転スラ世界に転生して砂になった話   作:黒千

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139話 午前の部~画策

 

「行ってらっしゃーい!」

 

 部屋の窓から顔を出し、手を振る。

 下の道ではリムルとシュナとベニマルが、俺を見上げて手を振り返してくれた。

 見送り完了……ちょっとわざとらしい態度だったかもしれないが、ロッゾがどこから見張っていてもいいように、俺が留守番してますアピールも完了だ。

 

「レトラ様。万一に備え、窓際には近付かれない方がよろしいかと」

「あ、うん」

 

 窓を閉めて部屋に引っ込むと、傍らに立つのはソウエイの分身体。ていうか、つい昨日銃の存在を知ったばかりの奴が、ちゃんと狙撃対策を実行してるんだな……

 

「ソウエイ、今日はよろしく」

「はい」

 

 ソウエイ本体はリムルの影に入っている。他の分身体も会場周辺を見張る予定で、その中の一体を俺に割いてもらうのは申し訳ないが仕方ない。

 ちなみに、今日はソウエイ本体がスーツ姿のため、分身体もスーツだ。その着こなしっぷりに、完全にSPだな! と言ってみたが、通じていない顔をされた。

 

「SPは……護衛の中の護衛みたいな……?」

「レトラ様の御期待に添えるよう、全力を以て任務に努める所存です」

「それじゃ、優先順位をはっきりさせておこうか」

「……と、言いますと?」

 

 ソウエイがクールに反応した。

 また何か言い出したぞ……って空気で身構えるのやめて。

 

「今日一番大事なのは、リムル達が無事に会議を終えることと、魔国の評議会加盟が無事に認められることだ。この認識は合ってるよな?」

「いいえ。リムル様とレトラ様の御無事以上に、優先させるべき事項はありません」

「うーん全くブレない」

 

 まるで評議会加盟がオシャカになっても大した問題じゃないみたいな……まあ、どうしても参加しなきゃいけないわけじゃないって、リムルも言ってたけどさ……

 

「俺達の安全が第一なのはわかってるから……ほら、評議会への加盟は人間国家と付き合っていく上での近道だし、俺の希望でもあるんだ。だから、ソウエイにはリムルをしっかり守って欲しいんだよ。分身体も総出で、何事もないよう警備に当たって欲しい」

 

 我ながらマトモなことを言っている。

 その証拠に、お任せ下さい、とソウエイも真剣な表情だ。

 

「俺はここで大人しくしてるよ。本当は、俺よりリムルの護衛を増やして欲しいけど……それじゃリムルもソウエイも嫌なんだろ?」

「……レトラ様に御不自由な思いをさせてしまい、申し訳ありません。俺がもっと多くの分身体を操ることが可能であれば、護衛態勢を整えられたのですが」

「……ソウエイって同時に何体出せるんだっけ?」

「六体までです」

 

 多いよ! 六体同時って意味わからない領域だから! 

 分身体に命令を与えて、ある程度自動行動させることは出来なくもない……でも『分身体』では意識の分裂が出来ないので、複雑な行動を取らせるには『思念伝達』や『思考加速』でタイムラグを極力無くし、同時操作する必要があるのだ。それを六体って。

 

「まあその、分身体にも限りはあるんだから、優先順位に従って動いて欲しいんだ。もしリムルの方で何かあったら、向こうの応援に行ってくれる?」

「承服致しかねます。レトラ様の護衛は最重要任務の一つですので、有事の際にこそ御傍を離れるわけには参りません」

「だよね」

 

 オッケーわかった、絶対に離れませんということがわかった。

 こうなるだろうと思ってたけど、ソウエイに隙なんてあるわけがなかった。護衛を撒いての単独行動とか、初めから無理なのだ……やめとこう。

 

「さて、見学の準備でもしようかな……」

 

 部屋のテーブルセットに腰掛け、サラリと砂を零す。テーブルの上に四角い板──スタンド付きのモニターが現れ、街を歩くリムル達の姿が俯瞰で映し出された。リムルのスーツの胸ポケットにサラサラと入っている分身体から、『万能感知』の映像が送られてきているのだ。

 

「直接、視界共有を行った方が、状況を把握しやすいのではありませんか?」

「俺はあんまり操作に慣れてないし、この方が楽なんだよ」

 

 嘘ではないが、目的は他にある。俺は画面を見ることに忙しいです、というポーズを作り出すためと、俺がこの後行う作業の負荷をなるべく減らすための措置だった。

 

「あ、会場に着いたみたいだな。ソウエイも一緒に見る?」

「俺はあちらに本体が居りますので」

「そうだった」

 

 御用がありましたら何時でもお呼び下さい、とソウエイは影に沈んだ。俺を邪魔しないようにという気遣いと、俺の近くに待機しながらも、リムル達の警備に意識を集中させようという意図が感じられる。本当に真面目な奴だ。

 

 画面の中では、建物に入ったリムルが議員の貴族達に取り囲まれていた。挨拶だけならまだしも、「魔導列車をくれ(要訳)」と無茶なことを言ってくる人がいる……レールも敷かずに列車だけあってどうする気なんだ……? リムルの返答は「善処します」。いいと思うよ。

 

 モニターを見つめながら、こっそりと、ウィズに話し掛ける。

 

(……『先見之王(プロメテウス)』。ホテル周辺の様子は?)

