ジュラの森の騒乱は終わり、リムルとレトラは町へ戻った。
オーク軍との戦のために途中になっていた開発も再開され、また以前のように賑やかになっておる。この魔物の町が完成したら、我もここに家を建てよう。
ところであの戦以来、レトラには何やら心境の変化があったらしい。詳しい事情はわからぬが、リムルに隠れてコソコソと何かやっているようなのだ。夜にリムルと話している時も、今日はハクロウと日向ぼっこしてきた、とか漠然としたことしか言わぬし……
「あいつ、何か隠してるよな……でも、無理に聞き出そうとしてウザがられてもなぁ……」
これは町を歩くリムルの独り言だが、我もそう思う。そこが難しいのだよ。
今日は午後から建設現場を巡っていたリムルは、夕食を取るため食堂へと向かった。そこでは配下の魔物達がザワザワとしており、リムルが何事かと尋ねたところ──
「え? レトラが帰って来ない?」
「はい、リムル様……もうすぐお夕飯の時間ですのに……」
「誰か護衛は付いてるのか? ……クロベエが? じゃあ、鍛冶工房で長話でもしてるとか」
「俺が見てきましたが、今日はずっと留守のようでした」
シュナやベニマルの表情には陰りが見える。
ふむ、護衛はクロベエか。リムルや鬼人達の刀を打った、腕利きの鍛冶師だな。レトラは武器を持たぬが興味はあるようで、クロベエにもよく懐いておったはずだ。
「ソウエイ、見回り中に何か見てないか?」
「……申し訳ありません。現在、分身体を用いて捜索に当たっておりますが……レトラ様が町にいらっしゃらないことは確かなようです」
蒼髪のソウエイは、『分身体』や『影移動』を受け継いだのだったな。
リムルが確認のため周囲に『魔力感知』を巡らせるが、やはり町の中にレトラの反応はない。慌てたシオンが森へ探しに行くと言い出すのを、落ち着けとリムルが止める。
そんな夕暮れ時の騒動を、我とイフリートは『胃袋』の中から眺めておった。
「ウムウム、レトラは皆に慕われておるな」
「しかし、あの者達は少し狼狽え過ぎではないですか……? 今までになかった事態なので心配にもなるでしょうが、レトラ様はお強いのですし、何をそこまで……」
「イフリートよ、貴様もまだまだ感情には疎いようだな」
ここは一つ、我が解説してやらねばなるまい。
先日の話だが、レトラと鬼人達が少々妙なことになっておった。鬼人達による毎日の護衛任務を、突然レトラが不要と断じおったのだ。その時の奴らの青褪めようと言ったら……ベニマルやシオンなど、文字通り死にそうな顔をしておったぞ。
レトラに嫌われてしまった──などという事実は全くなかった。レトラとしては、鬼人達の業務を減らしてやろうと考えただけのようだ。誤解を解きにやって来たレトラが、シオンに「大好き!」とか言っておったのを見たな。あれにはリムルもモヤッとしていたが、その気持ちはよくわかる……我の所にも来い! レトラ! ……ゴホン、話が逸れた。
「──と、あのようなことがあったばかりなのだ。レトラに遠ざけられ、大きな不安に襲われた記憶はまだ新しい……姿が見えぬとなれば落ち着いていられぬのだろう。早くレトラの姿を目にして安心感を得たい、という思いがあるのだな」
どうだ? 完璧な読みであろう?
日々外の様子を観察し勉強を重ねておる我に、死角は無いのだよ。
だが、イフリートは腑に落ちぬ顔だった。
「そもそも、その不安というものが理解出来なくてですね……レトラ様の嫌がることをしてしまったならわかりますが、何もしていないなら不安に思う必要もないのでは?」
「だから、もし嫌われていたらどうしようという──……ん? おい待てイフリート。あの時、町で思いっ切り暴れて迷惑を掛けておった奴が何をぬかすか?」
「え?」
まるで自分には疾しいことなど一つもないかのようにイフリートが言うので、流されそうになってしまったが……考えてみればコヤツ、ここに来るまでは敵対しておったよな……?
