ウィズの声がした。
《呟。依代の消失を確認。『砂憑依』が解除されました》
うおお……俺、無事だった……
砂の身体は全て溶かされてしまったが、意識は問題なくはっきりしている。俺はヴェルドラの傍で目覚めた時と同じ、あのふよふよした気体状態に戻っているだけのようだ。『風化』で抵抗したことで、俺の本体である精神体にはどうにかダメージを通さずに済んだらしい。
《確認しました。対熱耐性、炎熱攻撃耐性を獲得しました》
これは、"世界の言葉"……今の炎攻撃を受けて、耐性が付いたのか。
今後は俺の砂も溶けにくくなったってことで、ラッキーだったと言っていいな。
《呟。ユニークスキル『
うん、その呟きの意味はわかる。砂を出して憑依しろってことだろう。
確かヴェルドラが、肉体がないままだと魔素の流出が始まるとか言ってたよな?
今のところ特に異常は……ああ、何だか少しだけ、じわじわっと溶け出していくような感覚がある。俺には自然回復していく分の魔素もあるので、差し引きすると大した影響ではないと思うけど、あまり精神体だけで長く活動しない方が良さそうだ。
溜め込んでいる砂はまだあるし、よし今すぐ依代を、
「うわああ、レトラ様あああ──!」
!!
しまった、自分の方にだけ集中しすぎた。
先生の手助けがない俺では『魔力感知』で得られる大量の情報処理がきつくなるため、どうしても知覚範囲を狭めざるを得ず、範囲外が疎かになってしまうという癖があるのだ。
意識的に『魔力感知』を働かせ、状況を探る。
俺は少し飛ばされて宙を漂い、木陰に流れ着く格好となっていたようだ。
向こうでは、砂の拘束が解けて自由になったリグルとゴブタが地面に蹲っている。二人とも無事だったのは良かったが、リグルは愕然とした表情で誰もいなくなったその場所を見つめ、ゴブタは涙声になって俺の名前を叫んで……?
考えてみるとこれ……俺が炎に焼かれて、完全消滅したことになってるのか!?
ご、ごめんリグル、ゴブタごめん、俺は大丈夫だから……!
「よくも、レトラ様を……!」
「許さないっす……やってやるっすよ……!」
早まるな! お願いだから! 俺生きてるから!
というかこれから人間形態を作るには五分は掛かるぞ、五分もあったら全滅するだろ!
こうなったら砂のままで出るか? いやそれじゃ俺の動きが鈍くなる、『砂操作』だけでどこまでゴブタ達を守り切れるか──
判断に迷って慌てる俺に、リグルの声が届いた。
「リ……リムル様!」
おおっ、リムルが来た! 待ってました!
真打ち登場の安心感がすごい。やっぱり俺は出しゃばらずに、大人しく待ってるべきだったんだろうか? とにかく、リムルが来てくれたならここから先は原作通りになるはずだ。魔物達から得たスキルを駆使して、格好良く戦うリムルが見られ…………
「ほう……貴様があの
「……
仮面をしたリムルが反応する。
「……お前ら、レトラをどうした?」
…………あっ、と察してしまった。
普段から何かと俺に過保護なリムルが、俺に何かあればどうなるのか。
あまり考えたくないが、そもそも俺が関わってしまった以上、もう原作通りにはならない……なんてことがあったりするのか……?
「リムル様……! 申し訳ありません! 我らの力が至らないばかりに、レトラ様は……!」
「レトラ様は、オイラ達を庇って一人で攻撃を受けたっす、それで……それで……ううっ……!」
「……そうか」
リムルは静かに頷くと、仮面を外した。
封じられていた妖気が溢れ出し、禍々しく辺りを包み込む。
「──お前ら」
瞳孔の開いた金色の目と、冷え切った声。
「俺の弟に手を出して……まさか、無事で済むとは思ってないだろうな?」
「その言葉、そのまま貴様に返そう。同胞達の無念、ここで晴らしてくれる!」
戦闘が始まった。
これは……ヤバイ……どう考えてもヤバイ。状況が最悪だった。
お互いが弔い合戦のつもりでいたら、もう和解なんて成立するわけがない。リムルの『黒炎』で全て焼き払われる……! ああああ、急げ俺! 『
リムルに『思念伝達』で呼び掛けることも考えたが、俺はやられたけどオーガ達には攻撃しないでくれって、言ってる意味がわからないし無理がある。
俺は今すぐ全速力で人型に戻り、何事もなかったかのように復帰しなければならない。時間を掛けてはいられない、五分もあったら全滅するだろ! オーガ達が!
ウィズ、頼むから手伝ってくれ……!
《確認しました。ユニークスキル『
《呟。『
リンクを成功させたことで頭に声が響いていたけど、それどころじゃない。
もう戦いは始まってる、早く、急げ俺……!
