「ディーノに昼寝しようぜって言われて昼寝した。仕事サボってすみませんでした」
「レトラが働きすぎで手遅れだったから、寝かせといてやろうと思った」
俺とディーノの昼寝事件は、逮捕者が出ることなく終わった。カレラとウルティマが「逮捕状を出そうか?」「送致の準備は出来てるよ!」と、出待ちしてたのはヒヤヒヤしたけど。
リムルにはメチャクチャ怒られた。防いだとは言え『睡眠』を使われたことまで言ったらディーノが傷害未遂で捕まる気がしたので、ほとぼりが冷めてから色々と誤魔化しつつ『
あれから俺の執務室には、入れ替わり立ち替わり誰かが顔を出すことが多くなった。
俺としては、単調になりがちな書類仕事の合間にちょくちょく皆と話せるようになったので、文句は全くないけど……どうやら俺を一人にしておくと事件が起こりやすい、ということが周知されたらしい。別に狙ってやってるわけじゃないんだけどな……?
その夜、俺は自分の庵にいた。
甚平姿で寛ぎながら、和室の机に広げたノートを読み返す。
数日前にルミナスから戻ってきた交換日記には、俺が送っておいた問いへの返事が書かれていた。マリアベルの中にいた、聖女マリアについて。
【まさかマリアに会ったとは驚いたぞ。グランベルの孫娘のマリアベルとやらがマリアの生まれ変わりであったのなら、マリアベルを寵愛していたという話も頷ける】
そこには、勇者グランとマリアが仲の良い夫婦だったこと、マリアが人間に殺されてしまったこと、それが原因でグランは歪んでいったのだろうということが綴られていた。
未だに息を潜めたままのグランベル──ニコラウスに殺されたとされていたがグレンダの証言により生存が確認されており、その情報はヒナタからルミナスに伝えられている──がマリアベルを失ったことを契機に動き出す可能性は否定出来ない、という不穏な見解も含めて。
【グランベルの件はリムルに伝えておきます。音楽会の準備でお忙しいとは思いますが、改めてリムルとも情報共有の場を設けて頂けると助かります】
簡単なお礼も交えてルミナスへの返事を完成させ、宝石箱風のメールボックスにノートを入れて転送する。それから三十分と経たずに、ノートが戻ってきた。
【わかった。それまでこちらでも調べを進めておこう。それと、正式に音楽交流会の日取りが決まったぞ。先立ってリムルと打ち合わせておった通りだが、お前も来るのじゃろうな?】
やけに急いで返された文面の主題は、ルベリオスに魔国の楽団を招いて開かれる音楽会のお知らせだった。数日中に招待状と開催要項を届けさせるとのこと。
俺はページの続きに、もちろん行きますと書き付けた。実はクロエも行きますよ、という未定の一文は封じられていて書けない。
【大きなイベントの準備が大変なのは俺も開国祭で経験しましたが、無理しないで下さいね。またお会い出来るのを楽しみにしています】
転送……と。
たまに今日のようにノートを何往復もさせる日があるが、以前よりも俺の筆記能力が上がってきたので苦労することは減った。やはり続けていると身に付くもので──
メールボックスの蓋の宝石が光った。
え、もう来た? 早くない? まだ一分かそこらしか経ってないのに?
即レスすぎる……と箱を開けてノートを取り出す。
【今でも良いぞ】
…………?
字の綺麗なルミナスにしては珍しい、やや乱れた筆跡。
急いで書いたような文字の下に、もう一行。
【お前が来い】
…………俺が?
いや俺、ルベリオス行ったことないし転移出来ないけど…………?
何度読み返してもそれ以上は書かれておらず、どう返事すべきかわからない。ルミナスは既に魔国の座標を把握しているから空間転移で来られるけど、俺は違う。無理ですと書くしかないような……と迷っていると、またしても蓋の石が淡く光る。今度はノートではなくカードが送られてきた。走り書きのように傾いた、いくつかの文と共に。
【鈍い、まったく鈍い】
【どうせ気付かぬだろうと思っていたが】
【貴様の目の前には何がある?】
目の前?
目の前には……メールボックス…………
手紙をやり取りするための……
…………あっ!?
これは、ルミナスの所にあるものと対の転送装置。
二点間を結ぶ道が存在するなら──
(ウィズ……!? まさかこれ、行けるのか!?)
