転スラ世界に転生して砂になった話   作:黒千

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164話 二千年の旅路・前編

 

 ヒナタは『数学者(カワラヌモノ)』の演算能力を使って考える。

 グランベルの崩魔霊子突(メルトストライク)を受けてヒナタが倒れた直後、ヒナタの魂が消失し、クロエの姿も消えた──とレトラは語った。その真相は、クロエのユニークスキル『時間旅行(トキノタビビト)』が発動し、ヒナタの魂と共に二千年前の過去へと飛んだため。それが今ここにいる自分達だ。

 更に、ヒナタ達の前に現れたレトラは、あの音楽会よりも先の未来から来たレトラだと言う。

 

『ということは貴方は……あの後、私達がどうなったか知っているのね?』

「うん、クロエとヒナタはちゃんと戻って来たよ。この時代からあの時と同じ場面に辿り着けたら、俺の知ってる未来が成立するってことだと思う」

 

 それを聞き、ヒナタは胸を撫で下ろす。グランベルに殺されたことは自覚していたが、こうして意識を保ちながら己の死を受け入れるのは複雑な思いがあったのだ。

 レトラさん、とクロエが硬い声を上げる。

 

「私はそれをやりたいの。今まで何度も失敗してきたループが、ここまで大きく変わったことなんてなかったから……また、あの未来に進みたい」

 

 未だヒナタは全容を理解していないものの、クロエはスキルの暴走によって時間遡行を繰り返し、二千年という時を何度も何度も歩んできたらしい。それはとても辛いことではないのかとヒナタは案じたが、クロエは思い出せるのは前回の記憶までだからと微笑んでいた。

 

「でも私、やっぱりレトラさんのことは知らないの。レトラさんがいるのが良いことなのか悪いことなのか、わからない……貴方は一体何者なの?」

『ク、クロエ? どうしたの、落ち着いて──』

「レトラさんは、どうしてここにいるの?」

 

 存在の是非を問うかのような、断罪に近い言葉だった。

 レトラが微かに表情を強張らせる。痛みを堪えるように。常に笑顔を湛えた朗らかな子供という印象からは掛け離れた様子が、ヒナタには痛ましく映る。

 

「…………何のために、ってことなら」

 

 小さく笑みを作った口元。

 サラァ……とレトラの姿が崩れ落ち、草の上で砂溜まりとなる。間を置かず、足元の砂が勢い良く隆起したかと思うと──そこには、明らかにレトラではない人物が立っていた。

 

「俺、ここでコレやらなきゃいけないみたいなんだよ」

 

 黒い短髪。レトラよりも高い背丈。

 柔和な顔立ちと細めの体格ながらも一目で男とわかる青年。

 首元で金飾の留具が光る濃紺のローブマントと、身の丈ほどもある木製の黒杖という、いかにも魔法使いらしい風体。その姿を見て、何故か既視感に襲われたヒナタだったが──クロエの呟きが答えを示す。

 

「ま……魔道士トーマ…………?」

 

 そうだ、とヒナタも納得した。

 それは古き英雄として現代にまで伝わる、魔道士トーマの姿だったのだ。

 過去の英雄を象ったレトラは、目をまん丸く見開いて固まったクロエに向けて、悪戯が成功した時のような笑みを浮かべた。

 

「戻って来たクロエとヒナタが、二千年前に俺が前世の姿で魔道士トーマをやってたことを教えてくれたんだよ。だから俺も過去が変わらないように、英雄をやりに来たんだ」

 

 レトラの握る黒杖は先端が鉤のように屈曲し、鉤部分の根元には赤い布が結ばれ、宝玉を通した紐飾りが付いている。

 どうもヒナタはその杖にも見覚えがあった。ハクロウが弟子達の訓練に使おうとしたが呪力が強すぎてお蔵入りとなった、あの黒い木刀の禍々しさに似ている──が、それよりも気になる点を優先させたヒナタが杖に言及することはなかった。

