「レトラ様。本日はわたくしに供をお任せくださり、ありがとうございます」
「よろしく、シュナ」
リムルは俺の護衛役に、シュナまで任命したらしい。
流石に何考えてんだとリムルに抗議したら、「無理しなくていいと言ったんだけどな。まあ、お前が危ないことをしなければシュナも危ない目には遭わないだろ?」と言われた。それと、「部下達とコミュニケーションを取るのも上司の務めだぞ。良い機会じゃないか」とか何とか。
「レトラ様、ご依頼の衣服が出来上がっております。どうぞお召しになってくださいませ」
微笑みながら差し出される服を受け取る。縫製は丁寧で、素朴で動きやすそうな注文通りの普段着だ。広げて眺めた服を腕に抱え、念のためにシュナに尋ねた。
「ありがとう。あの、取り込んでいい?」
「はい、もちろんです」
「……」
返事があっさり過ぎて、俺はすぐには動けない。
これがリムルだったら、『捕食』で服そのものを胃袋に入れて、人間に『擬態』する度に出して身に着ければいい。いくらでも服をストック出来て、いつでも着替えたい放題だ。
だが俺の場合は……『風化』で砂にし、『吸収』で取り込んでようやく、この服の構成情報を取得出来る。そこさえクリアすれば同じ服を『造形』で再現出来るようになる、のだが。
「なあ、シュナは嫌じゃない? せっかく作ってくれた服を、すぐ砂にするっていうのは……嫌ならやめるよ? ちゃんと普通の服として着るよ?」
贈られた手作りの品を目の前で砂にする、字面だけ見るとその外道っぷりに冷や汗が出るな。少しでもシュナが嫌なら、やめてもいい。普通に服をしまっておいて、部屋で人間形態になって着込んでくればいいだけだ。いやそうすると、砂形態に戻った時に服をどうするんだよって話になるけど……
「ふふ、レトラ様は本当にお優しい方。お気になさることなどありませんわ、レトラ様のためにお作りした服が、レトラ様だけのものになるんですもの。わたくしはとても嬉しいです」
シュナが袖で口元を隠して笑う。
本心から言ってくれているみたいだ。心の広い子だな。
それよりも早く着てみて欲しいと急かされて、俺は新品の服を砂に変える。『
「じゃあ、今日は外に出掛ける予定なんだけど、ついてきてくれる?」
「はい。精一杯、お努め致します!」
キリッと気合を入れたような、勇ましい顔でシュナが言う。何か勘違いしているような気がするけど、まあ着いてからのお楽しみにしよう。用意していた荷物を持って……お持ちします、というシュナの申し出は丁重に断って、町を出た。
「あの、レトラ様……」
「何?」
戸惑うシュナの声を聞きながら、木陰に敷物を広げる。
その上に置くのは、ゴブイチに頼んで用意してもらった箱だ。それは俺が砂から作った箱で、中には今日の昼食を詰めてもらった。次に砂の水筒。あ、取り皿と箸が要るな。スルッと放出した砂で『造形』を行い、食器も揃える。俺の『
「ほらシュナ、座って。お昼食べよう」
「は、はい。失礼致します」
シュナがちょこんと敷物に腰を下ろす。
俺達は町の近くの、森の木々が少し疎らになった野原のような場所へやって来ていた。天気は良いし、木陰を通り抜ける風も気持ち良い。ピクニック日和でよかった。
いただきます、と俺は箸を取る。サイコロ肉の香草焼き、挽肉を入れた卵焼き、野草やキノコの炒め物、森で採れたばかりの果物……うーん見事な弁当だ、ゴブイチ君ありがとう!
