リムル達は、獣王国ユーラザニアと協定を結んだ。
国交の第一歩として、魔国からはベニマルの率いる使節団を送り出しており、今日はユーラザニアから
「弱小なるスライムが盟主だと? 馬鹿にしてんのか!?」
到着後すぐ、三獣士の一人スフィアが、リムルへの許されざる暴言を吐いたが……それで気分を害しておるシオン達は、まだまだ未熟者よな。今のスフィアの言葉には、感情的な意図が感じられなかった。つまりあれは、演技。
「リムルを怒らせて、その実力を試そうとしておるのさ」
「なるほど。リムル様はそれを見抜き、泰然と構えているのですね。レトラ様も相手に悪意がないため、気にも留めていらっしゃらないと」
イフリートの言うように、全く動じておらぬリムル、ウキウキしているレトラを見れば一目瞭然だ。我と同格たる二人には、その程度の安い挑発など効かぬのよ。
ここでリムルが、少し意地の悪い提案をした。スフィアが人間を見下す発言をしたことを受けて、その場に同席していたヨウムに、実力を見せてやれと持ち掛けたのだ。
この展開ではスフィアが困るだろうな。狙いとしては、自ら盟主リムルと戦い負けることで、部下達にリムルの強さを知らしめ、国交樹立を成功させるつもりだったはず……だが意外にも、スフィアの切り返しは秀逸であった。
「ほう? いいぞ人間、なかなかの気概だ。だが気に入らねぇな、周りの連中に任せて高みの見物とは良い御身分じゃねぇか。あんたはやらねえのか──」
これは上手いぞ。応じる態度を見せたヨウムを評価する一方でこう言えば、リムルが戦わないのは肩透かしという空気に持ち込めるからな。リムルからすれば、相手の思うままに事を進められるのも気に食わぬであろうし、どうする気だ?
興味深い駆け引きが行われておる…………と、思いきや。
「──なあ、砂の姫様?」
ム?
しーん、と森の中が静まり返る。
そして、この国唯一の
「……イフリートよ。レトラは、姫とやらであったのか?」
「いえ、知りませんでした。レトラ様は、王弟殿下という身分であらせられるとばかり……」
我もそう思っていた。少なくとも、リムルや配下達がレトラを姫と呼んだことはないぞ……ミリムならば"竜皇女"と称されておったハズだが、ああいう感じのことを言っているのか……?
そんな疑問はともかく、レトラはスフィアと、ヨウムはグルーシスという獣人と手合わせをすることに。双方ともハクロウの修行の成果が出ており、獣人達も歓声を上げて称える素晴らしい戦いとなったわ。特に麗剣を用いたレトラの立ち回りは惚れ惚れするほどで、我は剣を扱ったことはないが、ぜひ剣術も"ヴェルドラ流闘殺法"にも取り入れねばな!
スフィア、アルビスらユーラザニアの使節団は、数日滞在した後に帰って行った。
肩の荷が下りた様子のリムルとレトラが、私室でのんびり寛いでいる。
「ベニマル達もこっちに向かって出発したそうだし、順調に終わったみたいだな」
「ユーラザニアとは友好国になれそうで良かったよね」
「レトラ……お前はスフィアと結構仲良くしてたよな? スフィアのことは、あー、何だ……どう思ってるんだ?」
「スフィア? 肉球が可愛くて驚いたのと……あと、猫は液体だなって!」
「うーん、別の意味でお前が心配になってきた……」
宴の席で、スフィアがずっとレトラに纏わり付き離れなかったことを、リムル達は快く思っていなかったようだ。レトラがユーラザニアへ誘われた時など、リムルやシュナ達のジットリとした眼差しは怖いくらいであったぞ…………
「まったく……レトラのこととなると、リムル達は短気だな」
「ヴェルドラ様は、羨ましいなどという感情とは無縁なのでしたね」
「フッ、これぞ大人の余裕というものよ」
我はいつも見ているしかないので、だんだんと訓練されて──いや、多くの経験を重ね、一時の感情に左右されぬ精神力を培ったと言うべきだろう。
我としては、レトラと見事に戦ったスフィアのことは気に入っているのだ。スフィアはフォビオから話を聞いてレトラに興味を持っていたらしく、もしや最初から、レトラと戦ってみたくて突っ掛かって来ただけなのかも知れんな……?
