あれから、イフリートとの対局では負け知らず。
"帝王"ある限り、我は不敗なのだよ。
「うーん……どう王手を掛けても、二度も動かれると逃げられて……」
イフリートが悩んでいる間に、リムル達の様子に目を向けてみた。オーク共との戦に向けて装備を整えておるようだ。
そういえば先日、リムルとレトラが綺麗でフワフワした服を着せられていたのを見掛けたが、羨ましくは思わなんだな。我はもっと格好良い服が好みなのだ。姿形だけを見れば、二人とも似合っていると言わざるを得なかったが……服が気に入らなかったのだろう、どちらも顔が死んでおって気の毒であったわ。
リムルやレトラは、今度こそ格好良い服に着替えておった。鬼人達も同様で、シュナやドワーフ達の手掛けた装備は防御力にも優れておるようだ。あれは我も羨ましく思うぞ。
そして、それを見たレトラの反応が──
「うわー、おおー……皆、すっごく似合ってる! 格好良い!」
鬼人の奴らめ、はしゃぐレトラに見上げられて嬉しそうにしおって……羨ましい! 我も格好良いと言われたい! 封印が解かれた暁には、我の格好良い服も用意してもらうとしよう……!
そう決意しながら盤面に意識を戻し、我は悠々とイフリートを追い詰める。
「……負けました。やはりヴェルドラ様はお強いですね」
「クァハハハ! 貴様もなかなか上達してきたではないか」
フッ、また我が勝ってしまったか。
イフリートは我の言葉に恐縮すると、一つお願いが、と申し出てきた。
聞いてやろう、と我は気分良く頷いた──のが間違いだったのだ。
「条件を入れ替えて一局お願いしたいのです。ヴェルドラ様のように、私にも"帝王"の使用許可を下さい」
「何!? そ、それは……」
「私ではまだまだヴェルドラ様に遠く及びません。ここは一つ手本を見せて頂ければ、と」
「う、うむ、そうだな……良かろう、我が本気で相手になってやろう!」
不味い、非常に不味いことになったぞ!?
しかし、我に逃げるという選択肢はない。イフリートから感じる尊敬の眼差しも痛い。我はイフリートの挑戦を受け、その期待に応えねばならぬのだ……!
「……やっぱり、リザードマンの分が悪いな。シミュレーションゲームなら詰んでるぞコレ」
リムルの声が聞こえるが、我はそれどころではない。
イフリートが容赦なく我が陣地を攻め立てて来るのを必死に凌いでいる間に、出陣したリムル達は戦場の湿地帯に辿り着いていた。上空に浮かんで地を見下ろすリムルの呟きは、まさに今現在の我の戦況を言い表しておるかのようだ。
「王手です、ヴェルドラ様!」
ぐぬぬ。王が二度動くなど卑劣極まりない……
誰だ、そんなふざけたルールを適用させた馬鹿者は……!?
「御覧下さい。あのベニマルという男、私の炎を受け継いだようです」
余裕あるイフリートが腹立たしいが、気になるのでチラッと様子を確かめる。
なるほど、ベニマルは
それにランガも、二本角の
「ふおおぉ……カッコイイ……!」
「レトラ、レトラ。しっかりしろ、遊びに来たんじゃないんだぞ」
クッ、重ね重ね羨ましい……! レトラよ、その大技にはどちらも我の技が流用されておるのだぞ! ということは、我もカッコイイだろう? そうであろう!?
「レトラ様は一貫して楽しそうでいらっしゃいますね」
「レトラはあれで良いのだ。精神生命体は精神状態に左右されて実力を出せぬこともある……初陣だと言うのに何ら気負わぬあの態度、大したものではないか」
「しかし、リムル様はまだあの件をレトラ様にお話しになっていないようです。それを知ればレトラ様は……リムル様は、一体どうされるおつもりなのか……」
「それはだな、イフリートよ」
リムルがオークロードに喰われてしまえば、レトラは全てを背負って奴と戦わねばならぬ。レトラの『
「確かにリムルは皆を率いる者として、あらゆる可能性を考慮したのだろう。己が戦死した場合のことも冷静に、冷徹にな。だが、後を託すことになるレトラにもそれを黙っておるのは……リムルには絶対に負ける気がない、ということに他ならぬ」
「──!」
「最悪の事態とは何かを想定出来ておれば、対処についても思案出来よう。リムルは負けた時のことを考えたのではない、何があろうとも決して敗北を許さぬという心構えだったのだ!」
「な、何という思慮深さ……勉強になります」
そして、心構えならば我とて同じ。"竜種"に負けなど許されぬ!