《解。転送装置の術式を解析することで、二点間の因果捕捉及び『境界侵食』による空間転移が可能となります》
ルベリオスとの会談で、俺が"
(ちょっと待った!)
《何も実行していません》
俺はこの箱を自室に置いて使っている……ってことはもしかして、ルミナスもそうじゃない? このまま行ったら俺はルミナスの部屋に出るんじゃないの? それって許される?
問題がある気がして、ひとまずはノートを送る。
【今から行ってもいいですか?】
……それから五分。
……更に五分。
返事が来ない。さっきは即レスだったのに!
これは、試されている。ダメならダメと一言だけでも来るはずだ。何も反応がないってことは……ここで行動するヤツか無視するヤツかを試されている……!
「も──! わかったよ行きますよ! コッソリ行ってコッソリ帰るぞ……!」
《了。執務館寝室と庵室に"魔素隠蔽"を施した『強化分身』を配置し、秘匿回線にて情報収集を行います。究極能力『
繋がった先は、薔薇の香りのする広い部屋。
空間の裂け目から砂となって滑り落ちた俺は、多少見栄えのいいカジュアルな普段着に衣装を替えてふかふかの絨毯に降り立った。背後の気配を振り返る。
明るいとは言えない照明の中、大きなベッドに集めたクッションに寄り掛かるようにゆったりと寝そべり、傍らにメールボックスを置いてこちらを見ているルミナスがいた。
ほらやっぱり寝室だった!!
「ふふ、ふ……ようこそレトラ。良い夜じゃな」
「こんばんはルミナス様。俺、帰った方がいいですよね?」
「早速帰るな。会えるのを楽しみにしていると言ったのはお前であろう……?」
くく、とルミナスはしてやったりの笑みを浮かべる。
ルミナスはパジャマ姿のようだった。淡いアイボリーの柔らかそうな布地をたっぷり使った、膝下まであるワンピース。その裾から見える白い両脚がベッドの上で斜めに揃えられている。フリルがあしらわれた襟元から覗く鎖骨に長い銀髪が一筋掛かり、ふんわり膨らんだ袖からは細い腕がスラリと伸びて、ルミナスの華奢さを引き立てていた。
どう見てもアウトな所に来たなぁ……夜中に女の人の寝室にダイレクト訪問はダメなやつだと俺でもわかる。側近のルイとかギュンターとか、そういえば生きてるロイとかに見付かったら、俺は縊り殺される……ヒナタも味方になってくれない気がする。ウィズ、ちょっと本気出して俺の存在を隠蔽しといてね……
「あのですね、ルミナス様……こんな時間に人を部屋に入れない方がいいですよ」
「夜更けに妾を庵へ招いたお前に言われたくはないのう」
「そうでしたすみませんでしたもうしません」
「気にするな。これで我らは、互いを部屋に招いた仲じゃな?」
えー……
自業自得で完全論破されてる俺が悪いんだけど、えぇー……
面白くない気分になっている俺に反して、ルミナスはうきうきと楽しそうだ。
「どうじゃ、今夜は泊まって行くか?」
「いえすぐ帰ります。向こうで俺の不在がバレそうになったら即帰ります。俺、最近やらかしたばっかりで……またやったら
「クッ、それを持ち出されては……」
よし、俺のカウンターも冴えている。
眉を顰めたルミナスだったが、すぐに雰囲気を和らげて笑った。
「まあ良い。お前はこうして妾の求めに応じて来てくれたわけじゃからの、今宵はそれで充分じゃ。妾の我侭を聞いてくれて嬉しいぞ、礼を言う」
「いえ……」
そうやってたまに屈託なく笑うのやめて欲しい。ほっこりするから。このくらいお安いご用ですよ、とか言いそうになるから……言質取られる! 耐えたけど!
