あれから、ちゃんとガビルは町を訪ねて来たらしい。オーク軍との戦いに備えて兵を集めているようで、我輩の配下となるチャンスをやろう!という尊大な態度でリムル達をイラッとさせ、ゴブタとの勝負で回し蹴りで沈められたと聞いた。予定調和というやつだ。
その会議の最中──
「突然の訪問、相すみません。わたくしは
緑の神秘的なオーラを放つ綺麗な女性が、リムルへの面会を求めて会議室に現れた。
ちょ、見えない見えない。せっかくトレイニーさんに会えたんだから隠さないでほしい。
「俺はリムル=テンペストです。初めましてトレイニーさん」
「"魔物を統べる者"のお噂、存じ上げておりますわ。お隣にいらっしゃるのは、"魔物達の守護者"との呼び声高い、弟様ですね」
「初めまして。レトラ=テンペストです」
にっこりと笑顔が向けられたので、俺も挨拶しておいた。
"魔物達の守護者"? 誰が呼んでるんだ、それは。リムルと同格兄弟である俺への注目度も結構高いってことなんだろうけど……しっかりマークされていたらしい。
トレイニーさんの証言により、会議では憶測の段階だった"
南からやってきたオーク軍はアメルド大河に沿って森を北上し、俺達の町からは東に位置するシス湖周辺の湿地帯、つまりリザードマンの支配領域を目指している。その進路上にはなかったオーガの里を襲撃したことから考えて、オーク達の目的は様々な上位種族を喰って力を奪い、森の覇権を手にすることだという結論が出た。そうなると俺達の町も無関係ではいられなくなる。
オークは元々知能の高い魔物ではないそうで、オーク兵の全てが高価な
「かがみもち」
「うっさい!」
お神輿に飾られた、いや、乗せられたリムルを茶化す。
だってまんま鏡餅だよこれ……俺も小さめのスライムになって上に乗ればもっと完璧だけど、真面目な場なので一発芸は諦めよう。通じないだろうし。俺は人間形態でお神輿の脇へ立つ。
町の広場に集められた皆の前で、リムルがオークロード討伐について演説する。
少数精鋭の先発隊が湿地帯を目指し、リザードマン達と合流してオーク軍とぶつかるという作戦だ。今、ソウエイを使者としてリザードマンの首領との同盟交渉が進んでいる。
そして同盟失敗や第一陣の敗北濃厚となった場合は撤退し、今ある町は放棄、トレントの集落で防衛戦となる。その時には人間達にも協力を仰ぐ必要がある、という内容だった。
最悪の事態まで想定して考えられた作戦だ。異論は出ない。
続いて、第一陣に加わる者が発表された。
リムルと鬼人達、その騎獣としてランガ達嵐牙狼が数匹と、ゴブリンライダー百騎。リグルは手薄になってしまう町の警備のために残し、ゴブリンライダー隊の指揮は副長のゴブタが取る。
シュナやクロベエには武具準備の役目があるので戦には参加しない。シュナは不満そうだったけど、戦いたいんだろうか……もしもの場合は、リグルドと一緒にトレント達との交渉を行ってもらう予定らしい。
「そして、レトラ。お前も俺について来てくれ」
ザワ……! とどよめく住人達。
うんあの……不安が押し寄せた! みたいな反応やめてくんないかな。リムルの弟っていうイメージが先行する所為なのか、常に俺を戦力外や非戦闘員のように扱うのが基本になってる気がするんですけど……まあ、俺も少し驚いた。リムルの方から戦いに出ろって言ってくるなんて意外だったからだ。
「お前の砂は強力だ。何もかも風化させる砂を、しかも遠距離でも操作可能となれば、足止めとしてこれほど適任もいない。退却戦となった場合は、お前の力が必要になる」
前世の漫画から得た知識では、退却する部隊のための最後尾での防衛は、命を落とす可能性が高い危険な役目とされていた。でも砂の壁を操れる俺なら、安全に敵の追撃を阻めるということ。
リムルは俺を弱いと思っているわけではないらしい。こういう時にちゃんと作戦に組み込んでもらえるのは、認められているようで少し嬉しい。
「戦場では必ず俺の指示に従って、砂を温存しておいて欲しい。力を貸してくれるか?」
「ああ、わかったよ」
退却戦という、起こり得ない未来。今回の戦いに俺の出る幕はないけど、リムルが俺を見込んで託してくれる役目なら、協力は惜しまないつもりだ。
リムル直々の出撃命令が出たこともあり、皆は不安そうにしながらも俺の参加に納得してくれたようだった。心配してくれること自体は……嬉しいんだけどね?
