転スラ世界に転生して砂になった話   作:黒千

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130話 三日目~迷宮開放と晩餐会

 

 昼食後、リムルと俺は闘技場の貴賓席へ戻る。

 午後の催しは地下迷宮(ダンジョン)のお披露目。挑戦者を募って三時間ほど迷宮に潜ってもらい、観客達にも攻略の様子を巨大スクリーンで楽しんでもらおうというイベントだ。

 

 一組目はチーム"豪雷"。「迷宮だか何だか知らんが、俺達がそのメッキを剥がしてやるぜ!」と自信タップリだ。武闘大会に出場したかったが道が混んでいて間に合わなかったという戦士バッソン、魔術師ゴメスなど、六名のメンバーで構成されている。

 

 エレン達三人組も名乗りを上げた。知らなかったらしいエラルドが、貴賓席で大声を出してエルメシアにシメられていたが……「エレンちゃんにもしものことがあったら舌を噛み千切るしか……!」とガチっぽく呟く父親のためにも、エレン達には安全に立ち回って欲しい。

 

 そして、マサユキのチーム"閃光"。四人組。相変わらずの大声援で迎えられているが、今回のマサユキには少し余裕がありそうだ。

 マサユキが俺達の協力者になったことは配下達に知らせてあるし、俺に謝った誠実さも認められたようで、皆からの視線はかなり和らいだものになっていた。

 

 最後に、"流麗なる剣闘士"ガイもソロで挑戦するとのこと。

 あ、ガイへの視線はメチャクチャ冷たいままだな……ウチでは、俺に無礼を働いたガイの評判は既に地に落ちている。その上で、「魔王リムルめ。貴様が何を企てようと、俺がその野望を打ち砕いてくれるわ!」なんてガイが言うもんだから…………

 

「今度こそサクッと──」

「うむ。行け、ディアブロ!」

「行くな! シオン、俺の声色を真似るのはやめろ!」

 

 ほら、こうなるのでやめて欲しい。

 以上の四組が、地下迷宮(ダンジョン)への挑戦者として出揃ったのだった。

 

 

 

 武闘大会でも使われた舞台上に、迷宮への仮の扉が召喚された。

 ソーカとミョルマイルが、地下迷宮(ダンジョン)を紹介する。魔物が出現すること、宝箱や罠が設置されていること……最も重要なのが、迷宮限定の蘇生アイテム"復活の腕輪"だ。

 

 実のところ、腕輪そのものに蘇生効果はない。迷宮内における死亡者の蘇生は『迷宮創造(チイサナセカイ)』の権能であり、ラミリスが蘇生対象を認識していないと不可能という条件があった。つまり、腕輪はラミリスが対象者を認識するためのマーカーの役割を果たしているだけなのだ。

 

 ソーカ達は念入りに、この腕輪は魔国の地下迷宮(ダンジョン)でのみ蘇生効果を発揮する特殊なアイテムで、外では使えないものであることを説明した。

 だが、死者蘇生(リザレクション)が神の奇跡と呼ばれるように、そもそも蘇生なんて伝説やお伽噺の中にしか存在しない。生き返るなどと聞かされても、観客達は疑いの眼差しでざわついているし、ガイやバッソンも不信感を露わにしていた。

 

「蘇生だと? そんな馬鹿げた話が信じられるか」

「魔王の町の道具を信じて死ぬなんざ、まっぴらゴメンだな」

 

 百聞は一見に如かず。蘇生効果の実証が行われることになり、"復活の腕輪"をしたミョルマイルが迷宮へと足を踏み入れる。そしてソーカが攻撃を……という予定だったのに、ここでもガイがやらかした。突然ガイが剣を抜き、ミョルマイルの腕を斬り飛ばしたのだ。

 

『──ちょっと!』

 

 ソーカの制止も間に合わない。

 リムルがガタッと席を立つ──しかし、寸でのところで行動せずに堪えたのは、倒れたミョルマイルの口元に浮かぶ笑みを見たからだ。

 トドメだ、と叫んだガイの剣がミョルマイルに突き立てられると、その身体は光の粒子に変化して扉の外側で収束し、ミョルマイルの姿を作り上げる。

 

『ほれ、この通り! ワシは五体満足ですぞ!』

 

 両腕を広げてアピールするミョルマイルに、驚愕の歓声が上がる。

 この実験は、事前にミョルマイルが「客の多くは人間なのですから、同じ人間のワシが実験台を務めた方が信憑性が増すでしょう」と立候補してきたものだ。

 合理的な意見だったし、ミョルマイルに任せるしかなかったが……ガイがやらかすであろう凶行を説明出来ない俺は、悪足掻きをしておいた。

 

