転スラ世界に転生して砂になった話   作:黒千

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⑤大鬼族~説教

 

 リムルの『胃袋』の中でイフリートという話し相手を手に入れた我は、レトラやリムルとの思い出話に精を出す。イフリートも他者への関心が出てきたばかりで、もっと話を聞きたいと望んでいたため、決して我の独りよがりというわけではない。

 

「……こうして、我とレトラは仲睦まじく日々を過ごしておったのだよ。どうだイフリート、これだけ聞けば、お前もそろそろ話を覚えてしまいそうだな?」

「はい、もう二十回ほど聞かせて頂きましたので。ヴェルドラ様がレトラ様と出会ってからの三ヶ月間については、最早リムル様より私の方が詳しいのではないかとさえ自負しております」

「大きく出たな。では、次はリムルとの出会いだが──」

 

 その傍ら、外の様子に気を配ることも忘れてはいない。

 シズエという女を『捕食』したリムルは、人の姿を取れるようになっておった。金色の瞳と、どこかスライムを彷彿とさせる青みがかった銀髪をしているが、全体的には幼いシズといったところか。我にはリムルだということがわかるので、何の違和感もない。

 

「なあレトラ。俺ってやっぱりシズさんに似てるか?」

「まあ、似てるね」

 

 テントの中で人型となったリムルを、レトラが眺めている。シズに似ているとは認めたものの、レトラも我と同意見であるようで、リムルとしか思えないと口にした。

 リムルはゴブリナ達の作った衣服で身を整え、嬉しそうに笑う。

 

「これで俺も人間になれるし、ますます兄弟っぽくなったな」

 

 ほう、二人はお揃いとなったのか……正直、羨ましい。我も人の姿が欲しくなってきたぞ? 

 精神生命体である我は、どのような姿を取ることも可能なハズなのだが、生憎と竜の姿以外にはなったことがない。人化する術を身に付けていた姉上達からも口うるさく言われておったのだが……反発心が働いておったのかも知れぬな。

 

「そうだ! 喜べレトラ、今夜は宴会だぞ。せっかく人間の姿を手に入れたんだから、美味い飯を喰わなきゃ損ってもんだろ」

 

 ますます羨ましい、と思う我であったが──

 浮かれるリムルとは裏腹に、困り顔をしたレトラが告げる。

 

「俺はその……砂で身体を形作ってるだけだから、味覚はないんだよ」

「…………あっ」

 

 リムルはシズを取り込んだために人間の味覚を再現可能だが、レトラは違うのだったな。

 それからリムルとレトラの間には、気まずい空気が流れた。封印の洞窟へ行かないかというリムルの誘いを断り、レトラは別行動を取るようだ。こんな二人を見るのは初めてで、ハラハラしてしまうぞ……我の思う以上に、事態は深刻なものであるらしい。

 

「イフリートよ……お主はあのシズエという女と同化し、数十年暮らしたのであろう? やはり、食事とは素晴らしいものだったか? なくなれば我慢出来ぬほどか?」

「さあ、どうでしょう……私は食事など不要な上位精霊ですし、まるで興味がなかったもので、その辺りの知識には欠けておりますれば……」

 

 イフリートからの返答は何の役にも立たなかった。まったく……人に同化しておったというのに、せっかくの好機をふいにするなど信じられんな。

 

「馬鹿者め! 貴様がシズの食事経験をよく観察し自らのものとしておれば、食事が出来ぬレトラの悲しみを理解してやれたかも知れぬのだぞ!?」

「た、確かに……己には必要ないからと、以前の私は何と愚かだったのでしょうか……」

「どんな経験もいずれは糧となるものだ。それを忘れるでないぞ、イフリートよ」

「ハッ……!」

 

 ム? 我にもレトラの悲しみがわからぬだろうと? 

 我には食事の経験自体がないので、その喪失を知らぬのも無理はないのである! 

 

 

 

 

 それからリムルは一人で封印の洞窟の奥深くに潜り、イフリートから手に入れた『分身体』などのスキル検証に勤しんだ。我も、最近リムルの記憶から手に入れた『将棋』なる遊戯を、イフリートと共に検証している。

 思念で描き出した将棋盤の上で、パチン、パチン、と音を出すのもまた想像力(イメージ)。イフリートはルールブックを片手に、だが熱心に取り組んでいた。頭脳明晰たる我はすぐに将棋の仕組みを理解したので、現在我の全勝である。気分が良い。

 

「参りました。流石ですね、ヴェルドラ様」

「クァハハハ! イフリートよ、ルールや定跡などに囚われておっては、真の勝負師にはなれぬと知れ!」

「いえ、定跡はともかく、ルールには従って下さい」

「そうだな……」

 

 小癪なことを、とは思ったが正論過ぎて言い返せぬ。

 その時だった。

 

《告。個体名:ランガからの『思念伝達』を確認しました。声音から救援要請と推測──》

 

 むっ!? 

