転スラ世界に転生して砂になった話   作:黒千

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123話 一日目~文化と技術

 

「俺が魔王リムルだ、よろしく。本日は我が国の招きに応じてくれて嬉しく思う」

 

 開国祭一日目の朝。

 スライム姿で王冠を被り、王様らしい付けヒゲをした俺は、広場に詰め掛けた客人達をバルコニーの上から見渡しつつ挨拶を述べた。俺の背後ではレトラが品良く佇んでおり、護衛役のベニマルも控えている。

 場所は首都リムルの宝宮レトラ──普段は執務館と呼ばれることが多いが、魔国の中枢宮殿でもあるので正式名称で宣伝されている。レトラの反対意見は却下した。

 

 俺は人類との友好を望んでいることを改めて言葉にし、移住も大歓迎だと告げる。その一方、俺達が魔物だからと理不尽を強いる者には容赦しないという意思表示もしっかりと行った。広場からはゴクリと息を呑むような緊張を感じたが、伝わってくる感情は概ね良好。魔国に好意的な興味を持って来てくれた人がほとんどみたいだからな。

 最後にスライムから人型へと変化して、俺の姿を人々の目に焼き付ける。

 

「それではテンペスト開国祭、是非とも楽しんでいってくれ!」

 

 

 

 バルコニーから室内へと引っ込み、大階段を降りて行く。するとそこへ「リムル先生!」という合唱が。階段下には五人の子供達の姿があった。

 

「先生、王様だったのかよ!」

「ああ、言ってなかったっけ?」

「すっげー! そっちのツノの兄ちゃんも部下なんだろ!?」

 

 子供は柔軟だな。こいつらが魔国や配下の魔物達に対して、何の偏見も警戒も持っていないのは嬉しいことだ。しかし、はしゃいで後方のベニマルに目を向けていたケンヤが──突然、力が抜けたように静かになる。

 俺と共に上階からやって来ていたレトラが、にっこりと機嫌良く笑っていた。

 

「おはよう皆、元気だね。昨夜はよく眠れた?」

 

 レトラは以前からずっとシズさんの教え子達に会いたがっていた。俺も会わせてやりたいと思っていたし、その時が来たらすんなり仲良くなれるようにと、授業の合間にはよく子供達にレトラの話をしていたのだが……俺のお節介は、レトラへの対抗心? を掻き立てるだけの無駄なものであったらしい。正直すまん。少しだけ回り道はあったが、レトラはようやく昨日子供達と出会い、打ち解けることが出来たのだ。

 だが、仲良くなったはずの子供達から返事はなかった。いや、無視している風ではなく、レトラに視線を釘付けにして黙り込んでいる…………? 

 

 …………そうだレトラ、お前今、姫様やってる! 

 

 昨日のレトラは、子供達との交流を経て頼りになる大人として認められた、とか何とか俺に自慢してきたが──そんな奴が姫様になって出て来たら子供達はビビるぞ!? 待てよ……それ以前に皆、あれがレトラだと気付いているかどうかも怪しいな……? 

 

「ちょっと、先生……誰よあの女!」

「絵本で見たことある……お姫様……?」

 

 やっぱりである。アリス、誰っていうかあいつレトラなんだ……そしてドレスではなく和装だが、クロエの言う通り、今のレトラはどこから見ても清楚で可憐なお姫様。見事に心を奪われた男子連中が、ポーッとレトラを見つめている。

 内気なリョウタなどレトラを直視出来ないようで、顔を赤く染めてケンヤの背後に隠れてしまった。ああ、わかるぞリョウタ……レトラ可愛いよな。

 

 そんなことには気付いていない俺の残念な弟は、子供達の反応に戸惑いの表情を見せた。アレは恐らく、昨日仲良くなれたと思ったのに何で……? とかそういうやつだな。違うから。お前はもう一度名乗りから始めないと…………

 突然現れたお姫様が悲しげに顔を曇らせたのを見て、何かフォローをしなければと思ったんだろう、年長者のゲイルが慌てながら口を開く。

 

「あっ、あの……えーと……、あなたは……?」

「っ!」

 

 ただし、レトラにとってはトドメの一言であった。子供達に忘れられているとでも解釈して涙目になったレトラは、意を決したように素早く階段を駆け降りてきた。段差に沿って滑り落ちる裾の流れがいちいち美しい。

