133話 迷宮運営
開国祭から十日ほど経てば、来賓達の見送りも一段落となる。
エルメシアなんて、いつでも遊びに来られるようにと高級旅館を丸ごと一つお買い上げするというセレブっぷりを見せ付けて帰って行った。ガゼル王が羨ましそうに見ていたな。
逆に、町に残ることになったのはリムルの教え子達。
リムルは自由学園の教師達から、強くなった子供達に適切な指導を行える者がいないという相談を受けていたそうだ。今はヒナタが教師役となり、元素魔法:
子供達を保護した理由は他にもあって──黒幕の正体がユウキであると確信した今、ユウキの元に預けておくことは出来ない、という考えによるものだった。
そのユウキも、例のマリアベルも、既に町を去っている。俺の原作知識によると動きがあるのは大体一ヶ月後……異変に気を配りつつ、それまでは平和な日々が送れるだろう。
「諸君! 迷宮には大規模なテコ入れがあったわけだが──大盛況だ」
地下迷宮の会議室で、リムルが満足気にニヤリと笑う。
集まっているのは俺の他に、ヴェルドラ、ラミリス、ミョルマイル……そしてマサユキ。
「一階層にチュートリアルとやらを設けたのは正解だったな! 挑戦者達の攻略がスムーズになったぞ。マサユキと言ったか、貴様はなかなか大した男よ」
「新しいアイテムの"事象の記録玉"も、高額だけど売れてるみたい! 皆、使い捨ての
「ははは……僕なんて全然……」
ヴェルドラもラミリスもご機嫌で、有用な意見をズバズバ出したマサユキを褒め千切る。
その二人が伝説の"暴風竜"や"
「その他のアイテムの売れ行きも好調ですぞ。特に"復活の腕輪"は、所持を義務付けたことにより、最も売り上げが伸びておりますな」
ミョルマイルの言う"復活の腕輪"義務化は、俺が提案したやつである。
この世界の冒険者はちょっと、人の話を聞かなかったり、自信過剰で無謀な人が多すぎる……これじゃいつか死亡事故が起きるぞと怖くなった俺は、どうせ腕輪は必須アイテムなんだから義務にしよう! と訴えた。
迷宮への入場料は銀貨三枚で、初回のみ"復活の腕輪"が無料で貰える。
迷宮内で死亡して地上へ戻ると、次回は腕輪の購入費の銀貨二枚を含めた、計五枚を払わなければ再挑戦は出来ない。無事に帰還すれば腕輪は残るので、銀貨二枚と換えたいなら応じるし、次の挑戦時に持ち込んで入場料だけ払うのも可だ。
他に何かあるか? とリムルが皆に問う。
ラミリスの報告では、
じゃあ俺も、と片手を上げて発言する。
「一階でチュートリアルやってる冒険者達がもう少し経験を積んだら、もっと本格的な体験コースも用意するって話が出てたよな?」
「ああ、指導員の育成を進めてるところだ」
「その指導員、たまに俺もやっていい?」
「え? いやそれは……お前の立場で現場に出るのはマズくないか?」
ごもっとも。国の要人がそんな所で呑気に遊んでいては(一応指導員という仕事だけど)、この国大丈夫かと思われてしまう。しかし、俺には秘策があるのだ!
「ちゃんと俺だってわからないようにするから──ほら」
砂色の長髪がサラサラッと短くなると同時に、その色が黒へと変わる。
そして、琥珀の瞳も黒く変化し──前世でお馴染みのカラーリングである黒髪黒目となった俺は、自信満々に胸を張った。
「どうだ! 俺はBランク冒険者のトウマ! 完璧な変装だろ?」
「顔が可愛い。やり直せ」
「顔はこれしか持ってないんだよ!」
リムルの野次にもめげず、サラサラ作り出した黒い布で顔の下半分を覆ってみせる。後は指導員らしい装備を整えれば、レトラとしての印象はかなり薄れるだろう。
前世の俺、藤馬泉の顔を再現出来たら真の意味で完璧なんだけど、ウィズに記憶を調べてもらっても該当する情報が得られないらしく……何でだ?
