152話 ガイア誕生
「レトラ! 早く早く、こっちなのだ!」
「ミ、ミリム! ちょっと待……!」
腕を掴まれ、ほとんど引き摺られるように廊下を走る。
最初から抗議なんて聞いちゃいないミリムは、部屋に駆け込むと俺の襟首をヒョイと片手で捕まえて、その細腕の一振りで俺を放り投げる。
ボムン、とベッドの上で弾んだ身体を反転させ慌ててミリムを見上げると──ニンマリとした笑顔のミリムが、俺目掛けて飛び込んできた。
「わああああ!? バカ、バカ! 割れるって──!」
咄嗟に出した砂で、ばふっとミリムを受け止める。
柔らかな砂クッションの中から、ミリムが明るく声を上げながら顔を出した。
「わははは、レトラは心配性だな? この子はワタシの結界で守っているから平気だぞ!」
「だとしても、もっと優しく扱えよ……!」
ミリムの懐には、何重もの結界で保護された大きな卵が抱えられていた。言うまでもなくガイアの卵である。ガイアが生まれるまでは、とミリムはあれからずっと魔国に滞在し、卵を撫でたり話し掛けたり……それを、俺も時々手伝っている。
「よし、レトラ! 一緒に卵を温めるのだ!」
言うが早いかミリムは傍らの羽毛布団に手を伸ばすと、俺達をすっぽりと覆ってしまった。
狭い空間の中、卵を抱いて俺の胸元にすり寄ってくるミリムをそーっと抱き寄せる。俺達の間に挟まれている卵が潰れてしまわないかヒヤヒヤするんだけど、ミリムの結界があるなら大丈夫か……いや、やっぱり心配なんで俺も砂で保護していいですかね……?
結界と不可視の砂で包まれた卵を温めながら、俺達は布団の中でじっとしている。
ミリムは『
そう言われても『
「レトラはずっと、この子の魂を守っていてくれたのだな」
「そう、なのかな……」
災厄と呼ばれたユニークスキル『
俺はそんなこと全く気付いてなかったし、守ってあげられていたかと言えば違う気がした。肯定には程遠い俺の返事に、ミリムははっきりと言う。
「そうだぞ。お前が一緒にいてくれて、嬉しかったに違いないのだ……きっとガイアは、生まれる時もお前に傍にいて欲しいはずだぞ!」
今まで『
「その、レトラ」
「ん?」
「あのその、ワタシも、お前が一緒に……いてくれると…………」
「もちろん。ガイアのことは一緒に迎えてあげような」
「う……うむ! 約束だぞ!」
望まれて生まれてくる子は幸せだな。
俺もその時が楽しみだ。
「じゃあ、ガイアの方は順調なんだな?」
「うん。ごめんリムル、最近そっち手伝えなくて」
「いいって。シルトロッゾとの交渉なんて、お前が出るほどのことじゃない」
夜、リムルの部屋を訪れて、カウチソファで近況報告会を行う。
マリアベルの件は、シルトロッゾの王と王妃を秘密裏に招いて話し合い、事故死として内々に処理することが決まったそうだ。グランベルに動きはなし。
「そうだ、俺が会ったマリアさんのことだけど。グランベルと知り合いのルミナスなら知ってるんじゃないかと思うんだ。今度、交換日記が戻ってきたら聞いてみるよ」
「…………ルミナスか」
最近は来ないよな、とリムルがぼやく。
確かに少し前までは、空間転移で遊びに来ては温泉やフルーツ牛乳やクロエを満喫するルミナスの姿がよく見られたが、その頻度は減っていた。どうやら魔国とルベリオスの音楽交流会のための準備に取り掛かっているらしい。
「──そういえばレトラ、お前さ」
する、とリムルの指先が俺の髪に触れた。
砂色の長い髪が持ち上げられ、サラサラと落ちては元通りに収まる。
「最近、ずっと髪が長いよな」
「いざって時に砂として使えるから、伸ばしといて損はないかなって」
「ふーん……やっぱり、砂がなくなると不便か?」
「めちゃくちゃ不便だよ」
「……流石のお前も、砂がないと何も出来ないんだな」
俺の砂タンクである『天外空間』から切り離されるという、あの異常事態。俺は砂を運用して何でもやる分、なくなると困ることを死ぬほど痛感する出来事だった。
俺の髪を梳いて遊ぶリムルの手を好きにさせながら、脳内の声を聞く。
《告。
(さすウィズぅ……)
一度起きた問題は二度と起こさせまいと対策を取る、この完璧主義者ぶり。
リムルはまた俺を心配してるんだろうなと思ってウィズの話を伝えると、「お前の先生って……優秀だよな……」と、引き気味の顔をされた。いやいや、俺の先生は超優秀だよ。
「あ! リムル、これまだ誰にも言ってないんだけど」
「ん? 何だ?」
「この前ジスターヴで、
気分的にはここだけの話。耳貸して、とちょっと勿体ぶりながら手招きすると、仕方ない奴だな……みたいな表情でリムルが俺の方に顔を寄せる。
近付いた耳元に、コッソリと。
「ミザリー達の核撃魔法と、ヴェルザードさんのブレスが落ちてたんだよ……!」
「……は?」
俺も聞いた時はそんな気分だった。「は?」って。
ウィズ、悪いけどお知らせをもう一度!
