玄室に封印されているかと思った俺は、存在しなかった。
てっきり聖櫃が二つあるとかで、過去へ行った俺もここで眠っているとばかり……じゃあまさか、一つの聖櫃に俺も一緒に?
いや、ないな。だってクロエ裸じゃん。俺が精神体だとしても、そんな状態のクロエと密室に放り込まれてるわけないだろ……ルミナスは絶対そんなことしないぞ!?
念のためウィズの記録映像もチェックした。ユウキが意識のない全裸の少女に上着を着せて連れ去っただけで──紳士なのか犯罪者なのか悩むムーブだが、他に妙な点はない。そこに眠る俺がいたらウィズが気付くだろうし……
待てよ? ユウキが聖櫃を開けに来るのは、俺なら知っていることだ。クロノアはこうやって目覚めなければならないので、俺という要素が加わって未来が不安定になるのを防ぐため、俺がここにいないのは正解なのか……?
「ギュンター、道化共はどうした?」
「現在、ルイとロイが追跡しております」
玄室の外からルミナスとギュンターが戻って来た。ギュンターの腕に抱えられているのは、ルミナスに胸を貫かれ動かなくなった聖女マリア。
ルミナスは出入口に落ちている砂粒の前を通り過ぎ、室内に足を踏み入れる。そして、気付いてしまった。封印の解かれた聖櫃に。
数秒間の静寂の後──噴き上がる怒り。
「グランベルよ、貴様……ここまでするのか! 妾の、妾の逆鱗に触れたぞ、グラン──ッ!」
凄まじい咆哮と魔力の放出に、玄室の壁には亀裂が入った。砂が吹き飛ばされる前に『強化分身』を操って、俺は等身大の人間形態へと姿を変える。
「ルミナス様!」
「──ッ、レトラ!? 何故ここに……いや、それは魔体か?」
「はい、分身体です。申し訳ありません、グランベルがその女性をマリアと呼んでいたのが気になって……分身体に追わせていました」
「困りますな、レトラ殿。無断でこのような所まで侵入されては」
ギュンターに咎められたが、待て、とルミナスがそれを止めた。
未だに収まらない怒りの形相で、俺に詰め寄って来る。
「レトラよ、何を見た? 棺を開けた者を見たか!?」
「直接は見ていませんが、ユウキ・カグラザカです。先程ユウキが女の子を連れ去ったと報告を受けて、分身体を俺の手動操作に切り替えたんです」
「あの小僧か……! ギュンター、追え! 探すのじゃ!」
「ハッ!」
マリアの身体を床に横たえ、ギュンターが駆け出す。
何を知っていても口に出すことが許されない俺は、問い掛けるしかない。
「ルミナス様、一体何があったんですか?」
「あれだけは駄目だ、あれは友からの大切な……時が来るまで守らねばならぬと言うのに……済まぬ、済まぬ、約束を守れなんだ……!」
ルミナスは片手で額を押さえ、友だと言う誰かへ謝罪するように、独り言のように呟いた。その合間に──確かに一瞬、俺の目を見ながら。
ルミナスは俺にはわからないと思ってそうしたんだろうけど、充分なヒントだった。俺に謝ったということは、その約束には俺も関わっているということ。眠る俺がここにいなくても、俺が過去に存在するのは決定事項と見ていい。
以前の俺が過去へ行った目的は、次の俺に記憶や理論を残して、失敗した世界をいつか成功させるため。その成果が、ガイアとミリムを救うのに必要だった
さもないと俺は箱を持っていないことになり、理論が足りないのでガイア達を救えなくなる。ガイア達を救えた世界は改変され、消えてしまう……クロエが時間を繰り返す度、改変されたリムル達がなかったことになったのと同じように。
俺は過去に行かなければならない。再会してあんなに嬉しそうにしていた二人のためなら、リムルもわかってくれるだろう。いつ戻って来られるかわからないけど──大丈夫、リムルには、最後まで諦めないって言っておいたし!