「ほう、器用なものよ。我にはレトラにしか見えぬがな?」
「ヴェルドラとは魂の繋がりがあるから、流石にわかっちゃうか。ラミリスはどう?」
「ア、アタシだって、見ればレトラってことくらいわかるのよさ!」
「(こっそりやったらバレなそう……)」
リムルに名付けられた魔物達なら俺とも多少の繋がりが存在するので、外見を変えたくらいでは誤魔化せないだろう。つまり、いざ指導員として紛れ込んだら『何してるんですかレトラ様……?』って目で見られる覚悟をしておいた方が良いってことだな。
「本当はどこかのチームに声掛けて、雇われのサポートメンバーとして小遣い稼ぎするのもいいなって思ってたんだけど」
「やめろやめろ! 迷宮攻略には何日も掛かることもあるんだぞ!? そうなったら、迷宮内でそいつらと寝泊まりすることになるだろうが!」
「だよなぁ……ちょっと困るよな。長時間拘束されて政務に穴が空いたら嫌だし、やめとくよ」
「レトラさん。リムルさんが言ってるのはたぶんそういうことじゃなくて……」
「マサユキ、いいから……レトラはこういう奴なんだ……」
まあ体験コースの指導員くらいで我慢してくれるなら……というリムルの了承が貰えて、挑戦者達の攻略状況を見ながら実施する方向で決まった。
会議は続き、魔物にアイテムを飲み込ませておいてドロップ品とする案や、効果不明のアイテムを玉石混交で用意し鑑定必須とする案など、アイデアは次々と出揃っていくのだった。
迷宮の運営が軌道に乗り、連日の忙しさが少し落ち着いてきた夜。
リムルの執務室にやって来た俺は、リムルと一緒に各部門からの報告書に目を通し、データベースを更新し、認識のすり合わせを行う。
作業の後に出てきた紅茶は、なんとシオンが淹れてくれたものだった。
以前はお茶からも謎の手が生えてくる有様だったシオンが、特訓の末に、普通の紅茶を淹れられるようになったのだ! 初めは味見役のディアブロが体調不良を起こすほどのシロモノだったらしいけど……世の中に不可能なんてないって証明だね。
「へぇ……美味いよシオン。よく頑張ったな」
「うん美味しい。俺、シオンのお茶好きだな!」
「あ……ありがとうございます、リムル様、レトラ様……!」
緊張で強張っていたシオンの表情が、ふにゃっと緩む。
シュナやディアブロの紅茶ともまた違う、少し苦くて厚みのある味わい。カスタードクリームのワッフル(俺型)と良く合う、濃いめの美味しい紅茶だった。
そうそう、ディアブロはファルムス攻略の褒美は何がいいかとリムルに尋ねられ、部下を持つことを望んだ。今後は国盗りのような雑事は部下に任せ、リムルや俺の身の回りの世話という大事な仕事に専念したいからと──さて、ツッコミポイントはどこでしょう。
そのディアブロだが、部下のスカウトに旅立つ間際、こんなことを言い出した。
「レトラ様……大変厚かましい願いで恐縮なのですが……私が新たな部下を連れて参りましたら……その者達に、私を紹介して頂くことは可能でしょうか……?」
そんな不安そうな顔で、俺の顔色を窺いながら切り出すようなお願いじゃない……とは思ったんだけど、それよりも大きな疑問がある。だって来るのは──
「ディアブロの古い知り合い、って言ってたよな? 紹介する必要なくない?」
「い、いえ! 例えばその、私が普段どのような働きをしているかなど……ご面倒かとは存じますが! 一言だけでも結構ですので、その者達に示して頂けましたらと……!」
ディアブロっていっつも必死だよな。
あ、アレか? レインとミザリーは、ディアブロが働き者だって言っても信じてくれなかったし……あんな風にならないよう、ディアブロはちゃんと働いてるよって伝えればいいのか?
「わかった。ディアブロのこと紹介するよ」
「! 有り難き幸せ……! それではリムル様、レトラ様。断腸の思いではございますが、しばらくの間、お傍を離れることをお許し下さい……!」
「ああ。怪我しないように気を付けて行って来いよ」
「行ってらっしゃい。スカウト頑張って!」
異様にやる気を出したディアブロは、意気揚々と部下探しの旅へと出発した。ということは、これで俺は…………待望の悪魔三人娘にも会えるんだな! 楽しみ!