 緊急事態のようだ。『大賢者』の報告を受け、リムルは急ぎその場へ向かう。

 そこにいたのは、武装した六体の大鬼族(オーガ)だった。森の上位種族と呼ばれる存在だな。

 周囲には、リムルが名付けたホブゴブリン共が多く伏せっておった。魔法で眠らされているだけらしく、我はホッとする。リムルの仲間達には、いずれ復活した我をチヤホヤさせる予定のため、このような場所で死なれては困るのだ。

 起きているのはランガと、他にはリグルやゴブタ……

 

「よくも、レトラ様を……!」

「許さないっす……やってやるっすよ……!」

 

 ん? レトラもいるのか? レトラはどこだ? 

 レトラはすぐに見付かった。少し離れた木陰でふよふよと…………ああ、レトラめ、依代を失っているではないか。我が瘴気に満たされていたあの洞窟ならばいざ知らず、地上のように魔素の薄い場所では力の流出が始まると教えただろうに。

 

「しかし、精神体のみとなっても平気で現世に留まるのが、レトラの脅威的な点よな」

「私はシズに憑依することで肉体を得ておりました。他の精霊は、召喚主との契約によってこの世に顕現することが多いようですが……」

 

 物質世界に影響を及ぼすためには、物質体が必要だからな。イフリートの言うように、憑依による受肉、または魔素で仮初の肉体を構築することもあろう。その依代を失くしてしまえば、上位の精霊や悪魔であっても存在を留めておくことは出来ぬのだ。我くらい強大な存在であれば話は別だが、レトラもかなり特異な個体であることは間違いない。

 

「レトラ様は一体どうなっているのでしょうか……?」

「レトラは生まれた時からああだったしな、魂の強度が高いとしか……待てよ、レトラは我のすぐ傍で生まれたわけで……すると、我の影響を色濃く受けた可能性も無きにしも非ず……ということは、レトラは、我に非常によく似た特別な存在なのかもしれんぞ!?」

「よくわからない、ということでいいんですね?」

 

 我は結構真面目に言ったのだが、イフリートには流された。解せぬ。

 外ではリムルとオーガ共が対峙していた。「レトラをどうした?」というリムルの問い掛けに答えたのは、リグルとゴブタ。レトラは二人を庇い、赤い髪をしたオーガの若長の炎を受けた、という経緯のようだ。

 

「ふむ、読めたぞ。レトラの作戦だな」

「それはどういった……?」

「考えてもみよ、他者のためにみすみす己を犠牲にするなど有り得ぬことだ。だがレトラの場合は、依代を失っても『砂憑依』を使えば良いと知っておるからな。敢えて炎を受け、倒された振りをすることで、オーガ共の隙を突くつもりだったのであろうよ」

「なるほど……レトラ様の知謀というわけですね」

 

 一人でホブゴブリン達を守るための策だったのだろうが、リムルが駆け付けたからにはもう何も心配は要らぬ。当然リムルも、レトラの作戦を読んでいて…………

 

「お前ら、俺の弟に手を出して……まさか無事で済むとは思ってないだろうな?」

 

 ……あれえ? 

 リムルが怒っているような……それもかなり、イヤ…………激怒している? 

 

「あ、あの、リムル様はもしや、レトラ様に気付いていないとか……」

「そ、そんなことはあるまい。リムルとて『魔力感知』を使えるのだぞ?」

 

 慌てる我らを尻目に、外では戦闘が始まっていた。

 ほんの数十秒の間に、六人のオーガを速さで撹乱し、力で圧倒し、辺り一帯を焼け野原へと変えられるであろう巨大な『黒炎』を空中に出現させたリムルは──

 

「待って! 待ってリムル……!」

「何だレトラ、早かったな。もう少しゆっくりしてても良かったんだぞ」

 

 人型で飛び出してきたレトラに向けて、そう穏やかな笑みを向けたのだ。

 そうか……やはりリムルは気付いておったのだな。自らもレトラの策に乗り、報復という建前でオーガ共を威圧して、少しばかり灸を据えてやったというわけだ! 

