転スラ世界に転生して砂になった話   作:黒千

183 / 197
147話 混沌竜①

 

「迷惑を掛けたみたいですみません……でも助かりましたよ、リムルさん!」

「お、おう……元に戻って良かったね?」

 

 俺の暴風黒魔斬(ストームブレイク)で負った傷を庇いながら、ユウキは笑う。

 最悪、死んでも仕方ないな……と考えていたなんて言えないが、まあ良かった。

 

 マリアベルに支配されたユウキは強敵だった。『能力殺封(アンチスキル)』とかいう超理不尽な特異体質でスキルも魔法も効かず、俺の『絶対防御』まで貫通してくるのだから。

 それでもいくつかの弱点を突き、ヴェルドラの『暴風系魔法』を組み合わせた剣技で深手を与えたところだったが──その時、仲間達との絆だとか、ユウキの意志の強さだとか、よくわからない何かで『強欲者(グリード)』の干渉が消えたらしい。何だそれ。

 

「リムルさん、レトラさんが心配です。マリアベルを追いましょう……!」

「ああ……いいんだ、レトラのあれは演技だ。マリアベルのことはレトラに任せる」

 

 苦渋の決断だった。戦力は適切に振り分けなくてはならない。今最も大きな脅威は地上の混沌竜(カオスドラゴン)で、すぐにでも俺が向かうべきだ。ミリムを助けに行ってやらないと。

 対して、マリアベルではレトラに勝てる見込みはなく、成り行きとは言えこうなってしまったからにはレトラに託すのが最適だった。それは智慧之王(ラファエル)とも意見が一致している。

 ユウキは眉を顰め、俺を非難するように声を荒らげる。

 

「じゃあまさか……レトラさんにマリアベルを殺させるつもりですか!?」

「……そうなるだろうな」

 

 俺はまた、レトラに人殺しをさせることになる。

 わかってはいるのだ。レトラには仲間を守るために手を汚す覚悟があり、それを成し遂げる実力と意志を持っていることくらい。それを嫌だと思ってしまうのは、俺の甘さなのだと。

 

「本当にいいんですか? 大事な弟さんなんじゃ──」

「ユウキ。悪いが、レトラに任せてやってくれ」

「……わかりました。リムルさんがそこまで言うなら、僕もレトラさんを信じますよ」

 

 レトラを案じるユウキの言葉は有り難いが、こうするしかない。

 ユウキはカガリ女史の治癒魔法で手当てを受けることになった。『能力殺封(アンチスキル)』はオンオフ可能というインチキな性能をしており、オフにすれば魔法もスキルも効くそうだ。これを油断してオフにしている時にマリアベルに支配された、という事情らしい。

 

 シオンはユウキの『能力殺封(アンチスキル)』で『超速再生』を無効化されていたが、時間経過で回復してきたようだ。ゴブタとラーマの戦いも、俺達がグレンダを殺したという誤解が解けたことで決着が付いた。皆には上層部のダークエルフ達と合流するよう指示を出す。

 

 俺は『空間支配』を発動させ、地上へ転移を──

 

 ん? 何だ? 

 今、どこかで、空間が歪んだ……? 

 

 

 

 

「──やめるのだ! どこへ行くのだ、戻って来るのだ……!」

 

 空の真ん中に、奇妙な光景があった。

 混沌竜(カオスドラゴン)の頭部が無い──のではなく、空間の裂け目のようなものに頭を突っ込んでいる? その巨大な尻尾をミリムが抱えて……引っ張り出そうとしてるのか? 

 空間の奥から混沌竜(カオスドラゴン)の頭部がズルリと戻ると、裂け目も消えた。ミリムを振り払った巨体が距離を取るのを確認しながら、宙に静止したミリムに近付く。

 

「ミリム! 何があったんだ?」

「リムル……わからぬ、急に大人しくなったと思ったら……空間が裂けて……転移でもされては大変だから慌てて引き戻したのだ、が…………?」

 

 長い首を捻り、混沌竜(カオスドラゴン)が瘴気の吐息(ブレス)を吐く。周囲へ撒き散らすように吐き出されたそれは、眼下の森林部へと降り注ぎ──

 俺は見た。ブレスに飲み込まれた木々が、大量の砂となって崩れ落ちるのを。

 ……は? 砂? 『風化』か? あの竜、レトラと同じ『風化』を……? 