「でも、ミョルマイルさんは冒険者と違って、怪我には慣れてないですよね……? いくら生き返るって言っても、絶対痛いし、苦しいと思うんですけど……」

「ははは、レトラ様、ワシを心配して下さるのですな。腕輪には痛覚軽減機能があるとのことですし……こう見えてもワシは、裏社会を生き抜いてきた男なのですぞ?」

「うーん……でも俺、ちょっと嫌だな……」

 

 甘っちょろい心配事を言う子供と、それをあやそうとするオッサンの図になった。

 どう思われたっていい。ガイに甚振られ殺されることになる、ミョルマイルの負担を極限まで減らしたかった。そう覚悟して駄々を捏ねてみせた俺だが──ただそれだけで、皆が慌てて俺を慰め出してきてゴメンと思った。

 たぶん俺、仲間の死に対して人一倍敏感になってると思われてる……迷宮の特別ルールにまで文句言うほど繊細じゃないんだけど、ホントごめん……! 

 

 見かねたラミリスが「じゃあさ、レトラ。その腕輪だけは『痛覚無効』を付けてあげるよ! それでどう?」と言ってくれたので、問題は解決している。

 その後の話し合いで、通常の腕輪には痛覚軽減の他、死亡判定時の苦痛をキャンセルする機能も付与されることが決まったのだった。

 

『──我が国の地下迷宮(ダンジョン)専用アイテム"復活の腕輪"の効果はご覧の通り。迷宮に挑戦する際には、是非ともお買い求め頂くことをお勧めしますぞ!』

 

 ミョルマイルの胆力のお陰で、実験も宣伝も大成功。ガイの行動すら全て計画通り、みたいな演出になっているが……こちらの席ではラミリスがドン引きしていた。

 

「ビックリしたぁ……ひどいことする人間ね……?」

「ああ……気分の良いもんじゃない」

 

 険しい表情のリムル。俺も同意見だった。

 その光景に重なるように頭を掠めた、おぞましい記憶。

 

 ()()()()()()()()()()()()()()()()()()()────

 

 違う。考えるな。思い出すな。

 鮮明に蘇ってきそうな幻を、冷静に意識の外へ追いやる。

 今日の俺は平静を保っていなければならない。大丈夫だ、起こる出来事は知っていたし、ウィズにも『精神感応』を頼んである……俺はいつも通り。

 我慢、我慢だ。俺には出来る。大丈夫。

 

 

 

 地下迷宮(ダンジョン)に挑む四組には、樹妖精(ドライアド)のアルファ、ベータ、ガンマ、デルタが一人ずつ付き添い、魔法通信者(カメラマン)として攻略映像を巨大スクリーンへ生配信している。

 

 チーム"豪雷"のバッソン達は、攻略に手間取っていた。マッピングせず、罠を警戒せず、宝箱もすぐ開けるので、道に迷うわ岩石に追われるわ擬似宝箱(ミミック)(弱)に噛み付かれるわ。アクシデントが多いためか注目を集め、Cランクの巨大熊(ジャイアントベア)を倒して銀の宝箱から希少級(レア)の剣が出てきた時なんかは、観客席がずいぶん盛り上がっていた。

 

「アタシが言うのも何だけど、あの人達、ちょっと無鉄砲すぎよね……」

「山あり谷ありで、ある意味真っ当に迷宮を楽しんでるな……」

「初心者用の攻略心得、とか作った方がいいかもね……」

 

 対照的な攻略を見せたのはエレン達。道順を記録しながら進むし、盗賊(シーフ)のギドがいるので罠や宝箱への対処も適切。まあ、ラミリス達にお菓子を貢いで手に入れた情報を使っての攻略だったけど……銅の宝箱を散々回収した後は、五階層の領域の主(エリアボス)吸血蝙蝠(ジャイアントバット)(C+ランク)の群れを水氷大魔散弾(アイシクルショット)で一掃して金箱ゲット、という抜け目のなさだった。

 

「全体攻撃カッコイイ……! 何だかんだで安定してるなぁ」

「うんうん! でも、もーちょっと苦労して欲しかったなーって思っちゃうよね!」

「そうだな、誰かさんが情報漏洩しまくった所為だけどな」

 