盤上では我の敗北が濃厚だが……かくなる上は、封印解除に割いている我が『
《告。却下です》
ぶっ!?
『大賢者』め、我の行動をお見通しとは……!?
いやまあ、我としても早く復活したいのだが、こうなってしまっては致し方ないと……
《自業自得です。完成された将棋のルールを、自己都合で改変したのですから》
怒られた。
そうよな、思えばリムルの記憶にあるゲームは全て、互角の条件で勝負が楽しめるものであった。それなのに我は、負けたくないからズルをして、相手にやり返されておる……自業自得だ。我が間違っておった。
だがそれでも、この後始末を付けるためにも──我は勝ちたいと願うのだよ。
《……案。代理演算を利用しますか? YES/NO?》
仕方ないという雰囲気ではあったが、『大賢者』は我の反省と決意を理解してくれた。
我は迷いなく、その申し出に飛び付いたのだった。
ベニマル、ランガ、ハクロウ、シオン。それに、ちょこまかとしたゴブタの働きにより、戦場の趨勢はリムル達へと傾いた。
そして、我とイフリートの勝負も──決着の時を迎えようとしておるのだ。
「ま、まさか……これは、このままでは……」
イフリートが激しく動揺しておる。
我も信じられぬ気持ちでいっぱいだ。『大賢者』の指示で駒を配置し、イフリートの"帝王"を端へと誘導……二枚の香車と飛車による布陣。更には。
《──次で王手です》
我がその価値を認めていなかった最弱の駒──歩兵が敵陣地へと侵入完了し、"と金"と成る。"帝王"が二度動けようとも、最早逃げ場はない。
我が王手を宣言すると、イフリートは絶句し……投了しおった。
「参りました。この条件での勝利は不可能だとばかり……ヴェルドラ様は私に、絶対に諦めぬことの大切さを教えてくださったのですね」
「ム?」
「たった今語られたリムル様の御心構えを、実践してくださったのでしょう? 不利な立場に追い込まれることすら想定し、どんな絶望的な状況でも諦めぬ気概をお持ちであったヴェルドラ様に、物事の表面上しか見えていなかった私が敵わぬのも道理です」
良い感じにイフリートが勘違いしてくれたぞ……この流れ、乗るしかあるまい!
その通りだ、と我は大真面目に頷く。
「やはり……今後は私も何があろうと諦めず、最後まで勝利を目指すことを誓いましょう!」
「その言葉が聞きたかった。これで、我が無茶なルールを定めた甲斐もあろうというものよ。"帝王"のルールは最早必要あるまいて」
うむうむ、完璧に誤魔化せた。
イフリートからの尊敬も深まったようだし、言うこと無しである。
さてリムル達は、と目を移すと──
戦場に、ゲルミュッドと名乗る魔人が乱入してきおった。どうやら、オークロードやガビルに名付けをしたのはあの者らしいが……魔王だの計画だのと情報をダダ漏れにしており、どうしようもないほど哀れな男のようだ。
しかもゲルミュッドは舐めたことに、自分の子も同然であろうガビルに向かって
だが、もうゲルミュッドに先はない。里を奪われた鬼人達が激怒しておるし、リムルもレトラもそれを止めたりはせぬ。ヤツが魔王の手先であることはわかったので、生かしておく理由もない。手下の証言など、知らぬと言い張られれば証拠とは認められぬからな。
その昔、女吸血鬼の都を吹き飛ばした時も、我は知らぬと突っぱねた……ところが驚いたことに我は信じてもらえず、大変な目に遭ったものよ。
「信じてもらえると思っていたのが、逆に驚きなのですが……」
「そうか……? まあ、そういうこともあるだろうし、終わった話だ」
「それを終わった話で済ますのはちょっと……」
結局、ゲルミュッドは相応の末路を辿ることとなった。
オークロードは『
《──成功しました。個体名:ゲルドは、
これは厄介なことになったぞ。考えてみれば我、先程の対局で歩兵が"と金"と成った際、オークロードにも何か起こるのではないかと一瞬心配になったのだよ……これではまるで、オークロードが進化することを予言したかのようではないか?
