転スラ世界に転生して砂になった話   作:黒千

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137話 三度目の誘拐

 

 ──そろそろな気がする。

 

 いつもの畑の隅で、俺はそんな予感と共に佇んでいた。

 大きな出来事が片付いて、平和な日常が戻ってきた頃に起こるヤツ……ウィズの『未来予見』でも正確な答えは出なかったが、俺はそろそろだと思うのだ。

 

 赤い人に、北の方に連れて行かれるアレが……! 

 

 まさかこの畑が魔国屈指の誘拐スポットだなんて、誰も想像していないだろう。

 だから、最近ではここには一人で来るようにしていた。もし研究棟の職員に誘拐現場を目撃されたら……こんな秘密を抱え込ませるのは可哀想だし……

 

 と、黙々と畑のチェックを続けていると。

 妖気も霊気も感じないのに、視線を感じた。うわ、ホントに来た! 

 抵抗しても脅されるだけなので、誰にも気付かれないうちに行って来よう、と決意して振り返る。そこで俺が見たものは…………白かった。

 

「レトラちゃん!」

 

 さらりと流れる真珠色の髪。

 そこには、来ちゃった、的な満面の笑みで俺に手を振る──

 

「ヴェルザードさん……!?」

 

 いやダメでしょ!? 

 いくら何でもヴェルザードさんは来ちゃダメだって……! ここにヴェルドラいるのわかってますよね!? "竜種"同士でこんなに近付いて、気付かれたらどうする気だ……!? 

 かろうじてミリムはいない。宿題もせず迷宮で遊び呆けているのがフレイにバレてしまい、引き摺られながら帰って行ったばかりだ。また今度な、ミリム! 

 

 俺は一目散に、森の中のヴェルザードさんに駆け寄った。直前でブレーキを掛けたのに、待ち構えていた両腕に捕らわれる。すり、と頭に寄せられる頬。

 

「会いたかったわ、レトラちゃん。今日もとっても可愛いわね」

「な、何でヴェルザードさんが……?」

「うふふ。いつもは、ギィがレトラちゃんを迎えに来ているでしょう?」

「いえ、ギィさんは俺を攫いに来たことしかないです」

「この前のことがあるし、ギィだとレトラちゃんが怖がるんじゃないかと思って……だから、今日は私が来たのよ。驚いた?」

 

 茶目っ気たっぷりに、ヴェルザードさんは笑う。

 こうしてると、可愛らしいお姉さんなんだけど……

 

「本当はね、待ってたのよ。次はヴェルドラちゃんと一緒に来てねって言ったでしょ? どうしてヴェルドラちゃんは、レトラちゃんを連れて遊びに来てくれないのかしら……?」

「あ、あっ! ヴェルザードさん、早く行きましょう!? 転移門どこですか!?」

 

 それまで完璧な妖気制御をしていたヴェルザードさんが、怒りか悲しみを覗かせた途端、ピキ……と肌が冷えるような寒気を感じた。マズイって! 

 一刻も早くこの場を離れないと、と焦った俺はヴェルザードさんを急かし、三度目の"白氷宮"訪問へ向かったのだった──

 

 

   ◇

 

 

「邪魔するぞ」

「こ、これはヴェルドラ様。どうかなさいましたか?」

 

 植物研究棟を訪れた我を、職員である魔物の一人が出迎える。

 ここは管理部門が担当する、主に農作物育成の研究成果をまとめる施設だそうだ。レトラも数多の研究に携わっており──そうそう、我はレトラを捜しに来たのだったな。

 

「レトラを知らぬか? 畑に来ているかと思ったのだが」

「ええ、お見えになりましたよ。ただ、畑を見回った後は町に戻ると仰せでしたので、まだいらっしゃるかどうかは……今、案内の者を」

「良い、仕事を続けよ。我がレトラに怒られてしまうからな」

「御心遣い痛み入ります、ヴェルドラ様」

 

 施設を後にし、教えられた区画までやって来る。

 そこには等間隔で厳重に結界の張られた畑が並び、その多くが青々と葉を茂らせ、中には実を付けたものもあるようだが、周辺にレトラの姿はなかった。

 

「フム……ここにも居らぬか。レトラはどこまで行ったのだ?」

 

 レトラは妖気を抑えるのが上手いため、すぐには感じ取れぬのもままあることだ。

 それでも我らは魂で繋がっておる故に、近くへ来れば捜し出せるだろうと踏んでいたが……やはり、行き違いになってしまったか? 