ほくほくしている俺に対して、シュナはまだ納得のいかない顔だ。
「シュナ、どうかした?」
「いえ……お兄様の話では、レトラ様はいつも森の危険な魔物を退治して回られていると……」
「俺がいつもやってるのは散歩だよ。色んな所を歩くし、ここにも来るよ」
あれはベニマルがいたから遠出をしてみたんであって……率先して危ないことをしてるつもりはないし、シュナをそんな森の奥まで連れて行くわけがない。
シュナは早いうちから機織りの仕事に就いていたから、あまり町の外に出たことはなかったと思う。食事の支度にも加わってくれているし、今度は俺の護衛だなんて申し訳なさすぎる。安全な町の周囲で、ピクニックでも楽しんでもらおうと思っただけだ。これが息抜きになればいいんだけど。
「わたくしは……もっと、レトラ様やリムル様のお役に立ちたいです」
「いやシュナは大活躍してるよ……衣と食はシュナのおかげですごく改善したし」
「御二方にお仕えする身となり、町のために働くことで、わたくしは日々充足感に満たされております。我らに居場所と安息をお与えくださった御二方には大変感謝しております……わたくしは、その御恩に報いたいのです」
鬼人達は、オーク達に復讐を果たすという目的のためにリムルの配下となっているが、恐らくシュナはもう、それから先をどう生きていくかについても見据えているのだろう。少し前まではオーガの里のお姫様で、家族や仲間の多くを失ったばかりにも関わらず、シュナは前を向いて生きているのだ。
「シュナは格好良いなあ」
「……格好良い、ですか?」
ああ、女の子には可愛いって言わないとな。失敗した。
だがシュナは不思議そうな顔をしているだけで、嫌がられているわけじゃなさそうだ。
「もっと頑張りたいって思えるのは立派だし、シュナがそう言うなら俺は応援するよ。でもシュナは毎日本当に頑張ってくれてるからね、いつもありがとう」
「レトラ様……」
「今日は俺に付き合ってよ。魔物退治の方が良かった? 俺と弁当食べるのは嫌?」
「そのようなことは決して……ご一緒させて頂き、とても嬉しいです」
少し頬を染めて、シュナが俯く。
おお……すごく可愛い。
そういえば俺、スーパー美少女とピクニックデートしてるな? リア充だな?
「レトラ様……もしもまた、お誘い頂ける機会があれば……その時は、ぜひともわたくしにお弁当をご用意させてくださいませ」
なるほど、せっかくのお弁当なんだから女の子に作ってもらえば良かったのか……! 今日はシュナを労わるためのピクニックなので最初から無理だったけど、次こそは。
「俺もシュナの作った弁当食べたいな。じゃ、今度はお願いするよ」
「はい……喜んで!」
ほのぼのとした時間を過ごし、ピクニックを終えて後片付けをする。食べ終えた器や箸、敷物すらも、サラッと砂に変えて『吸収』……うん、『
あとはシュナを案内しながら森を歩いて、散歩を楽しんだら帰ろうかな。
森の中でも比較的日当たりの良い道を選んで散策していると、俺の『魔力感知』が反応を拾った。少し離れた地点に、数体の魔物。このままだと近くまで来るな……シュナもいることだし用心して、迂回するか?
そう考えて『魔力感知』の精度を上げた結果、トカゲに乗ったトカゲ達が見えた。
ガビルじゃん! そうか、俺達の町にも来たのか。ガビルなら別に……大丈夫かな? 近くを通りはするけど、向こうから接触して来なきゃそれまでだし……ガビルだしな……
「もし、そこの娘達よ。道を尋ねたいのだがよろしいか?」
「あ、ハイ」
なるようになれと構えていたら、普通にガビルに声を掛けられる事態となった。道を聞きたかったのか。それなら警戒しなくとも、敵対する流れにはならないだろう。
「我輩、ゴブリン村を探しているのである。どうやら場所を移したようで、聞いた場所にはなかったのだ。見たところお主らはゴブリンではないようだが、村の場所を知らぬかな?」
ああ確かにゴブリンじゃないね。
ガビルの態度が紳士的だったことだし、通行人Aの振りで素直に答えようとしたところ……
「お待ちなさい、一体何用で」
『シュナ、待って』
俺達の町の客だと聞いてはシュナは見過ごせなかったようだが、すかさず『思念伝達』で止める。シュナを遮った俺は、町の方向を手で示した。
