161話 ルベリオス音楽会①
やって来ました、神聖法皇国ルベリオス。
招待を受けたリムルと俺。秘書としてディアブロとシオン。
ヴェルドラも来たがってたけど……ルミナスとはそれなりに和解していたとは言え、まだ気軽に遊びに来れる間柄でもないので諦めてもらった。
急遽一緒に来ることになったケンヤ達とクマラは、学校をサボって旅行するという特別感を味わえる代わりに、宿題がドッサリ出ている。人生そんなもんだ。
そして、音楽交流会の主役であるタクト達楽団員。各々の楽器も含めてかなりの規模となったが、聖騎士達が元素魔法:
大きな門の前でヒナタの出迎えを受け、日程を確認する。
「今夜は貴方達を歓迎する晩餐会が開かれるわ。明日は一日会場で調律を行ってもらい、明後日は練習日。本番は三日後だけど問題ないかしら?」
「いけそうか、タクト? 練習日が一日しかないけど……」
「は、はい、大丈夫ですリムル様! 我々はこの日のために毎日練習を欠かしたことがありません。ご期待に添えるものと全員が心を一つにしております」
タクトは大人しめの性格だが、その返答はしっかりと頼もしい。開国祭での演奏会の成功が自信に繋がっているんだろう、楽団員達は立派に成長していた。
「今回のプログラムには、レトラ様のご希望も多数取り入れてありますからね」
「すっごく楽しみ! ずっと聞きたかったんだよ……!」
俺の方はいつも通りだが、つまり天空ファンファーレが聞けるってことなら喜ばなきゃダメだろ! いやホントめっちゃ待ってた、あれを荘厳な大聖堂に響かせるって最高では? あと神鳥が大空を飛ぶイメージの曲もリクエストしてるし……是非ともオーケストラ編曲で震えたい。
俺達は王侯貴族もかくやという待遇を受けた。広々とした豪華な部屋が一人に一部屋ずつ用意され、しかも全ての部屋に専属メイド付き。晩餐会の持て成しも贅を尽くしたもので、流石にタクト達は腰が引けていたが、それだけ期待されているということだろう。
満腹の子供達におやすみを言って別れた後、俺はリムルの部屋で待機していた。ルミナス待ちだ。リムルと直接情報交換をするよう交換日記で依頼したし、リムルにも伝えてある。
「晩餐会では見掛けなかったからな、そろそろ連絡があると思うんだが……」
コンコン、とタイミング良く響くノックの音。来たか。
対応に向かったシオンがドアを開ける。
「夜分遅くに失礼致します。我等が主がリムル陛下とレトラ殿下を招待されているのですが、御都合は宜しいでしょうか?」
──って、ルミナスの声なんですけど。
メイド服に身を包んだルミナス本人が、静かに微笑みながら立っていた。
「何じゃ、もっと驚くかと思っておったのに」
「いや充分驚いたって……」
「ルミナス様って結構イタズラ好きですよね」
連れて行かれたのは、最上階にある貸し切りのバー。
カウンターに並んで座る俺達の後ろには、ディアブロとシオンが控える。
ルミナス側では"三公"が揃っており、ギュンターがバーテンダーに扮してカウンターの中にいた。そして背後にルイとロイ……あ、本当に生きてる、とロイを見ていたらギロリと鋭く睨まれたので早急に目を逸らす。この人怖いんだよなぁ。
「ヒナタは呼んでないのか?」
「声は掛けたのだがね。『睡眠不足はお肌の大敵だ』などと意味不明なことを言われてね」
「フン、元よりあの女など不要だ。使えぬ者に用はない」
一見仕事人間に見えるヒナタも、ちゃんと休憩を取る人だったようで安心した。
というか割と温厚なルイはいいとして、ロイの尖った態度はヒヤヒヤするな……ヒナタと仲良くしてるところとか全く思い浮かばない。職場でも結構問題児だろ、たぶん。
「そう言ってやるな、ヒナタに睡眠が必要なのは事実なのじゃ。"仙人"から"聖人"に至ったとは言え、今はまだその過渡期に過ぎぬ。人間は長き時を経て進化を遂げてゆくもの──皆勘違いしておるがの、ヒナタは超人ではないのじゃ」
もしルミナスに呼ばれたらヒナタは来ていただろうから、ルミナスの気遣いということらしい。
それから、ヴェルドラがいなくてご機嫌なルミナスがリムルを褒めたり、リムルがお土産のブランデーケーキを渡したり、二人の関係はとても良好に見えた。よしよし!
