「レトラ、そういえばお前……何だか、縮んだか?」
「!!」
一日が終わり、リムルと寝室に向かって歩いている途中のことだった。たぶん、窓に並んで映った俺達の姿を見て思い出したんだろうけど……
「……リムルの背が伸びたんだよ」
魔王ゲルドを『捕食』して大量の魔素を得たリムルは、スライム本体が少し大きくなった。その影響は人化にも及んでいて、前より二、三歳分成長した感じで背も伸びている。
競ってるわけじゃないけど、同じくらいだった身長を引き離されるのは面白くない。ギリィ……とした心境が滲んでしまっていたのか、リムルが俺を見下ろしてニヤニヤと勝ち誇る。
「何だよ、気にしてるのか? 一丁前に」
「俺も身体作り直してやる……」
「ははは、無理すんな。小さくて可愛いぞ?」
「絶対に背伸ばす……!」
そうは言っても、成長って単純に身体を引き伸ばすのとは違うので、俺一人で違和感なく作り直せるか自信がない。そこはそのうち何とかするとして……背丈だけじゃなく、またリムルとの実力差が開いてしまったことも問題だ。
「リムルはいいよな……どんどん強くなれるから」
「レトラ?」
ハクロウに頼んでこっそり特訓に励んでるけど、リムルもハクロウに師事してるのは同じだし……あれ、もしかして俺達の差って、全くちっとも縮まらないのか?
落ち着け俺、継続は力なり。焦ることはないってハクロウにも言われたし、俺はやれることから順番にやっているはず。明日の予定も、そのために立ててあるんだからな!
「じゃあ、今日はよろしくなクロベエ」
「よろしくだべ、レトラ様!」
今日はクロベエに俺の護衛を頼んでいる。
町にはもうゲルド隊が到着していて、ハイオークの多くは建設業務に関わっているけど、中には製造技術を学んでいる者もいた。"刀鍛冶"のクロベエにも弟子が出来たし、流石に忙しいだろうからあらかじめ都合を聞いて、日程を合わせてもらっている。
「実は、クロベエに頼みがあるんだ。俺用の剣を造って欲しくて」
「ハクロウ様から聞いてますだよ。何でも変わった形の剣だとか」
「刀じゃないから、出来るかどうか相談したいんだけど……こういう感じの」
イメージしている剣を、『
でも俺の能力からしてもこれが最適かなと思い、ハクロウにも意見を聞いてみると、「レトラ様は
「ふんふん、こういう剣を打ったことはねえけども……なあレトラ様、スキルでこんなに立派な剣を造れるんなら、これを使ったりはしねぇんだべか?」
「これは剣って言わないと思う。俺、クロベエの造った剣が欲しいんだ!」
『
俺達の町が誇る、最高の職人の手で造られた、俺だけの一振りが欲しかった。
拳を握って力説すると、クロベエがへにゃっと表情を崩す。
「レトラ様がそこまで言ってくれるんなら、応えなけりゃ男が廃るってもんだベ。オラの全てを懸けて、最高の剣をお造りしますだよ」
「ありがとうクロベエ!」
流石に西洋剣は専門外のため、カイジン達に相談しながら取り組んでくれることになった。
そして次なる問題は材料だ。鍛造に必要な"魔鋼塊"はリムルから貰っているが、依頼されている武器が多くあるので、俺の分は新たに用意しなければならないらしい。
「リムル様に頼んでみるだよ。レトラ様のためなら、きっとお許し下さるべ」
「あ、それは駄目。リムルには内緒なんだ」
ハクロウとの特訓についても俺専用剣の注文についても、まだリムルには秘密裏に進めている。材料だってリムルには頼れない。それもあって今日は、護衛役にクロベエを指名したのだ。
「だから、封印の洞窟に魔鋼を取りに行こう!」
「えっ!?」