 

 ──その時、微かに。

 ほんの微かに感じ取った、ヒヤリとした気配。

 

「…………ッ!?」

 

 反射的に、畑の向こうの森林部へ目を向ける。

 我をそうさせたのは、魂に刻み付けられた恐怖と言っても過言ではなかった。

 ごく僅かではあったが、これは……この突き刺すような妖気の名残は……! 

 

(ヴェルザード姉上──……!?)

 

 駆け出した我は畑の敷地を分ける境界を越え、森へと踏み入る。畑からさほど遠くない距離の樹木の前には、確かに冷然たる妖気の痕跡があった。

 

 こ、ここに来たのか……? 姉上が? 

 まさかそんな……いやしかし、この妖気、間違えようもなく……

 居るはずのない姉上の気配。そして、居るはずのレトラの気配がない──

 

(まさか、姉上……レトラを連れて行ったのでは……!?)

 

 最悪の想定が浮かび、震えが走る。

 有り得る、有り得るぞ。レトラのような愛らしい存在、姉上も一目で虜となろう……! 

 しかも不味い、レトラには姉上の話をしたことがある……我の姉だと名乗られれば、レトラは姉上を信用してついて行ってしまうかもしれん……! 

 

 教育だの何だのと言って、こちらの話など碌に聞かずに、我を何度も消滅させた姉上だぞ……? もし姉上が、レトラにも同じことをしようとしていたら……!? 

 ど、どうする、リムルに知らせて──いや、相手はあの恐ろしいヴェルザード姉上。一歩間違えればリムルでも殺されるやもしれぬ……! リムルさえ無事ならば、我に何かあったとしても復元が可能なのだから……ここは、我が動くしかない……! 

 

「待っていろ、レトラよ……!」

 

 

   ◇

 

 

「えーっとですね、卵白を泡立てて砂糖を混ぜた……何だっけ、そうそう、アイシングクリームだ。これだけだと白いので……そこで、食用花から作った"リムルブルー"です!」

「ふふっ、レトラちゃんのお兄さんの色なのね」

「それでは、レトラ様のお色は?」

「"レトラベージュ"ってのがありますよ。これです」

 

 レインの質問に答えて、新たな小瓶を作り出す。

 俺がシュナ達に開発を依頼したのは"リムルブルー"だが、二番目に出来上がってきたのは俺の色だった。皆、そういうとこ本当に抜かりない。"ヴェルドラブラック"? もちろんあるよ。

 

「こっちが基本の十二色で……あと今、新しく色を調合してみました。"ヴェルザードホワイト"に"レインブルー"に"ミザリーヴェール"……そして"ギィ・クリムゾン"!」

 

 各色素の構成情報は取得済みだし、ウィズに頼めば調合なんて造作もないことだ。サラサラサラ……と、調理台の上にどんどん小瓶が増えていく。

 

「クッキーも俺が出すので、じゃあ、アイシングクッキーを作りましょうか!」

 

 なんか、今日はそういうことになっていた。

 "白氷宮"へ三度目の招待を受けた俺だが、今回はギィに因縁を付けられることもなく……どうやら、ヴェルザードさんが俺に会いたかっただけらしい。

 

 お茶の最中に、俺が作り出したアイシングクッキー(水色&砂色)を見て、ヴェルザードさんは喜んでくれた。興味を持ったレインに説明をしているうち、クッキーに色を塗るだけだし皆でやってみようということになり、現在に至る。

