転スラ世界に転生して砂になった話   作:黒千

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22話 オークロード②

 

 レトラを連れて湿地帯の上空へ到着し、戦場を見下ろす。

 ガビル率いるリザードマンとゴブリンの連合軍は押し寄せるオーク軍に囲まれ、絶望的な状況となっていた。だがそんな中でも、部下達を奮い立たせ、果敢にオークジェネラルとの一騎打ちに挑むガビル。その姿を見るに、ガビルは俺が思っていたよりも漢気のある優秀な指揮官のようだ。

 

 ランガとゴブタに、『影移動』でガビルの救援に向かうよう指示を出した。ベニマル達にはまずその援護に回らせ、後は好きにしていいと告げる。

 それは、ここでガビルを死なせるには惜しいと思ったからの判断なのだが……

 

「何だコレ……」

 

 暴れ始めた俺の配下達がおかしい。

 ベニマルが生み出した黒い半球形は、後に灰すら残さない灼熱地獄、"黒炎獄(ヘルフレア)"。

 ランガの角が二本に増え、"黒嵐星狼(テンペストスターウルフ)"へ進化したと思ったら、発生したのは荒れ狂う嵐。容赦なく竜巻に切り刻まれ雷に焼き焦がされるという広範囲災害、"黒雷嵐(デスストーム)"。

 単体でここまで戦術級の火力をぶっ放されては、頼もしくはあるが冷や汗ものだ。

 あと問題があるとすれば……

 

「ふおおぉ……カッコイイ……」

 

 おい、レトラがメロメロになってるんだが? どうするんだこれ。

 やはり十代、まだまだ子供だもんな……強い奴への憧れってのはあるだろう。こうも圧倒的な戦いを見てしまえば尚更だ。

 

「レトラ、レトラ。しっかりしろ、遊びに来たんじゃないんだぞ」

「ハッ……うん、わかってるごめん。いやでも、アレおかしくない? すごいよな? 格好良いなぁ……」

「わかったから落ち着け」

 

 緊張感が足りてないなコイツ……これは戦争だってのに。

 レトラに思念リンクを繋げさせ、俺がベニマル達へ出す指示も含めて常に状況を把握しておくように言う。割と高度な集中を必要とする面倒な注文なのだが、レトラはあっさり従ってくれた。

 

「レトラ、あの黄色い妖気を見ろ。お前、あれを『風化』出来るか?」

「あれって実体化してるよな? 出来ると思う」

「よし。いつでも防御に移れるように、よく見て備えておけよ」

「了解」

 

 ハクロウが指揮官クラスの敵を仕留め、シオンの放つ斬撃でオーク達を追い込み、ベニマルの"黒炎獄(ヘルフレア)"で焼き尽くす。現状では明らかに俺達が優位に立っていた。

 

 俺はレトラに謝らなければならない。

 退却戦での殿を任せるためと嘘を吐いて、レトラをここへ連れてきた。仮に退却するとしても、恐らくレトラに頼るまでもなく、嵐牙狼達の機動力が敵を凌駕するだろう。だが町一つを預かる身としては、常に最悪を想定しておく必要があった。

 

 本当に最悪の展開とは──俺が豚頭帝(オークロード)に喰われた場合。

 

 俺が喰われて『飢餓者(ウエルモノ)』にスキルを奪われようもんなら、もう誰も奴には勝てなくなるだろう。俺に次ぐ魔素量を有し、恐るべき『風化』の砂を操るレトラを除いては。その時は、レトラには、俺ごとオークロードを滅ぼして貰わなければならないのだ。

 

 もちろん、そんなことにならないよう最大限の注意は払う。当然だが俺に死ぬ気などないし、喰われる前には潔く逃げ出すつもりもある。だからその時が来るまでは、それを口にするつもりはなかった。

 出来ることなら、レトラに告げずに済めばいい。皆の活躍に目を輝かせ、勝利を信じて疑っていないだろうレトラに──俺の始末を任される可能性など少しも考えていないだろうレトラに、それが起こらなければいい。

 

 オーク軍の被害が二割ほどに達した頃、俺は敵陣にその姿を見付ける。

 奴が、豚頭帝(オークロード)だ。

 

 

   ◇

 

