転スラ世界に転生して砂になった話   作:黒千

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162話 ルベリオス音楽会②

 

 リムルに続いて大聖堂を出ると、外は混戦状態だった。

 ロッゾの手勢と聖騎士達がぶつかり合う、激しい剣戟の音が響き渡る。

 

 喧噪の中でヒナタと対峙する一人の男。紳士風の出で立ちをした初老の男──グランベル・ロッゾだ。五大老の長にして、ロッゾ一族の総帥。

 その傍らには、マリアベルに似た妙齢の女性が立っていた。聖女マリアだ。

 

「マリア、お前はルミナス様を捜し出し、ここまで連れて来なさい。抵抗するなら殺しても構わん」

「承知しました。命令を実行に移します」

 

 機械的な口調と挙動。俺は思い掛けずマリアベルの中にいたマリアさんに会ったわけだが、そうでなくても、そこにいる女性が人形のようなものだという予想は付く。

 歩き出したマリアを追う者はいなかった。グランベルへの対処を優先させてのことだと思うけど……まあ、俺にとっては好都合だ。

 

(ウィズ。誰にも気付かれないように、あの人を追って見張ってくれ)

《了。砂状の『強化分身』を生成──追跡を開始します》

 

 モスの真似してミニミニ分身体(人型)を作ったこともあったけど、小人がチマチマしてたら目立つからな。ガチの隠密活動なら、砂粒の方が絶対に便利だろう。それにウィズなら、俺のサポートと分身体(砂)の精密操作の両立は余裕だし。

 近付いた俺達に、グランベルの鋭い視線が向けられる。

 

「貴様が魔王リムル……そして王弟レトラか。ワシのマリアベルをよくも……」

 

 殺したのはリムルでも俺でもないが、反論する気はない。それにしても、十歳の女の子を魔王暗殺に向かわせておいて言うセリフじゃないよな……マリアベルと同じように、グランベルもそんな判断すら付かないほど狂気に染まっていたのだろう。

 

「俺が何を言っても無駄だろ? どっちが正しいのか、力で証明してやろう」

「新参の魔王が抜かしよる。貴様の相手は後でしてやる故、少し待っているがいい」

 

 グランベルは、先に聖騎士達を相手取ることにしたようだ。年老いた身となっても、勇者として磨き上げてきた技量は本物。ニコラウス枢機卿の"霊子崩壊(ディスインティグレーション)"を読み取り、逆に奪い取って自らの剣に吸収。そして放たれた超絶聖剣技(オーバーブレイド)崩魔霊子斬(メルトスラッシュ)──

 

 ヒナタは月光の細剣(ムーンライト)で衝撃破を凌いだが、"霊子"の性質上、リムルの『絶対防御』や俺の『万能結界』をすり抜けた余波がレナードやアルノー達を吹き飛ばす。直撃は避けたものの戦闘不能となった彼ら目掛けて、『万物創生』が完全回復薬(フルポーション)の雨を降らせた。

 

「く……!」

「引きなさい! 貴方達は、各隊の援護へ!」

 

 ヒナタの命令が飛ぶ。

 隊長格の聖騎士でも、グランベルの相手にはならないという判断だ。

 レナード達が歯を食い縛るような逡巡を見せたのは一瞬で、ヒナタの言葉に従って駆け出した。グランベルには敵わなくとも、彼らの加勢は聖騎士達の士気を上げるだろう。

 

「リムル、レトラ……助かったわ」

「やれやれ。一人も殺せぬとは、ワシの腕も落ちたものよ」

 

 その時、大聖堂で大きな破壊音が轟いた。

 グランベルの友で、北方の守護者だったラズルが来た。ゼギオンと同じ蟲型魔獣(インセクト)であり完全形態──その字面だけで通じる人には通じる。ヤバそうだって。

 実際にラズルの魔素量はシオンとディアブロの合計を上回っており、新たな脅威を察したリムルが焦りを見せた。今のメンツなら俺が応援に行くのが適切だけど…………

 

「貴様らの相手はこの者達に任せよう。同郷の者もいるやもしれぬぞ?」

 

 グランベルの合図で十数名──いや、もっとか。原作よりも増えてる──の集団が現れた。年齢も人種もバラバラだが、有する魔素量は人並み以上。ロッゾが召喚し"呪言"で自由意志を奪っている異世界人達だ。この中には"涙目の道化(ティアドロップ)"ティアも潜んでいるけど、今はいい。