 一人だけ参加していないギィは、厨房の大きな調理台の端でサクサクとプレーンクッキー(俺)を食べていた。おやつがなくなったのか、口を挟んでくる。

 

「色付けしたところで、どうせ腹に入るんだろ?」

「もう、つまらない人ね。この可愛さがわからないなんて」

「料理は芸術の一種ですから、美しさの追求も必要不可欠ですわ」

「レトラ様にお教え頂いた着色法は、他のデザートにも活かすことが出来そうですね……」

「ってわけで、ギィさんはおやつ食べて待ってて下さい」

 

 ギィの皿にサラサラと流れ込んだ砂が、ベビーカステラ(俺)となって積み上がる。ついでにホイップクリーム入りの小皿も出して、ディップして食べられるようにしてあげた。空のティーカップには、ミザリーがササッと紅茶のお代わりを注ぐ。

 多勢に無勢で釈然としない顔のギィだったが、再び沈黙のおやつタイムに戻った。ていうか、参加しないならあっち行ってればいいのに。

 

 俺が作り出すクッキー(完成品)はスライム型以外にも、ハート型や星型、四角型などもある。何なら『風化』で形を整える反則技も可能なので、好きなように塗ってもらって構わない。

 ミザリーとレインは要領良く、思い思いに作業を始めた。

 

「俺、ヴェルザードさんのクッキー作ります。ウチにはドラゴン型もあるんですよ」

「まあ。ありがとう、楽しみね」

 

 本来はヴェルドラクッキーになるところ、塗る色を変えればヴェルザードさんだ。"ヴェルザードホワイト"はパール感が出るようになっているし、綺麗に仕上がるだろう。

 そしてヴェルザードさんは、こそっと俺に耳打ちしてきた。

 

「レトラちゃん……ギィのクッキーはどうやって作ったらいいのかしら?」

「俺がガイド線を引いたクッキーを出すので、その上に描いてって下さい!」

 

 やるぞウィズ! 『思考加速』全開で! 

 ギィクッキーを作ろうとするヴェルザードさん、可愛すぎる。

 

 しばらくすると、皆の作品が出来上がる。

 美的センスのあるレインは、俺やヴェルザードさんの絵(人型)をクッキーに描いており、完成度が高かった。何故かミザリークッキーだけ適当だった。

 ミザリーはハート型や丸型クッキーにレース模様を付けて量産し、ヴェルザードさんも熱心にギィっぽくデフォルメされたクッキーを作り上げた。かわいいかわいい、大丈夫。

 

「で、本当は乾くのを待つんですけど、今回は俺が乾かしますね」

 

 調理台の上のクッキー達を、砂が覆い隠す。

 究極能力『旱魃之王(ヴリトラ)』は、アイシングクッキー作りにも役立つ優れものです。

 ちなみにこれは『渇望者(カワクモノ)』の頃から備わっていた水分吸収能力なので、砂を接触させて発動すれば、ギィに怪しまれる理由もないしな! 

 

 

 平和な時間は、そこまでだった。

 馬鹿でかいエネルギーの唐突な出現に気付いたのは、そこにいた五人がほぼ同時で──その正体の察知となると、俺とヴェルザードさんが先だっただろう。

 

 直後、"白氷宮"は大砲でも撃ち込まれたような衝撃に見舞われた。

 恐らくこの城にだって結界は張られているし、警備の悪魔達もいるはずだ。それら全てを突き破り蹂躙する、破壊の轟音が響き渡る。

 

 ミザリーとレインが即座にその場から消え、ギィが椅子から立ち上がる。

 俺はヴェルザードさんに庇われ、その腕の中にいた。厨房は揺れただけなので危険はなかったんだけど……見上げたブルーダイアモンドの瞳は、つい身震いしてしまうほどの氷の冷たさで玄関ホール方向を睨み付けていた。うわぁぁ……! 