 

『レトラ……それが、貴方の前世の姿なの?』

「そうだよ、藤馬泉。ヒナタ達も、俺のことはトウマって呼んで欲しいな」

 

 可憐な少女でしかなかった相貌は、落ち着いた雰囲気の細面へと変わっていた。穏やかな言動にはレトラの面影が残るものの、レトラのことを小学生か中学生だと思って接していたヒナタにとっては劇的な変貌ぶりである。

 

(……大学生って、本当だったのね……)

 

 再びレトラがショックを受けそうなことを考えながら、ヒナタは密かに感心していた。幼い子供だという先入観ばかりがあったが、レトラの為政者としての毅然とした態度を思えば、確かに以前からその片鱗はあったと考え直したからだ。

 

「クロエは俺が信用出来ないと思うけど、過去が変わると未来が変わる可能性があるし……絶対に邪魔はしないから、俺もついて行っていいかな?」

「えっ? 一緒に来るの?」

「女の子の一人旅は危ないからね。せめて俺が保護者役をやるよ」

「私もう子供じゃないよ?」

「世間的には子供なんだよ……ヒナタがついてるとは言え、小さな女の子が一人でいるように見えたら、危ないだろ」

 

 レトラの理屈は尤もだった。ヒナタには実体がないため物理的にクロエを守ってやることは出来ない。クロエの実力ならば並の暴漢ごとき相手にならないだろうが、悪意の標的にされること自体が不快なノイズとなることはヒナタもよく知っている。クロエの傍に大人の姿があるだけでも、立派な防波堤となることは想像出来た。

 

『そうね。レトラと一緒に行動した方が、余計なトラブルを避けられると思うわよ』

「ヒナタお姉ちゃんまで……んん、それじゃあ……ついて来てもいいよ、レトラさん。でもね、ちゃんと私の言うこと聞いてね?」

「わかった。俺のことはトウマでいいよ」

『私もヒナタでいいわ。長い付き合いになるんだしね』

「……うん! ヒナタ、トウマ、よろしくね!」

 

 どこか不服そうにしていたクロエも、最後には笑顔を見せた。

 こうしてトウマを仲間に加え、三人の旅が始まる──その前に、ヒナタは歩き出したクロエの中から、こっそりと背後の青年へ思念を送った。

 

『レトラ……いえ、トウマ。私は貴方を信用してるわ』

『うん? ありがとう……?』

『本当に、信用しているからこそ言っておくんだけど』

『ヒナタ? 何?』

 

 信用しているという言葉に嘘はない。

 だからこれは、念のため。あくまでも念のための警告だ。

 

『クロエに指一本でも触れてみなさい、承知しないわよ』

『それ、俺がレトラの姿だったら言われてないんだろうなぁって……』

 

 

 

 

 

 クロエの提案でまず向かったのは、ルベリオス建国以前にヴェルドラの襲来によって滅ぼされたという吸血鬼族(ヴァンパイア)の都、夜薔薇宮(ナイトローズ)だった。

 "夜魔の女王(クイーン・オブ・ナイトメア)"ルミナス・バレンタインの玉座の前に、クロエとトウマが跪く。

 

「すると貴様は、まもなく"暴風竜"がここ夜薔薇宮(ナイトローズ)へやって来ると……そう言うのじゃな?」

「そう。信じてもらえるような証拠は示せないけど、ヴェルドラがやって来るのは早くて二週間後……このお城も壊されてしまうから、早く避難して欲しいの」

 

 ルミナスにはクロエの言葉を鵜呑みにするような軽率さは見られなかったが、忠告は気に留めておこう、とクロエ達に街への滞在を許可した。

 その夜、クロエとトウマが食堂のテーブルで向かい合い夕食を取る風景を眺めながら、それにしてもとヒナタは切り出す。

 