「取り乱して済まぬな、レトラ」
俺が『思考加速』で考え込んでいる間に、ルミナスは落ち着きを取り戻していた。本来秘匿されている玄室まで来てしまったことは不問とする、という言葉も貰った。
「勝手に入り込んでしまい、申し訳ありませんでした」
「良い、お前はマリアが気掛かりで追って来たのじゃろう。これは間違いなくマリアの遺体だが、
グランベルの意図が理解不能だと、ルミナスは痛ましげな顔で頭を振る。だがすぐに弱気な表情を振り払い、その瞳に決意を漲らせた。
「いや、聖櫃の件もまだ手遅れと決まったわけではない。妾はグランベルの真意を確かめねばならぬ──レトラよ、ついて来い!」
「あっハイ」
なんかナチュラルにお供にされた。命令し慣れてる女王様だなぁ……とは思ったが、じゃあ聖女マリアの遺体は俺が連れて行くか、と抱き上げる。
《告。緊急報告です》
突然、ウィズが『思考加速』で呼び掛けてきた。
緊急と言われては、即応答するしかない。
(どうした? 何かあった?)
《
(え!? バレたの!?)
本当に緊急事態だった。ウィズが異世界人達を解呪し気絶させ終えたところで、リムルから思念を受け取ってしまったらしい。どんな会話だったのか聞いてみると──
『レトラ、その子で最後だな? 俺はレオンと結託して様子を窺うから、大聖堂の方を頼んだ』
《"了──……了解"》
『ん?』
《"わかった、任せて"……"下さい"》
『いやいや待て待てお前、プロメテウスだな!? レトラはどうした!?』
《…………是。究極能力『
……………………
…………
《謝。お役に立てず申し訳ありません》
(思ったよりも頑張ってた! ナイスチャレンジ!)
ちゃんと俺の声使ってたし、口調も真似ようとしてた! ダメだったけど!
で、少々お待ち下さいということは…………
『おいレトラ! いつの間にどこで何やってるんだお前は!?』
『あっリムル、あの、マリアさんのことが気になって……分身体に尾行させたんだ。ルミナス達のいる地下室に着いたらしくて、意識を移して探ろうと』
『気持ちはわからんでもないから、それを先に言え!』
うん、聖女マリアに会っている俺ならこの言い訳が通るので、最初から言っといても良かったよな……本当は俺を探しに来たという説明出来ない事情があるため、いつもの癖でコッソリ動いてしまった……!
『いいか!? まずお前は、勝手にいなくなるのをやめろ!』
『え』
『せめて一言言ってからだ! それが出来ないなら行くんじゃない!』
『うあ』
……あ、あれ?
でもリムル、俺、もうすぐ……過去に。
*****
荒野の風景にそぐわないテーブルセット。
ワイングラスを目の前に置き、二人の人物が対面に座していた。一人はディアブロ、もう一人は
ディアブロは多段式"
「……で? 今まで進化を望まなかったお前の心変わりは、あのスライムが原因か?」
「リムル様です。スライムという呼び方は訂正して下さい」
「で、リムルの野郎が」
「野郎は余計です」
めんどくせぇなコイツ、とは思ったがギィは文句を呑み込んだ。
長年孤高の存在だった
嫌がらせのつもりで、今頃西側諸国では己の配下が暴れているはずだと口にする。人間との共存を望むリムルの痛手となれば、ディアブロにもダメージを与えられるだろうとの心算だった。
しかし、ディアブロは平然とした態度を崩さない。
「問題ないでしょう。テスタロッサに従う者達が対処していますから」
「テスタロッサ?」
「ああ失礼。
「──……!?」
絶句する他はなかった。
ディアブロの冗談だと思い込もうとした矢先に、ミザリーから思念が届く。イングラシアの王都で暴れるよう命じたはずの彼女は、驚くべき情報をギィへと齎した。
「ウルティマとカレラ……
三竦みで足の引っ張り合いを続けていた三柱が、丸ごと魔王リムルの勢力に組み込まれた──不意に訪れたパワーバランスの崩壊に、ギィは頭痛を感じながら考える。
「……待て、それ、いつだ?」
「それとは?」
「リムルが三柱に名付けした時期だ」
「あれから、もうすぐ一月といったところでしょうか」
ギィがディーノを魔国へ送り出したのが約一月前。初めて連絡が来たのは一週間前。しかもそれはレトラから来た。ディーノは密偵であることを隠しもせず、レトラにギィへの連絡を頼むという怠惰っぷりを発揮したのだ。ディーノだからと諦めるしかないが、当のレトラはガイアや畑の話をするのみで──
「あの砂野郎が……ッ!」
「まさかとは思いますが、今レトラ様を侮辱しましたか?」