「それで、ルミナス。レトラから少し聞いてるが」
「うむ、本題に入ろう。グランベルの件じゃな」
やはりグランベルは仕掛けてくるつもりのようだと、ルミナスは言う。
ルベリオスの守りは鉄壁だが、長年"七曜"を務めたグランベルはルベリオスの内情に詳しく、誰も知らない抜け道から攻め込んでくる可能性がある、と──いや、自分ん家に知らない出入口があるかもしれない状況を、鉄壁とは言わないと思うんだけど…………
「くだらない。そのような雑事でリムル様の御心を乱さないで欲しいものです」
突然、暴言を吐いたのはディアブロだ。
ああそうだ、問題児はウチにもいるんだった……負けてなかった。自慢出来ない。
一瞬、ルイ達の妖気が揺らめいて険悪な空気が流れたが、寛大なルミナスはククッと笑みを零すのみ。
「
「そんな風に呼ばないで頂きたい。私にはリムル様より頂戴した素晴らしい名前が──」
「控えろディアブロ」
厳しい声で、リムルがディアブロを戒めた。
「ルミナスとは友好関係を築いてる。今後もそれを継続したいんだ」
「失礼しました」
本当にディアブロが無礼者すぎる……相手がルミナスだから良かったものの、執事として如何なものかとは思う。こういうのは後でちゃんと注意しといた方がいいかな……喧嘩売るならギィとかにしといて! 名前は俺達が呼んであげるから! って。
「その者……ディアブロが申すのも正論よな。確かに客人にすべき話ではないが、それでも話しておかねばならぬ理由がある。以前話した通りヤツは勇者……それも"勇者の卵が孵った者"、つまり"真なる勇者"なのじゃ」
リムルやルミナスのような"真なる魔王"と同格の存在。グランベルの実力はヒナタよりも上で、長い時間を掛けて進化した本物の勇者がどこまで強くなっているかはルミナスにも不明なのだと言う。ルミナスがグランベルと協力関係を結んだのは、その脅威を手元に置いて切り札にしたいという思惑もあってのことだったそうだ。
「グランベルの目的は何なんだ? 人類の平和に尽くしてきた勇者だったんだろ? いや、ロッゾのやり方からすると、今もそのつもりがあるかは怪しく思えるけど」
「俺が会ったマリアさんは、今のグランベルは見ていられないって言ってたよ。目的を見失ってるって……」
「グランベルは人類の生存圏を守り抜くため戦ってきた。だが、愛する妻を亡くした時の嘆きようを思えば……内面に変化が生じておっても不思議ではなかろうな」
マリアベルやロッゾの面々が集会か何かでやっていた「全てはロッゾのために!」ってアレは、勇者グランの目指していた世界ではないはずだ。グランベルは既に正気を失っていて、マリアさんはそれを止めたくて、今またマリアベルの死によって──
「奴の目的に思い当たることがないわけではないが……貴様に教える気はない」
そして、決戦兵器の解放へと繋がるんだな。
リムルは聞いても無駄だと思ったのだろう、食い下がることはなかった。
「だが、動機に関しては一つ気になる報告があっての。
「またアイツかよ。グランベルの動きにはユウキの思惑も絡んでるってことか……」
「警戒はしておけ。妾としては、三日後の演奏会を無事に楽しみたいだけなのじゃ」
ウンザリ顔のリムルを横目に、ルミナスが席を立つ。
ここまで色々揃っているとなると最早何も起こらない方がおかしいくらいだろうに、自分の娯楽を優先させるルミナスは大物である。
ではおやすみ、と言い残し、ルミナスは去って行った。
ルベリオス二日目。
今日は音楽会の会場となる大聖堂へ機材が搬入され、タクト達はそこで楽器の調律を行う。ディアブロ配下のヴェノム達は作業の手伝いと護衛役だ。
特にすることのない俺達は、ヒナタの案内で町へ出掛けた。
「ここでは神の庇護下で誰もが平穏に暮らせるの。食糧や物資は平等に現物支給されて、飢えや貧困で苦しむことはないのよ。だから国民の幸福指数はとても高いレベルで維持されているわ」
ルベリオスは、国が全ての国民を平等に管理する社会主義国家。
子供達は初めて知った国の在り方の一つに、様々な意見を抱いたようだ。
