転スラ世界に転生して砂になった話   作:黒千

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23話 ジュラの森大同盟

 

「暇っすねー、レトラ様」

「そうだなあ」

 

 オーク軍との戦いが終わり、リムルは戦後処理の会議に出掛けている。

 湿地帯近くの森を野営地として、俺はゴブタ達と留守番だ。今回の戦いではこちら側にほぼ被害はなく、軽傷程度なら手当ては昨日のうちに終わっていて、他にすることがない。

 

 ゴブタと並んで倒木に座り、まったりと時間を潰す。

 リムルと鬼人達、ランガも出払っているので、今ここに残った中では俺が最高責任者、ゴブタが最高戦力として俺の近くに控えているという、笑いの込み上げてくる状況である。

 

「レトラ様は話し合いに出なくていいんっすか?」

「代表ならリムルだし、オークと因縁のあるベニマル達が出席すれば充分だよ」

「ああ、レトラ様は今回何もしてないっすもんね」

「うっぐ……!? い、いや俺は退却戦の切り札だったんだから、これでいいんだよ! やることがなかったってのは、俺達にピンチがなかったってことなんだから!」

 

 お前! ゴブタ! 痛い所突いてくるなよ! 

 一応先発隊に加わってはいたものの、俺はちょっと砂の壁を作ったくらいで終わった。それで偉そうに会議に出るとか面の皮が厚すぎるので留守番してるけど…… 

 ゴブタの方は特に深い意味の発言ではなかったようで、呑気に笑う。

 

「あははは、冗談っす! きっとリムル様の狙い通りっすよ。リムル様はレトラ様をすごく大事にしてるっすからね、レトラ様を危ない目に遭わせたくなかったんすよ」

「まあ……リムルは過保護だからな」

 

 そうなんだろうな、とは俺も思う。もしもの場合は俺の出番だったって言うけど、それは建前で、本当は最も必要なさそうな安全な役目に配置されただけなんじゃないのか? って。

 

「オイラ達もそうっすよ! レトラ様には今までずっと助けてもらってきたっすからね。レトラ様はこれから先も、オイラ達の後ろでどーんとしててくれればいいっす!」

「えええ……ゴブタが頼もしい……だと……?」

「それ、オイラがいつも頼りないみたいじゃないっすか」

 

 そんなことは言ってない。実力も才能もあるのはわかってるけど、ただ、ゴブタはゴブタらしい方が安心するというか……シオンの手料理を食べてダウンしてるような感じの……

 ああ、でも。ふと思う。

 

「ゴブリンの時と比べたら、ゴブタはめちゃめちゃ強くなったし、格好良くなったよな」

「本当っすか!?」

 

 ぱあっとゴブタの顔が輝く。

 これはゴブタだけじゃなくてホブゴブリン達皆に言えることだ。この成長速度っておかしいと思う。少し前まであんなに貧弱な、吹けば飛ぶようなゴブリンだったのに、今では魔狼を相棒に戦場を駆ける戦士か……格好良いじゃんか……

 褒められるのは嬉しいようで、ゴブタは照れ照れしながら頭を掻いた。

 

「見ててくださいっすねレトラ様、オイラもっと強くなるっすから!」

「よくぞ言ったゴブタ。ならばワシも協力しようぞ」

 

 おおっと。完全に気配を殺して現れた達人に気付かなかった。

 突然ハクロウに割って入られ、ゴブタは腰掛けていた倒木から全身で飛び上がる。

 

「うぎゃあ師匠!? 帰ってたっすか!」

「お主がレトラ様のお力となれるよう、一段と厳しく鍛え上げてやるからの。楽しみにしておれよ」

「あっいや、そこまでして欲しいわけじゃなくてっすね……うああああ」

 

 で、出たー! 口は災いのゴブタ……! やっぱりゴブタはゴブタであってほしいと再確認した。崩れ落ちたゴブタにこっそりと合掌して、ハクロウを見上げる。

 

「おかえりハクロウ。会議は終わった? リムルは?」

「ただ今戻りましたぞ、レトラ様。リムル様もあちらに」

 

