転スラ世界に転生して砂になった話   作:黒千

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140話 昼休憩~密話

 

「レトラさんを支配するだって? おいおいマリアベル、流石に無茶だよ」

「あら、どうして?」

 

 マリアベルは、涼しい顔でティーカップを持ち上げる。

 その日、シルトロッゾ王国で密やかに開かれた会談の場にて──初めてマリアベルの計画を知ることとなったユウキが、慌てた反応を見せる。

 

「君も開国祭で見たよな、あの人がリムルさんの隣でお姫様みたいに飾られてるのを……イメージアップのためらしいけど、あれってつまり、こいつはこんなに大事な存在だから手を出すんじゃないぞってリムルさんからのメッセージだろ?」

「それだけ大きな弱みってことなのよ」

「マリアベル。その策にはグランベル翁も賛同しているとのことだが……現実に、王弟レトラを支配することは可能なのだね?」

 

 席に着く三名の内、残る一人はロスティア王国の王兄に当たるヨハン公爵。評議会を動かす五大老の一人にして、ユウキの上司でもある。そして、そんなヨハンですら機嫌を窺いながら接する人物が、グランベルに次ぐ地位にあるマリアベルだった。

 

「可能よ、可能なの。無謀な賭けをする気はないわ。慎重に観察した上で、私なら支配出来ると確信したから実行に移すのよ」

「だけどさ、僕の用意した支配の宝珠(オーブ・オブ・ドミネイト)でも、魔王ミリムを完全には制御出来なかったんだ。最後には解除されてしまったみたいだし……」

「あの砂妖魔(サンドマン)が、最古の魔王と同列だとでも言いたいの?」

 

 せせら笑うマリアベルに言葉を詰まらせたユウキだが、「そこまでは言わないけど」と独りごちた後、諦め悪く食い下がる。

 

「もし支配がバレたら、リムルさんは本気で潰しに来るぜ? 前々からブラコンだなと思う節はあったけど……弟にあんな格好させて国の行事に出すなんて、いよいよ普通じゃないね。レトラさんも大変だよな、僕ならグレてる」

「なら弟も普通じゃないのよ」

「それはそうかも。レトラさんも何だか変な感じがするんだよな、確かに、リムルさんに従って魔物の国に尽くす姫みたいな人なんだけど……何だろう? あれはもっと……どこか遠くを見ているっていうか……」

「そんなことはどうでもいいの。利用出来るかどうかだわ」

 

 マリアベルはユウキを相手にしなかった。ユウキにはとうの昔に『強欲者(グリード)』の支配を施してあり、ユウキは己が操られていることも知らぬまま、魔王クレイマンと共謀していた計画を含めた様々な情報をマリアベルに流す駒。意見など求めてはいないのだ。

 

 ヨハンやユウキの存在をないものとして、マリアベルは思案に耽る。

 魔王リムルに気付かれては意味がないのは百も承知。まずは魔国宛てに評議会への招待状を出し反応を探りながら、レトラを支配する隙を見付けなければ、と。

 

 

 

 魔王と共にイングラシアへやって来た王弟レトラは、評議会当日はホテルに残った。

 後はレトラを外へ出す方法だが、ホテルの者に命じて街の高級店舗へ案内させてもいいし、部屋に籠るようならホテルに火を放っても構わなかった。

 

 だが、状況はマリアベルの有利に動く。

 裏口からホテルを抜け出したレトラが、一人で街の散策を始めたという報告。

 部屋に護衛が残っていることはホテル側にも確認が取れたため、これを好機と見たマリアベルはレトラに接触し──『強欲者(グリード)』を仕掛けたのだ。

 

「さあレトラ。向こうに馬車を待たせてあるわ、行きましょう?」

「うん、わかった」

 

 意識を支配されたレトラは、何の警戒もなくマリアベルに従った。王弟としての畏まった口調も解け、幼げな印象が増したが、どうやらこちらが素のようだ。

 乗り込んだ貴族御用達の馬車には、派手過ぎず目立ち過ぎない装飾と、盗視や盗聴を防ぐ魔法効果が付与されており、密談にはお誂え向きの場となる。

 マリアベルと並んで座席に腰掛けたレトラが、絹のマントのフードを下ろす。

 宝石のような、琥珀色の瞳が目を引いた。

 

「貴方の目、とても綺麗ね」

 

 マリアベルは備え付けのテーブルから、銀のペーパーナイフを手に取った。

 レトラの頬に片手を滑らせ、逆手に握ったナイフを琥珀の瞳に近付ける。

 

