転スラ世界に転生して砂になった話   作:黒千

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144話 古代遺跡アムリタ

 

 遺跡調査の当日となった。

 張り切って魔国へやって来たミリム、俺とレトラ、ゴブタも含めて、製作部門が用意してくれた探検者用の服に着替える。こういうのは形から入ってナンボなのだ。

 ミリムの服装は半袖半ズボンだが、肌は結界で守られているから平気とのこと。そしてミリムは探検服と帽子姿のレトラを見て、不満そうに頬を膨らませた。

 

「レトラよ……髪が短いぞ?」

「長いとジャマかなって思って」

「長い方が似合うのだ! ワタシが編んであげるのだ!」

「え、うん?」

 

 開国祭からこっち、レトラは昔のような短髪にしていることも多くなった。だが、頼まれればアッサリ髪を伸ばすので、気分で決めているだけのようだ。俺も別に、レトラが長髪だろうと短髪だろうとこだわりはない。どのレトラも可愛いからな。

 サラサラとした砂色の長髪で、ミリムはフレイさんに習ったという三つ編みを始め──

 

「出来たぞレトラ!」

「へえー、上手いんだな。ありがとミリム」

 

 レトラはそう言ったが、上手……いか? 毛束の太さがバラバラだし編み方も何だか緩いし……いや、これはこれで、無造作感が出て良い感じにまとまっているのかも? 

 

 シオンは、俺達がイングラシアのお土産にと買ってきた服を着て行きたかったようだ。

 俺が贈ったのはネイビーのオールインワン、レトラからは淡いイエローのワンピース。大喜びしたシオンがその場で着替えようとジャケットを脱ぎ捨て、危うく事件になりかけたが……レトラが「はい試着室!」と作り出したシュールな直方体により、無事にプチファッションショーが行われたという思い出がある。

 まあ、遺跡調査には向かない服装だからとやめさせると、シオンは残念そうにしながら、いつもの戦闘服であるスーツ姿となっていた。

 

 ランガの首にもお洒落なバンダナを巻いてやり、準備は完了……と、そうだ。

 レトラとゴブタを呼び寄せ、ニヤリと笑って俺が取り出したのは拳銃──グレンダがスキルで具現化して使っていたワルサーP99を参考に、カイジン達が魔鋼製の拳銃を作ってくれたのだ。

 

「あっ、試作品出来たんだ!?」

「これ格好良いっすよね! ズギュンって衝撃が手に響くのも最高っす!」

 

 火薬ではなく〈刻印魔法〉で爆発を起こし弾を撃ち出す仕組みで、二人とも製作途中の試し撃ちに参加している。ぶっちゃけ魔法やスキルの方が強力だし、本格採用は要検討の段階だが、男のロマンを理解する同志達には一丁ずつプレゼントすることにした。

 

「危ないから人に向けちゃ駄目だぞ?」

「勿論っすよ! 大事にするっす!」

「ありがとうリムル!」

 

 

 

 俺達はイングラシアへ転移し、カガリ女史と落ち合った。

 自由組合(ギルド)副総帥(サブマスター)であり、ユウキの片腕。金髪をシニョンに纏め、理知的な藍色の目をした美しいエルフの女性だ。開国祭には来ていなかったため、レトラやミリムとは初対面となる。

 

「お初にお目に掛かります、レトラ様、ミリム様。カガリと申します。宜しくお願い致しますわ」

「初めまして、カガリさん。こちらこそお世話になります」

「初めまして! 宜しくなのだ!」

 

 カガリ女史は遺跡探索を生きがいとする研究者で、ユウキにスカウトされて今の地位に就いた後も活動を続け、最近では古代遺跡"ソーマ"を踏破する偉業を成し遂げたらしい。

 彼女が遺跡の専門家だと知った際、クレイマンの領地で発見された遺跡の調査について相談してみたところ、参加を志願された──というわけだ。

 

「どうだ、ミリム?」

「むう、特に問題はないようだが……」

 

 ミリムには事前に、彼女は敵の一味か、もしくは操られている可能性もあると説明し『竜眼(ミリムアイ)』で確認して欲しいと頼んでおいた。怪しい点はないとのことだが、俺達を先導して歩くカガリ女史に対して首を捻っていたので、警戒だけはしておこう。

 

 少し離れた場所では、カガリ女史の遺跡調査チームが完全装備で待っていた。

 馬車も用意されていて、ジスターヴまでは約二ヶ月の旅になるらしいが……俺の出した"転移門"を潜ればそこはもう傀儡国ジスターヴ。十名ほどの隊員達が「俺達の準備は何だったんだ……」「魔王凄い、凄過ぎる……」と呆然としていて少し良い気分だった。