「待って! 待ってリムル……!」
二十秒足らずという自己最高記録で全身を作り上げた俺は、戦場に飛び出した。リムルが空へ翳した手の先には、巨大な炎の塊。危っぶねぇ、『黒炎』出てた!
「あ……レトラ様!?」
「主よ! 御無事で……!?」
リグルやランガが、これ以上ないくらい目を見開いている。ベニマル達も驚愕の表情だ。炎を掲げたリムルだけが、のんびりとした動作で俺へと顔を向けて……
「何だレトラ、早かったな。もう少しゆっくりしてても良かったんだぞ」
あれ? リムルが驚いてない……
そ、そうか、リムルには『大賢者』がついてるもんな。『魔力感知』の性能だって桁違いだ、俺の妖気を感じ取るくらいのことは出来ていただろうから、つまりさっきのはベニマル達の戦意を喪失させるための怒りの演技…………本当か? 怖すぎたけど? 本気を感じたけど?
「リムル、あの、俺は大丈夫だから、もういいよな? その炎もしまってくれる? ちょっと全員で状況を整理した方がいいんじゃないかな?」
「良かったなお前ら、レトラが元気で。俺にはもう相手をする理由もないが、お前達はどうする?」
「生き恥を晒すくらいなら……敵わぬまでも、一矢報いて果ててやる……!」
「お待ちください、お兄様!」
シュナの制止で無謀な戦いを思い止まったベニマルがリムルの話を聞いてくれて、俺達がオーガの里を襲った仮面の魔人に与する者だという濡れ衣は晴れた。そしてオーガ達を町に招待して話を聞く運びとなり、軌道修正は果たされたのだった。良かった……!
「ひどいっすよレトラ様! レトラ様がオイラ達を庇ってどうすんすかー!」
「ご、ごめんゴブタ。悪かったよ……」
「レトラ様をお守りすることも、盾になることも出来ず……申し開きもございません」
「いやリグル、そういうのいいから。たぶん俺の方が盾には向いてるし、俺に任せてよ」
「レトラ様はご自分に対して余りにも無頓着が過ぎます。レトラ様に何かあれば、我々は生きてなどいられません……どうかご自愛ください」
「我がいながら主を危険に晒し、不甲斐無いばかりです……次こそは……!」
「……ごめんな。皆ありがとう」
ゴブタに泣き付かれ、リグルには小言も貰い、ランガはぐりぐりぐりぐり俺に身体を擦り付けてきたので俺もモフモフモフモフしておいた。かわいい……じゃなくて、皆、心配掛けてすみませんでした。
皆で町に戻る途中では、ベニマル(予定)が話し掛けてきた。
「先程はすまなかったな。そちらは話し合いを求めていたのに、聞く耳も持たず無礼をした」
「いいよ。そっちの事情もあっただろうし」
「なあ、俺の炎は効かなかったのか?」
「めっちゃ効いたよ。身体が全部溶けたんだからな」
「見たところ無傷なんだが」
「ああ、俺は砂があれば元通りになるから……」
「……兄弟揃って化物か」
失礼なことを言う。
リムルはともかく砂でしかない俺が、化物なわけがないのに。
もう日は傾いていて、町に帰り着くと皆が出迎えてくれた。
オーガ達は森にこんな大規模な建設中の町があったことにも、ホブゴブリン、ゴブリナ、嵐牙狼、ドワーフという住人達のバリエーションの幅広さにも驚いたようだ。
リムルがリグルドへざっと経緯を説明し、オーガ達には、夜には宴会が始まるからもう少し待っていてくれと告げる。
「と、こんなところか。リグルド、案内は任せたぞ」
「はっ。リムル様はどうされますか?」
「ああ、俺は……」
ガシ、と突然前触れもなく腕を掴まれ、視線を動かした先で、俺は見た。
リムルの顔に浮かんだ、それはそれは綺麗な笑み。
「ちょっとレトラに話があるから、誰も近付けないでくれ」
その笑顔には、リグルド以下、ベニマル達までをもドン引きさせる迫力が備わっていた。
そうだった、俺は今回結構無茶をして、リムルにはまだ何も言われてなかったけど……
…………これ絶対怒られるやつだろ。
名前:レトラ=テンペスト
種族:
加護:暴風の紋章
称号:"魔物達の守護者"
魔法:なし
ユニークスキル:『
エクストラスキル:『砂憑依』『魔力感知』『水操作』
獲得スキル:『粘糸、鋼糸』『麻痺吐息』『超音波』『身体装甲』『超嗅覚、思念伝達、威圧』
耐性:物理攻撃耐性、対熱耐性、炎熱攻撃耐性、痛覚無効、捕食無効