とうとう、
風化のブレスを相殺して魔法が砂にされる度、拡散する魔素を吸収し続けた
烈風のような広範囲ブレスは『風化』への耐性を持たない結界を消し去りながら、数キロ先にまで及ぶ大地を砂漠へ変える。破壊者と恐れられた『
この靄は
そのつもりなら丁度良い。
ウィズに頼んだ。『捕食無効』を切ってくれ、と。
《…………》
返事はすぐには来なかった。
俺が意味不明なことを言った時のいつものやつだ。
《……警告。『捕食無効』を停止すると、
(だろうな。仕方ないよ)
《……告。個体名:リムル=テンペスト達は、
(俺は望んでない。早くしないと手遅れになるぞ)
俺が選ばれてしまう。それはたぶん自惚れじゃない……ガイアを知らないミリムとリムルが、死んでしまった子竜のために、生きている俺を諦めることはないだろう。
それより先に、俺がガイアを選ばないと。
(ウィズ、俺が喰われるだけならまだマシなんだよ。痺れを切らした
《……是。
(もう誰の手にも負えなくなる。ミリムやギィには勝てないだろうけど、空間を超えて暴れ出したらどこまで被害を出すか予測出来ない……きっとコイツも殺される)
二人とも死ぬなんて最悪すぎるシナリオは要らない。そうなる前に、『万象衰滅』を使われる前に、俺が喰われてやるべきだ。その後は、リムルやミリムがガイアを助けてくれるはず。
《……告。
(俺の頼みは聞けない?)
《……私は、
(知ってる。叶えてくれるか?)
《…………私は》
是とも否とも答えないのは、抵抗だろうか。
慎重に紡がれるウィズの声は細く、いつも以上に頼りない。
《…………それは、
そりゃそうだ。何も好きで死にたいわけじゃない。出来ることと出来ないことを考えて、今の俺に選べる中では一番マシだからって話で。
《……請。お話し下さい。
(どうにかなるなら、俺もお前ももうやってる。俺だって死にたくないよ、でも……)
《請。
(…………)
本当に、過去最悪の無理難題なのに。
でもウィズの声が必死なくらい真剣だったから、つい、気が緩んでしまった。
(…………なん、とかして、
我ながら虫が良すぎて絶望する。
頭の良いウィズも無理だとわかってるはずなのに、これを聞いてどうしようって言うんだ?
《
何か策があるんだろうか。俺もガイアも助かる道が、本当に?
『思考加速』を使っているとは言え、体感的には長く長く感じられる時間。しばらく黙ってから──ウィズは厳かに、その答えを口にした。
《解。自分で考えて下さい》
(何言ってんのお前!?)
何、何、何!?
望みを言えって言うから言ったら突き離されるとかある!? 泣くぞ!?
《否。違います。現在、この状況下で最適解を導き出せるのは私ではありません、
(いや計算っていうか)
《現状の能力不足をお詫びします。慙愧に堪えませんが
(お前ってもう自我あるよね……?)
《論外です》
(ハイ)
関係ない話すんなって言われた……自分がどうでもいいと思ってることについては全然人の話を聞かないこの感じ……誰に似たんだ?
《問。状況を打破するために、私は何をすべきでしょうか?》
(お前が俺に聞くのって新しいな……じゃあ、やったら駄目なことを伝えておくけど……もし『
《問。何故ですか?》
("風化欲求"が出るから)
《……何故ですか?》
ホントにな。ミリムの昔の友達に、何でだって思うよな。
言えないし伝わらないけど、俺、ガイアを知ってたんだよ……会えるのが楽しみだった。迷宮でパーティを組む用意もして……俺のドラゴンと仲良くなってくれるかな、とか思ってた。ガイアを喰ってしまったら俺は狂って、『
(それで……もし二人とも助かる方法があるなら、鍵は『
ウィズも言ってた、構成情報の改変。
よく考えると理屈のわからない、あの能力にしか希望はない。
(
《解。困難です。進化のための理論と第一質料が不足しています》
(わかってるよ……理論って、どうすれば手に入る?)
《特定の法則を含むスキル、または事象を解析することで構築可能です》
(……ここでは無理ってことだよな)
《……申し訳ありません》
原作知識を元に考えると、
でも『
理論が無い、時間が無い、説明は隠蔽される。ほんと無理。ウィズでも無理だ。机上の空論。再確認しなくてもわかっていたことだが、本当に詰んでいる。
俺が『捕食無効』を切れば、俺が死んでガイアが生き残る。
リムル達が俺を選んでしまうと、ガイアが死んで俺が生き残る。
ガイアが俺に『万象衰滅』を使えば、俺は死に、恐らくガイアも殺される。
俺がガイアに『万象衰滅』を使えば、ガイアは死に、化物になった俺も殺される。
俺が悪足掻きをした場合……途中で詰むので、リムル達かガイアが動く方が早いだろう。俺が能動的に選べる道は、もうほとんど残っていない。
決断の時が迫っていた。
そしてそれは、外界でも同じことだった。
暴れ狂う
「……行くぞ、友よ。これで……本当にお別れなのだ」
悲しみと苦しみに苛まれ、憔悴した声。
高まる魔力を制御する両手は、震えていた。
(……しまった! もう時間が──)
バチィッ、と火花が弾け飛ぶようなエネルギー。
ミリムの魔法が、来る。
「星々の瞬きを、その目に焼き付けよ……!
(…………!)
激しい閃光が、辺り一帯を白く焼きながら駆け抜ける。
迎え撃つ風化のブレスがその一部を砂へと変えるが、放出される光の線条はブレスを貫き、
想像以上の過負荷に、俺の精神体は潰されつつあった。
意識が薄れる。もう持たない。抵抗、しないと。
俺が、選ばれてしまう──
『……レトラ! レトラ、聞こえるか……!?』
リム、ル?
