「迷惑を掛けたみたいですみません……でも助かりましたよ、リムルさん!」
「お、おう……元に戻って良かったね?」
俺の
最悪、死んでも仕方ないな……と考えていたなんて言えないが、まあ良かった。
マリアベルに支配されたユウキは強敵だった。『
それでもいくつかの弱点を突き、ヴェルドラの『暴風系魔法』を組み合わせた剣技で深手を与えたところだったが──その時、仲間達との絆だとか、ユウキの意志の強さだとか、よくわからない何かで『
「リムルさん、レトラさんが心配です。マリアベルを追いましょう……!」
「ああ……いいんだ、レトラのあれは演技だ。マリアベルのことはレトラに任せる」
苦渋の決断だった。戦力は適切に振り分けなくてはならない。今最も大きな脅威は地上の
対して、マリアベルではレトラに勝てる見込みはなく、成り行きとは言えこうなってしまったからにはレトラに託すのが最適だった。それは
ユウキは眉を顰め、俺を非難するように声を荒らげる。
「じゃあまさか……レトラさんにマリアベルを殺させるつもりですか!?」
「……そうなるだろうな」
俺はまた、レトラに人殺しをさせることになる。
わかってはいるのだ。レトラには仲間を守るために手を汚す覚悟があり、それを成し遂げる実力と意志を持っていることくらい。それを嫌だと思ってしまうのは、俺の甘さなのだと。
「本当にいいんですか? 大事な弟さんなんじゃ──」
「ユウキ。悪いが、レトラに任せてやってくれ」
「……わかりました。リムルさんがそこまで言うなら、僕もレトラさんを信じますよ」
レトラを案じるユウキの言葉は有り難いが、こうするしかない。
ユウキはカガリ女史の治癒魔法で手当てを受けることになった。『
シオンはユウキの『
俺は『空間支配』を発動させ、地上へ転移を──
ん? 何だ?
今、どこかで、空間が歪んだ……?
「──やめるのだ! どこへ行くのだ、戻って来るのだ……!」
空の真ん中に、奇妙な光景があった。
空間の奥から
「ミリム! 何があったんだ?」
「リムル……わからぬ、急に大人しくなったと思ったら……空間が裂けて……転移でもされては大変だから慌てて引き戻したのだ、が…………?」
長い首を捻り、
俺は見た。ブレスに飲み込まれた木々が、大量の砂となって崩れ落ちるのを。
……は? 砂? 『風化』か? あの竜、レトラと同じ『風化』を……?
「あ……っ」
息を呑む声。
「み、見えるのだ……あの子の中に、レトラがいる……」
「は……?」
「レトラが……レトラが、喰われてしまったのだ……!」
何だ……? ミリムは何を言ってるんだ?
それじゃまるで、
「チッ……面倒臭ぇことになりやがったな」
チンピラのような舌打ちが鳴る。
俺とミリムが勢い良く振り返ると、赤い髪の悪魔がそこにいた。
魔王ギィ・クリムゾンが。
「ギィ!? どうしてここにいるのだ……!?」
「ミリム、リムル。時間がねぇ、黙って聞け」
最古の魔王の登場に警戒するなと言う方が無理だが、悠長に話している時間はないので繋がれる思念リンクを受け入れた。
極限まで引き延ばされた時間の中で、ギィが語り出す。
『レトラのユニークスキル『
『オレにも確信があったわけじゃねえ、疑い出したのもここ百年程度の話でな。確かに『
『何度か『
『仮説を立てた。ミリムが覚醒した時、
それで、ギィは『
ミリムの友達を蘇らせることが出来るかもしれない、という可能性のために。
『そ、そんなこと、ワタシは聞いていないぞ……!』
『仮説だって言ってんだろ。『
そこでギィは、不機嫌そうに声を低くする。
『……ってのによ。
ミリムの友達を蘇らせようとして、ミリムの友達を殺す……そりゃあ本末転倒だ。ギィはヤバイ奴だとばかり思っていたが、案外、常識的感性の持ち主なのかもしれない。
ただ、ワルプルギスの時点でギィに『
『おい、ギィ……それで、ここに来た目的は何なんだ?』
『
何を、の答えはギィの言葉の中にあった。
『
思念リンクが解除され、時間の流れが戻る感覚。
《告。積層圧縮型魔法陣の出現を感知──大規模次元転移魔法です》
人間業ではない超密度で積み上がった魔法陣の内側に、三本の光の柱。
ギィが俺とミリムに接触してきたのは、この魔法から注意を逸らすためでもあったのだ。
「ギィ、止せ! レトラが取り込まれてるんだぞ!」
「このままじゃ完全に喰われるだけだ。上手いことレトラから『
言って、ギィも転移した。恐らくはあの魔法陣の先へ。
駄目だ、奴はレトラを殺す気だ。精神生命体だからと、魂さえあれば復活するからと言いたいのかもしれないが、記憶や人格に欠損が出たら意味無いだろうが……!