状況が変わったらすぐ帰っていい、ということにはなったが少しお喋りしていくことにした。ではベッドで話そう、と手招きされたのには首を振った。ダメだと思います。
仕方ないとルミナスはベッドを降りて室内履きに足を通し、装飾の美しいアンティークテーブルへと俺を促した。丸いテーブルを挟んで椅子へ座る。
「急な話だった故、招いておいて茶も出せずに済まぬな」
「じゃあ……亜空間からで良ければ、お茶出せますよ」
「任せるとしよう」
カップ二つと熱々のお茶で満たされたティーポットが、パッと出現する。
第一質料と構成情報で何でも再現する能力だが、究極能力『
お茶請けには、砂糖でコーティングされた豆菓子。その一つを摘まみ上げたルミナスが、スライム型の形状と二種類に色付けされた砂糖をじっと見つめて……いやもう何も言わないで。ウチではそういうもんなんです!
「して、レトラよ。今度は一体何をやらかしたのじゃ?」
砂色の豆菓子を口に含み、ルミナスが問う。
さっきの話か。ディーノが魔国で暮らしているという情報は、勝手には言えないから……
「最近友達になった人と一緒に昼寝してたら、リムルに怒られて……」
「それは……妾でも怒るが……?」
「いやそうじゃなくて!」
ちょっと端折りすぎた。それだけ聞いたら警戒心がないって怒られるのは仕方ない。もう少し、話せる部分だけでも詳しく説明しないと……!
「最初は俺も警戒してたんです。何やってるんだろうって様子を見てたら、俺をベッドに連れてってくれて、親切でやってるのがわかって、信用出来るって判断したので……で、その人もベッドに入ってきたから一緒に寝ただけなんです!」
「何故、貴様は……そう軽々しく大罪を犯すのじゃ……?」
「俺が犯罪者の方!?」
ルミナスは拳をテーブルに押し付けて項垂れ、身を震わせているようだった。どういう反応だろう。ちゃんと見極めたって言ってるのに、何で怒るんだ…………?
ゆっくりと顔を上げ、ルミナスが遠くを見つめる。
「リムルの肩を持つわけではないが、流石にリムルが憐れでならぬ。その者を血祭りに上げなかったリムルは実に理性的じゃ……妾ならば殺しておるぞ」
それディーノなんですよね……でも情報漏洩になるから言えない。ミリムへの保護者目線を俺にもやってくれたってだけの話で……でも俺が知らないことだから言えない。あと俺にはウィズがいるから寝てても守ってくれて……でも先生がいるってことは言えないし!
ルミナスは気を落ち着けようとしてかティーカップを手にしたものの、持ち上げたそれには口を付けないまま、苛立ちを抑え切れない様子で何かブツブツ呟いている。
う、うーん、リムルだけじゃなくルミナスまで怒らせてしまった。どうやら俺は最初から詰んでいたみたいだな……説明出来ないって辛い。
そうだ、説明出来ないと言えば──
「ルミナス様って昔、俺に会ったことありますよね?」
「リムルは甘い……」
「俺はいつから来たか言っていましたか?」
「誰だろうと始末すべきなのじゃ」
「"聖櫃"の中に俺はいますか?」
「何かあってからでは遅いと言うのに……」
「ルミナス様?」
「む……いや何でもない、こちらの話じゃ」
いつも思うけど、これ本当に理不尽だよな。
以前した質問も含めて、やっぱり隠蔽されている……ここで情報を集めることが出来たら俺はどんなに助かるか。いやいい、いい、無駄だとわかっただけでも収穫だ。
もうすぐ開かれる音楽交流会はリムルやクロエにとって大きな出来事だが──先日のガイアの一件により、俺にとっても大事件である可能性が浮上した。
どうやら俺はループしているらしい。
遺跡で記憶のフラッシュバックを見たので、そこは確定でいいだろう。いつかの俺は過去へ飛び、恐らくルミナスに会っている。ルミナスがここまで俺に友好的な理由は、会ったことがあるからだと考えた方が自然だ。
俺が見た悲惨な未来を回避出来たことは良かったが、歴史の辻褄を合わせるためにはいずれ俺も過去へ飛ぶ必要がある。問題は、それがいつかということ。
薄々予想している筋道はある。しかし、確認してからでないと行動には移せない。俺がしくじれば、せっかくガイアやミリムを救えたこの世界を台無しにする恐れがある…………
「レトラよ。確認しておくが……