地下迷宮の最下層には、ヴェルドラの大広間や魔鋼の保管庫、ガビルやラミリスの研究施設など様々な部屋がある。今回リムルと俺は、ラミリスに頼んでそれぞれの研究室を追加で作ってもらった。
リムルはディアブロが連れて来る予定の部下達のために、千体分の依代を用意することになったし、俺はトライアさんとドリスさんの依代を作るという約束があったからだ。
「リムル。俺の方が終わったら、そっちも手伝おうか?」
「うーん……魔鋼人形を一体作ったとして、お前なら複製にどのくらい掛かる?」
「構成情報を取得して再現するだけなら、一体五秒かな」
「それも凄いが……ディアブロに褒美をやるって言い出したのは俺だしな。それに、良いことを思い付いたんだよ。この件は俺に任せてくれ」
リムルがそう言うので、俺は"聖魔核"を作るための宝珠だけ分けてもらい、研究室に籠った。俺にはリムルみたいに大規模な開発を行う予定はないんだけど、自分専用のラボとかワクワクする響きなので満足である。秘密基地みたいな感じだ。
その日は研究室の設備をそれっぽく整えることに費やし、ウィズが"聖魔核"の作成に必要な解析を終えた翌日、俺は九十五階にある
「トライアさん、ドリスさん。約束していた依代を作る準備が出来ました!」
「レトラ様、ご機嫌麗しゅう。お待ちしておりましたわ」
「この度はご足労頂き、ありがとうございます」
俺は空っぽの宝珠を取り出すと、説明を始めた。本体の
「あっそうだ、トレイニーさんと全く同じにしたいなら、妖気の注入はリムルに頼んだ方が」
「いいえ。是非ともレトラ様に行って頂きたく存じます」
「ええ、わたくしもお姉様と同じ意見ですわ」
俺の注意喚起をあっさり流して微笑む、トライアさんとドリスさん。
うーん、リムルの妖気を使ったからって、トレイニーさんに特別な変化があったわけじゃないしな……トレイニーさんは今日も元気にラミリス命だ。じゃあ、俺の妖気でもいいか。
"聖魔核"の生成に成功したら、魂の抜けた
「ああ、レトラ様……賜りました数々の御恩には、感謝の言葉もございません」
「レトラ様が慈愛に溢れた我らの守護者であることは、ささやかながら今後も眷属達や森の魔物達へと語り継がせて頂きますわ」
二人はやや大袈裟に、俺への感謝を口にする。
そして、御礼がしたいと切り出してきたのはトライアさんだった。
「わたくし達ドライアドと懇意にしているエルフ達が、この九十五階層の会員制のお店で働いておりまして……レトラ様をご招待させて頂きたいのですが、如何でしょう?」
「え!? あの高級クラブに!?」
「ええ、レトラ様をお持て成しするには相応しい場かと存じます」
何だかすごいコネが出来たな!?
元大学生に縁のある場所じゃないし、そのうちリムルが連れてってくれるんじゃないかなーくらいに思ってたけど……未知の体験には興味がある……ちょっと冒険してみようか……?
「そういえばレトラ様、お聞きになりましたか? とうとう、九十五階層の宿泊施設を利用する者が現れるかもしれないとか」
「え?
「いえ、そちらの一般区画ではなく、エルフの担当する特別区画です」
先日行われた迷宮のテコ入れで、各階の階段横に九十五階層へと繋がる扉を設け、割高料金でトイレ休憩や食事、ホテルなどを利用出来るサービスが始まっていた。
九十五階層に広がる憩いの森林都市の一部だけが冒険者向けの一般区画として整備され、まだ接客に不慣れな
だが、特別区画となると……そこへ行くには階段横の扉からではなく、九十階層のボスを倒すと現れる階段からしか辿り着けないはず──
「聖騎士団長ヒナタ殿が、間もなく九十階層に到達するとの報せがありましたわ」
それかー! ヒナタがヴェルドラに挑むイベントを忘れてた!
