酷い目に遭った…………!
昨夜、マリアベル用に"風化欲求"を出したまでは良かったけど、『砂憑依』を忘れていた所為で欲求が膨れ上がり、結局リムル(分身体)を喰ってしまった。何回目だよ!
俺のことはリムルが「体調不良」と説明しておいてくれたようだが、晩餐会の途中で消えて朝まで戻って来なかった俺は、皆をとても心配させてしまったようだ。
「レトラ様! もうお加減はよろしいのですか!?」
「余程お疲れだったのですね……気付くことが出来ず、申し訳ありません」
「い、いや、いいよいいよ! 体調は良くなったから!」
シオンやシュナが涙ぐむ勢いで詰め寄って来て、こっちが申し訳ない。
謁見式から開国祭に掛けての公務が長かったとは言え、それで倒れたとか魔物の風上にも置けない虚弱っぷりだな……あ、でも、普段と慣れないことをして、精神的に疲れたってことにしておけば自然かな?
「開国祭は無事に終わったし、もう"姫様業務"も必要ないんだからさ!」
「…………」
あれ? 目を逸らされたぞ? おーい?
俺はちゃんと姫様やったし、もう廃業していいんだよな? あれ……?
「──それでだな、今日は商人達への支払いの期日だ」
リムルの声が場を仕切り直す。
そうだった、今は朝の打ち合わせの時間。
開国祭は昨日で終了したものの、まだ諸々の後片付けが残っているのだ。
「相手の出方にもよるが、準備は万全だ。レトラ、お前も来るか? まあ、記者達がかなり集まってるみたいだから……来るなら姫様続行だぞ」
「あ、じゃあパスで」
恥を忍んで頑張った"姫様業務"だ、実は姫なんていないんですとバラすには早過ぎる。すると、記者達の前では業務を続けなければならないため──お断りします。
支払いの場に俺が立ち会う意味もない。リムルという最高権力者が出て一気にカタを付ける、という一番わかりやすい決着で終わらせるからだ。
だけど、見学はさせてもらうことにした。
ミニミニサイズの砂スライム、『強化分身』を作り出し、リムルの襟元ファーに潜り込ませてもらう。コイツを通して、こっそりと俺も見ているというわけだな。
不完全な接続とは言え、『魂の回廊』経由でリムルの得た情報を共有することも出来るのだが、今後ちょっと分身体を使役する予定があるので、その練習も兼ねている。
それに、原作通りに出来事が進んでいるかの確認も必要だし──リムルのカッコイイ所も見逃せないからな! しっかり見学するぞ!
結論。
めっちゃ格好良かった……!
俺の知識を踏まえて言うと、今回の騒動は、ガストン王国のミューゼ公爵がグランベルの命令を受け、リムルの信用を得ることを目的に計画したもの。
取り込んだ商人達をゴネさせて、支払いに困った俺達に手を差し伸べる……エルメシアの言っていた、「相手を従えたい場合、恩を売る方が何倍も簡単で成功率も高い」っていうアレだ。成功すれば五大老の地位を約束されている、とかだったかな。
仕掛け人の登場を読んでいたリムルは、ミューゼ公爵の申し出をすげなく断り、ドワーフ金貨四千枚を用いて小売商達への支払いを終えた。
当ての外れたミューゼは、しぶとく魔国の評議会加盟についての口添えを提案する。
当然、リムルが意に介することはなく──
「うーん……ミューゼ殿には頼めないな。だって君、もう失脚するだろ?」
ミューゼへの断罪が下された。
一部始終を見ていた記者達が今回の件を記事にすれば、他国の問題に突然出しゃばり空回った公爵の噂はあっという間に広がる。魔王に取り入ろうと策を弄した公爵の醜態、とか好き放題に書かれるんだろう。世間からの信用を失くすのはミューゼの方だ。
そして、商人達にも。
今度とも御贔屓に──と揉み手する彼らへ、リムルは冷たい目を向けた。
「それは遠慮させてもらおう。君達との取引はこれで終わりだ」
ミョルマイルが何度も何度も頭を下げ、当初の契約通り他の支払い方法でなら……といくら説得しても、彼らは「信用出来ない」と取り合わなかった。
シオンが言っていたように、古代金貨や金塊に信用がないなんてことは有り得ない。ならばそれを突っぱねるのは、「魔国は信用に値しない」と声高に宣言することに他ならず、どうして俺達がそんな連中と取引を続けたがると思うのか。
「君達が信用出来る相手としか商売したくないように、俺達だって取引相手は選びたいんだよ。そういう訳で、以後、我が国では君達に商業許可が下りることはない──」
ミューゼに買収された者だけでなく、脅された者もいたかもしれない。それなら尚更、謝罪と説明から始めて、信用を取り戻そうという誠意を見せるのが筋だったのに。
戦慄する商人達に一切の容赦をせず言い放ったリムルは、では失礼すると席を立った。
去り際に、後は任せる、とミョルマイルに声を掛けて。
完璧に格好良かった。
夕方、顔見知りを集めての反省会が開かれた。