 

 オーク軍との戦闘の最中、魔人ゲルミュッドがやって来た。

 誰も何も聞いてないうちから自分でベラベラと喋るので、魔王誕生計画がどんどんと露見している……これはひどいな。原作通りに残念過ぎる。

 俺が前世から持っている知識では、ゲルミュッドがリグルの亡き兄やガビルといった森の魔物達に名付けをしたのは、互いを争わせて自分達の傀儡となる魔王を誕生させるためだし、奴は今となってはガビルのことも、オークロードを魔王に進化させるために喰わせる餌としか思っていなかった。

 

 オーガの里が滅ぼされたのも、オーガ達に名付けを断られたゲルミュッドが報復としてオーク軍を差し向けたからだ。それを知ったベニマル達により、ゲルミュッドは甚振られていく。上位魔人だからと、この場の戦力を舐め切ってやって来たのが命取りだった。

 

「くそっ……! 死者之行進演舞(デスマーチダンス)!」

 

 あれは普通の魔力弾でいいんだっけ?

 リムルが言うには、俺はもしもの場合の防衛が仕事のようだし、防御出来るか考える。さっきゲルミュッドがガビルを始末しようとあれを放った時、庇ったリムルがあっさりと捕食してたな。うん、砂の壁をしっかり作れば、俺でも風化出来そうだ。

 

 ゲルミュッドはベニマル達から逃れられない。実力が違い過ぎる。奴もそれを悟ったんだろう、今度はオークロードに向かって、自分を助けろと叫び出した。ゲルド、と名を呼ばれ、他種族を喰い過ぎたことで意識の混濁しているオークロードがピクリと動く。

 

「この愚図が……! 貴様がさっさと魔王に進化していれば……!」

 

 それが切っ掛け。

 名付け親であるゲルミュッドの望み──豚頭帝(オークロード)が魔王へ進化するという望みを、ゲルドは最短で叶えた。ゲルミュッドを引き裂き、喰らい、その力を得ることによって。

 

《確認しました。個体名:ゲルドが、魔王種への進化を開始します》

 

 ゲルミュッドの死体を貪り喰うオークロードをどす黒い魔力が包み込み、妖気が広がる。

 離れろ、とリムルが命じるのと同時に、俺は『砂工職人(サンドクラフター)』を発動させた。

 

 後退する皆を庇うようにうねり立った砂の壁と、腐食の妖気がぶつかる。『腐食』効果を本当に俺が打ち消せるか、今のうちに試しておかなければならなかった。

 ジワリと壁の表層が腐り、内側へ侵食する感覚。でもその影響は大したことがない、『腐食』は物理属性であり、俺は『物理攻撃耐性』を持つからだ。そして『渇望者(カワクモノ)』により風化させた妖気は砂となり、その端から俺の魔素が浸透して、また腐食を阻む壁となる。

 

「どうだ、レトラ?」

「いけるよ。炎と違って勢いがない分、防御もしやすい」

「よくやった。下がって砂を温存しておいてくれ」

 

 リムルはずっと俺の砂を気にしてるな……まあ、言われたからには下がっておくか。

 妖気の一部を『風化』させることが出来たからと言って、もう進化は止まらない。

 "世界の言葉"が告げる。

 

《成功しました。個体名:ゲルドは、豚頭魔王(オーク・ディザスター)へと進化完了しました》

 

 ベニマル達とランガの連携攻撃は凄まじかった。しかし、魔王ゲルドの驚異的な回復力はそれを上回る。

 "黒炎獄(ヘルフレア)"と"黒雷嵐(デスストーム)"を連続で叩き込まれ、黒焦げに炭化したはずの身体が動き出すまで十数秒。自ら糧にと進み出た部下のオークを喰らうことで、回復速度は更に加速した。

 

 このままでは致命傷を与えられずにジリ貧、という状況でリムルが動く。

 本人よりもリムルのスキルを理解し、持てる全ての性能を引き出した運用が可能な『大賢者』へ主導権を渡し、オートバトルモードへ移行したのだ。

 魔王ゲルドを接近戦へ誘導し、わざと捕まることで相手の動きも封じ込め、イフリートの"炎化爆獄陣(フレアサークル)"で焼き尽くす見事な策。だがこの土壇場で、奴が炎熱耐性を獲得する僅かな可能性を、『大賢者』は切り捨てていた。