せっかくの飲みのお誘いだったが急用が出来たのでとお断りし、それではまた次の機会に……と残念そうな二人と別れて、俺は大急ぎで迷宮の会議室を目指したのだった。
「──ヴェルドラ! ラミリス! 状況は!?」
「おお、来たかレトラ! 探したぞ、どこへ行っていた?」
「わーん! ベレッタが負けちゃった……!」
俺が到着した時には、ヒナタがベレッタを撃破した後だった。九十階層のボスは本来クマラだが、まだ子供なので代わりにベレッタが出たそうだ。
今頃ヒナタは、九十五階の高級ホテルに部屋を取ろうかってところだろう……ちなみに九十一階から九十四階は倉庫や花畑や、加工工場となっているためスキップされる。
経緯としては、まず
その結果に呆れたヒナタに、フリッツが『ヒナタ様でも無理では?』と吹っ掛けたことが原因で、ヒナタ怒りのソロ攻略が始まった。
六十一階層からスタートし、
ベレッタも相当強くなっているけど、ヒナタには敵わないか……ラミリスはベレッタが心配らしく、ちょっと様子見てくる! と会議室を出て行った。
「で、リムルにはもう知らせた? 今なら研究室にいるはずだけど」
「思念を送ったが、リムルめ、『今いいところだから後でな』などとぬかしおったわ」
原作を思い返してみたところ、何日も研究室に籠っていたリムルは注目の一戦を見逃してしまう……って感じだったっけ。しかし、リムルが夕食に来なかったらご飯だよって俺が呼ぶので、普通に毎日会っている。後で話しても余裕で間に合うな。
九十六階層からはミリムの作った最難関のドラゴン部屋が続くが、ヒナタは百階層までやって来るだろう。そうなれば、残るは
「クックック……フハーッハッハッ! とうとう我の出番のようだな! レトラよ、我の勇姿をしかとその目に焼き付けるが良いぞ!」
「俺、めちゃくちゃ楽しみにしてるから! ヴェルドラの格好良いとこ超見たい……!」
「クァハハハ! 任せておけレトラ……!」
そして翌日。
ヴェルドラは百階層の大広間で、ヒナタを待ち構えている。
勢い余って昨夜からスタンバイしようとしていたので、俺が止めた。ラスボスが前日入りして待っててくれるとか、そんなアットホームなダンジョン聞いたことないよ!
攻略を再開したヒナタを、会議室に集合したメンバーが映像を通して見守っている。リムルはちゃんと来ているし、ミョルマイルもマサユキもいる。
「途中からとは言え、たった一日でボスを薙ぎ倒しまくって……荒らしプレイヤーかアイツ?」
「ヒナタ様は、マサユキ様に匹敵するとも噂される実力者ですからな」
「正直言って僕は胃が痛いです……」
またまた御謙遜を、と笑うミョルマイルはマサユキファンであり、マサユキの方が強いと信じて疑っていない。マサユキの胃がボロボロになるからやめてあげて……!
ヒナタは、地滅階、天雷階、氷獄階、炎獄階の四つの階層を何なく攻略してのけた。重力増大から灼熱地獄まで、挑戦者を生かしておく気が感じられない難易度なのでどうかと思っていたが、それを初見突破する人間がいるのもどうかと思う。ヒナタの場合、各属性の精霊と契約していたお陰で、属性竜による地形効果を中和させながら進んだみたいだけど……
舞台は、ついに迷宮の最下層へ。
物々しい雰囲気の大広間に佇む、巨大な漆黒の竜。人智を超えた存在感と邪悪な瘴気に支配されたこの空間では、資格無き者は立っていることすら許されず、命を落とす──
「クァーッハッハッハア! よくぞ来た! 歓迎するぞムシケラよ!」
ホントに言ったああ! ラスボス用セリフとは言え、ヒナタ相手にすごい度胸!
対峙するヒナタが綺麗な顔をピクリと歪め──戦闘が始まった。
だが、流石のヒナタでも為す術がない。魔法、呪符、
ヒナタの戦闘シーンをリアルタイムで見たことがなかった俺には、貴重な見取り稽古にもなった。たった一人で邪竜に挑む孤高の聖騎士という構図は格好良かったし、
勝負はヴェルドラの圧勝で終わった。やっぱり竜が強いのって王道でいいよなぁ……あの圧倒的強者感には感動すら覚える。ヴェルドラマジ好き。
ただし、調子に乗ったヴェルドラは、"死を呼ぶ風"も"黒き稲妻"も"破滅の嵐"も、全てをヒナタに見せてしまった。簡単に手の内を晒すなって、俺には何度も言ってくれてたのに……
しかも…………
──クアーッハッハッハ! 弱い弱い!
──それで人類の守護者だと? 笑わせるわ!
──プークスクス。何だ、もう立てぬのか?
──やれやれ、敗北を知りたいものだ。
──さて、そろそろ終わりにしよう。我も暇ではないのでな。
煽り過ぎである。あのヒナタに何てことを!
そんなだからボッコボコにされるんだぞ……されたんだぞ? どっちだ?
いや、何にしても毎回勇者に封印されてたわけで……封印されてくれないと、俺やリムルはヴェルドラに会えなかったかもしれないんだから……ヴェルドラがこういう性格だったのは、むしろ良かったってことになるのかな……?
※活動報告でもお知らせしましたが、多忙と体調不良のため、しばらく二週間おきの更新となります。次回は10/3(木)予定です。