転スラ世界に転生して砂になった話   作:黒千

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⑭帰還~反撃

 

 リムルの覚悟は定まった。

 一万名以上もの人間の命を奪い、真なる魔王となる為の。

 諸々の罪咎を背負い、それでも尚、リムルはシオン達を蘇生させる道を選んだのだ。

 

 我とて、同じ道を歩むであろう。

 だからリムルよ、安心するがいい……貴様は一人ではないのだ。

 その(カルマ)、一緒に背負ってやろうではないか! 

 

 

 

 

 ……それは良いのだが。

 

「ヴェルドラ様、大丈夫ですか……?」

「な、何のこれしき……レトラがどこに居るかはわからぬが、いつ手助けが必要となってもいいよう備えねばならぬ! そのためには多少の負荷など──ギャババババ!」

 

 マヂ無理、キツイ、泣きそうなくらい辛い。

『大賢者』に協力してユニークスキル『究明者(シリタガリ)』を全力開放したまでは良かったが、その要求は過酷を極めた。意識を分割させて演算領域を最大限拡張した上での、超高速演算による『解析鑑定』……それは現在も継続中で、『大賢者』が情報の洗い出しを行っておる。リムルが『見付かるまで捜せ』と命じた、レトラの捜索のために。

 

 弱音を吐いている暇はなかった。我は気合を入れ直す。

 あまり外を気にする余裕もないのだが、魔王クレイマンに脅されて動いていたらしいミュウランという魔人を、リムルが救出したようだ。

 

 その時。

 全力の『解析鑑定』が、とある反応を捉え……『大賢者』の声が、我らにも届く。

 

《告──緊急報告。個体名:レトラ=テンペストの魔力による、空間干渉を感知しました》

 

 

 

 

「う……ん…………リムル?」

「レトラ……!」

 

 リムルが三日間過ごした、砂の積もった寝台の上。

 琥珀色の瞳を開けたレトラを、リムルは感極まって抱き締める。

 

「おお……おお! イフリートよ、見るが良い! レトラが目覚めたぞ!」

「レトラ様……良かった、本当に良かった……!」

 

 イフリートが涙ぐむ。もちろん、我も大興奮である。

 先の空間干渉が間違いなくレトラによるものと確認した瞬間には、全ての言語が吹き飛ぶほどの衝撃を感じたが──その正体は歓喜と安堵。

 何故ならそれは、レトラが浄化結界の張られたこの空間から逃げおおせていたことと、空間移動が可能なほどに回復したことを、同時に証明していたからだ。

 

「どうやら、レトラのユニークスキル『言承者(コタエルモノ)』の働きが大きかったようだな」

「確か、レトラ様の先生だとか……どのような御方なのですか?」

「実は我も、まだ話したことはないのだ。是非とも礼を言いたいものだな……」

 

 いつかはその機会も来るだろう。恐らく『大賢者』とは違って、優しい先生なのだろうな──イヤイヤ、余計なことを考えてはイカン。『大賢者』に悟られでもしたら事だ。

 まあ、レトラに優しい先生であるなら、それで良い。

 

 レトラは魂を守り抜き、人格や記憶の欠落もなく帰って来てくれた。

 しかし、隔絶された空間内から、レトラは一体どうやって……? 

 

 我は『究明者(シリタガリ)』。

 思考を止めず、演算を働かせ続ける。

 

 ──そうか、亜空間! レトラのユニークスキル『渇望者(カワクモノ)』には、砂を溜めるための亜空間に接続する権能がある……そこへ逃れておったのだな!? 

 そういえば、リムルもヒナタとの戦闘で、"聖浄化結界(ホーリーフィールド)"の中だと言うのに『胃袋』からイフリートのコピーを出していたではないか。固有の亜空間という存在に、我は何故今まで気付かなかったのだ……! 

 

 ……などと考えていたら、ぐわん、と視界が揺れた。

 長時間に渡り、限界を超えて『究明者(シリタガリ)』を行使しておった反動だ。いくら我でも演算領域に負担を掛け過ぎてしまったようで、慌てるイフリートの声が遠く聞こえる。

 い、意識が薄れてゆく……我はもうダメだ…………

 あのプリンとかいう至高の食べ物を、もう一度食べたかった──

 

《了。これは感謝の気持ちです》

 

 うおおっ!? 

 ダメ元で言ってみたら、『大賢者』がプリンをくれた! しかも十個も! 味覚情報の再現は難しいとかで、いつもケチっておったクセに気前が良いな……! 