 

《確認しました。豚頭魔王(オーク・ディザスター)ゲルドは、炎熱攻撃耐性を獲得しました》

 

「リムル様!」

 

 シオンの切迫した叫び声。

 "炎化爆獄陣(フレアサークル)"が消えた時、魔王ゲルドに纏わり付くリムルは原型を留めていなかった。ただしそれは人型の話であって、正確には、リムルは元の姿に戻っていた。スライムという不定形粘体生物へと。

 

 先に相手を喰い尽くした方が勝利という、本能のまま相手を滅ぼす貪り合い。

捕食者(クラウモノ)』と『飢餓者(ウエルモノ)』による、最後の喰らい合いが始まった。

 

 

   ◇

 

 

 

(オレは、豚頭魔王(オーク・ディザスター)……オレが負ければ、同胞達が罪を負う。負けるわけにはいかない)

 

(お前は負ける。お前の罪も、お前の同胞の罪も、俺が喰ってやるよ)

 

(全ての罪を喰う……? お前は、欲張りだ)

 

(そうだな、俺は欲張りだよ。だから安心して眠れ)

 

(強欲な者よ──感謝する。オレの飢えは今、満たされた)

 

 

 永遠にも思える、喰らい合いの終わり。

 たった今、俺の中で豚頭魔王(オーク・ディザスター)ゲルドの意識が消失した。

 

「俺の勝ちだ」

 

 目を開け、俺は勝利を宣言する。

 この時点を以て、オーク軍による侵攻は終了した。

 

 勝てて良かった。正直な感想だ。

 まさか豚頭帝(オークロード)が魔王に進化するとはね……駄目そうなら逃げればいいと思っていたが、あれこそ放っておいては世界を滅ぼす災禍となる代物だった。

 

「リムル!」

 

 外れた仮面を拾っておいてくれたらしいレトラが駆け寄ってくる。笑顔の弾けるその様子からは、最初から最後まで俺の勝利を信じ切っていたような雰囲気が窺えるが、何でそこまで俺を信用してるかね。俺の前世がただのオッサンなことは教えただろうに。

 

「終わったな、レトラ。お疲れさん」

「うん、お疲れ。俺は何もしてないけど」

 

 そうだな、レトラに何もさせずに済んで良かった。

 俺が負けた時の後始末をレトラに頼むという、最悪の事態にならなくて良かった。

 

 実際レトラなら、俺を取り込んだ魔王ゲルドとでも渡り合えただろう。いくら『腐食』が砂を腐らせようと、レトラは相手を『風化』させると同時に自分の砂を増やすので、負ける要素がない。まあ、砂はあればあるだけ有利だし、心配なので温存しておくよう指示したが。

 そしてたとえ奴が俺の『捕食者』を得て砂を喰い尽くそうとしても、レトラは『捕食無効』を持つからな……えげつない話だ。俺の耐性を全て渡してあるというのもでかい。今のレトラは『黒炎』や『黒雷』にすら抵抗し得る、反則気味の砂妖魔(サンドマン)となっている。

 

 だったら最初からレトラにやらせれば良かったって? 

 馬鹿言うな、俺だって勝算についてはある程度計算していた。魔王ゲルドと組み合うまでは不確定ではあったが、『大賢者』の戦いを観察することで、俺の『捕食』なら奴の『腐食』に勝てるという確信に至ったのだ。それに何より、自分が挑む前に弟を前線に出す兄貴がいてたまるか。

 

 俺はレトラに謝らなければならない。だが謝るわけにもいかなかった。

 本当は俺を滅ぼすためにこの場に連れて来られたのだと、今更レトラが知る必要はない。最後まで告げずに終われて良かった。俺の残酷な想定は、このまま闇に葬ってしまおう。

 

 勝利の歓喜に沸く俺達の陣営と、王を失い悲嘆に暮れるオーク達。そこへ森の管理者であるトレイニーさんが現れ、事態の収束のため、各種族の代表を集めての話し合いが翌日に行われることが決まったのだった。

 

 

 




※全てに備えたリムルと、原作知識のあるレトラ



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