 

 駆け付けた玄関ホールは、壊滅していた。

 美しいデザインの大扉、芸術的なアーチ、重厚な柱、繊細な彫刻も何から何までメチャクチャで、というか壁がない……一面外が見えている……

 

「──ヴェルザード姉上ッ!」

 

 猛吹雪を背景に、空に浮かぶ影。

 暴風の妖気(オーラ)を纏って黒マントを靡かせた人物が、大声を張り上げる。

 

「姉上、居られるか!? 我が子レトラを返して頂きたい!」

 

 ヴェルドラにバレたああ──!! 

 誤魔化せなかったか……ヴェルザードさんの妖気に気付いて、俺が攫われたと思ったんだろうなぁ……ほぼ正解だけど、ハッキリ言って俺も加担してるのが辛い! 

 

「ヴェルドラ……!」

「おお、レトラ! 無事だったのだな……!」

 

 瓦礫に埋もれたホールへ走り出ると、ヴェルドラは真っ直ぐに降りて来た。

 この騒ぎなので周りを悪魔達に取り囲まれているが、"暴風竜"相手に行動を起こす者はいない。ミザリー達は警戒の構えのみで、最も後方に位置するギィも動かなかった。

 

「大丈夫か? 何もされておらぬか?」

「う、うん、俺は大丈夫……」

 

 心配そうに覗き込んでくるヴェルドラに、そう返す。

 今日は無事だったよ俺。今日は。

 

「──ヴェルドラちゃん、元気そうね」

「!!」

 

 その声に、ギクッとヴェルドラが身を竦めた。

 だが、俺を庇うように前へ出て、近付いて来るヴェルザードさんに対峙する。

 

「お、お久しぶりです姉上……ではなく! 我が子を勝手に連れ出されては困りますぞ!」

「あら、ごめんなさい。でも私、ずっと待っていたのよ? いつレトラちゃんと一緒に、私に会いに来てくれるんだろうって……」

「そ……それは、我も忙しく……!」

「ねえ、レトラちゃんはとっても良い子ね。そんなレトラちゃんを育てたんだし、人化も出来るようになっているし……成長したのねって褒めてあげたかったけど──」

 

 玄関ホールの惨状を見回し、はあ……と、落ちる溜息。

 

「残念だわ、ヴェルドラちゃん」

「グゥ……そ、そうですとも! 我はともかく、レトラは良い子なのです! ですので姉上、どうかレトラには手を出さぬと御約束を──!」

「あの、ヴェルザードさん! 俺が! 俺が直しますから!」

 

 ヴェルドラから決死の覚悟を感じて、俺は名乗りを上げた。

 わかったぞ……ヴェルドラは俺がヴェルザードさんに消されるとでも思って、俺を守るために……ヴェルザードさんの怒りが自分へ向くよう、わざと城を攻撃したんだな!? そ、そんなことしなくても、ヴェルザードさんは俺に超優しいから……! 

 

「レトラちゃんが? 直してくれるの?」

「はい、俺には砂があるので! 直すのは得意です!」

 

(ウィズ、直せるよな……!?)

《解。過去に取得した白氷宮:玄関ホールの記録映像から、ユニークスキル『砂創作家(サンドアーティスト)』の『自然構想』にて構成情報を構築中です。完了箇所から順次、『創造再現』を実行可能です》

 

 ウィズには『自然構想』を許可しているので、ヴェルドラが城を破壊した瞬間に作業を開始してくれていたらしい。ほんと有能。全行程に掛かる時間を尋ねると、およそ五十分と返答があったので、一時間もあれば終わりますと付け加える。

 

「それじゃ、レトラちゃんに頼んじゃおうかしら。お手伝いが必要だったら、ミザリーやレインに何でも言ってね」

「はい。それと、ヴェルドラは俺を心配して来てくれたんです……こんなことしたのも俺のためなので、怒らないであげて下さい……!」

「……それもそうね。急にレトラちゃんがいなくなったら、心配にもなるわよね」

 

 ヴェルザードさんにも、原因の一端となった自覚はあるようだ。

 俺の助け船にホッとしたヴェルドラ──のマントを、細い手がガシッと掴む。

 

「じゃあ私達は一時間、お話しでもして待っていましょうか?」

「エッ!?」

 

 ああああ!? 俺の発言の所為で、ヴェルドラVSヴェルザードさんの一時間デスマッチ(ヴェルドラが叩きのめされることを指す)が、確定してしまった……!? 