 最も攻略を進めたのはマサユキ一行だった。リムルが渡した地図には存在しない落とし穴(ラミリス達が勝手に設置したそうだ)に次々と引っ掛かり──違うな、的確に踏み抜いて下層へ進み、たった三時間のうちに十階層のボスである大きな蜘蛛(ブラックスパイダー)を倒してしまうという快進撃。

 Bランクの魔物程度ではマサユキの──仲間達の相手にもならず瞬殺で、ボス部屋の金箱を手に入れたところで冒険は切り上げられた。

 

「くっそ、サクサクすぎる……序盤の広い階層は迷わせるのが目的なんだから、落とし穴なんて要らないんだよ……後で撤去するからな」

「楽々ショートカットされたね。十階の記録地点(セーブポイント)まで行かれちゃったし」

「ご、ゴメンナサイ……」

 

 ガイは高い身体能力を活かして、尋常ではないスピードで迷宮内を駆け抜けていた。もう銀箱を二十個以上も探し当てている。銀箱には罠が仕掛けられていないのでハズレはないが、希少級(レア)は一つも引いていないようだ。

 

「何なんだアイツ……宝箱の位置がわかるみたいに進んでるな」

「うーん、あのガイってヤツ、すっごい欲望に染まってる感じだね? その嗅覚で、お金の匂いを嗅ぎつけてるみたいな?」

「…………」

 

 やがてガイも十階層へと辿り着いたが、マサユキ達に倒された大きな蜘蛛(ブラックスパイダー)が復活するより先に、タイムアップが来てしまう見込みとなった。ふざけるな、とガイは逆上し、付き添いのデルタを突き飛ばして喚き散らし、剣を振るって暴れ始める。

 規定違反だと再三の注意を受けても聞く耳を持たなかったガイは、刑の執行を宣言したデルタによって腕輪の痛覚遮断機能を解除され、首を刎ねられたのだった…………

 

 まあ蘇生は適用されるので、ガイは舞台上の大扉の傍で復活した。死の苦痛を余すことなく味わったため、まだ気絶したままだけど……後はルール違反の罰則として、迷宮内で獲得したアイテムを全て没収されている。

 そして、首ゴロンという衝撃映像を巨大スクリーンで目撃し、固まってしまった観客達には、ミョルマイルやソーカがすかさずフォローを入れた。

 

『皆様の快適な冒険のため、迷宮には最低限守って頂きたいルールがいくつかございます。それを無視すれば、このようにペナルティを課されることとなりますので、どうか正しい作法でご参加頂きたいものですな』

『なるほど~! ガイ氏には少し残念な結果となってしまいましたが、本番では少し待てばボスも復活するとのこと! 皆さんはちゃんとルールを守って、正しく迷宮攻略をお楽しみくださいね!』

 

 底抜けに明るい口調で押し切るソーカがプロい。

 ガイが目を覚まして起き上がったことで、観客達も安心したようだ。

 

 マサユキ達やエレン達は、支給アイテム"帰還の呼子笛"で地上へ戻って来ており、ガイは強制送還。残っていたチーム"豪雷"も、終了間際にスケルトンの弓矢を受け、死からの蘇生を体験した者が出たので、テストプレイとして意味のある成果となった。

 最後にリムルが舞台上へ赴き、一言述べる。

 

『この地下迷宮(ダンジョン)は、もう間もなくしたら正式に公開する予定だ。見事、地下百階層を踏破した者には──俺に挑戦する権利を授けてやろう!』

 

 こうしてお披露目会が締め括られ──というところで。

 地下百階で待機するヴェルドラから俺達へ、『挑戦者が全然来ないのだが、いつまで待てば良いのだ?』とトンチンカンな思念が入った。

 俺、絶対に挑戦者は来ないって五回は言っておいたし、復唱もさせたハズなんだけどなぁ……自由すぎるヴェルドラが俺の手に負えない……! 