瞬きする間に竜の巨体が掻き消え、描かれた魔法陣も収縮しながら消失した。
「くそっ……!」
早く、早く追わなければ。
《否。その必要はありません》
(何だって?)
《究極能力『
そうだった。レトラの『
「……ッ!?」
空間の裏側から、激震が走った。
次元を隔てる壁を突き破り、こちら側へと侵入した竜の爪。
ミシリ、ミシリ、と軋みを上げながら、抉られた隙間が広がっていく。
──『境界侵食』──
地獄の蓋が開かれる。
引き裂かれた空間から這い出るは、災厄の竜。
己の存在を世界に知らしめるかのように、その咆哮は天へと轟いたのだった。
触れた全てを『風化』させる、滅びの吐息。森林部だけでなく、切り立った岩山も、広がる大地ですら、
あれが城まで来たら防ぎようが無いと背筋が寒くなるが、
ミリムはどうしていいかわからないようで、握り締めた両手を震わせ動けずにいる。
「おいリムル! どう見てもあれはオレの知ってる『
取り逃がした
情報の出し惜しみは無しだ、という凄みは尤もなのだが、重要な切り札となる
「違う。レトラの『
「……そうか」
ギィは息を吐きながら表情を消し。
そして口角を引き上げ、獰猛な笑みを剥き出しにした。
「あの砂野郎が……ッ!」
いや、お前にキレられる謂れはないだろ。
そんなことより、この事態をどう収拾するかだ。
《是。個体名:レトラ=テンペストとの"魂の回廊"は繋がっています。しかし元々接続が不充分である上に、
俺が感じているレトラとの繋がりは、いつも以上に細く頼りない糸のようなものだった。
ギィが顔を上げ、ミリム、と呼び掛けた。
離れた場所で繰り返される攻防を見つめていたミリムが、不安げに振り返る。
「
「え……?」
「今ならまだ、片方を救うために動ける。どっちか選べ」
何、を。ギィは何を言い出した……?
それはつまり……どちらか一方を、諦めろってことか……?
血の気が失せるように冷えていく頭に、
《解。個体名:ギィ・クリムゾンの見解は正当です。
なら、
レトラから『
《否。個体名:レトラ=テンペストの魂には認識不可領域が存在します。特に究極能力『
だったら……どうすればレトラを助けられるんだ?
《解。
じゃあ……
《解。
…………ああ、駄目だ。それだけは駄目だ。
「リ……リムル……」
泣き出しそうな声で、ミリムが助けを求めるように俺を見る。
見ないでくれ。俺には何も言えない。大丈夫だとも、何一つ言ってやれない。残されたのがその二択しかないのなら──俺の答えは、もう決まってしまっているのだから。
◇
《…………様。
ウィズの声で意識が戻る。
そこは黒く濁った場所だった。
(ウィズ……ここどこ……? "
《解。
ああ、俺は
(俺はどうなってるんだ……?)
《解。
立ち込める瘴気で気付かなかったが、俺は真っ黒な靄の上に仰向けに浮かび、いや既に身体が半分以上沈んだ状態だった。粘度のない底無し沼。
靄の外に出ているのは頭、右腕、左肩、胸から腹に掛けてと、曲げた膝……浮力ではない何かで保たれたバランスが、少し身動きするだけで大きく傾く危うい状況。しかし『捕食無効』を持ってて良かったと思う日が来るなんて…………
《魂の一部が
(え?)
遅れた理解は、二秒後に追い付いてきた。
(──えっっ!?)
青天の霹靂としか言えない、急転直下の事態だった。
(お、俺、『風化』使えなくなったの!? 俺が!?)