「いちいちウルセェな! 野郎、何も言わなかったじゃねーか……!」
ディアブロの一言を跳ね付け、ギィは憤慨する。
不愉快そうに表情を歪めていたディアブロは、やがて思い当たった疑問を口にした。
「そういえば貴方もレインも、妙にレトラ様と親しげな口ぶりですね。一体いつレトラ様と交流する機会があったのです?」
「あ? ……何だお前、知らねーのか。オレはもう三度、レトラを"白氷宮"に招いてるんだぜ?」
「──……ッ!?」
今度はディアブロが絶句した。
原初への名付けという重大案件より遥かにどうでもいい内容だが、ディアブロが見せた過剰反応に、なるほどこれが効果的らしいとギィは分析する。
「聞いて……いませんが……?」
「ああ、そりゃ悪かった。その程度のことも知らされてねぇとは思わなくてな。お前、リムルやレトラにそれほど重用されてるわけでもねーんだな?」
「知ったような口を……!」
ようやく反撃の糸口を見付けたギィは、存分に悪意を込めて笑う。ギリ……と歯軋りが聞こえそうなほどにダメージを受けているディアブロの姿に、胸のすく思いがした。
ちなみに、レインも心の中でガッツポーズを決めているところだったが、その内面を一切出さずに立ち続ける姿勢はプロだった。
「まあ心配すんなよ。オレはレトラを気に入ってるし、
「遠慮します、来るな」
「そう言うなって」
判断力に優れたギィは、険の増したディアブロをそれ以上刺激することを避けた。もしここで、レトラを誘拐しただのベッドに連れ込んだだのと零そうものなら、即座に殺し合いとなることは目に見えている。黒の相手はギィからしても面倒なのだ。
それなりに気分は晴れた。今日はルベリオスで厄介事が起きるのを防ぐべく監視に来ていたのだが、リムル達が対処するならばと、ギィはレインを連れてその場を去ったのだった。
◇
「グランベル、貴様……どうやら本気で妾との敵対を選んだようじゃな」
ルミナスが地下から一直線に開けた穴を通り、俺達は大聖堂の前に出た。圧倒的な凄みで告げるルミナスの後ろに、聖女マリアを抱えた俺が付き従っている。
グランベルやヒナタ、リムルやレオンが交戦を止めてこちらを注視し──リムルの「お前そこで何してんだ」の目が怖い。あ、俺(本体)もいる。中身はウィズだけど。
「流石はルミナス様だ。私の
「痴れ者が。意思なき人形では本物に敵わぬ……貴様なら百も承知であろうが。何故、マリアを死後も貶めるような真似をしたのじゃ!?」
ルミナスの追及に、グランベルの視線が動く。何故か増えている俺を一瞥した目は聖女マリアへと向けられ、再び俺に定まった。
「王弟レトラよ、一つ聞こう。マリアベルを殺したのは貴様か?」
「そのつもりでしたが、俺ではありません。『
「何……?」
聞かれたからには正直に答えよう。
俺が会った聖女マリアは、誰にも助けを求められず長く苦しんでいたのだから。
「マリアさんは嘆いていました。以前の目的を見失ってしまった貴方を見ているのが辛いと……」
「……では、マリアが、マリアベルを殺したと言うのか?」
「わかりません。その前に、俺は
マリアベルを殺したのはユウキ以外考えられないが、見ていないことは伝えられない。
剣を下げ、沈黙したグランベルは左手の手袋を外した。
そこにあったのは、特殊な紋様。
「ルミナス様、問いにお答えしましょう──必要だったからです。全ては今、この時のために」
紋様の光に呼応するように、聖女マリアの遺体もまた光となってグランベルへと吸い込まれた。グランベルが妻の遺体に蓄えていたのは、"異世界人"達から抜き取った力と、ルミナスから与えられた"
それらを全て回収したグランベルの肉体は若返り──
全盛期の力を取り戻した、勇者グランベル・ロッゾが顕現したのだ。
「魔王ルミナス、貴女との決着を果たすまでは死ねないと思い出したのだよ。マリアベルが死んだ今、ワシの野望は潰えた……だが、それでもまだ望まずにはいられないのだ!」
「貴様ッ!」
「──舐めるな!」
ルミナスに続いて叫んだヒナタが、グランベルに斬り掛かる。
グランベルは、まだ指導が残っていたなとヒナタとの戦闘を再開し──その隙に、俺は分身体を解除して本体へと意識を戻した。ただいまウィズ。そして。
「リムルただいま! ごめん!」
「戻ったか……うん、お前はそんな感じだよな。言いたいことは山ほどあるが後でいい」
「後で……」
どうしよう、と迷いが生まれていた。
俺がクロエについて過去へ行ったら…………
(リムルは……大丈夫……じゃないかも……?)
