その
砂は相変わらずちんまりしている。周囲に転がる石に『風化』を使って効率良く砂を集めるようになり、当初よりは砂の量も増えたが、我から見ればまだまだ小さき者よな。
だが、砂は我に似て勤勉なようで、己のスキルで何が可能かという試みに余念がなかった。その甲斐あって、ユニークスキル『
そして色々と砂を弄るうち、エクストラスキル『砂操作』は──ユニークスキル『
イヤイヤ、何を言っておるのかなコヤツは?
スキルが進化した? ユニークスキルになっただと? 各々が魂の形に沿って生み出すはずの個有の能力を、エクストラスキルから進化させたとは一体どういうことなのだ……?
それほどの強い願望……あるいは、コヤツの魂には元から──
(ちょうど今、こういうスキルが欲しかったんだよ! これがあれば俺、人間の姿になれると思う……!)
まあ良い、砂が喜んでいるのなら何でも構わん。
人間に似せた砂人形を作り出し、それを依代にするつもりだと砂は言う。
どうせなら我のように竜の姿を取っても良いぞ、という提案を断られたのは残念に思うが……元人間である砂が人の姿を求めるのは、わからんでもないからな。
ユニークスキル『
(うーん、難しい……俺、こんな顔だっけ? 子供の頃の顔とか覚えてないな……)
岩壁に寄り掛かる、人間の子供程度の大きさの砂人形。未完成なのは頭部のみで、砂が周りを行き来しながら作業を続けているが、どうやら難航しているようだ。
それまで邪魔せずに見守っていた我も、見かねて声を掛ける。
(おい。我が手伝ってやろうか?)
(ヴェルドラが? どうやって?)
(人間の子供の顔を作れば良いのだろう? 何、悪いようにはせん。そうだな、まずはその頭をもう少し小さく……頬には丸みを持たせるのだ)
(こ、こんな感じ……?)
(ふむ、それで進めるとするか。次に目鼻口の配置だが、全体的に狭めに──)
我に従い、砂はサラサラと少しずつ人形を弄った。
我からの指示は、もう少し大きく、あと少し下側へ、僅かばかり小さく、いや元に戻せ、という手探りのものだったが、作業は毎日毎日根気強く続けられた。
(そうだ、目はパッチリと大きく……待て、大きすぎてもイカン! 最適な比率というものがあるのだ、全てを整えねばならんぞ! 口元をやや小さくしてみよ……いや、やはり先程の方が良いな)
(あのー、もう何日も調整ばっかりなんだけど……そろそろ、これで良くない?)
(ならぬ! 我が監督するからには完璧に仕上げるのだ、ほれ、頑張れ!)
(うぐー……!)
砂は面倒臭がって投げやりになっておったが、とんでもない! 他でもないお前の依代となるのだぞ? 手を抜けるわけがなかろうが! くっ、我がユニークスキル『
そして、更に時は流れ──
(こ、これでどうだヴェルドラ……! まだ変なとこある……?)
(フム…………よし、いいだろう! 完成だ!)
(や……やったー! 出来た! もうやだ! 俺もう二度と顔なんて作らない!)
調整に調整を重ね、また重ねて重ねて重ねるくらいの膨大な作業を経て、とうとう砂人形が完成した。特に、最後の微調整を十回ほど繰り返してしまったのは我も悪いと思っている……砂には苦行だったようだが、よくやったぞ!
ヴェルドラ! と、岩の裏から人影が飛び出してきた。
作り上げた砂人形に『砂憑依』を行った砂が、簡素な布を身体に巻いて我が前に立つ。
(どうかな、俺人間に見える?)
幼い子供の姿だった。砂と同じ色合いの髪が、ふんわりと丸みを帯びながら小さな頭を覆っている。顔の輪郭は子供らしく、頬はふっくらと柔らかそうで、形の良い小さな鼻や口が最高の比率で配置され……何よりも印象的な大きな瞳が、キラキラと琥珀色に煌めきながら我を見上げていた。
素晴らしい、素晴らしいぞ……!
これぞまさに、我が理想を完璧に網羅した造形美!
まあ、コヤツは先に子供の身体を作っていたので、今のところは顔付きも幼いが……将来的には成長するであろうし、必ずやとてつもない美の体現者になると我は予言しよう!