「欲しいものを好きに買えないのって、つまんなくないのかしら?」
「だよな。それに、人より頑張ったらその分多く欲しいぜ」
「でも誰もひもじい思いをすることがないって、すごいことだよ」
というか、実はテンペストの国家形態も社会主義に近い。衣食住は国が完全保障していて、給料は出てなくて……いや最近こそ給料として功労ポイント制度を広めようとしてるけど……二つの国の仕組みは似通っているはずなのに、受ける印象は真逆だ。
開かれた国であるテンペストは他国とじゃんじゃん交流し、町には人や物が引っ切りなしに行き交い、いつも活気に溢れている。
反対に、ルベリオスは聖教会を通さなければ他国と交流出来ない閉じられた国で、町はそこに住む人々のみで完結していた。皆、穏やかで幸せそうな雰囲気だけど──
「……ここの人達は、誰かに守ってもらわないと自分達だけでは生きられないのね。それって何だか、水槽の中で飼われてるお魚さんみたい」
クロエの呟きは的を射ていた。事実としてルベリオスは、吸血鬼の食糧である上質な血液の供給のため、幸福な人間達を飼育する場なんだから。
目を見張ったヒナタに、クロエが慌てて言葉を続ける。
「あっ、違うの、こういう生活が悪いってことじゃなくて! 皆で協力して一緒に頑張る方がいいと思ったの。そうすれば、ヒナタお姉ちゃん達だけが頑張らなくていいと思ったから……」
「……ありがとう。クロエは優しいわね」
ヒナタは微笑み、そっとクロエの頭を撫でた。
なるほど、違いは運営方針か。維持管理を目的とし国民に成長を求めない国と、発展に自重せず国民にも頑張ってもらう国の差が出てるんだな……
どちらが正しいとは言えない。何も知らないからこそ幸せで、知ってしまったら戻れないこともあるからだ。自分の進む道は、自分で決めるべきなんだろう。
そして、運命の三日目。
今日は楽団の練習日であり、子供達は朝から大聖堂へ見学に行くと大はしゃぎだ。もちろん警戒は欠かせないので、ディアブロがヴェノムに護衛を命じた。
「お前は死んでもいいからこの子達を必ず守りなさい」
「は……はいッ!」
いや可哀想。ヴェノムを労ってあげたい。
俺はリムルやヒナタと朝食を取って時間を過ごす。エプロン姿でにこやかに給仕してくれているのは、ヒナタファンのニコラウス枢機卿。偉い人です。
事が起きるのはもうすぐだ。
もうすぐ、慌ただしい足音が──
「た、大変です! 何者かが大聖堂に侵入しました! 現在、交戦中であります──!」
ヒナタの元へと、聖騎士見習いらしき伝令が駆け込んで来た。
「落ち着きなさい。敵の規模と損壊は?」
「ハッ……少なくとも百に近い数が確認されております。一般市民に被害は出ておりませんが、見習い騎士の被害は甚大、
「
ああ、
リムルの"転移門"で、俺達は直接大聖堂の中へ出る。
まだ敵は室内までは侵入していないが、すぐ外では戦闘が始まっているとわかる轟音が響いており、ヒナタは「子供達をお願い」とだけ言って真っ直ぐ外へと向かった。
壁を揺らす衝撃に怯えるタクト達の姿が見える。
うろたえるな、とシオンが大声を張り上げた。
「シオン様っ……」
「貴様達はリムル様のお言葉を忘れたのか!? お前達の安全を守るから心配せずに演奏に集中せよと、リムル様はそう仰っていたではないか!」
言ったっけ?
悪魔達が楽団の警備に就いた時、不思議そうな顔をするタクト達に、リムルは気にせず練習してくれみたいなことを軽く言ったけど、それかな?
「襲撃ごときで練習の手を止めるとは何事だ! レトラ様のご期待を裏切るつもりか!?」
俺も巻き込まれたー!
音楽会が楽しみだとは言ったけど、そこまでしろとは言ってない!
これは緊急事態なのだ、早く避難しなければ──とはいかないのが魔国民。
「シオン様、申し訳ありません。ちょっと動揺しちゃったみたいです」
タクトが指揮棒を構える。
楽団員達も力の戻った眼差しで、楽器を手に取った。
「──練習を再開する!」
すごい強メンタル……いや、それでいいならいいんだけどさ!