 神秘的な謎の美少女に目の前まで距離を詰められ、うっと身体をビクつかせたゲイルが可哀想になったが、まあ、そのお姫様の中身は──

 

「俺だよ、レトラ! 昨日会ったばっかりだろ! 模擬戦したよな!?」

「え……レトラさん? ……えっ!?」

「えええ──っ!?」

 

 そこからは阿鼻叫喚。ウソ、どうして、何でそんな、と子供達の素直な言葉が飛び交い、やっと自分の姿を思い出したレトラが、やらかしたと顔を覆って打ちひしがれ……昨日と今日のレトラが同一人物であることを子供達に納得させるまで、少し時間を要することになった。

 

「そ、そういう仕事なんだよ……俺はこの格好でリムルの隣にいなきゃいけないんだ」

「隣に……いいなあ……」

「も……もーっ! 何よ何よ! そんなのズルイじゃない!」

 

 お姫様の正体を知り、ポワッとした顔で呟くクロエはともかく、真っ赤になって騒ぎ立てるアリスに、レトラが脊髄反射並みのスピードで「ごめんなさい」と謝意を表明している。一体何がズルくて、何がごめんなさいなのかは謎だ。

 

「先生だってズルイんだからね! もーっ! もーっ!」

「すいません……??」

 

 俺まで怒られた。ダメだ、サッパリわからん。

 混乱の真っ只中にいるゲイルは、必死に頭を回転させている様子。

 

「えっと……? でもリムル先生と、レトラさんは……兄弟、なんじゃ……?」

「兄弟だぞ?」

「兄弟だよ?」

 

 黙ってしまった。考えることをやめた顔をしている。

 ケンヤとリョウタは、レトラが昨日の仕事着姿や砂スライムに変化するのを目にして、ようやく納得したらしい。今は姫様に戻ったレトラをふへーと見上げている。

 純粋な子供達には、レトラの姫様姿は刺激が強すぎたかもしれないな……こんな世界を知ってしまって、価値観がぶっ壊れていなければいいんだが……

 

「──貴方達、何を騒いでいるのよ」

 

 そこへ私服姿のヒナタがやって来た。着ている黒のワンピースは魔国製の高級品だが、購入してくれたようだ。お洒落な女子大生って感じだな。帯剣してるけど。

 今度は学習したアリスは、無遠慮に「誰よ!」と突っ掛かるような真似はしなかった。ケンヤがヒナタを「オバ……」と言い掛けて剣先を突き付けられたのは御愛嬌である。

 

「もしかして、聖騎士団長の坂口日向(ヒナタ・サカグチ)さん……?」

「えっ!? たった一ヶ月でシズ先生より強くなったっていう……!?」

 

 クロエの言葉に驚きを見せたケンヤが、先に言っといてくれよ……と肩を落とす。

 シズさんの教え子の一人であるヒナタは、子供達の先輩に当たる。今まで面識はなかったようだがすぐ子供達に懐かれ、町の見物に出掛ける五人の引率を引き受けてくれた。

 俺が一緒に行けないことにシュンとしていたクロエも、笑顔になった。

 

「ヒナタお姉ちゃん、シズ先生と同じ感じがする!」

「それは嬉しいわね」

 

 微笑むヒナタの雰囲気は、確かにちょっとシズさんっぽい。ヒナタは子供嫌いなんじゃないかと勝手に思っていたのだが、俺の思い込みだったようだ。

 

「そうだわリムル。面会の件、ルミナス様に伝えておいたわよ」

「ああ、悪いな」

 

 アポが取れた。まあ、面会は夕方の話になるのだが。

 ヒナタと子供達とはそこで別れ、俺達は午前中の仕事へと向かうのだった。

 

 

   ◇

 

 

 リムルと俺の仕事は、来賓に魔国を紹介することだ。

 本日の最初の予定は、完成したばかりの歌劇場での演奏会。ホールの一階席には質の良い椅子が並び、案内を受けた貴族達が席に着く。

 俺達は合流したユウキと一緒に、上階の特別席に座った。同じようにVIP待遇なのはガゼル王やエルメシア、ミリム、聖騎士のアルノー達と…………あ、ルミナスだ。

 

 アルノーの椅子の脇に、銀髪のメイドさんが控えていた。

 その青と赤の瞳がスッとこちらを見たような──というか、カッと見開かれたような……ああ、ヒナタは黙っていてくれたみたいだな。これでルミナスにもバレたか、"姫様業務"。

 

 さっきの俺ときたら、姫様姿をスッカリ忘れ、何の配慮もなく子供達に話し掛けるという体たらくを晒してしまった。あれは混乱させたよなぁ……ごめんな皆……! 