ドワルゴン、サリオン、ファルメナス、ブルムンドの面々、ユウキにヒナタにマサユキ。
あとは魔国の幹部達と……俺は姫様をやめた反動で砂色の短髪姿となり、国相として参加した。以前、シュナを卒倒させたこのショートヘアだが、砂である俺は髪の長さも自由自在なので、シュナ達はもう気にしてはいないようだ。
そんなメンバーの前で、リムルが商人達との事の顛末を説明する。
ガゼル王はやや呆れながら、エルメシアは楽しそうに反応した。
「思い切った真似をする……」
「うふふ。やられたらやり返す、それで正解だと思うわよぉ?」
リムルは見た目が優しくて舐められることが多いから、たまには魔王としてあれくらい厳しい態度を取ってもいいと思う。「魔物だからと理不尽を強いる者には容赦しない」ってスピーチもしてあるし、生半可な対応で終わらせては足元を見られてしまうからな。
ベニマルやゲルドの目には、商人達への罰が厳しすぎると映ったらしい。何かお考えが? との問いに、答えたのはミョルマイルだった。
「ふっふっふ、簡単な話ですぞ。リムル様はワシに後を任すと仰いました。つまり、行き場をなくした商人共に恩を売り、ワシの手足とせよという意味だったのですよ」
「相手を従えたい場合は──ってね」
リムルが目配せした先で、エルメシアがよく出来ましたと言いたげに微笑む。
あの一言だけでリムルの意図に気付き、実行してみせたミョルマイルも優秀だったし、これは三人の見事な連携プレイだと言っていいだろう!
その後も次々と、重要な議題が挙げられた。
ガゼル王には、
エルメシアからは、魔国の発明品の優先的な利用権を買い取りたいという要望があり、魔導列車の開発を進めるための技術協定が結ばれることも決まって。
その列車に関して、クシャ山脈にトンネルを通す話が保留となっていたが、御山に影響が出ないなら、というモミジの承諾が得られた──代わりに、ベニマルが売られそうになったり。
まだまだある。
ユウキには、挑戦者達を管理する協力要請。既存の冒険者カードが利用出来るし、迷宮で得られる魔物の素材が増えればギルドの収益にも繋がる。検討するが恐らく受理されるだろうとの返答があり、魔国にもギルドの支部が出来ることになりそうだ。
ヒナタからは、迷宮内部を最適な環境と見て、回復魔法を扱う
最後にリムルは、注意喚起の意味も込めて、と各々の顔を見回しながら問い掛けた。
「これまで裏で工作を仕掛けてきていた犯人は、東の帝国の商人のようなんだが──皆さんのとこではどうかなと思ってさ。東の商人との交流はあるか?」
客人達が退室し、残ったのは魔国の仲間達だけ。
証拠はないがもう間違いない、と溜息と共にリムルが言う。
「クレイマンが言っていた"あの方"ってのは──
先程の場には、リムルとシズさんの関係を知る全ての者がいた。
エレン達三人組、フューズ、ユウキの五名のうち、それを東の商人を通じてヒナタに伝え、リムルを殺させようとした者こそが黒幕。
シズさんの敵討ちのために必ずヒナタは動く、と確信している人物という時点で、リムルは以前からユウキを疑っていたようだが……今回の反応を見て他の者達への疑いが晴れ、やはりユウキしか残らないと再確認したことになる。
「俺はユウキと知り合って間もないけど……リムルは友達だったんだろ」
「まあな。同郷でもあるし、何だかなぁとは思うが」
疑わしきは罰せずの精神で、リムルはユウキとは決定的には対立しない。
リムルがそうするなら俺も従う。これ以降、ユウキはそれほど魔国の害にはならないしな。クレイマンのしたことは許せるものではなかったが、その代償はクレイマン自身の命と、大事な仲間を失うという形でユウキ達が背負っている。
「こうなるとロッゾとの繋がりもあるんだろうし、用心しないとな。ソウエイ」
「承知。この町に作る支部とやらも、要観察対象に設定しておきます」
「それと、ミューゼ公爵と商人達との背後関係だ。そこを明らかにするついでに、俺達がミューゼに目を付けていることを気付かせてやれ」
「よろしいのですか?」
普通、調査や監視は内密に行うものだ。
それをわざわざ気付かせる……そうか、なるほど。
「カムフラージュだね?」
「ああ。俺達はミューゼの裏にいる連中の正体をまだ知らない、ってアピールだよ。ロッゾ側に余裕が出来れば、尻尾を出しやすくなるかもしれないからな」
マリアベルなら、それに気付いてミューゼを泳がせ、俺達の目をそちらに引き付けておこうと考えるだろう……その分、ロッゾへの注目が薄れるはずだと。
悪くない。マリアベルの次の目標は、いかにして俺に接触するか、だろうから。
『泉。俺達は、お前より先に死ぬ』
じいちゃんの夢を見た。
親のいない俺の現実を冷静に見据えた言葉。
それがまさか、俺の方が先に死ぬ不孝者だったなんて、知りたくなかったけど。