 

「あ……っ」

 

 息を呑む声。

 混沌竜(カオスドラゴン)を凝視するミリムの顔が、青褪めていた。

 

「み、見えるのだ……あの子の中に、レトラがいる……」

「は……?」

「レトラが……レトラが、喰われてしまったのだ……!」

 

 何だ……? ミリムは何を言ってるんだ? 

 それじゃまるで、混沌竜(カオスドラゴン)がレトラを喰って『風化』のスキルを手に入れたかのような──

 

「チッ……面倒臭ぇことになりやがったな」

 

 チンピラのような舌打ちが鳴る。

 俺とミリムが勢い良く振り返ると、赤い髪の悪魔がそこにいた。

 魔王ギィ・クリムゾンが。

 

「ギィ!? どうしてここにいるのだ……!?」

「ミリム、リムル。時間がねぇ、黙って聞け」

 

 最古の魔王の登場に警戒するなと言う方が無理だが、悠長に話している時間はないので繋がれる思念リンクを受け入れた。

 極限まで引き延ばされた時間の中で、ギィが語り出す。

 

『レトラのユニークスキル『渇望者(カワクモノ)』、あれは──ミリムのペットだった精霊竜(エレメンタルドラゴン)の魂の欠片だ』

 

『オレにも確信があったわけじゃねえ、疑い出したのもここ百年程度の話でな。確かに『渇望者(カワクモノ)』はスキルとしちゃ規格外だったが、初めはそんなに暴れてぇなら手元に置いて飼ってやろうかってくらいの興味だった』

 

『何度か『渇望者(カワクモノ)』を葬る内に、『風化』で砂になった大地が、ミリムとやり合った後に残った死の砂漠と重なった。馬鹿げてるとは思ったが……『渇望者(カワクモノ)』の所有者が自我を失い破壊のみを求める姿も、あの時の混沌竜(カオスドラゴン)を見てるようでな』

 

『仮説を立てた。ミリムが覚醒した時、精霊竜(エレメンタルドラゴン)混沌竜(カオスドラゴン)になっちまったのは魂が欠けていたからで──混沌竜(カオスドラゴン)も『渇望者(カワクモノ)』も魂が不完全なまま憎悪に染まった状態だとしたら、魂が一つに戻れば復活も可能なんじゃねぇかと、そう考えたんだよ』

 

 それで、ギィは『渇望者(カワクモノ)』を探していたのか。

 ミリムの友達を蘇らせることが出来るかもしれない、という可能性のために。

 

『そ、そんなこと、ワタシは聞いていないぞ……!』

『仮説だって言ってんだろ。『渇望者(カワクモノ)』があの子竜の魂かどうかなんざ、証明しようがねぇからな。『渇望者(カワクモノ)』を捕らえて混沌竜(カオスドラゴン)に喰わせるのはオレだけでやるつもりだった』

 

 そこでギィは、不機嫌そうに声を低くする。

 

『……ってのによ。魔王達の宴(ワルプルギス)で久々に『渇望者(カワクモノ)』を見付けたと思ったらどうだ? 奴を宿した砂妖魔(サンドマン)はミリムの親友(マブダチ)で? "暴風竜"の子だと? 殺すに殺せねぇじゃねーか』

 

 ミリムの友達を蘇らせようとして、ミリムの友達を殺す……そりゃあ本末転倒だ。ギィはヤバイ奴だとばかり思っていたが、案外、常識的感性の持ち主なのかもしれない。

 ただ、ワルプルギスの時点でギィに『渇望者(カワクモノ)』がバレていて、レトラは目を付けられていたわけか……ミリムやヴェルドラとの関係のお陰で難を逃れたとは言え、複雑な気分だ。

 

『おい、ギィ……それで、ここに来た目的は何なんだ?』

混沌竜(カオスドラゴン)の封印が解かれたのは予想外だったが、『渇望者(カワクモノ)』を喰いに行ったってことは証明は終わりだ。こうなっちまった以上、やるしかねぇだろ』

 

 何を、の答えはギィの言葉の中にあった。

渇望者(カワクモノ)』を捕らえて混沌竜(カオスドラゴン)に喰わせる、という──

 

