再度お茶の用意をしてくれた侍女には、執務室へ戻るよう告げた。
その間、というか今もずっとディーノは俺(分身体)を枕にして起きる素振りを見せないが、むしろ俺は得した気分だった。ディーノってこういう感じだもんな……!
「何つーか……ラミリスも言ってたけど、お前って時々光るよな」
あ、それは仕様です。
気にしないでと答えて押し切り、紅茶を一口。
「で、俺に相談って何?」
「俺さあ……ギィに言われてここに来ただろ」
「スパイなんだよね?」
「お前らの様子見ろって言われてんだけど…………ほらよ」
ディーノは俺に何か小さなものを投げて寄越した。受け取ったそれは、
「よく考えたら俺がギィの言うこと聞く理由もないよなって。もう面倒だからさ、お前から直接ギィに連絡入れてくれねーかな?」
「スパイ失格すぎて心配になってきた……」
人選ミスにも程がある。
しかし好奇心が手伝って、俺は指輪を左手の人差し指に通してみた。それだけでスッとサイズ調整されて指に落ち着くのは魔法道具の特性だ。えーと……魔力を込めて……?
『ギィさん、ギィさん? 聞こえますか?』
『…………あ? レトラか? 何でお前が』
『スパイ本人から、自分で連絡してくれって指輪を……』
『ディーノの野郎……』
凄みのある思念が伝わってきたが、ディーノへ視線を向けることで我関せずと受け流す。その張本人はソファに寝そべったまま、再び寝落ちしそうなほどダラけていた。
まだレインを送り込んできた方がちゃんと仕事したと思いますよ……ギィ的には、ディーノを厄介払いしたついでだったはずだけど。
『で……そっちは最近どうだ?』
『ガイアが生まれましたよ! 俺にも懐いてくれて、元気に風化ブレス吐いてます』
『オレはもう関与しねぇからお前が躾けろ、いいな。ミリムはどうしてる?』
『一緒にガイアを育ててたんですけど、仕事があるらしくて泣く泣く帰りました』
『そうか。他には妙なことしてねーよな?』
そう問われ、悪魔三人娘を思い浮かべる。
どうしようかな、自慢したいな……三人ともすぐ魔国に馴染んで皆と仲良く働いてくれてて最高です凄いでしょって……いや、やめとこう。ギィに知られたら今すぐ飛んで来そうだ。それに人材スカウトなんて全然妙なことじゃないし、名付けしたのはリムルだし。
『他には……町外れの畑がなくなりました。もし来ても俺はいませんからね』
『もう誘拐はしねぇって契約だろうが。何だ、リムルの差し金か?』
確かにあれはリムルの提案だった。
そうですと答えると、毎度の舌打ちが返る。
『前から思ってたが、リムルはお前のことになると本当にうるせぇな』
『ブラコ……弟思いなので』
『ミリムもそうだな』
『
『テメエくらい能天気でなきゃやってけねぇってわけか……』
だいぶ失礼なことを言われたが、リムルもミリムも俺を守ろうとしてくれているだけだ。それを鬱陶しがるのはその有難みを知らない贅沢者だろう。いやリムルが口うるさいのは事実だし幼稚園児は心外だし、俺に何かあったら暴れ出す同盟も解散して欲しいけど…………
『まあ、テメエには
『ツンデ……いえ、はい。ありがとうございます』
『それじゃあな』
『あ、ギィさん。ディーノに代わりますか?』
言ってみたものの、電話じゃないしどう代わればいいんだろう。指輪を渡せばいいのか? もう思念は繋がってるんだし、この通話にディーノを引き込めばいいのか……?