 

 

 

 

「ようこそジスターヴへ。長旅でお疲れでしょう?」

 

 五分にも満たない旅の後、城門で俺達を出迎えてくれたのは黒妖耳長族(ダークエルフ)の長老だった。二十代にしか見えない女性で、金髪に褐色肌、黒の衣装にヴェールを被っている。

 ハクロウからの報告には、クレイマンの支配下では民の大半が奴隷階級で、広大な領土と人口を賄うための労働力にされていたとあった。そして首都アムリタに住むダークエルフ達は、自分達を墓守と称していたとか。

 

 クレイマンの豪華な城を案内されつつ、長老の説明を聞く。地底都市アムリタへの入口は城内にあり、地下は三層から成る。上層はダークエルフ達の居住区。今回の調査対象は立ち入りを禁じられていたという中層以降で、最下層には墳墓があるらしい。

 

 まず上層部へ降りると、巨大な地下空間に作られた町があった。雰囲気は古めかしいが、通りを行き交う多くのダークエルフ達の生活の場だ。今後の支配者となるミリムは彼らの定住を許可し、定期的に食料や物資を届けさせることを長老と約束していた。

 

「こちらが、中層部へ続く扉ですわ」

 

 クレイマンだけが出入りしていたという大扉。魔法術式を正しい手順で解かなければ侵入者とみなされ、都市の防衛機構が作動する仕組みらしい。カガリ女史や隊員達とも意見交換をしたが、地下空間を昼間のように照らす古の魔法が今も継続していることから見て、防衛機構も生きていると考えるべきだろう。

 では、クレイマンがどうやって術式を解いていたかだな。ヤツが持っていたスキルは──

 

《解。ユニークスキル『操演者(アヤツルモノ)』です》

(ああ、それだ。操る事以外にも、情報を暗号化して送受信出来るとかあったような……)

《是。地脈を読み、その流れを操作することが可能な『地脈操作』です。『法則操作』へと追加しております》

 

 つまりヤツを捕食した俺にも、情報を読み解く能力が使えるということ。智慧之王(ラファエル)さんのサポートを受け、術式をパズルのように解いていくと、第一段階の解除にアッサリと成功した。

 隊員達がポカンと俺を見ていて、ちょっと出しゃばり過ぎたかと後悔したが……彼らは流石の探究心で、解除のコツを教えて欲しいと頼んできた。

 

 そこからは皆で術式の解除に勤しむ。隊員達はエリート揃いで飲み込みが早いし、ミリムとレトラも、自分にも解けたと喜んでいる。ゴブタは早くも諦めたようだ。

 

『そういやレトラ。『地脈操作』って、お前に渡したっけ?』

『いや貰ってない……けど、これも『法則操作』の応用だよな? 今ので充分わかるって』

 

 レトラは既に『魔力操作』を元に『法則操作』を入手済みだそうで、レトラの先生『先見之王(プロメテウス)』ならば、権能の追加習得も可能なのだろう。優秀過ぎて手の掛からない奴らである。

 

 

 

 夕食の用意が整ったと長老に呼ばれ、今日はここまで。

 食事の後は城内に用意された部屋で休む。身内のみとなったので、カガリ女史一行に不審な様子はなかったかとミリムに尋ねたが、何もなし。うーむ、調査隊は白と見ていいのだろうか……? 

 

 翌日。扉の術式を全て解除し、中層部へと降りた。

 上層部よりも天井が低く、通路が入り組んだ造りは"地下迷宮(ダンジョン)"に似ている。ほとんど誰も立ち入らなかったお陰か保存状態が良く、壁画なども当時のままのようだ。

 

 適宜、休憩を挟みながら迷路を進んだ俺達は、最下層への扉を発見した。

 術式の解除班と、地図作成の探索班、二手に分かれてしばらく作業に取り組んだ後、戻ってきた探索班の話を聞きながら皆でコーヒータイムと洒落込む。

 全てが順調に進んでいた最中に、それは起きた。

 

 ズシン……! と地響きのような衝撃が辺りを揺らす。

 その原因と思われる、地上部を吹き荒れた巨大なエネルギー。

 直後、鳴り響いたのは機械的な音声。

 

『アムリタへの侵入者を確認。排除せよ!』

『アムリタへの侵入者を確認。排除せよ!』

 

 始まったか。十中八九、マリアベルの仕業だろう。防衛機構が作動したタイミングも良すぎるし、こちらの動きが筒抜けの可能性がある。密かに外部と連絡を取り合っている者がいないかどうか、ミリムにも確認して貰おうと思ったが──

 

「リムルよ、すまぬ……急用が出来たのだ」

 

 物憂げな表情で呟くなり、ミリムの姿が消えた。転移したのだ、地上部へ。

 一体何事かと『万能感知』を働かせた俺の視界に映ったのは、城の上空で大きな翼を広げ、禍々しい瘴気を撒き散らす竜だった。ヴェルドラによく似た外見に、凶悪なまでの膨大な魔素(エネルギー)量。間違いなく天災級(カタストロフ)だ。俺の手にも負えるかどうか。あれは、まさか……? 