「魔物でも、こうされると痛いのかしら?」

「そうでもないよ。俺は砂だし」

 

 その声にも視線にも、感情にさえ、何の揺らぎも読み取れなかった。

 マリアベルに猟奇趣味はない。これは確認だった。理不尽な悪意に対して、不快感や動揺すら生まれないのは、生物の反応としては欠陥と言えるだろう。

 レトラの精神状態が穏やかに凪いだままなのは、マリアベルの支配が完璧である証拠──その結果を吟味して、ナイフを下ろす。

 

「貴方に傷を付けて返したら、魔王リムルは激怒するでしょうね」

「うん。やめた方がいいよ」

「"暴風竜"も?」

「ヴェルドラ? うん、怒るね……皆も怒る……」

「冗談よ、冗談なのよ。貴方に何かあったと悟られたら台無しだわ」

 

 マリアベルは満足気に笑う。

 魔物の国は王弟レトラに手を出す者を許さない──それが事実だとしても、魔王や"竜種"すら動かせるその駒は、今や己の手の内にあるのだから。

 

 

   ◇

 

 

 マリアベルに操られたフリをした俺は、ノコノコと馬車に乗り込んだ。

 連れ去られたら大事件だぞ……という不安はあったけど、馬車には防視防音の魔法が掛かっていたし、動き出す気配もないので、内密の話がしたいだけらしい。

 

 突き付けられたナイフには焦った。

 だって──

 

《告。個体名:マリアベル・ロッゾによる攻撃行動を確認しました。速やかな防御行動を推奨します。究極能力『旱魃之王(ヴリトラ)』の『万象衰滅』を実行しますか? YES/NO?》

(待て待てウィズ! それ必殺攻撃!)

《否。『万象衰滅』の対象目標は、ペーパーナイフです》

(ああ……ゴメン勘違いした……)

 

 攻撃は最大の防御だって言いたいのかと思ったよ! 

 しかし、やはり『先見之王(プロメテウス)』は頼もしい。時々過激派のような発言はするけど、俺の意図をちゃんと汲み取り、マリアベルに反撃する時じゃないと理解してくれている。

 

(でも、防御もしなくていいよ。どうせ分身体だし、俺には『物理攻撃無効』と『痛覚無効』があるし……無抵抗の方が、操られてる感あるよな?)

《告。相手が増長する危険性があります。最低限の対策として、ナイフが触れる瞬間のみ『万象衰滅』を発動してよろしいですか? YES/NO?》

(じゃあそれで……)

 

 スキルに説得される俺……まあ、ウィズがそうしたいなら。

 結果から言うと、マリアベルは俺に何もせずナイフを置いた。本当に俺を支配出来ているか試したみたいだな……ほら、大人しくしといて正解だっただろ。

 あと、マリアベルにはウィズの制御する擬似人格(プログラム)の精神状態が伝わっていて、それを隠れ蓑にした俺のことは読まれていないというわけだ。身代わり案がうますぎる。

 

 

 ホテルでは俺本体がクッキーを摘まみつつ迷宮の攻略映像を眺めている一方、馬車の中では質疑応答が始まった。マリアベルに支配された者は嘘や隠し事が出来なくなるので、俺から魔国の情報を引き出したいということらしい。

 

「貴方達は、ロッゾの関与を疑っているのかしら?」

「まだだよ。上役が誰なのか調べるために、ミューゼ公爵を見張ってるんだ」

 

 早速の大嘘である。

 まだ何も掴んでいないと見せかけるために公爵を見張っている、が正しい。

 

「"暴風竜"はどうなの? "術式転送(スペルトランス)"を利用して、嵐を送り込んで来たでしょう?」

「魔法を逆流させただけだから、相手まではわからなかったって」

「そうね、そうなのよ。御爺様は"暴風竜"に気付かれた可能性を考慮するよう仰っていたけど……もし気付かれていたら、大地に穴が空く程度で済んだはずがないのよ」

 

 ああ、"暴風竜"に目を付けられていたら、国が壊滅してるはずだって? ヴェルドラはそんなことしない……いやでも別に手加減もしないので、"殲滅の砂嵐"が全力ブッパされてたら、王都は丸ごと消えてたよな…………

 

「貴方は国相なのよね? 財務状況や各国との取引情報を持ち出すことは?」

「出来るよ。俺はリムルの補佐だしね」

 

 持ち出すどころではなく、リムルと作成している魔国のデータベースは脳内にあり、今この瞬間にも全ての国家機密にアクセス可能だが教えない。教える時はダミーを渡す。

 