それは……キツイな。アイデンティティが消えたくらいの喪失を感じる。よく考えたら『風化』はガイアの能力だったってことになるから、俺専用ってわけじゃないんだけど……
ていうか、俺の砂は『天外空間』に収納されてる……それを全部没収された? 全部? えっ、『万象衰滅』がないとほぼ新しい砂を作れない……えっもしかして今、『
弱体化とかいうレベルじゃなくて、ゾッとした。
いや、普通はこんなことにならないんだよ……! 魂の力であるスキルはおいそれと消えるものじゃない。しかも究極能力だぞ……? リムルから『
《告。
混乱する俺を余所に、ウィズがいつもの有能っぷりを見せ付けてくる。
《重要報告です。個体名:ギィ・クリムゾンが来着しています》
(え!?)
流れ込んできた光景の中には、確かにギィがいた。
待てよ……ギィが『
暴れる
リムルとミリムと、そしてギィ。
三人の間で交わされるやり取りを認識した俺は、愕然とした。
……ガイアか、俺か?
何で、そんな話になってるんだ……?
「おい、どうする? 黙って見てても、先にレトラが喰い尽くされるぜ。そうなりゃもう復活するかもわからねぇが……決められねぇなら、それまで待つか?」
「ふざけんな! レトラを見殺しに出来るわけ──」
激昂したリムルがギィへと声を上げ、口を噤む。
強張った瞳が向く先には、ミリム。
当然だった。その物言いは、ガイアを見殺しにしろと言うのと同じこと。
「あ……違う、ミリム……」
「……いいのだ、リムル。ワタシだって……わかって、いるのだ……」
ミリムは泣いていた。
綺麗な青い瞳から、ぽろぽろと、滴が零れ続ける。
「……あの子は、死んでしまった……もう……戻っては来ないのだ……!」
(──ミリム!!)
耐えられず叫ぶ。
俺の声は届かないのに。
(違う、ミリム……! 違うんだ! ガイアは戻って来る……!)
リムルも、ミリムも、未来のガイアを知らないから。
だから、俺を選んでしまう。
「ミリム……俺は……」
「レトラを死なせたくないのだ……あの子に、レトラを、殺させたくない……!」
俺のためにガイアを選べない自分を責めて、ミリムは懺悔のように泣いた。
その悲愴な姿に掛ける言葉も失くしたリムルは、ぎゅっと眉間を歪める。本当はミリムを止めたいんだろう。でも出来ないのだ。リムルもまた、自分の選択に罪を覚えている。
(違う……違う! ガイアは帰って来るんだよ……! 俺じゃない! ガイアを選べ!)
何で、こんなことになったんだ。
何で、俺がガイアの魂を持ってるんだ。
(返す! 返すよ……! ウィズ! 俺から『
《……否。困難です。ユニークスキル『
究極能力になってしまったから? それは、俺が進化したから?
じゃあ、進化しなければ良かったんだろうか。今更、考えても仕方ないけど。
《可能性があるとすれば、ユニークスキル『
砂が足りない。『
《更に、究極能力『
ああ、そうだ、
一つ一つ、道が塞がれていく。
俺さえ、俺さえいなければ。
俺がガイアの欠片を宿して生まれたばっかりに、ギィは俺を殺せなかった。
せめて、それが俺じゃなかったら。
(…………ここ、でも)
今でもわからない。俺は何か悪いことをしたんだろうか。
理由さえわかれば気を付けることも出来た。でもそんなものなかった。俺は本当に何もしてない。何が悪かったか考えたら、もう、生まれたことしか残ってない。
前世の罪が、今世にも持ち越されるなら。
(…………生まれたのが、悪かったのか)
出来ることが無くなっていく。
本当に全てが終わってしまう前に、終わらせないと。
何も知らないミリムやリムルが、俺を選んでしまう前に。
(ウィズ……いや『
前から考えていたことだ。
俺がこの世界に生きることを許せる条件。
俺がいることで誰かが犠牲になるんだったら、俺は生きていなくても良い。
ミリムの友達や、ヴェルドラの弟を殺して生きるくらいなら──
(『捕食無効』を……切ってくれ)
もう良いよ。
俺は、ここまでで良い。
※地獄かな