宴の翌日、
リムルは、オーガ達に名を授けてやるつもりのようだ。やれやれ、また我の出番かな? まったく世話が焼けるが、それを少し嬉しく思う我もいる…………
《告。可能な限りの魔素量を採取致します》
容赦なし。『大賢者』よ、少しは遠慮というものを知っても良いと我は思うぞ?
名付けの結果、案の定リムルは
そこで、だ。
「クァーッハッハッハ! 見よ、イフリート!」
「ヴェルドラ様、それは……リムル様の御姿ですか?」
その通り。リムルの姿を真似て、我も思念体を変化させてみたのだ。簡易的にではあるが、念願の人型を手に入れたならば、やることは一つ……
そう宣言すると、イフリートは青褪めていた。
「まさか、この場で私と戦う……と?」
「心配するでない。思念体が砕かれようとも、死ぬ訳ではなかろうが?」
「そ、それは貴方様だけです! 私は砕かれると存在が消滅してしまいますし、それ以前に、格闘戦など今まで行ったことが御座いません!」
「細かいことは気にするな! さあ、始めるぞ!」
「わ、私の話を──」
我は思い付く限りの技を試し、洗練させ、実用化させていった。途中でイフリートが力尽き気絶してしまったが、我は鬼ではない。イフリートの回復を待って再開しようと思う。
こうして生まれたのが、"ヴェルドラ流闘殺法"なのである──!
リムルが目覚めると、
……あの、リムルよ? それはつまり、リムルはレトラと行動しない……という意味であろうか? それでは、我がレトラと共に居られないのだが……?
不満があろうと、我には何の口出しも出来ぬ。
それからのレトラは、昼にはリムルと別行動を取っているものの……夜になれば部屋に戻って来て、ずっとリムルと喋っておるのが救いだ。
「で、午後は森に散歩に行ったよ。デカい魔物が出てきたから砂にしといた」
「ああ、ベニマルに聞いたやつか……虫だったって?」
「岩だよ岩。デカすぎて虫っぽくなかったし、気持ち悪い系じゃないやつ」
ベニマルの報告は我も聞いていた。
すると、その地で何かが起こり、荒野に住むロックイーターが追い立てられてここまで逃げてきた……ということだろうか?
そして、レトラが軽く話すのでリムルも軽く流しているが、
「レトラは口で言うより大変なことをしておるのだよ……凄いであろう?」
「はい。私やあのベニマルという者の炎では、森まで燃やしかねませんからね……」
せいぜい、イフリート相手にレトラを自慢するくらいで我慢するしかない。
まあ、以前よりもレトラと行動する機会が少なくなったのは残念だが……明日はまた新しい話が聞けるのだから、楽しみが増えたと思うことにしよう!
「ああああもう! 知らない! リムルの馬鹿──っ!」
そう絶叫したレトラが、夕食時の食堂を走り出て行ったのは少し前のことだ。レトラを追い掛けて行った紫髪のシオンは、申し訳なさそうな顔で食堂に現れると……
「その、レトラ様からリムル様に……『今日は部屋に戻って来るな』……との伝言です……」
おいリムル!!
レトラが部屋に閉じ籠ってしまったではないか!?
原因は、レトラの砂スライムの身体に、リムルが断りもなく手を差し入れたことであり……レトラはとんでもない悲鳴を上げて飛び上がると、リムルを激しく非難し走り去ってしまった。我はレトラとの夜の語らいを楽しみにしておったと言うのに……何ということをしてくれたのだ!
「正確には、レトラ様と語らっているのはリムル様ですが……」
「うるさいわ! しかしイフリートよ……この事例から、とても大事なことがわかったな」
「と、言いますと?」
「相手の嫌がることをしてはならない、ということだ!」
「…………ああ、はい、そうですね。嫌がる相手を無理矢理、格闘戦の修行に付き合わせるというのも、してはいけないことかもしれませんね」
リムルには悪いが、我はこれを教訓としよう……今後もしっかり二人の観察を続け、レトラの嫌がることは全て覚えておいて、決してやらかさぬよう心掛けるのだ。そうすれば、レトラに「もう知らない」とか「ヴェルドラの馬鹿」とか言われることはない……!
