悪魔三人娘への名付けを終えたリムルは、それぞれの腹心達と悪魔軍団七百名への名付けに取り掛かった。受肉のために全員、培養カプセルに入ってもらっている。
千基も並んだカプセルに浮かぶのは依代の
「ラミリス、千体分の核を用意するのって大変じゃない? 俺やろうか?」
「それ『複製』ってコト? いーよいーよ、まだ調整中だし取りたいデータもあるし……アタシのアイデアで始めた改造だからね! レトラに丸投げするワケにはいかないのよさ」
「研究者魂かっこいい……」
「んーふふふ、また光ってるよ!」
俺達のやり取りだけ切り抜くと平和そうに見えるが、そんなほのぼの感とは裏腹に、カプセル内で培養された依代は大変物騒な代物だった。
魔鋼製の全身骨格に心臓部として"精霊魔導核"を融合させてあり、魔水に含まれた高濃度の魔素が強力な核と馴染んで結晶化し筋組織を形成……より強固な憑依のために"
閑話休題。
まずは七名の実力者達に、数日掛けてスーパーカーシリーズの名付けが行われた。
テスタロッサの部下が、少年系モスとインテリヤクザ系シエン。
ウルティマの部下が、老紳士系ヴェイロンと料理人系ゾンダ。
カレラの部下が、侍系アゲーラとギャル系エスプリ。
ディアブロの部下が、不良パンク系ヴェノム。
皆、名付けで爆発的に増える魔素をコントロールし、三人娘と同様にすぐ受肉と進化を完了させて培養カプセルから出てきた。強い順では
七百名の悪魔達への名付けは、培養カプセルに溜まった魔素を利用して二日で完了。その間、俺はリムルの横で名付けをキラキラ見守りながら、悪魔達に「よろしくー!」と声を掛ける役目を全うしたのだった。ふう!
後日、リムルの執務室に呼ばれた三人娘には役職が与えられた。
テスタロッサは外交武官。全権を委任されたリムルの名代として評議会を牛耳……じゃなくて、まとめ上げる重要な役目だ。各国へ派遣する軍の統率権も持つし、議会には結構な頻度で武力介入が起こるので、外交官は軍事にも明るく武力に優れた者が望ましかったりする。あと、立法府が制定した法令を周知するのも仕事だな。
「慎んで拝命致しますわ。ああ、早速御二方のお役に立てるんですのね」
続いてウルティマは、行政府に属する検察庁の検事総長。国内犯罪の取り締まりは警備部門で行ってきたが、それが適正か捜査して逮捕者の起訴・不起訴を判断するのが検察庁だ。時には大きな犯罪組織、あるいは幹部や議員に対する特捜部でもあるので、そのリーダーには法典への理解はもちろん、実力も求められることになるのだ。
「捜査するのは得意だよ。リムル様とレトラ様のために頑張ります!」
そしてカレラは、司法府として独立する最高裁判所長官。恨みを買いやすいため今まで適任者がおらず、犯罪者を裁くにはリムルか俺が関わることになっていたが、今後は裁判所がその役目を果たす。情に流されず法に従って公平な判決を下し、賄賂や暴力にも屈しない鋼の精神と腕っ節がなければ務まらない役職である。
「任せてくれ、我が君達!