転生してきてしばらくの間、ただヴェルドラの周りでウロウロしていただけじゃない。リムルが立ち寄らなかった洞窟の隅に、まだ魔鋼が残る場所があることを俺は知っていた。
「あ、危ねぇだよレトラ様、やめといた方が……ヴェルドラ様の封印されてた洞窟だなんて、どんな魔物がいるかわかったもんじゃねぇべ」
「大丈夫だよ。俺とリムルはあの洞窟に……住んでたんだから?」
「ええ!?」
「洞窟の魔物とは散々戦ったし、俺の方が強いよ。ヴェルドラがいないから魔素は薄くなってるし、大丈夫! 行こうクロベエ!」
「そんな……レトラ様が危ねぇ所にわざわざ……」
「付いて来てくれないなら、俺一人で行ってくるけど」
「! それは駄目だべ……わ、わかりましただ、お供しますだよ」
そうやってほぼ強引に、俺はクロベエと封印の洞窟に出掛けたのだった。
町から五キロほど北上した場所にある、懐かしの洞窟。
内部は真っ暗で、俺には『魔力感知』があるので光源は必要ないけど、クロベエはそうもいかない。そこでクロベエは、今ドルド達が研究中だという明かりを借りてきてくれた。それは〈刻印魔法〉の刻まれた小さな魔鋼で、魔素を通すことで発光する、電灯代わりの試作品だった。まだ少し発熱量が大きいみたいだが、俺もクロベエも熱耐性を持っているから大丈夫だ。
魔物についても問題はない。普段は抑え気味の俺の魔素を意識的に撒き散らして歩けば、本能に従う傾向の強い野生の魔物達は自主的に逃げて行ってくれる。
地下空間に辿り着き、目指していた岩と岩の隙間を見付けた。厚い岩に挟まれた隙間の先は肉眼では確認出来ず、恐らく俺しか知らないだろう秘蔵の場所だ。『風化』で慎重に、岩盤に穴を開けて内部に入る。
「ま、魔鉱石がこんなに……!?」
中を見渡したクロベエの声は裏返っていた。
岩の小部屋の至る所にうっすらと光を放つ鉱物が存在し、以前俺が発見した時と変わらない光景だ。洞窟にはカバル達も調査に来たはずだけど、こんな所までは見付けられなかったらしい。
「クロベエ、魔鉱石から魔鋼を取り出せる?」
「もちろんだべ、オラの『空間収納』と『物質変換』で……ほれ!」
「おお……!」
クロベエが一度どこかの空間へしまった"魔鉱石"が再度現れた時には、それは"魔鋼塊"へと変わっていた。刀鍛冶として有用な、便利なスキルを持ってるな。
「俺にも出来るかもしれないから、試してみるよ」
「レトラ様が?」
リムルも、『大賢者』のサポートありきかもしれないけど、これが出来るんだよな。俺にも同じことが出来れば話は早かったんだけど……やっぱり俺のスキルでは物質の直接変換は難しそうだ。でもその代わり俺には、砂に特化したスキルがある。
俺の砂で覆った魔鉱石が砂へと変わる。貴重な資源がさらりと崩れ落ちて、クロベエが呆気に取られた顔になったけど大丈夫だ、無駄にはしない。『
ででんと目の前に現れた塊を、クロベエの『万物解析』で調べてもらう。
「これは……間違いなく最高品質の"魔鋼塊"だべ! 成功しただよレトラ様!」
「やった!」
目標達成! クロベエと二人で喜び合う。
さて、今後は洞窟内の魔素濃度は下がる一方だし、ここにある魔鉱石はもう全部持って行っていいだろう。回収した魔鉱石はクロベエの工房で役立ててもらうことにして、『空間収納』に俺の魔鋼塊も一緒に預けた。
「レトラ様が頑張って製錬した魔鋼だ、剣はこいつでお造りしますだよ」
「うん、リムルには秘密で頼むよ」
「なあレトラ様、なんでリムル様には内緒なんだべ?」
「俺もいつまでも、リムルに甘えてばかりいられないからね」
「そういうもんだべか……?」
クロベエは困ったように眉を下げて笑う。
