転スラ世界に転生して砂になった話   作:黒千

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14話 大鬼族①

 森を駆け、戦闘の行われている場所へ辿り着く。

 そこにはリグルやゴブタ、ランガがいて……

 名付け前だけど敢えて呼ばせてもらおう、ベニマル達と戦っていた。

 

 木々の陰から戦況を窺う。

 リグル達が各々対峙している相手は俺の知る内容と同じで、他のホブゴブリンや嵐牙狼達はもう眠らされているようだ。今のところ誰も大きな怪我はしていないが、悠長なことは言ってられない。現時点でも大鬼族(オーガ)達の戦闘能力は馬鹿にならないのだ。

 

『──ッ、ゴブタ! 後ろへ跳べ!』

 

 俺からの『思念伝達』に瞬間的に反応し、舞い上がる砂に紛れて飛び退いたゴブタが、目前を掠める太刀筋から逃れた。唐突な無茶振りだったのに、何も迷わず即座に行ったな……これだからゴブタはすごい、考える前に動かなきゃならない場面でも野生の勘が見事っていうか。でも跳ぶ勢いを付け過ぎたようで、着地で足をもつれさせてすっ転んでいた。

 最後まできっちりゴブタらしいな、と安心しながら、俺はこけたゴブタの前へ出る。

 

「あ、レトラ様……! た、助かりましたっす!」

 

 ゴブタの相手である白髪のオーガ、つまりハクロウは刀を構えたまま俺を見据え、深追いしては来ない。っていうかあの爺さんやっぱり化物だった、今俺が撒いた砂を斬ったぞ。砂の幕にバッサリと裂け目が発生したのを見てしまった。達人技すごい。

 

「レトラ様! 何故ここに……危険です、お逃げ下さい!」

 

 シオンの相手をしているリグルが、俺に気付いて叫ぶ。

 あの、俺の顔見て即逃げろはちょっと……俺も戦力に数えて欲しい。

 

 俺は何もベニマル達に会ってみたいとかいう、ミーハー気分丸出しで一直線にダッシュしてきたわけじゃない。ちょっとくらいはそれもあるけど、違うんです本当です。

 大鬼族(オーガ)はBランクにも相当する森の上位種族で、そんな実力者達を相手に、皆は苦戦を強いられることになる。このままだとゴブタなんてハクロウに斬られるし、俺は回復薬を持っていないので回復してあげることが出来ない。

 だったら、リムルが来るまでの時間稼ぎは俺で良くない? と考えたのだ。

 

「我が主よ! このような醜態を晒し、申し訳ありません……!」

 

 大きく跳躍して、離れた場所で戦っていたランガが俺の傍にやってきた。

 リグルとシオンも互いに相手を牽制しながら距離を取る。

 ランガがグルル……と唸りを上げてベニマル達を睨み付け、リグルが状況を手短に説明してくれた。森の警邏中にオーガと遭遇したとか、警備隊の皆は魔法で眠らされているだけとか。

 

「それで、何でオーガと戦うことになったんだ?」

「既にあちらは臨戦態勢だったもので、そのまま……」

「じゃあちょっと事情を聞いてみた方がい──ランガ! 上の奴を!」

 

 頭上から飛来する二本の剣筋。散開した俺達のうちランガが地を蹴って飛び出し、ソウエイを迎え撃つ。そして確か、今までランガが戦っていたのはソウエイと…………

 不意打ちを逃れて離脱した俺の進行方向に、ぬっと現れる黒い影。

 なるほど、俺は誘い出されたか。

 

 クロベエの振るった大槌が俺を捉える。バシャッ! と砂の胴体が崩れるが、慌てることはない。復元するついでに俺の身体に埋まった大槌を、すかさず『風化』させておいた。

 そこへリグルが追い付いてきて、武器を失ったクロベエはその場から退く。

 

「若。俄かには信じられぬ力を持つ魔人ですが、どうやら奴は砂妖魔(サンドマン)のようですな」

 

 ハクロウの指摘を受けて、ベニマルが俺に目を向けた。

 俺の正体を見破られたようだ。まあ、さっきからガンガン砂撒き散らしてるしな。

 二人の後ろにはシュナが控えている。ランガはソウエイと、ゴブタはシオンと交戦中だ。オーガ達の名前にはまだ全て(仮)が付くのだが、省略するものとする。

 

「貴様がゴブリン共の主か?」

「ああそうだ、俺は兄のリムルと共にゴブリン村の守護者をしてる。お前達の目的は何だ?」

「目的だと……ふざけたことを聞く。それは貴様らが一番よくわかっているだろう!」

 

 ベニマルの纏う空気に怒りが籠る。質問の仕方を間違えたみたいだ。

 いや、オークの軍勢に里を滅ぼされた仇討ちってことは知ってるけど、この時点で俺がそれを知っていてはマズイ。自白のようなもんだ。知らない振りをしながら相手を刺激せず、話し合いに持っていくにはどうしたら…………

 

「ゴブリンや砂妖魔(サンドマン)が、揃ってこのような進化をするとは考えられん。やはり貴様らも、あの仮面の魔人の一味なのだろう……違うか!」

 

 違うよ。

 そう言えたらいいんだけど、ややこしいことにリムルが実際に仮面をして現れるから、仮面の魔人なんて知らないって言い逃れ出来ないんだよな……どんどん誤解が深まっていく。

 とりあえず今のうちにと、『思念伝達』をランガに繋げる。

 

『ランガ、リムルに救援要請を。もう呼んである?』

『いえ、それは……リムル様に助けを求めるなど不様な……!』

『いいから。仲間を失うよりマシだろ、お前が嫌なら俺が……』

『……承知! リムル様に伝達します』

 

 来るのが遅いと思ったら、リムルへの連絡もまだだった。

 リムルが来るまで、俺にこの場を持たせることは出来るんだろうか……?