と考え込む俺に、いや……とギィの思念が届いて。
『ディーノって呼んでんのか?』
『え? はい、仲良くなりましたから』
『オレが言うのも何だが……誰にでも気を許してると、いずれ面倒なことになるぜ』
そしてギィとの通話は終わった。
ソファの方から、欠伸を噛み殺しながらの声。
「ギィ、何だって?」
「近況聞かれた。ただの世間話だったよ」
「あのな、ギィと世間話出来る奴が世界に何人いると思ってんだよ……」
嫌そうな顔で慄いているディーノに目を向け、考える。
さっきのは何の忠告だったんだ? ギィはディーノの正体を知ってるっけ? 仮にも悪魔と天使で対になってるわけだから、どんな存在かは気付いてても不思議じゃない。でもディーノの同僚達とか、その目的までは知らないはずだよな…………
俺はディーノが天使側のスパイでもあることを知っている。いずれは裏切り者になることも。それはまだ俺しか知らない事実で、何ならディーノ自身も知らないかもしれない。最初から裏切るつもりだったんじゃなくて、ギィの指図で魔国にいたからこれ幸いと作戦に組み込まれた……って話だったと思うんだよな。
ディーノの実年齢は割ととんでもなく、魔王としても最古に続く第二世代という古株だけど、外見や言動が男子高校生くらいなので親近感を覚えるし……総合的に考えて、俺はディーノが好きなので仲良くしたい! それが一番でかかった。
俺に出来るのは、被害が出ないよう準備を怠らないことと……そうだな、それまでディーノがもっと魔国を気に入ってくれるように努力することだ。ここが居心地のいい場所だともっともっと思ってくれたら、悪いことにはならないだろうから。
指輪を外して立ち上がり、寝転がっているディーノへ差し出す。
億劫そうに伸ばされた手が、ガシ、と俺の手首を掴んだ。
「──でさ。本題なんだけど」
眠たげだった目が、じっと俺を見上げている。
ここに来て初めて見せる、何かの決意を秘めた眼差しと口調──
…………
…………
裏切りじゃないよね?
まだ早いよね……?
「実は俺──我ながら、働きすぎだと思うんだよ」
「はあ」
ソファに腰掛けたディーノは、真剣にそう口にした。
俺の手を掴んできたのは単純に起こしてくれという他力本願な話だったので、よいしょとディーノを引っ張って横から縦にしてあげた俺は、指輪を返して向かいの席に戻っている。
「俺はこんなに働いてるんだから……たまにはサボったって許されると思わねーか?」
「あっ、それで俺の所にサボりに来たの?」
じゃあもう目的達成してるじゃん。
出されたお茶とお菓子食べて、優雅に昼寝してたじゃん。
迷宮内だとすぐラミリスに見付かるから、執務館に逃げて来たのかな? というか、ちょっと待っててって言った時点で、ディーノにサボりの正当性を与えてしまったことになるのか! 謀られた……! でも裏切りじゃなさそうで安心した!
「後で苦しくなるのは自分だし、止めないけどさ。ラミリス達が捜してるんじゃない?」
「百階にいないなら、九十五階のベスターさんの所にいるって思ってるだろ」
魔王ディーノにさん付けされる人って世界に何人いるかな……とベスターの偉業に思いを馳せながら、ふと気になった。ディーノはベスターの部下で、ラミリスとは友達だし助手ってことになってたけど、シフトはどうなってるんだっけ? 研究員達の休暇日程はデータベースを探せばすぐ出てきたが、ディーノのやつがない……え、まさか…………?
「ディーノって、最近いつ休日だった……?」
「は? だからずっと働いてんだって」
「…………えっ!?」
うそ、うそ、嘘だろ!? 急いでウィズに迷宮の映像記録を遡ってもらう。ものの数秒でディーノの勤怠実績が割り出され、判明する驚愕の事実。
「──ディーノってもしかして、まだ一日も休んでない!?」
「"働かざる者食うべからず"ってリムルが」
「ああああ違う違うそうじゃない! それ、永遠に休まず働けってブラックな意味じゃなくて! ごめんディーノ、休んでいい、これはウチが悪い! サボりじゃなくて正式な休日だから休んで! すいませんでした……!」
働いたら休む、これが鉄則! 働く者の権利であり義務であり、集中力も効率も上がって結局それが一番長続きする! ちゃんと働いたらちゃんと休まなきゃダメなんだよ……!
