転スラ世界に転生して砂になった話   作:黒千

18 / 155
18話 護衛

 

「ベニマルを護衛にって……リムルは俺に過保護すぎる……」

「まあレトラ様、そう言わずに。主の護衛を任されるのは名誉なことですよ」

 

 リムル様より俺達鬼人へと言い渡されたのは、レトラ様の日々の護衛任務だった。

 

『あいつは町の外でも平気で一人で歩き回るから心配でな……森に高ランクの魔物がいないとも限らないし、レトラは性格から言ってあまり戦闘には向いていないんだ。お前達の誰かが付いててくれたら、俺も安心出来ると思ってな。どうだ?』

『わかりました、お任せ下さい』

 

 俺達にとっては御二人ともが同格の主君であり、レトラ様はリムル様が大事にされている弟君でもある。その護衛役に任じられることに異議などあるはずもない。一度レトラ様に側仕えを断られているシオンも、与えられた任務に喜んでいた。

 

 生産作業に携わるシュナやクロベエ……特にシュナは無理に護衛をしなくともいいと言われたが、主の一人であるレトラ様の供を許されたとあっては、二人とも是非にと意欲に満ちていた。作業工程を見て可能な限りという取り決めをし、基本的には他の四人でレトラ様の護衛を受け持つことになる。

 

 今日は俺がその役目に就く番だ。

 早速挨拶に伺ったところ、レトラ様は渋い顔だった。

 

「いや、要らないんじゃないかな……ベニマル達にそこまでしてもらうわけには」

「ですが、リムル様のご命令ですし」

「だよな。俺が嫌って言っても、リムルの命令を取り消す権限はないんだよな……」

 

 レトラ様は控えめな方なので、自分のための護衛を無駄な労力と思っている節がある。ただこうも抵抗されると、俺自身が嫌がられているようでやるせない。

 

「俺は必要ありませんか?」

「そうじゃないけど……俺は大体ぶらぶらしてるだけだから、護衛することないと思うよ」

「構いませんよ。お好きな所へどうぞ、俺は付いていきますから」

「ちょういけめん」

 

 ぼそりと呟かれた言葉の意味はわからなかったが、了承して下さったようだ。

 レトラ様は昼頃までは町をあちらこちらと回り、作業を眺めては住人達に声を掛けていた。退屈じゃないかと俺に尋ねることもあったが、護衛の俺を気にする必要はないのにな。それに、ほんの数日で建設が進み様子の変わっていく町を眺めるのも、案外面白いものだった。

 

 

 

「で、これから森に散歩に行こうと思ってるんだけど」

「お供します」

「ここは逆に考えよう。ベニマルがいれば、ちょっと森の奥まで行っても怒られないはず」

「何が出ようとお護りしますが、ほどほどにお願いしますよ」

「いちいちイケメンなのは一体……」

「何です?」

「何でも」

 

 町を出て、レトラ様は宣言通り森へ入って行く。

 得物など持たずに手ぶらで、幼い身体は軽装のままだ。周囲を警戒する様子もなく気軽な足取りで進む小さな背中は、ふとした拍子に深く茂った森に飲み込まれてしまいそうで目が離せない。

 

「だいぶ町から離れましたね」

「そうかな? まだ警備隊の活動範囲じゃない?」

 

 確かにこれは無防備だ。リムル様が心配されるのも無理はないかもしれない。

 レトラ様の身に何事も起こらぬよう、気を張り詰める必要が──

 

「……! レトラ様」

 

 そう声を発したのと、前を行く背が立ち止まったのは同時だった。

 鬱蒼とした森の気配に混じって届く、枝葉の不自然に拉げる音。止まない不穏な音は、右手前方に固まって生えた細い木々の奥から近付いている。

 

「俺はあんまり、『魔力感知』は得意な方じゃないんだけど……あれって」

「ええ、何か来ますね。レトラ様、俺の後ろへ」

 

 後ずさったレトラ様と入れ替わるように前へ出、刀に手を掛ける。

 そして訪れる衝撃。群生する木々を残らず薙ぎ倒そうかという体当たりだった。かなりの速度で向かって来たその物体は、天然の柵に一度突進を阻まれたものの、鎌のような形状の節足で木々を力任せにへし折った。

 現れたのは甲殻蜘蛛(アーマースパイダー)の一種だった。興奮状態でぎらつく複眼。

 

