転スラ世界に転生して砂になった話   作:黒千

139 / 197
④シズ~イフリート

 

 じゅううう…………

 と、鉄板の上で肉が焼ける音がする。

 ただの四角い鉄の板に、このような用途があったとはな……! 

 

 テントの中で鉄板を囲んでいるのは、四名の冒険者。森で魔物に襲われていたところを見回りのホブゴブリン達に保護され、リムル達が建設中の町へ案内されてきたそうだ。

 リムルは人間とも仲良くしようと考えているので、その者らを持て成すことにしたようだが……味覚のないリムルやレトラは、焼肉を楽しむ四人を羨ましそうに見ておった。

 

 我も非常に気になっている。ドワーフに鉄板の用意を依頼したリムルとレトラが、「焼肉喰いたいなあ」「たこ焼き食べたい」「焼きそばもいいな」「大判焼き」「お好み焼き」「いつになったら食べられるかな……」「そうだな……」などと哀愁漂う会話をしておったが、世には様々な鉄板焼きの食べ物があるのだな。食事をしたことがない我でも、とても美味そうに感じるぞ。

 

 ところで冒険者の一人、顔に火傷の跡がある黒髪の女は──リムルがドワルゴンで占って貰った"運命の人"であった。あの時、水晶に姿が映し出された時も思ったが、我が過去に出会った"勇者"にどことなく雰囲気が似ておるような……何か縁でもあるのだろうか。

 

 シズと名乗ったその女は、リムルやレトラと同郷の者だった。リムル達のような"転生者"ではなく、その身のままでこちらの世界にやってきた"異世界人"。それも、魔王レオン・クロムウェルによって召喚された"召喚者"であるとか。

 そのレオンとやらは我が封印されている間に魔王の一人と成った新参者らしく、我は会ったことがない。しかし、魔王が戦力を得るために儀式召喚を行ったのなら、"召喚者"の魂には絶対服従の呪言が刻まれるのが常のはずだが──この女の魂にそのような気配はない。魔王レオンは、どういうつもりで召喚を行ったのであろうな? 

 

 リムルとレトラは、そのシズという女と長い時間話し込んでおった。

 互いの生い立ちやここへ来た経緯、故郷の様子など、積もる話はあるだろう。聞こえてしまうものは仕方ないが覗くのも無粋と思い、その間、我はそっと聖典(マンガ)へ意識を向けることにしたのだった。

 

 

 

 異変があったのは、翌日のこと。四名が町を発とうとしていたその時、シズという女が苦しみ出した。爆発的に増大する妖気(オーラ)と──これは、炎系の上位精霊の気配。

 シズとやらは、その身に炎の巨人(イフリート)を宿す精霊使役者(エレメンタラー)であったのだ。

 

 人間の世界では英雄と呼ばれる実力者のようだが、どうやらイフリートに主導権を奪われ、力が暴走しておる様子。今や姿形さえ炎の巨人(イフリート)へと変質し、膨れ上がった妖気(オーラ)と殺意がその場の者達に向けられている。

 三名の冒険者は、絶望的な反応を見せた。確かに、人間共にとってイフリートは脅威であろうな。しかしその者達は、敵わぬとわかっていながら、仲間であるシズのためにイフリートと戦うことを選びおった。天晴れな心意気である。

 

 我からすればイフリートなど小者なのだが……リムルの『胃袋』の中にいるので何も出来ぬのが口惜しい。炎の最上位精霊であるイフリートが相手では、リムルやレトラでも少々苦戦するのではあるまいかと思いながら、我は戦いを見守ることにした。

 

 

 

 ほう、レトラのヤツめ! 