 ルミナスはどうだろう? 驚いたかな? 魔法通話はあまり好きじゃないと言ってたし、後で根掘り葉掘り聞かれるのは覚悟して…………

 

『レトラ…………じゃな?』

 

 早速思念を送ってきた!! 

 ちゃんと秘匿回線だとは思うけど……用心してウィズに盗聴対策を頼んでおこう。それからルミナスに返事をすると、わっと思念が押し寄せて来た。

 

『なんっ……何という格好をしておるのじゃ!? 貴様何も言っていなかったではないか、何故黙っていたのだ!? くっ、知っておれば聖騎士共を急かしてでも挨拶に出向いたものを……妾を焦らすつもりか? ああもう早くもっと近くに、いや何処か二人になれる場所へ……!』

『仕事中なんで無理です』

 

 ディアブロ元気かなー、と意識を逸らして思い浮かべる。同じ早口ならディアブロの方が数倍マシだ……そのディアブロは、円形闘技場(コロッセオ)の方で仕事があるのでここにはいない。

 薄々予想していた通り、ルミナスは姫様に興奮するタイプの人だったけど、そうやって喜ばれても俺は嬉しくないんだよなあ……! 

 

『ほらルミナス様、楽しみにしてた演奏会ですよ! 編曲には俺も少し関わってるんで、後で感想聞かせて下さい! じゃあ切りますね!』

 

 ウィズ! ルミナスから思念が来ても受信拒否! 

 ふう、これで良し……俺はこの公演を楽しみにしていたので、邪魔されるのはゴメンである。隣の席のリムルに、どうした? と聞かれたけど、笑顔を返しておいた。

 

 

 

 ステージに並ぶオーケストラの楽器は、クレイマンの城から押収したものが多い。この世界にもこういうのあるんだな……とリムルと話し、足りない楽器はカイジン達に依頼して揃えてある。

 指揮者は小人族(ハーフリング)のタクト。警備隊にいた頃は何をやっても上手くいかず、いつも自信のなさそうな少年だったが、歌がとても上手かったことからリムルに軍楽隊に抜擢され、才能を花開かせた。数日前にタクトに会った時は流石に緊張混じりだったけど、練習通りにやればいいと応援しておいたので大丈夫だと思う。

 

 さあ、いよいよ始まるぞ。

 静謐な空気の中、タクトの指揮棒がサッと合図を送ると──響き渡るはホルンの音色。それはまるで、冒険の始まりを想起させるかのような勇壮なファンファーレ。

 リムルとユウキから感じるギョッとした気配に満足しながら、記憶に染み付いた懐かしのマーチに耳を傾ける。俺が熱望したこの曲は、何を隠そう、スライムというモンスターを愛すべきマスコットキャラクターへと位置付けた某国民的ロールプレイングゲームの代表曲である! 

 

 リムルを王に掲げる魔国のオーケストラはこの曲で幕を開けるべき、という俺の信念に従って、ウィズに記憶の中からの採譜を頼み、ラファエルへの交渉も任せた。リムルがあまりオーケストラにこだわりがなかったためか、俺の案はすんなりと採用されたらしい。

 曲目には格調高いクラシック音楽、リムルの好きなアニメ曲、俺がリクエストした某海賊映画のメインテーマなどが無節操に含まれており、それらを全て違和感なくまとめ上げてくれた先生達に感謝だ。

 演奏が終わった後、リムルの席の向こう側にいるユウキが小声で興奮していた。

 

「ベートーヴェンにマクロスに……しかも最初のファンファーレ、ロトでしたね!?」

「いや、あれは俺も知らされてなくて……レトラ、お前の仕業だな?」

「俺は天空からなんだけど、先にロトをお披露目しないとダメだと思って」

「感動しました……ッ!」

 