 迷わず地を蹴り、間合いを詰める。

 振り下ろされる節足を抜刀の勢いで迎撃し、邪魔な巨体を押し返した。

 レトラ様は俺の後方で、蜘蛛の足に折られて飛んできた枝を回避していた。蜘蛛を相手取る気はないらしく、やはり戦いは好まれないのだろう。問題は無い、そのために俺がいる。

 

「すぐに片付けます。少々お待ちを」

「待ってベニマル。皆、鍋好きなんだよ」

「は?」

 

 俺が動きを止めた直後、蜘蛛を追って茂みを飛び出してきた魔狼の群れ。その背に乗せるのは警備隊の隊長リグル殿やゴブタといった、町の主戦力隊の面々だった。

 

「あ、レトラ様、すいませんっす! 今からその蜘蛛、狩るとこっすよ!」

「レトラ様! 散策中のところ、お騒がせして申し訳ありません」

「俺こそ、仕事中に邪魔してごめん。見てるから頑張って」

「皆、レトラ様の御前だ! 間違っても仕留め損なうな!」

「了解!」

 

 ゴブリンライダー達はリグル殿の指揮の下、蜘蛛を包囲する。嵐牙狼の俊敏さを生かした見事な連携だった。甲殻蜘蛛(アーマースパイダー)ごとき図体だけのデカブツは、彼らの前では獲物と成り下がるのみだ。瞬く間に節足を斬り落とされ、とどめを刺された蜘蛛が地に倒れ伏す。

 隊員達が蜘蛛の処理を始め、リグル殿が狼から降りて近寄って来る。

 

「レトラ様、町から離れ過ぎなのでは? 散策でしたらもっと近郊で……」

「リグルも心配性だよなぁ……あ、今日はベニマルが護衛してくれてるから大丈夫!」

「それはそうですが……ベニマルさん、どうかレトラ様をお願いします」

「ああ、心得た。任せてくれ」

 

 先日こちらの勘違いから警備隊と交戦に至り、リグル殿達には迷惑を掛けた。その後、彼らは遺恨も残さず、仲間として俺達に接してくれる。町の住人達も同様だった。

 仲間内で争わない、他種族を見下さない、という決まりはリムル様が定めたそうだが、従う者達の心根が実直でなければそううまくはいかないだろう。見識ある主の下には相応の配下が集うものだと、感服せずにはいられない。

 

 その時だった。地面から微かに伝わってきた振動。

 次第に大きさを増すそれを察知し、周囲のホブゴブリン達も手を止めてざわめいた。止まらない地鳴りに、歩行を阻害するほど揺れる足元。明らかな異常だった。

 

「何だこれ? 地震……?」

「いや、この振動は違う……全員騎乗! 警戒態勢を取れ!」

「下だ! 近付いて来るぞ……!」

 

 轟音と共に大地が割れる。

 木々を根こそぎ掘り起こし、地面を食い破って現れたのは、巨大な岩喰巨妖虫(ロックイーター)だった。

 強靭な顎で岩さえ噛み砕く、ワームの変異種。それ自体が岩にも近いという、頑強に進化した体躯で地中を進み、周囲の生物を食い荒らす凶暴な魔物だ。山奥の岩石地帯や不毛の荒野をねぐらとするはずで、大森林に出没するなど聞いたことがない。

 

「距離を取れ! そいつには並の刃は通らない!」

 

 レトラ様を背後に庇いつつ、ゴブリンライダー達へ叫ぶ。

 出現した岩喰巨妖虫(ロックイーター)は特異な巨大個体で、持ち上げられた頭の高さは森の木々に匹敵するほどだ。地面の下の全長までは不明だが、胴回りなど樹齢数百年を超える大木よりもまだ太い。

 カイジン殿やクロベエが警備隊の武器製作を請け負っているが、全員にまで行き渡っているわけではなかった。俺は〈気闘法〉を駆使すれば里から持ち出したこの刀でも戦えるだろうが、相手がデカ過ぎる。いざとなれば、森の中ではあるが……リムル様に頂いた炎の力で応戦するしかない。

 

「ゴブタ!」

「レトラ様……!」

 