どの役職も頭脳と武力が必要なんだよなぁ……と考えると、やはり悪魔が適任だ。
この数日間で三人娘は魔国の実情や人間社会の仕組みをしっかり学んでくれていて、リムルの提案は快く受け入れられたのだった。
もうすぐイングラシアでは
ウルティマとカレラは、俺に連れられて担当者達との顔合わせだ。
「──というわけでログルド、ルグルド! ディアブロの部下になった新しい仲間で、
ワイルドにスーツを着崩すのがログルドで、知的で眼鏡を掛けているのがルグルド。
魔国では三権分立の仕組みを勉強中で、司法をルグルド、立法をレグルド、行政をログルドが担当してきたが、どうしても人材不足だった部分を今回の人事で補えるようになる。
「ログルドだ。よろしくな嬢ちゃん」
「ヨロシクねおっちゃん。色々教えて欲しいな!」
「ルグルドと申します。リムル様とレトラ様に認められた貴女の御力、信用していますよ」
「ああ、ルグルドさん。期待に応えるため、全力で任務に当たるとも!」
初対面の空気は上々だった。相手が原初の悪魔とは教えていないが、それでも
簡単に、各種業務や過去のトラブル事例が説明される。
「……と、厳格な対応が求められるだけでなく、危険も伴う難しい役職ではありますが」
「嬢ちゃん達は俺達より相当腕が立つんだろ。心配ねぇよな?」
根っから文官なルグルドはともかく、ログルドは千人長クラスとタイマン張れるくらいには強いんだけど、ウルティマ達の方が遥かに格上だってことはわかるようだ。ディアブロの知り合いの悪魔達って言われたら、その時点で普通じゃない雰囲気はするもんな。
「平気だよおっちゃん! ボク以上の巨悪なんてワクワクしちゃう」
「私に忖度など存在しない。どのような相手であっても公平に裁いてみせるさ」
二人の返事は頼もしく、これならしっかりと職務に当たってくれるだろう。
嬉しくなってしまった俺は──
「そうそう。俺が不正した時も、ウルティマが逮捕してカレラが裁くんだからね」
「えっ」
「えっ」
小さく漏れた声。
振り返った二人の目が俺を見る。
自信満々の威勢が一瞬で消えてしまって、妙な沈黙が流れる…………その前に。
「──レトラ様! 滅多なことを仰らないで下さい!」
「──新人の嬢ちゃん達を脅かしてどうすんですか!」
「あっ……ごめん……?」
ルグルドとログルドに叱られてつい謝ったが、俺は間違ったこと言ってないぞ……法律はリムルにも俺にも適用されるんだから。贈収賄とかそういう事案が起これば、特捜部が動いて裁判所が裁くよな? 例外はないよな……?
想定していなかったのか、ウルティマ達は思い詰めた顔でしょんぼりしてしまったが、ルグルド達が慌てて二人に声を掛ける。
「心配は要りませんよ。御存じとは思いますがレトラ様は清廉潔白で品行方正な、犯罪とは最も遠い位置にいらっしゃる御方ですから」
「レトラ様はな、不正なんてする気ねぇからああいうこと言うんだぜ。ちょっとでも後ろめたいことがあったら口に出せるわけねーんだ」
「いやもしもの話」
「レトラ様お静かに! それは今すべきお話ではありません……!」
「ほら、悪いことしないって誓って下さいよ!」
「……不正しないように、気を付けます…………」
この誓いにどれ程の意味があるのか……?
それにしてもゴブリンの長老達も付き合いが長いけど、本当に遠慮がなくなったよな……俺に『威圧』されてビビっていた人達が、今では一切委縮することなくコレなんだから! 後輩達を大事にしてくれるし、俺にも物申してくれるし、何かあっても安心だ。
「……考えてみればレトラ様の言う通りで、私には覚悟が足りなかったようだね。しかしわかったよ、配下たる者達が主君を諌め、犯罪に手を染めさせなければいいのだと」
「ボクもわかった! 主に仕えるってこういうことなんだね」
呆気に取られていたカレラもウルティマも、彼らを只者じゃないと認識する一件になったようで、じゃあ俺、ナイスアシストしたってことだから偉いよね?