 こういう反応をしてくれるなら、俺も張り切った甲斐がある。

 そして、暗転したステージが再びライトで照らし出された。始まったのは、ドレスアップしたシュナとシオンによる、ピアノとバイオリンの二重奏(デュオ)

 これもリムルの知らないサプライズ──初めから知ってしまっている俺が本当の意味で驚いてあげられないのは少し寂しいが、この演奏のことも楽しみにしていたのは本当だ。俺が思い描いていたより二人ともすごく綺麗だったし、まるで競い合うかのような調べがお互いを引き立て合う、決闘(デュエル)に近い演奏は心地が良かった。

 

 曲が終わると、ホールは割れんばかりの拍手喝采に包まれる。最後にもう一度全員での演奏が行われ──魔国初のオーケストラ公演は、大成功を収めたのだった。

 

 

 

 

 

 昼食を挟み、午後は博物館での技術発表会。

 研究部門のガビルとベスターが行ったのは、魔素とヒポクテ草に関する発表だ。回復薬の材料となる希少なヒポクテ草は、魔素濃度の高い場所で突然変異を起こした植物を指すもので、実際にはヒポクテ草という種類の植物は存在しない──という発見について。

 初めは退屈そうだった貴族達も、これまでの学説を覆す革新的な内容に称賛の拍手を送る。ガビルとベスターが満足げな表情で一礼し、発表を終えた。

 

 続いてガビル達と入れ替わりに、管理部門のリリナが現れる。長い髪をまとめ、スーツの上着を脱いで白衣を羽織った研究者スタイルが格好良いが、俺の気分はちょっと沈んだ。

 本当なら俺は今頃、リリナと一緒にそこに立っているはずだったのだ。発表の準備をコツコツ進めてきたのに……姫様なんかやることになった所為で出られなくなったんだよ! くっそ! 

 

 この時だけは国相のレトラに戻って発表に加わってもいいかなぁ……と悩んだけど、対マリアベル用に"姫様業務"を続ける方が重要だと思い直して諦めた。

 リリナと目が合い、俺は小さく頷く。

 後のことは全てリリナに託してきた……俺はここで見てるから頑張って……! 

 

 

「──管理部門では、農作物の改良と栽培を中心に行っております。発表のあったヒポクテ草以外にも、魔素の影響を受けた植物がどのように成長するのか……その研究成果を、数例お見せしましょう。まずはこちらをご覧ください」

 

 リリナの発表が始まり、スライドに映し出されたのは黒い米、"魔黒米"。他にも炭のような色になった大根や、断面が真っ黒なカボチャなど。

 

「これらは魔素の過剰供給により変異を起こした魔植物です。栄養価が高く、特に"魔黒米"は我が国の魔物達の主食として栽培されておりますが……これらの作物は、魔物や高い魔力を有する人間には薬となる一方、一般の方々には向きません」

 

 もちろん祭りでは人間用の食事に混ざらないよう注意徹底している。まあ、ウチでは"魔黒米"以外の黒い作物は積極的には作っていない。色合い的にあまり食欲をそそられないため、俺やリムルが奨励していないのだ。

 

「我々は研究を進め、人間諸国の皆様にも安心してお召し上がり頂ける、上質な作物の栽培に成功しました。先ほどの昼食にも使われていたものがこちらです」

 

 リリナの合図で会場に運び込まれてきたカートには、巨大な農作物が積み上げられていた。大根、カボチャ、ニンジン、トマト、白菜、ほうれん草など種類は何でもござれ。そのどれもが規格外にデカかった。客の一人が、誰にともなく呟きを漏らす。

 

「まさか……"精霊の恵み"……?」

「その通りですわ」

 

 豊かな土地でのみ採れることがあるという、巨大作物。

 ただ大きいだけでなく美味で貴重な、自然からの贈り物と言われている。

 

「"精霊の恵み"は、大地の精霊による偶然の産物では……!?」

「昔から栽培実験が行われてきたが、成功例はなかったはずだ……育ち始めた"精霊の恵み"に人の手を加えると、それ以上は成長しなくなると言うのだからな」

「しかしあれだけの種類の作物を、偶然で用意出来るわけがない……!」

 

 貴族達が目の色を変えて騒ぎ出す。単なる学術的興味ばかりじゃないな……こんな野菜を育てる方法がわかれば、金儲けにも結び付くからだろう。だが、今日はその栽培方法ではなく、別のことを発表する予定になっていた。