 

 武器を構えた異世界人達が、一斉にリムルと俺へ襲い掛かってきた。

 グランベルは、操られているだけの人を俺達が殺せないとわかっていて時間稼ぎをしているのだ。これは流石に……二人じゃないと対応出来ないな。

 

『レトラ! 急いで全員の"呪言"を解除して、無力化するぞ』

『わかった。大聖堂の方は?』

『ランガを行かせる。あとディアブロは一時離脱だ』

『なんかデカいの来たもんね』

 

 郊外の方でも、異常な空間の歪み──何者かによる『空間転移』が感知されており、ディアブロはその対処だ。レイン達だとはわかっているけど、状況が目まぐるしすぎる。

 リムルがシオンに思念を送っている間、ウィズから分身体についての報告が来た。

 

《告。地下の一室に到着しました》

 

 マリアと呼ばれた女性は中庸道化連のラプラス、フットマンと合流し、地下を目指したそうだ。数多くの罠を越えて辿り着いた玄室にはルミナス、ギュンター、ルイ、ロイが待ち構えており、今にも戦闘が始まりそうだと。

 

(戦いになってもそのまま待機だ。また状況を教えてくれ)

《了。観測を継続します》

 

 ウィズに任せた砂形態の分身体は、小さすぎて監視以外の行動は難しい。巻き込まれないよう出入口付近でサラリとしているように命じた。

 

 

 グランベルと対峙するのはヒナタ。

 だが、ヒナタの剣はグランベルに届かず、全てが紙一重で躱される。ユニークスキル『簒奪者(コエルモノ)』も技術のバックアップで対策を取られており、グランベルが一枚上手だった。

 グランベルの誘いに乗せられ予想以上に消耗させられていたという事実に、気を引き締めたヒナタは"聖霊武装"を展開させた。

 

「よくわかったわ。貴方を倒すには、私も本気を出すしかないようね──いくわよ、グランベル翁!」

「来るがいい。胸を貸してやろうぞヒナタ!」

 

 敵同士には見えないほど健全な師弟をやっている。

 本来のグランベルがやりたかったことが、今ようやく叶いつつあるのだ。

 

『リムル! 解呪はあと数人だ、残りは俺が引き受けるよ』

『悪いな、任せた。俺はシオン達を助けに』

 

 俺に応えて大聖堂へ向けられたリムルの足が止まった。

 戦場の砂煙に紛れ、新たに現れた一団。

 先頭に立つのは、眩い金の長髪、騎士のマントに黄金の鎧を纏った──

 

「レオン…………」

 

 リムルの呆然とした呟き。

 ヒナタも、大聖堂のシオンも、魔王レオンの出現に動揺していた。

 平然としているのはグランベル。

 

「来たか、魔王レオン殿。ここまでご足労願い、すまなかったね」

「馴れ馴れしいな。誰だ貴様は?」

「顔を合わせるのは初めてだったな、貴様がいつも御贔屓にしてくれておる商人だよ。そこらに転がっておる異世界人は、君から教えられた術式で召喚した者達──彼らは、君の望む商品足り得なかったがね」

 

 グランベルは周囲へ聞かせるようにレオンの悪行を語る。あのシズエ・イザワのような戦士を作り上げるため、異世界人の子供を欲していたのだろう、と。

 これはリムルを煽り、レオンと争わせることを狙ったグランベルの策だ。

 本当なのかというリムルの問いを、レオンは否定しなかった。

 

「俺は、ある目的のために──」

「うるせえ! やっぱりお前が原因なのかよ!」

 

 吠えたリムルが走り出す。

 レオンを守ろうとした背後の部下達は、他でもないレオンによって制止された。

 振り抜かれた拳が、レオンの頬を直撃する。

 

 見届けたぞ、シズさん。

 レオンへの思いは、リムルがちゃんと届けてくれた。

 

《告。主様、報告致します。個体名:ユウキ・カグラザカが姿を現しました》

(──!)

 

 来た。これを待ってたんだ。

 ユウキは何を? と促すと、ウィズが続ける。

 

《解。個体名:ルミナス・バレンタインらが出払い無人となった室内へ侵入。封印の棺から意識不明の少女を連れ去る現場を確認しました》

(すごく犯罪者みたい!)