 

「レトラちゃん、安心して。酷いことはしないから」

 

 その言葉があったためか、ヴェルドラも観念した顔となる。「レトラよ、何かあったら我を呼ぶのだぞ……」と、むしろ呼んでくれと言いたげに俺に告げ、トボトボとヴェルザードさんに続いて城の奥へ消えて行った。ま、まあ姉弟の数百年ぶりの再会だし、積もる話もあるよな……どうか、お仕置きじゃありませんように! 

 

 

 

 

 吹雪が吹き込まないよう、新たな結界が張られた中で作業は行われた。悪魔達に瓦礫を集めてもらい、俺が『風化』でチマチマと砂に変えて第一質料を増やす間に、ウィズが『自然構想』でどんどんと構成情報を構築。ミザリーやレインと思念リンクを繋げて、修復予定図に間違いがないことを確認したら、『創造再現』を実行する。

 

 テキパキと進んだ作業は、四十分ほどで完了。"白氷宮"の玄関ホールは、真っ白で美しい、元通りの姿を取り戻したのだ。やり遂げたぞ! 

 で、申告より時間を余らせてしまった俺が、どうなったかと言うと──

 

「ようやく二人きりになれて嬉しいぜ。なあレトラ?」

「…………」

 

 密室でギィと二人きりの刑……ッ! 

 レイン達は新しいお茶の用意をして退室してしまい、部屋には差し向かいで座る俺とギィだけ……と思ったのも束の間、ギィは席を立って俺の隣へ移動してきた。ウィズには、『解析鑑定』が来たら全力で妨害していいと指示しておく。

 

「そう警戒すんなよ。お前を苛めるなってヴェルザードが煩くてな」

「ヒェ」

 

 言った傍から、ギィが俺の肩を抱き寄せてくる。

 平常心、平常心を保て……心を乱したら思う壺だ……! 

 

「とうとう、"暴風竜"にバレちまったな」

「俺がバラしたんじゃないですよ」

「まあそうだな。だが忘れんなよ、契約は続いてるんだぜ? 幸いにも、今日お前を攫って来たのはオレじゃねえ、ヴェルザードだ。お前が余計なことを言わずに黙っときゃ丸く収まる……わかるよな?」

「ホント悪魔ですね……」

 

 まだ黙っていろと釘を刺すのか……

 だけど、ギィは俺に契約違反をさせたいのかと思ってたんだよな。そうすれば俺に堂々とペナルティを課せるから……なのに、注意を促してくるのは何なんだ? 

 ギィの腕に力が入り、耳元に近付いた唇が囁く。

 

「いいから黙っとけ。悪いようにはしねーからよ」

 

 もしかしてギィは、契約上、俺は已むを得ず何も言えない……って状態にしてくれてるのか? いざ全てバレる時が来ても、俺に非がないように──

 いや、その程度で怒られずに済むとか無いから……リムルがどんだけ心配性で過激なブラコンかご存じない? バレたら平謝りする覚悟を決めてるんだぞ俺は……! 

