「マリアベルが狙ってるのは、魔王様の弟なんだよ……!」
まさかの伏兵グレンダの暴露により、応接室の空気は一変していた。
冷徹な表情のリムルが、対面の椅子に座るグレンダを見据える。リムルの椅子の両脇はベニマルとソウエイが固め、シュナも一歩下がった位置から厳しい視線を送っていた。
だから圧! さっきよりも尋問みたいだ……夕飯? 後回しだってさ。
そしてシュナより後方に、俺とヒナタ……というか、何でヒナタまで付き合ってくれてるんだろう。ルベリオスに帰る前に、ご飯は食べてくと思うけど……
「ヒナタ、先に食堂行ってていいよ?」
「貴方の安否に気を配るようルミナス様に命じられているから、無視出来ないのよ。もし貴方に何かあってリムルやヴェルドラが暴れ出したら、世界の危機だわ」
ああ、世界を危機に陥れるその同盟、ミリムも入ってたな。そんな絶望を教えるのは嫌がらせなので黙っておこう……俺に何もなければ済む話だ。ヒナタへの労いを込めて、後で食堂のスペシャルメニューを注文してあげるって言ったら、ありがとうと笑ってくれた。
「さて、グレンダ。洗い浚い話して貰おうか」
「ア、アタイも全部知ってるわけじゃないさね。多少盗み聞きしただけで……それだって、バレて殺されるのはゴメンだったから──」
「無駄口を叩くな。貴様はリムル様の質問にだけ答えればいい」
容赦無いソウエイに、う……と怯えるグレンダが可哀想。だが俺としても、グレンダがどこまで知っているかで対応を変えないといけないので、まずは話を聞かないと。
「何でも、シルトロッゾに大魔法を仕掛けたのは"暴風竜"だって話じゃないか? グランベル様は、それで
「ああ、ヴェルドラを恐れて手を引いてくれればと思ってたんだが……まさか、精神支配なんて搦め手を選ぶとはな」
「マリアベルがいるからね……魔王や邪竜とぶつかるよりも、懐柔策を取ったのさ。魔王の大事な弟さえ支配しちまえば、国の中心である二人を言いなりに──ちょ、ちょっと! 別にアタイが考えたわけじゃないんだ、睨まれても困るさね……!」
悲鳴のような声を上げるグレンダ。
それもそのはずで、後ろで見ている俺も思わず背筋が冷たくなるくらい……ベニマル達が隠し切れない妖気を滲ませ、激怒していた。
「昼間のゴミ共といい……よくも、そんな姑息な真似を……ッ!」
「わたくし達の敬愛する御二方に、何という無礼な……ああ、わたくし、怒りでどうにかなってしまいそうです……!」
「首を刎ねるだけでは足りません、骨になるまで晒しましょう」
ベニマルは執務館で炎を出すほど考え無しじゃないが、怒気を抑えられず拳が震えている。シュナは両袖で顔を覆って泣いているように見えるも、伝わってくるのは激しい憤り。ソウエイはいつも通りのようでいて、ブチ切れた時の微笑が出ている……
ヒナタですら危機感を覚えたのか、こっそりと囁いてきた。
「レトラ、貴方、あれを止められる……?」
「皆は許可なく勝手なことしないよ……ほら、リムルも止めてるし」
リムルは、落ち着けお前達、と声を掛けて張り詰めた空気を静め、グレンダにも悪いなと謝って続きを促す。おお……これぞ頼れる主君ってヤツだ。
「えぇと……弟様は、ユニークスキル『
「その"欲望"のユニークスキルに、余程の自信があるってことか……レトラ、お前、支配とかそういうのは効かないよな?」
「俺は精神攻撃耐性高いから。
ふむ、とリムル。
冷静に情報収集し、状況を分析する余裕もある……カッコイ、
「随分と、レトラを軽く見積もってくれてるようで不快だが……レトラに手を出したらどうなるか想像も出来ないような連中じゃ仕方ない。だったら俺達は、無知は死に直結するってことをしっかり教え込んでやるだけだ──」
「リムル! そこまで! 皆がマネするからやめて!」
ただの魔王だった! リムルが良いって言ったら全員やる気になっちゃうから、ブレーキ側にいて欲しいんだよな……支配は効かないって言ってるのに殺意高いなぁ……
とにかく『
(ウィズ。マリアベルから読んだ『
《告。情報の入手先を問われる可能性が高いと推測します。
(よろしくないから、上手くやろう。『
《了。作業を開始します》
リムル達には、そのデータを元にマリアベルへの対策を取ってもらう。俺はマリアベルの危険な能力から皆を遠ざけたくてやってるのに、情報を隠したら意味がないのだ。
「
「それも後で聞くが、それよりグレンダ」
流した!!