 空中に広がるレトラの砂が炎撃を阻み、更にはそのまま『風化』で炎を掻き消した。レトラは今、『砂操作』と『風化』を同時に行使しおったのだ。

 

 スキルの同時制御には、かなり高度な技術を要する。よく考えると『砂工職人(サンドクラフター)』と『渇望者(カワクモノ)』という、ユニークスキルの複数発動となるので、実はレトラはとんでもないことをやってのけたのだが……本人にその自覚はないのだろうな。「出来た!」などと呑気に喜んでいるのが容易に想像出来るわ。元々エクストラスキルとして所有し、レトラに馴染んでおった『砂操作』だからこそ扱いやすかったのかもしれんが、それにしても見事である! 

 

 しかし、『渇望者(カワクモノ)』も並のユニークスキルではないな……? あの『風化』は、単なる破壊ではない。あれに掛かれば炎だろうと何だろうと、対象を根源物質にまで戻す"還元"が行われる。あれは物理法則に止まらぬ、特殊法則によって動いておるぞ? あのようなスキルがこの世に存在するとはな……

 ともかく、レトラの『風化』は"接触"が条件のようなので、これまでの戦闘ではよく体当たりのような攻撃をしておったが、『砂操作』と組み合わせることで、遠距離攻撃の利点である安全性も確保して戦えるようになったわけだ。素晴らしい成長だな、ウムウム。

 

 

 

 リムルの方も負けてはおらぬ。 

 精神生命体であるイフリートに通用する攻撃手段を持っていなかったリムルだが、女冒険者の放った魔法"水氷大魔槍(アイシクルランス)"を『捕食』したと思ったら、一瞬で『解析鑑定』を行い、魔法を習得しおったのだ。いやはや、デタラメであるな。

 しかもそれは、氷系上位魔法の"水氷大魔散弾(アイシクルショット)"として強化されていた。放たれた氷の散弾が、サラマンダーやイフリートの分身体を消滅させる。

 

 何でも喰らう『捕食者』で取り込んだものを、高い解析性能を持つ『大賢者』で自分のものとする──リムルはとんでもなく相性の良いユニークスキルを、同時に所有していることになる。特に『大賢者』の演算能力は、我の『究明者(シリタガリ)』にも匹敵するのではなかろうか? 

 

 想像以上に、レトラやリムルの戦闘能力は高い。

 心配など全く要らなかったようで、我は一人満足しながら外の様子を眺めていたが──次第に、ちょっとした不満が心の奥底から顔を出す。

 

 誰かに話したい…………

 この感激を、誰かに語って聞かせたい……という願望である。

 我と同格のアヤツらが只者でないのは当然にしても、その凄さを真に理解しているのが我だけというのは、些か勿体無いのではないか? 

 

 だが、それを話そうにも相手がおらぬ。『大賢者』は用のある時しか声を掛けて来ぬし……というか、アヤツはリムルから『無限牢獄』の解除を命じられているためか、我が雑談を持ち掛けても、それより『解析鑑定』に専念しろと喧しいのだ。

 

 くっ……どうにかならぬのだろうか? 

 何処かにいないか? 我の話し相手に最適な誰か、誰かは……! 

 

「悪いなイフリート。俺に炎は効かないんだ」

 

 外では決着が付こうとしていた。

 既にその場にレトラはおらず、負傷した人間達をランガに乗せて退いた後のようだ。

 "炎化爆獄陣(フレアサークル)"の影響を『熱変動耐性』で打ち消したリムルの『粘鋼糸』が、イフリートを捕らえる。そしてリムルは、ユニークスキル『捕食者』を用いて────

 

 

 ────あ、いた。話し相手。

 

 

 

 

 

 

「というわけでな、封印されておった我の目の前で生まれたのが、砂妖魔(サンドマン)のレトラである! そしてスライムのリムルがやって来て、我々は"テンペスト"という共通の名を持つ、三体同格の存在となったのだ! いやあ運命的な出会いであった、我は持っておるな」

「はあ……」

「炎を掻き消したレトラの技術には、目を見張るものがあったであろう? レトラは砂を操るのを得手とするのだが、この短期間にこの成長ぶり、将来有望すぎて怖いくらいだ。貴様の炎もなかなかであったぞ、レトラを吹き飛ばすとは良い度胸だが気にすることはない、レトラは転がっただけで全く効いておらんかったしな! クァハハハ! しかしあの冒険者達の方は……まさかあれしきの衝撃で動けなくなるとは……人間とは、我が思うよりずっと脆弱なのだな?」