……という内容を焦って伝えると、初心者マーク付き労働者だったディーノも、そうだったのか……という顔付きになってきた。あ、訴えるのはやめて下さい。
「じゃあ俺、昼寝の続きしてもいいってことか?」
「もちろん好きなように! ディーノは今日と明日休みだって俺から伝えとくから! 今後の日程もちゃんと調整するように言っとくよ」
「おお……悪いな」
たぶんラミリスもベスターも、相手がディーノのシフト調整やってると思ってるんだな……? そしてディーノが熱心に仕事に打ち込んでいたことや、魔王なので十連勤以上でも難なくこなせる体力があったことが重なり、この事態を招いたのだ……!
ディーノが背凭れに仰け反って、あーと声を上げる。
「どうも変だと思ってたんだよなぁ、俺だけ休んでないとか損したー……そうならそうと早く言ってくれよ……お前にも休日はあるってことなんだろ?」
「いや俺にはないけど」
「話が違うんじゃねーか!?」
バッと身体を起こしたディーノが良い反応で叫ぶ。辻褄が合わないと言いたげに「??」でいっぱいの顔をしているが、ちょっと待って欲しい。
リムルや俺は、国主あるいは王族という特殊な立場だ。もう生活と仕事が同じっていうか……報告を受けるのは毎日必須だけど、他は時間に縛られているわけではなく、かなーり自由が利く。ミリムが滞在していた頃はほぼ一日中迷宮で遊んでたし。町へ行くのも研究所へ行くのも視察だし。書類仕事だって俺達の裁量に任せられている。
「さっきお前、働いたら休めって俺に言ったよな……?」
「大丈夫! その辺は自分で調整して、自由にやらせてもらってるよ。二ヶ月前には休暇も取ったし……また一ヶ月くらい頑張ったら取ろうと思ってるんだ」
「お前って……ヤバイ奴なのか……?」
「計画的にやってるって話だよ!」
うーん……と、ディーノは紫メッシュの入った銀の頭を掻き回す。
「俺が口出しすることじゃねーと思うんだけど……今日のところはお前も休めば? そんだけ働いてたら誰も文句言わないだろ」
「俺はいいよ、休みは今度取りたいし。やることもまだ残って」
「今考えなくていいって! 昼寝しようぜ昼寝!」
「ちょっ」
ディーノの手元の砂枕、つまり俺の『分身体』を投げ付けられる。顔面に迫ったそれがぶつかる前に慌てて消す──と同時に、微かな揺らぎを感じた。
これは…………
…………さらり、と崩れる身体。
人化が解けて、俺はソファの上に積もる砂山となった。
「…………え、寝た? マジかよ」
自分でやっておきながら、ディーノは拍子抜けしたような感想を漏らした。ソファから立ち上がり近付いてきて、まじまじと砂山を観察している。
「…………『睡眠』効くんだコイツ…………?」
いや、俺には効かないよ。
まさかディーノが"
《告。個体名:ディーノから精神操作系統のスキル発動を感知……"
ウィズが『
そりゃまあ直接浴びれば解析出来るよな……俺はいいんだけどディーノがどうすんの? 何でここで使っちゃったの? 後で進化出来なくない? 大体、手の内を明かさないのが"監視者"の習性じゃなかったのか? ユニークスキルならいいってこと……!?
持てる知識を掻き集めて俺は慌てた。
ウィズは対マリアベルの経験から、偽装の指示にも素早く対応してくれたが…………
《告。個体名:ディーノから
(害意はなかったんだろ? たぶんディーノは、親切で俺を眠らせようとしたんだと思う……)
とは言え、ディーノにそこまでされる理由がなかった。
というか『
だったらまさか、本当にスパイとしての行動か……? 俺に『睡眠』が効くか今のうちに試したとか、実は今から裏切るつもりだとか……その目的を明らかにせず、好きだからってだけでディーノを見逃すわけにはいかない。
つまり、寝たフリでディーノの真意を探ろう作戦が正解だ。
ウィズのお陰で"
うーんと唸ったディーノは、肩に巻き付けていたマントを外した。ばさりと広げたそれに、俺の砂をもさもさと……あっすいませんもっと優しく。
包んだ俺を持ち上げ、ディーノはコソコソ応接室を出た。慎重に人の気配を気にしながら進む姿は完璧な不審者で……冷や汗ものの俺は、ヤメテーヤメテーと必死に祈る。
《告。略取誘拐行為に該当すると思われます》
(いや! まだ違う! 商品持って店を出るまでは万引きじゃないから!)