 思念リンクが解除され、時間の流れが戻る感覚。

 智慧之王(ラファエル)が告げる。

 

《告。積層圧縮型魔法陣の出現を感知──大規模次元転移魔法です》

 

 人間業ではない超密度で積み上がった魔法陣の内側に、三本の光の柱。混沌竜(カオスドラゴン)を囲む三点に緑髪のミザリー、青髪のレイン……そして白い髪の女性の姿。

 ギィが俺とミリムに接触してきたのは、この魔法から注意を逸らすためでもあったのだ。

 混沌竜(カオスドラゴン)ごと引き摺り込む気だ……! 

 

「ギィ、止せ! レトラが取り込まれてるんだぞ!」

「このままじゃ完全に喰われるだけだ。上手いことレトラから『渇望者(カワクモノ)』が分離して混沌竜(カオスドラゴン)に還ることを祈ってろ。最悪でも、レトラの魂は回収しといてやるよ」

 

 言って、ギィも転移した。恐らくはあの魔法陣の先へ。

 駄目だ、奴はレトラを殺す気だ。精神生命体だからと、魂さえあれば復活するからと言いたいのかもしれないが、記憶や人格に欠損が出たら意味無いだろうが……! 

 

 混沌竜(カオスドラゴン)を捕らえた三本の柱が、光の渦を立ち昇らせる。

 瞬きする間に竜の巨体が掻き消え、描かれた魔法陣も収縮しながら消失した。

 

「くそっ……!」

 

 早く、早く追わなければ。

 智慧之王(ラファエル)、どうにか座標を特定して…………

 

《否。その必要はありません》

(何だって?)

《究極能力『旱魃之王(ヴリトラ)』に対して無意味な策です。個体名:ギィ・クリムゾンは、ユニークスキル『渇望者(カワクモノ)』が進化を遂げたことを知らないのでしょう》

 

 そうだった。レトラの『渇望者(カワクモノ)』は既に究極の境地に到達している。『無限牢獄』でさえ止められるかどうか不明の、暴れ狂う破壊の意思の体現者──

 

「……ッ!?」

 

 空間の裏側から、激震が走った。

 次元を隔てる壁を突き破り、こちら側へと侵入した竜の爪。

 ミシリ、ミシリ、と軋みを上げながら、抉られた隙間が広がっていく。

 

 ──『境界侵食』──

 

 地獄の蓋が開かれる。

 引き裂かれた空間から這い出るは、災厄の竜。

 己の存在を世界に知らしめるかのように、その咆哮は天へと轟いたのだった。

 

 

 

 

 触れた全てを『風化』させる、滅びの吐息。森林部だけでなく、切り立った岩山も、広がる大地ですら、混沌竜(カオスドラゴン)のブレスに飲み込まれて呆気なく砂へと変わった。

 あれが城まで来たら防ぎようが無いと背筋が寒くなるが、混沌竜(カオスドラゴン)は己を取り囲む三人に気を取られているようだ。ギィのメイド達と、桁外れの存在感を持つ白い女性が、吐き出されるブレスに魔法や結界をぶつけて周囲への被害を軽減させていた。

 ミリムはどうしていいかわからないようで、握り締めた両手を震わせ動けずにいる。

 

「おいリムル! どう見てもあれはオレの知ってる『渇望者(カワクモノ)』じゃねえぞ。レトラが持ってんのは、本当に『渇望者(カワクモノ)』なのか?」

 

 取り逃がした混沌竜(カオスドラゴン)を追い、ギィも亜空間から戻って来ていた。

 情報の出し惜しみは無しだ、という凄みは尤もなのだが、重要な切り札となる究極能力(アルティメットスキル)の詳細を、勝手に他人に教えていいものか…………逡巡の上、俺は口にする。

 

「違う。レトラの『渇望者(カワクモノ)』は……究極能力『旱魃之王(ヴリトラ)』に進化してる」

「……そうか」

 

 ギィは息を吐きながら表情を消し。

 そして口角を引き上げ、獰猛な笑みを剥き出しにした。

 

「あの砂野郎が……ッ!」

 