《解。現在、警戒範囲内に異状は感知されておりません》

(ありがとう、じゃあ次だ。俺はこれから『強化分身』を操作して街に出る。本体と分身体の同時操作になるから、ソウエイに気付かれないためにもフォローを頼む)

 

 ()()、ここで大人しくしているしかない。

 だったらマリアベルには、俺の分身体に接触してもらう。

 進化前のリムルだって、『分身体』であのヒナタを欺いたのだ。進化している俺の『強化分身』なら尚更、マリアベルを騙すのは不可能じゃないし、俺本体も安全だ。遠距離になるほど精密操作は負荷が大きいが、街中の距離ならいけるはず……

 

《…………問。外出の理由を伺ってよろしいですか?》

(観光だよ。分身体でちょっと外に出るくらい、いいだろ? でも怒られたら嫌だから、リムルやソウエイ達には内緒にしたいんだ)

 

 ウィズにはそう言うしかない。俺の計画は『マリアベルが『強欲者(グリード)』の所有者である』という原作知識が前提のため、何で誘き出そうとしているか説明出来ないのだ。まあ、俺がコソコソ出掛けるのは今に始まったことじゃないし、納得してくれるだろう。

 

主様(マスター)の御望みは、個体名:リムル=テンペスト達の無事と、魔国連邦(テンペスト)の評議会加盟と伺いました。そのための警戒を強めるのが目的ですか?》

(……それもあるかな)

 

 警戒だけなら、ウィズに『万能感知』を任せれば済む話だ。わざわざ分身体を使って行動する理由は…………やっぱり、観光って言っておくのが自然だな。

 

 

 

 早速、"魔素隠蔽"と"不可視化"を施した『強化分身』を、ドアの隙間からサラサラと廊下へ出す。階段を下り、ホテルのお客さんや従業員の横をすり抜けながら目指すのは裏口──扉の前で人の姿を作り上げ、"不可視化"を解いてから外へ出た。

 

 俺の姿は、砂色の長髪を括り、頭から全身をすっぽり覆う上質な絹のマントを着込んだお忍びスタイルだ。街中には冒険者も多いし、この格好でもそんなに怪しくはない。

 それより、分身体と感覚を繋げて両方を操作するこの感じ……フワフワするな……

 

《問。『強化分身』の身体操作は、私が行いますか?》

(これも練習だ。可能な限り俺がやるよ)

 

 今はちょっとくらい本体が疎かになってもいいので、ゆっくり慣れよう。石畳の上を歩くことに集中しつつ、本体は会議場の様子を観察する。

 リムルは、最も目立つ議長席のような場所に座っていた。背後にはベニマルとシュナが並んで立ち、ソウエイは影の中。各議員達の席はリムルの席と向かい合うように扇状に展開しており、全ての席からリムルへ視線が集まる形になっている。

 二階席の議長による開会宣言と、議題と趣旨の説明があって……魔国連邦の評議会加盟条件が一つずつ述べられていく。

 

 ──と、その時。

 俺本体がいるホテルの部屋に、ノックが響いた。

 

「!」

 

 えっと……? 何だ……? 

 意識の比重を本体へ傾けて、顔を上げる。

 同じくノックに気付いたこっちのソウエイが、影からスルッと出て来たところだった。

 

「レトラ様。俺が」

 

 テーブルセットは部屋の奥にあるので、ここからだとドアは死角だ。訪問者を出迎えに動くソウエイの背を見送りながら……なんか、不安になってきた。

 もしマリアベルが、俺がまだ部屋にいると思って刺客を送ってきてたらどうしよう……? 

 ソウエイなら普通に制圧するし尋問もする……俺が狙われてるって、ソウエイやリムルに知られたらアウトじゃないか? 俺の警備がもっと厳重になったら詰むぞ……!? 

 

(ウィズ、誰が来た? 敵?)