「リムル様の知識にありましたが、そういうのを"フラグ"と言うらしいですね」
「すると、この状況は我が生み出したようなもの……封印されて尚、我が意思は世界をも動かしておるようだな……」
「ヴェルドラ様がそれでいいのなら、私に文句は御座いません」
イフリートの反応にちょっと引っ掛かるものがあったが、気のせいだろう。
だが、真なる魔王へと至る途上の"魔王種"は、並の魔物や魔人とは比べ物にならぬ存在だ。自我を取り戻した魔王ゲルドは、鬼人達やランガによる怒涛の連続攻撃を凌ぎ切ってみせた。流石よな、そうでなくては面白くないわ。
「いえ、面白いとか面白くないとかではなくてですね……ここでリムル様が負ければ、ヴェルドラ様も死ぬと思うのですが……?」
「まあな。我が魂はここで消滅し、どこか違う場所で再び"暴風竜"が生まれる。新たな魂が宿った我の自我は、今とは異なるものになっておろうがな! クァッハッハ!」
「……ってそれ、笑い話ではないのでは!?」
「我はリムルを信じると誓った。ならば、後はヤツに任せておれば良いのだ。もしもここで敗北するようならば、それはそういう運命だったのだよ」
我の言葉に驚くイフリート。
我としては、貴様は自分の心配でもしていろ、と思うのだが──
「案ずるなイフリート。言ったであろう、リムルには
「それは……レトラ様のために、でしょうか……?」
「そうだとも。ここでリムルが死ねば、レトラはどうなる? リムルや我がいなくなり、レトラだけが取り残される……そのような事態、我らは断固として許してはならぬのだ!」
そのためにも、ここでヤツを倒さねばならん。
完全回復を果たした魔王ゲルドの前に進み出る、一つの影。
やはり、貴様しかおるまいて。
「──なあそうだろう、リムルよ!」
リムルとゲルドの戦いは熾烈を極めた。
観戦する我らの、やったか!? というフラグによる二転三転の攻防の末──『捕食者』と『
リムルに喰われゆくゲルドの事情も、ほんの少し垣間見えた。奴は『
我は『捕食者』に囚われたゲルドの魂を呼び寄せようとした。同胞達の行く末を見届けたくはないかと。だがゲルドは、もう満腹なのだと誘いを断り、リムルの中で眠りに就いた。
あの者もまた、リムルを信じて全てを託したのだな。
そしてリムルは、魔王ゲルドとの約束通りオーク共の罪を引き受け──自らが盟主となって、ジュラの森大同盟を結成しおった。
現実を知らぬ夢物語としか思えなかったが、リムルならもしかしたら……と、ワクワクした気持ちになった我が、そこには確かに存在したのだ。
「レトラ、早速手伝って欲しいことがあるんだが」
「いいよ、何?」
「実は今から、急いで十五万のオークに名付けをしなきゃならないんだ」
だからリムルよ!!
名付けにレトラを巻き込むなと言っておろうが……レトラが消滅するぞ!?
何故戦いの終わった今頃になって、レトラの身を案じねばならぬのか……しかも何故いつもレトラを消滅させそうな原因がリムルなのだ……まったく、ハラハラさせおって!
「わかった、隣で応援してる!」
「…………」
ウム、決して判断を間違わぬレトラは賢いな。
というか、十五万体の名付けなど我の
ともかく、我の魔素が消費されずに済むのだから気楽なものよ。
何日も掛けて行われた名付けの最後、魔王ゲルドの副官であったオークに対して、リムルは"ゲルド"の名を継ぐように言い放ち──
「ギャババババ!」
「お気を確かに、ヴェルドラ様!」
くそが! またも我の魔素を奪いおって!
せめて一言相談が欲しかったぞ、『大賢者』……!
飽きもせず
※ヴェルドラの「ギャバババ!」好き