 

 人の話を聞け! と『思念伝達』でヴェルドラを叱り付けたリムルからは、ウッカリ強めに『魔王覇気』が漏れ出ており、魔王の威厳を上昇させる効果を生むことになったのだった。

 めでたしめでたし。

 

 

 

 *****

 

 

 魔国連邦(テンペスト)開国祭の最終夜。

 マリアベル・ロッゾは、煌びやかな大広間で開かれた晩餐会に出席していた。

 立食パーティー会場の壁際には休憩用のソファセットが設置され、イングラシアやその周辺諸国の貴族令嬢達が無益な会話に花を咲かせている。

 彼女達に倣って一つのソファの端に腰を下ろしたマリアベルが、静かに微笑を浮かべ続けているのは──その中心に座る、魔国王弟レトラの存在故だった。

 

「レトラ殿下のドレスは、どれも見たことのない素敵なものばかりですのね」

「今日はどんなドレスをお召しになるのかしらと、毎日噂ばかりしていたんですのよ」

「ありがとうございます。この着物は我が国の巫女姫(かんなぎ)が手掛けたものですが……皆様のドレスもとても素晴らしいですね。よくお似合いです」

「まあ、光栄ですわ。わたくしのドレスはマダム・パシミアの新作で──」

 

 砂の魔物は今日も異国風の美しい衣装を纏い、姫君の姿を取っている。

 そんな魔物の姫に興味を引かれながらも、これまで遠巻きに眺めているだけだった令嬢達が、三日目にしてようやく恐々とレトラに声を掛けたのだ。

 それは好機だった。警備の魔物達の目が厳しく、単独でレトラに近付くのは危険と判断していたマリアベルは、群がる令嬢達の一人としてささやかな交流会に紛れ込む。

 

(ミューゼに命じて、魔王リムルの懐に入り込むよう画策させてはいるけれど……確実なのは、この国の中枢を私の支配下に置くことなのよ)

 

 ユニークスキル『強欲者(グリード)』による支配は、対象の人物にもある程度の欲望が必要となる。この三日間、マリアベルは注意深く観察を続けてきたが、魔王リムルの欲望は小さく、支配は困難であるとの結論が早々に出ていた。

 だが、興味深い収穫もあった。武闘大会での一幕──"流麗なる剣闘士"ガイの言動に、魔王リムルは面白いように反応した。欲望の矛先が弟に向けられたというだけで、ガイに制裁を加えかねないほどの義憤に駆られたあの様子。

 

(たったあれだけのことで、魔王が心を乱すなんてお笑いね。弟を溺愛しているという噂通り……いえ、噂以上なの。やはり、鍵は王弟レトラにあるわ。魔王を操れずとも、あの砂妖魔(サンドマン)さえ操れば、この国はロッゾの手に落ちたも同然なのよ)

 

 それだけに、焦りは禁物だった。支配を行うには更に至近距離までレトラに近付かねばならず、失敗しようものなら魔王の怒りはマリアベルへ向かうだろう。成功の確証が得られないままでは自殺行為と大差なく、実行には移せない。

 

(でも、まさか……肝心の王弟レトラからも、強い欲望が感じられないなんて)

 

 前夜祭で見掛けた当初こそ不安定だったレトラの精神は、日を経るにつれ一定の落ち着きを見せていた。来賓の前では微笑みを絶やさず、貴人として優美に立ち振る舞い、対峙する者には堂々と言葉を投げ掛ける……兄のスライムと同じく、浅ましい欲望とはまるで無縁であるかのような清廉な内面がそこにはあった。

 

(いいえ、有り得ないのよ。ユニークスキル『渇望者(カワクモノ)』を持つからには、求めて止まない望みがあるはず……恐らくは、意図的に抑え込んでいるのね)

 

 違和感を覚えたのは、午後の催しでのガイに対する反応。少なからず苛立ちを見せた魔王リムルに比べ、王弟レトラの感情がどこか希薄であったように思えたのだ。

 もしそれが、彼が何かを隠すために心を殺した結果だったとしたら? 

 

 マリアベルは待ち続ける。

 王弟レトラの完璧な美しさ──いっそ不自然さを感じさせるほど徹底的に取り繕われた化けの皮が剥がれ、醜い心の内を覗かせる瞬間を。

 

「楽しく歓談中のところ、失礼するよ」

 

 コツ、とソファへ近付く軽い足音があった。

 穏やかな声と共に現れたのは魔国連邦(テンペスト)国主、魔王リムル。

 一目で最高級品とわかるシルクの礼服と装飾品。編み込まれた青銀色の長髪。何よりその麗しき白皙の美貌に、令嬢の中には薄っすらと頬を染める者さえいた。

 

「レトラ、そろそろ時間だぞ」

「リムル」

 

 兄を見上げた横顔が、明るく華やぐ。

 美しくも曖昧な笑みで他者との一線を引いていた、粛然とした雰囲気が和らいだ。

 

(──ああ)

 

 見る者を蕩けさせる、甘やかな微笑みの中。

 垣間見えた、微かな感情。

 

(そう……そういうことだったのね。貴方はそれを隠していたのね?)