 

「我々はこう考えました。"精霊の恵み"もまた、魔素に影響されて変異を起こした植物だとすれば……自然界には元々、植物に魔素を供給する仕組みが備わっていたのだとすれば……その仕組みを解明し、同様の環境を再現することが出来たなら、我々の手で"精霊の恵み"を生み出すことも可能ではないか? と」

 

 では、その仕組みとは何なのか。

 ここからが、魔国の会議でも報告されていない新事実。

 早く聞かせてくれと、目で急かす客人達に向けてリリナは微笑み、続きを口にする。

 

「農業に関する造詣をお持ちの方ならば、ご存じではないでしょうか? ほんの少しの魔素を蓄え、運び、崩れて、植物の元へ魔素を集積する役目を担う魔物が存在することを」

 

 ちなみにそいつは、世間的には農業の敵。

 草木を覆い枯らす習性を持つ、と言われているそいつこそ──

 

「そう、それは──砂妖魔(サンドマン)です!」

 

 ザワザワッ……と客人達の間に驚きが走る。

 そりゃ信じられないだろう。畑に何かされる前に踏んどけ、とまで言われる害虫扱いの砂妖魔(サンドマン)が、豊かな実りの象徴、"精霊の恵み"を作り出していると言うんだから。

 

 

 

 俺がそれに気付いたのは、まだリムルがイングラシアにいた夏の日のこと。

 一人で畑の隅っこに座ってぼんやりしていた俺は、地面でのそのそ動く塊を見た。砂妖魔(サンドマン)だった。野生の砂妖魔(サンドマン)に出会ったのはその時が初めてで、俺のサラサラ砂とは違い、畑の土の乾いた部分が集まって生まれたようなヤツだった。

 

 何となく観察していると、のそり、のそりと進む砂妖魔(サンドマン)は、背が伸びてきたトマトの苗の一本にゆっくりと近付き、その身をぐいぐいと茎に押し付け、押し付け──ざらりと崩れて土に戻った。ひ弱すぎるだろ……とビックリしたけど、それよりも、俺は見た。

 砂妖魔(サンドマン)が崩れた瞬間、少量の魔素を含んだ土が、その場に撒かれたのを。トマトの苗の根元だけ、ほんの少し魔素濃度が上がったのを。俺の解析能力でも、この目で見ていなければ気付けなかったくらいの、ささやかな魔素量の増加だった。

 

 リグルに聞いた"精霊の恵み"の話を思い出す。ジュラの森では採れたことがなく、ユーラザニアではたまに収穫されるという巨大作物。湿潤が保たれる大森林と、水はけの良い土壌の平野。どちらも豊かな大地のはずなのに、そこに何らかの違いがあるとすれば? 

 

 魔素を運ぶ……砂妖魔(サンドマン)、の、発生しやすさ…………? 

 

 頭に浮かんだ仮説にしばらく呆然としていた俺は、ガバッと立ち上がって研究棟へすっ飛んで行き……その日から、"精霊の恵み"栽培実験のプロジェクトが動き出したのだ。

 

 

 

「馬鹿な! 砂妖魔(サンドマン)は植物を枯らし、不毛の地を広げようと──」

「いいえ、一般的な砂妖魔(サンドマン)は自我なき魔物。草木を枯らそうとする意思はないのです」

「だが、畑を荒らすのは事実だろう? 駆除は容易いが、砂妖魔(サンドマン)の残骸が芽を覆い隠していたという事例は諸国で確認されているのだぞ!」

「それには、砂妖魔(サンドマン)が持つ本来の習性についてお話ししなければなりませんね」

 

 砂妖魔(サンドマン)には植物を枯らす習性があると言われるが、視覚がないので植物を見分けられるはずがなく、魔素を感知して接近行動を取ると考えられる。

 それは恐らく、固有スキル『融合』のためだろう。仲間と『融合』することを本能として生きている魔物なので……いや俺の話じゃなくて、一般的な砂妖魔(サンドマン)の話ね。

 つまり砂妖魔(サンドマン)には、魔素に対する正の走性──"走魔性"があり、魔素を感じ取ったら魔物でも動物でも植物でも、仲間とみなして近付いて行く習性を持つわけだ。

 