「それにしても、スフィアがお前を姫様って言った時は驚いたよなぁ」
リムルの口調が、揶揄するようなものに変わる。常ならばリムルの軽口にも律儀に付き合うレトラだが、表情がピクリと固まった。な、何やら不穏な雲行き…………
「砂の姫ねぇ……案外、的を──」
「……リムル、それ嫌なんだけど。やめてくれる?」
ヴッ……レトラの機嫌が、見たこともないくらい急降下したぞ!?
リムルよ、止すのだ! 普段温厚な者ほど怒らせてはならぬ──と、届かぬ声を上げるまでもなかった。不機嫌になったレトラに、リムルも正しく最適行動を取り「わかってるって! ホント、何も知らないヤツは的外れなこと言うよな、嫌になるよな!」と誤魔化していた。
レトラは、姫と呼ばれるのをとても嫌がる……と。二重線も引いておこう。
我は絶対に、この話題には触れぬよう気を付けるぞ……!
それからも多忙な日々は続いた。リムルはシュナ、シオン達と共にドワルゴンへ外遊に。その間、レトラはリムルの代わりに国主代理として国を治める。
二週間もレトラと離れ離れになるのは不満しかないが……例によって、我らにはどうしようもない。我とイフリートに出来ることは、『大賢者』に見咎められぬよう、作業と息抜きに精を出すのみ。それが出来ないと言うのなら──
《告。イフリートの能力上昇を確認しました。次の段階へと、修行の難易度を上昇させます》
「ぐ、ぐわあああ──ッ!!」
ホラ、こうなるのだ。
愚かな……調整をしくじった者の末路は、哀れなものだな。
《問。解析の進捗率が常に一定ですが、手を抜いていませんか?》
──ギクッ!
い、いませんぞ……と、何故か、腰低く答える我。
《案。もっと頑張れるのでは?》
「とんでもない。我は全力です」
《…………了。もっと高みを目指して、頑張って下さい》
助かった……!
監視の気配がした時は、即座に仕事に戻る……生き延びるための鉄則だ。そして大事なのは、要領良く、サボリ過ぎず、着実に仕事をこなすことなのだよ。
最近ではイフリートもエネルギーの効率的な運用方法を身に付けてきたようだが、まだ甘い。我を見習って、鍛錬に励むが良いぞ。
ドワルゴンでは民衆の前での演説や、夜の店の再訪など、普段とは違う出来事が多くあり、我とイフリートもチラチラと外を眺めては見聞を広げた。
そして滞在期間が過ぎ、帰路へ就く。
リムルが帰還すると、町では祝いの宴が開かれた。配下達は、誰もが身を乗り出しながらリムルの話に聞き入り、話を振られると勢い込んで語り出す。
レトラはリムルの隣で、静かにグラスを傾けるばかりであった。ランガの狼車を出迎えに来た際に、おかえりと一言口にしたくらいで、まだリムルとはそれほど話せていない。
「レトラ様もお寂しかったでしょうに、配下の方々に気を遣って……出来た御方です」
「ウム……しかしな、少しくらいワガママを言っても……」
元々は、レトラもリムルと一緒にドワルゴンへ行くはずだったのだ。それが、政務のためにとリムルに頼まれ、レトラが渋々国に残ったという経緯がある。
損な役回りに耐えて頑張ったと言うのに、久しぶりに会えたリムルのことも皆に譲り、大人しくしておるとは……こうも我慢ばかりでは、レトラが心配になってくるぞ……
その時、リムル、と小さくレトラの思念が届いた。
『……今日は俺、リムルの部屋で寝てもいい?』
『……ああ、いいぞ。積もる話もあるしな』
リムルも、レトラを構ってやれていないことを気に掛けていたのだろう。レトラがそっと零した、ワガママとすら呼べない願いに、複雑そうな間を置いて返答する。
それはそれとして。
「羨ましいッッ!!」
「大声で言いましたね」
「言わずにいられるか! リムルばかり、レトラに頼られて狡いぞ!」
「お気持ちはお察ししますとも。ですが、ヴェルドラ様は封印されているのですから……」
わかってはいるが、理屈抜きでズルい! 我も仲間に入れよ! そもそも我が封印などされておらねば、レトラを寂しがらせること自体なかったと言うのに……!