「あっちに集落がありますよ。森を拓いて建設中の町だから、近くまで行けばわかると思います」
「これはかたじけない。お主達、最近この森へはオーク共が侵攻を始めている。呑気に遊んでいては危ない、早く遠方へ避難する方が良いのである」
「ハイ、ありがとうございます」
何という親切さ。ガビルって別に悪い奴じゃないもんな。
そしてガビルとその部下達は、俺の教えた方向へと進んで行き…………
「ガビル様やっさしー!」
「いや何。武人たるもの、女子供が戦に巻き込まれるのは見ておれぬからな」
「流石だぜ! やっぱりアンタこそ、上に立って一族をまとめるべき男だ!」
「然り、然り」
結構距離があるのに、ガービール! ガービール! とノリノリコールが聞こえる。楽しい人達だ。
ただし誰が女子供だと? そういえばさっき、俺のこともまとめて娘達って言ったな? ……いや、でもなあ。この外見だと俺は明らかに子供だし、美少女でしかないからなあ……こんなことでイチャモン付けたら理不尽すぎる、不問としよう。ガビルと話が出来たので満足だ。
「レトラ様、よろしいのですか? あの者達からは、害意は感じられませんでしたが……」
「最近、リザードマンの使者があちこちのゴブリン村を回ってるって話だよ。交渉目的なら直接リムルに会ってもらった方が話が早い」
ガビルなので、素通りさせても何も問題はない。それにたとえ使者がガビルじゃなかったとしても、シュナを連れている今、ここで事を荒立てる気はなかった。
「まあ心配ないよ。念のために……ソウエイ」
「──はっ」
スル、と木の影から出現するソウエイの分身体。膝を突いて隙無く控える姿は、どう見ても忍の者だ。格好良いな。
「リザードマンの使者が来たって、一応リムルに報せといてくれ」
「承知致しました」
これでよしと。後は頼んだぞ、リムルと……ゴブタ。ガビルを案内して町に戻れば、ガビル登場イベントやゴブタの活躍が見られたかなーとも思ったけど、シュナの息抜きという目的を中断してまで俺のミーハー魂を炸裂させることもないだろう。
しかし──迂闊なことに、俺は大きなミスを犯してしまっていたのだ。
「ソウエイ……貴方、いつから居たのですか?」
場に異変を感じた。
張り詰めるような緊張感。シュナがにっこりと微笑んでいる。
「今日はわたくしがレトラ様の護衛ですよ?」
「……」
わあ、何だか怒ってる……
笑顔の裏側から謎の圧力を浴びせられ、ソウエイが目を伏せたまま沈黙する。
今日はシュナがいるのでいつもより『魔力感知』に気合を入れていた俺は、町を出る前から近くの影にソウエイの分身体が潜んでいるのは知っていた。自主的にかベニマルにでも頼まれたのか、シュナの護衛任務を心配してのことだろうと納得したので、俺は口を出さずにいたのだ。
ガビル達が近付いてきた時にソウエイが出て来ようとする気配を感じて『思念伝達』で止めたら、ソウエイは俺が気付いていると思っていなかったらしく、驚いていた。
そしてこの様子からすると、シュナは今まで気付いていなかったわけで……
「え、えーと! じゃあソウエイ、頼んだよ。俺達はもう少しゆっくりしてから町に帰るから」
「御意」
俺がウッカリ呼び寄せた所為で被弾したソウエイが可哀想だ。ここは俺に任せて先に行け! と促すと、ソウエイはササッと影に潜って逃げて行った。
お陰でシュナの迫力ある微笑みは、俺に向けられることになる。ヒェ……
「レトラ様が、ソウエイに同行をお命じになったのですか?」
「俺じゃないです……」
「ですが、お気付きでいらっしゃったのですよね?」
「まあ……うん」
「わたくしだけでは護衛に足りぬとのお考えなのでしょうか?」
「そんなこと思ってないです……」
何故か丁寧語で応答してしまう。
シュナも『
その後は、しゅんと落ち込んでしまったシュナを慰めつつ、ピクニックデートは幕を閉じた。
シュナに楽しんでもらおうと思ってたのにな……途中までは上手く行ってたのになぁ……やはり彼女もいたことのない俺では、そういう心配りが足りないらしい。次回への教訓としよう。
※ハクロウ、クロベエ、ソウエイのメイン回はまた後日