 

《告。かつて魔王ミリムが封じた古の竜、混沌竜(カオスドラゴン)です》

 

 ミリムのペットで、友達だった子竜。

 悪意の標的となって殺され、ミリムが魔王に覚醒する切っ掛けになったという……

 

「リムル様! 魔人形(ゴーレム)が襲って来ました!」

 

 状況は待ってはくれない。俺達を侵入者と認識した魔人形(ゴーレム)達が、扉の前に押し寄せつつあった。いち早く動いたシオンだが、振り被った大太刀が低い天井に引っ掛かり、動きが止まる。馬鹿野郎、周りをよく見ろ! 

 そんなシオンに向かって、ゴーレムは減速することなく突進し──出現した分厚い砂の壁に、めり込むように激突しながら消えた。『風化』だ。

 

「シオン、今のうちに!」

「す、すみませんレトラ様……!」

 

 相手がゴーレムだけならレトラの砂で待ち構えていれば片が付くが、今に首謀者がここへ来るだろう。もう少し身動きの取りやすい場所へ移動しておきたい。

 そう考え、手早く術式の解除を終わらせた。扉が開く。

 

「こっちだ! 全員、早く中へ!」

 

 最下層への階段を下り切ると、広々とした空間に出た。正面の岩壁には人の背丈の数倍以上の巨大な石碑。その左右には奥へと続く通路が見える。

 しつこく追って来たゴーレム達をシオン、ゴブタ、ランガに任せ、俺とレトラは調査隊を石碑の傍まで避難させた。警護と監視を兼ねてのことだ。外の状況も含めて説明し、俺やミリムがいるから大丈夫だと隊員達を落ち着かせた後、カガリ女史に声を掛ける。

 

「悪いね、巻き込んじゃって」

「いえ……ですが、混沌竜(カオスドラゴン)を復活させてまで仕掛けてくるなんて……リムル様には、敵が多いのですね」

 

 不本意ではある。ファルムス王国、魔王クレイマン、聖人ヒナタ。いずれも仕掛けて来たのは向こうからで、俺は相手をしただけだ。かと言って俺からは仕掛けないと言うつもりはない。今回の相手も、利害が対立したからには遅かれ早かれこうなっていただろう。

 俺が答えると、女史は言葉を続けた。

 

「武力に頼らぬ解決は?」

「可能だったよ、どちらかが利益を諦めて折れるのならね。でも相手には相手の正義があるだろうし、俺だって退くことは出来ない。魔国連邦(テンペスト)の皆も道連れだからね」

「……それでも、相手の立場を尊重して、もっと意見を交わして、より良い関係を模索すれば……敵対せずとも済んだのではないでしょうか?」

 

「無理ね、無理なの」

 

 中層部と最下層を繋ぐ階段から、幼い声がした。

 ゴーレム達が倒され静かになった空間に現れたのは、開国祭で見た金髪の少女。

 

「人の欲望は果てしなく、相手が折れればより欲求が大きくなる……それが人間なのよ」

「気が合うね。俺は魔王リムル、君は?」

「初めましてなのよ。私はマリアベル──貴方の敵なの」

 

 

 

 

 ようやく、敵の首魁が姿を見せた。

 雌雄を決する戦いへと移る前に、互いの意思を確認する。

 

「俺の傘下に入れ。そうすれば無用な争いは回避出来る」

「逆に私のセリフなの。魔王リムル、貴方はここで敗北する。それが嫌なら、私の支配下に入るのよ」

 

 マリアベルの方針は俺の政策とは相容れない。一部の者達の富を守るために、多くの罪無き民が苦しむことになるからだ。全員が平等だなんて綺麗事は言わないが、誰もが一度は機会を与えられるべきだと俺は思っている。

 

「笑止、笑止なの。弱者が搾取されるのは自然の摂理。人は生まれながらに格差があるの、それは至極当然なのよ! まさか、魔王がこんな夢想家だなんて!」

 