楽団員達の傍で不安そうに集まっていたアリス達が、リムルに駆け寄ってくる。
「せ、先生……!」
「ああ、心配するな。聖騎士達が戦ってくれているし、俺も行く。お前達はここを動くんじゃないぞ」
「リムル様、わっちも戦うでありんす……!」
クマラはそう意気込むが、ここは迷宮じゃない。命の奪い合いを経験させるには幼すぎると判断したのだろう、リムルは皆の傍にいるようクマラに言い聞かせる。
そしてリムルがシオンやディアブロに指示を出す間、俺は子供達に笑い掛けた。
「大丈夫だよ。何があっても俺の砂が皆を守るから」
言いながら、『
現れた砂の粒子が、星屑のように瞬きながら子供達やクマラ、楽団員達にも降り注ぐ。
わぁ……とアリスやリョウタの小さな声。神秘的なエフェクトがあれば安心感が増すかと思って、ウィズに頼んだのは正解だった。砂を光らせる機能ってこう使えばいいんだな。
大聖堂はシオン達に任せ、リムルと共に出口へ向かう。
「今のが新しい"砂の加護"か?」
「そう、『超克守護』。能力にも補正が入るんだけど、特に精神バフでメンタルが安定するようにしといた。子供達がパニックにならずに済むと思うよ」
「皆を守ってくれるのは有り難いが……自分にも忘れず掛けるんだぞ」
「あ、コレ俺には効かないやつ」
俺の言動が周囲に影響を与えるという事象が形になったスキルなので、俺には効果がないわけだ。「手に入れるなら自分を守るスキルにしろ……」とリムルが恨めしげに呟くのを聞いた。
「いやいい、お前のことは俺が守ればいいんだからな」
「うん。でもリムル、俺、ガイアの事件で色々考えたんだけど」
ん? と俺を見るリムル。
まだ誰にも言っていなかったそれを言うのにちょうど良いと思った。
「あの時、俺は死んじゃダメだって思ったんだ。これからはもう無茶はしな……いや、すると思うけど……でも最後まで諦めないで、生き残ることを目指すよ」
「出来ない約束をしないのは誠実なんだが……結局、無茶はするのか……」
呆れの混ざった溜息。
そしてリムルは、安堵のような苦笑を見せた。
「まあでも、そう考えるようになったのは成長だな。偉いぞ」
自分でも、ちょっと違うと思ってるけど。
リムルが安心してくれるなら、それでいいかな。
俺は今まで、自分が死んで皆が助かるならそれもアリだと思っていた。出来れば死にたくはないけど、本当にそれしかないなら、俺にはその価値があるってことだから。
でも、あの瞬間。
俺が時間を繰り返し、失敗した記憶を繋いでいると気付いた瞬間。
俺の死には、何の価値もないことを理解した。
フラッシュバックで見た俺は、ガイアを死なせ、ミリムを壊した世界で、それでも──それでも生き続けたのだ。次こそ失敗しない方法を探して力を蓄え、何らかの手段で過去へ渡り、次の俺に手掛かりを残した……それを何度繰り返したのかはわからないが、記憶の俺と今の俺にズレがあったのは、ガイアとミリムを救うために積み重ねてきた成果なんだろう。
気付いてしまえば、俺もそうしなければならなかった。今の俺に状況を打破する力がなくても、地獄の結末を繰り返すことになっても……かつての俺がそうしたように、俺はいつかの俺のための礎として生きるのだと。無意味な死は選べない。俺には死にすら価値がない。
それを理解して、こう思った。
俺は、抜け出せない淵の底にいる──と。
──解除キー"奈落の底"の獲得を確認しました──
どうやら、それが必須条件だったらしい。
地獄の道行きを選んだことで謎の箱が開き、俺はあの地獄を回避出来た。
しかし、"奈落の底"とか……それを自覚することが箱を開ける鍵の一つって、設定した奴は何考えてるんだと思ったけど、何となくわかった。
あれはきっと、戒めだ。
いずれ何かを間違えて失敗する時が来たら、お前も同じ道を辿るんだと。その覚悟が出来ないなら、今までの俺を踏み台にして未来へ進む資格はないという警告。
分岐点はきっとまた来る。
俺はもう、間違えられない。
※"奈落の底"の解答
※しばらく二週間おきの更新となります