 ……そういえばゴブタが言ってたな。俺の分身体(砂スライム)を枕元に置いて寝たら、朝にはいつも腹の上に乗ってたとか? じゃああれも、魔素の塊であるゴブタに寄って行ったってことで……砂としか『融合』は出来ないし、分身体は『風化』が使えないので危険はないけど……運用するなら、もっとしっかり命令を組み込んだ方が安心かもしれない。俺が。

 

 で、野生の砂妖魔(サンドマン)の話に戻るけど……問題なのは、奴らがノロすぎること! のそりのそり、という速さでは魔物にも動物にも追い付けないため、植物にばかり寄って行くと誤解されているのだ……しかも、少しの衝撃で崩れて覆い被さり日光を遮ってしまうから、その結果、()()()()()()()()()()()()なんて言われる羽目に……そういうとこだぞ!? 

 

「──畑の砂妖魔(サンドマン)が駆除されれば魔素の供給は途切れ、作物の成長が止まります。しかし、その些細な供給が適切に繰り返された場合……作物は少しずつ、緩やかに魔素を吸い上げ、"精霊の恵み"と呼ばれる実りを付けるのです」

 

 その過程を人為的に再現して作り出したのが、カートに乗せられた巨大作物達。まだ安定した収穫には至っていないため、今後は栽培方法の確立を目指して研究を進める──という感じで、リリナの発表はまとめられた。

 最新の研究成果で関心を集めつつ、砂妖魔(サンドマン)は別に悪いこと考えてないんですよ……という主張を行ったわけだが、これを切っ掛けに、やたらと扱いが不遇な砂妖魔(サンドマン)の印象がちょっと変わればいいかなって…………

 

「最後に、この度の研究において最も大きな貢献を果たされた御方をご紹介します。その御方こそ、"魔国連邦(テンペスト)"唯一の砂妖魔(サンドマン)であらせられる、レトラ=テンペスト殿下でございます!」

 

 …………おう? 

 後ろの方でリムルと発表を聞いていた俺を、客人達が一斉に振り返る。

 思わずペコッと頭を下げたくなるのは元日本人の習性だが、王族が迂闊にそれをやってはまずい。代わりに、ここぞとばかりの姫様スマイルでニッコリしておいた。

 

「レトラ様は日頃より我が国の農業発展に力を尽くされ、研究者の側面もお持ちでいらっしゃいます。今回の研究も、レトラ様が砂妖魔(サンドマン)としての観点から提案されたものであり──」

 

 生き生きと語るリリナが、俺に向けてぱちんとウインク。

 俺が発表会への参加を取りやめると知って、一番がっかりしていたのはリリナだ。この研究は俺が発表するべきだとずっと言っていたが、"姫様業務"を完璧にやる必要があるからと俺に説き伏せられ、渋々納得…………していなかったらしい。

 

『良かったなレトラ。この前リリナさんが俺の所に来て、技術発表でお前の名前も出したいって言ってきたんだよ。お前が熱心に取り組んできた研究だからってさ』

『そうなんだ!?』

『お前の功績が知れ渡るのは良いことだし、許可しといたぞ。驚いたか?』

 

 リムルは客人向けの笑みを浮かべながらも、楽しそうに思念を送ってくる。

 お、俺にもサプライズが用意されていた……こんな形で俺の名前も出してくれるなんて、リリナイケメン! リムルもイケメン! ありがとう! 好き! 

 

『しかし、各国でも砂妖魔(サンドマン)を利用して、"精霊の恵み"を作れるようになったりは……?』

『研究してわかったけど、天然モノは本当に奇跡の結晶なんだよ……野生の砂妖魔(サンドマン)で再現するのは博打じゃないかな? 俺達は魔晶石と結界と解析で鬼調整を繰り返して、やっと成功パターンを割り出したんだからさ。土地によっては条件も変わるだろうし』

『ノウハウのあるウチとの共同研究が必須か。希望者が殺到するだろうな』

『"精霊の恵み"じゃなくても、高品質の作物を安定的に作るのに役立つ研究だと思うんだ。育成魔法と組み合わせたり……魔素濃度測定装置なんかも開発して……あ、今度ウチで建てる学校に農業学科があってもいいなって考えてるんだけど』

『お前、農業の神になれるぞ……?』

 

 

 

 




※武闘大会の出場者決めが入らなかったので、二日目に回します



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