「ム、そういえば今何か言ったか、イフリート?」
「いえ、別にいいんですけどね…………」
何だ、変なヤツだな?
我は早速心のメモ帳に、レトラは手を突っ込まれるのが嫌……と、記しておく。砂スライムは抱き上げるだけ、撫でるだけ、とも。
夜、リムルがハクロウという鬼人から説かれた「親しき仲にも礼儀あり」という格言からも、我の考えは正しいことがわかった。自力で真理に辿り着く我、流石だな。
ガビルと名乗る、変な
ガビルと戦うことになったのはゴブタ。ガビルのランクはB+ほど、ゴブタはCランクであるからして、実力差は明白だったのだが──何と、ゴブタは勝ちおった。
槍を投擲してガビルの虚を突き、『影移動』で後ろに回り込んでトドメの回し蹴り。ゴブタは格上のガビルに勝利し、連中を撃退することに成功したのである!
これこそが、我が
「それにしても、あのガビルとかいう
「相手の力量を見誤った原因の一つには、己への過信があったようですね」
「偉大なるドラゴンの末裔などと抜かしおって……ガビルは確かに竜の因子を持つようだが、あのようなお調子者など、我ら"竜種"には存在せぬわ!」
「えっ?」
何故か驚かれた。
我は理由を問うたのだが、イフリートが答えることはなかったのだった。
その夜、リムル達がオークの軍勢二十万への対処を話し合っているところへ、やって来たのは
リムルやレトラと挨拶を交わした後、トレイニーは
リムルは慎重に思い悩む様子を見せたが──オーク共の目的が、
「オークロードの件は俺が引き受ける。皆もそのつもりでいてくれ」
それで良い。放置しておいたら、我を敬う予定の者共に被害が出てしまう。そうなる前に、さっさとオークロードを討伐してしまうのだ!
町の者達の前で、リムルがカッコイイ椅子? 神輿? に乗せられていた。
人の姿を取るレトラは、リムルを覗き込んで楽しそうに「かがみもち」と……そういえば「きな粉もち」も含めてリムルの記憶を探ってみたのだが、どうやら食べ物のことらしいな。スライムは「もち」。我、覚えたぞ。
リムルはオークロード討伐の作戦や、戦に参加する者について説明している。もし自分達が負けたら、町の者はどのように行動すべきかなど、事細かに。
昨夜、リムルはトレイニーからの依頼をすぐには承諾しなかった。
オークロードの存在が確定したのだから、それを倒せば問題解決。あとは我の強さを見せ付け、皆からチヤホヤしてもらう──我ならばこれで完璧だと思うのだが、リムルはそうではなかったようだ。その思考を読み解いてみると、リムルが恐れているのは、町の住人へ被害が及ぶ可能性であった。
ふーむ、面倒なことよ。自分一人なら何とでもなるが、弱者を守りながらとなると、行動は制限される。チヤホヤされるには義務が付き物なのだな……我はちょっと簡単に考え過ぎていたようだ、と思いながらリムルの言葉を聞いていると、その声はレトラにも向けられた。
「そして、レトラ。お前も俺について来てくれ」
そうであろうな。この町では、リムルとレトラ、二人の
加えて、これまで何度かレトラが戦うのを見てきたが、レトラは強い。というか、あの『風化』とぶつかって無事で済むものなど在りそうにないのだ。あれは恐らく、勇者のユニークスキルに匹敵するほどの攻撃手段ではないかと──
「お前の砂は強力だ。何もかも風化させる砂を、しかも遠距離でも操作可能となれば、足止めとしてこれほど適任もいない。退却戦となった場合は、お前の力が必要となる」