 ハクロウが振り向いた後方から、シオンが歩いてくる。その腕の中のリムルは、まるでいきなり責任重大な役目でも押し付けられ、先行き不安さを全身で表現しているかのような、物凄いやつれ具合に見えた。いや俺はその原因を知ってるけど。

 

「…………というわけで、リムル様は、ジュラの森大同盟の盟主様となられたのです!」

 

 スライム姿のリムルを抱いて、シオンが自分のことのように大威張りで皆に言う。興味津々で聞き入るゴブリン達が、おおおおー! と反応する度に、ご機嫌のシオンの腕に力が入り、じわじわとリムルの身体がくびれてきている。リムルは文句を言う気力もないようだ。

 見かねて両手を差し出すと、餅のようにでろんと伸びたリムルが俺の腕に落ちてきた。これは相当な重圧が掛かってるな……精神、物理の両面から。

 

「おめでとうリムル。また偉くなったんだな」

「何もめでたくない……冗談じゃないぞ、何で俺が盟主なんか」

「皆がリムルにそうして欲しいんなら、いいと思うよ。俺も少しは手伝うし?」

「……ああ。ありがとな」

 

 リムルを抱えて輪を抜け出す向こうでは、シオンが会議で披露されたというリムルの意見を得意気にゴブリン達に言い聞かせ、ハクロウがほっほっと笑いながら補足を入れて説明していた。

 

「じゃあレトラ、早速手伝って欲しいことがあるんだが」

「いいよ、何?」

「実は今から、急いで十五万のオークに名付けをしなきゃならないんだ」

「わかった、隣で応援してる!」

「…………」

 

 だから、俺は名付け関係は手伝えないんだって。

 というか俺こそもう無理だ……十五万人分の名前を覚えてみようって無茶言うな! しかも今回は数字シリーズの名前だよな……本当に無茶言うな。流石に覚えなくてもいいだろこれは……

 

 

 

 応援すると言った手前もあり、名付けには全て付き合った。リムルの隣に砂スライムとして居座り、十日間。山とか川とか、各部族長くらいは覚えられるかな……と少しだけ抵抗もした。砂の部族にちょっと親近感が湧いたのは秘密だ。で、十五万のオーク達が一ヶ所に暮らすのは人数的に不可能なため、部族ごとに各地に分かれ、集落を作って暮らしてもらうことになっている。

 

 そして最後の二千人、オーク軍の精鋭達で構成された、後の黄色軍団(イエローナンバーズ)

 リムルの下で働きたいと願い出た一団への名付けの後、常に魔王ゲルドの傍に控えていた最後のオークジェネラルに、"ゲルド"の名前を与えて──リムルは力尽きた。

 

「リ、リムル様……!?」

「あー、大丈夫だよゲルド。リムルはいつもこういう感じだから」

 

 俺のこのセリフ、通算何度目だ? こういう時のフォロー要員が板についてきた自覚があるぞ……べちょりと液化したリムルに慌てるゲルドへ、俺は『砂工職人(サンドクラフター)』でスルッと人間形態を作りながら声を掛ける。溶けたリムルのことも、回復するから大丈夫だと言っておいた。

 

「これで全員に名前が行き渡ったな。これからよろしく頼むよ、ゲルド」

「はっ……このゲルド、リムル様とレトラ様のため、粉骨砕身お仕えすることを誓います」

 

 おお、固すぎる……流石はゲルドだ、なんて真面目な奴。

 そしてやっぱり、ゲルドの中でもリムルと俺は同格らしい。名付け効果だとは分かってるんだけど、俺は今回オーク達とほぼ関わってないのにリムルと同じ扱いされるのは申し訳ないような……せめて主として恥ずかしくないように、この場をいい感じに締め括っておこう。

 

 オークの事情については知っている。大飢饉によって失われていく同胞達の命を繋ぐために、オークの王はゲルミュッドの施しを受け、豚頭帝(オークロード)となった。『飢餓者(ウエルモノ)』の影響下にあれば民は死ぬことはない、そのためにこの世の全てを喰らい続けようという覚悟で。

 追い詰められた事情があろうと、彼らが森へ侵略を仕掛けてきたのは事実だ。だが魔王ゲルドを喰ったリムルは、その罪も全て自分が引き受けると約束をした。オーク達に罪を問わないばかりか、蓄えも行き場もない彼らを見捨てずに結ばれたのが、ジュラの森大同盟。