リムル、今グレンダが大事なこと言ったよ! ちゃんと聞いて!
俺だけが困惑してヒナタを見るが、静かな目が「後にしましょう」と。そうですか。
「レトラを支配しようなんて身の程知らずの作戦は、どうやって行われるんだ?」
「あ、ああ……アタイは、今日辺りが怪しいと思ってたよ。マリアベルは、
リムルがソウエイに目をやると、何事もありませんでした、との返答。
「会議が終わるまで、レトラ様は部屋を一歩も出られていません。一度だけ、宿の者が用事はないかと部屋を訪ねてきましたが、俺が断るとすぐに去りました」
「よく考えたらホテルは評議会が用意したんだから、ロッゾの目が光っててもおかしくなかったのか……もし今日レトラが一人でホテルにいたら、奴らは行動を起こしたかもしれない。護衛を付けといたのは正解だったな」
うん……あの……ごめん…………
俺はリムルやソウエイを騙して、勝手なことをした。これがバレたら恐らくソウエイが責任を感じてしまうので、何が何でも口を噤む。グレンダも、マリアベルの計画を途中までしか知らないみたいだし、俺に接触したことも知らないらしい……良かった……!
本当に、最初で最後のチャンスだった。
俺が標的だと知ったリムルは、警備を強化しようとするだろう──
「よし、レトラ。悪いが町の外へ出るのは当面禁止だ。町中でもなるべく部外者に姿を見せるな、毎回必ず護衛を付けて、現在地を知らせて、移動も出来るだけ転移で済ませるんだ」
セキュリティの厳重さが俺の予想を超えてる!
しかし俺にも、リムル達に申し訳ないことをしている罪の意識はあるのだ。少しは安心してくれるかな……と考えながら「わかった」と返事をする。ピクリとリムルが反応した。
「……やけに素直だな?」
「え、いや、狙われてる時まで護衛いらないとか言わないって……!」
「聞き分けが良いのは助かるが……文句は聞くから言えよ?」
俺に言うこと聞かせたいのか、文句言われたいのか、どっちなんだ。
まあ……リムル達が、年中無休で俺を心配してるのは少し不思議なんだよな。見た目の問題? 外見が十二歳くらいで、小学生か中学生にしか見えないからか……?
「俺は砂だし、そうそうやられないし、大体のことは自分で何とか出来ると思ってるんだけど……リムルは何がそんなに心配なの?」
「お前の警戒心は幼稚園児並みだからな」
「小学生ですらないのかよ! 俺、元大学生ですけど!?」
「──えっ?」
キョトンとした声。隣から。
見たことないくらい丸い目をしたヒナタが、俺を見て上げた声だった。
「大学生……?」
「ヒナタ、ヒナタ! どういう意味!?」
「いえ、ごめんなさい……中学生くらいかと……」
目を逸らされてつらい。
配下達には、前世の文化を交えたトークは通じないので、改めて尋ねる。
「ベニマル達はどう? 俺が強いのは知ってるよな……?」
「知ってますよ。悔しいですが、俺もまだレトラ様には及びませんし……ただ、それとは関係なく、レトラ様に悪意を持つ存在は焼滅させるべきですから」
「兄の言う通りですわ。そのような不埒者に与える慈悲はありません」
「レトラ様を煩わせる前に、あらゆる害悪を排除するのが務めと心得ております」
ああはいはい……俺がどうこうじゃなくて、俺の敵は全て死すべしと……過激だな! ヒナタは呆れてるし、グレンダはドン引きしてるじゃないか!