『城門でクロエが突然、「ルミナスに会いに来ました!」って言った時は驚いたわよ』

「えへへ……ルミナスとはもう友達だって、勘違いしちゃってた」

『以前の記憶と混同してしまうのはわかるけどね……』

 

 当然、クロエ達は門衛に止められた。襲い来る吸血鬼を相手に、クロエは過去へ飛ぶ際に持っていた"月光の細剣(ムーンライト)"を、トウマは黒杖を振り回し──

 

『トウマ、貴方は殴る魔法使いなの? そのうち杖が折れるわよ』

「杖には俺の耐性と、『破壊不能』も付けてるから大丈夫」

『そういう話をしてるんじゃないのよ』

 

 レトラには魔法が使えないが、砂で魔法を再現する"砂魔法"なら使えることはマルクシュア王国で聞いている。その砂魔法で手加減するのが苦手、というのがトウマの返答だったが、魔法使いとしての道のりは長そうである。

 

『まあいいわ……一旦、話を整理しましょう』

 

 夜薔薇宮(ナイトローズ)への道すがら、クロエから詳しく話を聞いた。

 クロエが繰り返してきた、毎回ほぼ同じ歴史を辿り絶望的な状況となる『失敗ルート』と、今回初めて歴史が大きく変わった『希望ルート』。

 

『失敗ルート』では、イングラシアを出たリムルがヒナタと戦うことなく帰国し、異世界人達による襲撃を防ぐ。そのため魔王へ進化しなかったリムルは東の帝国との戦争で死亡し、突如復活した"暴風竜"が暴れ狂い、魔国連邦は滅亡を迎える。既知となっていたクロエ、ヒナタ、ルミナスが協力してヴェルドラに立ち向かうも、ヒナタが何者かに殺されたことを切っ掛けに、クロエは毎回過去へと飛ばされてしまうのだ。

 

『希望ルート』では、リムルがヒナタと戦っている間に、魔物の町が襲撃を受ける。リムルは殺された仲間達を生き返らせるために魔王へ進化し──これが『失敗ルート』との最も大きな差異だった。魔王リムルはヒナタに勝利するほど力を増しており、戦争が始まったとしても命を落とすとは考えにくく、リムルが生きていればヴェルドラが暴走することもない。

 

 話を纏めながら、ヒナタはトウマの様子を窺った。まだ見慣れないトウマの顔が感情を潜めて沈黙する様は、魔国王弟の立場にある心境を物語っていた。

 罪のない魔物達に多くの犠牲を出したことがリムルを生き残らせる可能性となったのは皮肉としか言いようがなく、そしてヒナタ達が再び『希望ルート』を目指すには、魔国に起きた惨劇を見過ごす必要があるのだから。

 

「あの、ね、トウマ。私……私がね、リムルさんを引き止めたから、町は……」

「……クロエの所為じゃない。襲撃を防いだ上で、リムルを魔王にすることが出来れば良かったんだ……でも、俺にはそれが出来なかった」

『無茶を言わないで。当時の貴方は事情を知らないんだから、不可能よ』

「…………」

 

 考えても仕方のない後悔は建設的とは言えないだろう。

 クロエの話で気になる点は、他にもあった。

 

『それで、今までの『失敗ルート』には、レトラがいなかったのよね……?』

「うん。私が覚えてる限り、リムルさんに弟はいないのよ」

『レトラが現れたことで歴史が変わり、希望に繋がったと考えることも出来るんじゃない?』

「俺はちょっと違うと思う」

 

 ヒナタの意見に、トウマがゆっくりと異を唱える。

 

「今までの出来事を考えると……この世に俺が生まれたことで、世界が希望に進めなくなる分岐が増えたんだ。俺は何度も失敗してて、次こそ成功させるためにループを繰り返して、ここまで進んできたところなんだよ」