《解。ホテルの従業員です。『解析鑑定』を実行完了──害意なし。所有スキルなし。不審点は感知されませんでした》

 

 その言葉通り、ホテルマンの一人だった。御用伺いに来たらしく、プロに相応しい丁寧な態度で、これも高級ホテルのサービスってことなんだろうけど……ソウエイは淡々と、用があれば申し出る、無暗に部屋に近付かないよう配慮を願う、とその人を追い返してしまった。

 

「レトラ様、お騒がせ致しました」

「ううん、ありがとう」

 

 ソウエイは影に戻り、俺は再び画面に目を向ける。

 

 …………待てよ? 評議会が用意したホテルなら、既にマリアベルの息が掛かっている可能性があるのか? 別にロッゾの手先じゃなくても、魔王の歓待のため様子を報告せよ、と評議会を通して依頼があれば、ホテル側は害意なく仕事をするだろう。

 マリアベルは、ホテルに俺と護衛の二人が残ったことを把握していて……俺(分身体)がコソコソ出掛けたのを知り、部屋に護衛がいるかどうか確かめさせたんだな? そうでもなかったら、こんなタイミングで部屋に人が来るとは考えにくい。

 

 マリアベルは、俺が一人で出歩いていると確信したはず…………

 後は待っていればいい。マリアベルは、必ず俺に接触してくる。

 

 

 

 

 ロースト肉のバゲットサンドをテイクアウトし、景観の良い公園のベンチに座って頬張る。大国イングラシアではデザート類も豊富で、シロップに漬けて焼いた甘いパンも買ってしまった。意外と優雅な一時になってるな……俺めっちゃ観光してる……! 

 ホテルの俺本体には、リムルから『思念伝達』が来ていた。

 

『で、もう休憩になったぞ』

『見てたから知ってるけど、かなり舐められてたね』

『ああ。向こうは加入条件の説明を口頭だけで済ませて、俺に検討する時間を与えないつもりだったみたいだが……『思考加速』があるから無意味なんだよな』

 

 その気になれば、一秒で十日間くらい長考出来るからね。

 そして『智慧之王(ラファエル)』の協力の下、訂正案を書面にして突き返したら、検討の時間が欲しいと言われて休憩に入ったという流れだ。

 

『暇だろレトラ、こっちに来るか? 転移でパパッと』

『さっきまでいなかった奴が急にいたら不審に思われるって……リムルもあんまり、人間離れしたところは見せない方がいいよ』

『そうだな、人間からするとただの脅威か……今日は大人しくしとくかな』

 

 よしよし。

 リムルとの思念会話を終え、俺は影の中のソウエイを呼ぶ。

 

「会議場は大丈夫? 何もない?」

「異状ありません。周囲の警戒を続けます」

「ん、わかった。じゃあ俺は、配信用の迷宮攻略映像のチェックしてるから」

 

 ソウエイの仕事を邪魔しないと見せかけて、俺も作業中だからなるべくそっとしといてね……という誘導だった。ここまでの同時操作は完璧だが、ボロが出たら困るからな。

 公園で早めのランチタイムを楽しんでいる分身体に、意識を多めに持って行く。そろそろこっちも移動しよう。食べた物は全て体内で砂にして──俺が直接操れば分身体でも『風化』は使える──ベンチから立ち上がり、公園を後にした。

 

 

 憩いの場所を離れ、閑静な道を選んで歩く。

 川沿いの歩道に差しかかった辺りで、ウィズの声が響いた。

 

《──告。警告》

 

 とうとう、この時が来た。

 冷静な声が、俺に近付く危険人物の名を告げる。

 俺達が今最も警戒している、影の支配者ロッゾ一族の────

 

「あら……お久しぶりですわ」

 

 フリルに縁取られた日傘の陰で、マリアベル・ロッゾが笑った。

 まだ十歳という幼さだが、その正体は"転生者"。前世から経済を支配し欲望の権化みたいな生き方を貫いてきた魂は、今世では『強欲者(グリード)』に選ばれるほどの器となった。

 

「ご機嫌麗しく存じます、レトラ殿下」

「貴方は……マリアベル殿下?」

 

 覚えていてくださったのね、とマリアベルは微笑む。

 白々しい再会だった。お互いに。

 

「我が国の開国祭以来ですね。どうしてイングラシアに?」

「城の者の用事で……その間だけ、こっそりお散歩しているの」

「そうでしたか。俺も似たようなものですよ」

 

 一人称で迷ったが、姫の格好はしていないからいつも通りでいいか。こうして俺の前に姿を現したということは、マリアベルはもう俺を獲物と見定めている。

 

「フフッ……殿下、お祭りの時とは別人みたいだわ」

「あれは公務ですから」

「そうね、窮屈はいけないわ。ねえ、よろしければ、レトラ様とお呼びしてもいいかしら?」

「ええどうぞ。では俺も、マリアベル様と」

 

 マリアベルは年齢相応の少女らしい言動で、卒なく距離を詰めてきた。もちろん油断は禁物だ。どんな些細な動きにも細心の注意を払うよう、ウィズに念押ししておく。

 

「レトラ様とはゆっくりお話ししてみたかったのよ……だって私、あの夜、気付いてしまったんだもの。レトラ様には、欲しくて堪らないものがあるんだって」

 

 マリアベルの瞳が細まる。

 幼い顔立ちに似合わない、得体の知れない狡猾さが滲み出す。

 

「ねえ……リムル陛下はお元気かしら?」

 

 来た来た来た。

 マリアベルは、ちゃんと釣られてくれていた……! 