 いや、お前にキレられる謂れはないだろ。

 そんなことより、この事態をどう収拾するかだ。混沌竜(カオスドラゴン)を大人しくさせる手立てはあるのか? どうやってレトラを助ける? あいつは本当に喰われてしまったのか? いや、そんなことはないはずだ……だって、俺達の魂の繋がりはまだ──

 

《是。個体名:レトラ=テンペストとの"魂の回廊"は繋がっています。しかし元々接続が不充分である上に、混沌竜(カオスドラゴン)の混入により情報連携が遮断されているようです。『思念伝達』を試みていますが応答がありません。送信を続けます》

 

 俺が感じているレトラとの繋がりは、いつも以上に細く頼りない糸のようなものだった。混沌竜(カオスドラゴン)と『旱魃之王(ヴリトラ)』が本来一つだったなら、元に戻ろうとする作用が凄まじいのかもしれない。今はまだ耐えられていても、それが時間の問題だったら……? 

 

 ギィが顔を上げ、ミリム、と呼び掛けた。

 離れた場所で繰り返される攻防を見つめていたミリムが、不安げに振り返る。

 

混沌竜(カオスドラゴン)か、レトラか。お前はどっちを助けたい」

「え……?」

「今ならまだ、片方を救うために動ける。どっちか選べ」

 

 何、を。ギィは何を言い出した……? 

 それはつまり……どちらか一方を、諦めろってことか……? 

 血の気が失せるように冷えていく頭に、智慧之王(ラファエル)の冷静な声が落ちる。

 

《解。個体名:ギィ・クリムゾンの見解は正当です。混沌竜(カオスドラゴン)の魂が完全な状態ならば復活させる方法は存在しますが──個体名:レトラ=テンペストが究極能力『旱魃之王(ヴリトラ)』を有する限り、混沌竜(カオスドラゴン)の復活は不可能となります》

 

 なら、混沌竜(カオスドラゴン)の魂を完全にしてやればいい。

 レトラから『旱魃之王(ヴリトラ)』を分離させることは出来ないのか? 

 

《否。個体名:レトラ=テンペストの魂には認識不可領域が存在します。特に究極能力『旱魃之王(ヴリトラ)』は同個体の魂の深部に存在するため詳細不明です。また、同個体との魂の接続は希薄であり、『能力改変(オルタレーション)』の対象外です》

 

 智慧之王(ラファエル)にすら不可能という現実が、絶望を連れてやって来る。

 だったら……どうすればレトラを助けられるんだ? 

 

《解。混沌竜(カオスドラゴン)を滅ぼし、個体名:レトラ=テンペストを解放する必要があります》

 

 じゃあ……混沌竜(カオスドラゴン)を助けてやるには? 

 

《解。混沌竜(カオスドラゴン)に、個体名:レトラ=テンペストを完全に取り込ませる必要があります》

 

 …………ああ、駄目だ。それだけは駄目だ。

 

「リ……リムル……」

 

 泣き出しそうな声で、ミリムが助けを求めるように俺を見る。

 見ないでくれ。俺には何も言えない。大丈夫だとも、何一つ言ってやれない。残されたのがその二択しかないのなら──俺の答えは、もう決まってしまっているのだから。

 

 

 

 

   ◇

 

 

 

《…………様。主様(マスター)

 

 ウィズの声で意識が戻る。

 そこは黒く濁った場所だった。

 

(ウィズ……ここどこ……? "砂呪縛(サンドカース)"は……?)

《解。混沌竜(カオスドラゴン)の体内です。"砂呪縛(サンドカース)"は維持出来ず、解除されました》

 

 ああ、俺は混沌竜(カオスドラゴン)に喰われて……"砂呪縛(サンドカース)"は解けてしまっていた。『強欲者(グリード)』が動き出せば聖女マリアは出て来られなくなって、マリアベルが意識を取り戻すだろう。その後は……恐らく、俺の知っている通りになるはずだ。ユウキが失敗するとは思えない。

 

(俺はどうなってるんだ……?)