「私は信じられない。トウマがループしてるなんて思えないもん……」

「たぶん、だけどね。クロエは『俺がいる一回目』しか知らないんだよ」

「え?」

「クロエがループして歴史を変える側にいる時、クロエ以外の……例えばリムルは、改変される側にいるだろ? その時間軸がなかったことになると、改変される側には記憶も何も残らない。きっとそれと同じことが、俺とクロエでも起きてるんだ」

「……トウマが改変する側で、私は改変される側?」

「そう。俺が何回繰り返してても、クロエが経験するのは『俺がいる一回目』だけ……そう考えないと、俺が見てきたフラッシュバックの辻褄が合わない」

 

『トウマ、貴方もクロエと同じように、繰り返しの記憶があるの?』

「いや、そうだろうなって思うだけ。俺の繰り返しは……毎回とんでもない失敗して過去へ来た俺は、次に転生してくる俺にヒントを渡したら、そのまま消えてるみたいで」

『え?』

「自分だから予想付くんだけど、あれだけやらかしたらもう帰ろうと思わないよなっていうか……」

『あ……貴方は? 帰る気はあるわよね?』

「俺は一応成功した未来から来てるから、ちゃんと帰るよ。リムルと約束してるし』

『そう、それならいいわ……』

 

 トウマの言う『とんでもない失敗』について、多少の事情を聞いた。それは地下迷宮(ダンジョン)で見掛けるあの小竜(ミニドラ)、ガイアにまつわる出来事で、混沌竜(カオスドラゴン)やユニークスキル『渇望者(カワクモノ)』との関わりもヒナタは今初めて知った。以前のレトラがガイアを助けられず、それが原因で魔王ミリムが心を病んだ記憶──トウマはそれを断片的に見たのみで、その先の記憶はないと言う。

 

「あの様子だったら、ミリムが落ち着くまでは傍にいることにしたかも……いや俺には仕事あるし、魔国と行ったり来たりとか、そういう感じかな?」

 

 ワーカホリック気味の魔国国相の発言はさておき、それはもう実質的に、レトラが魔王ミリムのものになったということだ。友達の子竜を犠牲にしたミリムへの負い目があるとしても、リムルはそれを黙って見ていたのだろうか。

 

(もしかすると……一悶着あったのかもしれないわね……)

 

 危ういバランスが何かの拍子で瓦解する可能性を孕んだ未来の先行きは暗い。今更真相を知る術はない上に、その詮索も建設的とは言えなかった。

 

『トウマ、その先を知らないなら、以前の貴方がどうやって過去へ飛んだかは知らないの? そもそも、貴方はどうやってここへ来たのよ?』

「どの俺も、『時空間跳躍』を手に入れるまで頑張ったんだと思う」

 

 頑張ってどうにかなる問題とは思えなかったが、本人が言うからにはそうなのだろう。つい指摘したくなる心を抑え、ヒナタは情報収集を続ける。

 

『じゃあ、貴方はいつの時代からここへ? さっきの貴方は、その……ルベリオスにいたレトラとあまり変わっていなかったけど』

「ああ、音楽会の時と同じ姿にしといたんだ。俺がどのくらい先から来たのか、わからないようにと思って……ヒナタ達がそれを俺に教えちゃったら、未来が変わる可能性があるからさ」

『つまり……事前に知っていたらとても起こせないような出来事が……?』

「ストップ! 探らないで! 俺なら放っといてもやりそうな感じだったから!」

 

 軽妙なやり取りを微笑ましく感じ、ヒナタは内心で笑みを零した。

 スープを啜り、スプーンを下ろしたクロエが顔を上げる。

 

「トウマには……『時空間跳躍』が出来るのね」

「うん。そこまで自在じゃないけど、俺の砂と合わせるとまあまあ」

「砂?」

「大聖堂でキラキラしたやつを降らせただろ? あれが俺の砂で、あの時クロエに付与した砂が座標特定の目印になったんだ」

 