「リムル陛下と仲が良いそうね。それは本当?」

「そうだよ。すごく仲良いよ」

「貴方の言うことなら何でも聞いてくれる?」

「うん。リムルは優しいから」

 

 いや、何でもってことはないよ……何か頼むとしても、ある程度の良識は必要だ。でもマリアベルが望んでいる答えではないだろうから、言わないでおいた。

 この辺までは別にいい。気を付けないといけないのはここから先だ。

 

「フフ……貴方は、リムル陛下が好きなのね?」

「うん、大好きだよ」

「それは──食べてしまいたいくらい?」

 

 俺の"風化欲求"を見たんだから、マリアベルがそれを知っているのは当然。内緒話をするように囁いてきたマリアベルに倣って、俺も小さな声で言う。

 

「そうなんだ。リムルが好き。ずっと一緒にいたい。リムルを喰ってしまえたらって、喰いたいって、いつも思って……それがダメなのも、わかってるけど……」

 

 普通にダメだからな! いつもじゃないし! 一緒にいたいのは本心だけど、それで喰おうとするのは頭がおかしい。喰わないで一緒にいる方がいいって絶対。

 

「ずっと我慢してきたのね。でも、それだけの欲望を抱えながら生きるのは苦しいでしょう? 我慢なんてしなくていいのよ、素直になった方が貴方のためだわ」

 

 我慢は毒だと言いたいのかもしれない。

 でもそれは俺のためじゃなく、俺を思い通りにしたいだけの口車だろう。

 俺は好きな人達を喰いたくなる化物だけど、喰ったら終わりなのはわかってる。俺は二度と満たされなくなる……そんな未来のない欲求に素直になれるほど、俺は狂っていないのだ。

 

(苦しいから何だ? 俺は我慢したいんだよ……俺の意思を無視しないで欲しい)

《告。御安心下さい。私は主様(マスター)の御望みを理解しています》

(ウィズイケメン)

 

 ウィズのフォローに、ちょっとムッとしていた気分が落ち着く。

 文句があっても口には出せず、俺はマリアベルに従う演技を続けなければならない。

 

「本当に? ……リムルを、喰っていいの? 俺のものにしていいの?」

「勿論よ、勿論なのよ。きっと陛下も心待ちにしているわ」

 

 怖いこと言うな! 

 リムルには喰っていいって言われてるけど、そこまでの意味じゃないから! 

 

「私が協力してあげる……しばらくの間、貴方は今まで通りの良い子でいなさい」

「どうするの?」

「魔王クレイマンの旧領にある遺跡を調査しに行くんですってね。貴方も行くの?」

「うん。俺もリムルも、今は領主のミリムも行くよ」

 

 そう、とマリアベルの笑みが深まる。

 まず間違いなく、歴史は俺の知る通りに進んでいる。俺という差異はあっても、マリアベルの最終目的──ロッゾ一族による世界の支配と、勝利条件の一つ──魔王リムルの排斥、が変わっていないので、導き出される結論もそうそう変わることはない。

 

「そうね、その時がいいわ。私も行くから待っていて?」

 

 場所は、古代遺跡"アムリタ"。

 原作と同じように、マリアベルはそこでリムルを謀殺するつもりだ。違うのは、俺がいること……マリアベルはリムルを喰いたい俺に、リムルを殺させようとしている。

 

「ふふ。そこで魔王リムルに何かあれば──次の王は貴方だわ」

 

 その迂闊な呟きを、俺は操り人形らしく素知らぬ顔で聞き流す。

 マリアベルは、子供がいないリムルの唯一の親族を……順当に考えれば王位継承者の俺を王に据え、魔国を支配するつもりなのだ。そりゃ俺を操れるんだったら、俺を通じてリムルを動かすより、俺を王位に就かせた方が遥かに都合が良いからな。

 

「楽しみね、楽しみなのよ」

「ありがとうマリアベル」

 

 微笑むマリアベルに、俺も笑って返す。

 マリアベルの計画は破綻している。俺は支配されていない。『強欲者(グリード)』じゃ俺を操ることは出来ない。リムルは殺させないし、俺が王になる日は来ない──

 

「ねえ、レトラ? 私には人の欲望が見えるけど……貴方のあれは格別だったのよ。心の底で揺らめく、あの深くて重くて暗い狂気のような欲望……もう一度、私に見せて?」

 

 …………

 …………

 ん…………? 

 

《告。個体名:マリアベル・ロッゾのユニークスキル『強欲者(グリード)』より、擬似人格(プログラム)への働き掛けを確認しました──対象の"欲望"を増幅させようとしているようです》

(それって…………)

 

 マリアベルに"風化欲求"をリクエストされた!? 