俺が分身体に入って別行動しただけで、あの怒りよう……いや、主に俺が何も言わなかったことを怒ってたけど(ごめん)、よりによって今回こそ、過去に行くって伝えられない。隠蔽される。また俺が黙って消えて、しかも帰って来なかったら、リムルはどうなるんだ……?
──俺からお前を奪おうとする世界なら、そんなもの要らないんだよ。そんな世界は俺が滅ぼしてやるからな。
──もし今度レトラが危ない目に遭ったら……その時は俺もやるから、全力で暴れてやろうな?
──そうだな、リムル! 誰であろうと絶対に許さないのだ!
──クァハハハ、もちろん我も黙ってはおらぬぞ!
──もし貴方に何かあってリムルやヴェルドラが暴れ出したら、世界の危機だわ。
こんな走馬灯は嫌だなってくらいヤバイことばっかり思い出す……いやリムルも皆も、流石に本気なわけ……も、もしかして過去へ飛ぶ前に、世界を滅ぼす同盟を解消させないとダメなのか? それが分岐点だった可能性は……? そんなことある??
必死に思考する俺とは裏腹に、ヒナタとグランベルの戦闘は続く。レオンも既にリムルと対立する演技を止めており、俺達のすぐ傍に佇んで戦況を見つめていた。
形勢は、明らかにグランベルに傾いていた。
「ヒナタよ。貴様がどうして勇者になれぬのか、それが疑問だった。貴様は心に闇を抱えておるだろう? 親しい者を殺しでもしたか? 兄弟……友人、あるいは──親か?」
「黙れッ!」
「克服せよ、闇とは己の心が勝手に生み出した幻影に他ならない。過去の自分を許容し、今の自分の生き様を誇れ。そうすれば貴様も光を──」
「黙れと言っている!!」
頭に血が昇ったヒナタの剣は、グランベルに軽くあしらわれる。
グランベルの言葉は正論すぎた。それが出来れば苦しまずに済むけど、何の根拠もなく自分を認めるのは難しいのだ。ヒナタみたいに真面目な人なら尚更だろう。
「理解出来ぬのなら、身をもって体験するがいい。自分すら許せぬ者が世界を救うなど言語道断……お前はその弱さ故に、守りたいものを守れず絶望するのだ」
グランベルは冷徹な視線を、ヒナタの後方へと逸らす。その先には大聖堂の入口があり、ラズルの奇襲を避けて避難してきた子供達とヴェノムがいた。
《告。個体名:グランベル・ロッゾの攻撃対象が、個体名:クロエ・オベールへと変更──》
グランベルの"
リムルがクロエの名を叫ぶ。
事態が動いてしまう。考えがまとまらない──けど。
(──ウィズ!!)
手は打ってある。
これを見越して仕掛けた一手。
(
『超克守護』を掛けた時、クロエには俺の砂を纏わせた。
『境界侵食』の目印にするためだ。これは『砂移動』を元にした権能で、砂によって座標捕捉が可能な場合は発動までの時間が『空間移動』より短いという特徴がある。
そして、ほぼ同時に動いた者が、俺を含めて四人いた。
「グハッ、痛ッって──え!!」
反応が軽いが、ヴェノムの腹にも大穴が開き──
もしもの場合は俺がクロエを守るつもりだったが、紙一重でリムルが間に合った。空間を『捕食』しての瞬間移動で俺とクロエの目の前に現れた背中が、『絶対防御』で
「えっ、レトラさ……リムル先生……?」
まだ事態を呑み込めていないクロエが呆然と周りを見回し、倒れたヒナタに気が付いた。「ヒナタお姉ちゃん!」と俺の腕をすり抜け走り出す。リムルが焦って反応した。
「おいクロエ! ……ヴェノム、よくやった! 引き続き頼むぞ!」
俺には目配せのみ残し、リムルはクロエを追い掛ける。いいよ、任された。
クロエの声に振り向いたケンヤ達も、ヒナタの異変に気付いてしまった。駆け寄ろうとする子供達を『
「ヴェノム、大丈夫!? 死なない!?」
「へっ!? あっ、し、死にません!」
「クロエを守ってくれてありがとう!」
ザブン、とヴェノムに
ここまではいい。事は俺の知る通りに進んでいる。
俺の一手はここから先のため──
(ウィズ、またクロエが狙われるかもしれない。全てに備えて砂を捕捉し続けろ)
《了。実行開始します》
恐らく、今のウィズでは時間跳躍を観測することは出来ないだろう。事象を捉えられないなら因果捕捉も不可能、というのが俺の結論だ。『境界侵食』ではクロエについて行けない。
じゃあどうするか?
