①
開国祭が終わってしばらく経った、ある夜のこと。
俺はリムルや子供達と一緒に、町の温泉施設の遊戯室にいた。風呂上がりにコーヒー牛乳を飲み、浴衣姿で卓球という由緒正しい文化を楽しんでいる。
「ひでーよ先生、少しは手加減しろよな! さっきレトラさんに負けたからって!」
「はっはっは、何言ってるんだケンヤ。これでレトラとは十五勝十五敗の引き分けなんだよ」
「リムル先生とレトラさんの一球勝負、すごいわよね……」
「速すぎて目が回りそうになるよ」
アリスとゲイルがそう評するのは、リムルの『未来攻撃予測』と俺の『未来予見』を使っての超速ラリー勝負。カカカカカッと超スピードで何十ラリーも続く曲芸みたいな対戦で、子供達も固唾を呑んで観戦する。予測の軌道に合わせてラケットを振れなかった方が負けとなり、今日は俺が勝って星を五分に戻したところだ。
俺達が卓球で盛り上がっていたその時──
マッサージチェアにふんぞり返ったヴェルドラの声が、リムルを呼んだ。
どうした? とリムルが振り返る。
「我も"獣魔術"を開発しようと思うぞ!」
突然の宣言だった。子供達もキョトンとしている。
ヴェルドラの手には『
「あのな、ヴェルドラ……この世界には"獣魔"がいないよね? 開発とか無理だから」
「何っ、見損なったぞリムル! 男の浪漫をそんなに簡単に諦める気か!?」
いいか、とヴェルドラが言う。まずヴェルドラが
「どうだ! コンビネーションも完璧であろう!」
「ほう……検討の余地はあるかもな?」
「レトラよ、お前も格好良いと思わぬか?」
「思う、めっちゃ見たい!」
俺もリムルに『
「──何が浪漫よ。背後に伏兵が立てるなら、不意打ちすればいいだけじゃない。何、貴方達、大人なのに漫画の真似して喜んでるわけ?」
「うっ、ヒナタ……」
キツイ正論と共に、浴衣姿のヒナタが現れた。湯上がりのはずなのに冷めた空気を纏ったヒナタは、言葉に詰まるリムルとヴェルドラを眺めた後、俺にもチラリと目を向けて…………
「レトラはまあ……仕方ないかもしれないけど」
「俺を免除しなくていいから」
やっぱりヒナタって、俺のこと子供だと思ってる節があるよな……? 今の外見はせいぜい中学生くらいだし、前世で大学生だったことを教えてないから無理もないか……ああでも、今教えると「大学生にもなって」という目で見られそうなので、今度にしよう!
ケンヤ達がラケットを手に次の試合を始めた一方、ヒナタはマッサージチェアのリクライニングで寛ぎながら『
「意外だな。ヒナタも漫画読むんだな?」
「ユウキにも言われたけどね……私だってゲームくらいするし、漫画も読むわよ」
「気を付けよ、ヒナタ。リムルは我に最終巻の中身をすり替えるという嫌がらせをしたのだぞ!」
「ふぅん? 私にそんなことしたら──処すわよ」
本気の目だ。確実に殺られる。実際アレってヴェルドラが大らかだったから済んだだけで、かなり人の心が無い嫌がらせだからなぁ。
そして"獣魔術"を把握してくれたヒナタを交えて、この世界にある魔法で再現するのは可能かという議論が交わされる。
「光術と言えば"
「結論から言えば可能じゃ。最初から設定しておけば良いのじゃよ」
ルミナス(浴衣)も、お風呂上がりのフルーツ牛乳を片手に俺達に合流していた。最近はヒナタが子供達の面倒を見るため魔国に滞在していることが多いので、ルミナスも空間転移で毎日のように温泉に入り浸っている。
「まあ、結果的に敵を追尾して曲がったように見えるだけで、あらかじめ着弾地点を予測しておかねばならぬ芸当じゃがな」
「とてつもない演算処理ね……やる意味がないわ」
「何を言うか! それが男の浪漫なのだ!」
「先生、ロボットも浪漫だよね!」
「おっ、そうだぞリョウタ。俺はいつか有人型ロボットをだな」
ここで、先日リムルの部屋のロボット模型が何者かに壊されたという事件が語られ──なかった。何故かと言うと、ウッカリ模型を壊してしまった犯人が俺を呼んだからだ。模型は『創造再現』で完璧に直してあげたので、事件そのものが発覚しなかったっていうね。
「先生なら、糸のスキルとか『結界』を組み合わせて"
読書をしていたクロエも俺達の話に加わってきた。
「そうか、なるほど……『万能糸』に『結界』魔法を付与すれば、普通に封印するよりも効果を高められそうだ」
「クロエは賢いのう。妾が褒めてやるゆえ、こちらへ来るがいい」
「うん!」
マッサージチェアに腰掛けたルミナスがクロエを呼び寄せ、膝に乗せて頭を撫でる。
何故かルミナスがクロエに甘々で、クロエもルミナスに懐いているという光景を、何も知らないリムル達は不思議そうにしながらも微笑ましげに見守っていた。
「じゃあ、俺だったら……砂スキルで"
「お前は獣魔の姿も作り出せるから完璧だよな」
(ウィズ、やろうと思えば出来るよな?)