首を傾げたイフリートが、やや置いて、あっと声を上げる。
「そ、そうでした……! ヴェルドラ様から何度も思い出話を伺っているうちに、つい私も共に過ごしてきたかのような錯覚に陥っていましたが……実際に私がしたことと言えば、敵意を剥き出しに攻撃を仕掛けただけ……!」
「しかも、シズを苦しめてきた原因と思われているかも知れんぞ……?」
「…………何の言い訳も出来ません。では、私は既にレトラ様に嫌われているかもしれないと……ああ、そうか、これが不安という感情なのですね…………」
イフリートが撃沈してしまった…………
新たな感情を学べたのは有意義なことだろうが……少し不憫になってくる。
「だ、大丈夫だ! いつしか外に出られたら、今のお前が昔とは違うということを我がしっかりと説明してやる故、安心するが良いぞ!」
「ありがとうございます……ヴェルドラ様……!」
住民の一人から得られた証言によると、レトラは昼間のうちにクロベエと町を出て北へ向かった、とのことであった。そう聞いて我はピンと来たが、リムルも同様だったようだ。
町の北には、我が封印されていた洞窟がある。そこにはもうかなり薄まったであろうが我の瘴気が残されているし、集中せねば『魔力感知』を使っても探りにくい場所だ。
リムルがレトラの
「封印の洞窟に行ってたこと自体は、別にいいさ。あそこはお前にとっても庭みたいなもんだし、行くなとは言わないが……俺の言いたいことはわかるよな?」
「連絡もしないで、帰りが遅くなってごめん……」
「オラが護衛として付いていながら、申し訳ねぇですだよ……」
会議室にて、正座したレトラとクロベエが小さくなっておる。リムルに怒った様子はないが、事情は聞かねばならぬようで、何のために洞窟へ行ったのかという話になった。
恐らくだが……レトラは我を思い出したのであろうな。もうずっと会っておらぬし、寂しくなってしまったレトラは、我と過ごした思い出のある洞窟を懐かしんで──
「魔鋼を取りに行ったんだよ。クロベエに俺の剣を造って欲しくて……!」
そうでもなかった。まあ良い。
しかし、強くなりたいとは素晴らしい心掛けだな。ハクロウにも少しずつ修行を付けてもらっているそうで、最近コソコソしておったのはそれか……リムルには内緒にしておきたかったというのも納得である。秘密特訓、良い響きではないか!
「レトラ様はあの戦を経て、更に強くなろうと決意されたのですね……」
「リムルや鬼人達の戦いぶりを見て、思うところがあったのだろう。イフリートよ、レトラが頑張っているのだ。我らも気合いを入れて修行の続きをしようぞ!」
「はい……! ヴェルドラ様、よろしくお願い致します!」
イフリートがレトラに感化されてやる気を出した。喜ばしいことだ。
リムルも協力すると言っておったし、レトラはさぞ心強いであろうな!
──そして、別の夜。
寝室のベッドから、二人の声が聞こえてくる。
「……っ、あ……う、リムル……!」
「頑張れ、レトラ。もう少しだぞ」
寝台にはリムルの分身体が横たわり、半身が砂となったレトラがリムルの上に乗っている。砂に埋もれた分身体の形が崩れる度に、レトラが身を震わせて苦しげに声を上げ、ベッドの縁に腰掛けたリムル本体がそれを気遣ってやっているが…………
「リムルの言っていた"協力"とは、この方法であったか……」
「毎晩ですね。レトラ様がお辛そうで私も辛いです」
確かに、確かに、リムルの言い分はわかる。分身体に魔素や耐性やスキルの情報を与え、『風化』と『吸収』を持つレトラに喰わせれば、レトラは強くなれるのだから。レトラの
だがレトラは、リムルの分身体を喰うことでシズの最期を思い出すという深い傷を持っていたはず…………レトラが可哀想なのだが!?
