ユウキの手刀が、マリアベルの心臓を貫く。
「ガハッ……ユウキ、貴方……!」
「レトラさんに殺されてなくて良かった。君の『
流れ出た『
苦悶に表情を歪ませるマリアベルの瞳からは、次第に光が失われ、やがて──
「おやすみマリアベル。君の欲望は、僕がちゃんと引き受けるから」
その亡骸を地面に横たわらせ、撤退の準備を進めながら、ユウキは思案する。
マリアベルから力の譲渡を受けていた間、『
『魔王クレイマンに精神支配を掛けていたのは君?』
開国祭での姫君のような振る舞いとは重ならない、冷徹な風格を帯びたレトラの言葉。
カガリや中庸道化連の誰もが驚愕するだろう、不愉快な真実。
『さあね、知らないわ。私にそんなことをする理由がある?』
マリアベルが返した否を、ユウキは信じた。もしマリアベルの仕業ならば、彼女はこの局面でそれを隠すことなく肯定するだろうという確信があったからだ。
では、クレイマンを操っていた者とは誰なのか。
「せめてもう少し、レトラさんと話が出来れば……いや、あの国じゃレトラさんをお茶に誘うだけで犯罪者にされそうだし、リムルさんに目を付けられるのもマズイしなぁ」
はあ、とユウキは溜息を吐くと、設置した時限式の魔力爆弾を起動させた。
素早く身を翻し、元来た道を引き返す。
「さて急がないと。カガリが時間を稼いでくれてるけど、いつまで持つか──」
◇
「それじゃあユウキ。レトラの気配が消えた後、お前とカガリさんとシオンの三人で、レトラを捜しに奥へ行ったんだな?」
「ええ、マリアベルが生きている恐れもあったので少人数で。僕には『
リムルへの説明を聞きながら、ははあ、と俺は思う。
あの最下層の奥は、道が分岐していてわかりにくい造りだった。カガリがシオンを誤誘導している間に、ユウキだけがマリアベルの所へ行ったってことだろう。
クレイマンの城へ戻った俺達は皆と合流し、危機は去ったと説明した。『
最下層からはシオンやユウキ達、調査隊の面々も戻って来ており、俺が消えた後の出来事を確認している最中──なのだが。
俺は今、俺に抱き付いてぐずっているシオンの背中を撫でるのに忙しい。床に座り込んだ俺達のすぐ横にはピッタリとランガ、ゴブタまで引っ付いてきて、ここだけおしくらまんじゅう状態だった。
「レトラ様ぁ……! あの時、レトラ様の
「そうっすよ! またレトラ様がいなくなった、のかと、思って……本当にやめて下さいっすよぉぉ!」
「我が主、御無事で……うう……我が主……!」
俺が完全に有罪でつらい……心配掛けたどころか皆のトラウマ抉ってた……
ごめん、ありがとう、俺は大丈夫だよ、と繰り返しながら──だけど、事実確認もしなければならないので! リムル達の会話に聞き耳を立てている。
「遺跡の奥で爆発が起きたんです。僕が一番近くにいたようですぐに向かいましたが、天井が崩れていてそれ以上は進めませんでした」
「あれは恐らく、古代都市の運営に使われていた魔導制御動力炉の爆発ですわ。あの少女が装置を暴走させたのでしょう」
カガリの言う動力炉は、アムリタにもソーマにも存在しない。ユウキはマリアベルを殺してから、魔力爆弾であの広間を爆破したんだったな……これでマリアベルの遺体は見つからず、心臓を貫かれたという死因も闇に葬られた。
待ってくれ、とリムルが口を開く。
「レトラの話では、確かにマリアベルは動力炉のエネルギーで遺跡を吹き飛ばす魂胆だったそうだ。でも地下の広間に動力炉はなくて、マリアベルが戸惑ってたって言うんだよ」
はい、リムルにリークしておきました。城に戻る直前に、俺の方はどういう経緯だったのかリムルに聞かれたので。実体験だから隠蔽されずに堂々と言えた。
「重要な機関部ですし、簡単には見付からないよう隠されていたのかもしれませんわね。本来なら地方一帯を消滅させるほどの爆発が起きたはずですが……年月を経てエネルギー不足だったためか、小規模な爆発であって幸いでしたわ」
カガリは顔色一つ変えず、動力炉の存在を前提にしたまま話を続ける。
ご丁寧にも、現場にはユウキが本物の動力炉の破片をバラ撒いてきたはず……調査しても動力炉がなかったことは証明出来ないので、押し通す気だな。
そして俺がリークした話は、もう一つ。
「マリアベルは、動力炉の在処をユウキから聞いた風だったらしいが……?」