《解。混沌竜(カオスドラゴン)主様(マスター)を取り込もうとする行為を『捕食』に準ずる事象と定義し、『捕食無効』を最大出力で継続中です。一部抵抗(レジスト)に成功しましたが──》

 

 立ち込める瘴気で気付かなかったが、俺は真っ黒な靄の上に仰向けに浮かび、いや既に身体が半分以上沈んだ状態だった。粘度のない底無し沼。

 靄の外に出ているのは頭、右腕、左肩、胸から腹に掛けてと、曲げた膝……浮力ではない何かで保たれたバランスが、少し身動きするだけで大きく傾く危うい状況。しかし『捕食無効』を持ってて良かったと思う日が来るなんて…………

 

《魂の一部が混沌竜(カオスドラゴン)に取り込まれ、究極能力『旱魃之王(ヴリトラ)』の制御権を奪われました。それにより『万象衰滅』『天外空間』『境界侵食』が使用不可となりました》

(え?)

 

 遅れた理解は、二秒後に追い付いてきた。

 

(──えっっ!?)

 

 青天の霹靂としか言えない、急転直下の事態だった。

 

(お、俺、『風化』使えなくなったの!? 俺が!?)

 

 それは……キツイな。アイデンティティが消えたくらいの喪失を感じる。よく考えたら『風化』はガイアの能力だったってことになるから、俺専用ってわけじゃないんだけど……

 ていうか、俺の砂は『天外空間』に収納されてる……それを全部没収された? 全部? えっ、『万象衰滅』がないとほぼ新しい砂を作れない……えっもしかして今、『砂創作家(サンドアーティスト)』で使える砂って、俺の身体を構成してる分だけ? 

 

 弱体化とかいうレベルじゃなくて、ゾッとした。

 いや、普通はこんなことにならないんだよ……! 魂の力であるスキルはおいそれと消えるものじゃない。しかも究極能力だぞ……? リムルから『暴食之王(ベルゼビュート)』が消えることがあるかどうかってのと同じだ。リムルが『捕食』と『胃袋』を使えなくなる……そんなことあってたまるかって話になるだろ普通は……! 

 

《告。主様(マスター)、至急ご確認下さい。混沌竜(カオスドラゴン)に取り込まれた部分から混沌竜(カオスドラゴン)の知覚情報へ干渉し、外界の情報取得に成功しました》

 

 混乱する俺を余所に、ウィズがいつもの有能っぷりを見せ付けてくる。混沌竜(カオスドラゴン)の中にいることが原因で外が見えず、"魂の回廊"も遮断されて通信出来ないようなのだが、しっかり情報収集してる……これアレかな、リムルの中にいたヴェルドラがこっそり外を覗いてたヤツ……?

 

《重要報告です。個体名:ギィ・クリムゾンが来着しています》

(え!?)

 

 流れ込んできた光景の中には、確かにギィがいた。

 待てよ……ギィが『渇望者(カワクモノ)』に散々こだわってたのはこのためか? 『渇望者(カワクモノ)』が子竜の魂だって気付いてて、それで俺に接触してたってこと……? 

 暴れる混沌竜(カオスドラゴン)を結界や魔法で喰い止めているのは、ミザリーとレインと……ヴェルザードさんまでいる。ヴェルザードさんなら混沌竜(カオスドラゴン)を葬るのも難しくないだろうに、敢えて足止め役に徹してくれているように見えた。

 

 リムルとミリムと、そしてギィ。

 三人の間で交わされるやり取りを認識した俺は、愕然とした。

 

 ……ガイアか、俺か? 

 何で、そんな話になってるんだ……? 

 

「おい、どうする? 黙って見てても、先にレトラが喰い尽くされるぜ。そうなりゃもう復活するかもわからねぇが……決められねぇなら、それまで待つか?」

「ふざけんな! レトラを見殺しに出来るわけ──」

 

 激昂したリムルがギィへと声を上げ、口を噤む。

 強張った瞳が向く先には、ミリム。

 当然だった。その物言いは、ガイアを見殺しにしろと言うのと同じこと。

 

「あ……違う、ミリム……」

「……いいのだ、リムル。ワタシだって……わかって、いるのだ……」

 

 ミリムは泣いていた。

 綺麗な青い瞳から、ぽろぽろと、滴が零れ続ける。

 

「……あの子は、死んでしまった……もう……戻っては来ないのだ……!」

 

(──ミリム!!)

 

 耐えられず叫ぶ。

 俺の声は届かないのに。

 

(違う、ミリム……! 違うんだ! ガイアは戻って来る……!)