 

 魔王の国にテロ仕掛けてる一味という時点で犯罪どころじゃないし、その魔王に黙って砂を徘徊させてる俺に言えた義理じゃないんだけどさ! 

 と、とにかく、ユウキがクロノアの封印を解いた。やるなら今しかない……! 

 

(ウィズ、交代だ! 俺が分身体を担当するから、お前は本体を動かして異世界人達の呪言を解除してくれ)

《了──ですが、私では主様への成り済ましは困難と思われます》

(今は笑わなくていいから大丈夫!)

 

 子供達に俺じゃないと見破られたことを気にしているようだ。遺跡でリムルとの戦闘を任せた時は、支配された演技中だったのでウィズの無表情がハマってたんだよな……今回はそこまでじゃないけど、真面目に作業するだけだから! 

 

 

 

 俺には時間移動が出来ないので、過去へ行くには他の手段が必要だ。可能性としては、『境界侵食』の空間を超える能力で『時間旅行』について行くこと……時間と空間が似たようなものだって言うなら、因果捕捉さえ出来れば機能しそうなんだけど……

 かなりの無理筋ではある。ラファエルでも観測出来なかったのに、今のウィズでそれが可能かどうかわからない。事前相談も出来ないから、ぶっつけ本番だ。

 

 そして、時間遡行の前にどうしても確かめなければならないのが──

 俺がこの時間へ戻ってくる方法だった。

 

 クロエとヒナタはいいのだ、聖櫃で眠っているから。

 じゃあ俺はどうなる? 過去へ行った俺も同じように眠りに就いていて、重複する俺がこの時間から消えることで目覚めが可能となるなら話が早い。だがその仮説は、眠っている俺が存在しないと成立しないのだ。

 

 俺は精神生命体だから、眠りに就けば砂憑依が解けて精神体のみとなり、放っておけば消滅する。保護しないと滅びるだけなので、対処してくれたとしたらルミナスしかいない。クロエと俺、二つの封印を別々に置いておく理由も薄いので、いるとしたら玄室だろう。

 

 果たして、玄室に俺は存在するのか。

 目覚める俺がいないんだったら、その時は──

 

 

 

 

 ***

 

 

 

 ルベリオス国外に広がる荒野の一角。

 そこでは、暗紅色のメイド服に身を包んだ青髪の美女──原初の青(ブルー)レインと、ディアブロの戦闘が繰り広げられていた。呪文の詠唱を必要としないレインの核撃魔法:熱収束砲(ニュークリアカノン)を、ディアブロは軽やかに身を翻しながら魔法の消去(ディスペル)にて掻き消していく。

 

「逃げてばかりでは戦いとは呼べないわよ、ディアブロ」

「逃げ回ってなどいませんよ、レイン。麗しき主リムル様を愚弄したお前の罪をどう贖わせるか、考えあぐねているだけのことです」

 

 一見冷静なディアブロの金の瞳には、苛立ちが揺らめいていた。常に余裕ぶった態度を取る原初の黒(ノワール)の心に漣を立たせてやったという事実で、レインの気分は高揚する。

 

(よしよし、精神攻撃はバッチリですね。もうちょっと煽ってやりたいけど……私、リムル様には悪印象なんてないのよね)

 

 雑種の魔王──そうリムルを形容したレインの意図は、全面的にディアブロへの嫌がらせでしかなかった。レイン個人としてはリムルへの侮りなどなく、むしろ有能そうな魔王という印象を抱いているため、これ以上の陰口は気が引けた。

 何かネタはないかと頭を捻り、その閃きを実行に移す。

 

「貴方はリムル様とレトラ様の執事なのよね? では良いことを教えてあげましょう。レトラ様はね、貴方じゃなくて、ラミリス様の従者をとても褒めていらしたわよ?」

「……っ? ベレッタのことですか?」

 

 ピクリと眉を寄せ、魔力弾を回避したディアブロの背後で大地が抉れた。動きを止めたディアブロに倣ってレインも立ち止まり、魔法ではなく言葉で攻勢を強める。

 

「ええ、あの悪魔は黒の系統でしょう? レトラ様は大絶賛されていたわ。優しくて真面目で努力家だって、それはもう……貴方とは大違いよね」

 