◇
同盟交渉を任せていたソウエイが戻った。
リザードマンの首領は、数日前に町へやって来たガビルとかいうアホとは違い、賢明な人物だったようだ。後は湿地帯へ向かい、俺と首領が会談を行った上で同盟締結となるだろう。作戦の前提条件である同盟がうまくいきそうで何よりだ。
俺はレトラと鬼人達を連れて、製作部門をまとめた建物の織物部屋を訪れた。
俺達の防具一式が完成したということで、工房の主となったシュナが出迎えてくれる。シュナも既に自分の着物を織り上げていて、巫女服をベースに仕立てられたそれはシュナによく似合っていた。
俺とレトラに渡されたシンプルなシャツやズボンには、俺の『粘鋼糸』がシュナの高い技術で編み込まれており、丈夫な作りとなっている。なめし皮のジャケットやブーツは、ガルムやドルドの作品だが、いずれも文句無しの仕上がりだった。
そして俺には毛織りの群青のコートにふわふわとした襟巻。レトラは白を基調としたフード付きローブ。レトラの薄い亜麻色の髪はくすんだ金髪のようでもあり、白の衣装に映えている。
「似合ってるぞ、レトラ」
「リムルも、すごくリムルっぽくなってる……!」
それは何だ、褒めてるのか? 微妙に聞こえるんだが。
着替えに宛がわれた部屋を出ると、待っていたシュナがうっとりと俺達を見つめる。
「お二人とも、とてもよくお似合いですわ」
「シュナ、ありがとう。このローブは貴重すぎて砂にするのが怖いから、このまま着てくよ」
「ふふ、レトラ様の御判断にお任せします」
レトラの『
鬼人達も衣装替えを終えて出てきた。ベニマルは真紅の着物、ハクロウは白い山伏衣装、ソウエイは濃藍のローブ、シオンは紫紺のダークスーツだ。
「うわー、おおー……皆、すっごく似合ってる! 格好良い!」
レトラが歓声を上げる。俺の装いを見た時よりはしゃいでいた。琥珀の瞳は子供のようにキラッキラとした輝きに満ち、それが心の底からの称賛なのは明らかで、鬼人達の気分が高揚しているのがわかる。
思ったのだが、レトラは仲間の鼓舞役として最適なのではないだろうか? そりゃあ俺も皆の格好は似合っていると思う。だが、俺のキャラからしても、レトラほど手放しで褒め倒してやるには無理があるのだ。こういう純真な声援はレトラに任せよう、よっぽど皆に良い影響を与えられるはずだ。
クロベエの鍛冶小屋では、皆に専用の刀が行き渡る。
俺の刀はこれから俺の魔素を馴染ませ成長させていくため、胃袋に収納した。代用品として別のクロベエ作の刀を受け取り、斜め掛けにした紐で腰の後ろへ吊るすことにする。
レトラは自由自在の砂が武器の
これで準備は整った。後は湿地帯へ向け、出陣するだけだ。
気負っても仕方がない、考え得る限り最悪の展開は想定してある。それが現実のものとならなければいいとは思っているが、その時のために手も打った。第一、勝てなそうなら無理はせず、逃げを優先すればいいだけの話だしな。
◇
俺はリムルと一緒にランガに乗って、森を進む。周りを走る嵐牙狼達の足取りも軽やかで、町を出発した先発隊は順調にシス湖方面へと近付いていく。
リムルと俺が溜め込んでいる水は、道中皆の水筒を満たすのに役立った。封印の洞窟の地底湖水なので魔素がたっぷり含まれ、疲労回復効果があるらしい。
出発から三日が経ち、野営準備の最中に、付近の偵察に出ていたソウエイから一報が入る。
リザードマンの親衛隊長、つまりソーカ(予定)が一人でオーク達に囲まれ苦戦しているという内容で、俺達は急いで駆け付けたのだが……五十体ほどいたオーク兵はベニマルやゴブタ達があっさりと片付けたし、ソーカを甚振っていたオークジェネラルは、シオンが大太刀による一撃の下に消し飛ばした。すっげえ。
リムルのポーションで回復したソーカから、ガビルが謀反を起こし首領を幽閉、兵を引き連れオークロード討伐に出撃したこと、ソーカは隙を見て脱出してきたことを知らされた。
湿地帯での地の利はガビル達にあるとは言え、オークが戦死したリザードマンを喰って更なる力を手に入れるようなら、形勢は一気に逆転する。全滅も有り得るだろう。
リムルはソーカを首領の代理と認め、その場でリザードマンとの同盟が締結された。首領救出命令を受けたソウエイが、ソーカを連れて『影移動』でその場から消える。
俺達は野営を中止し、既に戦場となっている湿地帯へ急ぐことが決まったが、リムルが俺を連れて一足先に向かうと言うと、ベニマル達が反対した。
「待って下さい、リムル様自ら戦場に出向くんですか? しかもレトラ様を連れて?」
「いくらリムル様とは言え、危険ですぞ。我等にお任せ頂ければ……」
「そうです、豚共の軍勢など私達だけで蹴散らしてみせます!」
いやそれは、俺は指示無くリムルから離れないという約束だから、一緒についていくことになってるんだよ……
というか鬼人達は、この少人数で二十万のオーク軍を相手に勝つ気満々だ。ちょっとあんまりな自信過剰さに、リムルは呆れた様子だった。
「最初から俺が突っ込んで行こうって話じゃないぞ。俺達は上空から戦況を見て、『思念伝達』で伝える。戦場での細かい指示はベニマル、お前に任せた」
それならば……とベニマル達が頷く。
上空から云々、については出撃前にリムルとスキルの練習をした。封印の洞窟で取り込んだ蝙蝠の羽には飛行能力があるが、リムルの『擬態』のように、俺の『造形』で作った羽でも空を飛べるか? という実験で──結果を言うと成功だった。蝙蝠を丸ごと砂にして構成情報を『吸収』していたからだと思うけど、俺のスキルは万能だな。
「じゃあレトラ、準備はいいか? 羽は出せるな?」
「いつでも行けるよ」
《呟。ユニークスキル『
白いローブの背中に生えた、どちらかというと悪魔的でアンバランスな蝙蝠の羽。
フードを被り、リムルと共に空へ飛び立つ。
空中散歩なんて優雅な話だけど、戦場で呑気にしているわけにはいかない。俺は空気を読んで浮き足立つ気分をぐっと我慢した。つもりだった。
いや、でも、やっぱり少しくらいは、仕方ないんじゃないかな?
テンペスト軍……いや気が早いな、現時点のリムル軍が誇る最強精鋭達の活躍ぶりを目の当たりにしてしまっては、上がるテンションを抑えるのは非常に難しいことだったのだ。