リムルが静かな視線をユウキに向ける。
あからさまな疑惑ではなく、相手の反応を探るための泰然とした態度。ああ、リムルにあんな目で見られたら、とてもじゃないが俺は平静を保てそうにない。
「僕はマリアベルに操られていた時、カガリから聞いた"ソーマ"の動力炉について話してしまっているんです……きっとマリアベルは、僕の話を元に"アムリタ"の動力炉を探し出して──」
だが、この程度で焦るユウキではなかった。
己の不甲斐なさを悔やむように、誠実そうに響く声。
「最後には……僕達を巻き込んでの自殺に踏み切ったんでしょうね」
存在しない動力炉でマリアベルが自爆したと主張するのは、マリアベル殺害を隠すため。つまりユウキは、原作通り『
別に、それを妨害するために動いていたわけじゃない。俺がマリアベルを殺すことになっても、『
それより今回の出来事は、ガイアが復活するかどうかの重要な分岐点だったのだ。無事にガイアが戻って来たんだから、それ以外で贅沢は言わない。
「皆、心配掛けてごめん。でももう大丈夫だよ、俺はいなくならないからさ…………」
シオンに笑い掛け、ゴブタの肩を叩き、ランガの首に腕を回す。
不可解な謎も増えたけど、俺は生き延びた。
間違えずに済んで、良かった。
「レトラ様。
そろそろ砂漠で作業を再開しようかという俺に、
大昔、ガイアを殺した
「この地は、我々ダークエルフが主より託された安住の場所なのです。我等が主に代わって、厚く御礼申し上げます。誠に、誠にありがとうございます……」
あー……俺、意味わかったぞ。ここは、故郷を滅ぼされたカガリがクレイマンやエヴァ達を連れて辿り着き興した国。この国まで失ってしまうなんて耐えられないだろう。名乗り出られないカガリの分までお礼を言うと、エヴァはそう言っているのだ。
「大事な故郷なんですね。ちゃんと元に戻しますから、安心して下さい」
少しだけ大きい声で、俺は返した。エヴァよりずっと後方の壁際で佇むカガリを見なかった俺の精神力は、ちょっと褒められてもいいと思う。
砂漠へと引き返した俺には、リムルとミリムもついてきた。
手伝うか? と言ってくれたリムルのお言葉に甘え、先生達のダブル演算によって行われた復元作業は、三時間ちょっとで終わったのだった。すごいって。
◇
俺達はジスターヴから帰還し、日常へと戻った。
国主専用の執務室で一人、溜まった書類を捌いていく。
崩落した遺跡の最下層は、カガリ女史とも相談し、俺達で復元することにした。レトラによれば、地下は『風化』されたわけではないので復元には時間が掛かるが可能だと──いや可能なのかよ。そこまでさせるのは忍びないので丁重に断った。
ゆくゆくはあの城を博物館に改装し、発掘した調度品を展示するのもいいだろう。交通網や観光地の整備も必要なので、まだ先の話ではあるけど。
レトラの話も聞いた。『
結局、マリアベルは敗北を悟って自殺。それが各々の証言を元に出した結論だ。しかし、状況証拠を含めて考えると──
(…………どう考えても、ユウキが怪しいよな?)
《是。個体名:ユウキ・カグラザカは黒です。個体名:マリアベル・ロッゾを殺害した他、個体名:カガリも協力者であると推測します》
レトラは墳墓の最奥までのマップをちゃっかり作成済みだった。シオンがカガリ女史と共に探索したというルートと照らし合わせたところ、遺跡のプロが同行したにも関わらず回り道ばかりしていたり、罠や行き止まりに引っ掛かったり……つまり、カガリ女史もグルということだ。
《告。私は個体名:ユウキ・カグラザカの思惑を利用し、個体名マリアベル・ロッゾを殺害させるべきと考えておりました》
情けない話だが、ガイを殺した俺の心には僅かに動揺が生まれていた。そんな俺がマリアベルのような少女まで殺すのは不可能だと判断し、
だが、その途中で事件が起きた。レトラがマリアベルに支配されるという……いや、真相は支配されたフリだったわけだが、あの時は焦った──
《告。謝罪致します。古代遺跡アムリタの最下層にて、個体名:レトラ=テンペストと
「え?」
《同個体は、支配された演技に協力して欲しいと
唐突な罪の告白だった。
ペンを持つ手を止めたまま、呆然とする。
レトラにもレトラの先生にも思念が通じず、絶望的な気分になったあれが……
(何で……そんなことをした?)