 はっとしたクロエが、慌てて埃を払い落とすように肩や腕を叩く。苦笑したトウマが「回収しとくよ」と片手を動かすと、微かな煌めきがクロエから離れて消えた。

 何故こうもクロエがトウマに──レトラに対して懐疑的でいるのか、ヒナタにはわからない。トウマもクロエからの疑念を感じているはずだが、笑顔は変わらず優しげだった。

 

「俺はクロエの邪魔はしないよ。でも、もし世界のために俺が邪魔だったら教えて欲しい。クロエは俺のことまで背負わなくていいんだ」

 

 真っ直ぐな眼差しで不吉なことを口走るトウマに、ヒナタは焦る。

 

『何を言っているの? 貴方に何かあったら、リムルが──』

「あ、ヒナタ……違う違う。そういうのはリムルにダメって言われてるから」

『言われなくてもダメなのよ』

 

 止められていなければどうするつもりだったのか。

 目の前の青年はヒナタの知るレトラに近い反応を見せはするが、その思考の根幹からは何か大事なものが抜け落ちている気がした。

 

「俺のループが単独で本当に良かった。それなら俺は、俺が邪魔にならない世界を目指して何度でもやり直せるからね。大丈夫、ちゃんとやるよ。信じて欲しい」

 

 息を呑むような静謐さだった。

 課せられた運命を受け入れているかのような、ある意味での殉道者。

 トウマを見つめていたクロエが、か細い声でそっと呟く。

 

「あのね……本当は、私も、皆で生き残れたら一番いいって思ってるのよ」

「俺もだよ。頑張ろう、クロエ」

 

 

 

 

 

 二週間後、夜薔薇宮(ナイトローズ)は暴風の脅威に晒された。

 ルミナスを筆頭に吸血鬼達は果敢に戦ったが、天災としか言い表せない"暴風竜"ヴェルドラの暴威によって、美しい都は見るも無残な廃墟となり滅び去る。

 

 ヴェルドラが去った後、クロエ達は再びルミナスへの謁見を許された。クロエの言葉通りの事態となったことで、ルミナスからの信用を得ることが出来たのだ。

 

「──クロエと言ったか。そなたの忠告、全て真実であったな。そなたの先導のお陰で町の者共の避難も滞りなく済んだ。感謝する」

「うん!」

「そこの男、貴様も大義であった。魔法で地下に大空洞を掘るとはな」

「お褒めに預かり光栄です」

 

 トウマは地下の硬い地盤部分に巨大な空洞を掘り、そこを住民達の避難場所とした。例の『風化』を使ったのだろうが、本人は『土魔法』と言い張ることにしたようだ。

 望みはあるかと問われたクロエは、ヒナタと相談しながらルミナスに協力を求めた。自分達が二千年後の未来から来たことを明かし、同じ歴史をなぞって未来に戻りたい、と。

 

 ただし、告げられない出来事もあった。例えば、いずれグランベルが裏切ることを知れば、ルミナスはグランベルを始末してしまうだろう。するとあの音楽会での戦い自体が起こらなくなり、同じ未来には繋がらなくなってしまう。

 

「わかった、妾も協力を約束しよう。今はそなたの中にいるという、そのヒナタとやらが死ぬのは許せぬが……フフ、まだ見ぬ友に妾は何を期待しておるのだろうな」

 

 あの日、ルベリオスの聖地に剣を携え現れた聖騎士を見て、ルミナスは何を思ったのだろう。待ち詫びていた友が来たと、そう喜んでくれたのだろうか。

 時間遡行による不思議な縁の繋がりに、ヒナタは胸の底が熱くなるのを感じた。

 

「して、これからどうするつもりじゃ?」

「いつも通りだよ。私は──私は勇者"クロノア"として、困っている人々を助けるの」

「ふむ、お前の因果が誰に巡るか、それも興味深いというものよ。困ったことがあればいつでも妾を頼るが良いぞ。ところで…………」

 