《…………了。では同個体が執務館の脱出を試みた時点で、敵対行動とみなします》
(うん……)
YES/NO? って聞かれなかった。それ以上は黙っていないというウィズの固い意志を感じる……ディーノは無実、無実のはず、頼むぞ……!
廊下を彷徨いながら、ディーノは人気の無い方へと進んで行った。そして一人の掃除係が出て来たばかりの部屋を見付けて、スルリと侵入する。
そこは普段使われることのない、急な来客があった時のための寝室だった。応接セットに書き物机にベッドもあり、一通りの生活家具が揃った立派な部屋だ。
「いやー……ここまで変なヤツだとは…………」
ぼやきながら、ディーノは綺麗に整えられたベッドの布団を剥がし、シーツとの隙間にマントごと俺を押し込んだ。何だか……隠されている……? 連れ出される空気じゃなくなったのは良かったけど、誘拐じゃないならディーノは何のつもりで──
「こう見えても感謝してんだぜ……あー、コイツもこっそり見守ってやんなきゃダメか……」
コイツも。
コイツ「も」…………?
────!
俺には全てがわかってしまった。
ミリムのこと言ってる! ミリムのことと、俺のこと「も」って!
あっ、あー、ああ……! そうか! ディーノはギィから
ディーノのプライベートな話を、事前にここまで知ってて申し訳ない気持ちはある。
だけど、そうか……ディーノには俺の世話を焼く理由があったのか。ガイアの欠けた魂を守った俺に──本当は見せるべきじゃない能力を使ってでも。
俺をベッドに隠したディーノが、踵を返してドアへと向かう。
(……ウィズ。ディーノは、俺に昼寝をさせたいだけみたいだよ)
《是。個体名:ディーノの一連の行動は、
ディーノは少しだけ許された。ウィズにはディーノの呟きの意味がわからないから、全てを受け入れるわけにはいかないだろう。俺が理解出来るのは原作知識由来だからで……説明出来ないのがもどかしい……!
「…………そういや、俺が解除するまで起きねーんだった」
ドアの前で、ピタリとディーノの足が止まった。
ああ、"
うーん、とまたも唸って数秒考え込んでいたディーノは、ベッドまで戻って来た。ブーツを脱いでごそごそ俺の隣に潜り込み、頭まですっぽり布団を被る。ここで昼寝の続きをするつもりらしい。じゃあ俺は寝たフリに気付かれないよう、ディーノが起こしてくれるまで…………
(…………俺も眠くなってきた。あと任せていい……?)
《了。個体名:ディーノの監視は私が行います。有事の際には
俺とディーノはグッスリ眠った。
考えてみればディーノの振替休日を申請していなかったため、迷宮では魔王ディーノが外へ転移した記録だけ残して行方を眩ませ、執務館では俺が仕事中に消えた騒ぎになっていて。
しかも俺達が面会していたことは侍女が知っていたから騒ぎっていうか事件扱いで、"魂の回廊"を何とか辿って捜しに来たリムルに発見される頃には、もう夕方で。
「おはようレトラ。何やってんだ?」
「おはよう、えっと……昼寝? だっけ? ディーノ?」
「そうそう昼寝。コイツ疲れてたみたいでさ、寝ちまったからここまで運んでやってだな」
「ふーん? それでディーノのマントに入ってるのか」
「あー! あー! バッサバッサしないでー!」
ディーノのマントにくるまって起きた俺(砂山)を見て、リムルが笑顔で迫ってきて──俺は乱暴に振り回されるマントから、ざばばばばばと払い落とされることになったのだった。
※保護者だらけ
※魔王ラッシュが続きます。次は交換日記。