 そうか、マリアベルは相手の欲望を刺激して増大させられるんだっけ……擬似人格(プログラム)を刺激されても何も起こらないけど、支配されてないことがバレたらマズい……! 

 

(マリアベルに、"風化欲求"を読ませられるか!?)

《告。状態:"風化欲求"の情報を、擬似人格(プログラム)へ書き込みます》

 

 ウィズが対応してくれたが、マリアベルには既に"本物"を見せている。

 擬似的な"偽物"の欲求じゃ──

 

「あら……そんなものじゃないでしょう? 恥ずかしがっているの?」

「マリアベルはリムルじゃないし……そんな気分にならないよ」

「生意気ね、生意気だわ。いいから全て見せるのよ。あの夜の貴方の欲望は、もっと苛烈で魅力的で……最高に狂ったワルツだったわよ?」

 

 この欲望ソムリエ……! 

 ダメだ、不信感を持たれる前に本物を──待ってワルツ? ワルツって言った? もしかして、リムルと踊った時の"風化欲求"のこと言ってる? あの酷かったやつ? いやいや、あんなの自力で出せるわけないだろ! リムルもいないのにどうやって…………あっ。

 

 リムルの所に、『強化分身』がいることを思い出してしまった。あの砂と感覚共有して、リムルに触ればどうだ……? 砂妖魔(サンドマン)には魔素に近付く性質があるから、リムルにじゃれついても不自然じゃない……リムルも休憩時間だから迷惑にはならないはず…………

 

 出来そう! 出来そうだ! 何で思い出すんだよ俺! 

 後悔したけど、一度思い付いてしまったらそれ以上の案がなかった。

 俺本体は、今もホテルの静かな部屋にいる。モニターに映した動画を見つめながら、しばらく放ってあったリムル側の『強化分身』に接続する、と──

 

「──っわ!?」

「レトラ様?」

 

 うっかり椅子の上で跳ね上がってしまって、それを聞き付けたソウエイ(分身体)が影から現れた。あ、俺のことはお構いなく……ムリだな。

 

「いや……リムル達は休憩時間終わったのかなって。会議はまだ再開しないの?」

「シュナ様が確認に行かれましたが、もう少し時間が欲しいと返答が」

「遊んでたら忘れそうだから……始まったら教えて」

「承知致しました」

 

 ソウエイが影に沈んで、俺はふううと息を吐く。

 向こうの『強化分身』に接続した、ちょうどその時……控室で暇そうにしているリムルが、俺(分身体)で遊んでいたのだ。手の上で砂スライム(ミニ)を捏ねたり、伸ばしたり、まとめたり……すっごい触られてる感触して声出たわ! 身体の砂弄られるの嫌なんだって! 

 そしてベニマルと「それレトラ様に怒られませんか?」「あいつ何も言ってこないし、気付いてなさそうだな」とか何とか。後で怒ろう。

 

 リムルに触るまでもなく触られていたので、ウィズに『夢現者(マドロムモノ)』を頼んで擬似欲求を出してもらうと、それはあっという間に"風化欲求"となって膨れ上がった。

 そうして出た欲求をウィズが擬似人格(プログラム)に投影し──馬車の中では、ぐったりとした演技をしている分身体を、マリアベルが愉快そうに見下ろしていた。

 

「ああ、これよ、これだわ。やはり『渇望者(カワクモノ)』を持つ化物ね。こんな破滅的な欲望を隠しておける理性も馬鹿げているけど……安心しなさい、私がちゃんと支配してあげるから」

 

 観賞を終えたマリアベルの、もういいわ、という指図に合わせ、ウィズが投影を切る。すると今度は擬似人格(プログラム)の平静さがマリアベルに伝わって、まるでマリアベルが俺を操っているかのようだ。これならバレずに済むだろう。

 

 その後、俺はようやく解放されて馬車を降りた。

 マリアベルは、俺を完全に支配したと思い込んでいる……ウィズにはこのまま擬似人格(プログラム)を制御してもらい、当たり障りの無い情報をマリアベルに読ませ続ける。次に『強欲者(グリード)』からの働き掛けがあっても全部無視だ。遠隔操作では俺を操れないってことにしとこう。

 

 

 さて……接続は切ったけど、まだ治まってない"風化欲求"…………

 コレどうしようか…………? 

 

 

 

 

 

 




※ソウエイ(分身体)がいますね
※次回は風化イベント




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