 ロックイーターが巻き起こした地面の崩壊の余波を受けて、狼の背から放り出されたゴブタが枝に引っ掛かり、宙吊りになっていた。何してんだアイツは。

 その枝先に、レトラ様が駆け寄る。

 

「一応聞くけど、あれって夕飯になる?」

「岩っすよ!? そんなわけないっすよー!」

「ならいいか」

 

 突然、辺りから光が消えた。

 それは俺の認識外の出来事による錯覚で、その元凶は、頭上を覆い尽くすように広がった砂。

 陽の光を遮るほどの砂の天幕──

 意思を持つかのように棚引き、空から舞い降りた砂の衣が、ロックイーターを包み込む。砂に飲まれ激しくうねるロックイーターだが、悪足掻きにもならなかった。囚われもがいた巨大な魔物の影は数秒のうちに崩れ去り、静寂の砂となって地面へ流れ落ちたのだった。

 

 全てを埋め尽くす砂。一帯は砂の海と化していた。

 それまで森だった風景を忘れさせる、天変地異が起きたに等しい有様に寒気を覚える。

 

「あー! 蜘蛛まで埋まっちゃってるっす! 砂にしてないっすよねレトラ様!?」

「してないしてない。今掘り出すから待って」

 

 レトラ様の手の動きに応えるように、砂の海に漣が立つ。

 流動を始めた砂が、岩喰巨妖虫(ロックイーター)の食い破った地面の穴へと流れ込んで行く。やがて砂の底からは倒れた木々や、絶命した甲殻蜘蛛(アーマースパイダー)が姿を現した。それと共に隆起した土もなだらかに形状を変えて行き、荒れた地面を整えたレトラ様は残りの砂をスルリと消して、全てを終えた。

 

 常軌を逸した大量の砂に魔素を行き渡らせ、自在に操る技量。あれに飲み込まれれば抗いようもなく、先に待つのは終焉だ。防ぐ手立ては無い。

 何故あの時レトラ様は、俺達相手にこの力を使わなかったのだろう。説得に耳も貸さず刃を向ける身の程知らずのオーガ数体程度、簡単に消し去ってしまえたはずだ。

 

「ありがとうございます、レトラ様。再三ご面倒をお掛けしてすみません……」

「今日の鍋は楽しみにしててくださいっす! レトラ様に一番美味しいとこあげるっすね!」

「あれってクモ……いやカニ、カニ鍋でいいんだよな? うん、カニ鍋なら食べられる大丈夫」

「倒木は建築資材に利用しましょう、町に連絡を取っておきます」

「そうだな、頼んだよ。じゃあ俺は散歩の続きするから」

「お気を付けて。暗くなる前にはお戻り下さいね」

「はーい」

 

 これほどの力を持つ主に対して、ホブゴブリン達は誰一人として恐れを見せることはない。それどころか実力で言えば比べようもないほどの存在である主の身を、皆当然のように案じていた。

 幼い手を振り、警備隊と別れたレトラ様がやって来る。

 

「ベニマル、もう少しこの辺を回ってみよう。他にも危険な魔物がいたら嫌だし」

「はい」

 

 あの時もレトラ様は、劣勢に立たされた配下達のために戦場に現れた。

 レトラ様がもたらすものは恐るべき殲滅ではなく、大いなる守護。レトラ様が力を振るう意味を理解しているからこそ、彼らは心から主を信頼し、命を懸けて戦えるのだろう。

 

 やはりレトラ様も間違いなく、リムル様に並び立つ主の器にして、絶対的強者。

 底の見えない怪物を主に頂く栄誉に、身が震える。だが主君の強大さに頼り切るだけでは我慢がならない。その庇護を受けるだけの価値を以て応えられるよう、俺は、もっと強くならなければ。

 

 

 




※ベニマルはレトラに対しては、リムルにするよりちょっと丁寧に喋る設定

甲殻蜘蛛(アーマースパイダー)は、槍脚鎧蜘蛛(ナイトスパイダー)(A-)より低ランクでB-ほど
岩喰巨妖虫(ロックイーター)は、巨大なことも踏まえAランク換算



▲ページの一番上に飛ぶ
X(Twitter)で読了報告
感想を書く ※感想一覧
内容
0文字 10~5000文字
感想を書き込む前に 感想を投稿する際のガイドライン に違反していないか確認して下さい。
※展開予想はネタ潰しになるだけですので、感想欄ではご遠慮ください。