 マリアベルには俺の思いは届かなかった。

 進化の過程で相反する存在。その正しさは勝利した者こそが主張出来るのだろう。

 俺は戦闘形態の黒いコート姿となり、マリアベルは背後の通路から数名を招き入れる。一人は騎士服の男、一人は──神楽坂優樹(ユウキ・カグラザカ)

 

「グ、グラマス……!?」

「ユウキ様、一体どういうことです? ワタクシ達を裏切ったのですか?」

 

 隊員達やカガリ女史の声には、戸惑い、怒りが滲み出ていた。

 グレンダからの情報通り完全に支配されているのだろうユウキは、それらに反応することなくシオンの前へ出る。

 

「君の相手は僕がしよう」

「フン。他人に支配されるような軟弱者など、私の敵ではないわ!」

「オイラも行くっすよ! 『魔狼合一(ヘンシン)』!」

「魔国の人狼め……このラーマがお相手致そう!」

 

 あのラーマという騎士風の男、恐らく聖騎士よりも強い。だが、ランガと合体したゴブタなら充分に戦えるはずだ。シオン達が戦闘を始める中、俺はマリアベルと向かい合い──いや、その後ろには三つ目の人影があった。

 

「行くのよ、ガイ! 魔王を叩きのめすのよ!」

 

 ガイ? あの高慢な冒険者か? 言われてみれば面影があるが、その人相は変わり果てたものだった。憎悪に目を血走らせ、人らしからぬ呻き声を上げて向かって来る様子からして、既に自我が壊れている。もう長くは持たないだろう。

 

 顔を顰めたレトラに下がれと合図しながら、俺は歩みを進める。

 左手に集めた妖気(オーラ)を無造作に浴びせ掛けると、それだけでガイは塵となって消滅した。魔素量は上位魔人以上に増大していたものの、俺との差は埋めようがない。

 

「俺と戦いたがっていたよな? 良かったな、死ぬ前に念願が叶って」

 

 敵は殺す。それは当たり前の事だ。

 決して気分の良いものではないが、本気になった俺に優しさを期待されても困るのだ。

 

「嘘……何よ、何なのよ、その力は……」

「次はお前の番だ、マリアベル・ロッゾ。二度と転生出来ないよう喰らい尽くしてやるから、精々俺の糧となれ」

「大きな口を叩く前に思い知るといいのよ……! 人と魔物の知恵の差を!」

 

《告。個体名:マリアベル・ロッゾより『魔法通話』の念を確認しました。外部へ指示を出したと推測──》

 

 智慧之王(ラファエル)の声を聞きながら、冷めた気分で数秒待つ。

 何が起こるわけでもなく、マリアベルの焦燥が濃くなった。

 

「な、何故……? どうして、"聖浄化結界(ホーリーフィールド)"が発動しないの?」

「お前は俺を罠に嵌めたつもりなんだろうけど、こっちもそれを承知でお前を誘き出したんだよ。当然、結界への対策は取ってある」

 

 俺達がもう何度危機に晒されてきたと思っているのか。

 結界の術者、魔法装置、それらを運ぶ転移魔法陣、霊子を媒介とした"術式転送(スペルトランス)"……だけは俺とレトラで対処する必要があるが、それ以外のあらゆる想定は前もって地上に配置したガビルやハクロウ、ソーカの隊で阻止する作戦だった。

 

 ──俺、"聖浄化結界(ホーリーフィールド)"嫌いだな。絶対に発動させないで。

 

 対策会議でレトラが零した小さな声。

 それを聞いた者達の痛ましげな表情と、その下で煮え滾る闘志と言ったら。レトラの傷に触れることになる浄化結界をわざわざ張らせてやる理由など、俺達には一つもないのだ。

 

 

 

 

「死ね……! "死を渇望せよ(ロストエントロピー)"!」

 

 マリアベルの最後の手段だったのだろう黒い波動は、俺には何の脅威でもなかった。

 

「残念だったな、『解析』終了だ。これでもうお前の力は通じない」

「どこまで常識外れなのよ……ッ!」

 

 驚愕と憤りが入り混じった瞳で、マリアベルが忌々しげに俺を睨む。

 レトラの予測値をやや下回るようだが、それでも『強欲者(グリード)』は今まで見たユニークスキルの中では最強と言っていいほど飛び抜けていた。俺が相手をして正解だったな。完全抵抗(フルレジスト)が可能なのは、魔国では俺とレトラくらいだろう。

 

「これが最後だ。降参するなら命は取らない」

「冗談じゃないわ、冗談じゃないの……私が全力を出せば終わると思っていたけど、魔王を見くびり過ぎていたのよ。ますます生かしてはおけないの」

「お前には無理だな。苦しませずに逝かせてやる、俺の中で反省しろ」

 