 

「……どういう、意味でしょうか?」

「きっと私なら……レトラ様のお力になれると思うわ、思うのよ」

 

 あ、それマリアベルっぽい。

 そんな呑気なことを考えたと同時に──

 

《告。個体名:マリアベル・ロッゾから主様(マスター)への害意を感知しました。精神支配系統の能力発動を確認…………ユニークスキル『強欲者(グリード)』を解析完了しました。無効化します》

 

 もう解析終わってる! 

 細心の注意を払えって言ったのは俺だけど……! 

 

 ただし、俺も全力で待ち構えていた。

 解析を終えたウィズが行動に移る前に、待ったを掛ける。

 

(あのさ。無効化しないで、操られたフリって出来るかな?)

《──……》

 

 億に一つくらいの可能性で『強欲者(グリード)』が『強欲之王(マモン)』に進化していて、『先見之王(プロメテウス)』と拮抗するようなら、この分身体を捨てて撤退するつもりだったが、その必要もなくなった。マリアベルのスキルが『強欲者(グリード)』だと確定した今なら、落ち着いて計画を詰められる。

 リムルが言っていたように、俺にも『思考加速』はあるので……ウィズとの話を終えるまで、マリアベルには〇・〇〇一秒くらい待っててもらおう。

 

(俺の支配に成功したと思わせておけば、こっちが有利になるよな? でも無効化するだけだと、支配されてないことがバレるし……何とかならない?)

《否。主様(マスター)を危険に晒す行為は認められません》

(だから、安全な方法を相談してるんだろ……せっかくこっちの俺は『強化分身』なんだし、そういうのを上手く使ってさ)

《警告。分身体が精神攻撃を受けた場合、魂で繋がる本体にも影響が及ぶ恐れがあります》

 

 あ、そうか。リムルの時も、ヒナタと戦ったのは『分身体』だけど、精神体を壊す"七彩終焉刺突撃(デッド・エンド・レインボー)"を、下手したら本体に喰らう羽目になってたんだっけ? 

 うーん……ミリムはクレイマンを騙すために、わざと抵抗(レジスト)を抑え付けて支配を受け入れたんだよな……でも、俺はそれを真似しちゃダメな気がする。ミリムと違って、俺にはガチで厄介な欲求があるわけだし…………

 

(じゃあ……お前でも、俺を守るのは無理?)

《……………………》

 

 おっと……ウィズが黙ったぞ? 

 無理だと言わないってことは…………

 

(いけるんだな?)

《…………解。主様(マスター)の魂と切り離した擬似人格(プログラム)を作り出し、支配させる方法があります。私が隔離、制御、破棄を行いますので、主様(マスター)には一切影響を与えません》

(天才かよ)

 

 ウィズって時々、有能すぎて損してることがあるよな……俺の望みを何でも叶えられてしまうから、俺を止められないっていうか……いやでも、俺は助かってるよ! 究極能力『先見之王(プロメテウス)』の頭脳と守りが付いててくれるなんて、めちゃくちゃ頼もしいだろ! 

 

(『先見之王(プロメテウス)』……また無理言って悪いけど、手伝ってくれる?)

《…………了。了解しました。『解析鑑定』及び『未来予見』を実行開始──全てに備え万全の対策を講じた上で、演算を実行します》

(本っ当に、いつもありがとう……!)

 

 

 

 

 

 マリアベルが『強欲者(グリード)』を発動させて、数秒後。

 人通りの無い遊歩道には、棒立ちで黙り込む俺と、それを見つめるマリアベルがいた。

 

「レトラ様…………いえ、レトラ?」

 

 金髪の少女の姿形を取った支配者。

 小さな唇の端が、邪悪に歪む。

 

「貴方は私に従うの。それが貴方の幸せなのよ。私の言う通りにしていれば、その狂おしいほどの欲望を満たしてあげる…………魔王リムルは貴方のものよ?」

「…………本当に?」

「約束よ、約束なのよ。だから聞かせて? 魔国連邦(あなたたち)のこと──」

 

 俺を見上げる顔に浮かぶのは、勝ち誇った笑みだった。

 

 

 

《告。主様(マスター)の御望みを理解しその全てを叶えるのは私です》

(張り合うな張り合うな)

 

 

 

 

 




※敬語のマリアベルに個性が出ない不具合




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