 優しい顔でクロエに話し掛けていたルミナスが、ふと視線をずらした。挨拶以降はほとんど会話に加わらず跪いたままのトウマへと、ルミナスの鋭い視線が注がれる。

 

「その男も一緒に行くのか?」

「トウマと申します」

「ふん……貴様はクロエの何なのじゃ」

「先程の話に出てきた、クロエの教師の弟です。クロエは兄の大事な教え子ですよ」

 

 ルミナスが既にクロエを気に入っていることは、ヒナタにも伝わってきた。だが、今ルミナスが威圧しているトウマは、あのレトラ=テンペストなのだ。未来であれほど目を掛けることになるレトラに睨みを利かせるとは、ルミナスとしても不本意ではないだろうかとヒナタは気を揉む。

 トウマには気にした様子がないのが、救いと言えば救いだった。

 

「クロエよ。もし何かあれば、いつでも妾を頼るのじゃぞ」

「さっき聞いたよ。大丈夫だよルミナス、私、強いんだから!」

「うむ、心配じゃな……」

 

 会話を続ける二人の傍らで、ヒナタはそっとトウマに話し掛ける。

 

『トウマ……大丈夫?』

『ん、何が?』

『クロエもルミナス様も、妙に貴方への当たりがきついから……クロエはともかく、貴方はルミナス様には特に可愛がられていたでしょう?』

『レトラの顔が強すぎるんだなってのは実感してる』

 

 レトラの人智を超えた美貌に加えて、庇護欲を掻き立てる幼げな外見、そしてあの屈託のない素直な笑顔。人の心はあれに警戒心を抱くようには作られていないのだろう。トウマの纏う雰囲気もそれなりに涼やかなものだったが、やはりレトラは規格外だった。

 

『でも、気に入ったクロエの周りにどこかの馬の骨がくっついてるとなったら、心配するのも当然だろうし。俺は気にしてないよ』

『貴方がいいなら、まあいいわ。問題はクロエよね……』

『クロエもあれでいいんだ。俺の周りの人達は皆、俺に優しくて、俺を許してくれるからさ……いや、嫌だって言ってるんじゃなくて、恵まれすぎだよなって。クロエみたいに接してくれた方が気が引き締まって、ちゃんとしようって思えるから嬉しいよ』

『…………』

 

 本気で言っているらしいトウマに、ヒナタは溜息を吐く。この砂の魔物は誰かを厭うということがあるのだろうか。問題はクロエだとは言ったが、訂正しなければならない。

 ──正確には、時間の問題なのだと。

 

 

 

 

 旅が一年ほど続いた、ある夜。

 野営中に眠るクロエを守るのは、クロエの中に存在するヒナタと、睡眠の不要なトウマの役目だった。焚火は既に消してあり、夜の森の静かなさざめきだけが感じ取れる。

 

『…………あのさ、ヒナタ』

 

 クロエを起こさぬよう、夜中に用いられるのは思念会話だ。

 地面に胡坐を掻いて寝ずの番をするトウマへ、周囲の警戒を手伝うヒナタの返事が来る。

 

『何かしら?』

『俺、最近変だなって思うんだけど…………』

 

 トウマが己の右側へ視線を落とす。

 胡坐の形を取った片脚に頭を乗せ、毛布にくるまったクロエが熟睡していた。

 

『…………クロエは、ちょっと俺に懐き過ぎじゃない?』

 

 普通、この距離で眠るだろうかという疑問。

 有事の際には分身体を動かせばクロエを起こす必要もなく事が済むのだが、それにしても最近のクロエは緊張感が緩みすぎの気がしてならない。

 首を捻るトウマにヒナタが寄越して来たのは、呆れ返った声だった。

 

『貴方みたいに無害な人にずっと付き添われてみなさい、誰だってこうなるわよ』

『まだ千年以上一緒にいるつもりなのに……?』

 

 

 

 

 




※即オチ仲良し(あと1700年くらい一緒)
※トウマは無性です

次回更新したら一時停止します



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