《解。
準備しろとは言ってないんだけど、俺がやりたいって言い出しそうなことは全力で準備しておくタイプの先生……好き。
この世界には"獣魔"がいなくても魔法やスキルがある。他にも再現出来そうなことはないかとリムルと俺はノリノリで考えるが、ヒナタは複雑な気分のようだ。
「でも漫画から有用な技を開発するなんて、少し恥ずかしいわ……」
「クァーッハッハッハ! 我が"ヴェルドラ流闘殺法"も
あっ。
その場の全員が、地雷を踏み抜く音を聞いた。
「……頭が固くて悪かったわね……?」
「ム……?」
波が引くように、皆が撤退を開始する。
背後では"竜種"の頭を鷲掴みにする女子とかいう人類史に刻んでもいいくらいの光景が繰り広げられているのだが、見てはいけない。『万能感知』で見えるけど。
「何なら、物理的に、その硬さを味わわせてあげてもいいのよ──……?」
「えっ……ま、待っ──」
やがて遊戯室の方から、ゴォォン! と鐘を撞くような鈍い音とヴェルドラの悲鳴が聞こえてきたが、俺達に出来ることは何もないため振り向く者はいなかった…………
足早に廊下を進みながら、リムルに声を掛ける。
「そ、それにしても。さっき言ってた魔法の研究、面白そうだよね」
「興味はあるし息抜きにもなりそうなんだが、まだまだ忙しいしなぁ…………」
「そんなもの、有給休暇とやらを取れば良いのじゃ」
翌朝の食堂にて、そう言ったのはルミナス。
予想外の提案に目を丸くするリムルへ、ルミナスは続ける。
「開国祭からお前達の様子を見てきたが、妾に言わせれば働き過ぎじゃ。上に立つ者がそのようなことでどうする? レトラも心配しておったぞ」
「えっ」
「え? レトラが?」
「いやっその、心配っていうか……ちょっとだけだよ」
予想外のバトンを渡された俺も、焦りながら答える。
う、リムルからの純粋な視線に後ろめたさが湧いてくる…………
「ほ、ほら……前から有給休暇の制度を広めようって話は出てただろ? でも国主のリムルがあんまり休んでないよなって思ってて……」
「あのなあ、俺より休んでないお前がそれを言うなよ」
リムルは俺が慌ててしまったのが面白いようで、くっと可笑しそうに声を漏らす。
俺達の向かいの席では、ルミナスも笑っていた。
「だからこそお前達に、これを機に休めと言っておるのじゃ。国主とその弟たるお前達が休暇を満喫してみせれば、国の者達にも良い影響を与えられるであろうよ」
「うーん、そうだな……」
いやあ……ルミナスが俺達に親身になってくれてる人みたいだ…………
確かに俺はルミナスとの交換日記で、リムルがあんまり休んでいないことを話した。でもあれって、いつ正式にルベリオスに遊びに来るのかってルミナスに突つかれて、国主のリムルすら休んでないのに俺が休むわけにはいかないって返した時のことだよな……!?
俺はリムルが
「私も協力するわ。漫画は置いといても、有用な魔法の活用方法は研究すべきだと思ったのよ」
「面白い! 我の柔軟な頭脳も貸してやるぞ!」
魔法の研究に前向きになったヒナタと、そのヒナタからずっと遠くの離れた席に座っているヴェルドラも乗り気だ。そうなれば、リムルも決断する。
「よし、じゃあ四人でやってみるか。具体的に何をするかだが……」
「ではお前達、魔塔に行ってみぬか?」
「魔塔?」
「そこには妾の古い知り合いがおっての──」
西側諸国に属し、魔導王朝サリオンとも接する南方の国マルクシュア王国──魔法主義国家とも言われるその国の領海に"魔塔"は存在する。新月の晩のみ海の中から現れる魔法の塔で、そこには古今東西の魔法が記録されており、各国の図書館や王室の機密文書以上に貴重な資料の宝庫。魔法の研究をするにはうってつけの場所だとルミナスは締め括った。
それを聞いたリムル達は期待に目を輝かせ、俄然やる気になった。
色んな意味で、ルミナスの思惑通りに事が進んでいる…………
リムルと俺は数日掛けて仕事の調整を行った。ベニマルやリグルドへの引き継ぎ、シュナやソウエイとの打ち合わせ、ゲルドやガビルの業務の視察、一緒に行きたいと駄々を捏ねるシオンやラミリスとの交渉──今ちょうどディアブロやミリムが不在なので助かった。もし二人までいたらもう少し騒ぎが大きくなってただろうな……?
こうして、新月の晩までの三泊四日の
出発の日、見送りに来てくれた配下達に行ってきますと手を振る。お土産を買ってくると子供達に約束しているリムルには、ルミナスが書状を差し出した。
「ではこれを。妾からの紹介状じゃ」
あ、果たし状だ。原作知識のある俺はルミナスと魔塔の関係を知っているので、実はこの旅行がルミナスに騙された感じになるのは、まあいいとして。
そんなことよりも俺は元々、リムルとヴェルドラとヒナタと旅行に行けることが楽しみだったんだよな……そうだ、ちょっと経緯が微妙になったからって、念願の旅行であることには変わりない!
「旅行、楽しみだねリムル!」
「おう。夢の有給休暇だな」
「ククッ……我もついに冒険者デビューか」
「準備はいい? じゃあ行きましょうか」
ヒナタが元素魔法:
魔王リムルと王弟レトラ、"暴風竜"ヴェルドラ、聖騎士団長ヒナタ──これだけのメンツが堂々と他国に現れるのはマズイので、冒険者に扮したお忍びの旅となる。
俺には"トウマ"名義の身分証があるので…………
マルクシュア王国では、俺は魔法使いのトウマを名乗るぞ!
※もしかして:魔道士トーマ
※二週間おきの更新です