 普通の少女として生きるなら見逃すつもりだったが、マリアベルは俺の提案を蹴った。

 分かり合えないなら仕方ない。

 俺が『暴食之王(ベルゼビュート)』を発動させようとした、その時だった。

 

『魔王覇気』────

 

 激しい妖気(オーラ)が、俺の背後で迸る。

 直感が告げるままに身を躱した瞬間、風を起こすほどの鋭い一閃が俺のコートの端を裂いた。

 それは、俺が後方に庇っていた人物からの襲撃。

 

「レトラ……!?」

 

 気付けば、レトラの探検服は黒の軍用コートに変貌していた。

 いつも感情豊かな琥珀の瞳は冷え切っていて、そして、右手には抜き身の麗剣(ドレスソード)──全てを滅ぼす『風化』の剣先が、真っ直ぐ俺へと向けられている。

 

 何だ? 

 何が起こってる? 

 まさか、レトラは……操られているのか? マリアベルに? 

 

 目の前の光景を受け入れることを、頭が拒否していた。

 感情的な面も少なからず存在するが、それよりももっと、理論的な部分で。

 

 マリアベルがレトラを狙っていると聞き、俺はずっと警戒していた。魔国ではレトラに近付く不審者などいなかったし、ジスターヴでは常に俺かミリムがレトラの傍にいた。昨夜もレトラの両側を二人で挟んで就寝している。マリアベルが現れてからは、俺は奴の挙動全てに注意を向けていたのに──マリアベルは一体いつ、レトラを操ったって言うんだ? 

 

「おい……嘘だろレトラ!? お前が操られるわけないよな……!?」

 

 腑に落ちない点はまだある。仮に、マリアベルが俺にも智慧之王(ラファエル)にも気付かれず『強欲者(グリード)』を使ったとしよう。だがそもそも、レトラには精神支配が効かない。マリアベルのユニークスキルでは、究極能力持ちのレトラを支配出来るはずがないのだ。

 

『演技なんだろ? ミリムみたいに、操られたフリをしてるんだよな? おい、レトラ……!』

 

 鋭い刺突を避けながら、今度は『思念伝達』を試みるが返事が来ない。レトラの表情はピクリとも動かず、瞳には全くと言っていいほど輝きがなかった。焦りが募る。

 

(『智慧之王(ラファエル)』、レトラの先生はどうした!? 呼び掛けてくれ!)

《告。究極能力『先見之王(プロメテウス)』へ思念を送信──応答がありません》

(はあ……!?)

 

先見之王(プロメテウス)』まで? そんなの、異常事態じゃないか……! 

 マリアベルの高笑いが響いた。

 

「アハハッ! 大事な弟をお人形にされた気分はどうかしら?」

「ふざけるな! お前にレトラを支配出来るわけないんだよ……!」

「滑稽ね、滑稽だわ。目を背けても現実は変わらないのよ」

 

 クスクスとした嘲笑に、苛立ちが増す。

 レトラの異変に気付いたシオンも、冷静ではいられなかった。

 

「貴様あああッ! レトラ様に何をした!」

「おっと、余所見してていいのかい?」

「グッ……!」

 

 逆上してマリアベルへと駆け出そうとするシオンに、ユウキの重い蹴りが襲い掛かる。それを大太刀の腹で受け止めるも、不安定な体勢でシオンの足元が崩れた。

 ゴブタもレトラに気を取られ、動きが鈍っている。天性の勘とランガのお陰で、どうにかラーマの剣を避けているが、このままでは──

 

「シオン、ゴブタ! レトラのことは俺に任せて、戦闘に集中しろ!」

「リムル様……!」

「は、はいっす……!」

 

 腹を決め、『胃袋』から取り出した刀を構える。

 動揺している場合じゃない。レトラを止められるのは俺しかいない。

 本当に洗脳されているなら、一秒でも早くレトラを解放してやらなければ……だが、縦横無尽の麗剣を掻い潜ってマリアベルと対峙するのは困難だ。それに、マリアベルがレトラを盾にするようなことでもあれば、俺が耐えられない。

 

 まずはレトラを止め、マリアベルに引導を渡す。

 順番としてはそれが最善。

 ただし。

 

 刀を支えた指先に感じる、微かな強張り。

 

 俺とレトラの能力の相性は──圧倒的に、俺の分が悪いのだ。

 

 

 

 

 

 




※兄弟対決
※奇妙な点の答え合わせは次回以降やります



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