相当近くまで来てくれているのがわかった。
だけど俺には余裕がなくて、思念を一方的に受け取ることしか出来ない。
『ミリムの
……リムルも、俺を選ぶのか。
そうなんだろうな。兄弟だもんな。でも、ガイアも、助けて。
『
そう言い残し、リムルの気配が離れた。
終わりが近付いている。
ミリムの纏う
「うあ、ああぁ…………っ、
血を吐くような咆哮だった。
超新星の爆発。
全てを破壊する星の輝き。
そして最後に、心核が────
気付けば、砂漠の中に倒れていた。
「……レトラ! ……レトラ……!」
俺を呼ぶ声。ミリムだった。
目を開けると、ぼんやりした視界の中に、傍らに蹲ったミリムの泣き笑いの顔が映る。片手片足が千切れた身体を何とか起こすと、ミリムが勢い良く抱き付いてきた。
「レトラ……! 良かったのだ……!」
そこに含まれた感情は、決して、手放しの安堵や喜びだけではなかった。
ミリムは俺の胸に顔を押し付け、しゃくり上げながら涙を流す。
その手には"
しんとして、何の反応も見せない魂の器。
「あ、あの子がっ、あの子が……いくら呼んでも……う、動かないのだ……いつか、ガイアと……ガイアと呼んでやろうと、思っていたのに…………!」
……ガイアは、助からなかったのか。
欠けた魂では、名付けられることも出来ないまま。
顔を上げる。
少し離れて、リムルとギィが立っていた。
俺の視線に気付いたリムルが、微かに首を振って目を伏せる。
ああ、俺は、何も出来なかったんだな。
俺だけが生き延びた。ミリムにガイアを殺させて、俺だけが。
何でミリムは俺を助けてしまったんだろう。何で俺は生きてるんだろう。何で俺は、さっさとガイアに喰われてしまわなかったんだろう。
「…………レトラ」
目の前で俺を呼んだ声に、意識を戻す。
ミリムが小さく笑っていた。
「あの子はもう帰って来ない……わかっているのだ……だが、あの子の魂は……お前の中で生きているのだろう……?」
「それ、は」
未だ俺の中に残る『
ミリムの両手がそっと俺の頬を包んだ。握り締められていた"
「あの子はいなくなってしまったが、お前の中で生きている……だったら、ワタシは構わないのだ」
近付いた顔に覗き込まれる。
綺麗なはずの碧眼には、光が無かった。
「寂しくないぞ……ワタシにはお前がいるのだ。なあ、そうだろう? お前がいてくれるなら、ワタシはそれで良いのだ……なあ、レトラ……?」
どろりと煮詰まった、悲哀、絶望、執着。
淀んだ瞳に映った俺が、これがお前の所業だと言いたげに俺を見つめる。
やっぱり、駄目だった。
俺が生き残ってはいけなかった。
ミリムが、壊れてしまった。
違う。
俺だ。
俺が、壊した────
(──わあああぁッ!?)
自分の叫びで飛び起きる。
右腕を伸ばした拍子に左半身が靄に沈み、慌てて身体を持ち直した。
起き、た……? え? 夢……? い……今のは?
(……ウィズ? 今、の……お前も見た……?)
《是。不可解な映像です。情報密度が不足しており、解析出来ませんでした》
俺はまだ
反射的に意識を外へ向けると、両手を構えたミリムの姿が見えた。そうだ、さっき、ミリムが「お別れなのだ」って言った後、脳裏にバチッと火花が散って…………
(…………あ、)
悪夢。幻覚。未来予知。
どれでもなかった。
俺にはわかる、今の、今のは。
今のは、記憶のフラッシュバック。
俺がそれを持つということは──それが意味するものは。
クロエと、同じ。
俺も。俺も、ループしている。
ここは分岐点。以前の俺は、ここで選択を間違えた──
「星々の瞬きを、その目に焼き付けよ……!」
(…………ッ!)
目の前の現実が、記憶をなぞる。
駄目だ。俺が何もしなければ、今見た歴史が繰り返される。
ミリムが壊れる。駄目だ、そんなの望んでいない。
でも、俺に何が出来る?
ここで『捕食無効』を切る?
駄目だ、俺が死んでも解決しない。
じゃあ悪足掻きを?
だけど、俺に見えている道の先は、袋小路──
(くっそ……!)
自由な右手で、砂の髪を掴んだ。ミリムが編んでくれるって言うから伸ばした長髪。もうとっくに解けていたが、これも砂。俺が使える残り少ない貴重な砂だ。
首の後ろでまとめるように掴んだ髪の束は、スルッと俺から切り離される。『創造再現』。手の中で形を変えた砂が、装填済みのワルサーP99を作り出した。
銃口を胸に押し当て、トリガーに親指を掛ける。
《──ッ、
(ウィズ! 『
時間が無い。
ミリムの魔法が来る。
「
光の輝きに合わせ、引き金を引いた。
この銃に込められているのは、"
ミリムの魔法で『
さあ、やってしまった。
道が塞がれているとわかっていて、俺はどうする気だ?
いくらウィズでも、こんな無茶振りが────
《始動キー"廻る世界"の獲得を確認しました》
ウィズの声じゃなかった。
"世界の言葉"が頭に響く。
《続けて、解除キー"陽炎の知覚"、"奈落の底"の獲得を確認しました。これにより三つの条件が満たされ、
(…………!?)
プロメテウス?
そんなもの知らない、何もわからない。
だけどそれは。
《──発動させますか? YES/NO?》
いつかの失敗した俺達が。
いつかの俺達へ向けて残した、最後の悪足掻きに違いなかった。
※地獄に落ちたレトラが本当にいたらしい
※そろそろ決着