 

 マリアベルでなければ感じ取ることは出来なかったであろう、それは熱。

 燻るような熱を孕んだ、仄暗い欲望だった。

 

(見付けた、見付けたわ。ああ、何て狂った欲望なのかしら──)

 

 待ち望んだ綻びを前に、マリアベルは嗤う。

 

 

(王弟レトラ──貴方は、魔王リムルが欲しいのね?)

 

 

 

   ◇

 

 

 三日目の朝早く、俺はウィズに呼び掛けた。

 

(『先見之王(プロメテウス)』。頼みがある)

《はい、主様(マスター)。承ります》

(今日は最終日……"姫様業務"も大詰めだ。今日は朝から『夢現者(マドロムモノ)』を頼む。どんな感情だろうと、俺の精神が大きく揺らぐことのないよう気を配って欲しい)

《了。お任せ下さい》

 

 よし。こうしておけば、キラキラもイライラも隠せる。

 頼もしい返事に満足しながら、それから、と俺は続けた。

 これが、マリアベルへの最後の撒き餌──

 

(俺が合図したら、"風化欲求"を出してくれ)

《……………………》

 

 かなりの長い時間、ウィズは黙った。

 何度考察しても俺の意図が読めない、といった感じで。

 この沈黙、デジャヴだな……魔王達の宴(ワルプルギス)に行く前にも似たようなことがあったな……毎度毎度、わけのわからないこと言い出す奴でごめん。

 

(……あの、出来る? データは散々取ってきたし、再現可能だと思ったんだけど)

《……是。可能です……併せて、究極能力『旱魃之王(ヴリトラ)』の制御が必要ですが──》

 

 大変珍しいことに、ウィズの声が心許ない。本当にごめん。

 しかし、俺にもどうしようもなかった。俺にしか認識出来ない原作知識に基づいて立てた計画なので、ウィズには目的を伝えることが出来ないのだ。

 

《……問。"風化欲求"は、主様(マスター)にとって回避すべき状態異常のはずでは?》

(今回だけは必要なんだ。頼むよ)

 

 マリアベルには「他人の欲が見える」という力がある。それを利用して、俺の隠している欲望を暴いたと──俺を支配可能だと、マリアベルに思い込ませる作戦だった。

 でも原作では、リムルからは強い欲望を感じられないってことで操るのを諦めていたんだよな……じゃあもし、平常心の俺からも欲望を読み取れなかったら? 

 ダメだ、不安になってくる。マリアベルの狙いが俺から外れる可能性に怯えるよりも、俺が矢面に立っておいた方が安心だった。

 

(で……どう? 『旱魃之王(ヴリトラ)』の制御は?)

《解。短時間であれば可能です。ただし、"風化欲求"が進行すれば『旱魃之王(ヴリトラ)』の制御を失う危険性が高まることは御承知置き下さい》

 

 いつも通りの暴走の可能性。

 そう考えると、これは結構な綱渡りなのかもしれない……

 そしてそれ以上に、"風化欲求"が出た状態で国家行事に臨むとか、変態も真っ青の奇行なんだよなあ! 背に腹は代えられないからやるけどさぁ……! 

 

(わかった。対象はリムルだ、合図したら頼むよ)

《了。ユニークスキル『夢現者(マドロムモノ)』の実行準備に入ります──》

 

 

 

 最終夜には、迎賓館で晩餐会が開かれた。

 前夜祭と同じ立食形式だが、畳の間は用意されていない。歌劇場で大評判だった楽団員達による、生演奏の調べの中でのパーティーだ。

 リムルが王侯貴族達との社交で忙しいため、今日もミュウランと行動していた俺は、初めて御令嬢達に取り囲まれてソファセットの一つに腰を落ち着けていた。

 

『ミュウラン! マダム・パシミアって知ってる?』

『イングラシアの王都で有名なデザイナーですわ。予約は一年先まで埋まっているそうで、令嬢達の間では、彼女のドレスを纏うことがステータスになっているとか……』

 

 お嬢様方への笑顔を保ちながら、『思考加速』しつつミュウランにSOS。王妃になってからのミュウランはそういう話題も勉強しているらしく、とても助かる。

 うーん、とっておきのドレスなら褒めた方が良さそうだけど、適当なお世辞と思われたら評判に関わる……じゃあ、このドレスの特徴は──

 

《解。対象者のドレスを『解析鑑定』……等級:特上級(スペシャル)、魔力糸の刺繍により<浄化>効果付与。また、使用されている花のレースパターンに独創性が認められます》

魔法装備(マジックアイテム)なの? マダム・パシミアすごくね?)