 

「余裕だな。思案している暇があるのか?」

 

 ベニマルが不敵に笑う。

 あれ、隣のハクロウがいない──? 

 一筋の閃光のようなものが走るのを見たかと思ったら、景色がぐるんと逆さになった。瞬時に間合いを詰めてきたハクロウの刀が、一撃で俺の首を切断したのだ。切り離された頭が宙を舞う。

 近付かれたことさえ気付かなかった、こんなの本当にあるのかよ。

 

「レトラ様……!」

 

 リグルの声が聞こえる。

 ダメか……俺じゃリムルと違って、避けることも出来ないんだな。

 斬り飛ばされた頭が形を維持出来なくなり、さあぁ、と崩れた砂が空中へ散る。

 

 …………が、それでも別に問題はなかった。

 何と言っても砂の身体だ。首を飛ばされたところで砂の一部が分離しただけの話であり、俺は痛くも痒くもない。擬似的な視界を構築していたのは『魔力感知』なので、首無しだろうと周りは見える。まあ見た目が悪いので、さっさと直そう。

 

『良い腕だ。でも惜しかったな、俺に剣は効かないよ』

 

 部分的な造形には一分も掛からないが、戦闘中には大きな隙となってしまう。そこで、頭部を無くして喋れなくなってしまった代わりに『思念伝達』をその場の者達に響かせた。

 ハクロウ怖ぇ、お願いだから追撃して来ないでください……という焦りは見せないように、なるべく余裕ぶった態度で、悠然と。これが正しいハッタリの使い方である。

 オーガ達としても、頭を失っても平気で立っている俺の姿が異様だったのか、下手に動かず復元作業を凝視してくれたのは有り難かった。無事、欠けた頭を『造形』し直す。

 

「何だと……!」

砂妖魔(サンドマン)と言えど、これでは埒が明きませぬな……」

「これ以上戦っても意味がないだろ。それより話がしたいんだ、聞いてもらえないか」

「問答無用だ。魔人となるほど進化していようが、所詮は砂!」

 

 ゴオ、とベニマルの周りに熱が生まれる。

 ああうん……やっぱり、俺にはカリスマとかないよなあ。わかってたけど……

 

 よし、イフリート戦でのように、炎を『風化』させてしまおう。

 あの時の感じからすると俺は炎耐性を持っていないらしく、俺の砂は炎を溶かしながらも、炎によって溶かされてもいた。要するに、多少の砂は犠牲にしてでも量で押し切れということだ。あの時は咄嗟だったけど、今ならもう少し余裕が…………って、え!?

 

 突然、俺の目の前に飛び出して来た二つの背中。

 明らかに俺の盾になろうとしているその行動に、慌てて叫ぶ。

 

「リグル! ゴブタ! 何やってんだ危ない、下がれ!」

「出来ません! レトラ様、どうかお逃げ下さい!」

「ランガさん聞こえるっすか!? レトラ様を頼んだっす!」

 

 何このイケメン達……

 いや待って待って、何で俺を庇う!? お前らは、俺よりも死ぬ可能性高いだろ! 

 ランガも俺の元に駆け付けようとしているが、シュナの魔法とソウエイの俊敏な動きに妨害を受けている。影に潜ることもさせてもらえないようだった。

 っていうかこれ、俺が来たからリグル達を炎に巻き込みそうになってるんだよな? リムルだったらこんなことにはなってないのに。せめて二人に被害がないように……! 

 

「オーガ! 間違えるな、相手は俺だ! 仲間に手を出すな!」

「ゴブリンに用はないが……退かぬなら焼き尽くすまで──」

 

 何を言っても二人はそこを退かないだろう。

 全力でリグルとゴブタ目掛けて砂を降らせ、足止めというか、砂で埋めた。炎の直撃を受けては流石にきついだろうが、熱波程度ならば砂の壁は二人を守ってくれるはずだ。

 倒れている皆とも距離を取るように、俺はその場から駆け出す。

 

「喰らえ、鬼王の妖炎(オーガフレイム)!」

 

 俺が一度に操れる砂の量には限界がある。リグルとゴブタを閉じ込める砂の操作で精一杯で、俺の防御に回す余裕が無い、という残念な結果になっているが、俺は気合で耐えてやる……! 

 なんて、精神論ではそう上手くいくはずがなかった。

 

 巻き起こった灼熱の炎の渦に飲み込まれる。

 砂で出来ているだけの俺は、炎に焼かれる苦しみを味わうことはなかったけど。

 

 ドロリと身体の滴る感触。

 駄目だ足りない、俺の身体の砂だけじゃ、この火炎を『風化』し切れない。 

 身体の一部を失ったくらいなら俺は『造形』すれば元に戻る、でも、全部が溶けてしまったら……? 

 

《呟。依代の深刻な損壊を感知。『砂憑依』が維持出来ません》

 

「く……!」

 

 ──溶けて無くなる。

 

 感じた震えは、恐怖だったのかもしれない。

 

 

 




鬼王の妖炎(オーガフレイム)は二千度ほど(書籍より)



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