 

 リムルも、ミリムも、未来のガイアを知らないから。

 だから、俺を選んでしまう。

 

「ミリム……俺は……」

「レトラを死なせたくないのだ……あの子に、レトラを、殺させたくない……!」

 

 俺のためにガイアを選べない自分を責めて、ミリムは懺悔のように泣いた。

 その悲愴な姿に掛ける言葉も失くしたリムルは、ぎゅっと眉間を歪める。本当はミリムを止めたいんだろう。でも出来ないのだ。リムルもまた、自分の選択に罪を覚えている。

 

(違う……違う! ガイアは帰って来るんだよ……! 俺じゃない! ガイアを選べ!)

 

 何で、こんなことになったんだ。

 何で、俺がガイアの魂を持ってるんだ。

 

(返す! 返すよ……! ウィズ! 俺から『旱魃之王(ヴリトラ)』を引き剥がして混沌竜(カオスドラゴン)に返せ……! お前なら出来るだろ……!?)

《……否。困難です。ユニークスキル『渇望者(カワクモノ)』が究極能力『旱魃之王(ヴリトラ)』へ進化した際、主様(マスター)の魂との同化が進んだため、分離は困難を極めます》

 

 究極能力になってしまったから? それは、俺が進化したから? 

 じゃあ、進化しなければ良かったんだろうか。今更、考えても仕方ないけど。

 

《可能性があるとすれば、ユニークスキル『砂創作家(サンドアーティスト)』の『自然構想』を用いた構成情報改変ですが、成功率は非常に低いと予測されます。また、『天外空間』との接続が切れたため『自然構想』の実行に必要な第一質料が不足しており、補充の方法がありません》

 

 砂が足りない。『旱魃之王(ヴリトラ)』を奪われた所為で、『旱魃之王(ヴリトラ)』を引き剥がせない。砂の補充は『融合』でも可能だが、俺がここに囚われてるんじゃ意味がない……

 

《更に、究極能力『旱魃之王(ヴリトラ)』は混沌竜(カオスドラゴン)の制御下にあります。混沌竜(カオスドラゴン)への干渉が必要となりますが、同個体にはスキルを無効化する権能が備わっているようです。現在、この権能を破る手段が存在しません》

 

 ああ、そうだ、混沌竜(カオスドラゴン)にも『能力殺封(アンチスキル)』があるんだった──

 

 一つ一つ、道が塞がれていく。

 

 

 俺さえ、俺さえいなければ。

 俺がガイアの欠片を宿して生まれたばっかりに、ギィは俺を殺せなかった。

 せめて、それが俺じゃなかったら。

 

(…………ここ、でも)

 

 今でもわからない。俺は何か悪いことをしたんだろうか。

 理由さえわかれば気を付けることも出来た。でもそんなものなかった。俺は本当に何もしてない。何が悪かったか考えたら、もう、生まれたことしか残ってない。

 前世の罪が、今世にも持ち越されるなら。

 

(…………生まれたのが、悪かったのか)

 

 

 出来ることが無くなっていく。

 本当に全てが終わってしまう前に、終わらせないと。

 何も知らないミリムやリムルが、俺を選んでしまう前に。

 

(ウィズ……いや『先見之王(プロメテウス)』…………)

 

 前から考えていたことだ。

 俺がこの世界に生きることを許せる条件。

 

 俺がいることで誰かが犠牲になるんだったら、俺は生きていなくても良い。

 ミリムの友達や、ヴェルドラの弟を殺して生きるくらいなら──

 

(『捕食無効』を……切ってくれ)

 

 もう良いよ。

 俺は、ここまでで良い。

 

 

 

 

 

 




※地獄かな




  1. 目次
  2. 小説情報
  3. 縦書き
  4. しおりを挟む
  5. お気に入り登録
  6. 評価
  7. 感想
  8. ここすき
  9. 誤字
  10. よみあげ
  11. 閲覧設定

▲ページの一番上に飛ぶ
X(Twitter)で読了報告
感想を書く ※感想一覧
内容
0文字 10~5000文字
感想を書き込む前に 感想を投稿する際のガイドライン に違反していないか確認して下さい。
※展開予想はネタ潰しになるだけですので、感想欄ではご遠慮ください。