「レトラ様、本日は私が護衛を務めます!」
「うん。よろしくシオン」
砂スライム形態でテーブルの上に乗り、俺はシオンを見上げる。
俺の護衛とかいう意味のわからない仕事が、いつの間にか鬼人達に割り振られていた。リムルの命令だって言うけど、一体俺に何の護衛が必要なんだ。人材の無駄遣いはやめてほしい。
でも鬼人達と過ごせるっていうのも、俺としては嬉しいしな……
「シオン、秘書の仕事はいいの?」
「リムル様のご予定は先ほど確認してきました。私はリムル様だけではなく、レトラ様のお傍にも控えていたいと思っておりましたので、護衛の機会を頂けて嬉しいです」
にこにこと笑うシオンはとても美人さんで、発言だけを聞けば有能秘書だ。
既にこの前、リムルの昼飯事件……いや、ゴブタ毒殺未遂事件を引き起こした後だけどな。ベニマルの許可が出るまでは、他人に手料理を食わせてはいけないというリムルの命令も下っている。
「時間を見付けては新作料理を開発しています。試食したベニマル様がいつも寝てしまうので、まだレトラ様にお出しすることは出来ませんが、近いうちに必ず! 楽しみにしていてくださいね」
「いやそれ、寝てるというか……」
シオンはメシマズの自覚がないところが問題児なんだよな……自分で試食はしないんだろうか?ベニマルは早く毒耐性を獲得した方がいいと思う。頑張れ。
「レトラ様は普段、町の内外の見回りを習慣にされているのですよね。いつでも民を見守り、困り事に耳を傾けてくださる方と伺っております。レトラ様のお力になれるよう、私も尽力致します!」
「あ、ああうん。頼んだよ」
「では、レトラ様! いざ参ります!」
シオンは突然両手を、バッ! とファイティングポーズに近い形で持ち上げた。
え、何、何が、いざ? 何する気だ?
そして構えを取った体勢から、シオンが飛び掛かってきて──
プルプル……
俺は当初の予定通り、町の見回りというか散歩というか、いつものコースをゆっくり回る。
砂スライム状態で、シオンの腕に抱えられながら。
プルプル……
「……シオン?」
「はい! レトラ様」
「何でそんなに……プルプルしてるんだ? 緊張してる?」
シオンの両腕は力の込め過ぎなのか何なのか、もう小刻みにプルップルに震えていた。その腕にそっと俺を乗せていて、俺の方は別に苦しくもなく、圧が掛かっていることもない。
「レトラ様は砂スライムのお姿を取っておられますので」
「うん……?」
「砂スライムは、割れやすいのでしょう?」
「!?」
我が事ながら初耳だった。
俺の驚いた様子にシオンは何故かえへんと胸を張り、その拍子に、もにゅっとした感触が俺に押し当たる。砂の身体じゃ性欲がないので、柔らかいなぁとしか思えないけど。
「ハクロウ様に聞いて勉強したのです。砂スライムとは、リムル様とはまた別の種類のスライムで、脆くて崩れやすい、砂の泡とも言われる砂漠の芸術だと!」
へえー、砂漠の方にはいるんだ、砂スライム。
俺はリムルの真似してスライム型に丸まっているだけで、正確には砂スライムではない気がする。それに形が崩れてもすぐ直せるし、そんなに気にしなくても。
「私は力には自信がありますが、力加減は得意とは言えず……ですが、レトラ様の護衛を務めるからには言い訳無用。レトラ様を割らぬよう、全力で! 慎重に! お守り致します!」
「……あ、ありがとう」
何この子、一生懸命すぎる。俺のためにこうも頑張ってくれると絆されるなぁ……これはこれで出来る女な感じがする。うん、リムルのことが大好きすぎて力技第一主義なだけで、捻くれてるわけじゃないもんな。そんなに問題児じゃない気がしてきた。ずっと全力でプルプルしてるのも可哀想だ、不器用すぎるだろ。
「シオン、俺は普通の砂スライムよりは丈夫だよ。もう少し力抜いていいから」
「ですが、レトラ様にもしものことがあっては……」
つまり、シオンの腕力で俺が粉砕される展開のことだよな。一応の主である俺を割る……確かに起こってはいけない事態だ。だったら力加減くらい、練習すればいい。
シオンは褒められたいタイプだったと思うし、特訓して褒めて伸ばそう!