イングラシアでの評議会開催が近付いてきて、テスタロッサが出発する日となった。面会に訪れたリムルと俺がソファに案内され、その後ろにディアブロが控える。
ちなみに三権のバランスを考えてテスタロッサは立法府の上院議員の一人となり、その上で外交武官に任じられる。まあ三権っていうか……ウルティマとカレラとの相互監視のための配置という意味合いが大きく、テスタロッサの出向中は腹心のシエンが議員職を代行するというように、柔軟にやってもらうことになる。
「テスタロッサ、準備は万全か?」
「はい、リムル様。モスが全ての手配を済ませておりますわ」
テスタロッサは手ずから淹れた紅茶をトレイに乗せて運んで来ると、それを静かにテーブルの上へ置き、対面の席に着いた。
ティーカップを傾けた俺達の口からは、自然と称賛が零れる。
「おお……美味いな」
「本当だ、すごく美味しい……! ありがとうテスタロッサ」
「光栄ですわ。御二方のお口に合うかどうか、そればかりが心配でしたの」
謙遜しながら上品に笑うテスタロッサだが、その紅茶は完璧の域だった。茶葉が持つポテンシャルを理解していて、甘みや深み、香りが最高に調和するポイントをわかっているというか……こういうのが教養の高さって言うんだろうか。
「驚きましたよテスタ。貴女が自らお茶を淹れるとは……」
「フフッ、わたくしも負けていられませんもの。貴方の分はないわよ?」
「構いませんよ。私の方が立場が上だと認識しているならば、目を瞑りましょう」
ディアブロはやや怪訝そうな顔ではあったが、スルーすることにしたようだ。
そういえば俺、ディアブロが気絶してる間に、三人娘の前でディアブロの淹れてくれるお茶を褒めたっけ……それでテスタロッサは対抗意識を? べ、別に争いが起きてるわけじゃないし、切磋琢磨の切っ掛けと考えれば悪くない……よな?
「あ、えーと……テスタロッサ。お茶を淹れてくれたお礼に、レトラクッキーどうぞ!」
「よろしいんですの? まあ……何てお可愛らしいレトラ様……」
魔国民には百%通用する信頼の俺クッキーである。シュナやゴブイチや吉田さんという一流達が手掛けた味なので、ミリムもギィもあげた分だけ食べ尽くすしな。
俺とリムルの前にもクッキーの皿を作り出す。立ったままのディアブロの分はどうしようか──と視線を動かすと、俺より早くテスタロッサが微笑んだ。
「貴方の分はないわよ?」
「構いませんよ…………?」
何だかチクチク攻撃されていることに気付いたディアブロから、イラァァァ……みたいな声が出ている。ごめんやっぱり小競り合いの火種だった。ごめん。
ディアブロには執事の矜持があるらしく俺達と同じ席に着きたがらないので、今度またお茶を淹れてもらって一緒にクッキー食べよう……喜んでくれるといいけど。
その後は、西側諸国の動向についての報告があった。
「モス、説明なさい」
「──はい。失礼致します」
テスタロッサの腹心モスが、ぴょこんと出現する。
テーブルの上に。三センチほどのミニサイズとなって、である。
目を丸くしたリムルへテスタロッサが、モスは『分身体』を小さくして各地に飛ばし情報収集をするのが得意なのだと説明する。
「へえ、凄いじゃないか。
「あら……リムル様に褒めて頂けるなんて羨ましい。わたくし、モスに嫉妬してしまいそう」
「お、お戯れを……」
真っ青になったモス(小)を、指先でつんつんしながらテスタロッサ。
モスの見た目は小学生くらいだが、悪魔界では数万年無敗を誇る大公爵であり──テスタロッサの気性に振り回され胃痛の絶えない苦労人でもある。同僚の男爵級シエンも同じような感じで冷や汗コンビだったはず…………応援してるよ!
報告は原作通りで、西側には俺達に協力的な国もあれば、懐疑的な国もまだまだあるようだ。中には利権を狙って悪巧みをしている王族連中も確認されており、テスタロッサが適切に対処してくれることになった。もちろん、国家滅亡という意味ではないです。
「……ん? レトラ、何してる?」
「俺も『分身体』を小さく出来るかなって……」
経過は順調とわかったので、俺はふと思い付いた実験をしていた。砂形態の『分身体』を森にバラ撒いたことはあったけど、人間形態でやったことはなかったので。
一、二、三、四、五……とミニミニした俺をテーブルの上に増やし、モスを囲むよう命令すると全員ちょこまか駆け出した。困惑するモスに構わず群がった俺達は、手を繋いで輪になりくるくる回り始める。かごめかごめだ。
テーブルの向かいから、はあ……と濡れた溜息がした。
「どうしましょうディアブロ……わたくし胸が一杯で……何かしらこの気持ち……?」
「よくわかります……主の尊い御姿に自我を失いかけるのは、ままあることですから」
テスタロッサとディアブロがうっとりしながら頷き合い、何かを分かち合っていた。自我を失ってる場合じゃないと思うが、仲の良い一面もあるみたいで良かった。
そしてリムルが密かに「それ一体くれ」と持ち掛けてきたので、「俺より分身体の方が良いみたいだからヤダ」と返したら「また死ぬ……」と。断られただけで死ぬなよ!