「リムル様は、レトラ様の為ならば、たとえレトラ様が嫌がることでも固い意志で実行されるのですね……全てはレトラ様を思えばこそ……御立派な志です」
「これもまた、強くなるための修行なのだな……」
リムルめ、何という厳しいヤツだ。まあ、レトラが強くなることに異論はない。レトラが望むなら、そのうち我もレトラに協力してやろうと考えている。
ああイヤ、リムルのような方法ではレトラに嫌われてしまうかも知れんから、そういうのはリムルに任せてだな……我はイフリートと共に"ヴェルドラ流闘殺法"を磨き上げ、いずれレトラに伝授してやるつもりなのだよ!
さて、夜毎に行われる二人のそれはもう少し続き──日毎にレトラの元気がなくなっているように思えて、我らは気を揉んでおったのだが…………
ある日とうとう、ソウエイからレトラの体調不良の報告が齎された。その夜、寝室に戻ったリムルは、心配そうにレトラにポーションを渡す。
「それ飲んだらもう寝るか」
「うん、ありがとうリムル」
「そうそう、これも忘れずにな。今日の分身体だ」
「…………喰わないとダメ?」
「この前、『腐食無効』を手に入れたんだよ。耐性は多い方がいいだろ? 明日にするか?」
「…………今日でいい」
レトラはまたもリムルの分身体を喰らい、二人で眠りに就いた。奴らに睡眠は必要ないのだが、擬似睡眠という形で心身を休めることを目的としているようだ。
だが、精神生命体が病気になるハズもなし。リムルは気付いていないようだが、もし嫌々リムルの分身体を喰らい続けたことで、レトラの精神体が不安定になっておるのだとしたら……このままでは、体調不良は改善しないのではないか……?
と、危惧しておったのだが、翌朝のレトラは何故か調子を取り戻していた。我はリムルの知覚情報を通してしか外の様子を探れぬので、リムルが寝ている間に何があったのかを知る術はない。『大賢者』にも何か知らぬかと尋ねてみたが、返答はこうであった。
《告。個体名:レトラ=テンペストの動向については、特別な命令以外では探知する必要は無いとの指示を受けております》
うむ、レトラにウザがられてしまうからな。
そこ重要である。
「あ、リムルー!」
それから少し日が経ち、ポヨンポヨンと町を歩くリムルの元へ、レトラが元気一杯に走ってきおった。具合はすっかり良くなっているようで何よりだ。
スライムの身体が持ち上げられ、幼い腕にムギュッと捕らわれる。
「リムルマジ神ホント大好き愛してる」
「お……おう!? どうしたレトラ」
こういう光景を見る度、ズルイぞ……とはもう通算百回ぐらい思っておるが、やはり狡いものは狡い。我も早く復活したい。レトラに大好きと言われたい。辛い。
気を取り直すとしよう。笑顔のレトラが言うことには、ユニークスキル『
「スキルが進化……? ヴェルドラ様、不勉強で申し訳ありませんが、よくあることなのですか?」
「いや、ない。参考にしてはならんぞイフリート。異常事態と捉えておけ」
レトラはエクストラスキル『砂操作』をユニークスキル『
「俺、先生と話したいってずっと思ってたからさ……!」
それだけで!?
……いや、良い良い。レトラが喜んでおるのだ、何も言うまい。
我はもうツッコミを入れんぞ…………
「へえ、そういう進化もあるんだな。で、どうして俺が神に?」
「この前からリムルに貰い続けてた魔素が多過ぎたみたいで、危うく俺が消滅するとこだったんだけど、うまくスキル進化のエネルギーとして使えたんだよ!」
またかリムル!!
今度は魔素の与え過ぎだと? 何度レトラを消滅の危機に晒せば気が済むのだ……!
だが、レトラの元気がなかったのはそういうわけか。生まれながらのAランクオーバーであっても、
リムルはやり過ぎたと反省しておるようだし、レトラは先生と話せるようになったと嬉しそうだし、大目に見るが…………本当に気を付けるのだぞ、リムルよ!?
※ヴェルドラも『大賢者』も、レトラとソウエイのことは知りません