《了。『天外空間』へ吸収した第一質料より、新たな構成情報を取得──核撃魔法:
《解。核撃魔法の魔力源である
──だそうだ。そういえば
まあ、そんな機会はないだろう。人様の魔法を勝手に拾って使うのは気が引けるっていうか……"竜種"のブレス技なんて、かがやく息レベルのバランスブレイカーだし……!
「ちょ、ちょっと待てレトラ」
しばらく呆然としていたリムルが、ハッと再起動した。
どうやら気付いてしまったらしい。
「あの時、
青褪めたリムルが、消えそうな声で呟く。
ミリムの…………と。
そう!
それ!
実は!
「
「はああああ!?」
わかる! わかるよ! 俺も叫んだから!
俺の砂魔法のラインナップが、どんどんロマン寄りにヤバくなってるって!
「おま、お前……!
「あ、いや、撃たないよ! 撃つとこないし! それに、今の俺じゃ砂も足りないんだって!」
「砂があれば撃てるってことじゃねーかいい加減にしろ!」
「何で俺怒られてるの?」
ソファに倒れ込んで「ダメだ……強すぎる……」と管を巻き始めたリムル(酔ってはいない)を眺めていて、ちょっと思った。
最終奥義みたいな魔法を手に入れてしまった興奮で、ついリムルには打ち明けたけど……もしかして俺、またラファエル先生に危険視される……?
まあいいか。それでいいって言ったのは俺だし、出来るだけ情報共有するって約束もした。これで少しは正直でいられたかと思えば、ホッとした。
今日もガイアの卵を温めていた最中に、その時は来た。
最近ちょっと卵の内側が元気だな……という気配はあったけど、これは特別すごい。ドクン、ドクンと、もう跳ね上がるんじゃないかってくらいに脈打っている。
「生まれる……! も、もう生まれるのだ、レトラ!」
「お、落ち着けミリム! そうだリムル……リムルの所に行こう!」
「そ、そうだな! リムルの……!」
「ガイアをしっかり抱っこして! 俺が運ぶから!」
淡く明滅までしている卵に二人でテンパった結果、卵を抱きしめたミリムを俺が抱き上げ、廊下を走り抜けてリムルの執務室へと突撃した。ドアは『万象衰滅』で消えた。
ガイア誕生の瞬間にはリムルも立ち会うべきだろ──と考えてのことだったが、俺達の騒がしい登場に面食らったリムルの顔を思い出す度、焦り過ぎておかしなことをしてしまっていたと反省する。何もミリムを抱えて執務館を爆走しなくても、『境界侵食』で空間転移すれば一発だったんだよな…………
「──ガイア、大丈夫だ。出ておいで」
静かな応接室に場所を移して。卵に開けた穴から外の世界を窺うそいつに、リムルが声を掛ける。その言葉に安心したのか、力強く殻を破って
ガイアだ。ガイアが、蘇った。
涙を浮かべたミリムとガイアの抱擁。
俺はこの光景が見たかったんだな、と込み上げるものがあった。
そして。
「キュイ!」
ミリムの腕からピョコンと顔を出したガイアが、俺を見て鳴いた。
つぶらな瞳が輝いたようだった。
「ガイア、レトラなのだ! わかるだろう? レトラだぞ!」
「キュイイー!」
ミリムに後押しされ飛び付いてきたガイアを、手を伸ばして受け止める。
ガイアは俺にしがみ付き、甘えるように鳴きながらぐりぐりと頭を押し付けてきて……それはもう明らかに、俺を知っている、という仕草でしかなく。
「俺のこと、覚えてるんだな…………」
それはつまり、『
ああ、ヤバイ。泣きそうだ。
その後、俺達はミリムの提案で
ガイアは俺達の
俺の
竜であるガイアは生まれたてでも相当強く、地属性のため『重力操作』や『重力結界』の能力を持っていた。それと
「キュ……?」
しかし、何やらガイアはコレジャナイ様子だった。小首を傾げながら何度か戦闘を繰り返していたが……ある時、ガイアのブレスを浴びた魔物が、ざらあぁぁ、と砂になって崩れ去る。
風化ブレスだ!? と思ったら、ウィズから回答が。
《否。個体名:ガイアの
破壊特化ってことか。確か『