 

 我はイフリートに看病されながら、プリンに舌鼓を打ち、極楽気分である。精神への負荷が大きかったのだから、精神を癒すのが一番というわけだな。

 イフリートにもプリンを分けてやろうとしたら、大真面目に辞退された。

 

「いえ、それはヴェルドラ様への労いでしょう。ヴェルドラ様の献身には大変感服致しました……どうぞお気遣いなく、全てお召し上がり下さい」

「クァハハ、固い事を言うな! この素晴らしい甘味を共に食しながら、レトラ復活の喜びを分かち合おうではないか!」

「それでしたら、一つだけ……」

 

 ウムウム、嬉しい出来事は皆で分け合ってこそよ。

 外でも、リムルがレトラを連れて会議室に現れたことで、レトラの帰りを待ち望んでいた配下達が沸き立ち、歓声を上げて大喜びしておるわ。

 

 我が気分良く過ごしている間、リムル達は今後についての会議を始めた。

 人間をどう思っているかという問いに、皆が様々な意見を出し合う。元がゴブリンなどの下位種族であった者も多いと言うのに、目覚ましい成長よな。

 レトラも、問いに答えた。苦しげに。

 

「俺達を信用してくれる人はきっと大勢いるはずで……そういう人達との関わりまで、諦めたいとは思わない……俺が、まだ、人間と仲良くしたいと思って許されるのかどうか、わからないけど」

 

 あ、ダメだ。また悲しくなってきた……

 我、レトラが笑っていないと辛いのだが、どうすれば良いのだ……

 

 レトラは町を襲った騎士達を、元同族に当たる人間達を殺しておる。仲間を守るために殺した、そうしなければもっと大勢の仲間が殺されていた、とは言え──それでも、咎は消えずに残る。誰よりもレトラ自身がその罪を責め、苦しみ続けるのだろう。

 

 出来るものなら、代わってやりたかった。お前がそんなに苦しまなくとも良いのだと、そう言ってやりたかったが、そんなことは不可能なのだろう。

 我も反省した。もしまた何かがあった時は、今度こそ。

 今度こそ必ず、我が傍に居てやる──

 

 

 

 

 

 

「死ね。神の怒りに焼き貫かれて──"神之怒(メギド)"!」

 

 戦場に、光が乱舞した。

 太陽の光を収束させた美しくも恐るべき殺人光線が、瞬く間に何百、何千もの死体の山を作り上げる。それはまさに、冷徹無比な神の所業よ。

 

「まさか……お優しいリムル様に、このようなことが出来るとは……」

 

 リムルが人間を殺す為の殺傷魔法を迷いなく実行していることに、イフリートは驚きを隠せないようだが──リムルの怒りは尤もだと、我は思う。

 あの二万の軍勢は、今また我らの町を踏み躙り、殺戮を繰り返さんとする罪深き者共。封印さえされていなければ、我もリムルに加勢していただろう。

 

 昨晩、リムルはレトラと共に町の広場を訪れた。

 補強された『結界』の中に横たえられた、魔物達の亡骸……蒼白な顔でそれを見つめていたレトラが、血塗れのシオンの傍にふらりと歩み寄り、蹲る。

 

「……っ、あ、あぁ……ああぁ、ぁ…………っ!」

 

 胸を抉るような泣き声だった。

 後悔と懺悔の入り混じる、嗚咽。

 断じてレトラだけが負うべき責任ではないのに、リムルですら何の言葉も掛けてやることが出来ない。唇を噛み締めながら、ただ黙ってレトラに寄り添ってやるのみで…………

 

 ああ。嫌な気分だ。レトラの痛ましい慟哭を思い出すだけで、レトラを傷付けるもの全てをこの世から消し去ってやりたくなる。

 我だけではない。四方の敵陣へ向かった配下達の怒りも、それは凄まじかった。ハクロウなど、レトラの手足を切り落とし弄んだという"異世界人"への殺意が溢れ出ておった……いやそんな輩、我でも許さぬわ。それ以上の目に遭わせてやりたいが、ハクロウに任せるとしよう。その若造、決して楽には死ねまいな。

 

 リムルも同じなのだろう。大切な者達を殺され、ただ一人の弟まで失いかけて……心を支配していた悲しみが静まれば、奥底から覗くのは──どす黒く渦巻く感情。

 我にも覚えのあるあれは、あの時、我の心に湧き起こったあれは……"憎しみ"だったのではないだろうか? 己の制御が利かなくなるような、我が我ではなくなるような……底無しの闇に呑まれるかの如き、恐ろしい感覚であった。

 

 だから、リムルは恐れたのだ。

 真なる魔王への進化に際して、苛烈な憎悪に抗えなくなることを。

 