だが、リムルの考えは少し違っていた。リムルはレトラの能力を防衛手段として見ているようだが……少し慎重過ぎはしまいか? 戦う前から逃げる時のことなど心配せずとも、オーク共を蹴散らしてしまえば済む話であろうに。
「リムル様は、あらゆる事態に対処可能なよう策を講じているのでしょう。最悪の想定を欠かさないのは、優れた指揮官の証と言えます」
最近のイフリートは将棋のルールブックを愛読書としておったが、我の渡した戦術書や指南書の類も読み込むようになっていた。リムルの記憶野から再現したものである。実は今、イフリートを我が参謀として育て上げる計画が進行中なのだよ。
「あるいはリムル様は、レトラ様が出るまでもないとお考えなのかもしれません。第一陣のみで充分に勝機があると見て、レトラ様には後方で備えて頂く……というおつもりなのでは?」
それならわからぬでもない。リムルは心配性だからな。それにレトラも戦場で暴れたいわけではないらしく、告げられた作戦に素直に頷いておった。
レトラが安全に守られるなら文句などないのだが、我にはどうしてもリムルの真意が気になった。そこで我は、再度リムルの思考を読み解いて……後悔した。
リムルがレトラを戦場に連れて行くのは──オークロードに敗北しリムルが喰われてしまった場合、レトラに始末を付けさせるためだと知ってしまったからだ。
「…………まさか、リムル様がそこまでのことをお考えとは」
戦術書にも載ってはおらぬ、重い覚悟。
それを話してやると、流石のイフリートも言葉を失っておった。
向かい合う我らの間に落ちる沈黙。
「イフリートよ……集団の上に立つ者とは、かくも苛烈な義務を負わねばならぬのか?」
「本には、有事の際に責任を取るものと記されておりましたが……」
「……その責任とやらは、守るべき者を傷付けてまで果たす価値があるものか?」
「……私には何とも。ただ、リムル様は、必要なことだと考えておいでなのでしょう……」
そうは言いつつ、イフリートの歯切れも悪い。
リムルの策は、レトラに協力を仰がねば成り立たぬものだ。では、そう遠くないうちにレトラがリムルの真意を知る時が来るのだろう……その時、レトラはどうなる?
間違いなく傷付くだろう。泣くかも知れん。
弱肉強食という世の掟からは逃れられぬとわかっていても──
パチン、と将棋盤の上で駒が鳴る。
「あ、ヴェルドラ様。王手です」
「グオッ!?」
くっ……! 最近本ばかり読んでおるイフリートを誘って、久々に対局をしておったのだが……ついこの間までは我の全戦全勝であったのに、イフリートめ、力を付けてきおって!
だが我も負けてはおらぬぞ。攻め込んできた桂馬を金将で華麗に……って、我の可愛い飛車駒が角行に奪われてしまっただと!? ええい、狡賢い手を!
おかしい、おかしいぞ。我が負けることなどあってはならぬ……ならぬのだ! こうなっては仕方なし。この手だけは使いたくなかったが──
「イフリートよ、腕を上げたものだな。そんな貴様に敬意を表し、我が奥の手を見せてやろう! こうして"王将"を引っ繰り返すと……」
「な、何ですかそれ……"帝王"?」
「クァッハッハッハ! この姿こそ、我が王の真なる姿よ。この"帝王"は、二度動くのだ!」
「はあ!? いや、そんな駒、ルールには──ッ!?」
「馬鹿め! 偉大なる我が、人の定めたルールになど縛られるものか!」
我が高らかに叫ぶと、イフリートは衝撃を受けた様子であった。
ククク……さあ、これからが本当の勝負よ!
「いや、まさかそんな、子供みたいな理屈……いや、違う。違うハズだ。ヴェルドラ様には何か深い御考えがあるに決まっている……!」
※竜の人そこまで考えてないと思うよ(真顔)