 

 だが、褒めるポイントはそこじゃないと思うので、モチーフになっている花の名称をウィズに突き止めてもらいコメントした。その子は機嫌良く自慢話を続けたのでヨシとする。上流階級のお嬢様と話を合わせるのは大変だな……ミュウランとウィズがいてくれなかったら即死だった……

 

 そして、集まってきた令嬢達の中には──マリアベルがいた。

 最初の挨拶以降は、ソファの端で人形のように空気に溶け込んでいる。これでいい。俺を間近で観察するのは諦めたかと思ったが、特等席に来てくれた。

 シルトロッゾの姫が俺に接近したことには、幹部や警備達も気付いている。警戒を態度に出すんじゃないぞ……マリアベルは俺に何もしないから。今日は。

 

「楽しく歓談中のところ、失礼するよ」

 

 舞台が整いつつあった。

 リムルが俺を呼びに来て──俺はウィズに合図を送る。

 

《了。ユニークスキル『夢現者(マドロムモノ)』を再度実行……状態:"風化欲求"の再現を開始します》

 

 俺自身に精神操作を用いて、過去に観測された"風化欲求"の精神状態を擬似的に再現……いや、これは誘導だな。『リムルを溶かしたい』と俺に錯覚させるだけでいい。

 じわりじわりと、喉か、胸か、腹のどこかが熱を持ち始める。

 久々に感じる"渇き"……これは紛れもなく、何度も経験してきた"風化欲求"だ。

 

「レトラ、そろそろ時間だぞ」

 

 リムルを視界に入れるだけで、喉の渇きが増してくる。でも大丈夫、慣れてる慣れてる……本物の欲求が出たんだし、この距離だ。マリアベルなら読み取ってくれただろう。

 後は、俺が"風化欲求"をやり過ごすだけ。

 

 時間だぞ、とリムルは言った。

 そう、リムルは俺を迎えに来たのだ。俺へと差し出された右手。

 立ち上がった俺は姫様スマイルを維持しつつ、リムルの手に左手を重ねる──ピリリ、と軽く痺れるような感覚があったが大丈夫、予想してた。接触で欲求が高まるのは知っているし、覚悟済みだ。この程度なら楽勝で耐えられる。大丈夫。

 

 リムルのエスコートを受け、広間の中央へと進み出る。

 今日は畳の間がないため、広々としたダンスホールのような空間が出来ており、これから俺達が何をするかと言うと──まさしく、宮廷ダンスである。

 

 最後の夜にはダンスを、という企画は、ベスターやカイジン、ミョルマイルといった人間諸国の文化に通じた者達から持ち込まれた。俺達がダンスの作法も身に付けていることを示せば、貴族達からの評価は更に上がる。立派な楽団があることや、俺が"姫様業務"をしてることもちょうど良いとか何とか……? 

 

 当然、リムルも俺もダンスなんて踊れるわけがない。初めは「無理!」と二人で拒否していたが、貴族社会では必要な教養だとベスターに諭され、俺達は渋々ダンスの練習を開始した。そして、一朝一夕ではお遊戯会にしかならないことがよくわかり、「先生達のオートモードに任せよう!」と丸投げを決めたのだ。

 

『レトラ、準備は良いか? ……って先生が』

『いつでもいいよ、……って先生が』

 

 まずは二人きりで踊ることになっているが、実質ラファエルとウィズのダンスである。俺達は飾りです。

 これも俺には都合が良くて、ウィズにダンスを担当してもらえば、精神的に余裕が生まれた俺は"風化欲求"を抑え込みやすくなるという寸法だ。

 俺達は身体の制御権限を先生達に預け、オートモードに切り替えた。

 さあ、我慢、我慢だ。俺には出来──

 

「────ッ!?」

 

 突然、ビリッ! と電流が走るような衝撃に襲われて、思考が止まる。

 な、何だ……? ダンスの姿勢を取るために、リムルの手が背中に回っただけだぞ……? 着物の上から軽く触られただけで、何でこんな…………

 ……………………

 

 あ、あああああ!? 

 忘れてた! 今の俺、着物に『砂憑依』してるんだった! 

 手だけじゃなかった……着物も帯も袖も、リムルに触れられた全ての箇所が反応する……! 

 

 

 

 




※マリアベルを釣れたので目的達成
※(風化イベントをやりますが、リムルのみです)



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