◇
「いやー、今日は頑張ったなシオン」
「レトラ様、ご指導ありがとうございました!」
鬼教官のハクロウに剣術の稽古をみっちり受けて帰ってきた夕方、食堂へ集まる面々の中には、シオンとその腕に抱えられたスライム型のレトラがいた。
和気藹々としてとても楽しそうなのだが、今聞こえてきた会話は一体……
「レトラ、シオン」
「あ、リムル。ただいま」
「ただ今戻りましたリムル様。今日一日、全力でレトラ様の護衛を務めて参りました!」
「そうか、御苦労だったな。というか……指導ってのは何だ? 二人で何か特訓でもしてたのか?」
「はい、レトラ様を抱えるための特訓を付けて頂きました!」
何だそりゃ。それって特訓が必要なのか?
危険なことをしていたわけではないようだが、意味がわからない。
「リムル様。レトラ様は砂スライムなのですから、それはもう繊細な力加減で抱えて差し上げなければ、簡単に割れてしまうのですよ。その秘訣をレトラ様にご指導頂いたのです」
「そういうもんだったか……?」
初めて聞いた。他の砂スライムなんて見たことがないしな。いや、そもそもレトラは
得意げに語るシオンからレトラへ視線を移す。首でも振るようにふよんと砂が揺れた。
「俺も砂スライムの事情はよく知らないんだけど……でもシオンがすごく丁寧に俺を抱えてくれるんだよ。もう腕プルプルもしないし、完璧に感覚掴んだよな」
「はい! レトラ様の護衛は、今後もこのシオンにお任せ下さい!」
「……、じゃあ俺も練習してみようかな。ほらレトラ、来い」
キャッキャと笑い合う二人が何となく面白くない。ちょうど人間に擬態していたことだし、とレトラに向けて両腕を広げる。
レトラはシオンが差し出した腕からぴょんと跳ね、俺の腕の中に着地した。うん、別に力加減が必要なんてことはないよな……衝撃で多少形が歪んでも、レトラの制御下にある砂は一粒たりとも飛び散ることなく、元の丸い姿に戻る。抱えるのにコツがいるとは思えないぞ……
「どうだ? 完璧か?」
「うん、まあ、完璧だよね」
「お見事ですリムル様! やはりレトラ様の兄君様ですね!」
いやこんなことで称えられても、俺の方が恥ずかしいだろ。
レトラのきめ細かな砂ボディを撫でてやる。こうやってレトラと触れ合うのも数日ぶりだな、鬼人達に護衛を任せるにしても、こんなことでは兄として失格だ。
それにしてもレトラの砂は不思議だと思う。いつでもサラサラに乾き、濡れない砂。スライム型に丸まった姿はやはりきな粉もちのようだが、この中で砂はどうなってるんだろう?
単なる興味本位だった。片手をレトラの中へ入れてみた。
しっかりと抱えられる程度の質感はあるのに、あまり抵抗もなく、ずぶっと簡単に奥まで手が入った。滑らかな砂を掻き分ける感触はさらりとしているが、それでいて流動する砂に手がしっとりと包み込まれる。おお、今までに味わったことのない感覚だ。指を泳がせるように動かすと、砂はゆるゆると指先に纏わり付き、これは気持ちが良い、やみつきになりそうな──
「ふうぅわああぁぁああ!?」
ひっくり返った奇声が食堂中に響き渡った。
俺の腕から砂の塊が飛び上がり、受け止める間もなく床にべしゃりと叩き付けられ、無残に崩れた砂山となる。そしてそれは見る間に尻餅をついた子供の姿を作り上げた。
「何、リムル、何! 何すんだよ……!」
「え……何って、中の砂がどんなもんか気になって……」
「い、いきなり、人の身体に手突っ込むなよ!」
「うえっ?」
レトラに涙目で叫ばれ、固まる。
そうか俺がやったのは、無断でレトラの体内に手を突っ込んで中身を掻き回したということだ。いくらレトラが砂の集まりだからと言って、やってはいけない暴力だった。しかもこれってもしかして、ある種のセクハラ行為だったのでは…………
「わ……悪いレトラ。ごめん、俺が悪かった……」
「ああああもう! 知らない! リムルの馬鹿──っ!」
「あ、レトラ様……!」
亜麻色の髪を乱して叫んだレトラが、食堂を走り出て行く。
慌てたシオンがレトラを追い掛けてくれたが、レトラは部屋に閉じ籠って出て来なかったという。その部屋は普段俺とレトラの二人で使っているのだが、今日は帰って来るなということだった。
うわあああやってしまった……! レトラに嫌われた!