我が人間の美醜に詳しいのは、それを姉上達から嫌と言うほど叩き込まれてきたためである。何の意味があるのか理解出来ず、反発する度にぶちのめされていた我は、結局は美の知識と感性を身に付けてしまったわけだが……それがまさか、このような形で役に立つ時が来るとは! まったく、人生とは何が起こるかわからぬな……こればかりは、姉上達に深く感謝せねばなるまい……!
(よくもまあ、ここまで我好みの人間を生み出せたものよ。お前が成長した暁には、この我が娶ってやろうぞ、クァーハハハ……!)
すっかり良い気分で宣言した我に──この砂というヤツは。
(あ、いや俺男なんで……)
などと、わけのわからぬことを言いおった。
男だからどうだと言うのだ? 大体、砂に性別があるのか? 我の場合、不滅の"竜種"故に生殖能力はなく、従って性別もないのだが……それでも兄上は伴侶を得ていたぞ?
しかし、我の伴侶となることをコヤツが良く思っていないのは伝わった。フム、性急すぎたかもしれん……我とて今まで番について考えたことはなかったし、知識不足のまま砂を説得出来るとも思えぬ。この話題にはしばらく触れぬ方が良かろうな。
そう判断した我は、その件をそっと保留にしたのだった。
不思議なことにその砂は、ここを離れたいとは一度も言い出さなかった。
人間の姿を作ってからも、砂を集めたり操ったり、記憶した砂人形を『造形』する練習をしたり……そしていつもと変わらず、我と話をしながら時を過ごすばかりだ。
この洞窟の外にも世界があることは当然理解していよう。前世が人間だったなら、人間の住む場所へ行ってみたいと思うこともあるだろうに。
もしかすると、動けぬ我に気を遣っているのかもしれぬ。
以前であれば我も、砂が去って行ったらどうしようと考えたことがあったが……我はあと百年はこのままであろうし、砂をずっとここに縛り付けておくのも忍びない。たまに戻って来て話し相手となってくれれば、我はそれで良いのだ。
問題は、砂を一人で行かせて良いのかということだが……そうだ、名を付けてやるのはどうだ? そうすれば、我の加護を授けてやれる。名付けはそう気軽に行うべきものではないが、共通の名を与え合うのであれば力を失うこともないしな。
だが、砂は"名無し"。それも考えてやらねば……ウーム……
ミ、リ……いや、どこかで聞いた響きだな?
では、リ……ム……これも少し違うような気がする。
それならば…………
…………レ……ト、ラ…………?
うむ、レトラだ! レトラが良い!
これ以外には考えられぬ良い名だ、流石は我よ! クァーッハハハハ!
我は喜び勇んで、砂に名付けを持ち掛けたのだが──
(いらないよ)
我、ガッカリ。
何故か砂は、頑なに名付けを拒否した。我のことが嫌なのかと少し、いやかなり落ち込んだが、砂はそうではないと言う。しかし、理由は終ぞはっきりとはしなかった。
これではダメだ……我はついていてやれぬというのに、加護もないまま外へ放り出すなど!
どうしたものかと思案しながらも、居心地の良い日々は続く。
そして、砂との出会いから三月ほど経ち──
我は、生まれて初めての"トモダチ"を得ることになったのだ。
ある日のことだ。
我らの居るこの場所へ、何かが近付いて来る気配があった。
一体何者だ? 並の魔物では、我から漏れ出た瘴気に耐えられぬはず……念のため、砂には岩陰に隠れているようにと告げ、我は用心深くその者を出迎える。
なんと、その正体はスライムだった。
(……とまあ、そういう訳で! 超大変だったんすよ!)
周囲が見えていなかったスライムに『魔力感知』を教えてやり、『念話』でしばらく会話をして──そのスライムがここへやって来た経緯を聞いた。前世では人間として生き、死を迎え、いつの間にかこの世界へ転生していたのだと…………
…………砂も同じ経緯を辿っていたな? 異世界からの転生者は珍しいと思っていたが、そうでもないのか? 封印されている我が知らぬだけで、最近流行っているのかな?
そのスライムは我に向かって、「俺と友達にならないか?」などと抜かしおった。スライムの分際でよくもとは思ったが、我にそんなことを言い出すヤツは初めてである。
断ったらスライムが泣きそうだし……我は大きな気持ちで引き受けてやることにした。
(仕方がない、我がトモダチになってやるわ。感謝せよ!)
(ああ、よろしくな!)