「はい……」

「そしてリムルだが、スライムが突然魔法を使って驚いたか? あの場で魔法を習得するのだからこの我も驚いてしまったわ。あれが我が盟友リムルなのだよ! まあ、己の耐性を忘れておるなど迂闊なところもあるにはあるが……ああイヤ、貴様の"炎化爆獄陣(フレアサークル)"は『熱変動耐性』を持つリムルには効かぬのだ。つまり、初めから貴様の敵う相手ではなかったということだな!」

「その通りかと……」

 

 正座しつつ相槌を打つ、炎の上位精霊イフリート。

 リムルがイフリートを『捕食』したのを見て、我の居る空間に呼び寄せてみたのだ。

 我は早速、三体の出会いからこれまでの出来事……直近のイフリートとの戦闘まで、全てを繰り返し語り倒した。そろそろ一週間くらい経ったであろうか。休憩しよう。

 

 

 ポヨンポヨン、とリムルがテントの一つに入る。

 そこには寝台で眠るシズという女と、傍らの椅子に腰掛ける人間形態のレトラがいた。イフリートの騒ぎが収まった後から、ずっと続いている光景である。

 

「あれから、レトラは浮かぬ顔ばかりしておるな……どうしたと言うのだ?」

「目を覚まさないシズを気遣っているようですね」

「いくら同郷とは言え、つい最近知り合ったばかりの者だぞ? 何かがある度に生死を気に掛けて塞いでおっては、レトラが持たぬだろうに」

 

 やがてシズという女が目覚めたが、もう長くはないようだった。

 シズは己の歩んできた軌跡を語った後、リムルに頼み事をした。その一つが、死してこの世界の輪廻に取り込まれることに耐えられぬと……ならばリムルに『捕食』され、ここで終わりを迎えたいというものだった。

 

 その言葉を聞き、レトラは泣いておった。我には理由はわからぬ、わからぬが……恐らくは、そうまでして世界を拒むシズを思ってのことだろう。

 シズはもう碌に力も入らぬのだろう手で、涙を流すレトラの頭を撫でる。

 

「本当に優しい子……いいんだよ、君は君の人生を、幸せに過ごして…………優しい君が傷付きませんように。若くして命を落とした君が、幸せになれますように」

 

 そして、リムルはシズの願いを聞き入れた。

 教え子達のことや、魔王レオンのことも同様に。ありがとう、とシズが笑う。

 ユニークスキル『捕食者』が発動し──シズの魂は、リムルの中へと還ったのだ。

 

 

 

 

「あのシズという者、逝ってしまったな」

「そうですね」

「イフリート、お前は何か思うことはないのか?」

「いえ、特には」

「そうか。お前はあの者に長く憑依していたようだったからな」

「私はレオン様の御命令で、召喚されたばかりの幼い井沢静江(シズエ・イザワ)に宿りました。シズとは存在の主導権を巡って争い続けてきましたが、私に自我と呼べるものはなく……今日までの時間を、短いとも長いとも感じたことはありません」

 

 イフリートは淡々と語るのみだが、それもおかしなことではない。

 精霊と人間では、生きる時間も考え方も異なる故に、相容れぬのも当然の話だ。イフリートが魔王レオンを崇拝しているのに対して、シズは奴を恨んでいるようだったしな。

 

「ただ……ああして伏せるシズを見るに」

 

 何だ? と促す。

 イフリートは、変わらぬ口調で言い添えた。

 

「シズにとっては、長い月日であったのだろうか──とだけ」

 

 訪れる、暫しの沈黙。

 それを破ったのはイフリート自身だった。

 