ただ俺はその、レトラの砂が気持ち良さそうだと思って……実際に手を入れてみると、レトラの体内は驚きのとろけるサラサラ新触感で気持ち良かったわけだが……いややめておこう。
その夜、自室を締め出された俺は鬼人達の部屋で過ごすことになり、厳しい顔をしたハクロウから砂スライムの特徴や、親しき仲にも何とやらという説教を延々と受け続けることになった。言い訳のしようもないので、深く反省しようと思う。
◇
リムルに身体の中に手を突っ込まれて、砂を掻き混ぜられるというショッキングな出来事があって数日。何だろう、ものすごい衝撃だった……うう、今思い出しても震えが来る。
事件の次の日、リムルが猛烈な勢いで必死に謝り倒してきて、その日のうちには許すことにした。好奇心に勝てなかっただけで悪気はなかったみたいだし、まあそれはいい。
「ほ、ほーらレトラ……抱っこしてやるぞー……おいでー」
「…………」
リムル……引き攣った笑顔でジリジリと寄って来ないで欲しい。怖い。
許したからって俺の方はトラウマなんだよ、すぐまた犯人に抱き上げてもらいたいなんて誰が思うんだ。何も挽回出来てないから、むしろ逆効果だからあっち行ってろ。
俺はそっぽを向いて、丸い砂ボディを使って跳ねる。
「シオン、抱っこ」
「はいレトラ様、喜んで!」
「くうっ……!」
ぽすんとシオンの腕に乗った俺は、床に突っ伏したリムルを置いて散歩に出た。
シオンの力の調整はもう完璧で……というか張り切りすぎた無駄な力が抜けている。俺は滅多なことじゃ割れたりはしないので、適当に抱えてくれて大丈夫だ。
「レトラ様、まだリムル様のことを怒っていますか?」
「怒ってないけど、急には警戒解けないよなって……もう少ししたら平気になると思う」
「そうですか。あのままではリムル様もお可哀想ですし、良かったです」
リムルだって、同じ過ちを何度も繰り返すような奴じゃない。あとは俺の気持ちの問題なので、少しの間放っておいてくれれば……
「でも、レトラ様の砂がどうなっているのかは私も気になります」
「えっ」
「ダメでしょうか? よろしければ、ちょっとだけ」
「やめてお願い……俺泣くから……」
声が震えた。もう泣きそうだ。
というか俺の砂に手を入れるって危険過ぎない? あの時、俺は固まって何もしなかったけど、間違って『風化』が発動したらどうするつもりなんだ。それも怖すぎる、本当にやめてもらわないと。
俺の死にそうな様子にシオンはアタフタと焦り、ぎこちない手付きで俺を撫でた。
「わ、わかりましたすみません……! レトラ様を泣かせるくらいならば、我慢致します!」
「ありがと……」
不器用な力加減でも、それは俺を安心させようとする慎重で必死な動作だった。
シオンにはちょっと直情的なところがあるけど、俺のためにと苦手なことでも頑張って、色々と気遣ってくれてるんだよな……実はシオンは、本当に出来る女だった……?
※砂の新触感が書きたかった
※それやって許されるのはリムルしかいなかった