 

「各地でオーク達の生活が落ち着くまでには時間が掛かるだろうし、皆には苦労して貰うことも多くあると思う。でもこうして、リムルを盟主として成立した大同盟の下、どの種族も協力し合い平和に暮らせるようにという理想を、俺達の手で実現させよう。ゲルドなら皆の規範となってくれると期待してるよ」

「必ずや、レトラ様の御期待に応えることをお約束致します。何なりと御命令を……!」

 

 決意を込めた重い返事と共に、ゲルドは俺の足元で深々と頭を下げる。

 あれ……悪化した? いや、ゲルドの凄まじい責任感に火を点けてしまった……? まずい、俺の所為でゲルドが燃え尽きるまで働くマンになってしまう。ウチはそういうブラックは目指してないです! 

 内心サーッと青褪めながら、まずは名付けによる進化が終わるまで部下共々ゆっくり身体を休めるようにと、ゲルドへ心持ち強めに言い聞かせておく俺だった。

 

 

 

 

 数日後、リムルは目覚めた。いつもお疲れ様です。

 名付けを経てハイオークへ進化した者達には、トレイニーさんの守護する樹人族(トレント)の里から運ばれてきた乾魔実(ドライトレント)が当面の食糧として分配され、移住先までの付き添いとなるゴブリンライダー達と共に、部族ごとに出発していった。

 それを見送ればひとまずやることも終わり、リムルは蜥蜴人族(リザードマン)の首領であるガビルの親父さんに挨拶がてら、"アビル"と名付けをして……ちなみにガビルは、反逆罪で投獄中とのことだ。

 そして俺達はようやく、町に帰れることになった。

 

「さて、じゃあ俺とレトラは先に『影移動』で町に戻る。皆も心配してるだろうしな」

 

 ベニマルやゴブタ達は、星狼族(スターウルフ)(ランガが進化したことで、嵐牙狼族全体も進化していた)の足があれば数日で町へ帰って来られるだろう。ゲルドの率いる隊は二千人もいることだし遅めの到着になると思うけど、町でも迎え入れの準備をしておかないとならない。

 というか、またリムルが大事なことを忘れているので俺が挙手する。

 

「あのー、リムル」

「何だレトラ?」

「俺、『影移動』出来ないよ」

「え? 何でだ?」

 

 いや、『影移動』は魔物からゲットしたスキルじゃないだろ。

 リムルが牙狼に『擬態』したら勢い余って黒嵐星狼(テンペストスターウルフ)の姿になってしまい、新たなスキルを獲得したという経緯のはずだ。『影移動』はそのうちの一つであって、俺は持っていない。

 

「じゃあ俺が連れてくか。お前も呼吸しないから、影空間でも大丈夫だよな?」

「それは平気だろうけど……あ、俺は後から皆と一緒に帰るって手も」

「ないな」

「ないんだ」

 

 ポヨヨン、と俺に向かってジャンプしてきたリムルを受け止める。勝手にリムルから離れないという決め事は、町に帰るまで適用されるらしいな。

 前から思ってたけど、ちょっとリムルは俺のこと好きすぎる……これはもう過保護を通り越してブラコンってやつでは? リムルってそういうキャラじゃないはずなのに……

 

 まあリムルがブラコンでも別にいいとして、俺には引っ掛かることがあった。

 そこまで俺が大事なら、リムルは俺を戦場に連れて来るべきじゃなかったはずだ。シュナにしたように色々と言い訳をして、町に残した方が安全対策としては万全だっただろう。

 公私混同せずに俺を戦力として数えたのなら、リムルの言うところの"強力な砂"を持つ俺を、攻撃陣に参加させなかったことが不自然になってくる。

 

 大体、先発隊は機動力を重視したってのはリムルが言ったことだ。負けそうなら無茶はせず、移動も退却も最速で行えるように組まれた部隊。オークじゃ到底追い付けもしない素早さを持っているのに、足止め役を用意しておくことは本当に必要だったのか。

 

 もしかしてリムルには他に目的が? 

 本当は何か、俺にさせたいことがあった……? 

 

 

 




※町建設の平和な時期に入るので、また少し寄り道します



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