それはともかく、敵を砂にしたガイアがパッと俺を振り向いた。「どう? どう?」みたいに期待を込めた目で見てくるので、「すごいすごい、『風化』だな! 俺と同じ!」「キュイ~!」と、めちゃくちゃ褒めておいた。かわいい。
とは言え、ガイアの成長には新鮮な肉が一番らしく、腐蝕や風化に頼らず魔物を狩る方法も身に付ける必要がある。ミリムが張り切って手本を見せ、ガイアが真似してトドメを刺し食事にありつく、という感じでゆったりと探索を続け──
「キュイ、キュイ!」
「ん? 何だ、ガイア?」
迷宮の一部屋に魔物達を追い込んで倒し、俺は仔竜の主食となる魔晶石が落ちていないか調べていたところだった。ガイアに呼ばれたので竜の翼で浮遊しながらついて行く。部屋の隅には、今しがた絶命したばかりの
また褒めて欲しいのかと思ったら違うらしい。ガイアは俺の背後に回り、仔竜ボディをぐいぐい押して猪に近付けようとしている…………まさか、俺にコレを?
「……く、くれるの?」
「キュイ!」
わあ新鮮な肉。いや俺、生肉喰わないんだけど…………
でもせっかくのプレゼントだし、
「ちょっと待つのだレトラ!」
赤いスライムがあらわれた!
お前は知らないだろうから教えておくのだ、とミリムが講釈を始める。
「竜は最上位の捕食者なので、自分で仕留めた魔物しか口にしないことは話したな? では、そんな竜が誰かに獲物を分け与えるのはどういう時だと思う?」
「一緒に食べようって時……?」
「つまり、生きる糧を分けても良いと思う相手に求婚する時だ!」
「え? これそういう意味なの?」
「ミリムよ、レトラを番にというコヤツの慧眼は認めるが……まだチビッ子過ぎるのではないか?」
ヴェルドラの
そしてミリムは、ここからがもっと重要だ──と続ける。
「よく聞くのだぞ。誇り高き竜が相手から糧を差し出され、それを食べるということは……求婚を受け入れるという意味になるのだ!」
「はーなるほど」
種族ごとの習性か。そういうのって面白いよな。
俺は感心して頷いたが、ミリムはジィッと俺を見ている……何だ?
「……それを食べると、ガイアと番になるのだぞ?」
「いや、俺は竜じゃないから適用外だけど」
「今はドラゴンだろう!」
「今はって、え、この姿で食べ物貰ったら結婚なの? じゃあ、皆から魔晶石貰って喰ってた俺は何なの? 結婚するの?」
「そ、そうだった……確かに、レトラに魔晶石を食べさせていたな……」
「我もだ! レトラに魔晶石を与えたぞ!」
「じゃ、アタシもアタシもー!」
「喰わせてない俺はどうなるんだ…………」
フワフワ漂うリムル(ゴースト)の鬼火がどんよりしている。どうもならないと思うよ。
大体ミリムやヴェルドラこそ、今まで散々誰かから食べ物を貰ってきただろうに……食べ物を分けるのが求婚っていうのは、野生での話じゃないかな? ガイアくらい知性が高ければ、社会性も持ち合わせているはずで──
「ガイア、獲物をありがとう。でも俺は魔物を食べないから、これはガイアが食べるといいよ。魔物が落とした魔晶石を見つけたら、それを俺にくれる?」
ガイアがどんなつもりで俺に猪を差し出したかわからないので、まずはプレゼントへの返事を優先させる。お断りにはなったが、ガイアは素直にキューイ! と鳴いた。
「それと、もし求婚する時は、ちゃんとそう伝えるんだよ。伝わってないのに自分の気持ちだけ押し付けるのは、相手を大切にしてないってことだからな」
「キュイッ!」
うん、良い返事だ。いい子いい子。
今まで喰ってきた属性石のお陰で仔竜の身体は魔力変換に慣れてきたらしく、
「……あれ、リムル? そんな所で何してんの?」
ふと見ると、リムルの
◇
(…………なあ、レトラを封印って、能力的にも精神的にも無理な気がしてきたんだが)
《告。時期尚早の恐れがあります。情報収集を進め、演算を継続します》
※頑張ってる……