 全くの誤解だった。当時のレトラはレインに問われ、間違いなくディアブロを"大絶賛"したのだが、レインの知る原初の黒(ノワール)とは余りにもかけ離れた人物像であったため、ディアブロを指していると正しく認識することが出来ないまま今日に至っている。

 

「ク、フフ……クフフ……そうですかベレッタ……私を出し抜いて、レトラ様にお褒めの言葉まで頂いていたということですね……?」

 

 つまりは、ディアブロのそれも誤解である。黒々とした嫉妬を向けられるベレッタは完全なとばっちりだが、それを訂正可能な者はどこにも存在しなかった。

 邪悪な笑みを零しながら肩を震わせていたディアブロの妖気が、ふと静まる。

 

「…………まあ、良いでしょう。ベレッタがラミリス様に良く仕えているのは事実ですからね」

「あら? 眷属に負けたことを認めるのかしら?」

「無駄ですよレイン。その程度の挑発で心を乱される私ではありません」

 

 レインの揶揄をバッサリと切り捨てる声。

 今度こそ、ディアブロの態度には泰然とした余裕が戻っていた。

 

「何故ならば、私は既にレトラ様より、私のためだけの尊き御言葉を頂いているのですから! ああ途中で記憶が途切れてしまったことは痛恨の極みですが私の功績を労うばかりでなく私を必要とまで仰って下さる天上のお声を思い返す度に胸が甘く締め付けられ」

「あっコレ面倒臭いやつ」

 

 レインの小さな呟きは、ディアブロには届かなかった。

 

 

 

 ***

 

 

 イングラシア王国、西方諸国評議会。

 その会議室の中央で、暗紅色のメイド服を纏った緑髪の美女──原初の緑(ヴェール)ミザリーと、テンペストの代表議員テスタロッサが向かい合っていた。

 

「……信じられません。どうして貴女が受肉しているのですか、ブラン」

「あら、そんな呼び方は寂しくてよ。わたくし、テスタロッサという素晴らしい名前を頂いたの。貴女もヴェールなんて呼ばれるのは嫌でしょう? ねえ、ミザリー」

 

 その状況が呑み込めず、レスター議長は困惑する。

 ただでさえ、北の悪魔達を退けてきたシードル辺境伯の主力部隊が姿を消し、悪魔達が南下を始めているという未曽有の危機に議会は混乱していた。その上、ヨハン・ロスティア議員の裏切りによりイングラシアの『防衛結界』が破壊されたことで、傭兵集団"緑の使徒(ヴェルト)"が神と崇める悪魔の召喚を許してしまったのだ。

 

 しかもその悪魔は、恐怖の代名詞である魔王ギィ・クリムゾンの配下。このままでは議員全員の命が悪魔に捧げられる──そうした絶望の中、議長は魔王リムルに一縷の望みを見出した。テスタロッサを通して魔国連邦へ援軍の要請を願うしか道はない、と。

 

 だが、悪魔の前に悠然と進み出たのはテスタロッサだった。

 "緑の神(ヴェール)"ミザリーと言葉を交わし始めた光景に、レスター議長だけでなく、ヨハンや"緑の使徒(ヴェルト)"の団長ジラードまでもが戸惑いを隠せずにいる。

 

「わたくしと戦うと言うのなら、相手をして差し上げてよ?」

「……いえ、遠慮しておきましょう」

 

 ミザリーは冷静だった。名前と依代を得たテスタロッサ、そしてこの場にいる従者モスも"悪魔公(デーモンロード)"。そんな二柱と命懸けで戦うよりも、原初の白(ブラン)が受肉したという情報をギィに持ち帰る方が重大な任務であるとの判断だ。

 

「私の命はギィ様のもの。勝手に捨てていいモノではないのです」

「うふふ、お好きになさいな。わたくしは今とても充実しているの。リムル様には大切な御役目と激励を賜ったし、レトラ様にはわたくしの淹れた紅茶を喜んで頂けて──ねえミザリー、主に仕えるって素晴らしいことですのね」

 

 言われるまでもない、とミザリーは無表情の下で思う。

 いちいち反応を示すことなく、テスタロッサの言葉から的確に情報を拾い上げる。

 

「そうですか……貴女の主は、リムル様とレトラ様なのですね」

「あら、わたくしの主様方と面識が?」

「ええ、何度か」

 