『一人で生きられるようになれ。お前はどこにでも行ける』
普段はあまり口数の多くない気難しいじいちゃんと、いつも俺を心配してくれる優しいばあちゃんが、俺の幸せを願ってくれていることはわかっていた。
そしてまさか、転生してやって来たのが『転スラ』とか、予想もしてなかったけど…………
でも、この世界でなら生きられると思った。
我慢出来ると思ったからだ。
いるはずのなかった場所で生きることには、慣れていたから──
「ん…………」
目を開けると、俺は畳の上に寝転がっていた。
夕食後に庵へ戻って来て、少しウトウトしていたようだ。
前世の夢を見るなんて珍しい。昨日、リムルにあんなことを言ってしまったからだろうけど……あれ、絶対変に思われたよなあ……昔と違って、俺はもう平気なのに…………
とにかく、今日は俺も反省会をするつもりだった。
昨夜の出来事を除けば、連日の"姫様業務"は問題なく終わったはずで、あれならマリアベルも釣れただろう。俺を操れると確信したマリアベルが次に狙うのは、俺に『
実現させるには、マリアベルの作戦に合わせて俺が動くしかない。俺の目的を悟られないよう、リムル達にも知られずに……とんでもない難易度だ。
俺がしようとしていることは、リムルや仲間達を裏切る行為だろうか。でも他に方法がない。リムル達にもウィズにも、何も伝えられないんだから。
俺は俺に出来ることを全てやりたい。その言葉に嘘はない。
いつか、俺の知っていることが全て終われば。それまで何も間違えず、何も取り零さず、全てを終わらせられたなら──俺はようやく、皆と対等に生きられる。
見落としはないか?
俺を邪魔する要素はないか?
まだまだ先は長いけど、その先を読むことだったら──
《
(ん、ウィズ?)
呼ばれて意識を向けると、申し訳ありません、と謝罪があった。
何かと思ったら、昨日の"風化欲求"の件だった。ダンス中に欲求の制御を手伝ってもらったが、あまり効果がなかったことを気にしていたようだ。
《以前より、状態:"風化欲求"の抑制方法を確立するよう命じられていたにも関わらず、
(いやいや! 研究中なんだろ!? まだ途中なだけだって、これからだって!)
大変だ、ウィズの元気がない……!
俺の望みを叶えることに命懸けてる系の奴なので、落ち込み方半端ないな……!
すっかり沈んだ声に動揺した俺は、慌ててウィズを慰めた。お前は悪くない、俺が無理言った、ゆっくりやってくれればいい……んだけど、確かに報告がないのは気になっていた。
(お前にしては時間掛かってるよな……どういう研究なんだ?)
《解。究極能力『
「え?」
聞いてはいけないものを聞いてしまった。
いや……本当は、もっと早くに聞いておかなければならなかったこと。
「……クレイマンに……施されていた?」
《解。個体名:クレイマンに"
待って…………
俺それ知らなかった…………
違う、知ってはいたのだ。クレイマンが精神支配を受けていたことは。
つまりその、
近藤中尉の"
前世の知識によると、本来は頭が良く知略に長けていたはずのクレイマンが、ここ数十年ほど何かと視野が狭く迂闊な言動を取りがちだったのは、本人も仲間達も知らない支配を長年受け続けてきたことによる、精神への負荷が原因だったようなのだ。
その犯人は、東の帝国の異世界人、近藤達也…………
嘘だろ!? 俺持ってたの!? "
サンプルです、とウィズが無機質に告げ、俺の手の平にはコロンと銃弾が現れる。
ああ、"
《ただしこの呪法は、発動条件に何らかのスキルまたは特殊法則が必要である可能性が高く、『創造再現』のための構成情報が不足しています。『解析鑑定』を継続中です》
ウィズの見立ては正しかった。あれは、究極能力『
というか、これ完全な見落としだよな……?
呪弾を破壊したことにさえ気付いてなかったのは論外すぎる……
クレイマンに"
すると、何が起こる? 誰にどんな影響が出る?
近藤中尉はクレイマンがどう倒されたか、リムルがどう戦ったかを知らない……? ヴェルドラが来ていたことも、魔王達の反応も……俺が戦っていた場面も見てない……?
あの時、俺はギィが『
それと同じように、もし近藤中尉に
それを、"
全てが仮説でしかなく、考え過ぎかもしれないし、後の祭りかもしれない。近藤中尉が呪弾を破壊した犯人捜しをしている恐れだってある。それは怖い。
俺がいるだけで世界は歪み、行動すればするだけ捩じ曲がる。俺の預かり知らないところで因果は巡り、ほんの少しの掛け違いで通り過ぎることもあるかもしれない、と。
…………先が全く読めないけど、まだまだ、先は長い。
※読み切れると思う方が傲慢
※今回の本編更新は終了です。次回、補足資料として(前世/藤馬泉)を更新します。小ネタ集に入れようとしていたヤツなので多分短いですが、参考にしてください