 

「リムル様の演技は真に迫っていましたね……私など、少し震えてしまいました」

「あの様子ではレトラも騙されていたようだな……リムルめ、演技派だな」

 

 実は我も、ちょっぴりリムルが怖かったのは秘密である。

 

 

 

 

 オーガとの間には誤解があったようで、リムル達は仇と間違われていたらしい。存外素直に謝罪してきたオーガ共を許し、宴に招くことにしたようだ。

 我ならば、最初に敵対してきた時点で奴らを始末していたであろうから……場合にもよるだろうが、相手の事情を知ろうとする努力はやはり必要なのだな。

 

 町に戻ったリムルは、リグルドという纏め役のホブゴブリンにオーガの案内を任せ、誰も近付けるなと厳命してレトラをテントに連れ込んだ。始まったのは何と──説教だった。レトラが取った作戦は、リムルを怒らせるものであったようだ。

 

「まともに攻撃もしなかったらしいじゃないか。話し合いが無理なら、やられる前にやれと教えたよな。戦えないなら、すぐに俺を呼べば良かったんだ」

 

 何かあったらどうする気だと、リムルは厳しくレトラを叱る。

 その言い分も尤もだ。相手を気遣い手加減するばかりで、それが己を脅かすことになっては意味がない。だがリムルよ、レトラは我のように存在が強固な精神生命体なのだし、何かある前に我らが駆け付けてやれば良いではないか……と擁護してやりたかったが、ここからでは我の声は届かぬ。許せレトラ。

 

「レトラ様を大切に思っているからこそ、ということなのでしょうね」

「そうだな、レトラも申し訳なさそうにしておるし……これで良いのだろう」

 

 我にレトラを託されたという意識があるからか、あるいは兄という責任感のためか、リムルは少し心配性のようだ。だが、レトラもそれを真摯に受け止め、謝っておる。二人の間できちんと意思疎通が果たされ、互いに納得する形で話が付いたなら、我らがとやかく言うこともない。昼間の気まずそうな空気もなくなっているようだし、一安心である。

 

 説教の後、二人は今度こそ面白い試みを始めおった。リムルが人間の情報を持たせた『分身体』を作り、レトラがそれを喰えば味覚の再現が可能になるのではないか? とのことだ。

 どうやらリムルは洞窟に潜っていた時、この件についても『大賢者』に相談していたらしい。我らは将棋に夢中になっていたので、気付かなかったのだな。

 

「……俺がリムルを喰う、みたいな?」

「まあそう……なるかな? 分身体だけど」

 

 二人は微妙な間を空けた後、実践してみることにしたようだ。

 テント内部に出現したリムルの『分身体』。レトラが床に広げた砂の上にそれを押し倒し、覆い被さる。サラサラと零れるレトラの砂が、徐々に、徐々に分身体を溶かしてゆき……人の形をしていた二体の姿が完全に崩れ去った後には、砂の山が残された。

 我とイフリートは、興味深くその成り行きを見守る。

 

「面白いな。スキルを上手く活用すれば、このようなことすら可能となるのか」

「ええ、思いも寄らぬ方法でしたね。しかし、レトラ様は何やらお辛そうなご様子で……どうされたのでしょう?」

「味覚を得られるとなれば、レトラはもっと喜ぶかと思ったのだがな……?」

 

 事が済んだ後、横で見ていたリムル本体が声を掛けると、砂の上に人型のレトラが現れた。だが、どうも様子がおかしいのだ。両脚を抱え込んで、しゅんと小さくなっている……? 

 

「は……背徳感がすごくて……」

 

 レトラは幼い頬を朱に染め、今にも泣き出しそうな顔をしていた。

 我にはサッパリわけがわからず、イフリートと顔を見合わせ戸惑うばかり。

 どうしたと言うのだ? レトラは大丈夫なのか? 泣くのか? いや泣くな、我が辛い。背徳感とは一体……後ろめたい? 今の何がどう後ろめたいのだ……? 

 

「……! わかりましたよヴェルドラ様!」

「何だ?」

「レトラ様は、リムル様の姿をした分身体を喰らうという行為に──」

 

 確信に満ちた表情で、イフリートは続けた。

 

「リムル様がシズを喰らった時の、辛い記憶を想起してしまったのではないでしょうか……!」

「!!」

 

 そういうことであったか……

 あの時、レトラはシズの決断に涙を流しながら、リムルに取り込まれるシズを見送った。シズに似たリムルの分身体を喰らうのだから、あの光景を思い出してしまっても不思議ではないだろう。それ故に、レトラはああやって肩を落としているのだな。

 

「イフリートよ、我よりも先にそこに気付くとは……なかなかやるではないか」

「ヴェルドラ様の御指導のお陰です。早速、私の見聞きした経験が糧となったのですから」

「クァハハハ……! いや何、お主の努力の甲斐あってのことよ!」

 

 今回の件は、我にも良い勉強となったわ。

 我々は着実に、他者の気持ちを推し量ることに長けてきているようだな! 

 

 

 

 




※彼らはとても純粋
※しばらくしたら並べ替えてヴェルドラ日記Ⅰの章に置こうと思います


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