いや、だって、そういうもんだよ。いきなり剣を欲しがったら何があったと思われるだろうし、強くなるためにはこっそりと秘密特訓をするのがセオリーだしな。
岩の隙間を元通り埋めて、洞窟を戻る。
外へ出ると、日はいつの間にかとっぷりと暮れていた。洞窟内部がどこまでも暗闇なこともあり、俺達はつい時間を忘れてしまっていたらしく…………
『レトラ、何してるんだ? ……とっくに夕飯の時間だぞ』
リムルからそんな『思念伝達』が入り、しまったヤバイ、と俺は冷や汗を掻いたのだった。
会議室で正座する俺とクロベエ。
俺達は現在、リムルによる事情聴取を受けている。
「封印の洞窟に行ってたこと自体は、別にいいさ。あそこはお前にとっても庭みたいなもんだし、行くなとは言わないが……俺の言いたいことはわかるよな?」
「連絡もしないで、帰りが遅くなってごめん……」
「オラが護衛として付いていながら、申し訳ねぇですだよ……」
俺達がなかなか帰って来ないため町がちょっとした騒ぎになりそうだったところ、リムル自ら『魔力感知』と『思念伝達』で探し出してくれたという経緯だった。
洞窟には何しに行ったんだ? というリムルの真っ当な疑問に適当な言い訳が思い付かず、魔鋼を探しに行ったこと、クロベエに剣を依頼したこと、ハクロウに剣術を習おうとしていることまで……全部白状させられてしまった。せっかく秘密にしてたのに全てがパァとか、とても切ない。
「言ってくれれば魔鋼くらい、俺が持ってるのをやったのに」
「俺の剣だし……自分で取って来たかったんだよ」
「お前らしいけど、特訓のことといい……何で俺に隠すかな?」
人型のリムルが首を捻り、子供の扱いに手を焼くような困り顔をする。そういやクロベエにもそんな顔されたな……何でも自分で自分でって、ちょっとお子様すぎただろうか、恥ずかしい。
レトラ様、と隣から小声で呼ばれた。目の前に立つリムルにも絶対に聞こえてるけど、正座したクロベエが俺を見て、何やら癒し系全開の顔でニコニコしている。
「リムル様は、レトラ様に頼って欲しかっただよ」
え……そうなのか? リムルは、俺に魔鋼をタカられたかったの?
でも俺は基本的にリムルがいると安心してしまうし、きっと今後も頼りにすることは多くあるだろう。だからまず自分で出来ることは自分でって……思ったんだけどな?
目を向けると、リムルも少し気まずそうにしながら言い淀む。
「クロベエ、俺は別に……」
「レトラ様だってそうだべよ。リムル様に頼られたくて、こっそり頑張ってたんだべ」
「あっ!? それは言うなよ!」
そういうわけじゃ……いや実際そういうわけなんだけど、そうハッキリ口にしなくてもいいだろ……!
リムルも俺もまとめて落ち着かない気分を味わう羽目になったが、クロベエのほのぼの感がすごすぎる。その場の空気がホワホワと緩んだ感じになってしまったことで、説教もそのままお開きとなった。リムルは元々、そんなに怒ってた感じじゃなかったしな。
「クロベエ、レトラの剣を頼んだぞ。最高の一品を造ってやってくれ」
「心得ましただリムル様、任せてくんろ!」
「それとレトラ。お前は今でも強いけど、もっと強くなりたいってのは賛成だ。俺にも考えてたことがあるし……お前がそう言うなら、俺は協力するからな!」
「え? ああ……ありがとう?」
確かに、リムルに隠す必要まではなかったか。一番強いリムルが特訓に協力してくれるって言うなら、その方がありがたいことかもしれないと前向きに考え直す。しかし、俺は。
カラッと笑うリムルが何を考えていたのか、この時は全く、何も、気付いていなかったのだ。
※次はソウエイです