答えは『砂憑依』だ。
クロエに付与した砂に乗り移り、時間移動について行く。今の俺にはその方法しかない。お膳立ては整った。後はタイミングを見計らってこの依代を捨て、『砂憑依』を実行するだけ──
俺は子供達とヴェノムの傍に待機しながら、倒れたヒナタへ意識を向けた。ルミナスの
薄らと目を開けたヒナタが"
「貴女、なら、私を……超えられる、から……」
「ヒナタ……お姉ちゃん……」
ヒナタは助かるのだと、必要なことだとわかっていても、これを見るのは辛い。
……ヒナタに報いるためにも、俺は俺の責任を果たさなければ。
リムルにはわかってもらうしかない。過去へ行ったら、クロエとヒナタに伝言を頼もうか? いつ帰れるかわからないけど、頑張って帰るから待ってて欲しいって……
見極めろ。
タイミングは、ヒナタの魂がクロエに流れ込んだ後。
クロエの時間移動の前兆よりも前。
時が止まる前に、『砂憑依』を────
『レトラさんは、リムル先生の味方?』
クロエの声が蘇る。
うん、と俺は答えたはずだ。
『本当に本当?』
『先生にひどいことしない?』
俺、は、
(…………!)
そうか──そういうことか。
わかった、俺の取るべき行動が。
「う、嘘……こんなの知らない……! 何で、なんでよ……まだ早いじゃないっ!」
クロエの叫び声が聞こえる。
全てが止まった感覚が消え、再び世界が動き出す。
その場にはリムル達も俺もいて、クロエの姿だけが忽然と消えていた。
俺が黙って消えるのは"ひどいこと"であり、玄室に俺がいなかったのも、俺はここへ戻って来ない……つまり、俺はここから過去へは行っていないというサイン。
大丈夫だ。これで正しい。
クロエについて行かないなら、俺はいつか単独で時間遡行を行うことになる。
じゃあ、二千年前へ行ったのは──
*****
《ヒナタお姉ちゃん! 眠っちゃ、駄目ェ──ッ!》
闇に沈みゆくヒナタの意識を引き戻したのは、クロエの声だった。
目覚めたその場所は、何もない草原。先程までいたルベリオスの都はどこにも見当たらず──戸惑うヒナタは、クロエから驚くべき事実を聞いた。
「えっとね、今ヒナタお姉ちゃんは私の"魂"の中にいるの」
故に、今のヒナタには肉体もなかった。グランベルに殺され、魂のみとなってクロエに取り付いたような状況だろうかと、ヒナタは状況把握を試みる。
「信じられないだろうけど、聞いてねヒナタお姉ちゃん。ここはいずれ神聖法皇国ルベリオスが建国される場所──私達は、二千年以上前に飛ばされてきたんだよ」
『何ですって……?』
理解を超えた出来事に、聞き返すことしか出来なかった。
その時、ざくりと草地を踏み締める音と共に、背後に人の気配が現れる。
「──あ、いた! クロエ!」
「えっ……レトラさん?」
サラサラとした砂色の長髪。
見覚えのある銀の刺繍の軍用コートを纏った、レトラの姿がそこにあった。
当然驚くヒナタだが、クロエもまた困惑していた。
「な……何でレトラさんまで来ちゃったの? 私、こんなの知らないのに……!」
「落ち着いて、クロエ。ヒナタもそこにいる?」
『ええ、いるわよ』
一瞬迷ったものの思念で答えると、レトラは良かったと笑った。
見慣れた笑顔に僅かな安堵を感じながら、ヒナタは問う。
『レトラ、どうして貴方が? 貴方までグランベルに殺されたなんて言わないでしょうね?』
「言わないよ。ていうか俺、音楽会にいたレトラじゃないんだ」
『え?』
「俺は、もっと先の未来から来たレトラだよ」
※音楽会からは飛ばないのが正解