 それはそうと、とギィが話題を変える。

 

「最近どうだ? 『渇望者(カワクモノ)』は大人しいか?」

「クッキー作りを手伝ってくれるくらい、良い子ですよ」

 

 見てただろうに。ついさっきも、瓦礫を砂にしてくれたのは『旱魃之王(ヴリトラ)』……『渇望者(カワクモノ)』だ。普段は俺の言うこと聞いて、静かにしていてくれる奴である。

 

「ギィさん、少し考えてみたんですけど……『渇望者(カワクモノ)』を獲得した時、俺は破壊を願ってなかったと思います。転生前は普通の人間だったし、そんな必要なかったっていうか」

「お前の事情は知らねーが、口では何とでも言える。オレの知る歴代の所有者は、怒り、憎しみ、絶望……そういった負の感情に駆られて『渇望者(カワクモノ)』を宿したんだ。お前だけが違うってのは納得いかねー話だな」

 

 俺の言い分、ギィの言い分、どちらが正しいんだろう。

 以前、俺の殺意によって目覚め掛けた『渇望者(カワクモノ)』の声──あの憎悪は本物だった。ギィが殺したという法術師(ソーサラー)も、部族の仲間が大勢殺されていく中で『渇望者(カワクモノ)』を手に入れたって話だから……負の感情が切っ掛け、という線は大きく間違っていないのかも……

 

「だからよ、お前は一体何を望んだんだ? 隠してんならまだマシだが、気付いてねぇなら厄介だぜ。願いを自覚した途端、それに呑まれちまうことだってあるんだ」

「喉が渇いたってところまでは思い出せました」

「またベッドでグチャグチャにしてやりゃあ、思い出すか?」

「ヴェルドラとヴェルザードさん呼びますよ!」

 

 悲しいかな、それが今の俺に出来る最大限の抵抗である。

 ああでも、やっぱり前世の最期が思い出せない。俺は人生の一番最後に……本当に世界を憎んで、全て壊れてしまえと願ったんだろうか? 

 

 ヒナタは、俺が優しい家族に囲まれて育ったように見えるって言ってくれた。確かにそうだ、親がいなくても、俺にはじいちゃん達がいた。

 俺の前世は十九年で終わってしまったけど──俺が普通の人生を送った人間に見えるなら、俺は、ちゃんと生きられたってことになるんじゃないのか? 

 

 だけど、もし俺が。

 ギィの言うような、そんな願いしか出来ない奴だったとしたら。

 ……それは虚しい。

 

 だったら俺の十九年には、何の意味もなかったってことなんだろう。

 

 

 

 

 きっかり一時間後、ヴェルザードさんとヘロヘロのヴェルドラがやって来た。元の席に戻っていたギィと俺の隣に、それぞれ腰を下ろす。

 お茶請けのアイシングクッキーを食べながら、皆でこれを作っていたことを説明すると、ヴェルドラもその平穏な空気を察して納得してくれたようだった。

 

 ヴェルドラによる魔王城への襲撃は、ヴェルザードさんが俺を連れ出したという原因があることと、俺が城を修復したことで不問となった。お互いに謝罪して終了。それを、調停者みたいな顔して仕切るギィがズルイんだよなー……! 

 そして帰り際、復元された玄関ホールに"転移門"が現れる。

 

「姉上、最後に一つ……」

「あら、なあに?」

 

 別れの挨拶としてまた俺をギュウギュウとハグしていたヴェルザードさんに、ヴェルドラがおっかなびっくりの態度で声を掛ける。

 

「もしまた魔国へ来られる時は……どうか、妖気を抑えて頂きたいのです」

「ええ、今日は少し気が昂ってしまったけど、今度からは気を付けるわ。私達の妖気に畏怖する者もいるでしょうしね」

「それだけではありません。あの近くに、畑があることはお気付きでしたか?」

 

 畑……? ヴェルドラが、畑について何を? 

 先が読めなくて、俺も言葉の続きを待つ。

 

「あの畑では、レトラや多くの研究員が幾つも結界を張り、細かに魔素濃度を変え、日々成長を比べておるのです。我らの妖気によってその日々が水泡と帰す恐れがあるため──出来ることなら、姉上にもご協力を頂ければと」

 

 …………

 だ……誰だこれ……ヴェルドラだ……! 

 そんなことまで気遣って、妖気を抑えてくれてたのか……!? 