《解。目的が個体名:マリアベル・ロッゾの殺害であると推測したためです。
(……レトラを止めようとしたのはわかった。だがお前の言い分は、俺に黙ってレトラを妨害した理由にはなってないんだよ。どうして、俺に言わなかった?)
《解。西方聖教会との戦闘において、
また俺が折れるだろうから?
だから、レトラを諦めさせようと思った?
それも事実なんだろうが、まだあるはずだ。お前が言っていないことが──
(あの時、お前は俺を焚き付けたな? レトラが協力を求めていたのに、お前はそれを握り潰して俺がレトラを疑うよう仕向けた。『無限牢獄』を使えと俺を唆した。お前の狙いはそれだったのか? 聞いてやる、答えろ『
情報不足だと言いながら、お前は既にレトラから真相を知らされていたってことじゃないか。それを俺に伝えず、被害を受けるかもしれないと忠告するような口ぶりで……いくら何でもやり過ぎだ。今まで俺を支えてきてくれた先生とは思えない暴挙だった。
《────…………》
逡巡するような間があった。
そして
《告。個体名:レトラ=テンペストは危険です。行動原理に不可解な点が多く予測が成り立たない、未知数の存在です。いずれ制御不能となり取り返しの付かない結末を迎える前に、完全な管理が可能となる場所に隔離すべきと進言します》
一定の調子で紡がれる言葉。
いつもは頼もしいはずの
《案。
こいつは……何を言っているんだ?
レトラが危険? 不可解だって?
俺に黙ってレトラを妨害して、俺を操るような真似をして、レトラを封印しようだと?
こんな……こんなのは、まるで裏切りじゃないか。
どうして突然、そんなことを────
突然…………?
突然じゃない。兆候はあった。
例えばヒナタとの一騎打ち。恐ろしいまでの威力を誇る"
そう望んでいたからだ。他の誰でもない、俺自身が。
だから
ならば、今回も…………
「…………俺、か?」
いつだったか、レトラに分身体を喰わせた夜。
俺は何かを喰らって満たされることがあるんだろうか、と考えたことがある。
「…………俺が……レトラを……喰いたいと、思ったからか?」
違う。
違う、俺は決して望んでいない。
あの時、警鐘を鳴らした不吉な予感に、俺はすぐその考えを振り払ったはずなのだ。
考えてしまえば、俺の願望が形を持ってしまうから。
《
だからだって言うのか?
レトラを封印せざるを得ない状況を、作り出そうと?
《是。個体名:レトラ=テンペストが、
「必要、不可欠…………」
レトラ。
素直で可愛い俺の弟。
俺を兄と慕ってくれて、いつでも俺を信じてくれて。
そうだ。
レトラが居てくれれば、俺は何でも出来るのに。
だが、レトラは奔放で、勝手にどこへでも行ってしまう。
誰からでも伸ばされる手を、危機感なく受け入れてしまう。
現に俺の知らない所でギィ達と交友を深め──いや誘拐されたとは聞いたが、レトラはギィのことすら全く警戒していなかった。ヴェルドラの姉だというヴェルザードさんにも可愛がられていたし。ミリムとも、ますます仲良くなっている。
「…………レトラを……『無限牢獄』で、捕らえたとしたら…………」
誰にでも優しくて、好意的で。だけど自分には無頓着で、すぐ無茶をして。危なっかしくて、見ていられなくて、傍に居てくれなければ落ち着かないのに。一体いつまで続ければいい。いつか俺の前からいなくなってしまうんじゃないかと、俺は、いつまでこんな思いで居続けなければならないんだ。ああ、それなら、いっそのこと。
「…………あいつに、『捕食』は通じるのか?」
いっそ誰の手も届かない場所に、レトラを閉じ込めてしまえたら──
《解。『捕食無効』が機能しないため、『胃袋』に収納可能です』
喉が鳴る。
それは甘美な誘惑だった。
──"魔王リムルの籠の鳥"──
脳内を反響するルミナスの警告。
理解している。非現実的な夢物語だということは。
レトラをこの国に閉じ込めて、俺達以外とは関わらせないようにして。それでレトラは幸せなのかと自問して、思い留まる理性と良識が俺にはあった。
ただ、俺はどうだ?
レトラを俺の中に閉じ込めて、俺以外とは関わらせないようにして。
それで俺が幸せかどうかなんて──
そんなの、幸せに決まってるだろ。
《問。個体名:レトラ=テンペストへの『無限牢獄』の実行を目標に、演算を開始しますか? YES/NO?》
※大丈夫です
※次回から新章で魔国の日常