やっとユウキの話に戻り、マリアベルに操られているなら距離を置こうということになった。しかし俺達は、自由組合の
その情報は、ユウキからマリアベルに伝わっている可能性が高い。
「まず罠だろうな……どうせ奴らは俺にも用があるんだろうし、そこで決着付けるか。レトラ、お前は留守番しとけ」
「それは絶対やだ! 決まってたことなんだから俺も行く!」
「気持ちはわかるが……」
正真正銘の文句を言ってやると、リムルはちょっと嬉しそうに(何故)困り顔をした。俺が「ミリムも楽しみにしてたのに」と付け加えると、うーん……と唸る。
「確かに、お前が来ないとアイツ暴れそうだな。それじゃもっと護衛を増やして」
「リムル様、レトラ様、行くのでしたら護衛に俺を!」
「俺も露払いの御役には立てるかと」
マリアベルが相手では、もしもの時はベニマルやソウエイでも危険だ。もっと安全な場所なら護衛してくれてもいいんだけど……ここは、例のデータを使う時だな。
「そうだリムル。今日の議員達の波長と、開国祭の商人達とガイと、あと俺が見たマリアベル・ロッゾの情報から、支配系スキルの性能予測計算をしてみたんだ。そんなに外れてないと思うんだけど……ちょっと見てくれる?」
「とんでもないこと言われた気がするが、お前なら有り得るからまあいい」
それっぽければ何でも良い要素を並べ、ウィズが完成させたデータを送る。リムルは俺の先生の仕業だとわかっているから、あっさりと受け入れてくれた。
架空のスキルを精査したリムルが、顔を顰める。
「何だこりゃ……俺かお前じゃないと、支配を防げなくないか?」
「これくらいは警戒した方がいいと思うんだ。精神攻撃耐性の高い……半精神生命体以上じゃないと危ないかも」
暗に、ここにいるメンツでは命が危ういと告げる。
しかし、ベニマルは意外なことを言ってきた。
「レトラ様。精神面でしたら、俺達もかなり鍛えてるんですよ」
「そうなの?」
「ええ、しばらく前からハクロウが張り切ってましてね。
「なんかクロベエに聞いた気が……修行のためだったんだ?」
「ハクロウは、レトラ様が精神体を鍛える厳しい修行に入られたから、全員甘えてる場合じゃない精進しろって言ってましたけど」
ああ、いつだったかハクロウは突然、俺の精神体を鍛えるって言い出したな……ベニマル達にもやってたんだ? あれホント、心が折れるくらい痛いのに……
「ハクロウはわたくしの所にも来ましたわ。木刀に呪術を掛け、精神攻撃効果を付与したいと……今では皆様、〈刻印魔法〉を刻んだ木刀で訓練しているようですよ」
「呪われた木刀で!?」
ちょっと欲しい、ではなく──いつの間にかウチの訓練レベルが鬼上がっていた。ハクロウは早くから精神体の重要性に気付いてて、俺だけじゃなく皆も鍛えてたのか……モミジに自慢していい働きだ。ところでそれ、『
《解。完全な
マジか、皆がパワーアップしてた……ハクロウ好き! どこ行った!? あ、確か休暇を使ってモミジと
リムルが護衛に選んだのは、半精神生命体の
ベニマル達は、まだ不満そうだったが──
「大丈夫だよ、ミリムも俺を守ってくれるから」
それで納得して黙った。
最古の魔王の信頼度パネェな……
まあミリムも、遺跡に友達が現れる頃には、俺に構ってる暇はなくなるだろう。そういう意味でも、マリアベルが原作通りに事を起こそうとしてくれて有り難い。この機を逃したら、ミリムの友達が復活するタイミングがいつになるかわからないしな。
やっと尋問を終え、皆で食堂へと移動する。
グレンダの採用も決まり、元スパイの経歴を活かしてソウエイの"
「アタイは今まで金が第一と考えていたけど、今日からはポイントに生きるさね!」
また一人、魔国の虜になってしまったか……この国では功労ポイントがあれば、世界最高峰の料理が食べられるからね。頑張ってグレンダ。
食後にグレンダから聞けた話は、概ね原作通りだった。五大老の話とか、"