「……いえ、何でもありません。常に反発し合ってきた私に推し量られるなど、シズには屈辱でしょう。同郷のリムル様やレトラ様に看取られたシズは幸運であったと」

「イフリートよ」

「はい」

「我は最近、他者との関わり方というものを学んでいるところなのだが……相手の気持ちになって考える、とは案外重要なことらしいぞ」

「は? はあ……」

「相手の内に思いを馳せることが侮辱とは思えぬ。我にも確かなことは言えんが……考えを放棄する必要はない。それも、シズへの手向けの一つとなるかも知れんぞ」

「……ありがとうございます、ヴェルドラ様」

 

 シズの魂がリムルに取り込まれた際、こちらの隔離空間に来ぬかと声を掛けることは可能だったが──やめておいた。あれが、シズが自分自身で納得し、選んだ最期なのだから。

 やはり我には理解出来なかったが、その選択を尊重してやることは出来る。

 それを、我からの餞としよう。

 

 

 

 

 リムルとレトラは、シズの仲間の冒険者達にもその死を伝えた。流石に神妙な空気になっておったが、無理もない。死者を悼むという、人間達の風習なのだろう。

 その後、冒険者達は元の町へ戻って行った。森の調査に来ておったそうだし、その報告に加え、シズの死を人間達に知らせるのは奴らが適任であろうからな。

 

 リムルもレトラもいずれはシズの死を乗り越え、元気を取り戻すはずだ。

 なので我は我で、元気に過ごしていようと思う。

 

「よし、イフリートよ! 今再び、我ら三体の出会いから語ってやろうではないか!」

「はい。お願い致します」

「……ム? どうした、やけに殊勝だな? ついこの間は何度か、『その話はもう充分……』などと言っておったのに」

「私の訴えを、まあまあ、と全て無視し続けたのはヴェルドラ様ではないですか」

「まあまあ……して、どのような心境の変化なのだ?」

「また無視を……いえ、ヴェルドラ様のお言葉に感銘を受け、私も他者との関わり方を学ぼうと思い至りました。まずは相手の気持ちになって考えるということを意識し、新たな観点でレトラ様やリムル様のお話を伺ってみようかと」

「ほう? 見上げた向上心だな。良かろう、協力してやるぞ!」

 

 イフリートの許可は得た。

 そこから我は思う存分、語りたいことを語り尽くし──イフリートは我の話から多くのことを学び取るという、互いに実りのある時間が続いたのだった。

 

 

 

「なるほど、リムル様もレトラ様も、前世の最期ではお辛い思いをされたのですね……特にレトラ様は、幼い頃から多大な苦労をされた御様子。いつかご両親が迎えに来るのを待っていたというレトラ様が真実を知った時の嘆きは、如何ばかりだったかと……」

「そ……そうだな?」

 

 ただ、真剣に考察を重ねるイフリートが、何というか、我と同じかそれ以上にレトラに入れ込んでおるような気もしたが…………

 

「ヴェルドラ様やリムル様がレトラ様を庇護しようとするお気持ち、私にもわかります。シズが願ったように、この世界では、レトラ様には幸せに過ごして頂きたいものですね」

 

 まあ良い、イフリートは話のわかるヤツである。

 では貴様にも、共にレトラを庇護する権利をやろうぞ、イフリートよ! 

 

 

 

 




※こうして保護者がもう一人生まれた

※漫画版24巻が9/8(金)発売とのことで、本編再開の準備のため更新を一時停止します。数日中に活動報告を出しますので、よろしければご覧ください。
追記:活動報告(8/5)を投稿しました



  1. 目次
  2. 小説情報
  3. 縦書き
  4. しおりを挟む
  5. お気に入り登録
  6. 評価
  7. 感想
  8. ここすき
  9. 誤字
  10. よみあげ
  11. 閲覧設定

▲ページの一番上に飛ぶ
X(Twitter)で読了報告
感想を書く ※感想一覧
内容
0文字 10~5000文字
感想を書き込む前に 感想を投稿する際のガイドライン に違反していないか確認して下さい。
※展開予想はネタ潰しになるだけですので、感想欄ではご遠慮ください。