 

「レトラよ。森に姉上の妖気が残っていたが、大丈夫なのか?」

「だ、大丈夫。ヴェルドラだから気付いたんだろうけど、魔素量としてはほんの少しだし……畑には三重の結界が張ってあるから」

 

 ヴェルザードさんの妖気が漏れた時には、俺もヒヤッとした。ヴェルドラに気付かれるという懸念の他にも、畑に影響が出るかと思って……でもあの距離なら問題ないと判断し、早く行きましょうと急かすことで対処したのだ。

 

「そうだったの……それは知らなかったわ。偉いわね、ヴェルドラちゃん。周りのことも考えられるようになっていたのね」

 

 ヴェルザードさんは、優しい顔で微笑んだ。

 いつもならここで調子に乗ってしまうヴェルドラだが、ヴェルザードさんに褒められるのがそんなに数少ない経験なのか、意味がわかっていない顔でキョトンとしていた。

 

 ヴェルドラはよく問題児だって言われるけど(俺も言ってる)、自分でしっかり色々考えて、俺や俺のやってることや周りの皆も大事にしてくれる…………

 本当に、俺は恵まれてるなあ…………

 

 

 

 

「レトラ……今日の件だが、リムルには黙っていても良いか?」

「え? 何で?」

 

 "転移門"を抜けて森に戻ると、ヴェルドラがそう言い出した。

 ギィが主犯の誘拐事件を隠すにしても、ヴェルザードさん家に遊びに行ったことは隠せないなと思ってたけど……どうしたんだ? 

 

「姉上はお前を連れ去ったことを反省していたし、わざわざリムルに告げるのも気の毒でな……」

「あ、うん……俺はいいよ」

 

 優しい……! 酷い目に遭わされてても、ヴェルドラはお姉さん大好きなんだよな。

 しかし、ヴェルザードさんもギィのことは話していないらしい。どこまでギィの思惑通りなのか知らないが、誘拐の秘密はまだ守られることになりそうだ。

 

「それにしても、あのヴェルザード姉上にも気に入られるとは大したものよ。やはりお前は、世に類を見ぬほど良い子なのだな。親として誇らしいぞ!」

「ヴェルドラが大事にしてくれるからだよ。今日は俺のために来てくれてありがとう」

「気にするな。我はお前に何事もなければそれで──」

 

 じっ、とヴェルドラが俺を見つめる。

 そして俺の肩に手を置いたと思うと、突然ズイッと顔を近付け…………

 

「えっ、ヴェルドラ? 何?」

「ウーム…………姉上の気配がするな」

 

 とても嫌そうな顔で言った。

 

「レトラよ、依代を作り直してくれぬか? 姉上に触れられていた所為であろうが、お前からその妖気を感じると落ち着かぬのだ…………」

 

 今日も俺はヴェルザードさんに可愛がられたからな……そして、ギィの妖気は感じないのにヴェルザードさんには反応するとなると、やっぱり"竜種"同士は気配に敏感なんだろう。

 言われた通りに依代を新しくすると、ヴェルドラは一安心したように笑うのだった。

 

 

 

 

 




※地雷の話:ヒナタのアレは「私と違って、君が普通に育った幸せな子で良かった」という意味なのでいずれ後悔すると思いますが、レトラは「普通に見えるなら良かった、俺はちゃんと生きられたのかな」と考えた異端児。しかし、ギィがチクチク刺してくる……果たして? 
※次回は藤馬泉②、一週間後の11/21(木)予定。

おまけ
「ところでヴェルドラ、何で俺を捜してたの?」
「実はな、お前のドラゴンが電撃息(サンダーブレス)を吐くようになったのだ」
「本当!? 俺、雷は使えるようになりたかったんだよ!」
「ウム、お前がそう言っていたのを思い出してな。そこでだ! あのドラゴンに"黒き稲妻"を教えてやるのはどうかと──」
「相手は死ぬ」


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