しばらくの間、俺は執務館の自室で寝起きすることになった。離れの庵では、警備が手薄になるため禁止。流石に執務館で護衛を付けろという話にはならなかったが、夜は部屋を出ないこと、出るならデータベースに行き先を残すこと。まあそれくらいなら。
ばふりと自室のベッドに倒れ込む。ああ……長い一日だった。
俺は、遺跡へ行かなければならない。
このまま記憶通りに出来事が進んだとして、この状況だったら、最後にマリアベルと対峙するのは俺になる…………恐らく、マリアベルを殺すのは俺だろう。
ユウキが、マリアベルを始末したがっているのは知っている。
だけどそれは、俺が手を汚さなくていい理由にはならない。誰かがやってくれるから傍観者で良い、なんて甘えは許されない。俺が始めたことだ、責任は俺にある。
マリアベルの説得を放棄するつもりはないが、そこで決裂すれば、魔国を狙い俺の大事な人達を殺そうとする存在を生かしておくことはない……俺はもう、何も失わないための覚悟を決めているからだ。
《問。
ウィズの声がした。
《個体名:マリアベル・ロッゾに
(……NOだ。観光に出掛けたこと、内緒だって言っただろ)
あの秘密の外出は、なかったことになっている。すると当然、『俺はマリアベルに会っていない』ので、俺が操られる機会はなかった。リムルに話せることは何もない。
《問。続けて確認します》
《個体名:マリアベル・ロッゾは、
《当該の日、
《
……だよなぁ。ウィズは気付くよな。
どう考えても、動機不明のあの命令だけが異質だった。国家行事の最中に"風化欲求"を出す、合理的な理由を思い付けなかった俺が悪いんだけど……
(……そうだよ)
マリアベルに俺を狙わせ、支配能力を使わせて、それが『
(……"風化欲求"を餌にして、俺を狙わせたんだ)
ウィズなら、もう察しが付いているかもしれない。
この問いを肯定するということは、つまり、俺が
《申し訳ありません。
(…………っ)
隠蔽が解除されない。
マリアベルの『
ルールが示されていないので推測するしかないが、これは、単なる隠蔽ってだけじゃなく……世界の矛盾を調整するためのシステムなのか……?
そして、矛盾に該当する行動を取ってしまえば、その説明すら封じられる。
恐らく、嘘なら吐けるだろう。適当にこじつけて誤魔化すことだったら。でももう遅い、ウィズには疑惑しか残らない。俺から答えを貰えなかった、という事実と共に。
(……ウィズ)
《申し訳ありません。
(俺は、不気味だろ)
やってはいけないことだった。何の説明も出来ない癖に、ウィズに疑惑を持たせるような真似をした。不審に思われても、俺はそれを受け入れるしかない。
《否。
(お前くらい有能なヤツ、この世にいないって……)
ウィズは、相変わらず全肯定だな。
俺のスキルで俺の先生なんだから、こう言ってくれるとして……
リムル達はどうだろう。
わけのわからない先を見越して、誰にも言わず勝手なことばかり繰り返す俺を、まだリムル達は見逃してくれているけど……いずれ、俺への疑心が芽生えたら?
何の弁明も出来ない俺には、リムル達の信用を取り戻す方法がない。
出来るのは、皆を欺き、黙っていることだけ。
苦しいなぁ。
もう、ずっと一人だ。生まれた時から。
前世も似たようなものだったし、ここで生きるのも平気だと思ったのに。せっかく呼吸をしない身体になったのに、時々あの息苦しさを思い出す──
……いや。大丈夫、大丈夫だ。まだ戦える。
望む未来のために取れる行動が、俺にはある。それは幸運なことだろう。
前世はその途中で終わってしまったけど、今世の俺は。
俺は、遺跡へ行かなければならない。
マリアベルと対峙し、自分で始めたことの責任を取らなければいけない。
俺は俺の目的のため、二度と後悔しないため、最善と思う行動を取る──それが間違ってるって言うなら、それ以上の意志で俺を止めればいいのだ。
ユウキか、世界か、それとも別の。
それが誰の手によるものかは、わからないけど。
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