あー……レトラ」

 

 まずは俺がレトラに声を掛けてやらねばならない。

 座るレトラに近付いたは良いが、何を言うべきかは不明瞭なままだった。何かないか、レトラの気分を変えてやれるような……軽い世間話でもいいから、何か……! 

 

「その服…………動き辛そうだな?」

 

 リムル様……! と、オーディエンスから心の叫びを感じた。それは正解なんですか? 言っていいヤツなんですか? と。大丈夫だ、俺もマズイと思ってるから。

 レトラはジッと俺を見上げると──

 

「そうなんだよ、動き辛くって! 何枚着るんだよって文句言いたいし、下手に動いたらすぐ着崩れるし! もー着るだけで疲れた! 本当に大変だった……!」

 

 あ、正解だこれ。

 苦労に同調してやるのがポイントだったようだ。

 

「で、着終わってから全身砂にして……着物にも『砂憑依』を使うことにしたんだ。これなら一瞬で支度出来るし好きなように動けるし着崩れしない! 何ならこのまま修行も出来る!」

「快適そうで良かったな」

 

 こいつのことだから、少し気が紛れれば機嫌を直すだろうなと思っていたが……既にかなり持ち直してくれているのは助かった。いや、これぞ俺の狙い通りなのだ。

 

「でもリムル……俺だったから良いけど、一言目に動き辛そうって言うのはナシだと思うよ」

「知ってる」

 

 

 

 

   ◇

 

 

 衝動的に会議をボイコットした俺は『天外空間』に引き籠り、ウィズに頼んで全ての外部連絡をシャットアウトしてもらった。俺の砂漠に砂でかまくらを作り、もそもそと中に潜り込んで、どんよりしながら『思考加速』を使って考え続けること、体感で約一週間…………いや、三日くらい経った辺りで、そういえば、と俺は気付いた。

 

 今まで祭りの準備に浮かれてきた俺だが、ずっと考えていた問題がある。

 それこそが、開国祭にやって来るマリアベル・ロッゾの注意を、確実に俺に引き付けるための方法だった。

 

 マリアベルの本来の目的は、魔国の要人を精神支配し、この国を意のままにすること。リムルを支配しようとしたが難しかった原作とは違い、この世界には俺がいるので……恐らく、精神支配の標的になるのは俺だろう。マリアベルの理想としては、俺を『強欲者(グリード)』で操って、リムルとヴェルドラをロッゾの好きに動かす──ってところだろうけど。

 

(俺にそこまでの価値はあるか……?)

 

 正確には、()()()()()()俺に利用価値を見出しているかどうか。

 ヴェルドラと俺の親子関係は、"日曜師(グラン)"だったグランベルにもルミナス経由で知られているはず……人々の間では俺達の番疑惑(デマ)も囁かれているし、ヴェルドラに影響を与えようとするなら、俺に利用価値はあると言えるだろう。

 で、リムルと俺が兄弟なのは周知の事実だけど……ここがちょっと弱い気がする。常識で考えて、弟を支配すれば兄を操れるって思うか普通? 思わないよな? なので、リムルが俺を同格の存在だと世間に広めるつもりでいるのは、渡りに船でしかなかった。

 

 更には俺の"姫様業務"。

 俺が姫でいれば、ロッゾの姫君マリアベルは俺に近付きやすくなる──

 

(考えれば考えるほど、条件が揃ってる…………ここでやるしかない)

 

 ユニークスキル最強と描写されていた『強欲者(グリード)』に抵抗出来るのは、その上を行く究極能力(アルティメットスキル)の所有者のみ。原作で狙われたのはリムルだけだったから何も起こらなかったが、もしマリアベルが他の誰かを狙った時──この国には、マリアベルに抵抗出来る者の方が少ないのだ。冗談じゃない、危険すぎる。マリアベルが他の者を狙う理由はなさそうだが、何が何でも俺にだけ目を向けさせておかなければならなかった。

 

 リムルの隣? 上等だよ。

 開国祭の期間中、俺はリムルの一番近くにいて、リムルと同等の立場であることをアピールし続ける……姫様に扮しておけば、リムルより弱々しい印象を与えることも可能だろう。こいつなら支配しやすそうだと、マリアベルが思ってくれれば万々歳。

 不確定要素の俺が絡むと、物事は思い通りに行かない可能性の方が高かった。それなら、二度と後悔しないためにも、打てる手は全て打っておきたい。

 

 さあ、餌は俺だ。

 喰い付いてくれよ、マリアベル。

 

 

 

 




名前:レトラ=テンペスト
種族:砂夢魔(サンド・メア)
加護:暴風の紋章
称号:"魔国の守護聖"
魔法:なし
アルティメットスキル:
先見之王(プロメテウス)』……思考加速、解析鑑定、並列演算、森羅万象、未来予見
旱魃之王(ヴリトラ)』……万象衰滅、天外空間、境界侵食
ユニークスキル:
砂創作家(サンドアーティスト)』……質料操作、創造再現、自然構想
夢現者(マドロムモノ)』……精神感応、精気吸引
固有スキル:
『砂憑依』『法則操作』『万能結界』
『万能感知』『魔王覇気』
『強化分身』『万能糸』
耐性:
痛覚無効、物理攻撃無効、捕食無効、自然影響無効、状態異常無効
精神攻撃耐性、聖魔攻撃耐性
必殺技:砂呪縛(サンドカース)(スキル)


※準備編が終わりました。本編の続きは漫画版24巻発売後です。
※次回は小ネタ集の予定ですが1~2週ほどお待ちください。部屋に工事が入りそうな流れなんですが、見積もり取ってから考えないと……


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