 リムルは出陣前に、侍大将たるベニマルに一つの頼み事をした。『もしも俺が理性のない化物になっていたら、速やかに処分してくれ』と。

 我だったら絶対に断るが、リムルに頼られておるベニマルが少し羨ましくもあり……しかし、そうも言っていられぬほど事態は深刻であった。

 

「頼むぞ。お前で無理なら……もう、レトラにやって貰うしかないんだ」

「冗談言わないで下さいよ……そんなこと、レトラ様にさせられるわけないでしょう……」

 

 ベニマルの力無い声は、悲愴感に染められていた。

 もしもの話であろうと、リムルを屠ることを引き受けるだけでも苦痛だろうに、それを果たせなければ、レトラにリムルを屠らせることになる…………辛すぎるのだが? 

 最後にはベニマルは、呻くように了承を口にした。

 

「一生、レトラ様に恨まれますね」

「嫌なもんだな……」

 

 レトラなら二人を恨みはすまいが、一生消えぬ傷を負うだろう。

 最も良いのは、リムルが無事に覚醒魔王へと至ること。リムルがレトラや仲間達を悲しませるとは思えぬが、一抹の不安は拭えなかった。精神が不安定なまま進化に臨んでは、それこそリムルが危うくなりはしないかと──

 

「──うん。俺は、リムルなら大丈夫だと思う」

 

 町の外周部にて、リムルを見送るレトラが告げた言葉だ。

 煌めく琥珀の瞳で、真っ直ぐにリムルを映しながら。

 まったく、頼もしいヤツだ。ああしてキラキラと、心の底から信じていてくれる……レトラが待っていてくれる。その存在の、何と心強いことか。

 

 リムルの心の靄は晴れた。

 何の心配もない、リムルにはレトラがついておる。

 レトラの信頼に応えるために、リムルは必ず魔王に進化を果たすだろう。

 

 よしよし、我も落ち着いてきた。

 頭がカッとなりそうな時は、レトラのことを思い浮かべるに限る……レトラのためなら頑張ろうとか、レトラに見られているならちゃんとしようとか、我はよく考えているからな! 

 いつも頑張ってばかりいるレトラが、誰にも傷付けられることのないようにと、守ってやらなければと我らは思ってしまうが……我らもまた、レトラに守られているのだな。

 

 

 

 

 

 

 リムルはシオン達の蘇生のため、覚醒魔王と成るために必要な人間の魂を集め切った。

 生き残っていた数千の敵兵が一斉に死んだり、妙な悪魔が召喚されてきたりと、不可解な出来事もあるにはあったが──ついに、魔王への進化(ハーベストフェスティバル)が始まる。

 

「しかし、我らは暇だな」

「暇って……ヴェルドラ様、今は緊迫感満載の局面なんですから」

 

 事実は事実。リムルが進化の眠りに就いたため、外の様子が見られなくなってしまったのだ。仕方ないので、解析作業をしながら過ごす。

 次に外界との接続が叶った時、そこは町の中であった。

 広場にて死者蘇生の秘術を執り行う、二人の代行者。

 

 リムルの姿をした、『大賢者』改め『智慧之王(ラファエル)』。

 レトラの姿をした、『言承者(コタエルモノ)』改め『先見之王(プロメテウス)』。

 

 随分前から知っていたが、両者共に完全な自立型であるな……主の知らぬ間に行動するスキルなど、もう自我が芽生えておるとしか思えぬぞ……? 

 そんなことを考えている場合でもないのだが、この先生達が二人揃っているのだから、秘術の成否など決まったも同然だ。我々はゆっくりと見守っていれば良い。

 

 キューッと魔素を搾り取られる、毎度の負荷。『大賢者』……いや、『智慧之王(ラファエル)』が無法者なのは以前からなので放っておいて、我は儀式を眺める。

 

 それにしても、レトラも無事に進化したようで……ますます美しくなっておるな? 

 短かった砂色の髪はサラサラと背中まで伸び、顔立ちにはまだ幼さが残るが、この世のものとは思えぬあの美……我の思い描いた通りではないか! 我が天才すぎて怖い。

 

 レトラの先生は、レトラと違ってニコリともせぬので物足りないが──あれでレトラがいつものように笑ってくれたら、絶対に、とても愛らしいのだろうな。

 

 我、封印が解けたら、レトラを伴侶に迎えるんだ…………

 何故だか『解析鑑定』の調子が良いし、案外、その日も近いのではないだろうか? 

 

 

 

 

 




※年内に終わらなかった……次で最後です。良いお年を。




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