……まあ、これでレトラはリムルとゆっくり過ごせるのだ。リムルも暫くレトラに会えていなかったのだし、心行くまでレトラを甘やかしたいだろう。リムルの庵に引き上げて来た二人を眺めながら、良かったなとしみじみ思う──
「じゃあリムル、情報共有しときたいことが色々あるんだ。リムルも疲れてるだろうしすぐ済ませるから、早速思念リンクしよう!」
「お前、仕事の話するために来たのかよ! 思わせぶりなこと言いやがって!」
んん……? レトラは、リムルに会えなくて寂しかったのではないのか?
人化を解いて砂スライムになっておるということは……つまり、『
「だから俺は頑張るなって言ったんだ……前より仕事人間になってんじゃねーか! 魔物だけど!」
「でもさ、ドワルゴンのデータあるんだろ? 共有してくれたら、俺も見れるし」
「俺がしたいのは土産話であって、報告会じゃないんだよ。情報共有の時間はまた別に作るから、今はそういうのはナシだ。今夜は話すだけ! ほら来い!」
「うーん……?」
砂の身体を揺らしたレトラだったが、リムルに急かされてのそのそと布団に潜る。
何はともあれ、聞こえてくるのは楽しそうな掛け合い。二体のスライムは、仲良く近況を語り合いながら夜を過ごしたのだった。
ウム、これで良い。レトラは真面目でしっかり者すぎるところがある……頑張れたのだから次はもっと頑張る、などということが恒常化してはイカン。レトラのことは、リムルがやったように多少強引にでも甘やかしてやらねばなるまいな!
──と、思ったのも束の間であった。
リムルはシズとの約束を果たすため、イングラシアへ旅立つ決断をした。供をするのはランガとソウエイの分身体。そして、あの冒険者三人組に案内を頼むそうだ。
レトラは留守番……我、大きな溜息を吐きたい。はあああぁ。
「リムルは、安全かどうかわからない所に俺を連れて行かないもんな」
レトラの反応は、落ち着いたものであった。ドワルゴンに行けなくなった時は、もっとわかりやすく落ち込んでいたのに、今はそれもない……全てを諦めたような態度に、こちらが辛くなってくる。
リムルも、レトラに申し訳ないと相当悩んでいたのは知っておるが……
「そういやシオン、今度は連れてけって言わないんだな?」
「レトラ様もリムル様とご一緒出来ず、お辛い思いをされているのですから! 私も涙を呑んで、リムル様をお見送りします……!」
レトラを不憫に思っていたのは、我だけではなかった。
配下の中でも特にシオンは、レトラを思いっ切り大事にしてくれているからな。
「まさか、シオン殿があのようなことを言い出すとは……成長されたのですね」
「ドワルゴンの時は、泣き喚いて暴れておったのになぁ……」
その末にリムルを折れさせ、ワガママを貫き通したシオンは凄いと思う。だが、我が同じことをしたらリムルに殴られそうだし、レトラに可哀想なものを見る目で見られたら、心が砕け散る自信があるぞ…………
我にはシオンのような真似は出来そうもないが、せめて、コイツなら仕方ないと思わせるような、そんな"愛されキャラ"を目指すつもりなのだよ!
「レトラ様、リムル様がご不在の間は、私が秘書としてお傍におりますからね!」
「……うん、ありがとうシオン。頼んだよ」
「はい! お任せ下さい!」
「レトラ、イングラシアから帰ってきたら、今度こそ好きな所に連れてってやるからな」
「そういうフラグ立てなくていいから……、覚えとくよ」
我の知識にもある"フラグ"という不吉な言葉が聞こえたものの、今回は無関係であろうな……これで事態が暗転して一体どうすると言うのだ。
それよりも、レトラらしくない笑顔の方が気になった。レトラは本来もっとこう、晴れやかに、清々しく、燦然と──キラキラと、笑うのではなかったか?
やはり、我慢しているのだろうか。リムルと共に行きたいのだろうか。
だが……守るべき弟を危険には晒せない、というリムルの考えが正しいのだろう。リムルの留守中、この国にはレトラが必要なのだし、この町にいればレトラは危険なく過ごせるのだから。
※そろそろ惨劇編