最近の俺は真面目に働いていないように見えるかもしれないが、そんなことはない。膨大な書類仕事はリムルと半々なので、単純に考えてリムルの負担は半分だ。
二人でやっていて政務に混乱が出ないのは、例のデータベースとそれを扱う先生達の能力が反則級だからで、以前の決裁内容との比較、お互いの方針の確認、会議に掛けるべき案件か、などの判断が即座に可能なのが強すぎる。
「これで今朝届いた分は終わ、り…………っと!」
「失礼致しますレトラ様。御決裁頂きたい書類が届いておりまして……」
「はいおかわり来たー」
ここは俺の執務室。
最後の書類を山の一番上に乗せながら、よし! と勢い良く席を立った途端、ノックと共にリグルドが顔を出した。しずしずと着席した俺の前に追加で置かれる、書類の山。
「こちらは町で展開しております観光客向けサービスの報告書ですな。ジュラの森散策ツアーの反響や意見要望、商店での販売促進キャンペーンなどの」
「あの……リグルド、俺、今から休憩しようと……」
腰が引けつつ、デスク前に立つリグルドを見上げながらぼそぼそ告げる。
リグルドはおや? と目を丸くした後、穏やかに表情を緩めた。
「いえいえ、素晴らしいことですぞ。レトラ様は日々執務に励んでいらっしゃるのですからな。きちんと休息を取って頂いて、どうか御無理のない範囲で」
「だから今だけ急いでいい?」
「え?」
書類の山に右手を置いて、ウィズが瞬時に内容を読んだら『万象衰滅』。ぶわっと砂に変わったそれを吸収し、今度は左手で『万物創生』。ざざざざ、と復元された書類の山には、ウィズのこだわりによって一枚一枚微妙に位置やインクの擦れ具合が違う、俺の決裁印が押されていた。未決分を抜き取って、リグルドに差し出す。
「これとこれ、不備の部分に印付けといた。あとこっち、商店街のイベント企画が町の区画工事と重なってるとこあるから、担当者達で擦り合わせして?」
「……!?」
「さっき終わった山も確認済みと要修正で分けてあるから、持ってってくれる?」
お疲れ! と席を立ち、リグルドの脇を抜けてドアへと向かう。
とんでもない裏技のように見えるが、実はそこまでじゃない。先にウィズが全部チェックして最優先案件だけ選別しているというカラクリで、結局は俺も時間を割いて確認し直す必要があるからだ。二度手間なので、普段こんなやり方はしないんだけど──
廊下を進み、目指すのはとある一室。
応接室のドアの横では一人のゴブリナが待機していた。俺の執務室付きの侍女だ。もう一度お茶の用意を頼むと、侍女は恭しく礼をしてその場を離れる。
今日は珍しく俺に来客があり、急ぎじゃなくて個人的な相談だって言うからちょっと待っててもらって、今ある仕事を終わらせてきたというわけだ。
ドアを開け、室内に入る。
「ごめん、やっと一段落着いた! 結構待った?」
テーブルの上には空のティーカップとケーキ皿。
その向こうで、だらしなくソファに寝そべっていた人物が目を開ける。
頭の下には俺が「枕にでも」と渡しておいた砂スライム(分身体)。一応は見張りのためだったんだけど、分身体がのしっと潰される感触がして、本当に枕にしてる……と感心したよね。
「んあ……あーいや、別に。寝てたし」
"
ギィからのスパイとして魔国に送り込まれ、今はラミリスの研究所で働いているはずのディーノが、何故だか俺を訪ねて来たのだった。
※更新期間ですよろしくお願いします
※次はディーノ