 リムルとは二度、レトラとはその倍以上に拝謁の機会があった。

 ふと、ほんの仕返しを思い付く。

 

「特にレトラ様には、ギィ様の大切なお客様として最上のお持て成しを提供させて頂きました。あの朗らかなお人柄のために私達にも大変お優しく、恐れ多くもアイシングクッキー作りまでご指南頂いたことがありますね」

「ミザリー、もしかしてそれは自慢のつもり?」

「まさか」

 

 自慢ではない。このまま何もせず撤退せねばならない状況で、多少なりとテスタロッサの神経を逆撫でてから去ってやろうという魂胆だった。それが功を奏し、テスタロッサの声の温度が下がると共にモスの顔色も悪くなっている。

 

「それではテスタロッサ、ご機嫌よう」

 

 満足したミザリーは、鉄壁の能面を保ったまま『空間転移』を発動させるのだった。

 

 

 

 悪魔ミザリーが姿を消した後も、議長の困惑は続いていた。

 元より悪魔について詳しい知識のない議長はテスタロッサの正体に気付くことはなかったが、自分達が救われたという事実に気分が落ち着くにつれて、先程漏れ聞こえてきた会話に気になる部分があったことを思い出す。

 

(王弟レトラが……魔王ギィの、客人と言ったか……?)

 

 魔王ギィと魔王リムルは"八星魔王(オクタグラム)"同士、既知の間柄とは推測出来るものの、不可侵条約が存在するため友好関係にあるとは言えないはずだ。だが、魔王ギィの配下の言葉が事実なら──魔王ギィと魔王リムルの弟レトラの間には、交流があるということになる。

 

 常識的に考えれば、いくら魔王リムルが人間との共存を望んでいようとも、わざわざ魔王ギィとの対立を選ぶとは思えない。だが、二柱の間に既に密な関わりがあるとすれば。

 万が一、万が一の話ではあるが、魔王ギィが魔王リムルの方針に理解を示し、人類への態度を軟化させる未来も存在するのではないか? 

 そんな夢物語を思い描き、議長は頭を振って自制する。

 

(いや、止そう。魔王とは天災なのだ。身勝手な期待はリムル陛下への重圧となる……それに、そのような可能性があるとすれば、その逆もまた起こり得るのだからな)

 

 それは、魔王リムルが魔王ギィの方針に賛同する未来。

 

 評議会に出席したリムルの激昂を思い出す。魔物の国を属国同然に扱い、弟を人質に差し出せとの要求は、当然のようにリムルの逆鱗に触れた。悪意を以て誘導した者がいたとは言え、もしもあの時リムルが人類に失望していたら。

 しかも王弟レトラの身に何かがあれば、それは魔王ギィを動かす引き金となる可能性さえあったのだ。今頃になって知る事実に、議長の背には震えが走る。

 

(魔国連邦、ひいては魔王達との共存のためには……まずはレトラ殿下には、何としても御無事でいてもらわねばならぬということか……)

 

 

 

   ◇

 

 

 まずい。

 まずいぞ……いない。

 俺がいない。どこにもいない! 

 

 ウィズと交代し分身体に意識を移した俺は、一つまみ未満の砂の姿で玄室を覗き込んだ。探索には『万能感知』を使うので、小さすぎて動きにくくても問題ない。

 ルミナス達は玄室への被害を嫌いここから離れた場所で戦闘を行っており、その間にユウキがクロノアを連れ去っている。無人の部屋を見回した俺は──空っぽの棺以外、何も残されていないことに焦っていた。

 

 ここに俺の身体もしくは精神体を封じた何かがあれば、この後の行動が確定した。心置きなく過去へ飛ぶ方向で全力を出すことが出来たのに。

 俺なら、俺がここで手掛かりを探すことはわかっていたはずだ。必要なら絶対に何か残してあるはず。それが何もないということは、ここで目覚める俺はいなくて……過去へ飛んだ俺は、ここには戻って来ないという意味になる…………

 

 じゃあ、俺はどこへ、どうやって帰って来る? 

 それはいつだ? 何日後? 何年後? 

 え、リムルは…………

 

 俺が戻って来なくても、リムル達は大丈夫か…………? 

 

 

 

 




※いいえ


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