テーブルに両肘を突き、口元を手で隠したルミナスが重々しく口を開く。偉い人が圧を掛けながら話す時に取るポーズ、似合ってるね。パジャマ姿だけど。
「あ、それならいい感じだと思います」
「どの口がそれを言う!? リムルの怒りを買ったのであろう? あのスライムのことじゃ、危機感の皆無なお前に業を煮やして二度と外へ出さぬやも──」
「リムルはそんなことしませんよ……」
確かに怒られはしたけど『
「ちゃんと予定通りですって。音楽会が終わったらリムルに切り出しますけど──あと一ヶ月後くらいを目安に、有休取ってルベリオス訪問します!」
ディーノに少し話した、今度休みを取ろうとしてるってやつだ。以前ルミナスにルベリオスへ招待されたが、リムルに引き止められて頓挫していた例の件。
何だかんだで俺には勉強したいこともあり、ルベリオスには行きたいと思っていた。俺の知識によると、音楽会の後くらいまでにやっておかないともう余裕がなくなるしな……ルミナスと交換日記をしながら、この計画を進めていたというわけだ。
「何故そう楽観的なのじゃ……事を上手く運ぶためにも、これ以上リムルを刺激するでないぞ」
「じゃあこんな夜中に家を抜け出させるのやめて下さい」
「反省しておる」
後悔してなさそうな口調で、しれっとルミナス。
今度は急に呼び付けられても断りますからね、と釘を刺す。さっきみたいわざと無視するようなら、メールボックスそのものを送り返しますよ、とも。これはルミナスに効いたようで、一方的に無茶を通すことはしないと渋々約束してくれた。
「お前の方で、リムルの機嫌を取るなどは出来ぬのか?」
「ご機嫌取り……?」
それはしたことないな……何すればいいんだ? リムルが喜ぶような──あ、この前、分身体くれって言われたっけ。三センチくらいの人型の。アレあげたら喜ぶのかな、というか俺が魔国を留守にする間、俺の代わりに残していくとか?
んー……
ミニミニサイズの俺がリムルの肩に乗っているところを思い浮かべる。
リムルの要求を断った時にも思ったが、なんか嫌だ。俺はいつもリムルを怒らせたり心配させたり疲れさせたり──ほとんどリムルの言うことを聞かない奴だという自覚はある。勝手に出歩いて勝手なことをする俺とは違って、分身体はずっとリムルの傍にいるだろう。
それでもし、分身体といる方が楽だとリムルが気付いてしまったら……俺はもうあんまり構ってもらえなくなるのかな。嫌だなそれ。やめとこう。
「だから何度も言ってますけど、音楽交流会でもっとリムルと仲良くなって下さい! 俺がルベリオスへ行けるどうかは、リムルがルミナス様をどれだけ信用してるかに掛かってるんです!」
大体、ご機嫌だからってリムルの過保護はなくならないよな。
リムルは俺が心配なだけで、信用出来る相手の所になら遊びに行ってもいいって言ってたし、ここはリムルとルミナスが友達としての信用を深めるべきで──というのは、交換日記で俺が散々語ってきたことだ。
何故か毎回半信半疑なルミナスが、言い辛そうに俺を見る。
「無論、妾も努力はしよう。だが、リムルがお前を傍から離すかは全く別の……」
「リムルは俺に嫌がらせしてるわけじゃないんですから、絶対にわかってくれますよ!」
「本気で言って……おるのじゃな……うむ……」
まだ何か言いたげだったルミナスだが、それ以上は口を噤んだ。
リムルは大丈夫なのか……とだけ小さく呟いて。
何でリムルの心配を……?
日付が変わる前には帰る、という約束で始まった短いティータイムが終わりを告げた。カップ類をサラサラと砂にして、『境界侵食』でルミナスの部屋を後にする。
俺は再びの甚平姿となって庵へ戻った。ウィズのリアルタイム監視では特に異状はなかったそうだが、眠る必要のないリムルや俺は夜に互いの部屋を行き来することも多いので、非常時に備えて早めに帰っておきたかったのだ。
俺はもう間違えられない。
間違えないためには確実な判断材料を得るしかないし、そのためには勝手な行動も続けなければならない。大丈夫だ。誰にもわかってもらえなくても、必要なことはやる。
楽しみにしていたルベリオス旅行が実現するまで、二千年と一ヶ月掛かるかもしれないけど……どっちにしてもその時は来るんだから、準備は万全にしておかないとな!
※地雷原にいる
※来週はお休みで、次回更新は3/19(木)です。前世の話が出ます(予告義務)