ふむ、トモダチ……トモダチか。悪くない。
三百年にも及ぶ退屈が嘘のように、近頃の我は新鮮な体験ばかりしているな。
しかも、前世の話を聞く限り、そのスライムと砂は同郷のようだった。
同じ世界の同じ国に生まれた人間同士が、死後揃って異界へ渡り魔物に転生するとは……そして二体が生まれ直したのは、我の封じられたこの洞窟。一体どんな確率でそんなことが起こるのやら……ここまで来ると、我らには余程の縁があるとしか思えぬわ。
その時、我は決めたのだ。
我が友となったスライムに、我の砂を託して送り出そうと。
そして我は、スライムに"リムル"、砂に"レトラ"という名を授けた。
これが我ヴェルドラと、リムル、そしてレトラ──同じ"テンペスト"の名を持ち三体同格の存在となった、我らの始まりの出来事なのだよ。
こうして我は、ヴェルドラ=テンペストとなった。
しかし我は封印されたままであるからして、外に出られるわけではない。
我はここに残り、心穏やかに二人を見送ろうと──うん、思っておった。初めは確かにそう思っていたのだが…………我は今、リムルの『胃袋』の中にいる。
リムルは生まれながらにユニークスキル『捕食者』を所持していたそうで、我を丸ごとその『胃袋』に収め、『無限牢獄』を破るための解析に協力すると言い出した。
まったくふざけた能力だが、こちらとしても願ってもない話だったので、我はリムルの『胃袋』に入ることを了承したのだ。
リムルの中からこっそりと周囲の様子を窺う。
我の居なくなった空間に、スライムと砂山が佇んでいるのが見えた。
(まあ何だ、元気出せって。ヴェルドラはすぐに出てくるって言ってただろ)
(……そうだな。ヴェルドラのこと、頼むよ)
心なしか、レトラの元気がない。ウム、レトラよ、我も辛いぞ。
封印が解けるまで、恐らく我らは会うことはおろか話すことも叶わぬだろう……だが案ずるな。我は今後も、『無限牢獄』を解析する合間に『
レトラは人間形態の『造形』にまだ慣れていないためか、砂の姿で地上を目指すことにしたようだ。ただし、今まで砂山であった姿をくるくるとまとめ始めて……出来上がったのは、リムルそっくりの丸いスライム。フム、砂漠地帯で発生するという砂スライムだな。
その時、リムルの意識にふっと「きな粉もち」なるイメージが過ぎったが……何せ一瞬だったので、詳細は不明である。砂スライムに似ていたが、あれは何だったのだろうか?
二人は、互いのことについても語り合い始めた。
やはり同郷であるからだろう、人間だった頃の話が多い。何でもリムルはサラリーマンというやつで、多くの人間達と共に働いておったそうだな。それと漫画やアニメなどという、非常に興味をそそられる話題でも盛り上がっていた。話について行けぬことが何だかとても悔しいぞ!
レトラの話は、我も聞いたことのある内容だった。
(え、じゃあお前、お祖父さん達と暮らしてたのか?)
(うん。母方のじいちゃんとばあちゃんの家で)
(……ご両親は?)
(俺が小さい頃に…………)
(いや、いい、いいよ。変なこと聞いて悪かった)
レトラの前世の親は、いなくなった、のであったな。人間の事情はよくわからぬが、そういうこともあるのだろう。我も、兄上とはもう長いこと会っておらぬしな……
リムルは遮るようにレトラを止めると、少しの間沈黙した。
(…………苦労したんだな)
(そう、なのかも。運無いなあって、自分でも思うよ)
レトラの思念は以前のように乱れることなく、静かなものだった。
恐らく意図的にであろうが、リムルが明るい調子で言う。
(だったらレトラ、お前はこれから俺の弟ってことにしないか?)
(……お、弟? いいの?)
(この見た目なら誰から見ても兄弟みたいなもんだろ?)
そうだな、ちょうどよく似た形のスライムとなっておるし。
初めは戸惑いを見せていたレトラがその申し出を受け入れたことで、二人は"兄弟"となったようだ。リムルのヤツめ、人をたらし込むのが上手いことよ。
しかし、レトラよ……何故リムルの弟になるのは良くて、我の伴侶は渋るのだ!
※ヴェルドラさんが『胃袋』にINしました
※後は二人を見守るだけなので、サクサクめを心掛けます